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第三十二話 理不尽な敗北

残念な年上のお姉さんっていいなと思っていたら、後半のほとんどが茶番になってしまった……

 ワイバーンの唐突な登場に身構えつつ、如何にして逃げおおせるかと思考を巡らす俺に対し、背後から銀騎士が声を掛けてきた。

 それも緊張感の欠片もなく、むしろ余裕すらも感じられる声で。


「君さぁ、おねーさんとの勝負から逃げようとするなんて酷くない?」


「危ない橋は渡りたくないんでね……。ところで、アンタはこの状況でも落ち着いていられるんだな」

 

 ワイバーンを刺激しないように、ゆっくり振り向きながら言葉を返す。

 にしてもおかしい。ワイバーンという強力なモンスターが現れたにもかかわらず、銀騎士は落ち着き払っているのはどうしてだ?

 考えられる限りでは、理由は一つしか思い浮かばないのだが……。


「ふっふっふ、わたしがそこのクーちゃんに待機するようお願いしてたから当然でしょ。君を逃さないようにってね」


「それさ、本気で言ってんのか?」


 反射的にそう突っ込んでしまうも、内心のどこかでは嘘や虚言の類いではないと、確信めいたものを抱いていた。ついでに『クーちゃん』という名前が気になったが、今はそれどころじゃないから敢えて無視した。

 まぁ、銀騎士が落ち着いていられるのは、自らこの状況を作り上げたから、と考えられるからな。


「いやいや、ホントだよ。だって、普通のワイバーンならもうとっくに襲い掛かってくる筈だからね」


「……それもそうか」


 銀騎士の言うとおり、『クーちゃん』と呼ばれるワイバーンはその場に滞空するだけだ。それ以上のことをしてくる気配はないし、殺気も感じられない。ただ、俺が少しでも逃げる素振りを見せると威嚇をしてくる。

 となると銀騎士の言葉に偽りはなく、もはや納得するしか他はない。

 だとしたら、何らかの方法でワイバーンを操っているのだろう。それならワイバーンに乗って空を飛べるし、ここまで俺を追い掛けるのは造作でもないことだ。

 待てよ。そうなってくると……。


「まさかとは思うが、あの時のワイバーンは俺を森から出す為にけしかけたのか?」


「ふふん、正解だよ。君が森から出てくるのが遅かったからさ、つい待ちくたびれちゃってね」


「はぁ……俺はアンタにまんまと踊らされていたんだな」


「あっ、ちなみにさ、君が鼻無しと戦っている最中に上を通り過ぎたのもわたしなんだけど、あれって邪魔しちゃったかな?」


「いや、全然。むしろ助かったぜ」


 この言葉には偽りはなく、素直な気持ちだ。

 どうやら、俺はこの銀騎士に助けられたらしい。本人にはその自覚はないかもしれないが、あれがなければ俺は鼻無しに殺されていたかもしれなかった。


「ふーん……見たところ無傷なのに、鼻無し程度に手こずっていたんだね。まぁ、魔鋼ゴーレムにだいぶ苦戦していたから、当然といえば当然なのかな?」


 心なしか落胆しているような声だったのは、気のせいではない。きっとこの銀騎士にとって、鼻無しは取るに足りない相手なのだろう。

 俺からしてみればかなりの強敵だったんだけどな。


「手こずるどころじゃなく、結構ギリギリだったんだが……」


「えー、そうなんだぁ。ちょっと残念」


「期待に添えなくて悪かったな」


 それはそうとして、この銀騎士が鼻無しよりも強いとなると相当に厄介な相手になるな。

 しかも、俺の背後にはワイバーンが待機してやがる。万が一にも襲い掛かってきたら、それこそ俺に勝ち目なんてものはない。


「そんなに後ろが気になる?わたしとしては、君とは一対一で戦いたいんだ。だからクーちゃんを襲わせるつもりはないし、わたしはちゃんと約束を守るからさ、気にせず戦おうよ」


