第五話 一方的な戦い
「がぁぁあ゛ぁぁぁぁっ!?」
強烈な爆発の攻撃魔法を受けたおかげで今までに感じたこともない激痛が駆け巡り、黒煙に包まれながら大声で叫び声をあげてしまう。
咄嗟に頭を腕で庇ってはいたのだが、頭以外の身体の前面は爆発によって至る所がひび割れたり欠けている。
しかも、損傷した部分からはじんわりと無視できない痛みが絶え間なく伝わってきて、まるで怪我をした気分だ。不思議な感覚ではあるけど、傷ついていることを伝える危険信号のようなものだろうか。
にしても驚いた。まさかこんなにも痛みを感じるとは……。それだけではなく、ゴブリンたちの攻撃では鎧に傷一つも入らなかったのに、あの魔人はたった一度の魔法であっさりと大量の傷を与えてきた。
やはり、あの魔人は油断はできない。同じ魔法を何度も喰らえばさすがに鎧が頑丈といえども、粉々になりかねん……。
(相手にしたらこっちが持たんな。ここは神様の言う通りにして隙を見て逃げるとするか)
(それがいいと思います。それでどうでしたか?あまり強くないと言った意味がこれで分かりましたよね)
(あぁ……嫌と言うほど分かったよ。確かに硬くても限度はあるし、何回も撃ち込まれたらこの鎧の身体は砕けるだろうよ……過信は禁物だな)
ただ、それが分かったのはいいんだが、まさか実戦という形で体験することになるとは思わなかったんだけど。
本当にさ、いくら何でも唐突過ぎやしないかね?いや、ここまでの何もかもが唐突だから、それを言うのは今さらか?
なんにせよ……今回は初見とは言えあまりにも無防備過ぎた。次から強そうな敵が出てきたら、どんな攻撃にでも注意しないとな。
内心でそう決心をしていると、煙が晴れて視界が元に戻っていた。
あっ、さっさと逃げておけばよかったんじゃないのか。向こうだって俺の姿が見えてなかっただろうし、タイミングを逃してしまったな。
そして、険しい表情を浮かべている銀髪の魔人の顔を拝むことになった。
「我が『黒爆』をその身に受けていながらほぼ無傷で立っているとは……普通の兵士ならば、鎧が砕けてその命を散らしていた筈だ。気に食わないが、貴様は只者ではないな」
「そうでもないんだがな……」
より一層警戒を強めているみたいだが、実際は無傷どころじゃない。致命傷から程遠いとは言っても、それなりにダメージを受けているんだぜ。
ん?そういや……向こうは『鎧化』によって俺の身体が鎧そのものになっていることを知らないのか?
それなら勘違いされても仕方ないが、どうしたものかね。
『黒爆』が通用しないと判断して、さらに強力な魔法を撃たれても困るし。今すぐにでも逃げるべきか?
だがその判断は遅かったらしく、さらに聞いたこともない魔法を問答無用で唱えてきたのだ。
「ふんっ、謙遜か?甘いぞ。あれで終わりだと思うな。今度こそ地に伏せるがいい!喰らえ!『黒炎弾』!」
「やっぱりそうくるかよ!」
俺が反射的に叫んでいる間にも、剣の切っ先からは黒い炎が迸ると、瞬く間に球体へと形成して、俺に向けて飛ばしてきたのである。
黒い火の塊の大きさは俺の身長の半分くらいだろうか。しかも、あの口ぶりからすると恐ろしい威力を内に秘めているのは確実だ。
あれをまともに喰らってしまえば、シャレにならないだろう。何としてでも躱さなくてはいけない。
そう思いながら必死に横へ飛び込んで黒い火の塊をやり過ごしたのだが、すぐ近くを通り過ぎただけでも身体を焦がすような熱波を感じ、無い筈の肝が冷えた気がする。
そして最終的には木に当たり……爆発して木は瞬く間に灰燼に帰すのであった。ただし、周りの木に燃え移ることはなく、まるでコントロールされてるかのごとく黒炎は即座に掻き消えた。
その光景を見て不思議には思ったが、気にする余裕などはない。というのも……
「貴様がそうやって躱すのを易々と見過ごすとでも思ったか?」
「くっ!」
嘲りを含んだ声が頭上から聞こえ、鋭い殺気を感じたからだ。それから本能に突き動かされるように、無様に鎧が土で塗れながらも横に転がって距離を取った。
すると次の瞬間にはその行動が正しかったと実感したのである。俺がさっきいた場所には、上から降ってきたであろう銀髪の魔人が深々と地面に長剣を突き刺していた。
あのまま何もしなければ、俺は串刺しになっていたかもしれない。
