第三十話 魔獣の森 ④
投稿が遅くなって申し訳ございません。
「もう朝か……」
頭上から朝日が差し込み、日が昇り始めたことに気づいた。
つまり、ほぼ一晩中ずっとモンスターを殺し続けたということになるな。一体、どれだけの数を殺したのやら。確実に言えるとしたら、死体を数えるには相当に時間を要することだろうか。
「ホント……我ながらよくやったもんだぜ」
と、屍の山を眺めながら己のしたことに対して呆れていた。ただし、別に好き好んで屍の山を築いたわけではない。ほとんどが正気を失っていた為に、やむを得ず殺しただけだ。
まぁ、おかげで大量にモンスターの血が手に入ったことを考慮すると、収穫としては上出来だろう。ただし、損傷した鎧の身体を修復させる為にだいぶ消費したこともあってか、俺自身の強化に至らなかったのは少し残念なところである。
「まったく、不味くても我慢してるっていうのにな……」
神様はモンスターの血から吸収できるマナの質が悪いとか言っていたけど、まさかここまで悪いとは思わなんだ。
とは言え、さすがにもう少しで強化される筈だ。何せ、殺したモンスターたちの中にはあのアーマードロックとダークネスパンサーが含まれているのだからな。
「今にして思うと、よく生き残れたよな俺」
襲い掛かるフォレストウルフやフォレストタイガー、オブディシアンオウル、ボマーテイルを蹴散らしている最中に、同時にその二体が現れた時は理不尽過ぎて軽く絶望しかけたものだ。
ただ、その時は何とか機転を利かせたおかげで無事に生き残れた。
「ははっ、モンスター共が密集した状態でアーマードロックの角をへし折った時は爽快だったぜ」
他のモンスターを無視して真っ先にアーマードロックの角を狙ったのである。そうして強引に角をへし折り、岩が分離されて全方位無差別攻撃を引き起こすことに成功した。
その代償として俺もそれなりの損害を受けたものの、結果として大半のモンスターを一掃することができたうえに、ダークネスパンサーも完全に避け切れず後ろ足に被弾していたから、想定以上の成果を得られたとも言える。
しかも、生き残ったボマーテイルたちが報復と言わんばかりに一斉に爆撃を開始して、アーマードロックを巻き込んでくれたのが最高だったぜ。おかげさまで、折れた角でとどめを刺すのは楽だったからな。
「んでもって、ダークネスパンサーは……無謀にも近接戦を仕掛けてきたんだよなぁ」
きっと正気を失っていたせいだろう。それでいて持ち味である俊敏さが失われていたこともあり、喉元にアーマードロックの折れた角を突き刺して殺すのはそう難しくなかった。
その後はボマーテイルの爆撃で何度か吹き飛ばされながらも、時間を掛けて襲い掛かるモンスターを全て殺し尽くし、血を飲んで死体を一箇所にまとめて今に至っている。
「ところで……アイツらは何がしたいんだ?」
唯一、襲い掛からなかったモンスターたちがいる。そのモンスターたちは未だに木の枝の上に陣取っており、今もジッとして俺のことを見下ろしてやがる。もちろんお察しの通り、フォレストストーカーの群れのことだ。
最初は高みの見物と洒落込んで、俺が殺したモンスターの死体を狙っていると思っていたのだが、どうやら違うらしい。
「気味が悪いな……」
何を考えているのやら。間違いなく、よからぬことを企んでいるに違いないけど、今のところはその狙いが分かりそうにない。
まぁ、いい。いずれ分かることだ。とにかく連中の不穏な動きに気をつけるとしよう。
「さてと、そろそろ進むか……って、あれ?コンパスはどこにいった?」
いつの間にか落としていたみたいだ。あんな乱戦状態なら落としても仕方ないが、コンパスがないのは少しマズい。
