第三十八話 VSゾア
前哨戦です。
色々と情報量が多くて混乱しそうだが、まずは目の前のことに集中しよう。
「どの道、ゾアの奴を倒すっていう目的は変わらないんだ。ごちゃごちゃしたことは無視だ無視」
そう己に言い聞かせていると、ゾアはテント内を一瞥して呟いた。
「ふむ、少し場所が悪いな」
「あん? ってテントがぶっ壊れてやがるのか」
『神格解放』による影響か、俺の足元から亀裂のような筋が大量に広がってテントが崩壊しつつある。このままでは、倒壊するのは時間の問題だろう。
そして、ゾアは奥の出入り口から外に出て行こうとするのであった。
「俺様には下準備をする必要があるのでな。場所を変えさせてもらうぞ」
「はっ、簡単に逃がしてたまるかよ!」
早期決着を目指すべく、即座にゾアの後を追いかけるも……テント内の至る所から魔鋼ワイヤーが射出され、僅かに動きが阻害されてしまった。
「いやらしい罠だなぁ! おい!」
ただでさえ『神格解放』のデメリットで激痛が常に走っている上に、脆くなって徐々に崩壊しているのだ。時間稼ぎをされるのはこの上なく厄介とも言える。
まぁ、魔鋼を素材に使っていても、少し食い込む程度で即座に分解されるから、テントから外に出るのに掛かった時間としては十数秒程度だろうか。
ただし、ゾアにとっては十分な時間だったようだ。
「ん? 暗い?」
外に出ると、俺の周囲が影に覆われていた。そして上を見上げてみると、そこには……。
「ウッソだろ!?」
あろうことか、岩で構成された巨人が立ち塞がっていたのだ。
高さだけならあのヴェントをも上回り、三階建てのビルに匹敵するだろうか。ここまで大きいと、人間を見上げる猫や犬になった気分になりそうだな。
いや、そんな感想を抱く場合じゃねえ。
「まずはアレをどうにかするのが先決か」
岩の巨人が動き出した。一歩踏み出すだけで地面を揺らして地響きを鳴らす様子を見る限りでは、ただの張りぼてではなさそうだな。
「まったく、どうやってあんなデカブツを隠していたのやら。そこが気になるところだが……おっ」
振り上げられた岩の右足が俺を踏み潰すべく振り下ろされる。が、図体が大きくても肝心の動きがあまりにも鈍重だ。
「へへっ、こんだけ遅けりゃ避けるのはおちゃのこさいさいだぜ」
後ろに飛び退いて踏みつけをやり過ごし、地面が揺れる最中に駆け出して振り下ろされた岩の足へと突撃を敢行した。
当然、動きが鈍重な岩の巨人が俺の突撃に対応できる筈もなく、反撃される前に全力で岩の足を殴りつけることに成功。すると殴りつけた箇所はスナック菓子のようにあっさりと砕け、足全体に致命的な亀裂が走った。
「よしっ!こんだけ簡単にぶっ壊れるってことはやっぱり作られた物か!だったら俺の敵じゃねぇ!」
壊れ具合からして、『神格解放』の効果が通じているに違いない。そうと分かったからには、岩の巨人はもはや脅威になり得ない。
というわけで、さっさと足を完全にぶっ壊して地に這いつくばらせてやるか。
「もういっちょっ!!」
即断即決で同じ箇所を全力で殴りつけるとさらに致命的な亀裂がより広がり、ついには限界を迎えて岩の足の大部分が粉々に砕けた。
そうして片足だけとなった岩の巨人はバランスを崩し、成す術もなく倒れ込んで砂煙を巻き起こすのであった。
「ふん、ただの案山子もいいところだな。って、ゾアの奴はどこに行きやがった?」
辺りを見渡すも砂煙によって視界が遮られてしまい、どこにいるのか見当もつきそうにない。
ひとまず周囲を警戒していると、意外にも近くから声が聞こえた。
「貴様の力の前では、即席で作った『ジャイアントロックゴーレム』なんぞ相手にもならないか。しかし、時間稼ぎできただけまだマシとも言えるか」
「即席だと?」
そう呟いた次の瞬間、砂埃が風によって吹き飛ばされて視界が回復した。するとそこにはテントの残骸があり、隣には巨大な穴があったのだ。
「何だありゃ……いや、待てよ」
記憶が正しければ、確かテントは岩陰に建てられていた筈だ。なのにその岩がない。ということは……。
「あの岩でジャイアントロックゴーレムとやらを作ったっていうのか? たったの十数秒で?」
自分で言っておいてなんだが、あまりにも荒唐無稽過ぎる。どうやってたった数十秒であんな巨大なゴーレムを作るというのだ。
ただ、それを悠長に考える暇はなさそうだ。
「そうだ。そして死ね」
「あん?」
背後から殺気のこもったゾアの声が聞こえ、反射的に振り向こうとする。が、振り向くよりも先に背後で強烈な爆発が起き、たまらずよろめいてしまった。背中全体から痛みが走っていて、そこそこ損傷してしまっているようだ。
今度は何が起きたんだ?
