第三十三話 レイドボスの襲来
次の通過地点である谷を目指しながら、銀騎士が最後に言い残した言葉を反芻していた。
「相当に厄介な連中か……」
銀騎士の言うことが偽りでなければ、この先に居座っているらしい。
どうしてそんなことを知っているのか。どうして俺に教えてくれるのか。等と疑問に思うところはあるが、少なくともこれだけは確信して言える。
「まぁ、本当のことなんだろうよ。あの場面でわざわざ嘘を言うメリットは特にないだろうし」
具体的にどんな連中なのか不明ではあるが、とりあえずは野生のモンスターと仮定しよう。
まず、銀騎士に『相当に厄介な連中』と言わしめさせたのだから、ランク『B+』以上のモンスターが現れてもおかしくはないだろう。それも複数体。
ただし、ランク『B+』である鼻無しが、銀騎士にとって大した相手ではないことを加味すると、最低でもランク『A-』、あるいはランク『A』のモンスターが現れる可能性は十分にあり得る。
そして最悪の場合に備えて、ランク『A+』のモンスターも想定しておくべきなのだが、そこまで考えると気が重い。
「はぁ……先が思いやられるぜ。ランク『A』帯のモンスターとか洒落にならないからな」
とはいえ、どんなに強力なモンスターが待ち構えていたとしても、先に進まざるを得ないのが俺の実情だ。
最終的に、元の身体で元の世界に帰るには、神様が授けるであろう使命を果たさなければならない。その為にも、神様に指定された『竜人の里』に向かう必要があり、ここで引き返すわけにはいかないのだ。
故に、弱音などを吐いている場合ではない。
「とりあえず、今の俺にできることは谷の確認ぐらいか」
銀騎士が口にしていた、『相当に厄介な連中』とやらがどこで現れるか分からないのが目下の悩みだったりする。
前もって出現する場所を知っていれば、迂回するといった対策が取れるのだが……ないものねだりしても仕方ないんだよなぁ。
「見つからないよう慎重に移動するしか対策が思いつかないんだけど、ちょっと場所が悪過ぎるな」
『魔獣の森』の中と違い、俺の周辺には露出した岩肌や背丈の低い草ばかりで、咄嗟に身を隠すことができない環境だ。
そのうえ俺は鎧で目立つからな。すぐに見つかってしまうに違いない。
「んでもって、この先にいるのがもしワイバーンだとしたら……今度こそ俺は終わりだろうよ」
ついさっき襲われたばかりで印象深かったから名前が出てきたが、必ずしもワイバーンが現れると決まったわけではない。ただ、それでも口に出してしまうのは、この状況下で最も現れてほしくないと、心のどこかで思っているのが原因だろう。
というのも……ワイバーンは初のレイドクエストのレイドボスとして実装されたモンスターであり、同時に歴代のレイドボスの中でも悪名高かったりするからだ。
「『空の魔竜、襲来!』ってクエスト名を初めて見たときは心が躍ったものだが……あれは酷かった」
ちなみにだが、ワイバーンはドラゴンとして分類されてはおらず、クエスト名に記されている『魔竜』と分類されていた。他にも、『魔竜』と分類されるモンスターは後から実装されたが、それを話すのはまたの機会にしよう。
話を戻すが、実装された当初は未体験のレイドクエストということもあってか、皆してやる気満々で挑戦した。しかし、討伐無しという悲惨な結果が運営から発表され、気まずい雰囲気のままで初日は終わりを迎えてしまった。
「ホントさぁ……あの運営はどうしてあんな害悪モンスターを実装したんだろうな」
ワイバーンの実装初日を思い出す度に、運営への愚痴を漏らしてしまう。
お察しの通り、俺もワイバーンに苦渋を飲まされたプレイヤーの一人である。
「今、思い返してみても、アレはさすがにどうかしているとしか言いようがないぜ」
基本的に、空を飛ぶモンスターの大半は地面に叩き落してしまえばどうとでもなる。
叩き落す手段は幾つかあって、隙を突いて魔法や弓矢で翼や急所を狙ったり、魔法や道具による激しい閃光で目をくらませたり、といった手段がよく使われる。
ただし、ワイバーンを叩き落すのは一筋縄ではいかなかった。
質が悪いことに、プレイヤーの攻撃が届かない高度を常に維持しながら高速で飛行するからだ。この時点で、ワイバーンとはまともに戦えないことが察せるだろう。
「まぁ、それだけならまだよかったんだけどさ……」
肝心なのはここからだ。
ワイバーンは高速で飛行しつつ、仕留める標的をじっくりと選ぶ。次に標的を決めると、その標的の頭上から矢のような速さで急降下し、残像を伴わせながら長い尻尾をしならせる。
そして……尻尾の先端から生える針が、おぞましい勢いで標的に射出されるのだ。
