第五十六話 絶望もたらす黄金の影
ようやく一区切り。
若干納得できてないので、いつか少し書き直しするかも。
突如として現れた“それ”の姿や形は『風の眷属竜』もといヴェントが竜の姿になったのと酷似している。が、“それ”はヴェントよりも一回り大きく、黄金の光を放つという点は大きく違うだろう。
「な、何だあれは?」
「「ギシャシャシャッ!?」」
さらに、空間が歪んでいると錯覚しかねない程のプレッシャーを“それ”は放ち、何時ぞやの姫様と呼ばれる少女が放ったプレッシャーよりも強烈で重厚だった。
(あっ、死んだわ俺)
“それ”が近づくたびにその確信は強くなり、全身にとんでもない圧力がかかったかのように身体が硬直し、今までに味わってきた絶望がちっぽけに思えるくらい、暗く深い絶望に囚われてしまっている。
「ギシャシャシャ……」
ツインヘッドに至っては俺なんてもう眼中に無いのか、“それ”を見上げて警戒している様子だ。
ただし、警戒しようがしまいがその身に訪れる結末は変わらなかっただろう。
“それ”は厳かに声を発した。
「ほう、出来損ないが我が領域の近くにいたのか。目障りだ消えろ」
まるで害虫を駆除するかのように“それ”は冷淡な口調で平然と言い放ち、ツインヘッドに向けて口から黄金に輝くブレスを放った。
「「ギシャシャシャーッ!!」」
ツインヘッドも負けじと『火炎ブレス』を放って応戦するも……黄金のブレスに拮抗するどころか瞬時に押し負けてしまい、断末魔の叫びを上げる間もなく黄金の奔流に飲まれ、跡形もなく消えてしまっていた。
しかも、ツインヘッドを消滅させるだけでなく、黄金のブレスの余波で沼地は瞬く間に干上がった。
もちろん俺もその余波に巻き込まれ、鎧の表面が溶けかけたチョコレートのようになってしまっている。
(あ、熱い。なんて熱量だ……これは炎? でも、ツインヘッドって、確か炎への耐性がそれなりにあったよな?)
それなのにこの有様だ。仮にもしも黄金のブレスが俺に直撃していたら、ツインヘッドと同じ末路を辿っていたかもしれない。
「で、お主がカイトとやらか?」
「っ!?」
敵意は感じられない。
先ほどより幾分かプレッシャーが和らぎ、口調も穏やかだったおかげか、そこまで取り乱すことはなかった。
それでもなお凄まじい存在感を放っており、神々しさまで感じさせる“それ”の前では圧倒され、反射的に平伏しそうになってしまう。
それと何故か名前が知られているけど、別にそこまで不思議なことではない。
「は、はい。その通りです。ところで……オリディアは無事でしょうか?」
「もちろん無事じゃ。それはそうと、お主はオリディアに何をしたというのだ。怒っておったぞ」
話しかけても大丈夫だったのはいいけど、いきなり雲行きが怪しくなってきたのだが。
「まだ根に持ってたか……」
「ふぅむ、理由は話さなかったがお主を逃がさないで連れて来てくれとも頼まれたな」
「oh……」
逃げ出すのを読まれていたらしい。正確には出直すつもりだけど、こうなってしまっては断念するしかないな。
潔くオリディアのところに行くしかあるまい。
ただ、その前に聞いておきたいことがある。
「恐縮ですが、質問をしても?」
「構わぬ。何を知りたい?」
意外にもすんなり承諾してくれた。寛容だったりするのだろうか?
