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第三十五話 唐突なる襲撃

今回もオマケ付きです。

 ヴェントとオリディアさんが寝てからどれ程の時間が経っただろうか。

 鎧の身体の修復があまり進んでないのだから、大して時間は経ってないとは思うが。


「暇だな……」


 何もすることが無い。

 いや、何もすることができないのが正しいか。まともに動かせるのが片腕と指一本だけという、恐ろしく悲惨な状態なのだ。

 もはや物理的に身体を移動させるのが困難を極める。


「まぁ、どうにか移動できたとしても……逃げ切れるとは限らないけど」


 きっと彼女たちは俺を逃がすつもりはないだろう。しかも異常な力の持ち主であることを踏まえると、生半可な方法では逃げ切れまい。

 それに、谷底に落ちる途中で感じたプレッシャーの持ち主は十中八九でヴェントに違いない。未だに正体は不明だが、並の人間ではないのは確かだ。でなければ、こんな谷底に住処を構えるとは思えん。


「あるいは……本当に人外だったりしてな」


 見た目は美しいけれども、それが仮の姿である可能性も否めない。何せ、ここは俺の知っている世界の常識が通じない異世界なのだから。

 となると、オリディアさんも人外である可能性が浮上するわけだ。

 人間離れした美しいあの二人が仮の姿をしているとしたら、本当の姿はどうなっているのだろうか。どうも好奇心がくすぐられてしまう。


「つっても、本当の姿を拝むときは俺の終わりかもしれないけどな」


 その時はオリディアさんが冥途の土産とか言ってきそうだ。

 俺としてはそんな展開は何が何でも避けたいし、穏便に逃走を図るのが妥当か。


「足さえ修復できればこの部屋から出ることができるんだが……太ももだけじゃどうしようもないな。ホントさ、どうしたらいいんだよこれ」


 詰みかけている状況を改めて認識し、焦りを募らせていたその時であった。

 唐突に出入口のドアが爆発して木端微塵になって消し飛んだ。

 しかも威力が強かったのか、部屋の中央にいる俺のところまで爆風が届き、部屋の隅に吹き飛ばされてしまう。


「おいおいおいおい! いきなり何だ!? ドッキリにしては激しすぎるだろ!」


 驚きのあまりに変なことを口走ってしまうが、鎧の身体は無傷だ。その代わり、部屋の中が滅茶苦茶に荒れてしまい、天井に吊るされている照明器具のマジックアイテムが今にも落ちてしまいそうだ。

 いやぁ、酷いことをするもんだ。と、他人事のように考えていると、寝室のドアが勢いよく開け放たれる。


「カイト! これは一体どういうことだ!?」


「うわー、カイトも滅茶苦茶なことするねぇ」


 寝室からヴェントとオリディアさんが飛び出し、目の前の光景を見るや否や俺を犯人だと断定していた。

 一応は俺も被害者なんだが……この流れはマズい。さすがに弁明しておかなければ。


「待ってくれ俺がやったわけじゃない! 急に扉が爆発したんだ! 信じてくれ!」


「お、そこにいたのか。って、足が元に戻りかけてないか?」


「ホントだ。ねぇねぇ、それってどうなってるの?」


「えーと、これはだな……」


 ヤバい。これこれでもっとマズい状況になりかねないぞ。

 自己修復に関しては伏せていたからな。それを知ったら逃げ出す可能性が高いと判断されるだろうし、そうなるとこの二人から逃げ出すのはもっと厳しくなる筈だ。

 とにかく、苦し紛れでもいいから話を逸らさないと。


「そ、そんなことよりもさ、魔法でドアが爆破されたんだぜ。そっちの方を気にしなくてもいいのか?」


「むぅ、それもそうか」


「仕方ないね。だけど後できっちり問いただすから、覚悟はしておいてよね」


「あ、あぁ……」


 俺がそう返事すると、二人は部屋から出て行った。


「その場しのぎはできたが、まだ安心するにはほど遠いか」


 何しろ状況的に考えて、誰かがこの部屋を故意的に狙って魔法で攻撃したとしか考えられないからな。つまりは襲撃というわけだ。

 その誰かとは、俺を谷底へと落とした黒いローブ男ぐらいしか思いつかないが……強力なワイバーンの群れを従えているにもかかわらず、単身でここを襲撃するのは考えづらい。

 だとしても、他に誰が襲撃するというのだろうか?