「いってぇな……」
「『エクスプロージョン』を身に受けておきながら、その一言だけで済ませるというのか」
「不意打ちで上級魔法かよ。えげつないことをしやがる」
しかも詠唱無しときた。いや、あるいは魔道具の類だろうか。なんにせよ、油断できない相手であることは確かだな。
次の攻撃に警戒しつつ振り向くと、ゾアが俺を見据えて口を開いた。
「ふむ……そういうことか。俺様が作った道連れ用の指輪が通じなかったから、奴らは貴様の抹殺に失敗したのだな」
「今、何て言った?」
納得したようにゾアが語っていたが、俺はそれどころではなかった。何故なら、どうしても聞き捨てならないことを言ったからだ。
「聞き間違えじゃなければ、アンタが自爆する指輪を作ったことになるんだが……その認識で合っているんだよな?」
「如何にも。俺様が手ずから設計して作り上げた代物ぞ」
「へぇ、よく作ったもんだな。まっ、俺には通用しなかったけど」
「ほざけ。情報漏洩防止を目的としていた物を流用して改造したばかりの物だ。貴様に通用しないのなら、改良すればいいだけのことよ」
「……ほう」
軽く煽ってみたらさらなる事実が発覚した。
つまるところ、ロブやフェリンがはめていた指輪もゾアが作ったことになる。にしても、こんなところでド畜生指輪を作った張本人と出会うとは思わなんだ。
「テメェをぶっ倒さなきゃならない理由が増えちまったな」
(あんな非人道的な魔道具を二度と作らせるものか。絶対にここで倒してやる)
と、内心で意気込んでいたら、ゾアの奴は鼻で笑いやがった。
「ふっ、何を言うかと思えば。貴様ごときがそんな大口を叩くとはな。浅はかな行動や口振りからから察するに、貴様は未熟者よな」
「だから? それがどうしたっていうんだ?」
「いやなに、色々と考察していてな……お喋りはここまでにして再開しようではないか」
「……それは俺も同意見だな」
何を考察していたかはさておき、『神格解放』が解除される前に決着をつけるのが理想的である。
ただ、このゾアという相手は一筋縄ではいかなさそうだ。
「貴様を滅ぼすには骨が折れるだろうが、手間を惜しむわけにはいくまい。久々に身体を動かさねばなるまいな」
何をするつもりだろうか?
仮に魔道具によって強力な魔法を使われたとしても、『エクスプロージョン』程度なら真正面から強引に突破することは可能。より脅威であるホーミングスティンガーはテントから持ち出せなかったのか、手には持っていない。
それでも、冷静を保っているのが気掛かりだが……やむを得ないな。
「近接戦なら望むところだぜっ!」
そう雄叫びを上げながら駆け出した。
元より俺には時間が限られていて、手をこまねく暇などは無い。今も上空ではヴェントがワイバーンの群れに追い回されている。いつまでも逃げ続けれるとは限らないし、ここで一気に勝負を決めねば。
「愚直だな。まぁ、戦いやすいから歓迎ではあるが」
俺の心境なんてお構いなしにゾアは嘲るが、どうしてそこまで余裕でいられるのだろうか。
油断しているだけならいい。だが、俺の想像もつかない手札をまだ持っているとしたら……その時は踏み越えてやるだけのこと。ゾアの度肝を抜いてやるぜ!
「勇ましいのはいいが、俺様に言わせてもらえば蛮勇だぞ。ほれっ」
懐から何かを取り出すと、俺の足元に投げつけてきた。
何らかの強力な魔法を発動する魔道具かと思って反射的に身構えるも、その行為は無意味に終わってしまう。
だって、視界を奪う程の激しい閃光を放ったんだぜ?