たぶん近くに落ちてる筈だから、探すとするか。
「つっても、見つかっても無事かどうかが怪しいんだよなぁ」
仮に見つかったとしても、壊れている可能性は否めない。せめて方角さえ分かればいいんだがな。
「一体どこにあるのやら……ん?」
視界の端に光る何かが映った。
何かが日差しに反射しているのだろう。もしかするとお目当てのコンパスかもしれない。そう思い、正体を確認するべく駆け寄った。
「どれどれ、おおっ。やっぱりコンパスだ。しかも原型を留めてるじゃないか。こいつぁ有り難い」
大きなヒビが入っていて形も歪んではいるが、それでもしっかりと方角を示している。これなら迷わず南に向かうことができそうだ。
いやはや、完全とは言えなくても無事で良かったぜ。
「よし、南はこっちだな」
そうして、俺はコンパスを頼りに南へと歩みを進めるのであった。……フォレストストーカーの群れを引き連れてな。
「狙いが何にせよ、俺の邪魔立てをするようなら叩き潰してやる」
頭上を警戒しつつ、僅かに殺意を込めてそう口にした。
だが、この時は知る由もなかった。『魔獣の森』の奥地で、フォレストストーカーの企みを気にする余裕がなくなる程に、追い詰められるということを。
それは歩き始めてから数時間後のことである。
「何も起きないなのはいいんだが、フォレストストーカーの連中が静かにしているのが気がかりだな」
道中はモンスターの襲撃がなく、付いて来るフォレストストーカーも静かで、森の中を散策しているような錯覚に陥ってしまいそうだ。
変わった点があるとすれば緑がより濃くなり、昼間にもかかわらず辺りが薄暗いということだろうか。
「だいぶ奥に進んだか……」
なのに、ここまで来てモンスターとまったく遭遇しないのは違和感を覚える。一応、順調に進んでいて助かってはいるが、手放しでは喜べないのが実情だったりする。
「やれやれ、肩透かしもいいところ……って言いたいところだけど、妙な胸騒ぎがするんだよなぁ」
思わずそう口にしてしまう。
昨日とは大違いで、静かすぎて何も起きないのは逆に胡散臭い。まさかとは思うが、これは所謂……「嵐の前の静けさ」的な状況だったりするのではなかろうか。仮にそうだとしたら、この奥にとんでもないモンスターが待ち構えていてもおかしくはないな。
そして残念なことに、その予感はものの見事に的中したのであった。
「グオオオオォォォォォッ!!」
「っ!?」
突如として、大地を揺るがすような野太い雄叫びが奥から響き渡った。それに反応し、頭上のフォレストストーカーたちも騒ぎ出す。
とんでもないモンスターが奥にいるのは、もはや明らかだ。
「マジかよ……これだったらアーマードロックの角くらいは持ってきたらよかったな……」
下手すると、俺の拳だけでは対処できないかもしれない。昨日といい、今回もかさばるという理由だけで置いていくべきではなかったか。
しかも、取りに戻ることも許されないようだ。木々を薙ぎ倒す音と共に、地響きめいた足音が背後から迫ってきたからである。
「間が悪過ぎるだろ!アーマードロックめ!」
唐突に現れた理由はよく分からないが、先程の雄叫びに反応したのだろうか。ともあれ、今の状況はあまりよろしくない。まさしく「前門の虎後門の狼」と言えるだろう。
「って、結構マズいのに何を冷静にことわざを当てはめてるんだ俺は。うーん、仕方ない……あまり気が進まないがここは奥に進もう」
今回ばかしは自棄や賭けではなく、打算があるからこそ奥に進むという判断を下した。と言っても、アーマードロックの全方位無差別攻撃を利用するというなかなかに姑息な手段の為だったりするけどな。