後に『スティンガーショット』と呼ばれるそれは威力が凄まじく、被弾したプレイヤーはもれなく即死。
ミスリルや魔鋼を素材に使った大盾で防ごうとしても、一瞬で大盾ごと貫かれて即死。まさしく、必殺技に相応しい威力だ。
「鼻無しでさえ貫かれて死んでいたからな。簡単にはあの針を防ぐことはできないだろうよ」
そう、『魔獣の森』で見かけた鼻無したちの死体は、ワイバーンによるものだ。
どうして鼻無したちを虐殺したのか、その理由が気になるところだが、情報が少な過ぎる。今の段階では真相に辿り着くことはできないだろうし、今は頭の片隅にでも置いておくか。
さて、話を戻すとしよう。
「あの威力だから、密集して行動するのは自滅行為って言われてたな」
実装初日は、不用意に密集しているところに容赦なく『スティンガーショット』が撃ち込まれ、開始数分で半壊するという報告が大量に上がっていたそうな。
そういった事故を避けるため、ワイバーン戦において即座に散開して行動するのが鉄則となったのは、当然の流れだろう。
「それと確か……命中精度もえげつなかったか」
単に走るだけでは射出される針を回避することはできない。それ程までに命中精度が異様に高かった。
しかも、辛うじて回避できたとしても、地面に突き刺さった衝撃によって体勢を崩したり、あるいは怯んだりし、その隙きを逃さずワイバーンが直接降下して踏み潰すという無慈悲な追撃を仕掛けてくる。
この隙きを生じぬ二段構えにより、標的となったプレイヤーの大半はワイバーンの餌食となった。
「で、すぐさま空に飛んで行くんだよな。さらに、少し時間が経つだけで尻尾の針がまた生えてくるっていう、かなり質の悪い鬼畜仕様。いやぁ、一方的なヒット&アウェイを仕掛けてくるワイバーンとの長期戦は無理ゲーだろ」
ちなみにだが、実装初日には長期戦になるまで粘ったという報告は無かったらしい。
こうして、数多のプレイヤーの屍の山を築き上げ、討伐どころか叩き落とすことができずに実装初日は終わった。
「実装されてからの二日目は……」
善戦したという報告は幾つか上がったが、それでも討伐されることはなかった。
一応、魔法が翼膜に命中して叩き落とすことには成功したらしい。しかし、叩き落とした頃には生存しているプレイヤーの数が少なく、地上で暴れ回るワイバーンを抑えきれず蹂躙されて全滅したそうな。
「『腐っても鯛』……叩き落されようがランク『A+』のモンスターであることには変わりないないんだよな」
体躯の大きさも脅威だが、『A+』なだけあって並のモンスターとは比にならない筋力と生命力の持ち主でもある。そして、長い尻尾による薙ぎ払い一撃は重くて速いうえに範囲が広く、盾などで防がなければ一撃で瀕死に追いやられるほどだ。
しかも、比較的脆い翼膜と違って身体を覆う鱗は魔法への耐性があり、邪魔な鱗を引き剥がすにしても、ダメージを確実に与えるにしても、近接戦による物理攻撃はほぼ必須とされた。
故に、地上戦における戦闘能力は決して低いとは言えず、侮ってはいけなかったのだ。
「戦闘能力の高さも厄介だが、戦いのフィールドが圧倒的にワイバーンにとって有利ってのも酷かったな……」
実装当初は、今の俺がいるような場所でワイバーンと戦っていた。
そのために身を隠すことができず、ひたすらに走り回って針を回避していたっけ。
「はぁ、数でゴリ押しとかできれば良かったんだが」
このレイドクエストには人数制限が設けられていて、最大人数が十六人なのだ。
ちなみに、これがきっかけでモンスターへのランク付けが始まったりもする。十六人という限られた人数で、実装当初は『空の死神』とまで恐れられるくらいに強敵だったワイバーンをギリギリで討伐したことにより、ランク付けの明確な指標となったからだ。
ただ、実のところ最初はランク『S』と評価されていたのだが、紆余曲折あってランク『A+』に落ち着いた。何しろ、後からもっとヤバいモンスターがレイドボスとして実装されてしまったからな……おっと、これ以上は話が脱線してしまうか。
「とにかく、十六人でワイバーンの攻略はかなりシビア過ぎたぜ」
実際の攻略の手順だが、まずは『スティンガーショット』の回避に自信がある囮役が必要であった。ただし、囮役が目立つ格好をしていても必ず狙われるとは限らないため、運要素も絡んでくる。
次に、運よく囮役がワイバーンの標的になり、『スティンガーショット』をどうにか回避し、追撃を誘う。
そうして、ワイバーンが追撃を仕掛けて地面に近づいた瞬間に、翼膜へと魔法を打ち込んで叩き落とす。
ここまで上手くいけば、後は地上で暴れ回るワイバーンを抑え込んで討伐だ。
「その攻略法が確立したのは三日目で、実際に討伐されたのは四日目だったかな」