「けっ、気楽に言ってくれるぜ」


 背後から放たれるワイバーンの威圧感は、ランク『B』帯のモンスターたちとは比にならない程に強烈で、気にするなというのが無理な話だ。

 さてはて、どうしたものか……。まぁ、戦略的撤退が叶わない現状においては、銀騎士と戦う以外の選択肢は皆無に等しい。

 気が進まないが……こうなっては仕方ないな。


「やれやれ、腹を括るしかないのか」


「お、やっとその気になってくれたんだ。お姉さん嬉しいよ」


 俺の言葉に反応し、銀騎士は双剣の右側を上段、左側は下段に構えた。対する俺はボクサーのように拳を構えるのだが、この構図はどう見たって不利だよな。俺は武器無しで、向こうは頑丈な鎧をも切り裂く武器を扱っているんだぜ?

 ただ、それでも戦わなければならないのが悲しい現実だったりする。


「じゃ、気を取り直して……ふっ!」


「ふんっ!」


 先程と同様に距離を詰めてくる銀騎士に対し、俺は真っ向から右の拳を繰り出す。が、これは難なく躱され、お返しと言わんばかりに右腕を切り裂かれてしまう。

 そうして、それを切っ掛けに戦いの幕が切って落とされた。


「あっは!随分と積極的に攻めてくるじゃない。いいよー、そういうの。お姉さんは嫌いじゃないよ!」


「くっ!軽口を叩きやがって!」


 幾度も蹴りや拳を繰り出すも、そのことごとくが躱されたり受け流されたりで、有効打には至らなかった。

 対して、銀騎士は軽口を叩きながらも鮮やかに俺の攻撃を捌いては、それに並行して俺の鎧の身体に斬撃を浴びせてきた。おかげで、俺が攻撃を繰り出す度に傷が増えていくばかりだ。


「おーっ!君の鎧って改めて凄いねー!普通の鎧なら今頃はバラバラに切り刻まれているよ!」


「ぬぅっ!いってぇな!」


 あまりにも一方的で面白くない展開ではあるが、繰り出される斬撃の全てが浅く切り裂く程度にとどまり、致命傷からは程遠く、地味に痛いだけなのがせめてもの救いだろうか。

 ただ、このジリ貧の状況が続くのはマズいかもな。と、思っていたところで、銀騎士が少し飽きたような口調で語りかけてきた。


「ねぇ、威勢があるのはいいんだけどさ、君の攻撃って単調で分かりやすいんだよね。もしかして……焦ってる?」


「当然に決まってんだろ!!」


 後ろからワイバーンが襲ってくるかもしれない。そんな不安を抱いてるせいで気が気でないのだ。

 だからこそ、短期決戦で終わらせたいという気持ちが強くなってしまい、半ば捨て身の攻撃を敢行している。


「やっぱり、後ろのクーちゃんが気になっちゃう感じかな?」


「ああ、その通りだよっ!」


 苦し紛れに渾身の前蹴りを放つが、容易く見切られ、躱されてしまう。

 うーん、全く攻撃が当たらないし……ここは回避に徹して隙きを窺うべきか?

 いや、それは無理だな。前にギルと戦った時は辛うじて剣筋を読んで躱すことができた。だが、銀騎士の巧みな剣捌きによって軌道が目まぐるしく変化し、そのおかげで剣筋がろくに読めず、躱すのは困難を極める。

 いやはや、銀騎士がこんなにも厄介だとは思わなんだ。


「にしても君って、あまり戦い慣れしてない感じがするんだけど、実際のところはどうなの?」


「そうだな……対人戦は数える程で、アンタのような双剣使いは今回が初めてだ」


 モンスター戦ならゲーム内で培った知識に加え、『魔獣の森』で大量に相手にしてきたから慣れてきたという自負はある。

 が、対人戦に関しては経験不足が否めない。しかも、最後に戦った相手といえば……一瞬で俺の両腕を切り飛ばした、あの姫様と呼ばれる少女だ。

 ただし、あれは勝負にすらなっていなかっただろうよ。


「なるほどねぇ……そんな君が『魔獣の森』を単独で突破したのは称賛に値いするとは思うけど、自慢の鎧のおかげってのが大きいかな?」


「否定はできねぇな」


 鎧の身体でなければ、俺なんてとっくに殺されていたに違いない。

 で、それはそうとして、結局のところこの銀騎士は何が言いたいんだ?

