第五十話 山頂でのクッキング
少し遅くなって申し訳ない。料理回はこれで二回目かな?
「じゃっ、料理よろしくね~」
「はいはい」
机の上に調理器具と材料を置いて焚き火を起こしたオリディアは、少し離れた場所で椅子に座って本を読んでいた。
どうやら『アイテムボックス』の中に本が収納されていたようだ。
(どんな本を読んでいるのやら)
ゾアが所有していた本の内容を気にしながら、目の前の材料と向き合う。
リザードマンの太もも肉、人参、玉ねぎ、ジャガイモ、香味野菜、その他調味料。これらをどう調理したらよいものか。
「とうか、マジでリザードマンの肉を食べるのか……」
ゲーム内でも食べたことがないからなおさら驚きである。
ただ、オリディアの様子を見ると食べるのには抵抗がなさそうだし、このまま調理しても問題はないだろう。
(ふむ、なら手っ取り早く作るなら炒め物かな)
ただし、山ほどある材料を炒めるだけではさすがに飽きるだろう。
炒め物の他に何を作ろうかと思案していると、寸胴鍋が視界に入った。
「お、これならいけそうだな」
作る料理が決まり、手を火で消毒して早速取り掛かる。
まずは野菜の人参、玉ねぎ、ジャガイモの皮を剥いて細切りにして捌いていく。
(この量だと骨が折れるな。まっ、半分は一口サイズに切るから後半は楽だけど)
半分を一口サイズに切って野菜を捌き終えると、次はリザードマンの太もも肉だ。
質感は鶏肉に近いような気がする。まぁ、元の世界でも蜥蜴とか蛇の肉は鶏肉っぽいとか言われていたし、リザードマンもそうなのかもしれない。
「どんな味がするのやら……今の俺には確かめようがないけど」
『鎧化』というスキルの代償で味覚と嗅覚がなくなってしまっている。
そのことを少し残念に思いながら一口サイズに切っていき、塩コショウを振って揉み込む。
「えーと、油は……これか?」
見た目からしてオリーブオイルのような粘性の液体が入っている瓶があった。
嗅覚さえあれば匂いで見当はつくが、生憎とそうはいかない。ここはオリディアに教えてもらうとしよう。
「なぁオリディア、これってオリーブオイルなのか?」
「そうだよー。あれっ、カイトは初めて見たの?」
「ま、まぁ、そんなところだ」
(少なくともこの異世界ではな。にしてもオリーブオイルまであるとは……)
「ふーん」
訝しげな視線を向けてくるが、興味をなくしたのか読書を再開した。
またしても怪しまれたような気もしなくはない。だけど、どうせ『竜人の里』に着いたら根掘り葉掘り聞き出されるのは確定事項だ。もう気にせず割り切るしかあるまい。
「とりあえずこっちも料理を再開するか」
フライパンにオリーブオイルを敷き火にかける。フライパンを熱してる間にニンニクをみじん切りにしていく。
そうして熱したフライパンにリザードマンの肉を投入。色が付くまで炒め、そこへ野菜を投入とニンニクを投入し、野菜がしんなりするまで炒める。
「よしよし、しんなりしてきたからこんなもんでいいかな。おーい、一品出来上がったぞ」
「そこに置いといて〜」
オリディアは本に視線を落としたまま自身の机の上に人差し指を向けた。
「随分と熱心に読んでいるな。ん?」
フライパンを机の上に置いた際に、オリディアがいつの間にかブランケットを羽織っていることに気づく。
(そういや、ここは山頂なんだよな。俺には分からないけど、オリディアにとっては風が少し冷たいのかもしれないか)
「ふむ、次の料理を作るか」
鍋を焚き火の上に吊るし、オリーブオイルとみじん切りにしたニンニクを入れる。ニンニクに焼き色が付いてきたら、次にリザードマンの肉を入れて全体的に焼き色が付くまで焼く。
「さぁて、オリディアは肉野菜炒めをちゃんと食べてるかな……って、もう半分も無くなってやがる……」
『アイテムボックス』から取り出したであろうパンと思わしきものと一緒に肉野菜炒めを食べていた。
ただ、相変わらずブランケットは羽織ったままである。
「こっちが出来上がる前に食べ尽くしそうだな……」
改めて鍋に視線を向けるとリザードマンの肉に焼き色が付いていた。そこへ水を注ぎ、沸騰するまで待つ。
「これで暖まるといいんだが」
沸騰したらアクを取り除き、野菜を投入して煮込む。
「後はじっくり煮込んで、塩コショウで味を整えたら完成かな」
「えー、完成はまだなの?」
「……なぁ、気配を消して背後を取るの止めてほしいんだが」
振り向くと、スプーンと底の深い皿を手に持ったオリディアが立っていた。
(心臓に悪いな……って、今の俺には心臓なんて無かったか)
気配を感じず、音も聞こえなかったからいつからそこにいたのか分かりそうにもない。
「そんなの気づかなかったカイトが悪いんじゃない」
「俺に責任転嫁するのかよ……まぁいいや。肉野菜炒めはもう食べ終わったのか?」
「うん、まぁまぁ美味しかったよ」
「それは重畳」
最低でも二、三人前くらいの量があったのに、次の料理が出来上がる前に平らげてしまったらしい。
ホント、どんな胃袋を持っているのやら。
(それはそうとして、出来は悪くなかったか)
もしも不味かったら、オリディアは不機嫌になっていたかもしれない。それを避けられたのは良かった。
「ねぇねぇ、少し食べちゃダメ?」
「うーん、ちょっと早いかもしれないけど、塩コショウで味を整えるから味見がてらに試食してもらおうか」
「いいよー」
塩コショウを軽く振り、オリディアの持つ深皿にリザードマンの肉入りスープをよそうと、すぐさまスプーンで肉ごとすくって口へと運んだ。
