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第五十七話 精神世界での対話

またしても久し振りの方が登場します。


『目覚めなさい』


 そんな声が聞こえたような気がして意識が覚醒した。


(気のせいか聞き覚えのある声のような……というか、俺って湖の中で砕け散って死んだ筈じゃ?)


 最期の光景は今でも鮮明に思い返すことができる。水中で意識が薄れていき、最終的には途絶えた筈だ。

 普通に考えると、あの状況から助かる見込みなんてあり得ない。つまり、今の俺はあの世にいるに違いない。

 と、断定していたら即座に否定する声が聞こえてきた。


『何を馬鹿なことを考えてるのです? いい加減に目を開けなさい』


「うん?」


 気のせいではなく、今度はしっかりと聞き取れた。しかも、どことなく懐かしさすら感じられるのはどうしてだろうか。

 何がどうなってるのかサッパリだ。ひとまずは、目を開けて状況確認だな。


(しかし、目を開けるなんていつぶりだろうか)


 どうやら今の俺は目を閉じているらしい。その感覚が久しぶり過ぎたのか、気づかなかったようだ。


「で、これは一体全体どうなっているんだ?」


 目を開くと、淡い青色の不思議な空間にいた。そして俺はその空間で、何故か布団の中にいたのである。

 ただ、思いのほか心地よく、このまま寝入ってしまいそうだ。


『そんなことを許すとでも?』


「さいですか……」


 仕方なく布団から抜け出して立ち上がる。改めて周りを見わすと、淡い青色しか視界に入ってこない。


「何だこの空間は……えーと、この声は神様で合ってるよな?」


 最後に神様と言葉を交わしたのは一週間以上も前のことだろうか。それでもあまりにも濃密過ぎて、もっと日数が経っているような気がする。


(しかし、あの世に行く前に神様が声を掛けてくるとはな)


「まさか労いの言葉でも?」


『お生憎ですが、あなたへの労いの言葉はありませんし、そもそも勝手に死んだことにしないでください』


「おいおい、その言い草だとまるで俺が生きてるみたいじゃないか」


『その通りですが何か?』


 まるで話にならない。そう反射的に言いたくなるところだが、神様がくだらないジョークを言うとは思えない。

 だとするならば、俺はまだ生き延びているということになる。


「まさか死んでいなかったとは……」


『ようやく理解できたようですね。ですが、今のあなたは少し特殊な状態になっています』


「特殊な状態だって?」


『ええ、あなたの鎧の体は確かに砕け散りましたが、それで終わりというわけではないのです』


「というと?」


『あなたに授けた『鎧化』というスキルは特殊でして、わたしが解除してあげないと生身の体には戻れません』


 そのことは嫌というほど理解しているし、俺にとっては神様に従わざるを得ない忌々しい理由の一つである。

 しかし、そんな分かり切ったことをわざわざ言うということは、まだ続きがあったりするのだろうか?


『ただし、例外があります』


「例外……」


『鎧の体が完全に砕け散ると、強制的に『鎧化』が解除されて生身の体に戻るのです』


「えっ」


 ということは、頑張って自壊すれば生身の体に戻れるってこと?

 何でそんな重要なことを今さらになって教えるんだ。もっと早く教えてくれたらよかったのにな。


『残念ですが、あなたの期待通りの結果にはなりませんよ。強制的に解除された反動は強力で、脆弱な生身では耐えきれず丸一日は気絶するでしょうから。そして目覚めると同時に『鎧化』は自動的に再発動します』


「はぁ〜、やっぱりそう都合よくいかないんだな……」


 確実に生身の体に戻るには、どう足掻いても神様に解除してもらうしかないというのか。

 肩透かしを喰らった気分ではあるが、鎧の体が砕け散っても助かる可能性があると知れただけ良しとしよう。

 それに今回ならオリディアに助けてもらえるだろうしな。


「ちなみに聞いておくけど、この空間は何なんだ?」


『分かりやすく説明すると、あなたの精神世界とでも言っておきましょうか』


「精神世界ときたか……じゃあ、現実の方では俺はまだ気絶してるのか」


『そういうことになります』


 にしても精神世界ねぇ。この状況は神様が俺の精神世界に干渉しているということになるが、人の部屋に勝手に上がり込むよりも質が悪いのではなかろうか。


(まぁ、そんな指摘をしても無意味なんだろうけど)