 一応だけど、今は戦っている最中なんだぜ。よくもまぁ、悠長に喋っていられるものだ。

 つっても、相変わらず俺の攻撃は当たらないし、鎧の身体には大量の斬撃が浴びせ続けられて傷だらけだ。


「んー、君の鎧の硬さは驚異的ではあるけど……だからといって、未熟な君を相手に少しでも本気を出すのは、ちょっとつまんないんだよねぇ」


「はっ!本気を出さねぇと俺を倒せないっていうのか?」


 しかし、銀騎士の口ぶりからしてどうも本気を出すつもりはないらしい。

 なら、どうするつもりなのだろうか。いっそのこと、勝負を放棄してくれたら俺としては助かるんだが……それが甘過ぎる見通しと知るのは、この後のことである。


「そんなわけで、後はよろしくねー」


 そう言って、唐突に銀騎士が攻撃を中断するや否や、即座に俺から俺から離れたのだ。


「は?よろしくってどういうことだ?」


 口から疑問が漏れたその直後に、銀騎士が言っていた言葉の意味が嫌というほど理解できた。


「クオォーンッ!」


「がはっ!?」


 背後から鳴声が聞こえたと思いきや、強烈な重みと衝撃を受けてしまい、気づけば俺は踏みつけられていたからだ。

 もはや身動きすら取れない。


「これで実質、君は負けたわけだけど、わたしは約束を破っちゃったね。そういうことだからさ、この勝負は次に持ち越しってことにしてもいいかな?」


「テ、テメェ……ぐぅっ!」


 よりによって、勝負を中断させる為にワイバーンを襲わせやがったようだ。

 これはいくらなんでも理不尽過ぎるだろ。大人しく手を引いてくれるだけでよかっただろうに。


「さてさて、敗者である君には勝者の要求に応じる義務があると思うのだけれど、理解できるよね?」


「ふざけたことを言いやがって……っ!」


 勝ち誇ったように語ってはいるが、銀騎士がやったことはただの反則勝ちだ。ならば、わざわざ要求に応じる義理もなければ義務もない。

 だが、そうは問屋が卸さないようだ。


「立場が分かってないのかなぁ?よし、軽くやっちゃっていいよ」


「クオーッ!」


「ぬおおおぉっ!?」


 銀騎士がワイバーンに指示を出し、踏みつける足に力を込めやがった。

 すると俺に対する圧力が強まり、全身から軋む音やヒビの生じる音が悲鳴のように響き、身体中に痛みが走った。言うまでもないが、踏み砕かれるのは時間の問題だろう。

 つまり絶体絶命のピンチであり、助かるには銀騎士の要求に応じなければならない。

 忌々しいが、もう意地を張っている場合ではないな。


「ぐぐぐっ……よ、要求は何だ?言ってみろ」


「お、物分かりが良くなったようだね。お姉さんは感心したよ」


「そういうのはいいから、早く要求を言ってくれ!それとできれば足の力を弱めほしいんだけど!」


「しょうがないなぁ。クーちゃん、手加減してあげて!」


「クォーン」


 銀騎士の指示を受けたワイバーンは、返事をするかのように鳴き声を上げた。

 すると、踏みつける力が弱まったのか幾分か圧力がマシになる。ただし、身動きが取れないのは相変わらずだ。


「これでいいかな。それで、わたしの要求なんだけど、一つだけ質問に答えてほしいんだ」


「質問だと?」


