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第三十九話 竜の信頼

 谷底に落とされてお次はまさかの空中飛行ときたか。流石は異世界、本当に何でもありだな。何でもあり過ぎて感心すらしてしまいそうである。

 まぁ、それはそうとして……。


「高い! 速い! 怖いーっ!!」


 この恐怖は絶叫マシンなんかとは比べものにならない。安全装置という代物が付いているわけもなく、今や地上からは数百メートル以上も離れているだろう。眼下の谷間が糸のように見える。

 昨日の谷底落下が紐無しバンジーだとしたら、今回の空中飛行は安全バー&高さ制限無しのジェットコースターといったところだろうか。

 いや、他のことを考えて気を紛らわすのはそろそろ限界か……下を見ると高さのあまり否応なしに死を意識してしまう。これが生身ならもう既に恐怖で気絶しているだろうが、鎧の身体では気絶することすら許されない。

 その代わり、情けない声を出してしまっているけどな。


「マジでこえぇよ……頼むから降ろしてくれぇ……」


「カイトは怖がりだな。まっ、どうせそのうち慣れるだろ。それとオレの背中に乗せるから、しっかり掴まっておけよ」


「何に掴まったらいいのっ!?」


 俺の質問に対する返答が無いまま、ヴェントの背中の上に乗せられると、そこには既に先客がいた。


「ワイバーンの群れがカイトに向かって行ったのには驚いちゃったよ。カイトってモテモテだねぇ」


「……お、オリディアさんか」


(空飛ぶ糞トカゲ共にモテても全く嬉しくないんだが)


 そう言い返したいところではあったが、四つん這いになって振り落とされまいと必死で、それどころではなかった。

 対するオリディアさんは涼しげな表情で座っている。ヴェントの背中の上は風が強く吹いているにもかかわらずだ。何らかの手段で風を緩和しているのだろうか……?


「ねぇカイト。まずは何か言うことあるよね?」


「そ、そうだな。ゾアの無力化に失敗してしまった。本当に申し訳ない」


 年下と思わしき少女に向かって、四つん這いで頭を下げながら謝罪する姿は、いささか情けないかもしれない。

 ただ、俺に非があることは明らかで、俺が失敗してゾアに逃げられてしまったのだから、誠意をもって謝罪するのは当然のことだろう。


「まぁ、過ぎちゃったことは仕方ないし、そもそもわたしはそんなに気にしてないよ。重要なのは、これからどうするかってこと」


「なるほど……だったらゾアが乗っているワイバーンを追いかけて、何としてでも倒す」


(碌でもない魔道具を作らせない為にも)


「うんうん、それはわたしも同意見だね。ちなみに聞くけど、カイトの意気込みから察するに倒さないいといけない理由が増えちゃった感じ?」


「そんなところだな。それと俺からも一つ聞きたいことがあるんだけど……どうして俺なんかを助けたんだ?」


 所詮は敵の敵。俺が死んだところで痛くも痒くもないだろうに。ましてや、しくじって足を引っ張っているのだから、俺を切り捨ててもおかしくはない。

 確かに助けてくれたことは有り難いし、本当に感謝している。が、やはり気にせずにはいられない。


「ふーん、そんなことを気にしてたんだ。逆に聞くけどさ、逆の立場だったらカイトはどうしてたの?」


「え、助けるけど」


「即答するとは思わなかったよ。でも、それはどうして?」


「えーと……」


 質問を質問で返されて言葉が詰まってしまう。真意は分からないけど、ひとまずは正直に答えてみよう。 


「そりゃ、死んでほしくないから……かな。死なせてしまったら、間違いなく後悔し続けるだろうし」


(結局のところは後悔したくないってのが一番の理由である。これは誰の為でもなく、自分の為だ。けど『言わぬが花』って言葉もあるし、これは言わないでおくのが吉かな)


