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第五十九話 三人目の人外美女

やったねカイト。ストレス要因の追加だよ。

 俺が呆然としている間に二人の話し合いは終わり、ひとまずはその場でお開きとなった。

 今はオリディアに連れられ、建物の中を案内してもらっている。


「ねぇねぇ、ここが……って、人の話聞いてる?」


 オリディアが特徴的なオッドアイを細め、俺の顔を下から覗き込んできた。


「あ、あぁ……」


 聞いてはいる。が、これから先のことを考えると不安で頭がいっぱいになり、オリディアの端正な顔が近いというのに上の空だ。

 ゴルディア様と別れる間際に至っては何か言われていたのに、よく聞き取れていなかった有り様である。


「そういや、何て言ってたんだろうな?」


「カーイートーッ! さっきからどうしたの? 何だか様子がおかしいよ」


 俺がこうなった原因の一端を担うのがオリディア自身なのだがな。

 とはいえ、年下の少女にそんなことを言うわけにもいかない。それは見苦しい八つ当たりでしかないからな。

 不貞腐れるのはいい加減に止めて、気持ちを切り替えるか。


「すまんな。考え事をしていたんだ。えーと、ここは何だ?」


「厨房だよ。せっかくだから入ってみない?」


「ふむ、入らせてもらおうかな」


 扉を開けて中に入ると、様々な調理器具が壁に掛けられているのが視界に入ってきた。

 それからキッチンテーブルに竈、大きな暖炉まである。

 火を起こす手間さえクリアすれば、俺でも問題なく使うことができそうだ。


「ところでさ、誰が料理を作っているんだ?」


 ふと、そんな疑問が湧いた。オリディアは言わずもがなではあるが、ゴルディア様も料理を作る様子は想像できない。

 となると、第三者の誰かがいそうである。


「えっとね、いつもは……」


 オリディアが教えてくれる途中のことだった。ゴルディア様に匹敵するプレッシャーを感じ取ったのだ。


「っ!? 誰なんだ!?」


「よく気づいたわね」


 その人物は落ち着いた口調で厨房の入口から悠然と入ってきた。


「そうね、まずは初めましてと言っておこうかしら。わたくしの名はシーディア。ゴルディア姉様の妹、といったところかしら」


「こ、こちらこそ初めまして……カイトです」


 まさかのまさかでゴルディア様の妹様が登場。いくら何でも唐突過ぎる。

 そういえば今さらながら思い出したけど、別れ際に妹に挨拶しておくように言われてたっけな。

 にしても白いドレスを着こなすシーディア様もとんでもない美人だ。というか、銀髪と銀眼以外は全てゴルディア様と瓜二つ。もしかして双子なのだろうか?

 とはいえ、見た目が美人だとしても放たれる尋常じゃないプレッシャーは常人でない証左。ゴルディア様と同様に気をつけなければならないだろう。


「カイト、そんなにわたくしをジロジロと見てどうしたのですか。何かおかしなところでも?」


「あっ、すみません。何でもないです」


(早速やらかしてしまったな。怒ってないといいけど……)


 しかし、それは杞憂に終わった。


「そう」


 シーディア様の表情を見る限り怒っていることはなく、むしろどうでもいいと言わんばかりに無表情である。

 何故か隣のオリディアはどことなく不満気ではあるが、今は無視せざるを得ない。


「ところで、その……この厨房に何か用があるのでしょうか?」


 恐る恐る聞いてみた。願わくば俺が目的でなければいいなという思いを込めたものだったが、現実は無情だった。


「違うわ。用があるのはカイト、あなたよ。少し時間を頂いてもいいかしら?」


「す、少しだけなら」


 本当に少しで済むのか怪しいところだ。とは言っても、無碍に断るような真似をして機嫌を損ねるわけにもいかないし、それに……。


「話が早くて助かるわ。おかげで手間がかからなくて済むもの」


「さいですか……」


 おそらくだが、俺が断っても実力行使に出ていたに違いない。やはり断らなかったのは正解だったな。

 ともあれ、さっさと用を済ませてもらおう。


「それで、俺にどんな用があって……」


「すぐに終わらせるわ」


「えっ」


 何故かシーディア様が急接近。

 突然のことで反応することもできず、成す術なく頭の上に手のひらを置かれてしまう。


「一体何を?」


「静かにして」


「あ、はい」


 淡々と口にしただけだというのに、有無を言わせない迫力を感じて即座に屈してしまった。

 ただ、ここまで近づいて分かったのだが、シーディア様の身長ってかなり高いな。近くだと見上げなければ顔を拝めないとは思わなんだ。


(にしても、シーディア様は何をするつもりだ?)