「別に指輪に関することじゃないからさ、そこは安心していいよ」


「そうか……じゃあ、他に何を聞き出したいんだ?」


 約束を破った手前、さすがに本命を聞き出すつもりはないらしい。

 銀騎士がそこまで厚かましくないのはいいんだが、一体どんな質問をしてくるのやら。簡単な質問だったらいいんだけどな。

 と思っていたら、銀騎士はやけに真剣な様子で語りだした。


「難しい質問じゃないから、絶対に正直に答えてちょうだいね」


「あ、あぁ……」


 念を押すということは、きっとそれだけ重要なことを聞き出したいのだろう。


「それじゃ、ズバリ聞くけど……ティノちゃんってフェリンとどんな関係なの?」


「??????」


 意味が分からず、頭の中が疑問符で埋め尽くされてしまった。

 銀騎士の真剣な様子からしてもっとこう、俺の正体に迫るような質問とか、俺の目的を聞き出してくると思って警戒していたんだが、まさか盛大に予想を裏切る質問が来るとは……。

 というか……一体全体、何を考えてそんな質問をするんだ?とりあえず、理由だけでも聞いてみるか。


「質問に質問で返すようで悪いけど、アンタの質問の意図を聞かせてくれないか?」


「い、いや、別にやましいことは考えてないからね。その……ほら、わたしってフェリンの元保護者でしょ。だから……元保護者として関係性を知っておきたいとうか……」


「なるほど。その気持ちは分からんでもない。で、それを知ってどうするつもりだ?」


「わたしとしては……な、仲良くしたいなぁって考えてるだけだよ」


 仲良くねぇ……どこまで本音なのやら。

 言い淀んでいるあたり、何か別の目的があるように思えなくもない。少し揺さぶりでもかけてみるか?


「仲良くなってどうするつもりだ?まさか、フェリンの弱味を握る為に利用するんじゃないだろうな?」


 さぁて、どんな反応をするのやら。

 と、内心で思いながら銀騎士に注目していると、またしても俺の予想を裏切ってくるのであった。


「ちょっと待って!君は何を想像しているのかな!?わたしがフェリンやティノちゃんに物騒な真似をするわけがないでしょ!」


「クオーッ!」


「ぐふっ!分かった。分かったからワイバーンを落ち着かせてくれないか?」


 銀騎士の動揺に呼応するかのように、ワイバーンが踏みつける力を強めたのだ。

 こんなことで踏み潰されて死ぬのは勘弁してほしいぜ。


「おっと、悪いことをしちゃったね。こら、クーちゃん大人しくしなさい」


「クォーン」


「ふぅ、助かった」


 しっかしまぁ、あの動揺ぶりは演技ではなさそうだな。

 ということは、少なくともフェリンとティノに危害を加えるつもりはないのだろう……たぶん。


「もう、変な誤解は止めてちょうだいよね。わたしはさ、フェリンちゃんと仲良くなって一緒にお風呂に入ったり、一緒にベットで寝たいだけなんだから」


「な、なるほど?」


 やっべ、余計に訳が分からなくなったんだが。そこまで仲良くなる必要性が俺にはまったく理解できない。ただ、これが銀騎士の本音であることはなんとなく確信できた。

 しかしだ……どことなく邪な欲望の影が見え隠れしているような気がするのだが、それは俺の気のせいだろうか?