ともあれ好都合だ。
「まず、あなた様のお名前をお伺いしても?」
「そうじゃったな。まだ名乗っておらんかったな。妾の名はゴルディアじゃ。あぁ、かつては『始原の竜』とも呼ばれておったな」
「そうでございますか……」
名前はオリディアから聞いたことがある。けど、その後はオリディアから聞いたことはないが、問題はない。
(やはりか。まさかこうも早く出会うことになるとはな)
既におおよその見当はついていた。姫様と呼ばれる少女を凌駕するプレッシャーの持ち主ならば、『大陸の四大覇者』の一角にして大陸の南端を支配する『始原の竜』であるのも納得である。
ただ、当の本人はやや不貞腐れていた。
「なんじゃ、妾の名前はともかく二つ名まで知っておったのか。つまらんのう」
「え、えぇ……念の為に確認したかったので」
(態度に出てしまったか? 気を付けてた筈なんだが……侮れない洞察力だな)
一層気を引き締める必要がありそうだ。ともあれ気分を害した様子はない。次の質問をしてみるか。
「ところで……オリディアとはどういった関係で?」
「質問する意図が分からぬが……妾にとっては実の娘のようなものじゃ」
「そ、そうでございましたか……」
(ヤベェぞ。事故とはいえ、ついうっかりオリディアのスカートの中を見てしまったんだぞ。それを知られてしまったら……)
(お主、オリディアの下着を見たというのか? それは真か?)
「へ?」
何故かゴルディア様の声が頭の中で響いた。しかも、オリディアのスカートの中を見てしまったことも知られている。
“何故?”という疑問が尽きないが、少なくとも理解できたことといえば、ゴルディア様の前では隠しごとはほぼ不可能ということだろうか。
「何で当たり前のように人の思考を読んでくるんだよ……しかも脳内に語りかけてくるしで何でもアリじゃねぇか」
(じゃが、大して驚いておらぬの。もしや……他にも似たような真似をする者を知っておるのか?)
「さぁ、何のことやら……」
まるで心臓を掴まれたような錯覚に襲われた。勘がいいとしても程がある。
とにかく、動揺して余計なことを考えてはいけない。記憶を覗かれれば一発アウトだが、幸い今のところはその気配はなさそうだ。
「ところで、俺の処遇はどうなるのでしょうか?」
(話を逸らしよったか。今は不問にしてやるが、ひとまずはお主を連れて帰る。逃げれると思わぬことだな)
何が何でも逃げるべきだったかなぁ。
でも、森ごと焼いてあぶり出すくらいのことは容易にやりかねないし、心象を悪くするくらいなら大人しくしておくのが賢明だろう。
「はぁ……諦めが肝心ってか」
(そこから動くでないぞ。誤ってお主を粉々にしてしまうかもしれぬからな)
「ア、ハイ」
おぞましいプレッシャーを放ってるだけに、脅し文句としては効き目が抜群だった。
下手に動けば間違いなく死ぬ。そう確信せずにいられないほどの恐怖を感じて萎縮してしまう。
それからゴルディア様は俺に目掛けて一直線に降下し、人なんて丸呑みにするのも容易い口を大きく開いて……うん?
「いや、さすがにそれは……うわっ!?」
あっさりと、口の中に囚われてしまった。しかも上顎と下顎の牙でしっかり固定した状態で。
「ウッソだろ……洒落にならないぞこれは」
まるでプレス機に挟まれた気分だが、実際はプレス機なんてまだ生易しい方だろう。
ゴルディア様の咬合力は未知数ではあるけど、容易に俺を噛み砕くに違いない。
(くくっ、気分はどうじゃ?)
「冗談抜きで怖いので今すぐにでも解放してほしいです!」
(却下じゃ。それに、お主はオリディアの下着を見て怒らせたのじゃ。相応の報いは受けてもらうぞ)
愉快げな口調でさらに理不尽なことを言い渡され、マズいと思って罰を軽くしてもらうべく必死に弁明した。
「待ってください。故意じゃないんです。オリディアに襲われたから仕方なく応戦して、その際に偶然にも見てしまったんです!」
(たわけ。言い訳をしたところで見たという事実は覆るわけがなかろう。ここは男らしく罰を受けるがよい)
「そんな殺生な……ぐっ!」
逃さんと言わんばかりに噛む力が増し、じわじわと鎧の装甲がひしゃげつつある。
その代わり、鎧が砕けないように絶妙な力加減で調節してくれているようだ。
(だとしても、死ぬか死なないかの瀬戸際は勘弁してほしい……)
(安心せい、そう簡単には殺しはせん。ところで聞きたいことがあるのじゃが、オリディアは何色の下着を穿いておった?)
