蛇足という名のオマケ その三
今回もオマケ回ですが、かなり重要な情報が幾つか出てきます。
ギル、パーズ、ラルの三人が謁見の間から退室するのを見届けた魔王と眼鏡を掛けた女性の二人。
沈黙に支配された謁見の間で先に口を開いたのは魔王だった。
「それで、この茶番に何の意味があるというのだ?」
「これからは一致団結して行動をしていかないといけないでしょ。上がいがみ合ってたら示しがつかないじゃない」
「なるほど、確かにラグニの言うことに一理ある。だが、あの三人からは胡散臭いと思われてそうだがな」
「もうっ、ジニアったら意地の悪いこと言わないでちょうだい」
魔王はジニアという名前で、眼鏡を掛けた女性はラグニという名前のようだ。
そんな二人は一見普通に会話しているように見えるが、実際はそうでもない。
ギル、パーズ、ラルの三人が退室した途端に、魔王ことジニアの表情はやや険しくなり、眼鏡を掛けた女性ことラグニは笑みを浮かべるものの眼は笑っていない。
「ふん、貴様なんぞと仲良しごっこはやりたくないものだが……」
「アタクシだってそうよ。でも、今の現状だとそうも言ってられないのよねぇ……あの“閣下”からも強く念を押されちゃったし」
「“閣下”か……無用な粛正は厳禁と言い渡されたな」
「だからギルを処分しなかったの?」
どうやら一致団結しなくてはいけないのは本当のようで、それなりの理由があるらしい。さらには裏で二人に指示を下すことのできる“閣下”と呼ばれる存在がいるようだ。
そして、その“閣下”の指示によってギルの処分は成されなかったのである。
「ふんっ、当然だ」
「てっきり身内だから見逃してたのかと思っちゃったわ」
ラグニの指摘にジニアは眉を顰めると、吐き捨てるように言い返すのであった。
「くだらん邪推は止めろ。いくら実の妹とはいえ、情をかけるつもりは毛頭ない」
「本当に?」
「あぁ本当だとも。あの愚妹が俺を魔王と心の底から認めていたら話は変わってくるがな」
「魔王“様”って呼んでたと思うけど」
それを聞いたジニアは不愉快そうに表情を歪めた。
「魔王“陛下”と呼べと命じたにもかかわらず、愚妹は“様”を付けて呼んでいるのだぞ」
「あらあら、そうだったの。じゃあ、内心ではあなたを魔王と認めてなさそうね」
「そうだろうな。なにせ、先代魔王が幽閉されてまだ生きているのだ。愚妹のことだから、救出する計画を立てているだろうさ」
あろうことか、ギルとジニアは兄妹だというのだ。
確かにルビーめいた紅い瞳に銀髪などといった共通点はあるが、先ほどの冷淡な態度を見るとにわかに信じがたい。
ただ、当の本人は否定するどころか肯定しているのだから、本当に実の兄妹なのだろう。
「まぁ、あなたって立派な簒奪者だもの。当然でしょうねぇ」
「もういい。無駄話は止めにしてあの部屋に向かうぞ」
これ以上この話題を続けたくなかったのか、ジニアは立ち上がると半ば強引に打ち切ろうとした。
ラグニとしてはこのまま続けてもよかったのだが、ジニアの提案には賛成のようだ。
「それもそうね。そろそろ例の時間だもの」
「待たせてネチネチと文句を言われるわけにはいくまい。行くぞ」
その言葉に頷いたラグニは、先に歩き出したジニアの後ろを付いていくのであった。
それから迷宮を彷彿とさせる複雑な通路を黙々と歩き続けて数分後、目的の部屋に到着。
すると、ラグニはため息をついて愚痴をこぼしたのである。
「はぁ……ねぇ、少し遠すぎじゃない? ここまで歩くの面倒なんだけど」
「この程度で文句垂れるな。中に入るぞ」
「もうっ、ジニアのいけず!」
容赦なく切り捨てて部屋に入室したジニアに憤慨するも、それ以上は何も言わずそのまま入室した。
部屋の中も相変わらず薄暗く、天井に取り付けられた魔道具によって辛うじて中央が照らされているだけだ。そして部屋の中央には複雑な幾何学模様が刻まれた机と椅子が置かれ、机の上には水晶玉めいた何かが設置されている。
「椅子には俺が座る。それでいいな?」
「疲れたからアタクシが座りたいところだけど……そうもいかないのよねぇ。アタクシは立って補助に回るとするわ」
「分かった。では始めるぞ」
ジニアは椅子に座り、水晶玉めいた何かに手を乗せて意識を集中させた。
すると机や椅子の幾何学模様が輝き始め、水晶玉めいた何かは光を放ち、部屋の奥の壁に投影したのである。
『あっ、映ったみたいだね』
まるでプロジェクターを壁に投射したように映像が映し出され、水晶玉めいた何かからは音声までも発せられた。
そして、映像に映し出されているのは深くフードを被ってどことなく軽薄そうな雰囲気を醸し出す男であった。
「どんな技術使ったのか理解できないけど、何気に凄い魔道具よねぇ」
