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第三十四話 谷底での尋問

今回は久しぶりのオマケ付きですので、やや長くなっています。

「な、何者って言われても……」


 普通に名乗ればいいのかな?

 いや、それ以前にどこに声をかけた人物がいるんだ?

 そう疑問に思ったところで、不意に足音が近くから聞こえて視界が影で暗くなった。


「もう一度問うぞ。お前は何者だ?」


「えーと……そういうあなた様は……?」


 俺の顔を上から覗き込むその人物は、爛々と煌めく緑眼と薄緑色の短髪が特徴的な女性。漂う雰囲気は男勝りだが、それでも凄く美人。

 服装は薄緑色のロングのドレス。ただし、動きやすさを重視しているのか、見た目はとてもシンプルである。

 いやはや、まさか魔人に匹敵するような人間離れした美貌の持ち主がこんなところにいるとはな。色んな意味で驚きだ。

 ただし、何故か剣呑な雰囲気を醸し出していて見惚れる余裕はなかった。


「いきなりオレの縄張りに入ってきたくせに、逆に質問してくるとは図々しい奴だな」


「縄張り……この谷が?」


「そうだ。理解したのならオレの質問に答えろ」


 美人でオレっ娘か……いや、それは置いといて今は真面目に考えねば。

 状況はまだ飲み込めそうにないが、ひとまずは正直に答えた方が賢明だろう。

 それに、あのプレッシャーの持ち主が近くにいるかもしれないからな。襲われるのを避けるためにも、目の前の女性に助けてもらってこの場から離脱したいところだ。


「名前はカイト。好きに呼んでくれ。で、今はあるスキルのせいでこんな見た目をしているけど、俺は人間だからな。そこんところを理解してくれると助かる」


「人間?それにしては異質な気配を感じる気がするような……。ま、お前が人間だと言うのなら、今はそういうことにしてやろう」


「??」


 一体何を言っているのだろうか。さっぱり分からん。

 ただ、一応は俺のことを人間だと認識してくれたみたいだし、まともに会話ができそうだからそれでよしとしよう。

 と、少し安堵していたら、緑眼の女性は思いもよらないことを言ってくるのであった。


「で、お前はここに何をしに来た?まさかお前もオレを殺しに来たのか?」


「どうしてそんな物騒な発想に至るんだ……うん?お前もってことは他にも?」


 俺の他にこの谷に来ている人物は黒いローブ男しか心当たりがない。

 で、あの黒いローブ男はこの谷で計画を実行しているようだったが……その計画の目的は目の前にいる緑眼の女性を殺害することなのだろうか?

 それにしては、ワイバーンの群れはさすがに戦力が過剰ではなかろうか。せめて一体だけでも十分だと思うのだが。


「その様子だと、お前は違うみたいだな」


「確かにあの黒いローブ男とは仲間ではないな。でなけりゃ、谷底に落とされるなんてこともなかっただろうし」


 俺がそう言うと、緑眼の女性の雰囲気が幾分か和らいだ。


「へぇ、上から何か落ちてくる気配がしたと思ったらお前だったのか。しっかし、お前の鎧はかなり頑丈なんだな」


「まぁな。おかげで何とか命拾いしたよ」


(気配がしたと言っていたが……まさかな)


「ふーん。ちなみに、その状態でどうやって移動するつもりだ?」


「あー、移動できないこともないけど、時間は掛かってしまうな」


「そうか。ならオレが連れて行ってやるよ」


 「どこに?」という疑問を口にする間もなく、緑眼の女性は俺の腕を無造作に掴むとそのまま引きずって歩き出した。

 どこに連れて行くつもりなのだろうか。もしや、お持ち帰りだったりするのか?


「このオレが親切にしてやってるんだからな。感謝しろよー」


 気さくに話しかけてくるあたり、俺に対して悪い印象は持ってないのかもしれない。

 しかし、そんな彼女に水を差すような真似をするのは気が引けるが、状況が状況なだけに質問せざるを得なかった。


「あのー、ここから移動できるのは有り難いんだけど、どこに向かっているんだ?」


「オレが住処にしている洞窟だ」


 予想が当たってしまったらしく、お持ち帰りが確定した。何が目的なのだろうか。とりあえず、聞いてみよう。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺を住処に連れて行って何を……」


「おい、オレの住処に行くのがそんなに嫌なのか?」


 発せられる声に若干の怒りが込められていると気づいたその瞬間。緑眼の女性は歩みを止め、同時に金属がひしゃげるような音が辺りに響いた。

 こんな谷底で金属といえば、俺の鎧の身体しかない。で、肝心の音の発生源は緑眼の女性が握りしめている手からだ。

 そして、握りしめている物は俺の腕しかないわけで。そこまで認識した途端、握られた腕から激痛が走り、強制的に思考が中断されて悲鳴を上げてしまう。


「あぎぃっ!?」


「あっ、わりぃ。人間と会うのは久しぶりだから、力加減を間違えてしまったな……」


 緑眼の女性が謝ってくるも、俺はそれどころじゃなかった。

 何せ、頑丈さが取り柄の鎧の腕は無惨にもひしゃげ、今にももげそうである。

 はっきり言ってかなりヤバい。


(洒落になってねぇぞおい!)


