第五十三話 VSツインヘッド ②
ツインヘッドをただの噛ませ犬にするのは可哀想だと思ったので、設定を追加しました。(おかげで文字数がだいぶ増えてしまったけど)
ツインヘッドの口腔が赤く染まるのと、俺が二人の子供の元にたどり着いたのはほぼ同時。
(間に合ってくれよ!)
半ば祈るように二人の子供を胸元に抱きかかえ、即座にツインヘッドに背を向けて駆け出し、オリディアに向かって叫ぶ。
「『マジックシールド』を頼む!」
「そういうことね。分かった!」
オリディアも間に合わせるべく駆け出すも、無情にもツインヘッドは『火炎ブレス』を背後から浴びせかけてくる。
「くっ、大丈夫か!?」
「だ、大丈夫……」
「それよりもお兄さん誰?」
「無事なら重畳。それと自己紹介は後回しだ!」
背中を焼かれながらも、炎に飲み込まれる前にはオリディアの元にたどり着き、『マジックシールド』に守られて一息つくことができた。
だが、それはつかの間のことでしかない。
「「ギシャシャシャ−!!」」
『火炎ブレス』が通用しないと判断したのか、雄叫びを上げながら突進してきたからだ。
「二人とも、アイツはわたしたちが相手するから安全なところに逃げて」
(オリディア一人だけでも十分な気もしなくはないが、不測の事態に備えて俺も残っておくべきか)
「分かりました……」
「き、気をつけてくださいね」
後ろ髪ひかれるように、二人の子供は走り去っていった。
ともあれこれで後顧の憂いは絶たれた筈。
「それで、俺は何をしたらいい?」
「んー、何となく嫌な予感がするんだよね」
「ギシャシャッ!?」
「ギシャー!?」
オリディアが『ウィンドキャノン』を連発してツインヘッドを吹き飛ばしていた。
「嫌な予感か……追加のツインヘッドが登場とか?」
内心でそんなことになってほしくないと思うも、現実はあまりにも無情だった。
「「ギシャシャシャッ!!」」
背後からツインヘッドの泣き声と共に羽ばたくような音がが聞こえてきた。振り向くと実際にいたし、なんなら空中でホバリングまでしている。
「カイトの言う通りになっちゃたねー」
「oh……」
新たなツインヘッドが登場というこの状況を楽しんでそうなオリディアと違って、俺は頭を抱えたくなった。
オリディアでも二体を同時に相手するのはさすがに危険だろう。となると、俺がどちらか片方を受け持つべきなのだが……。
「せめて飛ぶのは止めてくれよ……手も足も出ないんだが」
「じゃあ、飛んでる方はわたしが相手するから、カイトは目の前にいるのを相手してね。期待してるから頑張って」
「お、おう、任された……」
俺が了承するとオリディアは金色の光に包まれるや否や翼を羽ばたかせ、空中のツインヘッドを迎え撃つべく飛び上がった。
(さぁて、オリディアばかりに任せるのも悪いし、俺も頑張ってツインヘッドを倒さないと……ん?)
気合いを入れようとしたところで、致命的な事実に気づいてしまう。
「待て待て、確か『金竜の加護』を発動させたよな? ツインヘッドを倒してもその後がヤバいのでは?」
オリディアに抵抗しないといけないことを考慮すると、五体満足でツインヘッドを倒しておきたいところだ。
無論、それが厳しいことは重々承知している。
「ったく、難易度が高すぎるぜ……最初から全力でやらないとな」
「ギシャシャ……ッ!」
「ギシャッ!」
オリディアに吹き飛ばされたツインヘッドと対面し、負傷がないかよく観察した。
見たところ特に目立った傷はないが、よく見ると『ウィンドキャノン』が複数直撃したのか、胸部の鱗が剥がれて少し陥没している。
「手っ取り早くやるなら胸が狙い目か……」
(ゲーム内では胸が急所だった筈。こいつは好都合だな……とはいえいきなり狙うのは愚の骨頂。時間をかけてでもセオリー通りに攻略するか)
俺に狙いを定めたツインヘッドが突進して来ているというのに、何故か妙に落ち落ち着いていた。
いや、理由なんてとっくに分かり切っている。
(オリディア……戦いたくねぇなぁ)
ツインヘッドを倒した後を見据えているからだ。おかげで気が重いったらありゃしない。
「まっ、とりあえずは先のことよりもまずは目の前のことだな……『神格解放』!!」
尋常じゃない力が湧き上がるのを感じると同時に、全身からおぞましい激痛が走る。
相変わらず慣れそうにない。
「一発でも攻撃がまとも直撃したらアウト。シビア過ぎるぜ!」
「ギシャシャッ!」
すぐ近くまで接近してきたツインヘッドが片方の頭で噛みつこうとしてくる。
この噛みつき攻撃は双頭によって最低でも二連続以上は行われ、『ツインバイト』と名付けられた。
ちなみに、魔鋼を素材にして造られた防具を装備しても煎餅のように噛み砕かれて即死である。だから一回でも噛みつかれたらアウトであり、なんとか盾などで防御しても別の頭で噛みつかれてアウト。
故に、狙われたプレイヤーは逃げに徹して囮になるしかなかった。
「つっても、俺一人だけだから囮になっても意味がないんだけどな!」
噛みつかれる寸前、右拳でカウンターとして掬い上げるようなアッパーを繰り出し、顎を打ち抜く。
だが、さすがはランク『A+』。一筋縄ではいかない。
「っ!?」
(硬い! 重い! 力が強い!)
