第三十一話 謎の銀騎士
今回は会話が多めです
「おぉっ! やっと強化できたか」
先にフォレストストーカーたちの死体で鎧の身体を修復し、次に鼻無しの死体から可能な限り血を飲むと、身体の底から力が湧き上がるのを感じた。これでさらに力が増して、鎧の身体も一段と硬くなった筈だ。
「欲を言えば、鼻無しと戦う前に強化できていればよかったんだけどなぁ」
とはいえ、結果的に強化できたのは普通に有り難いし、鼻無しを苦労して殺した甲斐があるというものだ。これからは、ランク『B』帯のモンスターが相手でもそこまで苦労することはないだろう。
「まぁ……数で攻められたら洒落にならないけど」
故に、強化できたからと言って調子には乗らず、慎重に動くべきだ。もちろん、慎重になる理由はそれだけではない。
「鼻無しとの戦いであの様だったからな……ランク『A』帯のモンスターとはまだ遭遇したくはないぜ」
ランク『A』帯になると、基本的に十六人で挑むのが前提となる。そのほとんどが、恐ろしく厄介で強敵なモンスターばかりだ。ランク『B』帯で手こずっている今の現状では、勝負になるかすらも怪しいだろう。
しかも、この付近に潜んでいないとは限らないし、それどころかこの場にいたであろう痕跡ならしっかりと残っている。
その痕跡とは、鼻無しとの戦いで使用した針のことだ。
「あの針の数からして……どれだけの数がいたのやら」
最低でも十数体以上はいてもおかしくはない。もし遭遇してしまえば、ほぼ確実に俺は殺されてしまうに違いない。
例え、切り札である『神格解放』を使ったとしても結果は変わるまい。何故なら……。
「何でこんなところにワイバーンがいるんだよ」
ワイバーンとは、ランク『A+』の超が付く強力なモンスターである。
さらに言えば、鼻無しとの戦いの最中に突如として現れては瞬く間に飛び去っていったモンスターこそがワイバーンに違いない。あの時の行動はよく分からなかったが、あれは一体何をしたかったのだろうか。
ともあれ、今は近くにいないから細かい説明は割愛させてもらおう。いずれ遭遇した際に、嫌でも色々と思い出すことになるからな。
「つっても、『魔獣の森』を抜けた先にいるかもしれないんだよなぁ……」
もしかすると、説明する機会は近いかもしれないが……そんな機会は是非ともご遠慮願いたいものだ。
兎にも角にも、無事に『魔獣の森』を抜けたとしても、より慎重に行動する必要があるな。
「あー、それはそうとして……コンパスはどこにいった?」
『魔獣の森』から確実に抜け出す為にも、コンパスがなければ厳しい。
たぶん戦闘の途中で落としたのだとは思うが、果たして無事なのだろうか。そこが心配だ。
そう思って辺りを探していると、日に反射して光る何かを複数見つけた。
「おいおい、まさかとは思うが……」
悪い予感がして恐る恐る近づいて確認すると、そこには粉々に粉砕されたコンパスの残骸が散らばっていた。
あまりの無残な姿に少し胸が痛む。
「こんな変わり果てた姿になっちまって……」
今までよく持ちこたえてくれていたが、とうとうお別れの時が来てしまったようだ。
短い付き合いではあるものの、このコンパスのおかげで迷わずここまで辿り着けたし、それなりに愛着も沸いていた。
俺としては、できれば一緒に『魔獣の森』を通り抜けたかったのだが、こうなっては仕方ないか。
「あともう少しだったのにな。とにかく、今までありがとうよ」
なんて感謝はしているものの、実際のところはコンパスをお礼にくれた少女に対してするべきだろう。
ただ、感謝の気持ちを伝えるにしても、次に会えるのは何時になることやら。
「まっ、会えたときは忘れないようにお礼を言っておくか。で……ここからはどうしようかな」
かなり奥まで来たと思うから、南の方角さえ分かれば『魔獣の森』なんて今日中にはおさらばできる筈だ。
