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第四十三話 一難去ってまた一難去ってまた一難

カイト……強く生きてくれ……

「このワンピースどうしよう……」


 耳を疑った。

 これがワイバーンを屠った後の第一声だなんて、誰も思わないだろう。


「ワンピースの心配ねぇ」


 にしても、それだけ大事な代物だったのだろうか。

 だとしたら、ご愁傷様としか言えんな。腹部の部分は盛大に破けて白い肌を覗かせているし、血や肉片のせいで純白だった頃の面影は皆無に等しい。

 いっそのこと、新しいのを用意することをお勧めしたい。


(ん? ちょっと待てよ……)


 記憶間違いじゃなければ、ワイバーンの針で腹部を貫かれていた筈。なのに、今見ると傷一つないのはどういうことだろうか。

 見たところ何事もなかったかのように振る舞ってはいるが、少し心配だ。


「なぁ、傷は大丈夫なのか?」


「ん? あー、それは大丈夫だよ。『金竜の加護』を発動すると筋力とか治癒力が高まるからね。ちなみに、銀色になるのは『銀竜の加護』だよ」


(『金竜の加護』に『銀竜の加護』か、初めて聞くけどスキルだよな)


「す、凄いな……」


 実際は凄いどころではない。ワイバーンを殴り飛ばす怪力や、すぐに致命傷を完治させる治癒力は規格外と言っても過言ではないだろう。

 それはそうとして、『銀竜の加護』が魔法特化、『金竜の加護』が近接特化、という認識でいいのだろうか。

 いやはや、そうやって使い分けのできる切り札があるのは羨ましいものだな。だが、羨む場合ではなかった。


「ところで……ちょっといいかな?」


「……何かな?」


 先程までの友好的な雰囲気から一変し、どことなく危険な雰囲気を醸し出していた。しかも、俺に向ける瞳には嗜虐の色が差しており、身の危険を感じざるを得ない。

 間違いなく、俺にとって良からぬことが起こりそうだ。


(まさか、一難去ってまた一難去ってまた一難になるとは思わなんだ)


 ギリギリのところでゾアを倒して、ワイバーンの脅威が去ったというのに、救いは無いのかと言いたくなる。

 まぁ、それを口にしたところで事態が好転するわけがない。俺ではオリディアさんに抵抗できないからな。

 なんて達観しているとオリディアさんがこちらに歩み寄り、俺を見下ろして口を開く。


「カイトってさぁ……どうしてワイバーンについてあんなに詳しいの? 実際に戦ったことがあるみたいな口振りだったし。何者なのか気になっちゃうんだよねぇ」


「い、いやぁ、詳しく書き記されている書物を読んでな。それで色々と知ったんだ。それと俺は……一応は傭兵ってところだな」


「本当にそうかなぁ?」


 オリディアさんはそう疑いつつ、唯一無事である俺の左足に足を乗せた。


(おいおいおいおい、俺を達磨にする気かよ。どうすりゃいいんだ……)


 少しずつヒビが生じていく左足から発せられる痛みを味わいながら、オリディアさんを納得させるべく必死に思考を巡らせていた。

 しかし、次の瞬間にはその行為は徒労に終わった。


「まっ、カイトに洗いざらい吐かせるのは後からでもいっか。今はもっと気になることがあるからね」


「お、オリディアさん……?」


「そう、それ! それが気になってたんだ」


「うん?」


 何が気になるというのだろうか。特に不自然な点は無いと思うのだが。

 ただ、オリディアさんにとっては無視できないことであり、それは俺にとっては予想外のことだった。


「ねぇねぇ、ヴェントは呼び捨てなのに、どうしてわたしは『さん』付けなの?」


「そんなことが気になったのか……」


「いいから答えてよ」


「ぎぃっ!?」


 声が冷たくなったかと思いきや俺の左足を踏む力が強まり、激痛が走ってヒビが亀裂へと深刻化している。

 どうやら、どうしても気になって仕方ないようだ。まぁ、隠すことじゃないから答えても問題は無いけど……解放してくれるといいなぁ。

 と淡い期待を抱きつつ、正直に話すことにした。


「べ、別に深い理由はない。ヴェントに関しては『さん』付けはやめろって言われただけだぞ」


「じゃあ、わたしに『さん』付けするのは?」


「いきなり馴れ馴れしくして、不興を買いたくなかっただけだな。何をされるか分からなかったし……」


「ふーん……嫌いってわけじゃないんだ」


「確かに嫌いではないな」


(嫌いではない。けど、怖いんだよなぁ……まぁ、これは言わないでおくか)