クリーンヒットしたと思いきやさほどダメージが入ってる様子はなく、むしろ押し負けてしまいそうになるも、辛うじて頭を上に逸らすことには成功。
しかし、これでまだ初撃を凌いだだけだ。すぐさま次の牙が迫りくる。
「ギシャッ!」
「喰らうかっ!!」
左にステップして回避し、お返しとばかりに頭部を回し蹴りで攻撃。
今回もクリーンヒットした筈なのだが、頭蓋骨が恐ろしく硬くこっちの踵にヒビが入るかと思った程だ。
けれども、脳が揺さぶられたのか怯ませることに成功したようだ。
「ギシャシャッ!?」
なんとか『ツインバイト』を凌ぎ、懐に入り込む隙が生まれた。
(狙うは……翼膜だ!)
怯んだ隙に左の翼腕へと飛びつき、最も柔らかい箇所であろう翼膜に貫手を繰り出して貫く。
「「ギシャーッ!?」」
翼膜が貫かれたのが衝撃的だったのか、驚いて暴れまわる。それでも必死にしがみつき、何度も翼膜を貫いては最後に引き裂いてやった。
「これで飛べねぇな! ザマァみやがれ!」
飛行能力を奪うことが攻略の第一段階であり、最重要事項である。
飛ばれてしまえば非常に厄介な上に、一方的に『火炎ブレス』で焼かれてしまうからな。
だからこそ、ゲーム内でも真っ先に狙われていた。
「ギシャシャシャッ!!」
翼膜が破れてツインヘッドが怒り狂い、噛みついてこようとする。
もちろん噛みつかれるようなヘマはせず、翼腕から降りて左側の後脚へと近づく。
「お次は体格の割に小さい後ろ脚だ!」
ただし弱点ではない。その代わり、筋肉質な上半身に比べてやや貧弱で翼膜の次に脆い。それでいてツインヘッドの巨体が災いし、比較的安全に狙いやすい箇所でもある。
「まずは一発!」
全力で後ろ脚に拳を振り下ろす。
硬い。が、蹴りつけた頭部よりも硬くはなく、今回はしっかりと手応えを感じた。
「「ギシャーッ!?」」
「少しは効いたみたいだな!」
ツインヘッドが怯み、その隙を逃さずさらに連続で拳を叩き込む。
四、五回叩き込んだ頃には硬い鱗が剥がれ落ち、僅かに骨が砕けるような感触が伝わってきた。この調子で殴り続ければ、後脚が使い物にならなくなるだろう。
(機動力を削いで、じっくり弱らせてとどめを刺す……といきたいところだけど、そう簡単にいかせてくれないか)
「「ギシャッギシャッ!」」
ツインヘッドが後退して俺から距離を取ろうとする。
逃すまいと追いすがると、俺を叩き潰すべく翼腕を振り下ろしてきた。
だが、常に反撃を警戒していた俺にとっては躱すのは苦でもなく、ステップでやり過ごす。それから噛みつきは回し蹴りで迎撃し、すぐさま後ろ脚に到達するとまた全力で殴りつけた。
「いい加減に砕けてくれ!」
殴りつけた脚からヒビが生じるような感触が伝わってきた。おそらく限界は近い。
そしてツインヘッドに動かれるよりも先に次の拳を叩き込むと、ついに硬い何かが砕ける感触と共に鈍い音が響いた。
「「ギッ、ギシャーッ!?」」
悲痛な鳴き声を上げ、あからさまに痛がるような素振りを見せる。
しかし、それは本番の始まりでもあった。
「「ギジャジャジャーッ!!!」」
唐突に猛々しい鳴き声を上げたからだ。異変を感じた俺はツインヘッドから急いで離れ、何が起きているのかを見極めようとした。
それからツインヘッドが目を血走らせて息を荒げると、鱗と鱗の間に赤い線が走り始めた。そして目の錯覚ではなく、パンプアップしたかのように全体の筋肉が膨れ上がったのだ。
ただ、ゲーム内で何度もツインヘッドと戦ったおかげか、この異様な現象には心当たりがある。
「……にしれも、まさか実際に拝むことになるとはな」
この現象はゲーム内では『赤筋化』と呼ばれていて、いわゆる本気状態というやつだ。
ゲーム内では一定の体力を下回ると『赤筋化』状態になる。だが、翼膜が破れて片方の後ろ脚が折れる程度では起こり得ない。
(となると、オリディアにだいぶ削られてたみたいだな……)
思ったよりも早く決着が着きそうではあるものの、いいことばかりではないのが実情。