ただ、心のどこかでは上手くいかないだろうと思っている。何故なら、野太い雄叫びは前に聞いたことがあって、該当するモンスターに心当たりがあるからだ。
「はぁ……できれば当たってほしくないんだけどねぇ」
そんな泣き言を零し、俺は背後から迫りくるアーマードロックから逃げるべく奥へと駆け出した。
しばらく走っていると、不意に開けた場所に出てしまって対面したのである。雄叫びを上げたであろうモンスターに。
「心の準備がまだ終わってないんだけど!うおっ!?」
アーマードロックが背後から追いついてきて、ギリギリのところで横に転がって何とか突進を避けることができた。
危なかったが、俺の代わりに目の前のモンスターと対峙してくれたから結果オーライと言えるだろう。しかし、アーマードロックでは叶う相手ではないのだ。
「やっぱり鼻無しか……相手にしたくはねぇな」
鼻無しとは、簡単に説明すると肌が灰色の巨人で、名前の通り鼻が無いのが特徴的である。そして肝心のランクは……ダークネスパンサーよりも格上の『B+』で、今まで遭遇したモンスターの中でも最も強い。
故に、アーマードロックといえども分が悪く、目の前では自慢の突進が受け止められていた。
「なんて馬鹿力だよ……」
鼻無しは突進の勢いでやや後ろに押し出されたものの、角を掴んで完全に抑え込んでいる。体長は三、四メートルくらいだろうか。アーマードロックよりも一回り大きいとはいえ、その膂力は凄まじいの一言に尽きる。
ただ、力を入れすぎたのか、角が根本からへし折れてしまった。
「あっ」
三度目ということもあり、俺は迷いのない動きで木の幹の裏へと退避していた。
そうして次の瞬間、分離した岩が散弾のごとく飛散して周囲の木々に被害をもたらすのが音で分かった。
当然ながら、鼻無しは至近距離でもろに受けた筈なのだが……。
「嘘だろ……」
木の幹の裏から顔を出すと、驚きの光景が繰り広げられていた。
あろうことか、腕で庇った顔面以外は飛散した岩が僅かにめり込んだ程度にとどまり、ほぼ無傷だったのだ。
「あんな奴どうやって殺せばいいんだよ……」
しかし、戦う気力が失せた俺とは対照的に、角が折られたことによって激昂したアーマードロックは、岩を操って新たな角を生成して果敢に攻撃を仕掛けた。が、鼻無しは岩の角を難なく掴むと力任せに引っ張っては倒し、首に手を掛けようとしていた。
と、そこまで見届けた俺は即座に駆け出した。勝負が決したのは明らかで、次の相手が俺であることはほぼ確実だろうし、俺としては相手にしたくない。故に、今回ばかりは戦うことを全力で避けるべきだと判断したのである。
「わざわざ殺す必要はねぇ!ここは逃げさせてもらうぜ!」
鼻無しとアーマードロックを横目に通り過ぎ、背後から響く骨の砕ける音を無視して、必死に『魔獣の森』のさらに奥へと進んだ。
だが、木々の間を駆け抜けた先にはより開けた場所があって、そこには凄惨な光景が広がっており、視界に入った途端に思わず足を止めて後ずさってしまった。
「何だこれは……」
死屍累々。真っ先にその単語が浮かび上がった。鼻無しを始めとする、この『魔獣の森』に生息しているであろう様々なモンスターたちの無惨な死体が辺り一面を埋め尽くしていたからだ。
俺も屍の山を築いたが、目の前の光景に比べるとまだ生易しいだろう。何故なら、ある死体は身体の一部が欠損していたり、上半身と下半身が分かれていたり、原型をとどめていない死体ばかりが散乱しているからだ。
あまりにも凄惨でグロテスクな光景は目を逸らしたくなるが、この場において不自然な代物があって、どうしても気になって目を離せないでいた。
「えげつないな。にしても、鼻無しがデカい針に貫かれて死んでやがるとは……」