「うおっ!? 眩しいっ!?」
目くらましによく使われる初級魔法の『フラッシュ』でも発動したのだろうか。
ものの見事に裏をかかれたが、生身の身体じゃないおかげか視界はすぐに回復した。しかし、今度は黒い何かによって視界が遮られていた。
「何だこれ?」
「未熟者め。無駄口を叩く前に行動に移らんか」
黒い何かの向こうからゾアの声が聞こえた。
いつの間にか急接近していたらしく、気づいた時には黒い何かごと俺は殴り飛ばされ、仰向けに倒れてしまった。しかも殴られた顔面は若干ひしゃげたのか、かなり痛い。
「ぐあっ!?」
「む、思ったよりも柔らかい……これはいったい?」
「クソっ! 何なんだよこの黒いのは……布?」
手に取ってよく見ると布だった。黒い布といえば確か、ゾアは黒いローブを身に纏っていた。ということは、脱いで俺に投げつけたということか。
「まさかそんな使い方をするとは……」
「おい、呆けている暇は無いぞ?」
「くっ」
嘲る声が聞こえ、嫌な予感がしてその場から転がって離れると、俺が倒れていた場所にゾアが足をめり込ませていた。
跳躍で距離を詰めながら踏みつけてきたってところだろうが……地面にめり込ませるなんて、どんな脚力しているんだよ。
「無様だな。そんなんでこの俺様を倒せると思っているのか?」
「うるせぇっ! 勝負はこれからだ!」
ばねのように跳ね起き、焦りを隠すように大声で言い返した。
そして、黒いローブを脱いだゾアと改めて向き直ったが、その素顔を見て少し驚いてしまった。
「とてもじゃないが、魔道具の設計や作成をしている人間には見えんな……」
「ぬかせ。容姿なんぞ関係なかろう」
ごもっともで反論の余地は一切ない。
けど……まさかスキンヘッドで顔の彫が深くて、服の上からでも分かるくらい筋肉が逞しくて立派な体格をしているとか、いくら何でも想像の斜め上にいき過ぎだろ。
どっからどう見ても武闘派の人間なんだよなぁ。
「まぁ、気を取り直して……次はこっちからいくぜ!」
「懲りない奴め」
駆け出しつつ、ゾアの言葉を無視して俺は思考を巡らせていた。
さっきは完全な不意打ちで殴られたが、余裕で数メートルは飛んだだけではなく、顔面がひしゃげてしまった。『神格解放』によって脆くなっているとはいえ、ただの拳でひしゃげるというのは、どう考えても普通ではない。
姫様と呼ばれる少女のように例外なのかもしれないけど、ゾアの場合だと魔道具によるものかもしれんな。とりあえず、試しに殴ってみれば何か分かるだろう。
「喰らえっ!」
「大振りで雑な攻撃なんぞ、避けるのは容易いぞ」
「はっ! 当たるまで続ければいいだけなんだよ!」
「相変わらず減らず口をたたきよって、いつまでその威勢が続くのやら」
「テメェをぶん殴るまでに決まってんだろ!」
と、言い合いながら攻防を続けるも、意外にもゾアの身のこなしが軽く、悉くの攻撃が躱されてしまった。
いや、ゾアって本当に武闘派だよな。
「ほれ、胴体ががら空きだぞ」
「ぐふっ……まだまだぁっ!」
隙を突かれて拳が腹部にめり込んで鈍い痛みが走るが、無視して反撃の拳を繰り出す。さすがのゾアも至近距離からの攻撃は躱せないと判断したのか、両腕をクロスして防御の構えを取る。
しかし、ゾアのその判断は間違いだった。
「貴様ごときの拳なんぞ……ぬぅっ!?」
「へへへっ、甘く見過ぎじゃねぇのか?」
俺の拳はゾアの腕で防がれるも、その腕の皮は破れて肉が裂け、血が流れ出てしまっている。
「おのれっ!」
負傷した腕を庇い、ゾアは飛び退いて俺から距離を取った。
「おいおい、さっきまでの余裕はどうしたんだよ?」
どうやら俺の怪力は思いもよらなかったらしい。
『神格解放』によって力が倍増されている状態だからな。全力で殴りつけられたらひとたまりもないだろう。
それでも、防御に使った腕が裂ける程度に済ませるとは……一体どうなっているんだ?
「『オーガバングル』で肉体を強化していたというのに……貴様の馬鹿力は末恐ろしいものだな」
「ははーん。そんな魔導具を使っていたのか」
道理でゾアの拳が俺に通用したわけだ。
いやはや、色んな魔道具を装備しているな。他にもまだまだ魔道具を持っているかもしれないけど、果たして俺に通用するのかね。
通用しないと判断したから近接による肉弾戦で挑んできたと思うが、それはゾアの出方次第で分かることだな。
「さぁて、殴り合いを続行しようじゃねぇの」
「生憎だが御免被る。貴様のような化け物と殴り合いをしていたら、身体が持たんわ」
「つれないこと言うなよ。てか、アンタもついに俺のことを化け物呼ばわりすんのか」
未熟者だとか言っていたくせにな。
まぁ、それは別に構わないが……ゾアの奴はこれからどう戦うつもりだろうか。魔法を発動する魔道具は俺に効き目薄いし、俺に接触する魔道具のほとんどは『神格解放』による効果で即座に破壊されるしで、頼みの綱と思わしき肉体強化のオーガバングルを装備しても、俺の攻撃が直撃したらタダじゃ済まないから近接戦も断念してる。
もしかして、詰みかけているのではなかろうか?