ただし、コンパスを失った今では自力で南の方角を割り出さなければならない。
「さてはて、どうしたらいいものかねぇ」
闇雲に進んで迷子になるのだけは、何が何でも避けたいところである。
そう思って、何かいい手がないかと思考を巡らそうとしたその時だった。羽ばたくような音が聞こえ、やや遅れてとんでもない気配を感じ取ったのだ。
「っ!? まさここに戻って来たというのか!?」
姿はまだ見えないが、羽ばたく音といいこの気配の持ち主はワイバーン以外にあり得ない。
かなりマズい。見つかる前にこの場から急いで離れないと。
「くっ、不本意だが……仕方ない」
方角が分からないまま移動するのはリスクを伴うが、ワイバーンに襲われるのに比べたら遥かにマシである。
ひとまずは、羽ばたく音がする方向とは逆の方向に進むとしよう。
「追いかけてこないといいんだが……」
だがしかし、その呟きは現実のものとなってしまった。
走っても走っても、ワイバーンの羽ばたく音と気配が一向に遠ざからないのだ。むしろ、少しずつ近づいているような気がする。
「たまたま同じ方向に進んでいるだけならいいんだけどな……」
偶然だと信じたい。なのに、そんな俺の思いとは裏腹に思いもよらない展開になってしまうのであった。それは前方の木々の隙間から漏れる光を見て、思わず立ち止まった時のことである。
頭上をワイバーンが通り過ぎ、羽ばたく音と共に気配が遠ざかっていった。そこまでは良い。問題はこの次だ。
「おーい、そこから早く出ておいでよ。わたしは君と話をしに来たんだ。危害を加えるつもりはないからさ、大人しくこっちに来てくれない?」
「わけが分かんねぇよ……」
俺はただただ戸惑うことしかできなかった。
ワイバーンの気配は感じられなくなったし、羽ばたく音も聞こえない。その代わり、何の脈絡もなく女性と思わしき場違いな声が聞こえてきて、声の主は俺と話をしたいと言ってきた。
真意が分からないうえに、どこまで信用していいんだ?
「ねぇ、聞こえているんでしょ? おねーさん無視されると傷ついちゃうなー」
「ええい! もうどうにでもなれ」
このまま立ち尽くすだけでは埒が明かない。ひとまずは、声の主の要求に従って近づいてみることにしよう。
そうして、光を浴びながら木々の隙間を抜けると、一瞬だけ大量の光が視界を遮った。
「『魔獣の森』を抜けたのか……?」
開けた視界の先には山が見え、頭上には青空が広がっている。
そして視線を前に向けると、俺に呼びかけたであろう人物がそこに佇んでいた。その人物は全身を銀色の鎧で覆っていて、まさしく銀騎士と呼べるような姿をしている。
当然だが、こんな人に心当たりはない。
「アンタは何者だ?」
「それはこっちのセリフなんだけどね、カイト君。それはさておき、まずは君にお礼を言っておきたかったんだ」
「何故に?」
お礼を言われるようなことを目の前の人物にした覚えがないんだが。
もしかして、新手の詐欺師か?お礼をするとか言い出して俺をどこかに連れて行くつもりじゃ……。しかも、一方的に俺の名前を知っているしで地味に怖いんだけど。
「そうあからさまに怪しまないでほしいんだけどなぁ」
「怪しむなっていうのは無理な話だぜ。それで、具体的には何のお礼だ?」
「ほら、君が前に助けた女の子がいたでしょ?」
「……どの女の子だっけ?」
マリンダさんは女の子と分類してもいいのだろうか。それと直近なら、お嬢様っぽい少女もいたっけ。
他に助けた女の子といえば……。
「しょうがないなぁ。フェリンって名前の女の子がいたでしょ。わたしね、以前にその子に色々と指導していたんだ」
「フェリン……あー、確かに助けたことがあるな…………は?」
目の前の銀騎士は聞き捨てならないことを口にした。