「そっかぁ、なるほどねぇ」


 とか言いつつも、俺の左足に掛かる力が弱まることはなかった。まだ何かあるようだ。


「だったらさ、わたしの事も『さん』付けはやめてほしいかな。わたしだけ距離感があるのは嫌なんだよね」


「それはどうしてだ……」


「んー、これから仲良くしたいってだけじゃダメかな?」


「な、仲良く? なんで俺なんかと……ぬぐぉぉぉっ!?」


 金属がひしゃげる音が響き、言外にそれ以上の理由を聞くなと言われてしまった。それと、拒否権は無いと思った方がいいだろうな。


「ヴェントがいいのなら、わたしもいいよね?」


「それはもちろん! だから足を……」


「呼んで」


「えっ」


「わたしの名前」


「分かった。お、オリディア……これでいいのか?」


「うん、合格」


「よかった……」


 腕があれあ胸をなでおろすところだった。

 俺と仲良くする理由が分からないが、ともあれ左足は破壊されずに済みそうだな。なんて安堵していた次の瞬間……。


「でも、ちょっとだけ遅かったかな」


「あぎゃぁぁぁっ!?」


 安堵した俺の不意を突くように、無情にもオリディアは左足を踏み砕き、金属が砕け散る音を響かせたのだ。

 上げて落とされるとは……仮にも仲良くしたいと言っていたのに、この仕打ちは酷すぎる。


「ど、どうして……どうしてこんなことをっ!?」


 左足消失による激痛と虚無感に苛まれながらも、聞かずにいられないでいた。だが、まともな答えを期待したのは大きな間違いだった。


「えー、カイトには拒否権がないんだよ。なのにいちいち口答えしてさ、素直にわたしのことを呼び捨てにしないのはどうかと思うよ」


「本気で言ってんのかよ……」


(正気を疑いたくなる。そんな理由で達磨になるだなんて……)


 あまりの理不尽さに嘆くことしかできないでいた。なのに、そんな俺を見下ろしたオリディアは唐突に笑い出したのである。


「あっははは。ごめんごめん、さっきの冗談だよ」


「冗談?」


「そうそう。本当はさ、カイトの苦痛の悲鳴が聞きたかっただけなんだ」


「その本音は聞きたくなかったな……」


 いっそのこと、こっちの方が冗談であってほしいまである。

 というか、オリディアってやっぱりサディストだよな。


「いやー、ごめんねー。『金竜の加護』を使っちゃうとさ、気が高ぶってこういった衝動が抑えられなくなっちゃんだ」


「な、なるほど……」


 口では謝罪しているものの、相変わらず嗜虐的な視線を俺に向けてくるし、頬を高潮させているし、口元は愉悦で歪ませている。

 うん、どう見ても正気ではなさそうだ。あるいは、本性を曝け出しているだけなのかもしれないが……どちらにせよ、このサディストを落ち着かせる必要がある。


「あっ、でもね。カイトを死なせるつもりはないから、そこは安心してね」


「……一応聞くけどさ、死ななけりゃ何してもいいと思ってないか?」


「ダメなの?」


「oh……」


(小首を傾げる様子は不覚にも可愛らしいと思ったのに、言っていることと血濡れのワンピースのせいで台無しだぜ)


 さて、これから俺はどうなるのやら。

 というか、いい加減にゾアが持つ魔道具をどうにかしないと、ヴェントは追いかけっこから解放されないのでは?