針と呼ぶには異常に大き過ぎるそれは槍と見紛う代物で、長さは二メートル近くにも及ぶ。それが何十本も地面を穿っていて、さながら槍の雨が降った後のようにも見える。
鼻無しはその内の一本の針によって串刺しにされ、死んでいた。他にも、アーマードロックさえも岩の鎧を纏った状態で貫かれて死んでいる。
目の前の虐殺現場と表現できそうな光景は異常過ぎるが、この光景を作り上げたと思われる犯人には心当たりがあった。
「まさか……あのモンスターがやったのか?でも、一体何の為に?」
疑問を抱くも、今は悠長にしている場合ではない。というのも、追いかけてきたであろう先程の鼻無しの足音が背後から聞こえたからだ。
「くっ、思ってた以上に足が速いな。ここで迎え撃つしかないのかよ……」
既に戦いを避けることは諦めている。まぁ、諦めが肝心っていう言葉もあるし、嘆いても仕方ないから思考を切り替えただけのことだが。
それに、この場所なら迎え撃つには申し分無いだろう。異常に長い針は武器として活用できるうえに、モンスターの死体から血を飲めば鎧の修復ができて持久戦ができる。戦う条件としては悪くない。
後は、俺次第といったところだろうか。致命的なミスを犯さなければ、どうにかなる……と思いたい。
「とりあえず、改めてのご対面といこうか」
そう口にした次の瞬間、鼻無しが木々の間から姿を現した。よく観察してみると鼻息を荒げていて、眼は異様に血走っており、まさしく怒りの形相といった表情を浮かべていた。
どうしてそこまで怒り狂っているのだろうか……いや、そのヒントならこの場に存在しているじゃないか。
「あの針に貫かれた鼻無しの死体が、コイツの仲間とか家族だったりしたら……」
怒り狂うのは当然だ。先程の雄叫びも、怒りによるものかもしれない。
ともあれ、この鼻無しを殺すのは相当に骨が折れそうだ。ランク『B+』であることに加えて怒り狂っているとなると、この上なく厄介だからな。
「さてはて……どうやって攻略したらいいものか」
「グオォォォォッ!!」
俺を敵と認識した鼻無しは敵意と怒りを込めた視線を向けると、雄叫びを上げて向かってきた。攻略方法は戦いながら考えるとしよう。
ただ、鼻無しが相手だと分が悪過ぎるんだよなぁ。
「馬鹿力といい、頑丈な身体といい、高い治癒能力といい、どんだけだよ……」
おまけに、ある程度の魔法や状態異常への耐性まで備わっている。その為、生半可な戦力で返り討ちに遭うといった話をよく耳にしていた。
なのに、今の俺はたった一人という恐ろしく心許ない戦力で戦わなくてはならないからな。無理ゲーと言っても過言ではないのではなかろうか?
「まったく、骨が折れるってレベルじゃねぇぞ」
愚痴りつつ、繰り出される拳や蹴りを回避することに専念していた。
怒り狂っているせいなのか鼻無しの攻撃は単調で荒々しく、攻撃を読み切るのは難しくはない。だが、回避ばかりでは埒が明かないし、いつかは追い詰められる可能性だってあり得る。どこかで反撃を仕掛けたいところだな。
「うーん、中途半端な攻撃だと傷つけても時間をかけてしまったら治してしまうから……急所を狙って一気に片をつけれたら理想的なんだけど」
ただし、急所を狙うのは容易ではない。何故なら、急所は胸と頭部と実に分かりやすいにもかかわらず、位置が高くて手が届かないからだ。
故に、鼻無しを跪かせるか転倒させるといった一手間が必要となる。
「はぁ……遠距離攻撃ができたら頭を集中して狙うだけなのにな」
ゲーム内では一人か二人でヘイトを取って囮役となり、残りの人は魔法や弓矢で急所である頭部を狙うのがオーソドックスな攻略法だ。
