第五十五話 三度あることは四度ある
寝落ちしてしまってこんな時間に投稿。
オリディアに追いつかれた現状では、急いで立ち上がったところで逃げ出すことは叶わないだろう。それに二人の少女を抱きかかえた状態では無理をするわけにもいかない。
(最悪だ。絶対に変な方向に勘違いするぞ)
ゆっくり歩み寄り、俺を見下ろすオリディアの表情はにこやかではあるものの、醸し出される雰囲気には怒りがにじみ出ており、内心を隠し切れていない。
「で、カイトは何をしているのかなぁ? まさかその二人にも手を出すつもりじゃないよねぇ?」
「ひぃっ! 待て、少し落ち着いて話を聞いてくれ!」
「わぁ、これって修羅場?」
「どうなるんだろうね?」
(俺が絶体絶命のピンチを迎えているというのに、何を言っているんだ?)
助け船を出すつもりはなさそうだ。元から期待してなかったが、二人はこの状況を楽しんでいるようにすら思える。
「じゃあ、もう悪さしないように手足を砕いてあげるね」
「待ってくれ! 最初から手を出すつもりはないから! 話せば分かるから!」
「言い訳無用!」
ここで万事休す。と思いきや、さらなる想定外のことが起きてしまった。
まず木々を薙ぎ倒す音が聞こえ、それから聞き覚えのある咆哮が響き渡ると、見覚えのあるモンスターが姿を現した。
「「ギシャシャシャシャッ!」」
「ツ、ツインヘッド!? まだいやがったのか!」
まさかのまさかで四体目だ。正直なところ、三体目で最後だと思っていた。
(『二度あることは三度ある』ってことわざをあるけどさ、それを超えるまさかの四度目はさすが勘弁してほしいぜ)
しかも、登場するタイミングがあまりにも悪すぎた。ほぼ同時にオリディアが限界を迎えてしまったからだ。
「あっ……かなりマズいかも……」
元の姿に戻り、その場でへたり込むオリディア。もう戦う力は残されていないどころか、しばらくはまともに動けまい。この場で唯一まともに動けるのは俺一人。
(おいぃぃっ! どうしてこうなるんだよぉぉ!!)
実際にそう叫びたかったが、今は無駄口を叩く場合ではない。一秒でも早く逃げ出さなければ、ここで全滅してしまう。
「よし、一人は俺の背中に乗ってしっかり首に掴まってくれ」
「わ、分かりました」
片方の少女を背負ってオリディアを脇に抱え、一目散にその場から逃げ出した。
しかし、見逃してくれるほどツインヘッドは甘くない。
「「ギシャー!!」」
「くっ、どうやって逃げ切ればいいんだ!」
咆哮をあげながら追いかけてくるツインヘッドとの距離は近くない。だからといって、引き離しているわけでもないため、逃げ切るには何かしらの小細工が必要だろう。
(どうにか手立てを考えないとな……)
そう悩んでいると、オリディアが声をかけてきた。
「ねぇ、カイト」
「何だ?」
「この先に湖があるから、そこから泳いで逃げれると思うよ」
思いもよらない提案だった。でも、ツインヘッドは泳げないし、水の中に潜れば「火炎ブレス」も凌げるしで悪くない提案だ。
逃げ切れる可能性は高い。もちろんリスクがないとは思えないが……そこは俺がアレンジを加えるとしよう。
「分かった。じゃあ、このまま突っ切るぜ」
「うん」
それから間もなく視界が開けると、太陽の光を反射する水面が視界いっぱいに広がっていた。
絨毯のように生い茂る淡い緑色の水草や底まで見える透き通った水はとても綺麗で、涼し気な雰囲気も相まってここで涼みたいと思えるほどだ。
(こんな状況じゃなけりゃ、じっくりと眺めたかったんだがな)
「「ギシャシャー!」」
背後からツインヘッドが迫ってくる。もう猶予はない。