「オリディアの時は死ぬまで延々と怯まされてたからな……やっぱり正攻法で戦うと『赤筋化』は避けれないか」
この『赤筋化』は厄介だ。力が増すだけではなく、『火炎ブレス』も大幅に強化され、その威力は上級魔法にも匹敵する。
強化されて厄介ではあるが、同時にとどめを刺すチャンスでもある。何故なら……。
「柔らかくなるっていうデメリットがあるから、それはそれで嬉しいけどな」
都合のよい強化なんて早々にない。力を得るのなら、相応の代償を支払うべきではなかろうか。俺だってそうしているんだから、仲良く支払う代償に苦しもうぜ。
「「ギジャジャー!!」」
「決着を着けるか……っ!」
威嚇しながらにじり寄るツインヘッドに向かって駆け出した。
相対するツインヘッドは即座に口腔を赤く染め、もはや熱線と化した『火炎ブレス』で迎え撃つ。
「くぅっ!」
咄嗟に腕をクロスし防御。しかし、直撃した腕は早くも溶けだしそうになっている。
(だからといって今さら引くわけにはいかん。押し通る!)
腕をクロスしたまま突撃を続行。『火炎ブレス』の直撃に耐えながらツインヘッドの胸元へと近づく。
ただし、近づいたら近づいたで危険度はさらに跳ね上がる。
「ギジャー!」
お得意の『ツインバイト』によるお出迎えだ。今回ばかりは受け流すことは叶うまい。ならば徹底的に回避しながら陥没した胸部を穿つ。
「上手くいくといいんだけど!」
一撃目はステップで回避。しかし、回避した先には次の一撃が待ち構えていた。
「なんのっ!」
跳躍して頭の上にのることで回避。そして……。
「我ながらえげつないとは思うが、悪く思うなよ」
振り落とされる前に狙いを定め、勢いよく両腕を突き刺した。
「ギジャジャーッ!?」
「やっぱり柔らかいよなぁ。目玉って」
そう、突き刺したのは眼だ。ゲーム内では狙いにくい上に、潰したら暴れまくって『火炎ブレス』を連射するから危険という理由であまり狙われなかった。
とはいえ、今は僅かでもいいから隙がほしい。だからこそ両眼を抉ったのだ。
「これで少しは動きやすくなったといいけど……よっと」
暴れ狂う頭の上は危険だし、長居は無用だ。
とどめを刺すべく、飛び降りて胸元へと向かった。
「「ギジャジャジャジャー!!」」
両眼を抉られたが効いたのか、噛みついてくることはなかった。その代わり『火炎ブレス』で執拗に攻め立ててくる。
「くっ、狙いが良すぎるだろ。まさか無事な方の頭と視覚を共有してるのか?」
だとしても『火炎ブレス』だけでは俺を倒し切るのは時間がかかる筈だ。その前に胸元を穿ってとどめを刺してやる。
(やる気は十分。ただ、五体満足で倒し切れるか怪しいな……)
「「ギジャジャッ!!」」
「おっと危ない」
不意打ち気味に振り下ろされる翼腕を辛うじて掻い潜り、ようやく拳が届く距離まで近づけた。
「死ねっ!!」
右腕に渾身の力を込めて貫手を繰り出す。鱗が剥がれ落ち、膨張して強度が落ちた肉体では貫手を防ぎ切れず、二の腕まで深々と突き刺さっておびただしい量の血が吹き出る。
だが、倒し切るには足りなかったようだ。
「「ギジャッジャー!?」」
胸を穿たれ苦悶の鳴き声を上げながらも、ツインヘッドは反撃として鉤爪で掴みかかろうとする。
「やべっ」
掴まる寸前に腕を引き抜き、飛び退いてなんとか回避。しかし、頭上から『火炎ブレス』による追撃を受けてしまう。
「ぐうぅっ、胸を貫かれたっていうのに元気だな!」
『火炎ブレス』から逃れるべく懐に潜り込もうとするも、今度は翼腕による薙ぎ払いで阻まれそうになる。
「くっ」
跳躍して回避。と思いきや、空中で無防備となった瞬間を狙われた。
まさかの二段構えである。
「ギジャー!」
「しまっ!?」
それでも必死に身体を捻らせて足掻くも、右側の肩から腕が容赦なく牙の餌食になり、煎餅のようにあっさりと噛み砕かれてしまった。
「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁっ!?」
(ちぃっ! 五体満足はやっぱり無理だったか!)