色々と指導していたとのことだが、フェリンも指南してくれた人がいたとか言っていたよな。つまり、フェリンに指導をした人物なら、マリンダさんのいる街を危機的状況に陥らせようとした黒幕の仲間であってもおかしくはない。
ひとまず、黒幕について知っているかどうかを聞いてみるか。
「いきなりで悪いが、アンタに質問させてもらう。ロイやフェリンに自爆する指輪をはめさせた奴を知っているのか?」
「あぁ……彼のことか。まったく、あんな悪趣味な指輪を可憐なフェリンにはめるだなんて、本当に最低な奴だよ」
否定はせず、むしろ肯定した。が、銀騎士の口ぶりからして怒っているように感じられる。
「えっ、もしかして怒ってるの?」
「そりゃあねぇ、フェリンは手塩にかけて育てたし、たっぷり愛情を注いだんだよ。なのに彼はわたしに黙ってさ、あの指輪を勝手にはめさせちゃったんだからね。元師匠だったわたしが怒るのは当然でしょ」
「そ、そうか……」
よく分からんが、少なくともこの銀騎士の人はフェリンにあのクソ仕様指輪をはめたことに関与はしていないし、むしろ不愉快に思ってるみたいだ。
そういや、フェリンはとても優しい方とか言っていたっけ。確かに、今の話を聞く限りではフェリンに対しては優しそうである。
「でもよ、そんなに大事なら暗殺なんか教えないでさ、普通の暮らしをさせてやればよかったんじゃないのか?」
「んー、孤児だったフェリンはうちの組織に拾われちゃったからねぇ。普通の暮らしなんてほぼ不可能だと思うよ。だから、組織の中で生き抜いていける術を色々と教えるしかなかったんだ」
組織ときたか……貴族の長男を使い捨てにしたり、魔王軍とも繋がりがあるということは、それなりに規模が大きそうだ。
ダメもとでもいいから、組織について聞いてみる価値はあるな。
「物騒な組織だな。それはそうとして……その組織とやらについて詳しく話を聞かせてもらいたいんだが」
「アッハッハッハ。いくら君がフェリンの恩人だとしても、それではできない相談かな」
「だと思ったよ」
陽気な口調ではあるものの、確固とした拒絶の意思が感じられた。
やはり簡単に口を滑らせるわけがないか。それでも、いつかまた対立するかもしれないし、少しでも組織に関する情報を引き出したいものだ。
ただ、フェリンの恩人であり、敵意のない相手に対していきなり暴力に訴えるのは気が引ける。他に何かいい方法があればいいのだが……。
「じゃあ本題に入るけど、フェリンをあの指輪から解放してくれてありがとう。おかげで、彼女は人並みの幸せな生活を営むことができそうだよ」
「ま、まぁ、どういたしまして……で合ってるのかな?」
「間違ってはいないんじゃない。ところでさ、ちょっと質問をしたいけどいいかな?」
「内容次第だな」
質問ねぇ、何を聞きたいのやら。
まっ、答えられない質問に対してはキッパリ断るけどな。何しろ、この銀騎士が急に敵になるかもしれない。ここは隙を見せないように気をつけておこう。
「ねぇ、君はどうやってフェリンの指輪を取り外したのかな?」
「どうやってと言われてもな……」
いきなり返答に困る質問が来てしまったぞ。指輪ごと指を喰い千切って口の中で爆発させて処理しただなんて、馬鹿正直に答えれるわけがない。
というか、信じてもらえるかも怪しいだろう。どうしたものか。
「んふふ、指輪の自爆が発動したのは分かっているんだよ。でも、フェリンは無傷で生きていた。これってどういうこと?」
「いや、正確には無傷じゃないんだけど……最上級ポーション使っちゃたし」
「えっ、そうだったの?だから遠目で見たときは何ともなさそうにしてたのかな」
「ん? 遠目だと? フェリンとは直接会ってないのか?」
「あっ……」
あからさまに動揺していた。どうやら、今の反応からして銀騎士はフェリンと直接会ってないようだ。