攻略法が確立したとしても、運要素で失敗する可能性もあるし、『スティンガーショット』を回避しきれずじわじわと数を減らされたり、地上戦での油断が全滅に繋がったりする。
だから一筋縄では行かず、何度も何度も試行錯誤を重ね……ついに四日目でワイバーンの討伐の報告が上がったのだ。
「俺自身が討伐したわけじゃないのに、報告を見た時は嬉しかったもんだ」
それとこれは後日談になるが、ワイバーンの攻略難易度が高すぎたせいか運営への批判が集まり、結果としてワイバーンと戦うフィールドには背丈の高い草木が所々に生やされ、対空装備が施された古びた要塞が建てられたのだった。
こうして、ワイバーンと戦うレイドクエストの攻略難易度は下げられることとなり、気軽に討伐の挑戦ができるようになった。ただ、『スティンガーショット』は要塞の石壁を貫く威力があるらしく、長期戦になると石壁が崩壊することもしばしばあったようだ。
「つっても、稀に通常のフィールドで遭遇することがあったから……その時は逃走一択だったな」
『空の死神』という異名で呼ばれるだけあって、初心者や熟練者のプレイヤーがワイバーンに見つかってあっという間に殺されることも少なくはなかった。
しかも、鷹や鷲よりも視力が高いらしく、数百メートル以上離れていても正確に捕捉してくるから余計に質が悪い。(これらのことが原因で、『空の死神』よりも『空飛ぶ糞トカゲ』と呼ばれることが圧倒的に多かったりする)
「やっぱり、ワイバーンってヤベェな。色んな意味で」
それだけに、あの銀騎士がワイバーンを従えているのは驚異的である。
敗北して散々な目に遭ったが、こうして無事でいられているのは銀騎士と『クーちゃん』と呼ばれるワイバーンが本気を出さなかったからだろう。
仮に本気を出していたらどうなっていたことやら。銀騎士は未知数で想像がつかないが、ワイバーンの『クーちゃん』なら俺を瞬殺するのは造作でもないことは確かな筈だ。現に背後からの不意打ちとはいえ、文字通り俺は手も足も出ずに取り押さえられてしまったのだから。
「はぁ……ワイバーンとはもう会いたくないものだな。っと、谷に着いちまったか」
色々と思い返している内に、随分と距離を稼いだらしい。遠くに見えていた山も、今では少し近くに見える。
にしても、一応は周囲を警戒しながら歩いて来たが、銀騎士の言う『相当に厄介な連中』とやらの姿形どころか影すらも見受けられない。
「ふむ、この谷を越えた先にいるのかな?」
だとしたら、それは好都合である。
ここから見える山の麓にはそれなりに木々が生い茂っていて、身を隠しながら移動するのに適していそうだからだ。
ただし、その前に一つだけ問題がある。
「まずはこの谷をどうやって渡ればよいものか……」
対岸までの距離は、優に五十メートルは越えている。
自力で飛び越えるのが不可能であることは明らかで、今から谷を横断する為の橋を用意するなんて現実的に考えて無理だろう。
「じゃあ、この谷を降りるしかないのか?」
そう言いながら、吹きつける風に注意して恐る恐る谷底を覗くと……。
「怖え……」
思わず怖気づいてしまった。
断崖絶壁であり、見下ろした谷底は薄暗く、目視では高さを具体的に測ることはできないが、生身の人間が落ちれば即死は免れないということは嫌でも理解できる。
これを降りるのは相当に骨が折れそうだ。
「下をあまり見ないようにして、時間を掛ければ……うん?」
言い終える前に、風以外の音が聞こえてきた。それも複数。
嫌な予感しかしない。
「あーあ……『魔獣の森』に痕跡はあったもんなぁ」
音の正体については薄々気付いている。
なんたって、聞いたことのある羽ばたき音だからな。んでもって複数ということは、『魔獣の森』で大量に突き刺さっていた針の持ち主たちである可能性が高い。
そこまで考えると、俺は腹を括って音のする方向を見上げた。
するとそこには……。
「なんてこったい……今度こそ俺の年貢の納め時かぁ?」
もはや絶望する気力すら湧かないくらいに、理不尽な光景が広がっていた。
「確かに、これは『相当に厄介な連中』と言っても過言ではないな」
あろうことか、ワイバーンと思わしきモンスターたちが俺に向かって飛来しているのだ。その数は最低でも十体以上。
ほぼ詰んだことが確定したということもあり、正確に数える気にならなかった。
「いやぁ、この状況下だとどうしようもないからな。はははは」
溜め息の代わりに乾いた笑い声が出てしまった。
逃げようにも、目の前には断崖絶壁の崖。背後には見通しが良すぎる平地。逃げ場なんてものは皆無に等しく、どう足掻いても逃げられない。
もう諦めるしかないのだろうか?