 といった疑問を抱くも、次の怒声で疑問は解消されることとなった。


「何だお前ら!?」


「全員黒いローブを身に着けてるけど、アレの仲間なのかな?」


 どうやら襲撃者は複数人いるらしく、全員が黒いローブを身に着けているようだ。服装や状況からして、ワイバーンを従える黒いローブ男の仲間である可能性が高い。


「で、襲撃の目的は……ヴェントとオリディアさん?」


 と口にした矢先、とんでもない事実が発覚したのである。


「やはり『風の眷属竜』がいたのか。それと金髪の少女は情報にはないが……構わん殺せ。だが油断はするな。総員、気を引き締めて掛かるぞ! そして中にいるであろう鎧男を必ず抹殺するのだ!!」


「いや、俺が狙いかよ!」


 予想外過ぎて思わずツッコんでしまった。

 ヴェントとオリディアさんが狙われていると予想していたし、彼女たちも俺と同様に意外そうにしていた。


「コイツらの目的ってカイトのことか? てっきりオレが狙いかと思ってたけど」


「んー、鎧男といったらカイトしかいないよね。カイトは何をやらかしたんだろう……って、危ないよ」


 オリディアさんが注意を促すと、襲撃者と思わしき複数の男の声が次々と聞こえてきた。


「『ファイアボール』!」


「『ウィンドアロー』!」


「『ロックランス』!」


 燃え盛る音、鋭い風切り音、破砕音などが破壊されたドアの向こうから響く。言い放たれた言葉はどれもゲーム内で聞いたことのある魔法の名前ばかりだ。

 だが、襲撃者たちが使う魔法よりもどうしても気になることがあった。


「にしても『風の眷属竜』か……。何だか凄い二つ名みたいなのが出てきたな。オリディアさんのことは情報にないとか言ってたし、ヴェントのことだよな」


 となると、ヴェントの正体は『竜』ってことになるのだろうか。確かに、人間離れした力の持ち主ではあるし、『竜』ならあのとんでもないプレッシャーの持ち主であっても納得はいく。

 ただし、『竜』がどのような存在なのかは俺にはよく分からない。ゲーム内に実装されていなかったからな。


「しっかし、大層な二つ名だな。名前からして風を操ったりするのか? ヴェントが『竜』になった姿を是非とも拝んでみたい気もするけど……今はそんな呑気なことを言ってる場合じゃねえな」