 内心でそう叫びながらも、機嫌を取るために全力で理性を働かせて誤解を解くことに腐心した。


「い、いや、別に嫌というわけではなくて。実は、女性の部屋に上がるのが初めてでさ。その……緊張してしまっていたんだ。気を悪くしたのなら謝るし、それと腕の方は気にしなくていいから」


 それを聞いた途端に緑眼の女性は破顔し、機嫌をよくしたのか朗らかに笑いながら話しかけてくれた。


「ははははっ、なぁんだ。お前はそんなことを気にしていたのか。器はでかいけど、初心な男だなぁ」


「あまり女性とは縁がなかったものでな……」


 ちなみに嘘はついていない。

 我ながら情けないことを口にしているが、これで機嫌が治るのなら安いものだ。

 まぁ、それはそうとして、俺を住処に連れて行って何をするつもりなのだろうか。助けてくれるって感じではないんだよな。

 とりあえず、機嫌がよくなった今のうちに聞くだけ聞いてみるか?


「改めて聞くけどさ、俺を住処に連れて行ってどうするつもりなんだ。もしかして、もてなしてくれるのか?」


「オレのもてなしを期待しているのか。しょうがないなぁ。って言いたいところだけど、違うんだなこれが」


 嫌な予感がした。

 密かに警戒心を抱いた俺をよそに、緑眼の女性は話を続ける。


「お前……じゃなくて、カイトから色々と聞き出したいことがあってな」


 ようやく名前呼びをしてくれたのはいいものの、事態が悪化の一途を辿っているような気がしてならない。

 根掘り葉掘り聞き出すつもりなのか?


「まっ、できる限り悪いようにはしないからさ、気楽にしてくれよ」


「あ、あぁ……」


(気楽にできそうにないんだけど)


 が本音だが、口が裂けても言えるわけがない。

 しかし、この緑眼の女性は一体何者なのだろうか?


「おっと、そういえば名前を言うのを忘れていたな。オレはヴェントっていうんだ。よろしくな」


「ヴェントさんか」


「違う。ヴェントだ。『さん』を付けるのは止めてくれ。堅苦しいのは苦手なんだ」


「じゃ、じゃあ……こっちこそよろしくな。ヴェント」


「よし、それでいい」


 名前の呼び方にご満足な様子。

 これで少しは安心できたが、不機嫌になった時のことを思い返すとまだ気を抜けそうにはない。


(にしても、あの握力は一体どうなっているんだ)


 一瞬でひしゃげた腕を一瞥し、俺を引きずり歩くヴェントへと視線を移す。

 うーむ、すらりと伸びる細長い手足や、ドレスの上からでも分かる美しいボディラインに腰のくびれといい、どれもモデルのように素晴らしくて目の保養になりそうだ。


(だというのに、ヴェントは俺の腕を……)


 死にかけとはいえ、あの鼻無しでも俺の鎧の身体を握り潰すのに手こずっていた。しかも、俺はあの時よりも強化されている。

 そのことを踏まえると、ヴェントは鼻無しを上回る怪力の持ち主と考えていいだろう。

 おいおい、それはないだろって言いたいところだけど……よくよく考えてみれば、ここって何でもありな異世界なんだよな。

 俺の腕を一瞬で切り飛ばした姫様と呼ばれる少女が特にいい例で、見た目に惑わされてはいけない。


(つまり、谷底に落ちる途中に感じたプレッシャーの持ち主がヴェントであってもおかしくないわけで)


 そもそもの話、こんな谷底にドレス姿の女性がいること自体が不自然なのだ。


(そこを完全に失念してしまっていたな。まぁ、どのみちヴェントにお持ち帰りされる結末は変わらなかっただろうけど)


 今の俺は下半身を失ってまともに動けないからな。

 ヴェントに見つかった時点で今の状況に陥るのは必至とも言える。


「なぁ、さっきからオレのことを見て黙ってるけど、何を考え込んでいるんだ?」


「えっ」


 不意に尋ねられて焦ってしまう。

 下手なことを口にして機嫌を損ねるわけにもいかないし、何とか上手いこと誤魔化さねば。


「そ、そうだな……ヴェントがものすごい美人さんだなぁって、つい見惚れていたんだ」


 容姿を褒められて機嫌を損ねることはそうない筈だ……たぶん。

 もしかすると失礼なのかもしれないが、他に思いつかなかったし、紛れもない本音でもある。後は上手く通じることを祈ることしかできない。

 ただ、どうやら杞憂に終わりそうだ。


「お、おい……そういうお世辞は恥ずかしいから止めろよ。別に、オレなんて大したことないだろ」


 と、そっぽを向きながらも、微かに紅く染まった頬をかく仕草は可愛いの一言に尽きる。

 うーむ、本当に絵になる人だな。

 にしても……俺なんぞに褒められてこんな反応をするとは思わなんだ。実のところ、女性を褒めるのは初めてだったりするんだよね。


「なぁ、冗談だよな?」


「いやいや、冗談じゃないさ。ヴェントは本当に美人だ。自信を持っていい」


 まるで口説いているようだなと思いつつも、ここは褒めまくってみることにした。

 待遇が良くなるかもしれない。そう甘い期待を寄せていてのことだったが、ほどほどにすべきだった。

 というのも。


「そんなに褒めるなよ。て、照れるだろっ!」


「あ゛っ!あがぁっ!?」


「あっ……」


 思わず力んでしまったのか、またしても金属音が響く。

 音の発生源は、言うまでもなく俺の腕からだが、さっきと違うとしたら形状が完全に変わったところだろうか。

 より具体的に説明すると、俺の腕はもげて取れてしまっていた。


「ぬおぉぉぉぉっ!?」


「わりぃ……つい力が……」


 容姿を褒められて興奮してしまったのが原因だろう。

 そんなことは分かりきってるし、後ろめたそうにしているヴェントだって、こうなることは不本意だった筈だ。

 だから誰も悪くない。悪くないのだが……。


(どうしてこうなってしまったのだろうか)