仮に、本当にフェリンと直接会ってないというのなら、無傷だと思い込むのも無理はない。つまり、直接話をしていないということにもなる。
となると……。
「おい、どうして俺があの指輪からフェリンを解放したと分かったんだ?」
指輪に関しては、俺とフェリン以外に知っている人はほぼ皆無の筈だ。もしも他に知っている人がいるとしたら、せいぜいフェリンに従っていた男か、マリンダさんとティノぐらいだろう。
だというのに、この銀騎士は何故か知っていた。当然それは疑問に思うし、他にも怪しい点が幾つもある。
やはり、俺の油断を誘って襲い掛かるつもりなんじゃ……。
「ちょっと、そんなに警戒しないでちょうだい。わたしはね、君以外にあり得ないと確信してここまで追い掛けて来たんだから」
「ふーん、確信した理由が気になるな。聞かせてもらえないか?」
「それならお安い御用だよ。まず、フェリンがはめてたあの指輪が自爆して消失したのは確認済み」
「ちなみに……その確認方法は?」
「んー、まぁ、これも教えたところでわたしには問題はないし……いいよ」
思いのほかあっさりと承諾してくれた。そこまで重要な情報ではないのだろうか。だとしても、何かの役に立つ時がくるかもしれない。聞いておいて損はないだろう。
「あの指輪ってさ、実は遠隔で管理してあるんだ。だから、誰がいつ自爆したのかはすぐに分かることなんだよね」
「なるほど……」
それでフェリンの指輪が自爆したことを知っていたのか。ふむ……真偽は定かではないにしても、話の辻褄が合うのは確かだ。
にしても、遠隔で確認できるとは便利だな。遠くで誰かが自爆したとしても、即座に自爆した人物と場所を特定できるし、何らかの問題が発生したと察知することができるからな。
まぁ、それは置いておくとして……。
「で、アンタはフェリンが死んだと思ったわけだな」
「それは少し違うかな。最初にフェリンのことで報告を受けたときは悲しかったよ。だけど、その後にあることを聞いてさ、もしかして生きてるんじゃないって思ったんだよ」
「あること?」
「えーと、君が戦った魔鋼ゴーレムなんだけど、とどめの刺され方に違和感を感じてね」
「おい……まさかとは思うが、魔鋼ゴーレムを遠隔操作してたのはアンタだっていうのか?」
「いやいや、あんな人形遊びはわたしの趣味じゃないから違うよ。正しくは、操っていた本人から聞いたんだ」
「へぇ……」
マズい。明らかにマズい。
街を陥れようとした黒幕や魔鋼ゴーレムを操っていた人物を知っていたり、そして余裕のある口調といい、目の前にいる銀騎士は組織の中でもそれなりの地位……あるいは、幹部といったお偉いさんである可能性がありそうだ。
つまるところ、俺はその組織に敵対行為をしているから、銀騎士が俺を敵と認定していてもおかしくはないだろう。今のところはまだ敵意を感じないが、何をしでかすか分からない。いざとなったら、戦うか逃げるかの選択をする必要があるかもしれん。
「でね、魔鋼ゴーレムの核に何かを投擲されてとどめを刺されたみたいでさ、少なくとも君じゃないのは確かなんだよね。かと言って、ジャックっていう人でもなさそうなんだよね。使っていたスキルは連発できないみたいだし」
「よくそこまで分かったな……」
「ふふん、聞き込み調査の賜物だよ」
「そうかい……」
あの時の野次馬共から聞き出したのだろう。ただ、魔鋼ゴーレムにとどめを刺した人物を目撃した人は俺を含めて誰一人としていない。俺がフェリンだと特定できたのは、あの状況下でそれが可能だったのがフェリンだけだったからだ。
「誰がとどめを刺したんだろうって気になって現場を調べてみたんだ。そしたらさ、不自然な砂を見つけたんだ」
「砂……あっ」
使い捨ての魔剣は、一度使うと自壊して砂のようになる。
