第四十五話 谷からの再出発
またしてもカイトが犬のように……。
「はははははっ、ざまぁねぇな。空飛ぶ糞トカゲどもがよ。いい気味だぜ」
「カイト、ワイバーンに何か恨みでもあるの?」
「昔に色々あってな。おっと、『アイテムボックス』を回収がまだだったか」
俺の様子に若干引いているみたいだが、気にしないでおこう。それよりも、さっさと『アイテムボックス』をオリディアに渡して、ワイバーンの血を飲んで鎧の身体を修復させないと。
ただ、改めて懐を探ってみるも『アイテムボックス』と思わしき魔道具は見つからない。どこにあるのだろうかと悩んでいると、ゾアの首にネックレスがかかっているのが視界に入った。よく見ると銀色のキューブが下げられている。
「これが『アイテムボックス』かな? まぁ、オリディアに確認してもらうか」
右腕一本で回収に手間取りつつも、オリディアの元へと戻ってネックレスを渡した。が、使い方がよく分からなかったのか、悩んでいる様子。
「んー、どうやって使うんだろ?」
「時間が掛かりそうだな。じゃあ、俺は鎧の身体を修復してくるぞ」
そう言い残し、這いずってワイバーンの死体へと向かう。気が楽になったというのもあるだろうけど、辿り着くのにそこまで時間は掛からなかったように感じた。
「さてはて、ランク『A+』モンスターの血は如何ほどかな?」
害悪といえども最上級モンスターだ。きっと完全に修復するまでそこまで時間は掛かるまい。
内心でそんな期待を抱き、血溜まりに口を付けて飲み込んだ。だが……。
「うーむ……思ったよりもマズいな」
期待外れもいいところだ。いや、オリディアの涎と血を飲んだ後だから、余計にそう感じたのかもしれない。ともあれ、これだと少し時間が掛かりそうだな。
「はぁ、これを大量に飲まなきゃならんのか。やれやれ……」
マズいのを我慢しつつ、ひたすら血溜まりが無くなるまで飲み込むのを繰り返し、次に頭部を失った首の断面から垂れ落ちる血を飲み、修復に専念した。
そうして、十数分後には修復が完了するのであった。
「二足歩行ができたりできなかったりのスパンが短すぎやしないかね。まぁ、しばらくは五体満足で移動できる筈……と思いたいな」
これまでの経験からして、これから先で何が起こるか完全に予測不可能。故に、いつ四肢欠損してもおかしくはない。十分に気をつけておかないと。
それはそうとして、残りのワイバーンの血も飲んでおきたいところだが、オリディアを放置しておくわけにはいかない。
「『アイテムボックス』の使い方は分かったといいんだが……」
呟きつつ、オリディアの元へと戻った。するとそこでは、オリディアが回復ポーションを飲んでいたのである。嚙み切った舌を治療しているのだろう。
「へぇ、本当にモンスターの血でも修復できるんだね」
「まぁな。で、オリディアは『アイテムボックス』の使い方が分かったんだな」
「うん。魔力を込めると使えるみたい。いや~、色んな食糧やら道具が入っているみたいでさ、いい拾い物をしたよ」
「それは何より……うん?」
何故かオリディアは俺を見上げていて、無言で両手を伸ばしていた。まるで何かを要求するかのように。
「何のつもりだ?」
「おんぶ」
「お、おんぶ?」
「動けないからおんぶしてちょうだい。いいでしょ?」
「なるほど……」
これまでにオリディアがしてきた所業を思い返してしまったが……相手は命の恩人であると同時に年下の少女だ。無下に断るのは良心が痛む。それに俺は年上なのだから、根に持つのはみっともない。
「はーやーくー」
「はいはい、分かったから。ほら、しっかり掴まれよ」
不満気に頬を膨らませたオリディアにせっつかれ、背を向けて腰を下ろした。すると遠慮の欠片もなく、首に腕を回して身体を密着させてきた。
もしも俺が生身の状態だったら、ダイレクトに柔らかい感触や体温を感じていたことだろう。
(うーむ、一応俺は男なんだけど……これは俺が意識し過ぎているだけなのだろうか?)
