蛇足という名のオマケ その一 ①
今回からオマケと本編は分けることにしました。
ヴェントがカイトたちを見送っている一方で、『魔獣の森』を通過した一団がいた。
「ここまであっさりと『魔獣の森』を通り抜けるとはね……流石は姫様だね」
「まさか、あの鼻無しを一撃で倒すなんて……流石は姫様です」
マリンダとフォルが遠い目をしながら、姫様に対して畏怖の念を抱く。そんな二人に対し、鎧を着込んだ少女は慌てて言い返す。
「ふ、二人だって凄いですよ。マリンダさんは戦鎚でフォレストタイガーを殴り飛ばして、フォルさんはフォレストストーカーを魔法で一掃していましたし……」
しかし、メイドのリアラが台無しにするように褒め称える。
「姫様はアーマードロックが纏う岩を砕き、鼻無しを一刀両断にしたので、お二方よりも遥かに凄まじいですよ」
「えーと、カイトさんの方がもっと凄いと思いますけど……」
確かに、おびただしい数のモンスターを屠っては屍の山を築いていた。さらにアーマードロック、ダークネスパンサー、鼻無しを単独で倒している。
実績だけならば、カイトは姫様と呼ばれる少女よりも上と言えるだろう。が、過程になると話は変わってくる。
「カイトさんも、十分に人外じみていると思います。ですが、全てを一撃で屠っている姫様が上を行っているとかと」
そう、文字通り一撃。一撃で強力なモンスターたちは地に沈んだ。今のカイトが『神格解放』を使ったとしても、一撃で倒すのは困難を極めるだろう。
「ねぇ、リアラ。その言い方だと、わたくしはカイトさんを越える人外になるんじゃ……」
「いえいえ、それは考えすぎですよ」
「そ、そう……?」
やや納得しきれてないものの、姫様と呼ばれる少女はそれ以上は何も言わなかった。
そんな会話を繰り広げる彼女たちの背後では、ラルドとシドが真剣な表情を浮かべ、密かに話し合っている。
「なぁ……カイトって奴は本当に何者なんだろうな」
「人外であること以外は何も言えませんね」
「って、人外は確定なのか」
「当然でしょう。ほぼ全てのモンスターの死体は血がなく、一部は喰い千切られた痕跡すらあります。こんなことをする輩を人外と呼ばず、何と呼べばいいのです?」
シドの主張はごもっともで、反論の余地はないだろう。
実際にラルドは納得している。が、ラルドにとって重要なのはカイトが人外かどうかではない。
「カイトは人外かもしれない。けど、何の為に『南の街』を救って、今はこの先にいるんだ? 俺はその……カイトの人物像ってのが想像つかないんだ」
「ふむ、確かに気になるところですね」
「だろ? 姫様があそこまで嬉しそうに喋っているから、悪い奴じゃないとは思うけどさ……」
ラルドが言い切る前に、シドが遮るように反論した。
「何甘いことを言っているんですか。もしかすると、恐ろしい本性を隠しているかもしれないのですよ」
「じゃ、じゃあ……何で『南の街』を救ったんだ?」
「それは簡単ですよ。姫様や我々を油断させる為の策略、としか考えられません」
「やけに疑り深いな。ただ、その可能性もあり得なくはないか……」
キッパリと言い切るシドに対してラルドは反論できず、納得しかけそうになる。しかし、疑い切ることはできなかったようだ。
「実際に会ってみてから判断するよ。決めつけるには、まだ早いだろ?」
「かもしれませんね。ですが、念の為に言っておきますけど、だからといって油断してはいけませんよ」
「もちろん」
ひとまず、カイトに対する評価を下すのは先送りになったようだ。
だが、小声で話していたにもかかわらず、聞き耳を立てる者がいたのである。
「もうっ、カイトさんは悪い人じゃないのに」
「姫様? どうかなされたのですか?」
「ううん。なんでもないわ。それよりも、フォルさんは薬の材料を手に入れたのですよね?」
「えっ、そ、そうですね……カイトさんが倒した鼻無しから肝臓を。姫様が倒した鼻無しから眼球を採取できました。これで必要な材料は揃ったと思います」
不意に話を振られて戸惑うも、フォルは言葉が詰まることがなく答えることできた。それを聞いたマリンダは、嬉しそうにしている。
「良かったじゃないかフォル。これで母親さんの病気が治るんじゃないのかい?」
「はい。それもこれもカイトさんと姫様のおかげです。本当にありがとうございます」
「わたくしは当然のことをしたまでです。お礼なら、カイトさんに言ってあげてください」
「そうですね……この先にカイトさんがいらっしゃるといいのですが」
カイトは南に向かっている。その情報を頼りに、速度重視で最低限の人員と物資を用意してここまで来たのだ。カイトに会えなければ、無駄足になりかねない。
だが、相応の収穫はあったようだ。
「あたしからもお礼を言いたいんだよね。『南の街』を救ってくれたし……カイトのおかげでかなり稼げそうだから」
「カイトさんが倒したモンスターたちの素材ですか? わたくしも高く売れるとは思っていましたが、そんなに高く売れるのでしょうか?」
「そうだねえ。モンスターの素材があまり流通していないってのもあるけど、カイトは基本的に素手で殺してくれたからさ、状態がいいんだよ」
「後学の為に、もう少し説明してもらっても?」
「お安い御用だよ。んー、一番分かりやすいのは毛皮かな。大きくて状態がいいやつだと、絨毯になるんだ」
「絨毯ですか……」
「フォレストタイガーだと、そこそこの貴族や商人に売れそうだね。ダークネスパンサーは、色んな貴族が欲しがると思うよ」
「ふむ、確かにダークネスパンサーは毛並みが綺麗ですからね」
さらに付け加えると、カイトが倒したダークネスパンサーの死体は状態が良かったようで、マリンダは相当な値段になると見込んでいる。
しかし、それを聞いた姫様と呼ばれる少女は少し慌ててしまう。
「そ、そうなると、わたくしが仕留めたダークネスパンサーは……」
「絨毯にはできないでしょうね」
フォローするどころか、容赦なく現実を突きつけるリアラ。そしてフォローするのはマリンダとフォルであった。
「使い道は他にあるから大丈夫。毛皮の製品は色々あるからね」
「そうですよ。だから気に病む必要はありません」
「ふぅ、使い道があってよかったです……?」
安堵したその瞬間、姫様と呼ばれる少女は何かを察知して首を傾げ、遅れて察知したのはシドである。
「お下がりください! ただならぬ気配を感じます!」
尋常じゃない様子で、槍を構えて周囲を警戒していた。だが、ラルドは気づいてないらしく、シドとは対照的に困惑している。
「どうしたんだシド。どこに気配の持ち主がいるんだ?」
ラルドの疑問はごもっともで、辺りは見晴らしの良い荒野だ。普通ならば、身を隠すのは限りなく不可能に近いだろう。
しかし、今回の相手は普通ではない。唐突に風が吹いたからだ。
「おっ、よく気づいたな」
そんな緊張感の欠片もない声と共に、一団の目の前で風を伴いながら舞い降りたのはヴェントだった。今は緑のドレスを身に纏っている。
一触即発にならないといいですな。