 兎にも角にも、襲撃者の目的がはっきりしたわけだが、どうも腑に落ちない。

 普通なら、谷底に落ちたら死んだと判断してもおかしくないだろうに。俺が異様に頑丈であることを襲撃者たちが知っているのなら話は変わるけど。


「まぁ、それはさておき……どうすっかなこの状況は」


「おい! ドレスが汚れてしまうだろ! これは大事な貰いものなんだぞ!」


「このワンピースはわたしのお気に入りなんだけど。カイトったら、面倒な連中を連れてきちゃったね。後で文句を言っておかないと」


 二人はとてもご立腹の様子。

 しかもオリディアさんに至ってはヘイトが俺に向かっていて、さすがに身の危険を感じざるを得ない。

 というか、二人とも命じゃなく服の方が大事なのかよ。


「文字通りの人外故の発言かもしれないけど……いくら何でも余裕があり過ぎだろ」


 実際に人外かどうかはまだ不明だが、一斉に魔法を放たれてもなお服の心配をしているのだから、二人がとんでもないということを改めて認識させられたものだ。

 しかし、多勢に無勢という展開もあるかもしれないし、少し心配である。


「とは言ったものの、未だに修復はまだ不十分だからな……ん?」


 ふと視線を向けた先には割れた壷があって、何かが床に散らばっていた。きっと、吹き飛ばされたドアの一部が直撃したのが原因だろう。


「確かヴェントが食べていたやつか。どれどれ」


 身体を捩らせて近くまで移動すると、散らばっていた物は乾燥した青いフルーツであり、そこまで認識してようやく正体が判明した。


「おっ、これってドライマナフルーツじゃん。ゲーム内でも非常食として使っていたのが懐かしいな」


 ドライマナフルーツとは、マナポーションの材料として使われるマナフルーツを乾燥させることで、作成が可能となるアイテムである。魔力の回復量はマナポーションより遥かに劣るものの空腹を回復させる効果があり、さらには携帯性にも優れて大量に所持することができ、長期戦の際にはよく重宝されていた。


「何時ぞやの“廃エンドコンテンツ”でお世話になったもんだ。……いい思い出なんかじゃないけど」


 ともあれ、爆風で吹き飛ばされたのは僥倖である。鎧の身体を即座に修復させる算段が付いたのだからな。

 ヴェントには後で事情を説明するとして、有り難くいただくとしよう。


「さぁて、お味の方は……うん、やっぱり甘ったるいか」


 感想を述べつつ、犬のように床に散らばったドライマナフルーツをひたすら食べていた。我ながら惨めな絵面だとは思うが、仕方ないと割り切って深く考えないようにしている。

 そうして、ヴェントとオリディアさんによって砕かれた指の修復を優先し、指が修復されると壷の中から取り出して食べることができるようになった。


「これで少しはマシな食べ方ができるな」


 壷の中から次々とドライマナフルーツを取り出しては口の中に放り込み、鎧の身体の修復を急いだ。

 ただ、完全修復に至った頃にはドライマナフルーツは底を尽きかけていて、そこそこの時間を要してしまったようだ。


「これだけ食べてようやく完全修復か。やっぱり、修復に手間が掛かるのが難点だよな」


 ともあれ、自力で移動ができるようになったのだ。

 己の足で歩くのは数時間ぶりだろうか。一日も経っていないのに、解放感や達成感めいたものを感じている。


「いやぁ、自力で歩くだけでこんなにも感慨深い気持ちになれるとは思わなんだ」


 で、これからどうしたものか。

 戦闘音は未だに聞こえているし、逃げ出すのなら今がチャンスかもしれないが……どうもその気になれない。


「逃げ出したら間違いなく追いかけてくるだろうからな」


 もちろん、理由はそれだけではない。

 襲撃者たちと対峙する彼女たちを置いて逃げるのは気が引けてしまうし、そもそも俺が原因でここが襲撃を受けたのだ。

 ならば、俺が襲撃者たちと対峙するのが筋というものだろう。


「後はまぁ……あの連中からは聞き出したいことが山ほどある。どうにか聞き出したいな」


 上手くいくかはさておき、やることが決まったからさっさと加勢しに行くとするか。

 戦闘はまだ続いていて、部屋の出入口からは襲撃者たちの怒声や激しい音が絶えず聞こえている。

 

「状況はどうなっているのやら……」


 そう言いつつ、慎重に顔を覗かせると驚きの光景が広がっていた。


「何なんだあの少女は!?」


「クソォッ! どれだけ頑丈なんだあのシールドは!」


「ええい、弱音を吐くな! 攻撃の手を緩めるな! 向こうの魔力が尽きるまで魔法を撃ち続けろ!」


「で、ですが! 先に魔力が尽きるのはこちらの方では!?」


 あろうことか、襲撃者たちは数で有利な筈なのに攻めあぐねているようだ。

 対する彼女たちの方はというと。


「口ほどにもないなコイツらは」


「だねー。こうして『マジックシールド』を貼っているだけで手も足も出ないんだからさ」


 オリディアさんが片手をかざし、『マジックシールド』という防御魔法を使って半透明のシールドを展開していた。ヴェントはその背後で照明のマジックアイテムを片手に持っているだけで、手持ち無沙汰にしている。