「もぐもぐ……ごくん。うん、温かくて美味しいよ」
「なら良かった。でも、まだ硬そうだな」
「わたしはそこまで気にしてないけどね。それよりもさ、もう少し食べてもいいかな?」
「あぁ、好きなだけ食べるといい」
こうして、オリディアはスープの半分平らげると残りは夕食用に『アイテムボックス』に収納した。
にしても凄い食べっぷりだったな。見てるこっちが気持ちよくなるくらいに。ただし、変化のないお腹を見ると、食べたものがどこに消えていったのかと疑問を抱いてしまう。
「ごちそうさまー」
「お粗末様でした。で、すぐに出発するか?」
「どうして?」
「いや何、少し寒そうにしていたから早く山を降りたほうがいいと思ってな。それと、下る時もおんぶしてやってもいいぞ」
「カイトの方からそんな申し出するなんてやけに優しいね。でも、せっかくだし言葉に甘えようかな」
(優しいか……)
確かにオリディアの言う通りかもしれない。俺自身も、こんな申し出をしたことに少し驚いている。
「もしかして〜、わたしに惚れちゃったとか?」
「はいはい、冗談は程々にして早く片付けるぞ」
「えー! そこは図星を突かれて恥ずかしがるところでしょ」
「何を期待していたのやら」
淀みなく会話ができているあたり、オリディアのことを異性として意識していないのは確かだ。
ただ、何故か気にかけて甘やかしてしまう。この感覚はどこか懐かしくて覚えがあるのだが、なかなか思い出せそうにない。
(もう十年以上も昔のことだったかな……)
片付けの作業をしながら思い出していた。
確か、胸糞悪い親戚連中と俺を引き取ってくれたおじさんが話し合っていた時だったか。
離れた部屋の中で待ちぼうけしていたところ、迷い込んでしまったのか一人の女の子が入ってきた。話を聞くと、親戚たちの剣幕が怖くなって密かに抜け出してきたとのことだ。
それがきっかけで、話し合いのたびに密かに会っては俺が面倒を見るようになった。
(最初に出合った頃はお兄ちゃんとか呼んでくれて可愛らしかったな。まぁ、慣れてきてからはどんどん我が儘で横暴になっていった気がするけど……)
色々と手を焼かされることもあった。それでも、妹ができたみたいで頼られるのが若干嬉しかったのは覚えている。ただ、胸糞悪い親戚連中との決着がついてからは疎遠になってしまった。
それでも何とかおじさん経由で電話番号を交換し、たまにメッセージアプリでやり取りしたり通話する程度にはとどまったけな。
(えーと、最後にやり取りしたのは数ヶ月以上も前だったか。今も元気にしているといいんだが……)
妹分的な親戚の少女のことを思い出し、気になったその時。オリディアが声をかけてきた。
「カイト、どうかしたの? 手が止まってるけど」
「うん? あぁ、すまん。少し昔のことを思い返してしまってな」
無意識に動きが止まってしまっていたようで、残るは俺の手に持つ椅子のみだ。
「ふーん……これで片付けは終わりだね。それじゃ、出発しよっか」
特に追求してくることはなかった。そのことに安堵しつつ、最後の椅子を『アイテムボックス』に収納してもらうと、オリディアは無言で両腕を伸ばしておんぶを要求してくる。
「しっかり掴まってな」
腰を下ろしてオリディアを背負い、その場を後にして山を下り始めた。
だが、出発して間もなくオリディアは答えづらい質問をしてきたのである。
「カイト、さっきは何を想い返していたの?」
「さっきは聞いてこなかったのに何で今さら……うぐっ!?」
首に回された細腕が急に力強く締め付けてきて、嫌な軋む音が響いて痛みが走る。おかげで否応なしに生命の危険を感じてしまう。
「まさかこの為にこのタイミングで……」
「これから暇だからさぁ、わたしに話してほしいなぁ」
「暇潰しのためかよ」
オリディアの声は無邪気だが、締め付ける腕に込められる力は相変わらずだ。このままでは頭と胴体が離れ離れになるだろう。
(それは勘弁願いたい。とにかく説得せねば)
「恥ずかしいから今は無理だ。またにしてくれ」
「えー! カイトのケチ」
「ケチって言うな。そもそも、人の過去を無闇に詮索するもんじゃない。オリディアだって、話しづらい過去が一つや二つくらいあるだろ?」
「む、カイトのくせに生意気って言いたいところだけど、確かにそうかも」
「だろ?」
この反応からして、何とか思いとどまらせることができそうだ。
てっきり、このまま強引に口を割らせると半ば覚悟していたのだが、意外にも話が通じるらしい。
(ともあれ、この調子なら助かりそうだな)
「だったらさ、今じゃなくてもいつか話してくれる?」
「そこまでして聞きたいのか。聞いたって面白くないと思うが……まぁ、気が向いたら話す」
「約束だからね。それじゃわたしは寝るから。おやすみっ」
「は、えっ? マジで? って、もう寝てやがる……」
お腹が膨れて眠たかったのか、既に背中で寝息を立てている。
確認するまでもない。夢の世界へと旅立っていることだろう。
「……揺らさないように歩かねぇとな」
もし揺らして起こしてしまったら、不機嫌になって今度こそ頭と胴体が離れ離れになるかもしれない。
ただの山下りだというのに、一気に難易度が跳ね上がってしまった。
「はぁ、我が儘で横暴なところが共通してたから、無意識にオリディアのことを妹分だと認識してたのかな。でも、こんな物騒な妹は嫌だなぁ」
そうぼやきながら、俺は慎重な足取りで山を下るのであった。
この先で強敵が待ち受けているとも知らずに。
最後の一文が余計じゃないといいなぁ。