この銀騎士がそのことを知っているとしたら……持ち主であるフェリンがとどめを刺したという考えに至ってもおかしくはないし、実際にその考えに至ったからフェリンを見つけ出したに違いない。
「それを見てさ、フェリンが餞別に渡した使い捨ての魔剣を使ったんじゃないかと思ったんだよね。使い捨てでも、魔鋼ゴーレムの硬い核を破壊することは十分に可能。そして、このわたしが直々に武器の扱いを仕込んだんだから、投擲なんてお手のものだろうね」
「だから、フェリンが生き残っていて、魔鋼ゴーレムにとどめを刺したと結論づけたのか」
「そんなところだね。ただ、ここである疑問が生まれたんだよ」
「指輪……か」
「まさにその通りだよ。指輪の自爆が確認されたのに、何故か生きていた。まぁ、それはそれで嬉しかったんだけどね」
「だが、フェリンを指輪から解放したのは俺だとは限らないだろ」
しかも、それを知っているのは俺とフェリンだけの筈だ。
それでも、何故かこの銀騎士は俺がやったと確信を抱いているらしい。どうしてなのだろうか……不思議である。
「ふっふっふ、これも聞き込み調査で分かったことなんだけど、どうもフェリンはロイに誘拐されていたみたいでさ」
「だからどうしたっていうんだ?」
「肝心なのはここからだよ。聞いたところによると、誘拐される前には指輪をはめていたのに、救出されてからは指輪をはめていなかったみたいんだ」
「細かいところまでよく見る人がいるもんだな……」
「んー、フェリンと一緒にいた女の子がさ、指輪が無くなっていることに気づいて騒ぎになった。って話を聞いたんだよね」
「ティノだな……」
おおかた、指輪を奪われたと思い込んだに違いない。少し過保護なところもあったし、騒ぎになったのも納得がいく。
「ところでさ、後でティノって女の子について教えてくれない?」
「特に重要なことじゃないと思うんだが……」
そんなことを聞き出して、一体何になるというのだろうか。
いや、フェリンの元保護者ならどんな関係性なのかは気になってもおかしくはないか。だとしても、この銀騎士がティノに危害を加えないとも限らないし、教えるかどうかは慎重に考えた方がよさそうだ。
「それで話を戻すけどさ、君が誘拐されたフェリンを助け出したことになってるみたいなんだ」
「……あながち間違ってはないな」
ただし、実際のところは俺を排除するという目的の為に、フェリンが誘拐を自作自演したのである。
その真相を知る人は当事者たち以外にいないとは思うが、この銀騎士なら真相に辿り着いてもおかしくはないな。
「つまりね、フェリンを救出した君が指輪の行方を知っている筈なんだ。何せ、誘拐はフェリンの自作自演だからね。君以外の人が指輪に触れることはまずあり得ない」
「ふんっ、さすがに見抜いていたか」
「当然でしょ。フェリンの考えることは何でもお見通しなんだから。ちなみに、君の噂も色々と聞かせてもらったけど、フェリンが君を排除したくなった理由がよく分かったよ」
「はぁ……どうしたものかね」
これで言い逃れはできなくなった。そのうえ俺の噂を聞いたということは、化け物じみていることも承知だろう。
たぶん、馬鹿正直に話しても信用はしてくれそうだ。
「さて、わたしの方からは十分に話したと思うけど、カイト君は満足してくれたかな?」
「だいたいは納得できた。でも……あまり気が進まないんだよなぁ。アンタのこと信用できないし」
今でこそ穏便に話し合いをしているが、この銀騎士とは敵同士と言っても過言ではないのだ。
何より、俺から聞き出して何をするつもりなのか、それが分からないのも気掛かりだ。もしかして、指輪に何らかの対策を施すつもりじゃ……。
仮にそうだとしたら話すわけにはいかないが、本当のところはどうなのだろうか?