『しかし、想定よりも早く砕け散るとは思いませんでしたね』


「おい、砕け散ることは想定済みだったのかよ」


『当然じゃないですか。彼女は粗暴で大雑把ですからね。きっと何らかの拍子でカイトを粉々にしてしまうと思ってましたよ』


「ひでぇ……」


 神様の言う“彼女”とはゴルディア様のことだろう。出会ってから早々に砕かれる危険性があるのなら先に言ってほしいものだが、この性格の悪い神様のことだから敢えて言わなかったに違いない。


『ですが、想定よりも早く『竜人の里』に着くとは思いませんでした』


「そうなのか?」


『ええ、竜人に怪しまれて追い返される可能性もあったので』


 言われてみれば確かに、鎧を身に着けた男がいきなり現れるのは怪しいだろう。下手しなくとも危険人物と認識されていたかもな。


『ついでにあなたの記憶を覗かせていただきましたが、色んなトラブルに見舞われたようですね』


「しれっと人の記憶を覗くの止めてくれない?」


『あなたには拒否権がないので止めません。しかし、オリディアという少女と出会ったのは僥倖でしたが、それ以上にゾアを排除してくださったのは大きいです。よくやりましたね』


「か、神様が素直に褒めただと……」


 予想外にも程がある。それだけゾアを殺したことが大きかったのか?


『ゾアが持つ能力を鑑みるに、おそらくはわたしと敵対する組織の幹部でしょうね。それも、なかなか尻尾を掴ませなかった曲者です』


「神様と敵対する組織の幹部だって?」


 まさかゾアの属する組織が神様と敵対しているとは思わなんだ。

 でも、ゾアとの会話を思い返すと、俺が『神格開放』を発動した途端に豹変していたし、何かを知っているかのような口ぶりだった。


「ともあれ、神様と敵対しているのなら俺を優先するのも納得だな。しかし……そんなヤバそうな組織がいるんだったら先に教えてくれてもいいんじゃないのか?」


『まだ教える必要性は無かったので。ですが、あのような場所にいたということは連中も“至宝の果実”を狙っているのでしょうか。となると少し予定を早めないといけませんね』


「おーい、勝手に話を進めないでくれる?」


 それはそうとして“まだ”が付くということは、これから先で教えるつもりなんだろうけど、その時は敵対する組織と本格的に事を構えるタイミングだと予想。

 で、俺に使命としてその組織を壊滅させるつもりだろうか。壊滅させる過程で、たくさん人を殺さないといけない気がするけど。


『おやおや、また余計なことを考えていますね。説明するのが面倒ですし、またの機会にさせていただきます。今は最優先で確保してもらいたいものがありましてね』


「あー、さっき言ってた“至宝の果実”のこと?」


 重要なことを先送りにされてしまった。

 まぁ、いつもの事だから諦めるしかないとして、“至宝の果実”は初めて聞くな。少なくともゲーム内では登場していなかったと記憶している。

 それでいて神様が確保してくれと言うのだから、相当な代物なのだろう。


「えーと、つまり……その“至宝の果実”とやらが『竜人の里』にあるからそれを確保してこいと?」


『端的に言えばそうなります。ただし、確保するだけではなくあなたに食べていただきたいのです』


「は? そんな大事な代物を俺なんかが食べていいのかよ?」


『有無を言わずに食べなさい。どうなるかは食べてからのお楽しみですが』


「そう言われると食べるの怖いんだけど……」


 とは言ったものの“至宝の果実”とやらを食べる以外に選択肢はないのだろう。

 俺が食べなくてはならない理由は分からないが、何故か心のどこかで僅かにざわついている。この『虫の知らせ』と言えそうな感覚は一体?