「まぁ、絶対に助からないと決まったわけではないけど……って、何かおかしいような気がするのだが?」
獲物を捕捉したワイバーンは高速で飛来するのだが、目の前から向かってくるワイバーンたちの飛行速度がやや遅いように感じる。
「実際のワイバーンはゲームと違う挙動をするのか……いや、そういう訳ではなさそうだな」
ワイバーンの群れが近づくにつれ、先頭を飛ぶワイバーンの背中の上に人影らしきものが見えてきた。
きっと、いつもより遅いのは背中の人影が原因に違いない。
「おいおい、あのワイバーンの群れを従えているのか?」
銀騎士といい、最近の異世界はワイバーンを従えるのが流行りなのかね……いや、冗談にしてはあまり笑えないな。
とにかく、銀騎士が言っていた『相当に厄介な連中』とやらは、あのワイバーンの群れで間違いあるまい。
「で、ワイバーンの上にいる奴は一体何者なんだ?」
まさかのまさかで、銀騎士の知り合いだったりして……。
それこそ、組織とやらに所属しているのだろうか。仮にそうだとすると、ワイバーンの群れを従えているから、組織内でもかなり高い地位の人物かもしれないな。
「何にせよ、銀騎士がわざわざ忠告したからな。このまま穏便に終わるってことはないだろうよ」
下手しなくとも、いきなり襲い掛かってくる可能性は十分に高い。
ただ、そうなったらなったで、俺が一方的に殺されてしまいそうだが……どうしたものか。
「いや、まだ助からないとないと決まったわけでもないし、交渉の余地があれば見逃してもらえる可能性だってある……と思いたい」
どう足搔いても、希望的観測でしかないんだよなぁ。
そもそもの話として、ワイバーンを従える人物がまともであるとは限らないわけで……特に銀騎士がいい例だ。
そのうえ、鼻無したちを虐殺した疑いがある。
「……いきなり襲い掛かってきた時に対応できるように、心構えだけでもしておくか」
そう呟き、改めてワイバーンの群れへと視線を向けると、先頭を飛ぶ一体がゆっくりと降下しながら距離を詰めてきた。残りは俺の頭上を旋回している。
少なくとも、いきなり襲い掛かるつもりはなさそうだ。
「ふむ……俺と話をするつもりかな?」
わざわざ降下してきたのだから、可能性としては十分にありえるだろう。
降下するワイバーンの背にはフード付きのローブを羽織った人がいて、背格好的に男のように見える。
ある程度まで降下すると、黒いローブを羽織った人物が威圧的な声で問いかけてきた。
「そこの貴様!ここへ何をしに来た!」
声からして男だろうか。にしても、随分と警戒しているように感じるな。
ま、それはさておき……ここは相手の要求に従って大人しく答えるとするか。
「俺はこの谷を越えて南に進みたいだけだ!」
さて、相手はどう出るのやら。できればこのまま穏便に終わるといいんだけどなぁ。
しかし、その考えは甘すぎた。
「ふん!見え透いた嘘は止めるんだな!」
「ちょっと待て!どうして嘘だと思う?」
一応は正直に答えた筈なんだけどな。何を根拠に嘘だと断定したのやら。
「あの『魔獣の森』にはな、正気を失って凶暴化したモンスターどもが大量にいただろ。あれは俺様の計画に邪魔が入らないように、正気を失わせる薬をばら撒いておいたんだ。まぁ、あの鼻がない巨人には効果が薄かったからつい殺しちまったが……それはどうでもいいか」
「おいおい薬ってマジか。しかも鼻無しを殺したのはやっぱり……」
俺の呟きが聞こえなかったのか、黒いローブの男は話を続けた。
「でだ。普通の人間なら、危険を冒してまで『魔獣の森』を通過してこの谷に行こうとは考えまい。にもかかわらず、貴様は一人でこの谷へと来た」
「こっちにも色々と事情があるんだがな……」
「はっ、白々しい!どうせ俺様の邪魔立てが目的に決まっている!だから危険を犯してまで『魔獣の森』を通ったのだろ!」
「えっ?」