「俺の出る幕はないのでは?」


 思わずそんなことを口に出してしまう程に、彼女たちが圧倒的に有利な状況に思えた。放っておいても、自動的に勝利が確定するのではなかろうか。

 だとしても、ここは敢えて出るべきだな。と、意を決して彼女たちの元へと足を踏み出して声を掛ける。


「よっ、暇そうだな」


「ん? カイトか。お前……その身体はどうしたっていうんだ?」


「なになに、カイトがどうかしたの? え、何で普通に歩いてるの?」


 戦闘中にもかかわらず、二人は襲撃者たちを無視して俺を注視していた。

 さすがにそれは慢心のし過ぎではなかろうか。ただし、襲撃者たちにも同じことが言えたのであった。


「鎧男が生きているぞ! やはり『風の眷属竜』に助けられて匿われていたな!」


「いやいや、俺はお持ち帰りされて尋問されていたんだが」


 先程から怒鳴り散らすリーダー格と思わしき襲撃者にツッコミを入れてみるも、耳に入らなかったのか反応はなし。

 それどころか攻撃の手を止めて、襲撃者たち全員が俺に視線を向けている始末だ。

 何故か、俺が登場しただけで戦闘が中断されてしまったようだ。


「総員、魔剣の準備をしておけ! 『風の眷属竜』とそこの少女は捨て置いて構わん! 鎧男だけを絶対に殺すんだ!!」


「カイト……どこでコイツらの恨みを買ったんだ?」


「うわぁ、さっきと違って凄く殺気立ってるよ。ねぇねぇ、何でカイトは狙われているのかな?」


 二人が若干引き気味になる程に、襲撃者たちの殺気が膨れ上がり、フードを深く被っているのに憎しみの籠もった視線すら感じる。

 確かに、恨まれる心当たりがあるといえばあるけども、いささ度が過ぎているような。それこそ、まるで憎き因縁の仇だと言いたげな雰囲気だ。


「正直なところ何とも言えないが、話をするのは後回しにさせてくれ。俺がアイツらの相手をする」


「へぇ、それはどういうつもりかな。わたしたちからの信頼を得たいから?」


「いいや違う。俺が原因でアイツらが襲ってきたみたいだし、俺が対処するのが道理だと思ってな」


「随分と殊勝な心掛けだね。だけど、どこまでが本音なの?」


 あまり信用してない様子だな。まぁ、実際に俺は色々と隠し事があるし、疑われるのは仕方のないことだ。

 ただ、見かねたのかヴェントが助け舟を出してくれた。


「いいじゃないか、オレたちに味方して代わりに戦ってくれるなんて、男前なことを言ってくれてるんだ。せっかくだから、カイトにやらせてみようぜ」


「ふーん、ヴェントがそこまで言うのなら、ここはカイトに任せるよ。それに、実力を確認するいい機会になりそうだしね」


「あまり期待しないでくれよ」


 とは言ったものの、今までに殺してきたランク『B』帯のモンスターたちや謎の銀騎士、ワイバーンなどと比べると、目の前の襲撃者たちの実力は大したことなさそうに感じる。

 魔剣を持っているとはいえ、よほどの初見殺しでもない限りそう簡単には後れを取ることはないだろう……たぶん。


「じゃ、オレたちは部屋の片付けしてくるから、後は頑張れよ」


「また後でね。あっ、一応言っておくけど逃げたら駄目だからね」


「この状況下で片付けをするのか……って、逃げるわけないだろ」


 男に二言はない。と続けて言おうとしたのだが、照明のマジックアイテムが二人がいた場所に置かれていて、肝心の二人は既に背中を向けて部屋へと歩いていたのであった。

 本当に片付けをしに行くつもりなのだろう。


「で、ここからは俺一人か」


 ここ最近は鎧の身体がボロボロになるような苦戦ばかりだったけど、今回ばかりは楽に戦えるといいな。

 内心でそう祈りつつ、殺気立つ襲撃者たちと対峙した。




オマケという名の蛇足


 『魔獣の森』にて、野営をする一団がいた。ほとんどの者は統一された装備を身に纏い、一際大きなテントを中心に厳重な警戒態勢を敷いている。