「くっ!魔族ってのは魔法だけじゃなく、身体能力すらもずば抜けていんのかよ!」
内心の焦燥を誤魔化すように、そう怒鳴ってしまった。
そんな俺の様子を見て、長剣を地面に突き刺したまま余裕ぶった口調で俺を挑発してきたのである。
「どうした?今なら動けないぞ。掛かってこないのか?」
「うるせぇ!見え透いた嘘をつくんじゃねぇ!」
明らかに罠でしかない。誰が見てもそう思うだろう。故に、慎重に身体を起こしながら何が来ても対処できるように俺は油断なく構えた。
それと同時に、銀髪の魔人は深々と突き刺さっていた筈の長剣を手こずることなくあっさりと引き抜くと、そのまま俺に斬りかかってきた。おかげで強引に近接戦闘へと持ち込まれてしまう。
「やっぱりか嘘かよ!」
「ふむ、分かり切ってはいたが……あの程度で引っかかるほどの愚か者ではないのだな」
「当ったり前だろ!騙すつもりならもう少し努力しておけ!」
「いやなに、貴様を少し試したかっただけだ。それにああいった搦め手はあまり好まないのでな。使うにしても今回だけだから安心するがいい」
「安心とはいったい……」
「少なくとも、貴様は馬鹿ではなさそうだ」
「なるほどぉ!?」
お互いに言い合いながらも近接戦闘は続いている。とは言っても、俺が必死に長剣による斬撃を避けているだけの防戦一方だ。
しかしこれには理由がある。振るわれている長剣には黒い炎が纏わり付いているからだ。
近くにいるだけでも凄まじい熱を感じ、相当な高温であることが分かる。きっと地面から剣を引き抜いた際は、この黒い炎が地面を溶かしたに違いない。
言うまでもなく、まともに触れたらひとたまりもないだろう。実際に掠めただけでも酷く熱く、いとも容易く鎧に傷をつけてくるしでかなり痛い。
その為に距離を取ろうとしているのだが、向こうがそれを許してくれない。もはや安心できる要素など一切ない。
「もう逃げ腰か。さっきまでの威勢はどこに行った?」
「黙れ!いちいち俺を煽るな!」
主導権は向こうが完全に握っている。しかも薄笑いを口元に浮かべてはいるが、目元は全く笑っていない。その様子を見る限りだと、絶対に油断はしていない筈だ。
このまま何とか躱し続けたとしても、俺に好機が訪れることは無いだろう。所謂、ジリ貧ってやつか。
どこかで一か八かの手段に出なければ、この状況を打破することはできないな。ここは腹を括ってやろうじゃないか。
「南無三っ!」
祈りながらそう口にし、どうにか腕を掴んで俺の頭を叩き割らんとするのを防いだ。これでひとまずは助かったのだが、本番はこれからでもあった。
「ほう、少し気概を見せたか。ならば力比べといこうか!」
「くぅっ!なんて馬鹿力だ!」
俺もかなりの怪力なのに、向こうも俺と同等か、もしかするとそれ以上の怪力の持ち主のようだ。
今はどうにか拮抗状態を保ってはいるが、これがいつまで続くかは分からない。何せ向こうはまだ余力を残しているみたいで、どことなく楽しんでいるようにも見えるからだ。
「ふふふっ……動きが素人とはいえ、貴様には色々と見どころがあるな」
「けっ、そいつはどうも!」
戦闘経験が皆無であることは既に見抜かれていたらしい。
それもそうか、あれだけ逃げに徹していたしな。戦闘の熟練者なら見抜くのは造作でもないだろう。
「だが、貴様は不思議だ。素人でありながらその人間離れした怪力といい。尋常ではない硬さを誇る鎧を纏っていて………何よりも生気を感じられないのはどういうことだ?」
「……さぁ、どうしてだろうな?」
俺に対して違和感を抱いているらしく、訝しんでいるようだ。もちろん、ここで正直に答えてやる必要はない。
というよりも、答えたところで信じてくれるか怪しいからだ。
ただ、そんな俺の実情とはお構いなしに向こうは余計にやる気を出してしまったらしく、剣を押し込む力がさらに強くなっている。
「あくまでもシラを切るというのなら、それでよかろう。どの道、貴様は殺す必要があるからな。殺した後に検めさせてもらうだけのことだ」
「おいおい、そんな物騒な物で俺を真っ二つにするつもりか?中身が燃え尽きてしまうぜ」
当然ながら、俺の言っていることは嘘だ。この鎧の内側には中身という物は無く、空っぽだ。敢えて嘘をついたのは、向こうが少しでも攻撃を躊躇い油断するのを期待したからである。
でも、文字通り真っ二つにされちまったら俺はどうなっちまうんだろうね?