「えーと、白だったかな。一瞬だけだったから、詳しくは分からないですけど」
(ふむ、そうかそうか……)
さも当然のように聞き出してくるものだから反射的につい答えてしまったが、このことがオリディアにバレたらまた怒られそうな気がするのは何故だろう。
(例え怒られることになっても観念することじゃな)
「酷い……」
(そう嘆くでない。そろそろオリディアのところに着くから、鎧だけを砕いて生身になってもらおうか。オリディアと一緒にお主の素顔を眺めながら嫐ってやるからの。覚悟しておくんだぞ)
怖ろしく不穏なことを言っているような気がしたが、それどころではない。
「は? え?」
ゴルディア様の言ったことを理解するのに少し時間を要してしまった。
そして理解すると血の気が引いたような気がした。あくまでも気がしただけでそんなことは起きやしないが、聞き間違いでなければ“鎧だけを砕いて”と言った筈。
どうしてそんな発想に至ったのだろうか……あっ。
(そういや、ちゃんと自己紹介してなかったな?)
(お主の自己紹介なんぞ後で聞いてやる)
「待ってください! 今の俺はスキルで鎧そのものになっていて、このまま砕かれるとマズいんです!」
(鎧そのものじゃと……むっ?)
「ぎゃあ゛ぁぁぁあ゛ぁぁぁぁぁぁ!?」
真っ暗な口内で、あからさまに致命的で甲高い金属音が響き渡った。
もっと早くに言っておけばよかったと、ここまで後悔したことは今までになかっただろう。
まさか、まさかこうも呆気なく頭だけを残して胴体が噛み砕かれるとは、誰が想像できただろうか。
「嘘、だろ……」
ましてや、あのワイバーンの「スティンガーショット」が直撃しても耐えたというのに、まるでクッキーを咀嚼するような気軽さで噛み砕くとは思わなんだ。
「こ、こんな形でゴルディア様の強さを知りたくなかった……」
(まぁ許せ。お主が先に言わなかったのも悪いからの)
「ひでぇ……」
あんまりではなかろうか。確かにゴルディア様の言い分も一理あるとは思うが、悪びれる気配があまり感じられないのは、さすがにいかがなものかと思う。
(それはそうとして、お主は頭だけになっても大丈夫なのだな)
「い、いや……そうでもないかも」
凄まじい激痛におぞましい虚無感もそうだが、徐々に意識が薄れていっているように感じる。
というか、もう長くはなさそう。
「こんなところで、こんな形で終わってしまうなんて……」
命のやり取りがなければドラマ性もなく、しょうもないやり取りの果てに、あっさりと無様な終わりを迎えてしまう。
今までの頑張りは一体何だったのかと言いたくなる。
(人生そういうこともあるじゃろう。気を落とすでない)
「他人事といえど、直接手を下した張本人が言うことじゃないと思うんですけど……」
ただ、恨み言を吐く気にはなれなかった。
ゴルディア様に対してはひたすらに恐ろしいとしか感じられず、例え生き延びたとしたら二度と近づきたくないと思う程で、もはや恐怖の象徴でしかない。
(随分と恐れられてしまったのう。まぁよい、オリディアのところに着いたぞ)
そう言うと、ゴルディア様は口を開けた。
すると、水面に浮かぶ銀色の輝きを放つ“何か”が視界に入り込んだのである。
(銀色……だと?)
そして銀色の“何か”の上にはオリディアと二人の少女が毛布にくるまって一緒に座っていた。
どうやら本当に無事だったようで、これから死ぬかもしれないというのに安心してしまった。
「カイト?」
意識が曖昧になってきたせいだろうか、そう言うオリディア声が聞こえたような気がした。
一応何か言い返そうと思ったはいいものの、バランスを崩したのか、ゴルディア様の口から転げ落ちてしまう。
「あっ」
その声は俺が発したのか、他の誰かが発したのか分からず、そのまま水面に落ちて沈んでしまった。
水中では淡い緑色の水草が絨毯のように生い茂っており、水面から差し込む光と合わさって幻想的ですらある。
(あぁ、綺麗だな……)
とうに諦めがついていたのか、緊張感の無い感想を抱いてしまう。
それから頭にも亀裂が生じるのを感じ、意識が遠のきつつあった。もう何をしても手遅れだろう。
そして誰かが水中に飛び込んだのを視認したのを最後に、意識が暗転した。
回収するためにいちいち着地するのが面倒だとおっしゃっておりました。