第四十六話 オリディアとの夕食
更新が大変遅くなって申し訳ございません。今回の話は比較に穏やかです。
オリディアを背負って歩くこと数時間。未だに俺の背中から降りる気配は感じられない。いつまでおんぶしていればいいのやら。
「なぁ、まだ疲れているのか?」
「ねぇカイト。遠回しにわたしのことが重たいって言いたいの?」
口調は穏やかだ。
しかし、僅かながら首に回されている腕に力が込められた。場合によっては頭と胴体がおさらばしかねない。
どうして、いきなりこんな緊張感が走る事態にならないといけないのだろうか。
(女の子が体重を気にする話は聞いたことはある。だけど敏感過ぎだろ……誤解を招かないように気をつけないと)
「念の為に言っておくけど別に重くない。でも、両手が塞がったままだと、いざという時に動けないだろ。俺はそれを心配しているんだ」
「ふーん、だったら心配する必要はないよ。この辺りはモンスターは出てこないし、まだ安全だよ」
「ならいいけど……」
だが、『まだ』と口にしたということはいつか危険が訪れる可能性があるわけだ。あまり気が抜けそうにないな。
「そういうことだから、日が暮れるまでは頑張ってね」
「はいはい……って、日が暮れるまでかよ」
随分と楽をしたがるものだ。とはいえ、おんぶしたまま歩いてもこの鎧の身体では苦にならない。あの神様に感謝するつもりは一切ないが、何だかんだで役に立つものだな。まぁ、役に立つと言っても、オリディアの足の代わりでしかないけどね。
そうして、さらに数時間が経過して日が暮れ始めた。オリディアは疲れが抜けきっていなかったのか、道中での会話は皆無に等しくて思いのほか静かだった。ついでにモンスターに襲われることはなく、平穏過ぎて気を緩めてしまいそうになったものだ。
(それだけ暇だったとも言えるけども、明日はどうなることやら)
「カイトー! 火を起こすから枝を集めてー!」
「……明日のことよりも、まずは野宿のことを考えるか」
一人でいることに慣れ過ぎたせいか、つい思考に没頭してしまいそうになる。それはそうとして、野宿なんて初めてだ。この鎧の身体では野宿の必要性はなく、ひたすら歩き続けても問題は無かった。
しかし、人外とはいえ生身であるオリディアはそうもいくまい。休憩、食事、睡眠がどう足掻いても必要となる。
つまり何が言いたいかというと、面倒になりそうだということだ。
「はーやーくー」
「分かったから少し待ってくれ」
ちなみに急かしてくるオリディアは、倒木に座り込んで『アイテムボックス』から調理器具を取り出していた。どれだけの物が収納されているか分からないが、恐ろしく便利な代物である。
元の世界にあんな代物があったら、物流に革命が起きるのは必至だろう。
(だけど、今の俺にはあまり関係ないな)
何せほとんどの道具が無用の長物に等しい。それどころか、『神格解放』を使った暁には破壊してしまうから邪魔になりかねない。
それを考えると、オリディアが所持するのが最適解だろう。
「あ、薪が入ってたから別にいいよ」
「至れり尽くせりだな」
(ゾアの奴、魔道具以外も随分と用意周到だな……)
そんな感想を抱きながらオリディアの元に戻ると、簡易的な机が用意されていた。その上にはまな板、包丁、皿、肉塊が置かれている。
「これは一体?」
「わたしは火を起こすから、カイトがお肉を切ってね」
「そういう役割分担か」
「『フレイム』」
たったその一言だけで、火を起こして作業を終わらせていた。次に机と椅子を『アイテムボックス』から取り出し、座り込んで俺を急かしている。
「お腹空いたから早く切って焼いてね」
「あー、俺が焼くんだ」
「当然じゃない。わたしは料理したことないんだから」
「胸を張って言うことじゃないだろうに」
『やれやれ』と言いたくなる。とはいえ、焼くだけならどうにでもなるだろう。
見たところ、この肉塊は牛肉のように見えた。ゲーム内で牛といえば冠牛というモンスターがいて、珍しく食用に適しているのだ。
もしかすると、この肉塊はその冠牛の肉かもしれない。ともあれまずは切って焼かなければ。ここはシンプルにステーキにしてみよう。
「なぁ、フライパンはあるか? それと塩と胡椒があると嬉しいんだが」
「あるよ〜。あっ、ニンニクもいる?」
「いる」
反射的に返事をしたがここで違和感を抱く。
(ニンニクってこの異世界でも普通にあるんだな)
塩と胡椒だけならまだしも、ニンニクという単語が当たり前のように出てきたのは驚きだ。食文化に関しては、元の世界と似たようなものだろうか。
「お腹空いたぁ、早く作って〜」
「はいはい、少し待ってくれ」
オリディアに急かされ、早速調理に取り掛かる。
手を洗う水がないため、やむを得ず焚火に手を突っ込んで消毒。熱いと言えば熱いが、何時ぞやの黒炎に比べたらまだマシだ。
それから分厚くならないように肉を切り、そこからさらに余計な脂肪を切り取り、胡椒を振り掛けておく。次にニンニクの皮を剥いて薄くスライスする。