「えー、お姉さん困っちゃうなー。君が正直に話してくれないと……実力行使に出るかもしれないよ?」
「あ? 危害を加えないとか言ってたくせに、脅すつもりかよ」
「まぁ、わたしも色々と事情があるからさ、生憎と手段は選べなくてね」
口調こそ余裕がありそうだが、銀騎士のから発せられる真剣な雰囲気からして、余程の事情があるようだ。
ふむ、これは予想外の展開だな。とりあえず、事情とやらを聞き出してみるか。
「単刀直入に聞く、アンタの言う事情とやらを詳しく教えてくれないか? 内容によっては、俺も正直に話してやらないこともないぞ」
「悪くない提案だけど、おいそれと口外していい内容じゃないから……断らせてもらうよ。そ・れ・に、わたしもカイト君のことを完全に信用はしていないんだ」
「お互い様か……やれやれ、ブーメランが返ってきちまったぜ……」
とはいっても、この交渉が決裂するのは想定通りだ。
お互いに素性が知れないし、裏で何を考えているかも分からない。多少なりとも警戒するのは仕方ないと言えるだろう。
所詮は敵同士に等しい間柄だ。最終的に取る手段は一つに限られる。
「あーあ、結局は力づくで聞き出すしかなさそうだな」
「そうなるかな……」
銀騎士は静かに呟くと、背中から二振りの剣を引き抜き、油断なく構えた。
動作や構え方、そして本人から滲み出る気迫は、素人目から見ても熟練者のそれにしか見えない。油断のできない相手になりそうだ。
ましてや、フェリンに使い捨ての魔剣を餞別として与えたと言っていたのだから、この銀騎士が魔剣を使っても不思議ではない。故に、慎重に戦う必要がある。
「さぁて、君はたった一人で魔王軍を退けたと噂で聞いたけど、その実力はどれ程ものかな?」
「あまり期待しないでくれ。あれはたまたまなんだ」
「おっと、そんな謙遜はしなくていいよ。森の中からとてつもない力の奔流を感じたんだ。あれってカイト君だよね」
「……想像に任せる」
厄介だな。俺に奥の手があることは想定済みに違いない。ただ、『神格解放』については、どんな代物か分からないだろう。それなら初見殺しとしては機能する筈だ。
しかし、いきなり『神格解放』を使って短期決戦に持ち込むという選択肢は無しだな。相手の手の内が分からないのだから、こちらもいきなり手の内を晒すわけにはいかない。
「ふむ……どう戦おうかな……」
「おやおや、随分と悠長に考えているねぇ。そんなんじゃ、おねーさんには勝てないよっ!」
「くっ!?」
銀騎士から鋭い殺気が放たれ、一瞬怖気づいてしまった。
そして次の瞬間、全身を覆う鎧を着込んでいるにもかかわらず、銀騎士は瞬く間に距離を詰めて双剣で斬り掛かってきたのだ。
しかも、案の定というべきか、反射的に構えた両腕が浅く切り裂かれた。強化したばかりだというのにな。恐らく、魔剣のような強力な武器を使っているからだろう。
「へぇ……首を狙ったんだけど、反応は悪くないみたいだね。それに、並の鎧よりも桁違いに硬い噂通りか。まさか切り落とせないとはね」
「おい、悠長に喋る暇があるのかよ」
そう言い放ちつつ、腹部へと蹴りを放つ。が、銀騎士は軽やかな動きで躱し、飛び退いて距離を取った。
「おっと、噂通りなら常人よりも遥かに上回る力の持ち主みたいだし、君の攻撃を受けるわけにはいかないね」
「ちっ、戦いにくい相手だぜ」
ある程度は俺のことを把握していたおかげか、特に動じることなく冷静に対応してくれた。となると、驚いて隙を晒すなんてことは期待できないだろう。
うーん、あの一連の攻防で身に染みて分かったが、本当に厄介だな。この銀騎士は相当な熟練者でかつ、強力な武器を持っている。もはや強敵としか言いようがない。そんな相手に俺は勝てるのだろうか?
