第四十一話 谷底での激突
ついに決着がつきます。
(まずは障害となる魔鋼ゴーレムを片付けねぇと……)
全身から迸る激痛を必死に無視して、どうにか冷静さを保たせて思考を巡らせていた。
ゾアのことだ。魔鋼ゴーレムを時間稼ぎや足止めといった妨害に使うに違いない。ロックゴーレムと同じ運用ではあるが、妨害の質がまるで違う。
ロックゴーレム程度なら、『神格解放』を使わずともまだどうにかできただろう。が、魔鋼ゴーレムとなると話は変わってくる。頑丈さとランスめいた腕から繰り出される一撃はかなり脅威だ。
故に、切り札である『神格解放』を発動してでも先に魔鋼ゴーレムを倒すべきという結論に至った。
「まったく、本当は様子見をしてから使いたかったんだがなっ!」
正面から迫ってくるゾアに対し、助走をつけたドロップキックをお見舞いしてやった。
「ぬぅっ!」
咄嗟に盾を構えてドロップキックを受け止めたゾアは、衝撃によって後に押し出されながらも無傷。
しかし、受け止めた盾は一撃で致命的な亀裂が走っており、次の攻撃には耐えられないだろう。
「くっ、ワイバーンの鱗を使っていてもこの様か……魔鋼ゴーレムよ、奴を屠れ!」
「やっぱり一撃じゃ壊れないか……」
ドロップキックの反動で後方に飛び、バランスを崩さないように着地した。
やれやれ、いつも以上に気を遣わないといけないのが面倒である。まぁ、それは仕方ないとして……ロックゴーレムのように一撃で破壊できないのは厄介だな。
(さすがはワイバーンの鱗……ただの岩とは大違いだ。となると、魔鋼ゴーレムも簡単には破壊できないだろうよ)
簡単に倒せないことを確信しつつ、差し向けられた二体の魔鋼ゴーレムと対峙し、ひとまずは出方を窺うことにした。
油断や焦りは禁物。一瞬の隙が命取りになる。だからこそ、慎重に動かねばならない。
己にそう言い聞かせていると、魔鋼ゴーレムが先に動き出した。
「さて、上手い具合にゾアを後退させた今が好機ではあるが……かなりの鬼門だぞこいつぁ」
両腕……いや、せめて片腕さえあれば、と思ってしまう。しかし、『スティンガーショット』によって両腕は粉砕されているのだから、腕の感覚がある筈もない。現実というのはどこまでも無情である。
まぁ、いい加減に現実を受け入れるとして、目の前の魔鋼ゴーレムに集中するか。
「動きは相変わらず鈍重で、攻撃は大振りだな。誰かがいきなり操りでもしなけりゃ、どうにかできる……と思いたいな」
二体の魔鋼ゴーレムから繰り出される突き攻撃を躱しつつ、動きの観察に徹した。
前に一度戦ったこともあってか、魔鋼ゴーレムの動きに対応するのは問題無さそうだ。ただ、ゾアが何をしでかすのか分からないという不安要素がある。
とはいえども、いつまでも回避し続けても埒が明かない。どこかで勝負を仕掛けなければ。
(狙うなら、まずは足だな。んでもって一体を転倒させて、その間にもう一体を転倒させて核を砕くのが堅実だろう)
方針が決まり、左側の魔鋼ゴーレムへと敢えて距離を詰める。
すると、予想通り大振りの突き攻撃を繰り出そうとしてきた。その攻撃を待ち構えていた俺は、突き攻撃が放たれるよりも前に懐へと潜り込み、魔鋼ゴーレムの左足へとローキックを放つ。動きが鈍重であるために回避などできる筈もなく直撃し、魔鋼の欠片が飛び散り亀裂が走った。
「硬いな……嫌って言いたくなるくらいに」
だが泣き言は言ってられん。
右側の魔鋼ゴーレムが俺の後ろに回り込み、ランスめいた腕で俺を貫こうとしていたからだ。
「お前の相手は後でしてやるよ!」
背後からの突き攻撃をしゃがんでやり過ごし、そこへ追撃を仕掛けようとする左側の魔鋼ゴーレムに対して回し蹴りを繰り出し、脇腹を砕いてバランスを崩してやった。
もちろん生まれた隙を逃すことはなく、亀裂の走った左足をつま先で蹴ると、今度はさらに大きな亀裂が走り、ついに左足は砕けた。
転倒するまでの様子を視界には納めず、健在である右側の魔鋼ゴーレムに備える。
「これでテメェの相手できるな」
一対一の構図。しかし、そろそろゾアが何かを仕掛けてもおかしくはない筈。だからこそ気を抜くことはできないが……悠長にはできないんだよなぁ。
厄介なことに自己修復機能が備わっている。そのうち転倒した左側の魔鋼ゴーレムが復帰するだろう。