気にはなるけど、あまりにも恐ろしすぎて試す気になれない。それどころか今すぐにでも逃げ出したいぜ。
(それが賢明です。今は余計なことは考えず、目の前の敵から逃げることを考えなさい)
(神様の言う通りなんだけどさ、そう簡単にいかないんだよなぁ)
「こんな時に考え事か?随分と甘く見られたものだな……」
「あっ、違う!そういうわけじゃ……」
声のトーンが低くなったのは気のせいではない。
俺が別のことに少しでも集中してしまったことがよほど面白くなかったのか、心なしか表情さえも冷たくなっている。今さら言い訳をしても手遅れなのは明白だ。
「もうしばらくは様子見をしてやろうと思っていたが……気が変わった」
「へ、へぇ……じゃぁ、どうするって言うんだ?」
「容赦しないだけのことだ。すぐには死ぬなよ?」
「冗談にしちゃ質が悪いぜ……」
実際には冗談ではないだろう。声色や雰囲気からして向こうが本気であることを如実に物語っている。
つまるところまだ手加減されていたらしく、今までのは前座といったところだろうか。
なんてことを考えていると、腹部に衝撃が走った。どうやら、膝蹴りを喰らったようだ。
「ふん、さすがにこの程度では動じもしないか」
「……何がしたい?」
「硬さの……確認だ!」
言い終えると同時に強引に俺の手を振り払い、そのまま斬りつけることはせず、素早く前蹴りを放ってきた。
不意を突かれたということもあってか俺は対応もできず、もろに前蹴りが腹部に炸裂してしまう。そして痛みを味わいながら蹴り飛ばされた。この威力なら少しはひびが入っているかもしれない。
おかげで距離を取ることはできたが、状況はなにも好転していない。むしろ悪化しているまである。
「ぐふっ!やっぱつぇな……」
「まだ終わりではないぞ。『黒爆』!」
「またかよ!」
追撃とばかりにさらに魔法を使ってきやがった。致命傷にならないとはいえ、あの爆発だと避けることが難しい。
仕方なく今回も腕で庇い、被弾箇所を最小限に抑えることに努めた。
そしてまたしても黒い塊が爆発すると、俺に傷と痛みを与えながら黒煙が辺りを覆った。少しの傷は負ったものの、これで俺の姿が見えない筈だ。
「今度こそ逃げれるか……?」
淡い期待を抱き、口にしたその時である。
黒煙を吹き飛ばしながら黒い火球が眼前に飛び込んできたのだ。そこまで大きくはないが、これはおそらく『黒炎弾』だろう。どんな手段を用いたのか分からないが、それ以外に考えられない。
ただし、正体が分かったところでこの時においては役に立たなかった。もはや回避のしようがないからだ。
「ふざけやがって!」
怒鳴っても仕方ないと思いつつも、『黒爆』と同様に腕をクロスして少しでも受ける被害を減らそうとする。
そうして身を焦がすような恐ろしい熱波を感じると、間髪入れずに『黒炎弾』は俺に命中し、『黒爆』よりも強烈な爆発を引き起こしたのである。
「ぐうぅぅぅっうぅぅぅぅっ!!」
当たることを覚悟していたおかげか吹き飛ばされず、足元の土を抉りながら押し出されただけで済んだ。
しかし、それは些細なことでしかない。問題なのは腕の方だ。『黒爆』に続いて『黒炎弾』を受けたことにより、今や溶けたり穴が空いたりなど、ボロボロになってしまっている。
当然だが凄まじく痛い。こんな痛みは感じたこともないし、感じたくもない。あまりの苦痛に転び回って叫んでしまいたい程だ。だが、今は耐えなくてはならない。