 そう思わずにはいられなかった。


「大丈夫か?痛むのか?」


 もげた腕が光の粒子と化して消えていくのを横目に、ヴェントが心配そうに声を掛けてくる。

 物凄く痛いし、虚無感も酷くて散々だけど……それを言ったところでどうしようもないし、ここは気丈に振る舞っておくか。


「まぁ、その……一応は大丈夫だ。痛いのはある程度慣れてるし、この腕も治らないわけじゃないから」


(一応は自己修復機能があから特に問題は無いが、あまり手の内を晒したくないな。ここは黙っておこう)


「カイト、お前って本当に優しいな」


「……そうでもないさ」


 実際のところ、ヴェントが俺の生殺与奪権を握っているのだ。故に、非難するのは自殺行為に等しいと考えている。

 他にも、ヴェントに暗い表情は似合わないっていうのもあったりするが……またややこしいことになったら面倒だから、敢えて口に出したりはしない。


「じゃ、気を取り直して行くか」


「御手柔らかに頼む」


 無事な方の腕を掴み、ヴェントは再び歩き出した。

 しかし、どことなく気まずい雰囲気が漂っているせいかお互いに口を開くことはなく、そのまま数分後に住処である洞窟に到着。


「大きいな……」


「そうか?」


 平然とヴェントはそう言うが、大型トラック二台分が余裕で通れるトンネルのように大きいのだ。

 住処に使う洞窟としては、大き過ぎるような気がする。


「奥にオレの部屋がある。もうすぐだぞ」


「ついにか……」


 『悪いようにはしない』とのことだが、それでも不安を抱かずにはいられない。

 果たして無事で済むのだろうか。いや、片方の腕がもがれているのだから、既に無事とは言えないか。

 とにかく、これ以上は酷い目に遭わないことを祈るしかないな。

 などと考えていたら、ヴェントが何かを思い出したかのように口を開いた。


「あー、言い忘れてたけど……オレの他にもう一人いるんだ」


「えーと、その人は中にいるのか?」


「そうだ。まっ、失礼のないように頼むぜ」


「それってどういう意味……」


 だが、俺の疑問に答えることなくヴェントは洞窟の奥へと進んだ。

 すぐに会えるという理由で答えなかったのだろうか。

 まぁいいや。誰であれ、話が通じるのなら問題はあるまい。というか通じる人であってくれ頼む。


「おーい、帰ったぞ」


 明かりを灯すことなく、慣れた足取りで洞窟の最奥まで歩き、中にいるであろう人物に声を掛けると、返事を待たずしてドアを開けた。

 すると中は板張りの床、土壁、板張りの天井という部屋だった。洞窟内だというのにわりと快適そうで、机や椅子といった家具も一通り揃っており、天井からは照明器具と思わしきマジックアイテムが吊るされて部屋の中を照らしている。

 そして部屋の中央には、椅子に座る人物がいた。


「お帰りー。ねぇねぇ、何か収穫あった……って何それ?」


 その人物は、白いワンピースを着た美少女だった。それも思わず視線が釘付けになってしまいそうなレベル。

 見た目からして年は十五、六……辺りだろうか、少なくとも俺よりかは年下に思える。


「お客さんみたいなもんだ」


 目の前の美少女と対面する形で、机の反対側にある椅子の上に乗せられる。

 カツ丼があれば刑事による取り調べっぽい雰囲気になるんだけど、こんな異世界にあるわけないか。


「ほら、カイト。挨拶しな」


 おっと、変なことを考えてる場合じゃなかった。

 挨拶は大事だからな。しっかりしておかないと。


「ごほん、はじめまして。名前はカイトだ。呼び方は好きにしてくれ。で、あるスキルのせいでこんな見た目をしてるけど、これでも人間だぜ。そこのところ理解してくれると助かる」


 目の前の美少女に見惚れそうになりながらも、何とかしっかりと自己紹介を終えた俺を褒めてやりたいものだ。

 ただ、反応は素っ気ないものだった。


「ふーん、変わった人だね」


「か、変わった人って」


 その程度の感想で済ませるというのか。

 まぁ、怖がられたりモンスター扱いされるよりかは遥かにマシだが……ヴェントといい、目の前にいる少女は驚かずにあっさりと受け入れるんだな。

 もしかすると、彼女たちにとっては些細なことでしかないのか?


