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第四十四話 望まぬ勝利の美酒と終幕

やっと谷での戦いが終わります。

 確かに、理論上ではマナさえ含まれていれば何でもいい筈。

 とはいえ、いくら何でも涎というのは色々と問題があり過ぎる。それに、俺はアブノーマルな趣味の持ち主ではなく、至ってノーマルだ。だからこそ、涎を飲むといった行為をしたくないという気持ちが強い。


「修復は可能かもしれないけど……仮にも女の子なんだからさ、そういうのは止めた方が……」


「でもさ、早くしないとマズいと思うよ。もし、他のワイバーンがここに来たら、その時は仲良く殺されちゃうよ?」


 状況が状況なだけに、オリディアの言っていることは間違ってないと思える。それでも、涎を飲んで鎧の身体を修復するのは避けたいというのが俺の本音だ。


「くっ……だ、だったらさ、せめて涎じゃなくて血を飲ませてくれないかな」


「えー、カイトって乙女の肌を傷つけろって言いたいわけ? わたしとしては嫌なんだけど」


「乙女とは一体……」


 先程までの所業を思い返してみるが、乙女の要素は一切なかった。が、これは余計な一言だったようだ。


「ねぇカイト。別にわたしが動けるようになるまで待つのもいいけど、その後はどうなっても知らないからね?」


 不穏な雰囲気を醸し出すオリディアの視線の先にはワイバーンの死体が……つまりそういうことなのだろう。


「ヒィッ! ま、待ってくれ。前言撤回するから許してくれっ!」


「ダーメ。許すとしても、カイトが飲ませてくださいって懇願しないとだね」


「ハードルが上がっただと……」


 ぬぅ、自分からお願いするとますます変態じみてくるぞ。

 いよいよマズくなってきたな。もし俺がお願いして涎を飲んだとしたら、とんでもない絵面になりそうだ。しかも……神様は絶対にそれをネタにして色々と言ってくるだろう。


(何せ、あの神様は平気で俺の記憶を覗くからな。どう足掻いても防ぎようがないから質が悪いぜ)


 冷やかしてくるか罵ってくるかは分からないにせよ、碌でもないことを言ってくることは分かり切っている。

 俺としてはそんな展開を避けたい。かといって、ヴェントがワイバーンの群れに追いかけられたままというのは忍びない。


(どうしたらよいものやら。やはり、ここは俺が我慢するしかないのだろうか……)


 内心で悩んでいたら、痺れを切らしたのかオリディアが不満気に口を開いた。


「むー、カイトは何が嫌なの? 男ならさ、わたしみたいな美少女の涎を喜んで飲むもんじゃないの?」


「自分で美少女って言うのか……それと、喜ぶのは一部の男だけだと思うんだが」


 どこで偏った知識を得たのやら。乙女を自称するのなら、もう少し恥じらいというのがあってもいいような気がするが……。

 呆れながらそう思っていると、不意にオリディアが俺の口元を掴んできた。


「お、オリディア……?」


「もう、仕方ないから血を飲ませてあげる。だから口を開けて」


「わざわざ悪いな……。じゃあ、お言葉に甘えて」


 懇願して涎を飲まずに済むと安心して、素直に口を開けた。すると、何故かオリディアは涙目を浮かべて顔を近づけたのである。というか近すぎる。俺が少しでも動けば、オリディアの魅力的な唇に触れてしまいそうだ。こんな状況でなければドギマギしていたかもしれないな。


 それはそうとして、血を飲ませると言っていたのに何がしたいのだろうか?