「認めたくはないが……貴様は間違いなく強敵だ。単独で魔王軍を退けたという話も事実なのだろう。忌々しき女神の下僕は伊達ではないな」
「女神だと?」
ゾアの言う女神とは、まさかあの神様のことを指しているのだろうか。ただし、下僕になった覚えは無いけどな。
というか、ゾアの属する組織とやらは神様と敵対関係にあるのか? だとすると、昨日の連中が俺のことを異様なまでに敵視していたり、ゾアが俺を優先したりするのも納得はいく。納得はいくが……昨日の連中はどうやって俺と神様を結びつけたというのだ。
ただ、今はそのことを考えるべきではないな。
「で、結局は何が言いたいんだ。諦めて降参でもするのか?」
「馬鹿め。俺様が降参するわけなかろう。貴様を屠る手段はまだあるのだからな」
「じゃあ、その手段を使う前にとっとぶっ倒してやるよ!」
と言って駆け出そうとするも、突如として目の前に巨大な岩が降ってきた。
「なんだなんだ……あ、まだ動けるのかよ」
倒したと思い込んでいたジャイアントロックゴーレムが這いつくばりながら、俺とゾアの間に巨大な岩の腕を振り下ろしたのだ。
だが、無駄な足掻きでしかない。
「邪魔すんな!」
即座に拳で岩の腕を粉砕してゾアへと肉迫する。
当然、距離を取ってくるだろうと予想していたのだが、何故かジャイアントロックゴーレムの残骸に触れていた。
「何のつもりか分からんが、このチャンスを逃す手はないぜ!!」
「ふん、粋がるのも今のうちだぞ」
あともう少しといったところで、ゾアが触れていた残骸の岩が人型になって立ち上がり、俺の前に立ち塞がった。
「はぁっ!?」
振り下ろされる岩の腕を両腕によるクロスで防ぎ、返しの払い蹴りで岩の足を砕いて転倒させ、頭を踏み抜いて黙らせた。
防御に使った腕は少しヒビが生じたが、それは別に問題ない。問題なのは、ゾアが一瞬で岩のゴーレムを作り出したことだ。
「どんな手品を使えばそんな芸当ができるんだよ。いや、この場合だとスキルか」
「俺様が持つスキルは『魔道具速成』といってな。材料と魔力さえあればその場ですぐに作り上げることができる代物だ」
「ご丁寧に説明ありがとうよ……って、とんだチートスキルじゃねえか!!」
「チート? 何を憤っているのか分からんが、このスキルはそこまで万能ではなくてな。一度作った物でなければ発動して作ることができぬ」
「あー、そういう制約はあるんだな」
コツコツと作っていく必要があるから所謂、大器晩成型のスキルというわけだ。だとしても、俺の『鎧化』に比べてその汎用性は恐ろしく高いのではなかろうか。時間は要するが、性能はチートスキルに相当すると思う。
「しかし、貴様は本当に間抜けだな。俺様の無駄話に付き合ってこれたおかげで、これだけ作ることができたぞ」
「えっ?」
気づいた時には時すでに遅し。ゾアを守るために大量の岩のゴーレムが立ちはだかっていた。
ジャイアントロックゴーレムの姿は見る影もなく、ただの岩の塊と化している。材料として再利用されたのだろう。
「しまった!」
「『ロックゴーレム』ども、ワイバーンがここに来るまでの時間稼ぎを頼んだぞ」
「……洒落にならねぇな」
「そうであろう。貴様にはワイバーンへの対抗手段がないのだからな。本来なら俺様の手で貴様を下したかったが、この際は仕方あるまい」
俺にワイバーンをけしかけるつもりのようだ。
そうなってしまえばゾアとワイバーンを分断した意味がなくなってしまうし、囮となっているヴェントの苦労も無駄にしてしまう。
「そうはさせてたまるかよっ!」
「ワイバーンども! 追いかけっこは止めにして俺の元に来い!!」
ロックゴーレムを次々と粉砕しながらゾアの元に迫ろうとするも、如何せん数が多過ぎる。
上空ではゾアの呼びかけに応じたワイバーンの群れが急旋回して急降下しつつある。しかも、ダメ出しと言わんばかりに、さらなるゴーレムを投入してきやがった。
「いけ、『ビックロックゴーレム』! 奴を俺様に近づけさせるな!」
「まぁたデカい奴か」
ジャイアントロックゴーレムより大きさはかなり劣るものの、『魔獣の森』で戦った鼻無しよりも大きい。