フライパンに切り取った脂肪を投入して油を引き、焚き火で熱する。十分に加熱したらスライスしたニンニクを投入し、カリカリになったら皿の上に避難。
ここで本命の肉に塩を振り掛けてフライパンに投入。焼き過ぎないように気をつけつつ、程よく焼き目がついたのを確認して即座に裏返す。
「しかし、焚き火でステーキを焼くことになるとはな」
正直なところ美味しく焼き上がるか自信がない。それでも善処はするつもりだ。
「美味しそう。ねぇねぇまだ?」
「もう少しだ」
いつの間にか後ろに来ていたオリディアを落ち着かせ、裏返した面に焼き目がついたらまた裏返す。それからフライパンを焚き火から少し離して片面ずつじっくりと中身に火を通す。
そうして焼き上がったステーキを皿に載せてスライスしたニンニクをトッピングすると、オリディアは瞬く間に俺から奪い取って机に戻った。
「……よく噛んで食べるんだぞ」
「分かってるって。いただきまーす」
下品にならない程度に素早くナイフとフォークを駆使し、オリディアはステーキの一切れを口に頬張る。
その様子を横目に、咀嚼音を聞き流しながら後片付けに取り掛かろうとすると、不意に咀嚼音が大きくなった。というより、耳元から聞こえてきたのが正しいか。
「んん?」
「ゴクン。ねぇねぇ、いつも食べてるステーキよりも柔らかくて美味しいんだけど、どうして?」
「……ど、どうしてって言われてもな。逆に聞くけど、いつもは硬いステーキを食べてたのか?」
いつの間にか真横に立っていたオリディアに戸惑いながらも、冷静さを保って返答した。
「うん、そうだよ」
「焼き方を工夫してレアの部分を残したりしないのか」
「レアって何?」
「えっ」
(ステーキは知っているのにレアを知らないのは意外だな。いや、ただ単に知識不足かもしれないし、この異世界では馴染みがないのかもな)
「レアっていうのはまぁ……大雑把に説明すると生焼けみたいなものだ」
「うそっ。それって食べて大丈夫なの? お腹壊さない?」
「牛肉ならそういったことはほぼほぼないけど……」
冷静に考えれば、ここは俺の知る常識が通じない異世界だ。美味しさを追求せずに、衛生面を考慮してよく火を通すべきだった。
「そこらへんを考慮しなかったのはすまない。お腹壊した場合は責任を取る」
「カイトって真面目だねぇ。別にそこまで堅苦しくならなくてもいいよ。美味しかったし」
「そ、そうか」
一応は許してもらえたみたいだ。それでも、作った側としてはお腹を壊さないか心配である。
「それよりもさ、どうしてあんなに美味しく焼きことができるの?」
「あー、自前で美味しい焼き方を調べて何度か焼いてたからな」
店で注文するより、自前で肉を買って焼いた方が安く済むのでは? という発想に至った時期があり、それをきっかけに何度も試行錯誤をかさねたのだ。
お陰様で自分好みのステーキの焼き方にも慣れただけじゃなく、ある程度は料理の腕が上達して外食の機会が減って出費が減ったのは嬉しい誤算だったな。
「へぇ、そうなんだ。てっきり料理人かと思ったよ」
「おいおい、俺の腕前で料理人を名乗るのは無理があるぜ」
料理の腕前は素人に毛が生えた程度と自認している。料理人になるとしたら、さらなる研鑽が必要となるだろう。
「でも、カイトより美味しくステーキを焼く人なんてわたしは知らないよ?」
「……探せばいるかもしれないぞ」
「そうかな」
(聞いてて思ったんだが、『竜人の里』の食文化はあまり発展していないんじゃ……)
柔らかいステーキを喜ぶオリディアの様子を見る限りだと、あり得なくはない話である。どんな料理が出てくるのか気にはなるが、あまり期待はしない方がよさそうだ。
「ところで、その皿は?」
何故か無言で空となった皿を突き出してくるオリディア。その行為に疑問を抱いているとシンプルな回答が返ってきた。
「おかわりちょうだい」
「まだ食べるのか」
「だって美味しかったんだもん」
「だもんって……」
一気に子供っぽくなったものだ。それだけレアステーキが美味しかったのだろうか。
とりあえず、おかわりのリクエストに応えてやるとするかね。
「で、焼き加減はどうする?」
「次もレアでお願い」
「あいよ、任された」
そう返事して、ステーキを焼く作業に取り掛かった。
しかし、誰かの為に料理をするなんて元の世界ではしたことがなかったな。ましてやこんな美少女相手に振る舞うなんて、誰が想像できただろうか。
(それはそうとして……俺はいつまで焼き続ければいいんだ? いつになったら開放されるんだ?)
「おいし~、おかわり!」
焼き上げても焼き上げても、オリディアはすぐさま平らげると無邪気な声でおかわりのリクエストをしてきた。
その細い身体のどこに収まるのだろうか。と言いたくなるような健啖ぶりに畏怖の念を感じつつも、オリディアが満足するまで俺はひたすらステーキを焼き続けるのであった。
いつか牛タンステーキの美味しい焼き方を探求してみたいですね。
ちなみに、ゾアから入手した『アイテムボックス』には様々な生活用品が揃っています。