もしかすると、この光景を視界に収めるのは最初で最後になるかもしれないだろう。
「それでもやるしかないか……」
「カイト?」
俺の呟きに疑問を抱いたであろうオリディアが訝しげな視線を向けてくる。
まぁ、今の状態では何もできないから問題はあるまい。
「なぁオリディア。一応泳げるんだよな?」
「泳ぎは得意だよ。今は浮かぶだけで精一杯かもしれないけど」
「だったら問題なさそうだな。で、残りの二人は泳げるか?」
「大丈夫です」
「よく泳いで遊んでたからねー」
「じゃあ、心置きなく三人で泳いでくれ」
「カイト? 何を言って……きゃっ」
言い終える前にオリディアを投げ飛ばした。少し荒かったかもしれないけど、今回ばかりは許してほしい。
「お兄さんは一緒に来ないの?」
「そうするわけにはいかないからな。アイツは浅瀬までなら普通に追いかけてくるだろうよ。っと」
「わっ!」
「また会える?」
「確約はできないな。それっ」
「あっ……」
着水して水しぶきを立てるのを確認して振り返ると、ツインヘッドが木々を蹴散らしながら姿を現した。
「「ギシャシャシャッ!!」」
「今度は無傷のツインヘッドか。倒すとしたら骨が折れるな」
実際は骨が折れるどころではない。骨が粉々に砕けるくらいに苦労するだろう。
(とはいっても、無理に倒す必要はないのが救いか)
注意を引いてこの場から離れるだけで十分。その後は諦めるまで逃げ続ければいいだろう。
問題はどうやって注意を引くかだ。生半可ではオリディアたちの方に行ってしまうかもしれない。
「なら、捨て身の覚悟で戦わないといけないかもな」
「「ギシャシャー!」」
俺という獲物を見つけて突進するツインヘッドに応戦するべく、『神格解放』を発動させて駆け出した。
「またしても一日で二回も使う日がくるとはな!」
すぐさまツインヘッドの牙が目の前にまで迫り、噛まれる寸前に顎を蹴り上げてこれを凌ぐ。
「ギシャッ!?」
そこへすかさずもう片方の牙が迫り、地を這うように深くしゃがんで躱しながら駆け出し、ツインヘッドに肉薄した。
「まずは翼膜から!」
空に飛ばれてしまったら元も子もない。
跳躍して右の翼腕に取り付き、貫手を連続で繰り出して翼膜をズタズタにしてやった。
当然ながらツインヘッドは怒り狂ったかのような咆哮をあげた。
「「ギシャッ! ギシャシャシャッ!!」」
「次が本命か……」
暴れるツインヘッドから飛び降りて胸元へと向かう。
注意を引くなら急所を狙うのがいい。
(俺を脅威と認識してくれりゃ、間違ってもオリディアたちの方には行かないだろうしな)
そんな思いを込めて胸部に拳を叩き込む。が、あまりの硬さに鱗が数枚剥がれ落ちる程度に留まり、有効打になったとは思えなかった。
それでも、ツインヘッドにとっては無視できなかったようだ。
「「ギシャシャ!!」」
「おっと」
翼腕で薙ぎ払いながら後退したからだ。薙ぎ払いは飛び退くことで回避できたが、距離を取られてしまった。
とはいえ、それはそれで構わない。俺を脅威と認識した上での行動なのだろう。
「もう一押ししておくか」
追撃を加えるべく、駆け出す。
当然ながらツインヘッドは迎え撃つべく遠距離攻撃の『火炎ブレス』を浴びせてくるも、意に介さず突き進む。
「無駄だぜ!」
「「ギシャッ!」」
『火炎ブレス』が通用しないと判断したらしく、お次は翼腕で薙ぎ払って接近を拒もうとするが、跳躍で飛び越えて難なく突破。
「ギシャーッ!」
すると、突破されるのは想定済みと言わんばかりに『ツインバイト』のお出迎えが待っていた。
「くっ!」
着地直後を狙われたため、受け流すのは困難を極める。仕方なく転がって噛みつき攻撃を回避したが……。