「まったくだ。だが、大量の魔力を消費してしまうのが欠点だな」
『うんうん、二人とも元気そうだね。それじゃ緊急会議を始めるよ』
軽薄そうな男は緊急会議と口にした。どうやら何かがあったらしいが、緊張感がまるで感じられない口調である。
「仮にも幹部の一人が死んだのだぞ。少しは危機感を持て」
『それは無理な相談かなぁ。ま、報告書はしっかり読んでくれたみたいだね』
「もちろんじゃない。でないとジニアと一緒にこの部屋に入ることなんてないわ」
『ふっ、そうだったね』
フードを深く被っているせいで分かりづらいが、ニュアンスからして苦笑いしているようだ。ただしそれは一瞬のことで、すぐさま元の調子に戻る。
『とりあえず本題に入るとして、さっきジニアが言ったように幹部のゾアが死んだ……いや、正確には殺されたと言うべきかな』
「どこの誰に殺された?」
『あの憎き敵こと“破壊の使徒”……って殺された本人が言ってたよ』
軽薄そうな男がそう告げた途端、ジニアとラグニの表情は強張った。それだけ“破壊の使徒”という単語が聞き捨てられないのだろうか。
しかし、鵜呑みにしたわけではないようだ。
「本当にあの“破壊の使徒”なのかしら? そもそも、本人が“言ってた”っていうのが理解できないんだけど」
ラグニの疑問はもっともで、死んだはずの人物が“言ってた”というのはおかしな話であり、普通ならばあり得ないことだろう。
ただ、軽薄そうな男もホラを吹いているわけではなさそうだ。
『だってゾアの奴ったら『魔導伝書鳩』を死ぬ間際に送って来たんだよ。おかげで驚きの情報が色々と入手できちゃったよ』
「あの伝書鳩もどきか……それで、何が判明した?」
『うん、読み上げるからちょっと待っててね』
「ゾアったら抜け目がないわね。傲慢で憎たらしいところもあるけど、仕事はしっかりこなすのよねぇ」
「あぁ、鼻につくところが欠点だが、仕事はできる奴だったな」
どうやらゾアが死ぬ間際に放ったものは『魔導伝書鳩』と呼ばれる伝書鳩のような物らしい。
それはそうとして、やはりゾアはあまり快く思われてなかったようだ。
『それじゃ、読み上げるよ』
そう前置きをして、軽薄そうな男は語り始めた。
『これは俺様の遺言だ。“破壊の使徒”に敗北して死ぬ。我ながらとんでもないドジを踏んでしまったものだ。慢心して感情任せになるのは悪手だったと今さらながら思う』
「ゾアらしくないな」
「でも、前に“破壊の使徒”のせいで自慢の工房が破壊されたじゃない。それで感情的になったのかも」
『かもしれないけど、ひとまず置いといて続けさせてもらうよ』
「遮って悪かったな。続けてくれ」
『もちろん、無駄死にするつもりはない。情報くらいは残してやるから有り難く思え。まず今回の“破壊の使徒”の特徴としては意思疎通が可能なところだ。前回の“破壊の使徒”と違って会話して時間を稼いだり、取引することもできるだろう。次の特徴は魔法への耐性が異様に高いことだ。上級魔法でも大したダメージにならん。それでいて普通に硬いから始末におえない。しかし、弱点が無いわけではない。どうも本気を出すと脆くなるみたいだが、同時に“破壊の使徒”としての本領を発揮するから油断は禁物だ』
「件の鎧男と特徴が似てるわね。ということはやっぱり……」
ギル、パーズ、ラルの三人から聞き出した内容と一致する点があり、そのことを思い返したラグニは確信を得た表情を浮かべる。
『うん、それも含めて後で話し合おう。まだ続きがあるから、もう少し付き合ってね』
「あら、ごめんなさい」
『で、続けだけど……総括に入るが、俺様が思うに今回の“破壊の使徒”は生きた人間を依り代にしていると見ている。実際に奴と会話したがあまりにも人間臭い。しかも驚くことに敵である俺様を殺すのに躊躇った。精神的に未熟なのだろう。それに前回の“破壊の使徒”に比べると力不足が否めない。付け入る余地は幾らでもありそうだ。だが、その代わり頭は回るみたいで『風の眷属竜』と交渉したのか、手を組んでいたのは実に厄介だった。さて、俺様もそろそろ限界だ。他に伝えることがあるとするなら、今の“破壊の使徒”はまだ未熟だろう。早急に対策を考えて滅ぼすことをお勧めする。最後に、俺様の工房と倉庫は好きに使え。じゃあな……だってさ』
と、軽薄そうな男は言い終えた。
「ふぅむ、やはり報告で聞いた鎧男とゾアを殺した“破壊の使徒”は同一人物と見ていいだろう」
「そうねぇ。別口から得た情報だけど、鎧男は南進してたみたいだから、確実でしょうね」
つまり、鎧男=“破壊の使徒”という認識なのだろう。ちなみにではあるが、当の本人であるカイトは自身が“破壊の使徒”である自覚はなく、女神に教えてもらっていない。