「あ、一応わたしも自己紹介しないとね。わたしはオリディアよ。よろしく……でいいかな?」


「こちらこそよろしく」


 さて、これでお互いに自己紹介が終わったわけだが……改めてオリディアさんを見ると、やはりというか美少女としか言いようがない。

 端正な顔立ちはもちろんのこと、絹のように滑らかな白い肌に、艷やかで淡く輝く金色の長髪はどれも目を引くが、最も印象的で綺麗だと感じたのは……右が金眼で左が銀眼のオッドアイだ。

 色が異なる左右の眼の美しさは、もはや芸術の域に達しているとさえ思える。

 しかし、俺に向けられるその眼は少し冷たく感じた。


「それじゃあ、もっとボロボロになりたくなかったら正直に答えてね」


「……さっそく尋問か」


「そういうことだ。ちなみオレはお前を庇うことはできないから、正直に答えた方が身のためだぜ」


 いやはや、まさかこんな美少女に尋問されるとは完全に予想外だ。

 人によってはご褒美になるかもしれないが、俺自身は至ってノーマルだし、そんな趣味は一欠けらも持ち合わせてない。

 そもそもの話、オリディアさんがヴェントと同等の力の持ち主である可能性だってある。その場合、俺の鎧の身体はたちまちガラスのように砕かれ、そのままデッド・エンドへ直行しかねん。


「はぁ……生き残れるといいなぁ……」


 望みが薄いせいか、どことなく諦め気味なのは当然と言えるだろう。


「早速聞くけど、カイトはあの黒いローブ男の仲間?」


「ヴェントにも言ったけど、俺はあんな奴との仲間なんかじゃない。俺の下半身がこんな有り様になったのは、黒いローブ男のせいだからな」


「へぇ、仲間割れじゃなくて?」


「おいおい、仲間割れをしたとしても谷底に突き落とすやつがあるか?」


「え、落ちてきたの?あの高さから?」


「らしいな。念の為に言っておくけど、カイトをこんなボロボロにしたのはオレじゃないからな」


(もげて取れた腕以外はそうなのだが……ここは敢えて言わないでおくか)


「……てっきりヴェントが立場を理解させる為にやったかと思ってた」


 確かにその気持ちは分からんでもないな。ヴェントなら普通にやってのけそうだし。


「そうなると、カイトの身体ってかなり頑丈なんだね」


「あぁ。と言っても、それ以外にあまり取り柄は無いけど」


「そう……気を取り直して次の質問だけど、何をしにこの谷に来たの?」


「何をしにって……ただの通過地点でしかないぞ」


「てことは、谷を越えた先に目的地があるんだな?」


「う、うん……そういうことになるな」


 さぁて、ここからが問題だ。

 俺の目的地は『竜人の里』であり、そこで『始原の竜』を探して会うことなのだが……それをこの二人に話していいか悩ましいところである。

 あの神様は秘密主義なのか、第三者に詳しい話をするのを徹底的に禁じていたからな。


(うーむ、神様に許可を貰うことができたら、心置きなく話してもいいんだけど……)


 残念ながらそれは叶わない。

 何せ、俺の方から神様に干渉しないでくれと言ってしまったからな。もう後の祭りだ。

 それに今さら、『干渉してもいいからどうすればいいんだ?』と頼み込むのは虫が良すぎる。ここは自業自得と割り切って、この状況を自力で乗り切るべきなんだろうけど……。


「どうしたものかねぇ」


「何か悩んでるみたいだけど、それはさておき」


「うん?」


 オリディアさんは立ち上がると、椅子を運んで俺の隣に移動してそのまま椅子に座った。

 せっかく美少女が近くに来たというのに、嫌な予感しかしないんだが。


「カイト、質問にはすぐ答えた方がいいよ。でないと」


「あっ」


 唐突に俺の指を掴んだ。

 その行動にドキッとしたけど、ただ単に身の危険を感じただけに過ぎず、決して甘酸っぱい何かなんかではない。


「残った指がどうなっても知らないよ」


「もう既に指が悲鳴を上げているんですがっ!」


「へー、そんな身体でも痛覚はあるんだね」


 痛がる俺に対し、オリディアさんは興味深げな様子で、心なしか眼には嗜虐の色が差しているようにも見えた。

 で、肝心の指からは軋むような音が発し、鈍い痛みが走る。俺の予想通り、とんでもない力の持ち主であることが確定した。

 だが、オリディアさんは砕けなかったことに対して少し不服のようだ。


「むぅ、砕くつもりで握ったのに」


「そうだな。オレがカイトの腕をもぎ取ってしまった時は思いっきり力を込めてたから、そう簡単には砕けないと思うぞ」


「片方の腕はヴェントが原因なんだ」


「い、色々あってな……」


 うっかりもぎ取ってしまったことを自分で暴露してヴェントが少し気まずい顔をしていたが、一瞬のことだった。


「なぁ、カイトはどこを目指しているんだ?」


「やはり言うしかないのか……」


「当然でしょ。カイトには選択肢がないんだから」


 どうにか誤魔化そうかと考えたが、それは即座に頭の片隅に追いやった。もしもマリンダさんのように勘が鋭かったら……後は言うまでもないだろう。

 はぁ……後から神様に何か文句を言われるかもしれないけど、その文句が二度と聞けなくなるのはもっとマズい。

 あまり気が進まないが、今回ばかりはある程度口を割るしかなさそうだ。


「俺は『竜人の里』って呼ばれる場所を目指している」


「『竜人の里』ねぇ……それで、何が目的?」


「『始原の竜』に会うためだ。つっても、そこにいるかどうかはまだ分からないけどな」


「一応聞いておくけど、会ってどうするつもり?」


「さぁね。会えば分かるって言われたからな……あっ」


 唐突に場の雰囲気が一変したように感じた。

 この言い方はマズかったな。ほぼ確実に追及されてしまうだろう。


「カイト、それは誰に言われたの?」


(やっぱりそうきたか)