『ひとまず今の段階で必要なことは話しましたが……何かわたしに言うべきことはありませんか?』


「神様に言うべきことだと?」


(何のことかサッパリだな)


『それでは分かりやすく口にしてあげましょう。わたしはあなたの望み通り干渉してきませんでしたが、結果はどうでしたか?』


 そういえば、干渉しないでくれと頼んでいたっけな。今は状況的に仕方ないけど、目覚めてからはどうしたらいいものか。

 正直なところ、いざという時に神様に相談したり、指示を仰ぐことができないのは不便だし、そのせいで窮地に陥ったこともある。

 それを考慮すると、干渉しないでほしいとは今さら言えないな。


「しっかし、随分と回りくどい言い方をしたな。わざわざ聞かなくてもお見通しだろうに、どういう魂胆だ?」


『深い意味はありませんよ。あなたがどのように乞うのか気になっただけですから』


「まさか俺に乞わせたいだけじゃ……」


『ふふっ、想像にお任せします』


 相変わらずいい趣味をしてやがる。神様らしいといえば神様らしいけども、そこまでして優越感に浸りたいのかね。


『それと付け加えさせていただきますが、あなたの本心が聞きたいので無駄に言葉を飾らなくていいですよ』


「はいはい……」


 しかも追加注文ときたか。まぁ、至極単純だからどうってことはないけど。

 さてと、今回はストレートに言えばいいのかな。


「あー、まずは干渉しないでくれと言ったことを撤回させてほしい」


『それから?』


「神様は俺に干渉してもいい。けど、その代わりに困ったことがあれば頼りにさせてもらいたい。この条件でどうだ?」


『条件は悪くないですが、もう一声ほしいですね。具体的にはわたしの好きなようにさせてもらいたいです。そして、あなたはお願いする立場です。何が言いたいのか理解できますよね?』


「ぐっ……」


 足元を見て調子に乗ってやがる。

 だが、ここで断って神様の機嫌を損ねて話が拗れる展開は良くない。潔く受け入れるしかあるまい。


「分かった。じゃあ、神様の好きなように干渉してもいい。それから……困ったことがあれば頼りにさせてほしい。この通り頼む」


 俺以外に誰もいない空間で頭を下げるのはややシュールだと思ったが、それが功を奏したらしい。


『あの小生意気なカイトが頭を下げるとは驚きですね。いいでしょう、お困りの際は声をかけてください。その代わり、これからはわたしの好きなようにさせていただきます。無論、男に二言はないですよね?』


「あ、あぁ……」


 やたらと念を押してくるから嫌な予感しかしない。とはいえ、言ってしまったからにはもう後に引けない。

 にしても『男に二言はない』とかよく知ってるな……って、俺の記憶を覗いたからか?


『さてと、もうじきあなたが目覚める頃合いでしょう』


「もう丸一日経つのか」


 『鎧化』が再発動するまで残り僅かってところか。目覚めても生身でいられないのは少し残念だな。

 ただ、オリディアやゴルディア様の近くで生身でいるのは自殺行為にも等しい。まさしく人外と言える力の持ち主だから、ふとした拍子で大怪我か有り得なくない。

 そのことを考慮すると、『鎧化』が自動的に再発動するのはむしろ大助かりかも。


『あぁ、一つ言い忘れてましたが、目覚めると愉快なことになってますので覚悟しておくといいですよ』


「は?」


 神様の言う“愉快なこと”という言葉は不吉でしかない。しかも“覚悟しておくといい”と言うのだからなおさらだ。

 しかし残念なことに、質問する猶予は残されてないようで、淡い青色の空間に光が差し込み、本当の意味で意識が覚醒していくのを感じた。


「ぬぅ……」


 目を開けると知らない天井。しかし、それだけしか分からない。

 とりあえず、状況を確認するべく布団から抜け出そうとした。が、何故か思うように体が動かない。というより、身体が拘束されているような感じがするし、首が締められているのか息苦しい。


「どうなってる?」


 しかも、体の右側からは柔らかい感触がするうえに、どことなく甘い香りがするのは何故だろうか。


(うん? ちょっと待てよ)


 本来なら問題はないが、俺にとってはあからさまに異常事態だ。『鎧化』が発動して鎧の体になってしまえば、味覚や嗅覚は失われる。


(なのに香りを感じるということは……まさか今の俺は生身だと?)