また、遠距離攻撃の手段が無い場合では、一斉に足を集中攻撃してから転倒させ、それから急所の胸を狙うという、前者よりもリスクを伴う攻略法もある。
当然ながら、俺が選ぶべき攻略法は必然的に後者となるのは言うまでもない。
「くぅっ!何をするにしてもまずはあの針を回収しないと戦いにすらならんぞ」
攻撃を回避しながら地面に突き刺さっている針のもとに近づいてはいるものの、一瞬でも気を抜けば即座に攻撃を喰らいかねない。故に、慎重にならざるを得えないからもどかしい。それに、よしんば近づけたとしても引き抜くのが間に合うかどうか。
少しだけでもいい。少しでも鼻無しが隙を晒してくれたら、すぐさま引き抜いて反撃に転じられるのだが……。
「まっ、そんな都合のいいことがあるわけ……はぁっ!?」
半ば諦めかけていたところで唐突にとんでもないプレッシャー……もとい気配を感じた。そして、飛行する何かが突風を巻き起こしながら真上を通過し、瞬く間に飛び去って行ったのである。
あまりのでき事に動揺してしまったが、幸い鼻無しは遠ざかっていく何かに対して憎しみを抱いているかのように睨みつけて、雄叫びを上げていた。
「グオォォォッ!!」
「まさかあのモンスターが?」
もし俺の想像通りだとしても、どうして襲い掛からずに真上を通過しただけなのだろうか。そこが気になるところだが……それを考えるのは後回しだ。この絶好の機会を逃す手はないし、急いで針を回収して反撃させてもらうとしよう。
「これを武器として使う日が訪れるとはな……」
引き抜いた針は、良くも悪くもとても印象深い代物であり、こんな状況でもつい感慨深くなってしまった。槍……のように使えるかは分からないが、先端の鋭さを見る限りでは武器として運用できそうである。
「って、危ねえっ!」
駆けつけた鼻無しが俺を踏みつけようとしてきた。すんでのところで飛び退いて難を逃れたものの、焦っていたせいか十分な距離を取ることができず、反対の足による容赦ない重い追撃を喰らってしまう。
「ガハッ!!」
腹部を蹴とばされて、俺はサッカーボールのように宙を飛び、木の幹に叩きつけられた。そしてやはりというべきか、鼻無しの攻撃は強烈で、腹部に大量のヒビが生じては激痛が駆け巡っている。
分かりきっていたが、何度も攻撃を受けるわけにはいかないな。
「うぐっ!修復さえしちまえばどうとでもなるとは思うんだが……」
モンスターの死体なら幾らでも転がってる。早速手近にある死体を拾い上げ、思いっ切り喰い千切って毛や皮、肉、血を一気に飲み込んだ。
味はいつもながら最悪だが、鎧の腹部は見る見るうちに修復された。
「まったく、こんな行儀の悪い真似はしたくなかったんだけどな」
しかし、悠長なことができないのが今の現状である。現に鼻無しがさらなる追撃を加えようと俺に向かって来ているのだから。
「どう迎え撃てばいいのやら……」
蹴とばされても針だけは手放さなかった。その代わり、コンパスがまたどこかにいってしまったが……この際は割り切ろう。まずは目の前の鼻無しに集中しないといけないからな。
「さっきのお返しだ!」
とりあえず、牽制を兼ねて針を投擲してみた。ただ、残念なことに投擲など一度も経験したことがなく、ドの付く素人の投擲な訳で……。
それなりに勢いもあり、狙いは悪くなかったのだが、足を掠めただけで終わってしまった。
「そう上手くは当たらないか……」
過ぎてしまったことは仕方ない。と己に言い聞かせて気持ちを切り替え、次の針を求めて駆け出した。
しかし、次の針を引き抜いて回収すると、意外なことに鼻無しはやや慎重な様子で距離を詰めてきたのである。
もしかして、さっきの投擲を見て警戒したのだろうか?