「誰って言われてもなぁ……」


 神様に関しては、さすがに正直に答えるのは躊躇ってしまう。

 マリンダさんがいた街ではひたすら隠し通すことを厳命された。そのことを考慮すると、今回も隠し通すのが妥当なのだが……それは厳しいだろうな。


「ほら、早く話した方がいいよ。じゃないと他の指も無くなっちゃうよ?」


「ぐっ!」


 金属音が響き、オリディアさんによってとうとう俺の指が砕かれてしまった。

 年相応の少女らしくて綺麗で華奢な手だというのに。本当に人間なのかと疑いたくなる。


「ふぅ……こんなに硬いと少し億劫になっちゃうね。そういうことだからヴェント、わたしの代わりに続きをお願い」


「だそうだカイト。悪く思わないでくれよ」


「残りの指があっという間に砕かれてしまうな……」


「ん?治るんじゃないのか?」


「それはそうなんだが……」


 だからといって指が砕かれてもいいわけではない。

 痛いものは痛いのだから。勘弁してほしいのが俺の本音である。


「まぁ、とりあえず話を戻すぞ。カイトに指示を出した奴について話してくれないか?」


「それが気になるのは理解できる。だけどな……こっちにはやむを得ない事情ってのがあってだな……」


「だから答えられないってわけね。ヴェント、拒否権がないってことを教えてあげて」


「カイト、いい加減に諦めたらどうだ」


「ぐうぅっ……悪いが、そういうわけにはいかないんでな」


 ヴェントによってあっさりと指が砕かれ、残りは三本。

 ところで、指が全部無くなったらどうなるんだろう。

 なんて気にしてたら、オリディアさんが不吉なことを言い出した。


「ねぇ、いい加減に吐いたらどうなの。黙り続けると最終的には粉々にしちゃうよ?」


「お、おい、オリディア……」


「穏やかじゃねぇなぁ」


 オリディアさんの発言には、さすがのヴェントも動揺を隠せないでいた。

 しかし、彼女たちはどうしてそこまで知りたがるのだろうか。『竜人の里』の住民なのか?

 いや待て、どう見ても二人は竜人には見えない。だとしたら何らかの関係者?

 うーん、本当に二人は何者なんだろうな。まぁ、他にも色々と不可解な点があるのだが、それらを聞いたところで教えてくれる雰囲気ではなさそうだし、まず第一にこの状況を乗り切る必要がある。