「ギシャシャッ!」
「やっぱりそうくるよな!」
次の噛みつき攻撃を避け切れず、無慈悲に右腕がツインヘッドの牙の餌食になって噛み砕かれてしまった。
「ぐぅぅぅっ! なんのこれしき!」
右腕を失ってしまったが、これで構わない。激痛を堪えながら胸元へと一歩踏み出し、残った左腕の拳で殴りつけた。
「「ギシャーッ!?」」
さらに鱗が剥がれ落ちて、ようやくツインヘッドが鳴き声をあげて怯んだ。その様子を横目に、森へと向かって駆け出した。
「悔しかったら追い掛けてきな!」
(これで追い掛けてくれるといいが……おっ)
「「ギシャシャシャーッ!!」」
森の中に入ると、すぐさま木々が倒れる音と咆哮が背後から聞こえてきた。遠ざかってないことから察するに、どうやら俺の思惑通りに追いかけてくれているようだ。
「これでオリディアたちはほぼ確実に助かったか……」
これで後顧の憂いは断たれた。後は俺がツインヘッドから逃げ切るだけだ。
問題があるとすれば、どう逃げ切るかである。
ツインヘッドが疲れるまで走り続けるとしても、相当時間が掛るのは必至だろう。
となるとオリディアたちと合流するのは困難になるかもしれない。
「いや、それはそれでありかも? 意図的じゃないとはいえ、オリディアから逃げられたわけだからな」
後はどこか落ち着ける場所で神様とのコンタクトを図って、色々と指示を仰いでから改めて『竜人の里』に向かいたいものだ。
「それとなく方針が決まった。けど、ツインヘッドが厄介だなぁ」
「「ギシャシャーッ!!」」
かれこれ数分以上は走り続けている筈だが、未だに疲労の色が見える気配すらない。
(これは長期戦を想定した方がよさそうだな)
なんて少しうんざりしながら考えていると、視界が開けて広大な沼地が待ち構えていた。端っこにはツインヘッドの死体が三つ転がっている。
どうやらだいぶ戻ってきてしまったらしい。この調子だと、山にまで引き返すことも視野に入るだろう。
「ったく、しつこいぜ」
愚痴をこぼしながら沼地を横断しようとした。だが、この時の俺は完全に油断しきっていた。それもその筈で、基本的に沼地の端でしか行動したことがない。
故に、沼地のど真ん中でぬかるみに足をとられる可能性を考慮するわけもない。その結果として……。
「やばっ、足が……うぼあっ!?」
盛大にバランスを崩して倒れ込んでしまった。さらに片腕という状態だから起き上がるのにも手間取ってしまい、起き上がった頃には森から抜け出したツインヘッドと改めて対峙する羽目になった。
ついでに『神格解放』の効果も切れるが、あまり関係ない。
「ギシャシャ……」
(さすがに三回目の『神格解放』は使いたくないな。というか、使ったところで意味がないんだよなぁ)
足場が悪く、思うように動くことが叶わない。そんな俺とは対照的に、ツインヘッドは巨躯故に動きを阻害されることはない。
はっきり言って、この状況はほぼ詰みである。
「ここでジ・エンドってか……ウッソだろ」
だが悲しいかな。絶望に浸る時間などはない。間もなくツインヘッドが距離を詰めてくる。もう終わりが近い。
この時はそう確信せざるを得なかった。しかし、俺とツインヘッドにとって予想外なことが起きてしまう。
その現象は何の前触れも無く起こった。異様に空が光り輝き、周囲が明るく照らされたのだ。
「うん?」
「「ギシャ?」」
あからさまな異常現象の前に、絶体絶命だったというのに困惑せずにいられなかった。
(何が起きているんだ……?)
そして、この異常現象を引き起こしたであろう“それ”は空から悠然と姿を現した。
噛ませ犬役ばかりでごめんなツインヘッド君。