 そんな俺の思いとは裏腹に、オリディアさんは話を続けるのであった。


「優しいねぇ。流石、真っ先にヴェントが助けるって言うだけのことはあるよ」


「どういう意味だ?」


「んー、わたしたち『竜』っていうのはさ、相手の気配でどういった人物かを見抜くことができるんだよね」


「つまり……?」


「ざっくり言ってしまえば、信頼に値するかどうか本能で判別できるんだ」


「そんなことができるのか」


「うん、できるよ。きっと、谷底でカイトと出会った瞬間に大丈夫だと判別していた筈だよ。仮に敵意とか悪意を持っていたなら、話しかけることなくその場でカイトを殺してただろうし。で、実際に話してみて信頼できると確信したんじゃないかな」


「……流石は『竜』とでも言うべきか」


 どれ程の精度なのか未知数ではあるが、『竜』を欺くのは容易ではないだろうし、一目で信頼できないと判断されてしまえば、後は何を言っても信じてもらえまい。

 ただ、どうやら俺は信頼に値する人物であると、ヴェントに判別されていたようだ。

 それとここだけの話だが、「美人のオレっ娘とか滅茶苦茶レアじゃん」とか内心で少しはしゃいでいたんだよな。うん、我ながら場違いなことを考えていた気がするが、敵意とか悪意とかは皆無だったのは間違いない。


「わたしは判別するのがまだ苦手なんだけどね。でも、ヴェントはかなり鋭いんだよ。たぶん、姉妹の中だと一番じゃないかな」


「ヴェントには姉妹がいるのか?」


「いるよ。いつかカイトにも紹介してあげるから楽しみにしててね」


「お、おう……」


 何故、わざわざ紹介してくれるのだろうか。

 それはさておき。話を聞く限りではヴェントのお墨付きだから助けてもらえたということになるが、オリディアさんは反対しなかったのかな。少し怖いけど、それでも気になってしまうから聞いてみよう。


「ちなみに、オリディアさんは俺のことは信頼に値すると思えるのか?」


「ヴェントがわたしの前に連れて来た時点で根が悪い人じゃないとは思うけど、まだ何とも言えないかな」


「じゃあ、俺を助けることに反対しなかったのは?」


(さて、どんな返答が来るのやら)


「だって、カイトから聞き出したいことが山ほどあるんだよ。死なれたら聞けなくなるでしょ?」


「あー、そうきたか……」


 実に分かりやすい理由ではある。

 しかし、尋問を続行するとも解釈できるんだよな。ってことはつまり、ゾアを倒しても俺の身の安全は保証されないということになるのでは?


(はぁ、一難去ってまた一難になるのかねぇ……)


「それでさ、早速聞かせてもらうけど、昨日はどうやってその身体を元通りにしてたの?」


「この状況下でそれを聞くのか……」


「いいから答えてよ。カイトにその義務があるんだからさ」


「いつの間にそんな義務が生じていたのやら……まぁいいや」


 オリディアさんは引かない構えのようだし、ここは俺が折れて正直に答えるしか他にあるまい。

 それに、この程度なら教えてもさほど問題はなかろう。


「えーとだな。俺の鎧の身体には自己修復機能があるんだ。つっても時間は掛かるけど」


「へぇ……でも、それだけじゃないよね?」


「もちろん。マナを摂取して吸収することで、損傷した鎧の身体を修復することができる。で、昨日の場合だとドライマナフルーツを食べて修復させたってところだな」


「だから非常食用のドライマナフルーツが底を尽きかけていたんだ。……ちなみに何か言うことは?」


「勝手に食べて申し訳ない。いつか何らかの形でお詫びをさせてくれ」


 早くも本日二度目の謝罪である。お詫びに関しては咄嗟に口から出てしまったが、許しを請う立場だから妥当の提案だろう。にしても、どうお詫びをすればいいのやら……。

 しかし、俺がお詫びに関して思い悩んでいるというのに、オリディアさんはとんでもないことを言い出すのであった。


「ていうことは、わたしがカイトの身体を壊してもマナを吸収させれば元に戻るわけだから……延々と壊すのも可能だよね。ねぇ、お詫びとしてカイトの身体を少しの間だけ貸してくれないかな。せっかくだし、色々と試してみたいんだ」


「どうしてそんな酷いことを考えつくの……」


 嗜虐の色に染まった眼を爛々と輝かせている様子を見る限りでは、冗談ではなく本気で言っていることが窺える。というか、その眼は止めてくれ。身の危険を感じて、今すぐにでも逃げ出したくなるんだけど。