 俺としてもどうにかしたいところだが、まずは身の安全を確保して鎧の身体を修復しなけりゃ話にならん。


「んっふふーん、どうしよっかなー」


「流石にこれ以上は俺の身体をぶっ壊すのは勘弁してほしいな……」


 でも悲しいことに、身の安全の確保すらままならないのが現状だ。

 いやぁ、手も足も出ないんじゃなくて、手も足も無いんだよなぁ。こうなってしまえば、成すがままにされるしかない。


(はぁ……にしても達磨状態になる日が来るとは思わなんだ。ホント、どうしてこうなってしまったんだ)


 敵の敵は味方。といった理由で共闘していた筈。なのに、今となってはこんな有り様である。どこで何を間違えたのだろうか、と思わずにはいられなかった。

 内心で絶望しかけている俺に構わず、オリディアはしゃがんで俺の顔を覗き込んだ。


「ねぇ、確かマナを摂取したら鎧の身体って修復できるんだよね」


「そうだが……」


「それってさ、マナが含まれてたら何でもいいわけ? 例えばワイバーンの血とかさ」


「たぶん、何でもいいと思う。モンスターの血でも修復できたからな」


(わざわざ確認するということは、俺の鎧の身体を修復させてまたぶっ壊すつもりかな)


 だとしたら、今から創造と破壊が繰り返される生き地獄が始まってしまうのか。

 おあつらえ向きにワイバーンの死体があるし、今からでも実行可能だろうよ。あーあ、こんなことをしてる場合じゃないっていうのにな。

 色々と諦めて嘆いていると、オリディアは目と鼻の先までその端整な顔を近寄せてきた。


「な、何かな……?」


「いい声で鳴いてね」


「お手柔らかにお願いします……」


 消え入るような声でそう言うしかなかった。

 そして、オリディアは俺を抱きかかえてワイバーンの死体へと歩みだした。


(美少女と密着している筈なのに、処刑上に連行されてる気分だぜ……)


 頭の中でドナドナが流れているのは気のせいではないだろう。

 そんな絶望の淵に立たされかけている時だった。


「あっ、あれっ?」


 突然、オリディアはその場でへたり込んでしまったのだ。何があったんだ?


「どうした?」


「えーとね。時間切れみたいかな。力が抜けちゃった」


「時間切れ……」


 『金竜の加護』、『銀竜の加護』には『神格解放』と同様に時間制限があるということか?

 だとしたら、ヴェントが最後まで取っておくように指示したのも納得できるというものだ。

 まぁ、気が高ぶってタガが外れるという欠点を考慮した可能性も否めないけど。


「んー、どうしよっかな?」


「念の為に聞くが、正気に戻ったんだよな?」


「気分は落ち着いているし、たぶん大丈夫だと思うよ」


「そうか……」


 心の底から安堵した。

 さて、ヴェントの為にもゾアの持つ魔道具をどうにかしないとな。


「オリディア、いきなり悪いけどゾアの死体を漁ってくれないか? ヴェントの『風の加護』を封じる魔道具を壊さないといけないからさ」


「わたしもそうしたいのは山々なんだけどねぇ。反動のせいで一歩も動けそうにないかな」


「おいおい、どうするんだよ」


 残念ながら、二人仲良く身動き取れない状態のようだ。時間が経てば動くことは出来るだろうけど、いい加減にヴェントを追いかけっこから解放してやりたい。


(うーむ、どうしたらいいものやら)


 思考を巡らせていると、オリディアはとんでもないことを言い出すのであった。


「ねぇねぇ、わたしの涎だったらマナが含まれていると思うし、カイトの鎧の身体を修復することはできるよね?」


「???????」


 予想だにしないその提案は、理解の範疇を超えていた。


(なんて答えりゃいいんだ……)


 内心で頭を抱えてしまったのは、言うまでもないだろう。何せ、こればかしは色んな意味で洒落にならないからな。


次回はカイトの黒歴史が刻まれますね!

あ、可愛い女の子や美女に嫐られるやつをもっと見たいという方は是非ともブクマ&評価してください。この先にも色んなシチュエーションで書きますんで。

それとこんなシチュエーションを見たいという方は感想で書いてください。いつかバッドエンドルートで書くかもしれません。

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