「ねぇ、着替えたいからさ、今すぐヴェントの部屋に向かってくれない?」
「着替えって……あー、そういや血塗れだったな」
「そうそう、年頃の乙女が血で汚れたままってのはよくないでしょ? だから急いでね」
「どこから突っ込めばよいのやら……まぁいいや」
そうして、オリディアを背負ってヴェントの部屋に向かった。
歩くこと数分後。洞窟に辿り着いて奥にある部屋へと進み、破壊された入り口のところでオリディアは声を掛けてきた。
「歩けるから下ろして」
「大丈夫なのか?」
「うん。それと念の為に言っておくけど、中は覗いちゃ駄目だからね」
「分かってるって。命を投げ捨てる真似はしたくないからな」
「本当に? 絶対に覗かないでよね」
(前振りのつもりか……いや、何も言うまい)
気だるげに寝室の中に入って行くオリディアを見送りつつ、絶対に中を覗かないと決心した。
それから待つこと数分後、洞窟の入り口から足音が響き渡る。きっと、ヴェントが戻ってきたのだろう。
「おっ、カイトか。オリディアは寝室にいるんだな?」
「ああ、今は着替え中……っ!?」
返事して振り向くと、ヴェントの服装が違っていて言葉を失う。ドレス姿ではなく、緑を基調とした軽装鎧を身に纏っていた。ただし……少しばかり露出度が高い。
むき出しの肩、大きく覗かせている胸元、曝け出された腰の括れ、主張の激しい太もも、などが一斉に視界に入ってきた。水着よりは露出度は低い筈なのに、着こなしている人物が美人でスタイルが良いということもあってか、もはや目に毒と言わざるを得ない。
「どうしたカイト。オレの格好がおかしいのか?」
「いや、そんなことはない。ドレス姿じゃなくて少し驚いてな……あっ、その格好も似合っているぞ」
「そ、そうか……褒めてくれてありがとうな」
「ところで、どうしてわざわざ着替えたんだ?」
急に漂い始めた気恥ずかし気な空気を変えるべく、やや強引に質問を投げ掛けた。実際に気になったというのもあるが。
「あー、そのことか。簡単に言うと、あのドレスはオレの魔力がまだ馴染んでいなかっただけなんだ」
「竜の姿になるのと馴染んでないのが関係したりするのか?」
「もちろんある。オレの魔力が馴染んでないと、竜の姿に戻る時は上手い具合に取り込むことができないからな」
「えーと、つまり……取り込めないと破けてしまったりするとか?」
「おっ、その通りだぜ。よく分かったな」
ってことは、あの緑色のドレスは比較的最近になって、カイト着だしたということになるが、どうしてわざわざ着ているんだろうな。
しかも大事な貰い物みたいだったし、無理して普段から着る必要はない筈。
「余計なお世話かもしれないけど、普段から馴染んでいる服を着ていたらどうだ。いざという時、着替えるのは手間になるだろ」
「オレもそれは思ったんだけどさ、そうはいかないんだ」
「というと?」
「確か……ゴルディア様に『いかなる時も、気高く美しくあれ』って言われちゃってな。その時にあのドレスを貰ったんだ」
「そんなことが……」
いやはや、まさか初めて聞く名前が出てくるとはな。聞いたところ、ヴェントはそのゴルディア様という人物に逆らえないみたいだし、『風の加護』を与えた『始原の竜』である可能性が高いな。
(いつか会うかもしれないし、名前は覚えておこう)
と、内心で思っていたら背後から扉が開く音がした。
「お待たせー。あっ、ヴェント戻ってきたんだね」
「おう、じゃあ崖の上に運んでやるぞ」
「ありがとう。それと、カイトはわたしをおんぶしてちょうだい」
「別に構わんが……俺の処遇はどうなっているんだ?」
着替えが終わると同時に容赦ない尋問が再開されると、内心では諦めていたんだけどな。
でも、話を聞く限りでは、崖の上に俺も一緒に運んでくれるということになるが、一体何が目的なのだろうか?
「んー、別に急ぐ必要はないからね。だから、『竜人の里』に連れて行ってじっくり話を聞こう。って考えたんだ」
「つまり、カイトを『竜人の里』に招待するんだってさ」
「なるほどねぇ……」
どういう風の吹き回しか分からないが、『竜人の里』に行けるのなら願ったり叶ったりと言える。
ただし、歓迎されるとは限らないだろう。どんな目に遭うかは覚悟しておく必要がありそうだ。
「ところでさ、わたしの格好見て何か言うことない?」
「唐突だな」
改めて着替え終えたオリディアに視線を向けると、自信満々な様子で腰に手を当てていた。
で、肝心な服装についてだが、白のワンピースから淡い水色のワンピースに着替えたようだ。結局なところワンピースであることには変わりないものの、色が違うだけで印象は変わってくる。
「ふむ……似合ってはいる。ただ、オリディアにしては少し控えめに感じるな」
「むぅ、ヴェントの時と違って随分を落ち着いているんだね」
「き、聞こえていたのか……」
(もしや地獄耳の持ち主なのでは?)