「カイト、どうして頑なに拒むんだ。もしかして……脅されてるのか?」


「ん?あぁ、あながち間違ってはないかもな」


 明確に言われたわけではないが、神様のことを話してしまえば俺の望みが潰える可能性は十分にあり得る。

 故に、神様のことはどうしても言い出せないでいる。


「参考までに聞かせてもらうけど、どんな風に脅されているの?」


「うーん、まずは今のこの姿なんだけどさ、『鎧化』っていうスキルのせいなんだ。ちなみに、一度発動したら自前で解除することができないみたいでな」


「難儀なスキルだね……続けて」


「で、このスキルは無理矢理に授けられた代物でさ、解除してもらうには……」


「その授けてきた奴に頼むしかないってわけだな」


「その通り」


 他にも元の世界に戻してもらうという重要なこともあるんだが、そこまでは言うべきではないな。

 確実にまた詮索されるだろうし。


「とりあえず、カイトの事情は分かったけど、だからといって同情するわけにはいかないんだよね」


「まぁ、そうだよな」


 無情ではあるが、至って当然な反応過ぎて驚く気にもなれない。


「でも、スキルを授けるだなんて大それたことができるのは……わたしが知る限りではそう多くはない」


「というか、片手で数えられるよな」


「そんなに少ないのかよ……」


 さすがは神様。と言ってやってもいいのだが、今回はそれがあだになりそうだから無しだ。

 数が少なければ、特定するのはそう難しくはないからな。

 ただ、すぐさま特定されるということはなかった。


「んー、わたしたちが知らないだけで、他にも存在するかもしれないし……やっぱりカイトから聞き出しておきたいね」


「尋問続行か……」


 神様だと特定されることはなかったが、依然として状況は悪いままだ。


「カイト……この尋問が終わったらもてなしてやってもいいからさ、正直に吐いたらどうだ?」


 美人なヴェントのおもてなしと聞いて少し期待はしたものの、そんな誘惑に負けて全てを台無しにする程に俺は愚かではない。


「そいつは魅力的な提案だ。だが、断らせてもらおう」


 そう拒むと、オリディアさんは呆れた表情を浮かべる。


「相変わらず強情ね。それとせっかくのヴェントの申し入れを蹴った報いとして、一気に二本やっちゃって」


「悪く思わないでくれよ……ふんっ!」


「マジかよ。うぐぅっ!」


 ヴェントによってさらに指が砕かれ、残りは一本のみ。

 この一本の指が砕かれたら、次は腕だろうか……。


「大した忠誠心だね。そこだけは褒めてあげる。だけどさ、脅迫紛いのことをして従わせるような奴に、そこまで義理立てしなくてもいいんじゃない?」


「そうだぞカイト。そもそも鎧になってしまうスキルだって、解除する手段は他にもあるかもしれないじゃないか」


「確かにあるかもしれないが……暮らしてた場所に戻れなくなるかもしれないからなぁ」


 仮にそうなってしまえば、俺は死ぬまで異世界で暮らさないといけなくなる。

 それはそれで俺にとってはある意味バッド・エンドだ。

 食べたい物が食べられない。安心して暮らすことができない。さらには危険なモンスターが蔓延っている。そんな場所での生活は御免だからな。

 それに引き換え、元の世界なら十分な貯蓄があるから安心して穏やかに暮らすことができるし……そもそもやり残したこともある。

 だからこそ、元の世界に戻りたいんだよ。


「それはまた厄介だな」


「そうだね。……ところで思ったんだけど、そんな碌でもないことを躊躇なくできる人物に心当たりあるんだ」


「えっ」


「オリディア、それは本当か?」


 心当たりがあるというのか。まさかあの神様と面識があるとでも?

 いや、それを判断するのはまだ早い。もう少し話を聞かなければ。


「んー、話を聞く限りだと、ものすごく自分勝手らしくてさ。自分の目的に為なら、手段なんて選ばないみたいなんだ」


「へ、へぇ……そいつはまたとんでもない奴だな」


 わりと神様が当てはまってると思うんだが……ここで言い当てられたら、違うと言い張るしかないぞ。

 ただし、その嘘が通じるとは限らないだろう。下手すりゃ即座に見破られるかもしれん。


「だけど……まだ確証を得ることができてないから、やっぱりカイトから聞き出しておきたいところだね」


「そうか……」


 尋問続行が確定してあまり嬉しくはないが、心のどこかではホッとしていたりもする。


「それじゃあ、まだ続けるのか?」


「もちろん……と言いたいところだけど、今日は遅いから続きは明日にしようかな」


「あいよ。なら、寝る準備でもするか」


 尋問は中断になったらしく、二人は俺から離れて奥の扉へと向かった。

 奥の部屋は寝室なのだろうか?


「おっと、これを食べるのを忘れてたな」


「食べ過ぎには気をつけてよね」


「分かってるって」


 ヴェントが部屋の隅に置かれてる壷から何かを取り出し、口へと放り込む。


(ふむ……うろ覚えだが、どこかで見たことがあるな)


 確か、ゲーム内で実際に使ったことがある筈だ。

 どんなアイテムだったっけ?


「うーん、甘いのはいいけど、やっぱり普通の食事がしたいなぁ」


「同感だね。わたしもお風呂に入ってサッパリしたいよ」


「まったくだ。おっと、カイトはそこで大人しくしててくれよ」


「じゃ、また明日ね」


「お、おう……」


 そうして、二人は奥の部屋へと入っていき、尋問が行われた部屋には俺一人だけが残された。

 ひとまずは助かったらしい。


「さぁて、どうにか凌ぐことができたし、こんなところから脱出したいところだけど……この有り様じゃどうしようもないな」


 下半身の大部分は未だに消失したままで、片腕はもぎ取られ、もう片腕は無事だが指は一本のみ。

 自己修復機能があるとはいえ、これらの修復には相当な時間を要するだろう。


「はぁ、腕一本と指一本だけじゃ厳し過ぎるぜ」


 達磨になる一歩手前だな。と内心で自虐してしまった。

 救いがあるとすれば、自己修復される猶予が残されたことだろうか。ただし、二人が起きるまでに移動可能になるまで修復できるか怪しいところだ。


「やれやれ、待つしかないってか。あっ、そういやヴェントが食べてたのは、結局のところ何だったんだろうな?」


 しかしながら、その疑問に答える者などはいない。

 沈黙で満たされる部屋の中でたった一人、鎧の身体が修復されるのをひたすら待つことしかできないでいた。



オマケという名の蛇足


 その男はワイバーンの背に乗り、谷の上空で何かを辛抱強く待っていた。


「チッ!いつになったら奴はしびれを切らすというだ」


 苛立ちげに舌打ちをするその男は、黒いローブを身に纏っている。

 そう、カイトを谷底へと落とした張本人である黒いローブの男だ。


「さすがに待ちくたびれてきたぞ。こんなことなら、あの鎧男の尋問でもしておけばよかったな」


 そう言いながら、谷底へ落ちていった鎧男のことを思い返す。


「今にして思えば、奴は一体何者だったのだ。それが気掛かりだな。邪魔されぬようすぐさま始末するのは早計だったか」


 計画の遂行の為に、即座に排除したことがここにきて裏目に出たようだ。

 しかし、悩んでも仕方ない。そう割り切り、黒いローブの男は思考を切り替える。


「何にせよ、単独で『魔獣の森』を突破したのだ。ただ者ではないのは確実。それに、本当に俺様のことが気に食わないあの連中の差し金だったかもしれないし、俺様の判断は間違ってない筈!」