まだ何も終わっていないのだから。
「無詠唱で威力が下がったとはいえ、『黒炎弾』が直撃しながら未だに健在か……その頑丈さには呆れたものだ。気味が悪いとさえ思ってしまうが……貴様は本当に人間なのか?」
黒煙が完全に晴れると、銀髪の魔人が怪訝そうに表情を浮かべている。さらには俺の心境など知らずか、呆れた口調で失礼なことを言ってきた。
それを聞いて少しカチンときてしまい、無詠唱という言葉が引っかかりつつも構わずに言い返す。
「う、うるせぇ……これでも一応は人間だ!」
「貴様はそう言うのなら、そういうことにしてやる。人間にも色々と例外はいるからな」
「例外だ?」
「おっと、お喋りはここまでだ。『黒炎柱』!」
「嘘だろ!」
気になることを言っていたのに、強引に話を切り上げて聞いたこともない魔法をまた唱えてきた。
流石にこれ以上は危険だと思い、反射的に背を向けて走り出そうとしたが……残念ながら間に合うことはなく、その足掻きは無為に終わる。
何故かと言うと、足元から熱を感じたかと思えば次の瞬間には黒い炎が吹き上がり、瞬く間に俺は黒い炎に包み込まれたのだ。
「ぎぃぃぃぃや゛あ゛ぁぁぁぁっ!?」
全身が黒い炎で熱されて、あまりの高温に至る所が溶けだしている。
そして、熱いという言葉が生温いと言えるくらいに、おぞましい苦痛が俺に襲い掛かった。
鎧の身体じゃなかったら、何回でも死んでもおかしくはないと思ってしまう程である。まるで灼熱地獄を味わってる気分だ。
だというのに、この身体はまだ動けるらしい。
「はぁ……はぁ……ぐっうぅぅぅっ……」
必死に足を動かしながら辛くも黒い炎から抜け出して灼熱地獄から解放されたわけだが、この場から逃げ出そうにもそうは問屋が卸さないようだ。
背後から熱気の代わりに殺気を感じ、冷ややかな声を投げかけられた。
「鎧ごと貴様を焼き尽くすつもりで『黒炎柱』を放ったというのに、さも当たり前のように耐えるとは……魔法への耐性があるのか?さっきはああ言ったが、貴様が本当に人間かどうか怪しいものだな」
「勝手に言ってろ……」
「まぁいい。見たところ貴様は虫の息のようだ。流石あれは効いたようだな」
「ははは……それはどうかな?」
確かに効いたと言えば効いたが、まだ十分に動くことはできる。なんなら、殴りかかることも可能だと言いたいところだ。しかし、そんなことを口走る程に俺は愚かではない。
ただでさえ俺と同じくらいの怪力だっていうのに、黒炎を纏う剣まで使うのだから近接戦は分が悪すぎる。
だからこそ、動ける今のうちに何としてでも逃げなくてはならない。そう思っているのに銀髪の魔人はどこまでも無情であった。
「少々手間取ったが、いい加減に終わりにするとしよう。最後の手向けとして苦しまないようにひと思いに心臓を貫いて黒炎で焼いてやる。これなら苦しむのも一瞬で済むだろう」
「クソっ……たれめ……」
逃げないといけない。それが分かっていながらも、身体を動かすことはできなかった。
これは俺が諦めたからではなく、銀髪の魔人は既に俺の左肩の上に手を置き、がっしりと掴んでいるからだ。
こうなってしまえば腕を振り払うよりも先に、背後から胸を貫かれるのが速いだろう。
「では……逝くがいい」
その言葉が聞こえて背中から胸にかけて衝撃が走るのを感じると、胸から黒い炎を纏った長剣が生えていた。