(あっ、よく考えたら空の上だから逃げ出せないや。詰んでやがる……)


 ならば、全力で拒絶するしかない。

 そもそもの話として、誰が創造と破壊が繰り返される生き地獄を受け入れるというのだろうか。もしや……オリディアさんはサディストの類いだったりするのだろうか。発想があまりにも常人からかけ離れているように思える。


「あっははは! そんな身構えなくていいよ。冗談だからさ!」


「そ、そうだよな……ははは」


(ダウト)


 と言いたいところだが、止めておこう。藪蛇になるかもしれん。

 ただ、敢えて言うとしたら、その期待の眼差しを向けない方がいいかな。とても冗談を言っているようには見えないから。

 内心でそう突っ込みを入れているタイミングで、ヴェントが声を掛けてきた。


「二人とも楽しそうに話しているところ悪いが、ゾアを見つけたぞ」


 別に楽しく話しているつもりはないんだけどな。でも、今は誤解を解くよりもゾアを優先するべきか。


「どこにいるの?」


「下だ。谷間を飛んでいる」


「隠れているつもりか?」


 にしてはお粗末な気がする。あのゾアがこうも簡単に見つかるような真似をするのだろうか。

 ワイバーンの群れをけしかけて、自分だけは安全に隠れて高みの見物をしてもおかしくはないのだが。そもそも、肝心のワイバーンの群れが見当たらないのはどういうことだ。あまりにも胡散臭いぞ。


「これって誘ってるよね」


「ああ、さすがのオレでも分かるぜ」


「二人もその結論に至ったか」


 あからさまに、誘っているようにしか見えない。

 だというのに、二人は即決するのであった。


「オレは構わずこのまま仕掛けるけど、いいよな?」


「いいよ。速攻で終わらせちゃえばいいからさ」


「いやいやいや、少しは考えて……うわっ!?」


 俺が言い終えるよりも先に、ヴェントが急降下を開始したのである。

 突然のことで体勢を崩して落ちそうになるも、白くて華奢な手が俺の腕を掴んで引き止めてくれたおかげで、事なきを得た。


「大丈夫?」


「あ、ありがとう……助かった」


「ほら、私の肩に掴まってて。『マジックシールド』で風は防いでいるから、私の近くなら安全だよ」


「何から何まで、世話になってばかりだな……」


「いいからいいから。落ちないようにしっかり掴まっててね」


「あぁ、分かった」


 いやはや、ここまでくると一方的に助けられると情けなくなってくるな。しかも相手は年下の少女だから尚更だ。

 年上として、男としてしっかりしたいところだが、今の状況で俺にできることが皆無に等しいのが現実である。チャンスが訪れるまで耐え忍ぶしかなさそうだ。


「よし、真上から攻めるぞ! 二人とも振り落とされないように掴まっておけよ!」


「……ジェットコースターとか目じゃねぇな」


「え、何か言った?」


「いや、何でもない」


 うっかりオリディアさんの前で変なことを口走ってしまったが、幸い小声だったおかげか上手く聞き取れてなかったらしい。

 次からは気をつけるとして……百メートル以上の高さから急角度で降下するなんて、普通じゃ絶対に体験できないよな。俺としてはそんな体験は遠慮するけど。

 まぁ、現在進行で実体験している最中なのだが、思いのほか恐怖を感じていない。昨日の谷底落下で少しは耐性が付いたのかもしれないな。それと、オリディアさんの肩に掴まっているのも大きな要因だろう。


(まぁ、悪いことではないのだろうけど、年下の少女の肩に掴まって安心感を得るのは男として不甲斐なく思ってしまうな)


 どうにかこの不甲斐ない気持ちを払拭したいところだが、どうすればいいのだろうか。

 等と悩んでる間にも、ゾアが乗るワイバーンとの距離が縮まりつつある。


「ところでさ、このまま突撃してどうするの?」


「決まってるだろ。ワイバーン諸共ゾアを谷底に叩き落してやるぜ」


「そう上手くいくかねぇ……」


「やってみなきゃ分からないだろ」


「それはそうだが、ゾアを甘く見過ぎてないか?」


 ゾアのことだから必ずこっちからの攻撃に備えている筈だ。不用意に接近すると危険なのはこちらではなかろうか。

 しかし、そうは思っても既に遅い。いざという時は俺が頑張るしかあるまい。


「先手必勝! 『ウィンドキャノン』!」


「当たり前のように上級魔法を……」


 『ウィンドキャノン』とは、簡単に説明すると風の塊を砲弾のように発射する魔法だ。威力と速度は共に上級魔法の中でもトップクラスであり、範囲は狭いが単体への攻撃としては優秀な部類に入る。