「君から無理にでも話を聞き出す為に、それなりの覚悟はしていたけど……まさかここまで骨が折れそうな相手だとは思わなかったよ」
「それ、褒めてんのか?」
というか、あの一瞬の攻防だけでそこまで評価できるものなのか?
よく分からんが、向こうも俺のことを強敵と認めたっぽいな。こうなってくると、なかなか油断はしないだろうな。
「ねぇねぇ、わたしも本気を出す気になったからさ、君も本気を出してみない?」
「断る」
即答だった。
切り札である『神格解放』は、いざという時に備えて可能な限り温存しておきたい。それに、たとえ『神格解放』を使ったとしても、銀騎士が回避に専念してしまえば無意味どころか、自滅に等しくなる。その可能性を考慮すると、やはりいきなり使うべきではない。
ともあれ、銀騎士の口車には乗るまい。
「そっかぁ〜。じゃ、気を取り直して再開といこうか!」
残念そうな口調ではあるものの、言い終えた銀騎士からは、先程とは比べ物にならない気迫が放たれていた。
少しは本気を出したのかもしれない。
「参ったな……」
未だに銀騎士の戦闘能力は未知数だ。
まぁ、さすがにあの姫様と呼ばれる少女程ではないとは思うが……『魔獣の森』で戦った鼻無しよりも強い可能性は十分に有り得そうだ。
そうなってくると分が悪い。逃走も視野に入ってくるかもな……。
「いやぁ、君のような骨のある人とはなかなか戦えないからねぇ。気合が入っちゃったよ」
「そうかい……」
どうやら、やる気のスイッチが入ったらしい。何というか、この異世界には好戦的な女性が多い気がするな。
まぁ、それは置いとくとして、逃走……もとい戦略的撤退でもするか。勝てるかどうかは抜きにしても、この銀騎士には不確定要素が多過ぎる。
そもそもの話として、無理に戦う必要はない。情報を引き出せないのは惜しいが、現状の目的は『竜人の里』に辿り着くことだ。ここで万が一、敗北するようなことになれば、その目的を果たせなくなるかもしれない。
となれば、ここは戦略的撤退が無難だな。
「盛り上がっているところすまないが、俺はおさらばさせて……うん?」
背中を向けて言い切る前に、頭上から羽ばたく音と共にとんでもない気配が近づいてきたのを感じた。そうして、もっと早くに戦略的撤退をしておけば良かったと後悔しながら、俺は頭上を見上げて叫んだ。
「何でだよ……。何で、このタイミングで出てきやがったっ!?」
まるで俺の逃走を察知して、妨げるかのように突如として出現したのは、今までに戦ってきたどのモンスターよりも遥かに格上である存在だ。
そのモンスターは、広げると優に十五メートル以上もある翼腕で羽ばたきながら、俺を見下ろすように滞空していた。身体は細身でありながらも全長は十メートル近くあり、異世界で遭遇したモンスターの中ではずば抜けた巨躯を誇る。
全身を覆う鱗は濃い緑色で、頭部はやや小さいながらも、蛇のような眼や口から覗く鋭くて長い牙と相まっていて、なかなかに凶悪な顔つきだ。足の鋭利な鉤爪は、俺を文字通り鷲掴みできそうなくらい大きく、凶器じみた拘束具として使えるだろう。
そして、最も特徴的なのが尻尾で……特に印象深いのがその先端だ。尻尾そのものは体長の三分の二を占め、先端には見覚えのある針が生えていた。
もちろん、その姿を見て間違える筈もない。そのモンスターはランク『A+』の……。
「ワイバーン、会いたくなかったぜ……っ!」
当然ながら、こんなモンスター相手に勝てる見込みはない。というか、空を飛ぶ相手に対してどう足掻いても手の出しようがないのだから、絶体絶命と言える状況だろう。