「気分が悪くなるかもしれないけど、我慢してちょうだい」


「何を言っているのかサッパリ……う゛っ!?」


 それは不意打ちにも等しく、それでいてあまりにも強烈だった。

 どのくらい強烈かというと、神様に“力”を与えられた時のことを鮮明に思い出すほどだ。


(まさかまた頭の中を撹拌されるような感覚を味わう羽目になるなんてっ……き、気持ち悪い)


「わたくし、姉様と違って思考を読むことはできないけど、こうすれば記憶を覗くことができるの」


 しれっととんでもないことを言い出しやがった。あろうことか、俺の記憶を覗いているというのだ。


「勝手に人の記憶を覗くのは止めてくれませんかっ……う゛え゛ぇぇっ!?」


「あら、やっぱり負荷が大きすぎるみたいね。肩を貸してあげるからもう少し我慢しなさい」


 肩を貸すのはシーディア様なりの優しさかもしれないけどさ、そこはすぐさま覗くのを止めてほしいかな。

 と口にしたいところだが、生憎と気分が悪すぎるせいで叶いそうにもない。おかげでされるがままになってしまい、抱き寄せられてシーディア様の肩に頭をあずけている始末だ。


「もう、やめ……お゛っ!?」


「駄目よ。まだ一週間程度しか覗けてないんだもの」


 嫌な汗が止まらないし、全身に悪寒が走って気持ち悪い。

 これだけ苦しんでいるのに続行するつもりらしい。慈悲の心は無いのだろうか?


「本当に、本当にキツいんですぅ……」


 もはや蚊の鳴くような情けない声しか出せないでいた。

 しかし、それが功を奏したのかシーディア様は残念そうに口を開く。


「仕方ないわね。今回はここまでにしてあげる。オリディア、後は頼むわ」


「カイト、立てそう?」


 シーディア様に解放された。が、足が覚束なかったがため、オリディアに肩を貸してもらって何とか立つことができている。

 やはりというべきか、かなり消耗したようだ。なのに、“今回は”と言っていたのだから次があるのは嫌でも予想がつく。


(次とかマジで勘弁してほしいけど。でも、無理やりしてくるんだろうな。はぁ……)


 げんなりしつつ、内心でため息をついてしまう。

 先が思いやられる。だが、先のことを考える場合ではない。今は体を横にして休みたい。


「大丈夫……じゃなさそうだね。部屋まで送るからゆっくり休んでて」


「そう……させてもらう。それでは失礼します」


 こうして厨房を後にしようとしたところで、ついでといった感じでシーディア様に声を掛けられる。


「そうそう二人とも、今夜の夕食は豪勢にするから遅れないようにね」


「はーい」


「分かりました」


 本当は参加したくもない。だが、力ずくで参加させるだろう。それこそ今のオリディアのように。


「オリディア、歩けるから降ろしてくれ」


「無理はダメだよ。部屋まで運んであげるからカイトは大人しくしてて」


「い、いや、だとしてもこの運び方はちょっと……」


「えー、これが運びやすいんだから文句言わないでよ」


「はぁ、好きにしてくれ」


 俺は今、オリディアによって運ばれている。俗に言う俵担ぎという形でだ。年下の少女によって担がれて運ばれるのは中々に恥ずかしい。

 しかし、俺を軽々と持ち上げて歩きながらも、疲れている様子はまるでない。


(実力行使に出られたらどう足掻いても抵抗は不可能だな)