「で、ティノちゃんはフェリンとどんな関係なの?わたし的には同僚、友達、家族のうちどれかが当てはまると推測しているんだよね」


「だいたい合っているな。でもさ、その気になれば自前で確かめることくらいお手の物だと思うんだが、どうしてわざわざ俺なんかに聞くんだ?」


「あははは、君の指摘はごもっともなんだけど、いざ確かめようとしたらさ、ヤバい人に目をつけられそうになって慌てて逃げてきたんだ」


 ヤバい人?それは誰のことだろうか。

 って、あの街には姫様と呼ばれる少女が訪れていたんだっけ。あの少女が相手だったら、慌てて逃げるのは無理もないな。

 とりあえず、銀騎士の事情は分かった。後は俺が質問に答えるだけだけど、その前にはっきりさせておくことがある。


「さて、負けた身としてはいい加減に質問に答えるべきなんだろうが、最後に確認させてくれ。二人に危害が加わるようなことは起きないよな?」


「くどいねぇ……って言いたいところだけど、君が警戒するのは当然か。わたし自身はともかくとして、うちの組織は色々とやらかしてるからね」


「それで、二人の安全は保証できるのか?」 


「もちろん!フェリンのことは組織に伏せておくし、ティノちゃんとその周りの人たちに手を出させないように努力はするよ」


「その言葉、信じさせてもらうぞ」


 とか真剣な口調で会話しているが、フェリンとティノの関係性について聞かれているだけなんだよな。

 俺からしてみればそこまで重要なことではないと思うのだが、答えるだけで安全を保証してくれるみたいだし、それで良しとしよう。

 じゃあ、お待ちかねの返答タイムといくか。


「まぁ、結論から言えば二人は姉妹だな。ティノが姉で、フェリンが妹ってところだ」


「……へぇ」


 その短い一言を放った途端に、銀騎士の雰囲気が一変した。


「お、おい、どうした?」


「二人は姉妹かぁ。だったら、そっち方面の妄想が捗るってもんだよ。むふふふ……」


「ヒッ」


 銀騎士の様子が不気味で気色悪く、思わず小さな悲鳴を上げてしまった。

 邪なことを考えているのは火を見るより明らかで、手元に携帯端末があれば即座に通報するところだ。

 まぁ、ここは異世界だからそれは叶わないが、それだけ銀騎士から犯罪臭がするということだ。


「ふふふ、いつかは三人で一緒にっていうのも一興だね」


「おい!アンタは一体何を考えているんだ!」


「ナニってそりゃ……あっ!もうっ、女の子に恥ずかしいことを言わせようとしないでよ!」


「え、えぇ……」


 まさかのまさかで逆ギレしてきたのだが、俺って悪くないよな。

 そもそもの話として、邪なことを考えている銀騎士の自業自得ではなかろうか?

 それに、ティノとフェリンに危害を加えないと言っていたのに、別の意味で二人に危険が迫りそうなのだが……。


「むぅ、油断も隙もあったもんじゃないね」


「何を言っているのやら……」


 ただただ呆れることしかできなかった。この銀騎士はどこか胡散臭いとは思っていたが、年端も行かぬ少女に邪な欲望を抱くような人物だなんて、誰が想像しただろうか。


「君、なんか失礼なこと考えてない?」


「気にすんな。アンタの気のせいだから」


 ただまぁ、この変態銀騎士ならティノとフェリンに危害を加える心配はまずないな。その辺は信用できる。

 でも、代わりに色んな意味で不安だったりはする。


「やっぱり失礼なこと考えてない?」


「だからアンタの気のせいだって」


「ふーん、それならいいけど。……ねぇ、一応聞いておくけどさ、君も混ざろうだなんて考えてないよね?」


「いやいやいやいや、アンタみたいな変態と一緒にしないでくれ……あっ」


「ふーん、君ってわたしのことをそう思ってたんだ」


 カマを掛けられてしまうとは……地味にマズいな。怒っていないといいんだけど。


「まぁ、否定はできないから今回は許すよ」


「否定はしないのか」


 ともあれ、助かったか。もし怒るようであれば、このまま踏み潰されて死ぬ可能性があったからな。


「ただし……このことは他言無用でお願い。わたしって、これでもそれなりに地位が高いからさ、今のことを君が暴露しちゃうと、ちょっと困るんだよね」


「マジでお偉いさんだったんだ……。まぁ、誰しも隠しておきたい趣味とか性癖はあるだろうし、今のことは聞かなかったことにするぜ」


「本当?バラされたくなかったら言うことを聞け、とか言ってお姉さんにあんなことや、こんなことをさせようとか思わないの?」


「俺をなんだと思ってやがる……少なくとも下衆みたいな真似はしねぇよ。というか、踏み潰されるかもしれないこの状況下でそんなこと言えるか」


「そっか、なら安心だね。いやぁ、こう見えてもわたしは美人さんだから、変なことを考える男が後を絶たないんだ」


「苦労しているんだな。とりあえず、男の前で隙を見せないように気をつけときなよ」


 にしても、どんな美人さんなのだろうか?