「さぁ、白状しろ!誰の指図を受けてここに来た!」
「えっ??」
どうしてこうなった……。
邪魔立てをするつもりなんて、これっぽっちも考えてないんだけどな。
しっかしまぁ、思い込みが激しそうだ。こうなってくると、まともな話し合いは望めないだろうよ。
そして、そんな俺の嫌な予感はものの見事に的中してしまった。
「しらばっくれても無駄だ!俺様のことが気に食わないあの連中の誰かに命令されてここに来たんだろ!命が惜しくば正直に答えろ!」
「あの連中って、どこの連中だよ。てか、このパターンだと正直に答えても殺されそうな気がするんだが……」
「ほう、少しは察しがいいようだな。ならば言い方を変えよう。正直に答えれば苦しまずに死なせてやる」
「正直に答えなかったら?」
「恐怖を味わってから死んでもらおう。では改めて問うぞ!貴様は誰の指図を受けて俺様の邪魔立てをしに来た!」
「やっぱり、どのみち殺されるパターンかよ……」
ワイバーンを従える奴って、碌でもないのばかりだな。ただ……話が通じる銀騎士の方がまだマシに思える。
にしても、どうしたものか……このまま殺されるしかないっていうのか?
「だんまりを決め込むつもりか?ふんっ、見上げた忠誠心だな。よかろう、恐怖を味わってから死ぬがいい!!」
「おい、いくらなんでも早計にも程があるだろ!?」
打開策を考え出す暇すら与えてくれないのかよ。某大佐なら三分も待ってくれたのにな。はぁ……せっかちだとしても、これは酷すぎる。
内心で嘆いていると、黒いローブ男はついにワイバーンの群れに指示を下すのであった。
「貴様なんぞに構ってる暇はないのでな。ワイバーンども!やってしまえ!」
黒いローブ男の声に応じ、上空を旋回していたワイバーンの群れの動きが急激に機敏となり、一斉に上昇を開始した。
狙いはもう明白だ。だが、防ぐ手立てなどはない。
「うっそだろ……」
「ハッハッハッハッ!!後悔したところでもう遅いわ!貴様はここで死ぬ定めだからな!」
「くっ、回り込まれたか……!」
崖を背にする形で黒いローブ男を乗せたワイバーンと相対することとなり、逃げ場を失ってしまった。
しかも、銀騎士の『クーちゃん』と違って目の前のワイバーンからは本物の殺気が放たれ、気圧された俺は足が竦んで動きだすことすら叶わなかった。
「これで貴様は終わりだ!死ねぇっ!」
「あの数で『スティンガーショット』を撃ち込まれたら……洒落にならねぇぞ」
間違いなく、鎧の身体は粉々に粉砕されるだろう。
絶体絶命な状況だというのに、その時が訪れるのを待つことしかできないというのか。あまりにも残酷だ。
そうして、間もなくその時が訪れようとしていた。
「「「クォーン!!」」」
「『万事休す』……こんなところで終わりかよ!」
統率の取れた動きで急降下したワイバーンの群れは、尻尾の先端に生える針を無慈悲に一斉に射出した。
もはや回避は不可能だ。このまま針に貫かれて、粉々に砕かれる末路を受け入れるしかないのか。
そう覚悟して身構えていたのだが……まさかのまさかで俺の予想を裏切る展開になったのであった。
「うおっ!?」
突き刺さった衝撃に驚いて声を上げたものの、痛みは感じなかった。
というのも、何故か射出された針は俺の周りに深々と突き刺さっていたのだ。
「外れた……いや、何かおかしいな」
まともに動けない俺に針を撃ち込むのは、ワイバーンにとっては赤子の手をひねるように簡単な筈だ。
なのに、針は俺を貫くことはなかった。
「何故だ……?」
そんな俺の疑問に答えてくれたのは、やはりというか黒いローブ男だった。
「言っただろ。貴様には恐怖を味わってから死んでもらうと」
「恐怖って、一体どうやって?」
「フフフ……なぁに。すぐに理解できる」
黒いローブ男がそう告げた次の瞬間、足元からヒビが入る音が響く。それも致命的と思わせるような。