「無理ゲーって程じゃないかもしれないけど、難易度高過ぎだろ!」
ランスめいた腕による左右からの連続突きを躱しつつ、反撃の隙を探った。ついでにゾアの方も様子を窺ったが、手を出すつもりはないのか未だに静観の構えのようだ。
(気味が悪いな……でも、やるしかないか)
意を決して突き攻撃を最小限の動作で躱しつつ、腹部が僅かに抉られながらもショルダータックルを繰り出してよろめかせる事に成功。その勢いのまま前蹴りを腹部に放ち、体勢を崩させて転倒寸前にまで追い詰める。
そこで魔鋼ゴーレムは苦し紛れの突き攻撃で反撃を仕掛けてくるも、体勢を崩した状態ということもあってか回避は容易かった。しかも前のめりになっていて、お返しにローキックをお見舞いしてやると、ついに前から倒れ込んだ。
「おらぁっ!」
すかさず無防備な背中を全力で踏みつけ、胸にあると思われる核の破壊を試みる。が、背中の大部分が粉砕されて核が露出した程度にとどまり、とどめを刺すにはもう一度踏みつける必要があった。
「まずは一体!」
とどめを刺すべく追撃として容赦なく核を踏みつけて砕き、ようやく一体目の魔鋼ゴーレムを倒すことができた。
だがしかし、ゾアはこの瞬間を狙っていた。
「『穿て』!」
「くっ!」
放たれた『ホーミングスティンガー』に対して、寸でのところで飛び退いてどうにか回避。ただ、そんな俺の行動は織り込み済みだったようで……。
いつの間にか光り輝く球体が足元に転がっていた。
「さすがにそれは勘弁してほしいな……」
次の瞬間には『エクスプロージョン』が発動し、大爆発を引き起こした。爆発によって鎧の身体の所々が破損したうえに、爆煙によって視界が悪化するというオマケ付きだ。
「相変わらず質が悪い。というか、俺の身体は大丈夫か……ぐあっ!?」
視界が悪い中、突如として右足の太ももから激痛が走った。
(『ホーミングスティンガー』は躱した筈だし、魔鋼ゴーレムだとしても足音は聞こえなかった筈……いや、考えるのは後回しだ。次の攻撃がくるかもしれん)
この場に留まるのは危険と判断し、急いで爆煙の中から飛び出すも、待ち構えていたかのように復帰した魔鋼ゴーレムが襲い掛かってきやがった。
「いやらしい真似をしてくれるぜ!」
身体が一回り小さくなったように見えなくもないけど、脅威であることには変わりない。正体不明の攻撃が気掛かりではあるが、目の前の魔鋼ゴーレムを倒すのも重要だ。
「速攻で倒してやる!」
難なく突き攻撃を躱して懐に潜り込んで前蹴りを放つ。よろめきながらも魔鋼ゴーレムは反撃を仕掛けてくるも、それは想定済みだ。
しゃがむことで回避しつつ、お返しに回し蹴りを繰り出して脇腹に命中。魔鋼ゴーレムはさらによろめき、そこへすかさずショルダータックルで追撃を仕掛ける。そうして、転倒寸前となったところで前蹴りを放った。
「やっと二体目か……」
背中から倒れた魔鋼ゴーレムの胸部を踏み砕き、反撃を受ける前に素早く核を踏み砕くと動かなくなった。
これで二体目を倒した。だというのに、ゾアは悠々と『ホーミングスティンガー』を構えていたのだ。
「『穿て』!」
「まだ持っていやがったのかよ!」
迫りくる『ホーミングスティンガー』をギリギリまで引き寄せ、寸でのところで回避してゾアへと駆け出した。
「よくぞ躱した。と、褒めてやりたいところだが、まだまだ甘いな」
「何が言いたい……がはっ!?」
もう少しで前蹴りが届くと思ったその時だった。
突如として背後から何かに右脇腹を貫かれ、激痛が走ったのである。またしても正体不明の攻撃かと思いきや、ゾアの足元に『ホーミングスティンガー』が突き刺さっていた。
状況的に考えて、後ろから俺を貫いたのだろう。
「まさか……実は必中の槍だとか言わねぇよな」
「生憎だが、そのまさかだ。とは言ったものの、一度躱されると命中精度がやや落ちてしまうようだな。上手いこと右足に当たってくれたら、貴様は終わっていたというのに」
「右足って……」
洒落になんねぇな。
ゾアの野郎、俺の右足を破壊して行動不能に追い込むつもりだな。確かに、俺が動けなくなってしまえば終わったも同然。
まぁ、既に鎧の身体には複数の風穴が開いていてボロボロだし、右足が破壊される頃には俺は終わっているのではなかろうか?