 鎧のせいで素顔が拝めないから、どうも気になってしまう。つっても、見た目が美人だとしても、中身が残念なんだよなぁ。


「君さぁ、失礼なこと考えているでしょ?」


「逆に聞くけど、どうして分かるんだ?」


「んー、女の勘ってやつかな」


「マジかよ……」


 ふむ、マリンダさんの時といい勘というのは厄介だな。ポーカーフェイスが通じないし、わりと的確に言い当ててくる。

 勘が鋭い相手の前では、余計なことはあまり考えない方が良さそうだな。


「で、何を考えていたのかな?」


「おい、質問はもう終わったんじゃねぇのかよ。そろそろ解放してくれよ」


「だーめ。君が早く答えればいいだけの話でしょ?」


 見逃すつもりはないらしい。下手に黙秘したところで時間を浪費するだけか……ここは大人しく正直に答えるのが賢明か。


「はぁ……見た目が美人でも、中身が残念なんだよなって思っただけだ」


「あっはははは。返す言葉もないねぇ」


 否定しない辺り、自覚はしているらしい。

 そして、俺の返答に満足したのか、ワイバーンに指示を出すのであった。


「よし。クーちゃん、もう解放してあげていいよ」


「クォーン」


「やっと解放されたか……」


 何とか冷静を保っていたが、あのワイバーンに踏みつけられたまま会話を続けるだなんて、冗談抜きで心臓に悪いぜ。

 まぁ、鎧の身体だから心臓なんてものは存在しないんだけどね。

 等と考えながら立ち上がると、銀騎士が不意打ち気味に質問を投げかけてきた。


「そうそう、そういえばマリンダさんってティノとどんな関係なの?」


「おい、まさかマリンダさんにも……」


「違う違う。守備範囲外だから君が心配することはないよ。純粋に気になっただけだから」


「なるほど……」


 別の意味で納得できた。

 この変態銀騎士にとって、年端もいかぬ少女が欲望の対象なのだろう。やはりというべきか、色んな意味で危険だな。

 おっと、勘づかれたら面倒だし、さっさと返答しておこう。


「店主と従業員ってところだな。あぁ、これはついでの情報だけど、フェリンの怪我が治ったのはマリンダさんが最上級ポーションを使ってくれたおかげだぜ」


「ふむふむ、機会があればお礼を言っておきたいね。とりあえず、色々と教えてくれてありがとう」


「どういたしまして……とでも言えばいいのかな」


 一方的に約束を破られて負かされた挙句、脅迫されて強制的に質問に答えさせられたのだから、内心は複雑だったりする。

 ただ、それを蒸し返したところで意味がないし、速やかにこの場から立ち去ってもらうのが建設的だろう。


「じゃっ、次に会う時までには、経験を積んでもっと強くなってちょうだいね」


「俺としては会いたくないんだけど」


「ところがそうもいかないんだよねぇ。君から聞き出さないといけないことがあるんだから。まぁ、今日のところはただの挨拶程度に思ってくれたらいいよ」


「そうかい……」


 挨拶にしては物騒過ぎるだろ。という突っ込みを飲み込み、ワイバーンの背中に乗り込む銀騎士を眺めていた。

 そうして、飛び立つ準備が整ったと思いきや……銀騎士は最後に不吉なことを言い残すのであった。


「おっと、別れる前におねーさんが一つだけ忠告してあげる。この先を進むのなら覚悟しておいた方がいいよ。相当に厄介な連中が居座っているから」


「何だって、それはどういうことだ?」


「それじゃあ、忠告もしたことだし、またねー」


 話は終わりと言わんばかりに、銀騎士を乗せたワイバーンは翼を広げて力強く羽ばたき、風を起こしながら空へと舞い上がると、そのままあっという間に飛び去っていった。


「行っちまったか。にしても、最後に気になることを言い残したが、この先には一体何が待ち受けているんだ?」


 ポツンと一人取り残され、思わず疑問を口にするが、その場に虚しく響き渡るだけだった。


次回はより理不尽な相手と戦うことになると思います

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