 そのテントの中からは、女性と思わしき声が聞こえてきた。


「い、今更だけど……本当に同じテントで寝てもいいのかい?」


「別にわたしたちは別のテントで寝てもいいんですよ?」


「お気になさらず。お二人は特別なお客様でもありますし、お願いしたのはこちら側ですから」


「その通りです! それに今回はお忍びですから、誰かに咎められることはありません。だから遠慮しないでください」


 声からして人数は四人であり、全員が若い女性である。テント内はまさしく乙女の花園と化していると思われるが、声からして一部の人は緊張している様子だ。

 というのも……。


「早速ですけどマリンダさん。カイトさんの活躍についてお詳しく話してくれませんか?」


「あぁ、やっぱりカイトのことか……」


「わ、わたくしも聞きたいです!」


「ふむ、姫様が気に掛けているお方ですか。わたしも気になりますね」


 ここでマリンダという名前と、姫様という単語が出てきた。

 商人の娘であるマリンダと王族である姫様との身分差は、まさしく『雲泥の差』という言葉が当てはまることだろう。

 だからこそ、相手が相手なだけにマリンダが畏まって緊張してしまうのは当然とも言えよう。


「えーと……何て話したらいいのやら……」


「マリンダさん、緊張しているのですか?」


「フォルと違ってあたしは貴族じゃないからさ、場違いに思えてどうも落ち着かないんだ」


 新たにフォルという名前が出てきた。しかも、マリンダよりも身分が上である貴族らしい。

 ただし、本人はそのことをあまり気にしてない様子である。


「もぅ、確かにわたくしは辺境伯家の娘ですが、そういうマリンダさんだって子爵家のご令嬢になる予定じゃないですか。実質貴族なようなものですし、身分を気にする必要はないと思いますよ」


「そうですよ。そもそも、わたしなんて貴族ではなく姫様の専属メイドに過ぎません。そのことを踏まえると、子爵家のご令嬢になられるマリンダ様よりも、身分は下ということになるかと」


「そ、それはそうなんだけどさ……まだ実感が湧かなくて。というか、リアラさんの場合だと王族のお付き人なんだから、下手な貴族よりも立場が上なんじゃ……」


「おや、安心させるつもりで言ったのですが、あまり効果がなかったようですかね?」


 最後の四人目はリアラという名のメイドであり、それも姫様の専属だそうだ。

 話によるとどうやら、マリンダは子爵家の令嬢になる予定らしい。カイトが街を去った後に色々とあったのだろう。


「マリンダ様は胸を張っていいんですよ。亡くなった討伐隊の方々のネームプレートを回収してくれただけじゃなく、『南の街』を救った功労者のお一人ですからね」


「そう言ってくれるのは嬉しいよ。でも、実際はほとんどがカイトのお陰で、あたしは大したことしてないけど……」


「いいえ、そんなことはありません! マリンダさんの協力がなければ、カイトさん一人ではきっと厳しかったことでしょう。それに、最後の最後までカイトさんを信じ抜いたからこそ、魔王軍に立ち向かうことができんだたと思いますよ」


「ひ、姫様にそう言われると悪い気はしないけど、だからといってあたしが子爵家の令嬢になるのは違和感があるというか……」


 まだ納得し切れてないのか、マリンダはやや困惑している様子だった。

 それもその筈で、商人の娘からいきなり子爵家の令嬢になるというのは、マリンダにとっては現実味がない夢のような話だからだろう。

 カイトがこの事を聞けば『棚から牡丹餅』と言いそうではある。

 がしかし、この話には裏があるようで……。


「そこはもう甘んじて受け入れてください。これはマリンダ様を守る為でもあるのですから」


「う、うん。それは理解しているけどさ……爵位を剥奪されたロブ家に代わって、叔父さんが新たな子爵になるだけでも凄く驚きなのに、まさかうちの母親と籍を入れてあたしを娘にしてしまうとは思わなかったからさ」