「おいおい、まさか……」
「ようやく気づいたか。そう、そのまさかだ!」
そうこうしている間にも足元が次第に揺れ始め、崩壊音を響かせていた。
逃げ出そうにも目の前にはワイバーンが居座っているし、それどころかバランスを崩して膝をついてしまって動けない。
「いい気味だ。このまま谷底に落ちる恐怖を味わって、あの世に逝くがいい」
「けっ、いい趣味してやがるぜ」
と、俺が悪態をついたと同時に足元が完全に崩壊した。
当然ながら、成す術もなく落下するわけで……。
「落ちるぅぅぅっ!?」
「フハハハハハハッ!」
黒いローブ男の高笑いが遠のいていくのを感じながら、俺は谷底へと落下していった。
こんな落下を体験したことのない俺は恐怖で混乱しそうになったが、まだ希望はあると己に言い聞かせて必死に冷静さを保つよう努めた。
「せ、せめて落下速度を緩和することができれば……」
幸い岩壁に近く、手を伸ばせば何とか届きそうだ。
何とか腕を突き刺すことができれば、助かるかもしれない。
「上手くいってくれよ。せいっ!」
岩壁に向けて貫手を繰り出す。
しかし、足場のない空中ということもあってか上手く力を込められず、表面を砕くという結果に終わってしまう。
「くっ!もう一回!」
めげずに繰り返すも結果は変わらず、谷底はどんどん近づいていく。
もはや猶予は残されていない。それでも焦りながら最後の足掻きを考えつくと。
「ぬぅ、こうなったらギリギリのところで壁を蹴って落下の威力を相殺する……な、何だ!?」
不意に、今までに感じたことのないプレッシャーが俺に襲い掛かってきた。
その強烈さは何時ぞやの姫様と呼ばれる少女に匹敵するか、あるいはそれ以上。そんなプレッシャーを感じたせいか酷く動転し、逃げ出したい一心で咄嗟に岩壁を蹴ってしまう。
「はっ、しまった!」
致命的なミスを犯すも、時既に遅し。今や岩壁から数メートル以上も離れている。
こうして、足掻く手段を完全に失った俺は谷底に落下するしかなかった。
「うあぁぁぁあぁぁぁぁぁっ!?」
落下する恐怖のあまり叫び声を上げるが、無情にも恐ろしい速さで谷底へと近づいていく。
そして……数秒も経たないうちに谷底に衝突してしまうのであった。
「があ゛ぁぁぁぁぁっ!?」
さすがの俺も死を覚悟していたのだが、意外にも生き残ることができたようだ。
足から谷底に衝突したおかげか、下半身の大部分が砕けて光の粒子となって消えたが、意識はまだある。
しかし、砕けて消えた代償として激痛と虚無感に苛まれるのは避けられない。
「ぐぅぅ……こ、この感覚は……相変わらず……慣れそうにないぜ……」
とはいえ、なんとか生き残ることができたのだから、代償としてはまだ軽い方だろう。
「さて、あの黒いローブ男の言っていたことが気になるところだが……」
計画についてや、『魔獣の森』に正気を失わせる薬をばら撒いたことが気掛かりである。が、今はそれどころではない。
「さっきのプレッシャーの持ち主は一体……」
今までにもプレッシャーを感じたことは何度もあったが、落ちる途中で感じ取ったアレは別格だ。
もしかすると、恐ろしく強大な何かが谷底にいるのかもしれない。
「はぁ……今度こそ俺はお終いかもしれんな」
下半身の大部分が失われたこの状態では、満足に移動することが叶わないのだ。移動できたとしても、亀の歩みのような速度でしか動けないだろう。
あのプレッシャーの持ち主が今の俺に襲い掛かろうものなら、その時は確実に詰んだとしか言いようがない。
「ワイバーンの群れに襲われて、谷底に落ちても生き残れたのにな……こんなのあんまりだぜ」
『踏んだり蹴ったり』、『泣きっ面に蜂』といったことわざが当てはまりかねない状況を悲観し、諦め気味にそう嘆くと。
「お前……何者だ?」
「え?」
唐突に誰かから声を掛けられたのであった。