「えーと、血は?」


「今から飲ませるから、全部飲み干してよね」


 そう言うと、オリディアは口を開くと血濡れた舌を突き出す。ここでようやく、何がしたいのかを理解できた。


 つまり、舌から垂れる血を俺に飲ませるということなのだろう。顔を近づけた時点でその可能性を考慮すべきだったが……時すでに遅し。口を閉じようにも、万力のような力で固定されている。それどころか、あまりの力で顔面がひしゃげてしまいそうだ。


「早まるなオリディア! それだと涎と大差ないから! あと、力を弱めてくれないかなっ!?」


 必死に呼びかけるが、聞く耳を持たないのか止める気配は感じられない。そうこうしている内にも、舌先から紅い雫が垂れ落ちそうになっている。もはや猶予は残されてないとみていいだろう。


「た、頼む! せめて心の準備をさせて……あ゛あ゛あ゛ぁぁぁっ!?」


 虚しくも聞き入れられず、ついに顔面がひしゃげて容赦なく痛みが走る。そして……紅い雫が口の中へと落ちてしまった。

 その瞬間、至福に包まれるような甘露が口に広がったのである。


(あ、甘い……程よく甘く、ほんのり感じる酸味がアクセントになっていて、いくらでも飲めてしまいそうだな)


 痛みさえ感じてなければ、この甘露に夢中になっていたかもしれない。それを考えると、顔面がひしゃげたのは僥倖と言える。何せ、俺が口にしているのは涎と血がブレンドされた代物だ。いくら美味しいとはいえ、飲むのは必要最低限の量にしておかないと。


 それからは、飲んでしまったものは仕方ないと割り切り、右腕が完全に修復されるまで飲み続けることにした。幸い、含まれるマナの質が高かったらしく、修復の時間が思ったより掛からずに済んだことが、せめてもの救いだろうか。


「ありがとう、オリディア。もう十分だ」


「右腕一本だけでいいの?」


「ああ、移動する分には問題は無い」


 これで移動ができる……と思いきや、そうは問屋が卸さない。というのも、オリディアが俺を解放せず、思いもよらない質問を投げかけてきたからだ。


「ところで気になったんだけどさ、美味しかったの?」


「どうしてそんなことを?」


「いいから答えてよ」


「うっ……」


 分かり切ってはいたが、答える以外の選択肢はないらしい。

 返答に困る質問は勘弁してほしいものだ。とはいえ、下手に誤魔化したら後が怖い。ここは正直に答えるのが賢明だろう。


「お、美味しかった……久方振りの御馳走と言っても過言じゃないぐらいにな」


 自分で言っておいてアレだが、かなり恥ずかしいぞ。オリディアはどうしてこんなことを聞いてくるのだろうか。

 ただ、俺の答えに満足したのか、口端から血を垂らしながら意味深げな微笑みを浮かべていた。


「へ〜、そうなんだぁ。じゃあさ、勝利の美酒ってところかな?」


「こんな勝利の美酒は勘弁願いたいところだが……」


「カイトったら素直になればいいのにねぇ。もしかして照れてる?」


「何が言いたいのやら……」


 本当に何が言いたいのかよく分からない。何はともあれ、機嫌を損ねることなく解放されたことだし、今はそれで良しとしよう。


 さぁて、涎を無理矢理飲まされたという記憶を忘却の彼方に葬るのは後回しにするとして、早くゾアの持つ魔導具を破壊せねば。


「あっ、ついでに『アイテムボックス』も回収してくれない?」


「分かった」


 自分で使うつもりなのだろうか。実際に便利そうだし、有り得そうだな。


「よし、もう少しの辛抱だからなヴェント。待っていてくれよ」


 修復した右腕を駆使して這いずり、ゾアの死体へと近づく。ただ、腕一本ということもあってか亀の歩みより遅く、焦る気持ちも合わさりもどかしさを感じる。そのせいか、ゾアの死体に辿り着くのに数分も掛かっていないのに、十分以上掛かったように感じた。


「やっと辿り着いたか。後は魔道具を見つけて……これか?」


 死体の懐を探ってみたら球体状の何かが手に触れた。掴んで取り出してみると、それは仄かに緑色の輝きを放つ水晶めいた球体だった。見るからに怪しい。たぶん、これがヴェントの持つ『風の加護』を封じる魔道具なのだろう。