 そんな魔法が直撃コースで放たれたわけだが、ゾアはどう対処するのやら。

 あわよくばゾアに直撃して終わったらいいのに……と思っていたのだが、そうは問屋が卸さないようだ。

 あろうことか、半透明の壁がワイバーンを覆うように展開され、『ウィンドキャノン』は完全に防がれてしまったのだ。


「『マジックシールド』……いや、あの大きさは『アークマジックシールド』を展開したのか。厄介だな」


 『マジックシールド』は中級魔法だが、『アークマジックシールド』は上位互換である上級魔法である。そしてこの二つの防御魔法に共通しているのは、対魔法に特化していることだ。

 故に上級魔法を撃ち込んだとしても、『アークマジックシールド』が展開される限り通用しないだろう。


「ありゃりゃ、ゾアって意外とやるね」


「オリディアの魔法が通じないなら、オレが直接殴ってやるよ!」


 ヴェントがそう息巻くと、さらに降下速度を上げてゾアが乗るワイバーンへと肉迫しようとする。

だが、その行動も織り込み済みだったようだ。というのも、光り輝く球体をこちらに向かって放り投げたかだ。


「何だあの光る玉は?」


「魔法を発動する魔道具かな? それならわたしも! 『アークマジックシールド』!」


 ゾアが放り投げた魔道具と思わしき球体に対し、オリディアさんも負けじと『アークマジックシールド』を展開した。

 すると次の瞬間には球体が激しい閃光を放ち、大爆発を引き起こした。


「『エクスプロージョン』か……威力は強いけど、防がれることを想定していないとは思えんな……」


 ちなみに『エクスプロージョン』についてだが、上級魔法の中でも最上位の威力を誇る。しかし、範囲が無駄に広過ぎる為に、距離を見誤るともれなく使用者が巻き込まれて自滅してしまう欠点がある。

 他にも爆煙が発生するから視界が悪くなったりするという欠点も抱えているが……あっ。


「マズいな……」


 高速で飛行しているおかげで爆煙の中をすぐさま抜け出したのはいいが、ほんの数秒だけ視界が閉ざされてしまっていた。おそらく、その数秒の隙をゾアは狙っていたのだろう。

 何故なら、ワイバーンの群れに囲まれてしまっていたからだ。


「……谷底を低空飛行させていやがったな」


「してやられたね」


「二人とも意外と落ち着いていられるんだな」


 絶体絶命。と言うにはまだ早いかもしれないが、ゾアの策に嵌められて状況は非常に悪い。ゾアが乗るワイバーンによって頭を押さえられ、残りのワイバーンが頭上に三体配置、背後にも三体配置。

 さらに加えて、谷間ということもあってか左右への移動範囲もかなり限られている。


「わりぃ、オレのせいだ」


 気まずそうにヴェントが謝ってきた。

 確かに、ゾアのことを甘く見過ぎて、浅はかな突撃をしなければこんな状況にはならなかっただろう。

 ただ、実際にゾアと戦ったのは俺だけだし、俺から逃げ出したのだから甘く見てしまうのも仕方ないと言えば仕方ない。


「気にしなくていいと思うぞ。そもそも、引き止めきれなかった俺にも非はあるだろうし」


「二人とも、今は謝る場合じゃないと思うけど」


「そうだな」


 オリディアさんの指摘はもっともだ。この状況を切り抜けた後に、幾らでも謝るとしよう。

 その為にも、何としてでもゾアを倒さないとな。それと、せっかくヴェントが俺のことを信頼してくれているのだから、その信頼にも応えたいものだ。

 と、俺は決意を新たにするのであった。


少しはオリディアさんと距離が近くなったかも?

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