 そう確信できるほどに力の差が隔絶している。やはり、この場において生身の状態は恐ろしく弱いとしか言いようがない。

 それこそ、ふとした拍子で死ぬ可能性も十分にあり得るだろう。


「考えるだけでも怖くなってくるな……」


「何が怖いの?」


「色々だよ」


「ふーん。あっ、着いたよ」


 ついうっかりオリディアの前で本音を漏らしてしまうも、ちょうどいいタイミングで俺が寝かされていた部屋に到着。

 おかげで追求されずに済んだ。


「夕食の準備ができたら呼ぶから、それまでゆっくりしててね」


「ああ、分かった。ここまで運んでくれてありがとう。助かった」


「どういたしまして。じゃあ、また後でね」


 と言い残し、オリディアは来た道を引き返していき、俺は部屋に入ってベットに座る。

 これでようやく一人、落ち着くことができる。いや、何らかの方法で監視されているかもしれないが、我慢の限界だ。


「もう嫌だこんなところ……あの部屋に戻りたい……」


 思い返すのは元の世界での生活。まだ一ヶ月も経っていない筈なのに、自分の部屋での平穏な生活が遠い過去のように感じてしまう。


「はぁ、そうは言っても戻れないのが現実。泣きたいくらい辛いな……」


 今日のやり取りだけで心が折れかけている状態だ。弱音も吐きたくもなる。

 しかし、追い打ちをかけるようにこの後は夕食が控えている。とてもじゃないが穏やかに終わるとは思えない。


「何でラスボス……いや、裏ボスに匹敵しそうな人が二人もいるんだよ。そして一緒に夕食なんて、冗談抜きで勘弁してほしいんだけど」


 あの二人が放つプレッシャーは凄まじく、対面するだけで絶望の淵に立たされている気分になり、精神がゴリゴリと削られていく。

 ましてや、ゴルディア様に踏まれた足は未だに痛み、シーディア様に記憶を覗かれた影響か未だに気分が悪い。

 おかげさまでコンディションは最悪である。


「もてなすとは一体……扱いが酷くないか」


 鎧の体だったら、肉体的にも精神的にもここまで苛まれることはなかっただろう。

 忌々しいと思っていた『鎧化』だが、皮肉なことに今は心の底から発動してほしいとさえ思ってしまっている。


「つっても、この首輪をどうにかしないと話にならないんだよなぁ」


 何故、都合よく“封印の首輪”を持っていたのか気がかりではあるが、兎にも角にもこの首輪を外したい。

 ただし、外せるのは最短で三日後だ。三日間も生身で耐え凌がなければならない。


「しかも外したとしてもオリディアと戦って勝たないとまたつけられてしまうってか。冗談じゃない」


 残念ながら勝てるビジョンがまるで思いつかない。逆に負けるビジョンなら幾らでも思いつくのにな。


「まぁいい。三日間でオリディアの弱点を探すなり、勝てる作戦でも考えるとしよう。今は夕食をどうやって穏便に済ませるかを考えなければ」


 ただ、その前に顔を洗おう。嫌な汗をかいたばかりだからサッパリしておきたい。


「洗面所か洗面台があるといいんだけど……おっ」


 部屋を見渡すと洗面台らしきものがあった。これ幸いとばかりに近寄り、蛇口と思わしき部分を捻ってみた。

 すると、透明な水が出てきたのである。


「本当に出てくるとは……どんな技術力を持っているんだ?」


 想像以上に技術が発達しているらしい。

 ともあれ、これで顔を洗うことができる。早速使わせてもらおう。


「おー、冷たい……ん?」


 目の前に鏡があった。洗面台に設置されていることは別におかしなことじゃない。

 おかしいのは鏡に映っている人物だ。


「いや、鏡に映ってるのは俺自身で間違いないと思うんだが……どうなってやがる?」


 俺は黒髪で黒目だ。十数年以上も鏡で見てきたのだから、間違えようがない。

 なのに、鏡に写っている俺自身は黒髪黒目から遠くかけ離れている。


「灰色の髪に空色の瞳って……ちょっと派手じゃないか?」


 そんな困惑に満ちた独白が、俺の他に誰もいない部屋に響き渡った。


実はシーディア様のことは事前に目撃はしているんですよね。別の姿ではありますけど。

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