だけど、右腕をタダでくれてやるつもりはない。しっかり対価をいただくつもりだ。
「生身だったら致命傷だけど、鎧の身体だからまだまだ動けるぜ!」
翼腕で薙ぎ払った直後だからもう翼腕で阻むことはできないし、『火炎ブレス』による追撃も間に合わない。
着地したと同時に無防備となった胸元に肉薄し、間髪入れずに血が溢れ出している箇所を左腕で抉るようにねじ込んだ。
「今度こそ死ねぇっ!!」
「「ギジャジャア゛ア゛ァァァッ!?」」
今までに聞いたことない鳴き声で絶叫して苦しみ悶えた。
確実に殺す為に左腕をさらに奥深くねじ込むと、より大量に血が吹き出て俺の上半身を血で赤く染め上げる。
「「ギジャジャア゛ァァァァァァ……ッ!」」
苦しみ悶えながら必死に翼腕を振り上げようとするも、途中で力尽きたらしく、力なくゆっくりと地に伏したのであった。
「死んだか……へっ、右腕一本と引き換えにぶっ殺せたら余裕でお釣りがくるな」
(なんて強がったのはいいけど、まだ安心するには早すぎる。コイツの血を飲んで修復させないと)
何せ、次に控えているのが……あのオリディアだからだ。
「あっはははははっ! ねぇ、赤くなったけどそれが本気なんだ!? もっと愉しませてくれるんだね!!」
「ギジャジャーッ!!」
背後からオリディアの楽しそうな声が聞こえてくる。きっとツインヘッドが倒されるのは時間の問題だろう。
「向こうが決着を着ける前に修復を……」
ツインヘッドの抉られた胸から流れ出て血溜まりが出来上がってる。
(絶対に美味しくないだろうけど、贅沢は言ってられんか)
無事な左手で血を掬い、若干躊躇いながら口元へと運ぶ。
そして飲み込むと、やはりと言うべきか微妙な味がして気が滅入ってしまう。
「まぁ、これでもマシな方か……それでもいい加減にまともな物を食べたいもんだな」
そう愚痴りながら血を飲んで右腕の修復に専念した。
それから右腕が元通りに戻った頃には、背後ろから聞こえていたツインヘッドの鳴き声が聞こえなくなり、静かになっていた。
「あれっ、カイトの方はもう終わってたんだ。待たせてごめんね~、ちょっと遊びすぎちゃった」
「いいや、俺は気にしてないぜ。むしろもっと時間を掛けてもよかったんだぞ」
背後から話しかけてくるオリディアに対し、振り向きながら努めて冷静に返事をした。
「もー、つれないこと言わないでほしいな。わたしはこれからのことを楽しみにしてたんだよ?」
「お生憎、俺にとってはそうでもないんだがな」
(“これから”ってことはつまり……)
楽しそうに話すオリディアと対照的に、俺は現状を確認しつつ淡々と話す。
まず目の前のオリディアだが、至る所が返り血で赤く染まってるだけで目立った外傷はない。
そしてその後ろには、無惨な死体に成り果てたツインヘッドがいた。片翼はもがれ、片方の頭の首はあらぬ方向に折れ曲がり、背中は爆ぜたかのように抉れて肉や骨を晒していた。
「随分と派手に殺したな」
「いやー、気分が高ぶっちゃってつい。あっ、カイトには手加減するから安心してね?」
「それを聞いて一気に安心できなくなったぜ」
(やはりオリディアと戦うのは避けられないか)
軽快な足取りで歩み寄るオリディアを見据える。
可愛らしく楽しげな表情を浮かべながらも、発せられる威圧感は生半可なものではなく、俺を見つめる眼に至っては捕食者のそれだった。
(さて、どうしたもか……)
と、思案しかけたその時、『神格解放』が制限時間を迎えてしまった。
「あれれ、切り札はもう終わっちゃったの?」
「みたいだな」
幸か不幸かのどちらかで言えば、今回の場合だと幸だな。
おかげでこの状況突破する糸口が掴めた。
(確か『金竜の加護』にも制限時間がある。それまでに耐え凌げば実質俺の勝ちだ)
「何だかよからぬことを考えてるみたいだけど、準備はいいかな?」
「準備できてないって言っても、止める気さらさら無いくせによく言うぜ」
「カイトったらよく分かってるねぇ。それじゃ、いっくよー」
と言い放ち、戦いの火蓋は切って落とされた。もっとも、俺はまともに戦うつもりはないが、ここからが正念場である。
一方的にボコられてオリディアの玩具にはなりたくないからな。
お次はオリディアとの戦いですねぇ。ただ、予想外の結末を迎えるかも?