「材料ならまだあるからな。もう一体追加してやろう」
「いらんっ!」
叫び返して拒絶の意を示すが、無情にもビックロックゴーレムがもう一体姿を現した。
ただ、材料切れになったのかそれ以上の追加はなかった。だが、厄介な状況であることには変わりない。
「どけぇっ!!」
ビックロックゴーレムは両手を組んで振り下ろしてきて、対する俺は身を捻ってからの右アッパーで迎え撃つ構えだ。
岩の塊めいた手と俺の鎧の拳が激突すると、その衝撃で瞬く間に岩の手に亀裂が走って粉々に砕け散った。
「次ぃっ!!」
二体目が不意を突くように横から両手で掴み掛ろうとしてくるのに対し、俺は両手を突き出して身体が掴まれるのを防いだ。それから力比べが始まるも、数秒も経たないうちにビックロックゴーレムが押し負ける形で拮抗が崩れ、しまいには『神格解放』の効果によって岩の手が崩壊。
「くぅっ! あともう少しなのに!」
上を見上げるとワイバーンの群れがどんどん近づいているのが見て分かる。その背後ではヴェントが一体ずつワイバーンの数を減らしてはいるが、とても間に合いそうにはない。
「さて、回復ポーションで腕も治ったことだし、貴様の足止めに専念させてもらうとしよう」
「テメェだけ高みの見物かよ! ふざけやがって!」
そう怒鳴りながら群がってくるロックゴーレムを蹴散らして突き進む。
なのに、そんな俺の努力を嘲笑うかのように、ゾアはとんでもない物を放り投げてきやがった。
「生半可な物量では貴様は倒せないが、足止めだけならどうとでもなりそうだな」
「今度は何を……ってそれは!?」
放り投げられたソレは既視感のある輝きを放ち、両腕をクロスした瞬間には強烈な爆発を引き起こした。それも周囲にいたロックゴーレムを巻き込みながら。
酷使した両腕はボロボロになってきたが、まだ十分に動く。そのことを確認してすぐさま駆け出そうとする。しかし、背後から岩が降り注いできたのであった。
「ぬおぉぉっ!?」
「ははははっ! 岩に埋もれておけ!」
あの『エクスプロージョン』は俺ではなく背後にいたであろうビックロックゴーレムが狙いだったのだろう。で、俺を押し潰すように降り注いできた岩は、ビックロックゴーレムの残骸に違いあるまい。
そこまで分かったのはいいけど、何とか岩をどかして脱出した頃には何もかもが手遅れだった。
「貴様はそこで己が滅びゆくのを待つがいい! 俺様は文字通り高みの見物と洒落込ませてもらおう」
と言い残し、ワイバーンの背に乗って上空へと飛び去って行ったのだ。
「俺の方が詰んじまったかもな……」
小さくなっていくゾアの姿を眺めつつ、小さくそう呟く。
そして、俺に狙いを定めたであろうワイバーンの群れが視界に入るが、もはやどうすることもできない。
「『神格解放』はちょうど解除されたけど、さすがに『スティンガーショット』は何発も耐えきれないだろうなぁ」
万事休す。と思っていたら、俺の名を呼ぶ声が聞こえてきた。
「カイトォォォッ!!」
「ん? この声はヴェント……ひぃっ!?」
声のする方向に振り向くと、とんでもないスピードで迫ってくるヴェントの姿が視界に飛び込んだ。
敵意は感じないけど、あまりの迫力に小さな悲鳴を上げてしまった。聞かれてないよな?
「で、俺に何の用があるんだ。今ならゾアを狙うことができただろうに」
しかも、ワイバーンの群れのヘイトが俺に向いている絶好のチャンスだというのにな。
まさか俺を助けるというのだろうか。
「拾うからそこを動くなよ!」
「おいおいおいおい、それはちょっと……」
まだ心の準備ができていない。
だけど悲しいかな。低空飛行に移行するとスピードを緩めるどころかさらに加速し、ヴェントの大きな手が瞬く間に眼前に迫った。
そうして、心の準備をする間もなく俺の身体は掴まれ、そのまま一気に大地から引き離されてしまったのである。
今回登場した『オーガバングル』ですが、実はとある小説に出てきた物を参考にしています。その小説を読んでいなければ、今回の発想は出てこなかったでしょうね。