まぁ、それはひとまず置いておくとして、何故かオリディアは不満気な様子だ。もっと褒めて欲しかったのだろうか? だとしても、お世辞はあまり言いたくない。その代わり、もう少し本音を語るとしよう
「そうだな……敢えて言うなら、白の方が似合っていると思うぞ。あくまでも俺の感想ではあるが」
「そうなの? じゃあ、帰ったら新しいのを用意してもらおうかな」
オリディアの機嫌が直ると、ヴェントが頭上を見上げて声を掛けてきた。
「おーい、急いだ方がいいぞ。団体のお客さんがここに向かっているみたいだからな。オレは先に外に出て待っているから、お前たちの準備が出来たら崖の上に運んでやる」
「“団体のお客さん”って、まさか」
(『剛力絢爛』の二つ名を持つであろう、姫様と呼ばれる少女が近くいるということか……マズいぞ)
こんなところに来る理由が未だに分かりそうにないが、もしかするとまた手合わせを要求してくるかもしれない。とりあえず、追いつかれる前に出発しなければ。
「オリディア、準備はいいか?」
「うん、大丈夫だよ。必要な物はこの中に入っているし」
そう言うと、『アイテムボックス』と思わしき銀色のキューブを目の前で揺らした。もう十分に使いこなせているのだろう。
「分かった。じゃあ、おんぶするぞ」
「変なところは触らないでよね」
(それを言うなら、無闇に密着しない方がいいと思うのだが……)
もちろん、口に出すような愚行はしない。冗談抜きで藪蛇になりかねないからな。ここは安全第一といこう。
そう思いつつオリディアを背負って洞窟の外に出ると、既にヴェントが竜の姿になって待機していた。
「あまり時間が無い。早くオレの手に乗りな」
「恩に着るぜ」
感謝の言葉を述べ、差し出された手のひらの上に乗る。すると、ヴェントは大きく翼を羽ばたかせて宙に浮かび上がり、エレベーターのごとく瞬く間に上昇。
それから崖の上で降ろしてもらい、これで先に進めると思ったのだが、同時にお別れの時でもあった。
「よし、じゃあ後は歩いて頑張れよ」
「ヴェントは?」
「オレは後始末と……団体のお客さんを相手にしないといけないからな」
「そうか……」
「カイト、そんなにヴェントと別れたくないの?」
「い、いや……別にそういうわけじゃ」
ただ単にオリディアとはあまり二人きりになりたくないのだ。二人きりだと、何をしてくるか分からないからな。
とはいえ、流石に無理を言うわけにはいくまい。
「まっ、諸々が終わったらオレは『竜人の里』に行く必要があるから、たぶんまた会えるぜ」
「そういうことだから、そろそろ出発しようよ。ね、カイト」
「あ、ああ、分かった。おっと、念の為に言っておくけど、『剛力絢爛』とは戦わない方がいいと思うぞ」
「おいおい、オレの強さはカイトも十分知っているんじゃないのか?」
「もちろんヴェントは強い。十分に理解はしている。だけど、アレは尋常じゃなかった」
かつて姫様と呼ばれる少女と手合わせをした際は、少し本気を出したとのことだったけど、その時のプレッシャーはヴェントから放たれるものとほぼ同等で、死を覚悟したものだ。
つまり、ヴェントと同等の強さか……あるいはそれ以上の可能性がある。だからこそ、忠告せずにはいられなかったが、どうやら杞憂に終わりそうだ。
「言わんとすることは何となく分かったけど、そこまで心配しなくていいぜ。別に戦うつもりはこれっぽちもないし、話し合いをするだけだよ」
「なら大丈夫かな。じゃっ、俺は出発するぜ」
「おう、気をつけてな」
「ヴェントも気をつけてねー」
こうして、ヴェントに見送られながら俺は再出発するのであった。ただし、オリディアを背負っているから、初めて他の誰かと一緒に移動することになる。
それがどういう結果をもたらすか今は分かりそうにないけど、確実に言えるとしたら少し賑やかになることだろうか。と、この時の俺は呑気にそう思っていた。
次回からはオリディアと一緒になりますが、その前にオマケ回になりますかね。