「ルジェス様も功労者の一人ではありますが、単なる褒美として爵位を与えたわけではありません。街の外に繋がる隠し通路の管理を任せたいからこそ、信用できる人間として姫様はお選びになられたのです」


「あぁ、万が一に備えて隠し通路はそのままにしておくんだったけ。で、自己保身に走る信用できない貴族に管理を任せたくないから、市長である叔父さんに白羽の矢が立ったんだよね」


 つまるところロブ家の爵位を剥奪し、『南の街』を救った功労者であるルジェスに褒美として爵位を与えたということになる。

 ロブ家の爵位が剥奪された理由としては、やはり長男であるロイが裏切りの主犯格であることが大きな要因だろう。

 そしてルジェスに爵位を与えた理由としては、隠し通路の管理を任せたいという真意があるようだ。

 ただ、この話にはまだ続きがある。


「その認識で正しいかと。姫様としては、マリンダ様に管理をお任せしたかったようですが……」


「いくら姫様といえども、マリンダさんに直接爵位を与えると他の貴族からの反発は無視できなくなるんですよね?」


「ええ。若い女性に爵位を与えるなんて前例がございませんから。そこで比較的に反発が少なく、市長を務めているという実績を持つルジェス様をお選びになったのです。ですが、ルジェス様があることを懸念なされまして」


「叔父さんのコネが欲しい奴らが、あたしや母親に集まるかもしれないんだろ?」


「おっしゃる通りです。また、ルジェス様に圧力を掛ける為にお二方に危害を加えるような輩が出てこないとも限りませんので」


「やれやれだね。でもまぁ、あたしと母親を守りたいから、籍を入れてくれたんだ。そう考えると嬉しいけど……やっぱりあたしが貴族の令嬢様になるのは、どうも性に合わないというか」


 などといった経緯があって、マリンダは子爵家の令嬢になることが決まったそうな。

 ただし、本人はあまり乗り気ではないらしいが……。


「もう決まったことなので、覚悟を決めていただくしかないかと。それとこれは個人的な意見ですが、マリンダ様はご令嬢になるに相応しいお方だと思いますよ」


「わたくしとしては、マリンダさんのようなお話相手がいてくれると嬉しいのですが……」


「姫様もこうおっしゃられていることですし、受け入れましょうよ。もし何か困ったことがあれば、わたくしを頼ってもいいんですから」


「あ、ありがとう。皆がそこまで言ってくれるのなら……あたしも覚悟を決めれるってもんだよ」


 三人の後押しにより、マリンダは前向きに受け入れる気になったようだ。そして色々と吹っ切れたのか、心なしか声が明るくなっていた。


「では、マリンダさんの緊張がほぐれたことですし、改めてカイトさんのご活躍を聞かせてください」


「そうだねぇ……まずは魔人の兄弟に襲撃された話なんてどうだい?」


「魔人の兄弟ですか。とても気になります!」


 こうして、テントの中からは彼女たちの楽しそうな会話が聞こえるようになったのであった。

 周囲を警備する護衛たちは、テントの中がどうなっているのか気になっているようだったが、残念ながら中を覗くことは許されていない。


「随分と楽しそうに会話をなされているな」


「あぁ、いい意味で珍しいものだ。会話の内容が気になるところだが、盗み聞きするわけにはいくまい」


「当然だろ。バレて姫様に怒られるのは真っ平御免だからな」


「しかし……カイトとかいう名前が何度も聞こえたような気がするが、一体何者なんだ?」


 そんな会話をする護衛たちはどことなく安堵している様子だった。

 ちなみにこれは余談ではあるが、話題に上がっていたカイトは同時刻において、両足と片腕に指四本失った状態で床を這い、犬のようにドライマナフルーツを貪っていたのである。

 もしも彼女たちがそのことを知ったら、どう思うことやら。


カイトがオリディアと仲良くなれるのは、まだ先になりそうです。

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