 と、黒いローブの男は自分自身に言い聞かせるようにして、結論を出したのであった。


「さて、死んだ鎧男のことはもうどうでもいい。肝心なのは……あの目障りな『風の眷属竜』だ!奴さえ殺すことができれば、俺様の計画に遅れが生じなかったものを!」


 言葉の端々には憎しみが込められていた。内容から察するに、どうやら計画は順調に進んでないらしい。


「このワイバーンどもを借りるのも楽じゃないというのに、どこまで俺様を苛立たせるのだ!」


 しかも、従えているワイバーンたちの群れは借りているようで、口ぶりからしてそれなりに苦労したようだ。


「谷底に引きこもるのなら、ツインヘッドをもう一体用意すべきだったな」


 ここでモンスターと思わしき新たな名前が出てくる。

 ワイバーンに匹敵する強力なモンスターなのだろうか。カイトが聞けば、何か詳しいことを思い出していたかもしれない。


「ヌゥ……そろそろ日が暮れる頃合いか」


 空はまだ明るいが、徐々に朱く染まりつつある。

 そんな時、黒いローブの男を背に乗せたワイバーンが何かに気づいたのか鳴き声を上げた。


「クォーン!」


「どうした。何かいたのか?」


 ワイバーンが顔を向けた先に視線を移すと、人影の集団が黒いローブの男へと歩いて近づいていたのである。


「ふん、今日はやけにお客さんが多いな。お出迎えをしてやろう。お前たちは俺様に続け!」


 邪魔者かどうかを判別するために、ワイバーンたちを伴いながら距離を詰めていき、服装の見分けがつくまで近づくと、人影の行動に変化が訪れた。


「跪いただと?それにあの黒いローブは……まさか」


 人影の正体に見当がついた頃にはしっかりと相手を視認できるまでに距離は縮まり、黒いローブ男は声を掛けようとした。

 がしかし、集団の先頭に立つリーダー格と思わしき人物により、先制される形で声を掛けられてしまう。


「ゾア様!我々の突然の来訪をお許しください」


 フードを深々と被っているせいで素顔は見えないが、声からして男のようだ。しかも丁寧な口調で誠意すら感じられる。


「俺様の名前を知っているということはやはり……おい、このまま降りろ」


 黒いローブの男がそう呟き、ワイバーンがゆっくりと降下して地面に降り立つと、跪いたままの集団に高圧的な口調で語りかけるのであった。


「貴様らごときが俺様の名前を気安く口に出すとはどういう了見だ……と言いたいところだが、今回は目を瞑ってやる。それよりも、貴様らは俺様の邪魔立てをしに来たわけであるまいな?」


「勿論ですとも。我々は別件でこの谷に訪れたのですから」


「別件とな。して、その内容は?」


「とある鎧男の追跡及び抹殺が我々に課せられた指令でございます。そして追跡しているうちに、偶然にもこの谷に辿り着いた次第です」


 それを聞いたゾアと呼ばれる男は、谷底に落とした鎧男のことではないかと思いながらも、さらに問いかける。


「ほう、何の為にその鎧男とやらを追跡するのだ?しかも、抹殺するとは尋常ではないな」


「これはまだ不確かではありますが……我らにとって最も憎き者と似た力の持ち主なのかもしれないのです」


「なんだとっ!?」


 聞かされた内容が余程のことだったのか、高圧的な態度が一瞬で消え去り、心の底から驚いたかのように動揺していた。

 しかし、人目があるということを思い出すと、誤魔化すように咳払いをして冷静に言い返す。


「ごほん。それが事実なら由々しき事態だが、あの憎き敵はとうに滅ぼされた筈だぞ」


「ですが……復活した可能性も否めません」


「む、復活か。確かにあの忌々しき女神なら復活させることはできなくもないか……」


 とは言ったものの、肝心の鎧男は既に谷底に落ちている。

 ゾアがそのことを話すと意外な返答がきたのであった。


「お待ち下さい。亡骸は確認なされたのでしょうか?」


「いいや、そのような些末なことをいちいち確認するものか」


「さようでございますか……」


「ふむ、何か言いたげな様子だな。まどろっこしいのは面倒だ。言いたいことがあるのならさっさと言ってしまえ」


「ではお言葉に甘えて。報告によりますと、我々が追っている鎧男は身体中に穴を穿かれようが、両腕を斬り飛ばされようが平然としていたそうなのです。それに加え、並の武器では歯が立たたない程に恐ろしく頑丈だとか」


 さすがのゾアも、そこまで聞けば何が言いたいのか嫌でも察しがつく。


「貴様の言い分はよく分かった。つまり、谷底に落とされてもなお生き延びている可能性があるというのだな」


「その通りです。さすがに無事で済んでいるとは思いませんが、それでも生きていたら厄介であることには違いないかと」


「面倒だな。鬱憤晴らしも兼ねて谷底に落とすべきではなかったか。ワイバーンどもに直接始末させれば手間が掛からなかったというものを……」


 つまるところ、カイトはゾアの八つ当たりとして谷底に落とされたようだ。結果として生き延びることができたのだから、これはこれである意味運が良かったと言えるかもしれない。

 ただし、カイトがその事実を知ることはないだろう。


「しかし、そこまでとんでもない奴ということは……『南の街』を攻略する計画を頓挫させたのと同一人物とみていいんだな」


「はい。件の鎧男は疲れ知らずなのか、徒歩で三週間近く掛かる道のりをたった一週間程度で踏破し、この谷に訪れたようです」


「昼夜問わずに歩み続けたとしか考えられんな」


「恐らくはその通りかと」


 と、言い切ったところでリーダー格の男はある重要なことを思い出し、言いずらそうにしながら切り出すのであった。


「そ、それとですが、ゾア様に悪い報告があります」


「悪い報告だと?」


「実は……我々の他にも件の鎧男を追跡する勢力がございまして」


「鎧男だけでも十分面倒だというのに。さらに面倒ごとが増えるのか……まぁいい。とりあえず話せ」


「はっ、『南の街』に救援として駆けつけた姫が鎧男を追跡している模様です」


「お、おい、王国で『剛力絢爛』と名高いあの姫がか?」


「その姫でございます。詳細は不明ですが、何故か鎧男にご執心だそうで。現在は『魔獣の森』にて鎧男の痕跡を捜索している模様です。早ければ、明日にでもこの谷に来てしまうかもしれません」