「ふむ……触れるのが一瞬だけだとしても、二回が限界か……」
そう言うと、ゾアの足元に突き刺さっていた『ホーミングスティンガー』は音を立てて砕けた。
「へっ、これで俺と近接戦をせざるを得なくなったなぁ?」
「強がるのも程々にしろ。両腕を無くした貴様なんぞ恐れるに足らん」
「言ってろ!」
誰が見ても俺の分が悪いのは、火を見るよりもだろう。
そんなことは俺も承知している。それでも不思議と普通に立ち向かえるのはどうしてかな。って、そういや以前に両腕を切り飛ばされたっていうのに、もっと理不尽な相手に対して反撃を強要されたっけ。
なるほど、確かにあの時の状況の方がまだ絶望的だったな。
「はっ! 姫様と呼ばれる少女を思い出すとテメェなんか怖くないぜ!」
叫ぶように言いつつゾアに向かって駆け出し、ドロップキックを繰り出す。
「ぐぅっ! 貴様はあの『剛力絢爛』と戦ったというのか!?」
壊れかけた盾で受け止めたゾアは衝撃で後の岩壁まで押し出され、俺は蹴りの反動で後方に飛んで着地。
先程と似たような光景を繰り広げたが、ドロップキックを受け止めた盾が限界を迎えて粉々に砕けたのが違う点だろうか。
しかし、ゾアは動じることなく着地直後の俺に向かって駆け出していた。
「そうか、それなら合点がいくな!」
「何を一人で勝手に納得していやがるんだ!?」
飛び退いてゾアの突撃を回避しつつ、追撃を牽制する為の回し蹴りを放つ。
「わざわざ貴様に教える必要はない!」
「そうかよ!」
回し蹴りを搔い潜ったゾアは俺の顔面に拳を打ち出してくるも、顔を逸らすことで辛うじて回避。
そこへ伸びきった腕をに目を付け、咄嗟に噛みつく。
「お、おのれっ!」
ゾアの腕は鎧によって守られていたが、鎧の腕の部分には瞬く間に音を立てて亀裂が走った。それを見て焦ったのか、暴れるように蹴りを繰り出して何とか俺を振り払い、腕を押さえて距離を取ろうとした。
だけどさぁ、それは隙があり過ぎだぜ?
「逃がすか! これでも喰らっとけ!」
「ごはぁっ!?」
後ろに飛び退こうとするゾアの無防備な腹部に前蹴りがもろに命中し、くの字に曲がって吹き飛んで岩壁に叩きつけられた。
やっとのことで会心の一撃が決まったのはいいが、思ったよりもタフだったようだ。
「よ、よもや噛みつくとはな……貴様はまるで手負いの獣のようだ」
「あっそ。こちとらなりふり構ってられんのでな」
「くっ、俺様としたことが……とんだ醜態を晒してしまったな」
と、悔やむように言いつつも、しっかりと地を踏みしめて立ち上がっていた。
見たところ、鎧の腹部が砕けたうえに服が破けて肌を曝け出してはいるが……見た目よりもダメージは入ってないようだ。
「オーガバングルによる肉体強化と上等な鎧のおかげか……つっても、次の一撃が決まればテメェは終わりだぜ」
「ふんっ、笑わせるな。終わるのは貴様の方だ!」
「っ!?」
不意にゾアが駆け出したかと思いきや、その速度がこれまでに比べて飛躍的に向上していた。
何らかの魔道具を新たに装着したに違いない。そう確信を抱いた頃にはゾアの拳が目前にまで迫っていた。
「あっぶねっ!」
咄嗟に頭を逸らすことでどうにか回避し、追撃の警戒と様子見を兼ねて飛び退こうとする。が、ゾアは逃がさんとばかりに追いすがって追撃を仕掛けるのであった。
少し様子がおかしいような気もしなくはないが、今はゾアの攻撃に集中せねば。
「貴様なんぞさっさと片付けてくれるわっ!」
「それはこっちのセリフだっ!」
右足に振り下ろされる拳に対して半歩だけ横に移動して躱しつつ、反撃の頭突きをゾアの顔面に繰り出す。すると頭部を守る兜が砕け、数分振りにゾアの素顔を拝むこととなり……そこで異変に気づく。
「ん? 何で顔色が悪いんだ?」
「黙れっ!」
俺の指摘が逆鱗に触れたのか、怒号の勢い拳や蹴りを素早く繰り出してくる。だがどれもやけに荒々しく、躱すのはそう難しくはなかった。
(こんな時に身体の不調か?)