「ったく、ゾアの奴はとんでもない代物を作り上げたもんだな」


 ゾアの技術力に対して呆れると同時に感心したものの、容赦なく手に力を込めて粉々に砕く。すると、砕かれたことによって仄かな緑色の輝きが失われる。


 そして次の瞬間、谷底に落ちる際に感じた強烈なプレッシャーを感じ取った。頭上を見上げてみれば、ヴェントがワイバーンの群れと対峙している。


「ついにヴェントの本気を拝めるわけだ。『風の加護』はどんなスキルなのやら」


 期待しながら眺めていると、ワイバーンの群れは一気に上空へと舞い上がった。『スティンガーショット』を撃ち込むつもりなのだろう。


 対するヴェントは落ち着き払っていて、その場で滞空したままだ。


「回避するまでもないってか。でも、どう凌ぐつもりだ?」


 ヴェントの動向が気になるところだが、ワイバーンの群れは既に急降下している。『スティンガーショット』を一斉に撃ち込むまでの時間は残り僅か。なのに、ヴェントは未だに静観の構えだ。


 大丈夫だからこそ何もしていないのだろうけど、やはり見ている側としては心配になってくる。


「おいおい、心臓に悪いぜ。あっ、今の俺には心臓は無かったか」


 戯言を言っていると、ワイバーンの群れは一斉に『スティンガーショット』を撃ち込んだ。おぞましい速度でヴェントに迫り、貫くと思ったその刹那。ヴェントを中心に爆発めいた勢いで竜巻が発生した。


 そうして悉くの針が竜巻によって弾かれ、力なく地に落ちていった。これで『スティンガーショット』が完全に無力化されたわけだが、とんでもないスキルだ。


「あれが『風の加護』か……ゾアが封じたくなる気持ちも理解できなくもないな」


 もはや災害と言ってもいいくらいに凄まじい。『風の加護』を発動したヴェントを倒す方法なんて、存在するのだろうか。少なくとも、俺には想像がつかないな。


(兎にも角にも、ヴェントを怒らせないように気をつけなければ……)


 恐れ戦いている間にも、竜巻は徐々に巨大化しつつある。『スティンガーショット』ですら歯が立たないのだから、こうなってくるとワイバーン自身が突っ込んでも返り討ちに遭うのは、目に見えている。


 ワイバーンの群れに勝ち目はない。そのことを察し、身を翻して逃げ出そうとしたが……ヴェントが許す筈がなかった。


「逃がすわけないだろ。散々追い掛け回しやがって! まとめて叩き落してやる!!」


 上空にいるヴェントの怒声が谷底まで届いて響く。相当ご立腹のようだが、当然と言えば当然だろう。あの性格からして、ひたすら逃げてばかりというのは、さぞかし面白くなかったに違いない。


 故に、鬱憤晴らしも兼ねて、ワイバーンの群れを殺し尽くすのは確定事項の筈だ。


「まっ、これで終わりだな」


 俺が言い終えると、逃げ出そうとするワイバーンの群れに対し、無慈悲にもヴェントは竜巻を伴いながら突撃。瞬く間に竜巻に囚われてしまったワイバーンの群れは、必死に羽ばたいて竜巻に抗おうとしている。


 だが、長続きするわけもなく……群れの内の一体が力尽きると翼は無様にへし折れ、それから遥か上空へと巻き上げられ、錐揉み回転しながら高速で谷底へと墜落し、地に落ちたトマトめいた死体と化した。


「えげつないな……」


 と、言いつつも同情などは一切しない。ゲーム内とはいえ、過去に辛酸を嘗めさせられたからな。むしろ清々したまである。

 そして、次々とワイバーンが地に落ちたトマトめいた死体と化していき、ワイバーンの群れは全滅して谷での戦いは終わりを迎えた。


許せ……美少女に無理矢理飲まされるというシチュエーションを書きたいという欲望を抑えきれなかったのだ。

あっ、むしろ一向に構わないという方は、是非ともブクマと評価をお願い致します。

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