 そこまで聞き、ゾアは頭を抱えたくなった。

 それは報告をしたリーダー格の男も同様で、直接の原因ではないのに酷く気まずそうにしている。

 ちなみにだが、カイトがこれを聞いていたら間違いなく頭を抱えていたことだろう。


「なんてことだ。あの鎧男は何をしでかしたというのだ。よりによって、とんだ厄介者を引き連れてきよったな」


「同感です。お陰様で王国の兵士に見つからず追跡するのは大変でしたよ」


 それなりに苦労したのか、言葉の端々には疲れの色が見え隠れしている。

 だが、ゾアにとってはどうでもいいことだ。


「疲れているところで悪いが、今は時間が惜しい。さっそく俺様の代わりに谷底を調べてもらうぞ」


「で、ですが」


「なに、自力で谷底に降りろとは言わん。降下用にワイバーンを二体貸してやる」


「そういうことなら。遠慮なく拝借させていただきます」


 さすがに自力で谷底に降りるのは厳しいと思っていたらしく渋りそうだったが、ワイバーンを借りれると分かってからはすぐさま安堵した声で了承していた。

 しかし、ゾアがこの谷でとある計画を遂行していることを思い出す。そこでリーダー格の男は、念の為にあること確認をするのであった。


「差し出がましいですが、『風の眷属竜』と遭遇してしまった場合は……我々で対処してもよろしいでしょうか?」


「ん?あぁ、好きにしろ」


 ゾア自身が立案した計画であるにもかかわらず、あっさりと計画に介入する許可を出した。

 手柄を横取りされるかもしれない。それを危惧しないのだろうか。

 と、リーダー格の男は内心で疑問を抱くも、疑問を解消する時間はない。


「帰りは明朝にワイバーンの迎えを寄越す。それでいいな?」


「問題ありません」


「なら話は決まりだな。日が暮れる前にさっさと降りてしまえ」


「はっ!」


 とんとん拍子で話は決まり、リーダー格の男は部下を引き連れて降下用に貸し出されるワイバーンの元に向かった。

 その様子を眺め、ゾアは溜め息をつく。


「はぁ、このままでは計画の中断もやむを得ないかもしれんな」


 意外にも、苛立つどころか既に諦め気味のようである。


「俺様のことが気に食わないあの連中の邪魔だったら、まだ可愛げがあるものを。あの化け物じみた姫が来るとなると、計画が滅茶苦茶になってご破算になるのは目に見えているからな」


 カイトが恐れるワイバーンの群れを従えているにもかかわらず、ここまで言わしめさせるとなると、姫様と呼ばれる少女の実力の凄まじさが窺える。

 しかし、諦めるにはまだ早いとゾアは己を鼓舞した。


「とりあえず、まだ猶予は残されている。気が進まないが、明日になったら俺様の方から仕掛けよう」


 不利になることを覚悟で、自ら出向くようだ。

 もちろん、失敗した場合を想定しての決断ではあるが。


「たとえ今回で『風の眷属竜』を殺せなかったとしても、次の機会を待てばいい。それに……俺様が作り上げたマジックアイテムの実用試験ができたわけだから、最低限の成果は得られた」


 そう言うと、懐から何かを取り出した。

 ゾアが手に持つそれは、仄かに緑色の輝きを放つ水晶めいた球体であった。口振りからして、このマジックアイテムは計画に関わる重要な代物らしい。


「これだけ縄張りに入り込んでも俺様を襲わなかったのは、きっと本来の力を発揮することができないからだろう。ふふふふ、さすがは『マジックアイテムマスター』の二つ名を持つ俺様だ。天才としか言いようがないな」


 等と自画自賛していると、準備を終えたリーダー格の男に声を掛けられた。


「ゾア様!いつでも行けます!」


「む、分かった。よし!お前ら二体は谷底まで行って降ろしたら戻って来い。いいな?」


「「クォーン!」」


 ゾアの指示を受け、二体のワイバーンが背中に黒いローブ男たちを乗せて羽ばたき、谷底へと向った。


「それにしても、あの男は『風の眷属竜』が本領を発揮することができないから、対処可能だと思っているのか?」


 リーダー格の男が言っていたことを思い返しながら、ゾアはそう呟く。


「まぁ、元から期待してはいない。鎧男の死体を確認するだけならそれでもいいし、『風の眷属竜』に遭遇して皆殺しになろうが俺の知ったことではない。仮に、『風の眷属竜』を殺すことができたとしても、俺様が作り上げたマジックアイテムの有用性が証明されるだけだ」


 故に、どう転んでもゾアが損することはない。だからこそ、あっさりと許可を出したのだろう。


「さて……今夜の谷底は騒がしくなるぞ。まっ、俺様はゆっくりと寝させてもらうがな」


 と、言い残してワイバーンに乗るとその場を後にするのであった。


次回でオリディアと仲良くなれるかも?


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