『だろうね。いやはや、嫌なタイミングで復活しちゃったうえに、前回よりも厄介かもしれないってさ。もう嫌になっちゃうよ』
「非常にマズいわね……」
「確かに“破壊の使徒”が復活したのはマズい。だが、これからって時にゾアが殺されたのもマズいぞ。このままだと計画に遅れが生じてしまう」
『しかも、人間を依り代にしているらしいけど、例の結界に反応がなかったのが気がかりなんだよねぇ。優秀な人間がいそうなところには例の結界を貼ってた筈なのに』
ここにきて“結界”という単語が出てきた。以前に女神が危険視していたものと同一なのかもしれない。
「結界の範囲外にいた人間を依り代に選んだのか……少なくとも無能ではなかろう。あのゾアを殺害したのだからな」
「でもぉ、ただ単に相性が悪かったからじゃないの? ゾアって一瞬でマジックアイテムを作っちゃうけど、“破壊の使徒”ならすぐさま破壊しちゃうじゃない」
『そうだろうけど、ゾアだって馬鹿じゃない。それも織り込み済みで行動してたに違いないよ』
会話の内容から推測するに意外にもゾアは重要人物であり、それなりに評価もされているようだ。
それだけにゾアという人材の喪失は痛手らしい。
『兎にも角にも、殺されちゃったゾアの穴埋めは大変だよ。にしても、“破壊の使徒”は何で南に向かったのかな。やっぱり『竜人の里』にある“至宝の果実”が狙いだったりして?』
「それしかなかろう」
「当然よねぇ。ゾアが力不足って分析していたのだから、力不足を補うには“至宝の果実”を手に入れるしかないわ」
軽薄そうな男の疑問にジニアとラグニは即答した。
それと会話の内容からして、どうやら“至宝の果実”という重要な代物が『竜人の里』に存在するようだが、肝心のカイトはそのことをまだ知らない。
『だよね〜。だったら『竜人の里』はもう放置してもいいかな。今さら戦力を送っても手遅れだろうし』
「だろうな。ところで、他に話しておく事はあるか? そろそろ魔力が底をつきそうなんだ」
『一通り話すことは話したよ。それとこっちは現場が混乱してて忙しくてさ、ひとまずはお開きにしよう。次の会議は鎧男もとい“破壊の使徒”対策について本格的にするからね』
「これから大変になりそうね……分かったわ」
「そうか、では切るぞ」
『うん、じゃあね〜』
軽薄そうな男が最後にそう言い残すと水晶玉めいた何かは光を失い、机と椅子の幾何学模様は輝きを失った。
そしてジニアはくたびれたかのように椅子の背もたれに背中を預け、気怠げに口を開いた。
「ふぅ……だいぶ持っていかれたか」
「お疲れ様」
「まさか貴様に労われるとはな」
「あら心外ね。これでも最低限の礼儀はわきまえてるつもりだけど」
「そうか。それはすまなかった」
ジニアは素直に謝罪した。緊急会議前には険悪そうな雰囲気を醸し出していたとは思えない態度である。
疲れによるものか、あるいはゾアが“破壊の使徒”に殺害された話を聞いて心境に変化が訪れたのだろうか。
「ところで思ったんだけど、ゾアってどうやって死ぬ間際に手紙を書いたのかしら? そんな悠長なことを“破壊の使徒”が許すとは思えないし……」
「知らないのか。ゾアは『自動執筆紙』という念じるだけで文字が書かれる魔道具を開発していたんだぞ」
「何それ、ものすごく便利じゃない」
「便利なのは間違いないが、コストが掛かりすぎて量産はできてないそうだ。残りの『自動執筆紙』は少ないだろうさ」
『自動執筆紙』という魔道具があったからこそ、死ぬ間際に手紙を用意することができたようだ。
ただし、便利ではあるものの数には限りがあるらしい。
「残念ね。それにしても、ゾアが死んだという報告書を読んだときは清々したものだけど、今になると惜しい人を亡くしちゃった。って思っちゃうわ」
「当たり前だろう。ゾアはいわゆる兵站を担うような唯一の存在だったのだからな。ゾアの代わりが務まる者などそう簡単に用意できまい」
ラグニやジニアが属する組織にとって、ゾアは重要なポジションを務める人物だったようだ。
偶然に遭遇したとはいえ、結果的にカイトは組織に大ダメージを与えたと言っても過言ではないだろう。
「ともあれ、鎧男もとい“破壊の使徒”対策を考えねばなるまい。将来的に障害として立ち塞がるのが目に見える」
「ええ、その為にも本格的にあなたと協力する必要がありそうね」
「それには俺も同意せざるを得ないな」
そう口にする二人の目は別の何かを見据えているようにも見える。
おおかた、“破壊の使徒”を倒した後のことを考えているのだろう。今は協力関係であっても、協力する理由がなければ解消するのもおかしくはない。
ちなみにではあるが、今の会話の真っ最中に渦中の人物である鎧男改め“破壊の使徒”ことカイトは、水中で意識を途絶えさせていたのである。
次回は本編の続きになります。