 それならば合点がいくものの、同時に疑問が湧き上がる。


(何故に俺は生身なんだ? 目覚めると同時に『鎧化』が自動的に再発動するって神様が……はっ、まさか“愉快なこと”とはこれを指していたのか?)


 だとしても意地が悪すぎる。原因不明ではあるが、ひとまずは状況を確認したい。


(ふむ、それにしてもこの甘い香りはなんだろうな。それとやけに右側が柔らかく感じるのも不思議だ……と言いたいところだけど、現実を受け止めなければな)


 そう覚悟を決めた矢先、不意に耳元から声が聞こえた。


「ムニャ、カイトまだ起きないの?」


「っ!」


 心臓が跳ね上がるような錯覚に襲われ、瞬時に血の気が引くのを感じた。

 覚悟を決めたにもかかわらずだ。


(予想は当たってほしくなかったが、何でオリディアがこんな真似をしているんだよ。というか、神様のいう“覚悟しておくといい”ってこのことだよな?)


 声は間違いなくオリディアのものだ。おそらくは寝言だと思うが。

 どうにか首を動かして右側を見てみると、オリディアの愛くるしい寝顔が目と鼻の先にあった。窓から差し込んでくる陽の光に照らされ、美しい容姿も相まって天使のようにも見えてしまう。

 ただ、近すぎるのは些か心臓に悪いな。


(柔らけぇ、あったけぇ……じゃなくて! どうすりゃいいんだこれは)


 どうもオリディアがコアラのように抱きついているみたいで、細い腕が首に回されているから息苦しくなっているようだ。

 しかし、この状況をゴルディア様に目撃されたら不興を買いかねない。どうにか抜け出したいところである。


(しかし、さすがオリディアと言うべきか、なかなか抜け出せないな)


 なんとか身体を捻じって横になるも、むしろ逆効果で逃さんとばかりにオリディアは背中に抱きついて密着し、どうしても放してくれない。


「逃げちゃやだぁ」


「ぐえっ!?」


 さらに、可愛らしい寝言に相反して首への締め付けがより強烈になり、一気に息苦しなっていく。

 こうなってくると命の危険を感じざるを得ない。もはや天使とは思えぬ所業だ。


(ヤバいっ。く、苦しい!)


「ぐぅぅぅっ!」


 急いで抜け出そうとしたのが裏目に出てしまったか。

 それと今さらだが、オリディアを起こせばよかった。数分前の俺にそれを伝えたいものだが、もはやそれどころではない。


「ぐおぉぉ……」


(息が……苦しすぎて意識が……)


 頭に酸素が回らなくなってきたのか、意識が遠のきかけている。

 そろそろ意識を保つのが厳しくなりつつあった。


(め、目覚めて早々にこれかよ……もう意識が朦朧としてきて……)


「カイトぉ、えへへへっ」


 どんな夢を見ているのか気になる寝言ではあったが、同時に首を強く締め付けられてしまい、それがトドメの一撃となり……。


「あ゛っ」


 何もすることができず、断末魔めいた呻き声を上げ、オリディアに抱きしめられたまま意識を手放すことになったのである。



次回からカイトは生身の生活が始まってしまいます。

意図せず生身になれたカイトですが、それは望んだ形ではなく酷く歪な生活になってしまいます。果たしてカイトは『竜人の里』で“至宝の果実”を手に入れることができるのでしょうか。

乞うご期待してください。

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