いや、違うな。と、すぐさま否定した。
ゾアほどの男が体調不良に陥ることなんて考えにくいし、たとえ体調不良だとしてもここまで素早く動けるのはおかしいからな。
それに、何らかの魔道具を新たに装着して俺に襲い掛かってきた時から、どうも勝負を急いでいる節がある。
となると……その魔道具に問題があって、ゾアの身体に負担を与えていると考えられるな。そうだとしたらゾアは一刻も早くけりをつけたいだろうし、ここまで必死に攻撃を繰り出してくる理由としては納得できるというものだ。
ただし、一刻も早くけりをつけたいのは俺も同じ。
「狙いが分かりやすいんだよ!」
「ぐうぅっ!」
あからさまに俺の右足に攻撃を集中していたこともあってか、隙を突いて前蹴りを命中させるのは容易だった。
だが、それだけで簡単にやられるほどゾアは甘くはない。さすがというべきか、咄嗟に両腕をクロスして俺の前蹴りを防御し、衝撃を利用して後方に大きく飛んで距離を取ったのだ。
しかしゾアの背後には岩壁があり、もはや後退することはできない。
「よくやるぜ……でも、これでテメェは追い詰められたな」
「ぬぅっ! 『風脚のミサンガ』で速度を向上させた筈だ。なのに、どうして貴様は対応できたのだ!」
「どうしてって言われてもなぁ……」
たぶん、ダークネスパンサーや謎の銀騎士と戦った経験が大きいのだろう。それに『剛力絢爛』の二つ名を持つと思われる少女のことを思い返すと、ゾアの動きは視認できるからまだ良心的ですらある。
なんにせよ、『風脚のミサンガ』とやらで短期決戦に持ち込もうとしたのがあだになったようだな。
まぁ、俺としては『神格解放』の効果時間を考えると短期決戦は歓迎だけどね。
「無理をしてでも魔道具を二つも装着したというのに……」
「あぁ、だから顔色が悪かったのか。というかさ、もう無理しないで諦めたらどうだ?」
「ぬかせ、まだ終わりではない!」
そう言うと、ゾアは虚空から『ホーミングスティンガー』を取り出しやがった。まだ持っていたのかよ。
「最後の悪足掻きにしては厄介過ぎるな……」
「これで貴様は終わりだ。『穿て』!」
投擲された『ホーミングスティンガー』は狙いを定めて風を巻き起こすと、凄まじい速度で俺に向かってきた。
狙いは恐らく、右足に違いない。故に躱すことじたいは難しいことはないのだが……躱したとしても背後から貫いてくるだろう。
まぁ、既に対策は思いついてはいる。後は上手くいくことを祈ろう。
「どちらが終わりかまだ分からねぇぜっ!」
迫りくる『ホーミングスティンガー』を見据え、その後にいるゾアに向かって駆け出した。
そんな俺の様子を見たゾアは双眸を見開き、あからさまに動揺していた。
「血迷ったか!?」
「んなわけねぇだろ!」
目の前から迫りくる『ホーミングスティンガー』を辛うじて避けて直撃はしなかったものの、僅かに掠めて右足の一部が抉られてしまった。
それでも右足は動いている。ならば問題はあるまい。
「終わったのはテメェの方だなっ!」
「がはっ!?」
動揺している隙にゾアに肉薄し、右足で膝蹴りを腹部に繰り出してやった。一応は手加減はしたのだが、勢いが強過ぎたせいか血反吐を吐いてしまっている。大丈夫だろうか?
それはさておき、これでゾアは詰んだも同然。降参してもらおう。
「おい、『ホーミングスティンガー』で仲良く串刺しになりたくなけりゃ、大人しく降参しろ!」
「くぅぅぅっ。き、貴様は未熟だな。躊躇せず俺様を殺せばよいものを」
「あん?」
ゾアが不穏な雰囲気を醸し出していた。が、それに気づいた時は既に手遅れだったらしく、この期に及んで狂ったように暴れだしたからだ。
「諦めが悪過ぎるだろ! ぐはっ!?」
終わったかと思って安堵していたせいか、苦し紛れに繰り出されたアッパーがクリーンヒットし、よろめいてゾアから離れてしまった。
さらに、追撃のごとく『ホーミングスティンガー』によって背後から右足のふくらはぎが貫かれ、右足が破壊寸前の状態となり、次に何らかの強い衝撃を受けると砕けてしまうだろう。
ホント、俺自身の詰めの甘さにうんざりするぜ! 躊躇わず心を鬼にするって決意した筈なのになぁ!
「クソッ!」
「これで形勢逆転だな!」
横に移動して串刺しを免れたゾアは、岩壁に突き刺さった『ホーミングスティンガー』を抜き取って俺に突き刺そうとした。
こんなところで終わるわけにはいかん。こうなっては仕方ない。今こそ心を鬼にする時だ。
「貴様は終わりだぁっ!」
「悪いが、終わるのはテメェの方なんだよ!」
壊れかけた右足で渾身の前蹴りを放った。突き出された『ホーミングスティンガー』によってそこそこ抉られたが、威力を殺すことは叶わずにゾアの腹部へと命中。
手加減なしの一撃の前では、いかに『オーガバングル』によって肉体を強化されたとしても無意味に等しく、複数の内臓が潰れて骨が砕ける感触が伝わり、岩壁に叩きつけられたゾアは盛大に血反吐を吐いた。
「がぁっ……はっ……」
「左足で蹴りができるように練習しとかねぇとな……」
ゾアは力なく岩壁にもたれ掛かり、対する俺は限界を迎えた右足に致命的な亀裂が走って砕け、バランスを保つことができずその場で仰向けになって倒れた。
ただ、右足が砕けたことによる激痛や虚無感よりも、関心を占めるものがあった。
「あーあ……とうとう俺も人殺しか……」
初の人殺し。その事実が俺の心に重く深くのしかかっていた。気が重いどころの話ではない。
いつかは、否応なしに誰かを殺さざるを得ないだろうと、心の奥底では思っていた。だが、こんなにも早く人殺しをする羽目になるとは思わなんだ。
なんてことを考えていると、死んだと思っていたゾアが話しかけてきた。
「き、貴様は……ひ、人殺しは初めてだというのか……?」
「そうだよ。てか、死にかけなのによく喋るな」
どう見ても虫の息で、回復ポーションを飲んだとしても助かる見込みは低いだろう。
なのに何故、わざわざ話しかけてくるんだ?
「ならば、名乗っておこう。俺様は『マジックアイテムマスター』のゾア。それが貴様が手に掛けた者の名前だ。しかと心に刻んでおけ」
「けっ、そう言われると嫌でも忘れられそうにないな」
にしても『マジックアイテムマスター』って二つ名か。色んな魔道具を使っていたから、いかにもゾアらしいな。
まぁ、もう少し口を利くことができそうだし、俺の方からも色々と聞き出してみようかな?
「死ぬ前に教えろ。テメェの組織は何が目的なんだ? 何で俺を狙うんだ?」
「ば、馬鹿め、敵である貴様なんぞに……教えるものか。そもそも……俺様はもう……これ、までだ……」
そこまで言い終えると、ゾアの手元から何かが飛び立った。
最後の最後に何かをやらかしてくれたようだが、具体的なことを知ろうにも肝心のゾアは静かに事切れていた。
「……死ぬときまで偉そうだったな。って、そんなことよりもゾアの魔道具をどうにかしなきゃ」
今もヴェントがオリディアさんを背に乗せてワイバーンの群れから逃げている筈だ。
しかし、両腕と右足を失った今の状態ではゾアの身体に触れるだけでも一苦労で、ヴェントの『風の加護』を封じる魔道具を破壊するのは時間が掛かってしまうだろう。
「やれやれ……締まらねぇ終わり方だな……ん?」
唐突に強烈な殺気を感じ、猛烈に嫌な予感がした。
首だけを動かして殺気のする方向へと視線を向けると、そこには……。
「ま、まだ生きてやがったのかっ!」
「クオーン!」
よりにもよって、谷底に墜落したワイバーンが地を這いつくばりながら俺の下に近づいていたのだ。
この状況を言い表すとしたら、まさしく絶体絶命と言う以外に他はないだろう。言うまでもなく、この絶体絶命の状況を打破する手立てなんてものはない。
おかげさまで絶望の淵に立たされている気分を味わっている。
「今度の今度こそ万事休すかよ……」
「クオオーンッ!」
碌に動けない俺を殺すべく、ワイバーンが一歩、また一歩と着実と無慈悲に近づいてくるのであった。
果たしてカイトの運命はいかに……。