「一応は牽制になったみたいだな」
おかげで少しは余裕が生まれた。とはいえ、さすがに針を無駄に浪費する真似は避けるべきだな。近くには他の針はないし、また投擲して外したその時は、きっと鼻無しが全力で距離を詰めてくるだろうよ。
「ここは大人しく待ち構えておくのが得策か……」
下手に動くより、確実に当てられる近距離で戦った方が理に適っているしな。その代わり恐ろしく危険ではあるが……確実性を重視するなら背に腹は代えられん。
「グゥゥゥ……!」
「さぁ、掛かってこいよ!」
目の前まで近づいた鼻無しに敢えて挑発した。鼻無しから先に攻撃を仕掛けてほしいという思惑はあるから挑発したものの、巨躯のモンスターに見下されると威圧感はなかなかもので、内心では恐ろしく感じていたりする。
だけど……恐ろしさといえば、何時ぞやの姫様と呼ばれる少女と対峙した時はこんなものではなかったな。そのことを思い出したら、幾分か気が楽になったような気がした。
「いやぁ、あれは本当に絶望感が凄かったからな」
少なくとも、今の状況の方がまだ遥かにマシと言えるだろう。
攻撃は何とか避けられるし、オリハルコンのような尋常ではない武器を持っていないし、動けなくなってしまうようなプレッシャーは放っていない。
うん、冷静に考えると鼻無しは殺せない相手じゃない筈。無理ゲーは取り消しだ。
「だとしても、油断していいわけじゃないんだけどな!」
そう言い切ると同時に振り下ろされる拳をステップで躱し、臆することなく足元へと距離を詰める。当然、そんな俺の行動に鼻無しは反応して右足で踏みつけようとしてきたが、それは想定の範囲内のことだ。
数歩後ろに下がって踏みつけをやり過ごし、ここでようやく反撃に移ることができた。
「今度こそお返しさせてもらうぜ!」
地面を踏みつけた左足の甲に全力で針を振り下ろす。この至近距離でなら、外すことはまずあり得ないだろう。
そうして、狙いを違えることなく足の甲に突き刺すと、あまりにも針の先端が鋭かったのか、足を貫通して地面にまで至っていた。
いい一撃が決まった。が……次の瞬間に腹部に衝撃が走った。
「がはっ!?」
不意打ちにも等しく、対応できず数メートルは転ばされた。
少し混乱しつつも、腹部の激痛を無視して追撃に備えるべく即座に立ち上がる。
「慢心したつもりはないんだけどな。あっ、そういえば……」
記憶が正しければ、巨人系のモンスターは滅多なことでは怯んだりすることはない。つまり、足を貫かれようが意に介することなく反撃を繰り出したということになる。
「やれやれ、完全に失念していたな。それにしたって、怯まないのは困ったもんだ」
怯んだ隙に拳を脛に打ち込んだりして、俺の打撃がどれほど通用するのか試してみたかったのだが、これでは試せそうにないな。
「とりあえず、どうしたらいいものか……」
目の前では、鼻無しが足を貫いた針を無造作に引き抜いた。特に痛がる素振りは見せず、淀みない動作で投擲の構えに移行している。
「おい、まさか!」
危険だと認識したと同時に、針が放たれて一直線に俺に向かってきた。
しかもコントロールがいいのか、もしくは偶然なのかもしれないが、よりによって俺の顔面直撃コースである。
「くっ!?」
咄嗟に顔を逸し、側頭部が僅かに削れた程度で済んだ。ただし、まだ安心できる筈もない。鼻無しが肉迫してきたからだ。
次の手を模索するべく周りを見渡すと、方やモンスターの死体が複数あり、もう片方の方向には複数の針が突き刺さっていた。
「悩ましいな」
先に腹部の修復を優先するべきか……いや、早いところ決着をつけたほうがよさそうだ。
万が一にも、鼻無しが針を拾ってまた投擲するなんてことになれば洒落にならないからな。
「厄介にも程があるぜ」
そう愚痴りつつ、針が突き刺さっている方へと駆け出す。
でもまぁ、なんだかんだで攻略の仕方を思いついたりもしている。これから本格的な反撃に出るつもりだ。
「まずは牽制!」
追いつかれるよりも先に針を確保し、迷わず全力で投擲した。無論、しっかり狙いを定めていない為に外してしまうが、次の投擲を警戒した鼻無しの動きが鈍くなったから問題は無い。
すかさず次の針を手に持ち投擲はせず、鼻無しへと一気に接近した。俺の動きに反応して殴り掛かるも、前傾姿勢でこれを辛うじて回避。こうしてまたしても足元に辿り着くことができた。
「さっきと同じようにはいかねぇぞ」
半ば己に言い聞かせるように宣言すると同時に、左足の甲に針を突き刺して貫いた。そこへ鼻無しが蹴りで応戦してきたが、さすがに二の舞を踏むつもりはない。針を手放しながら転がって回避し、起き上がって針を引き抜いて回収し、頭上から振り下ろされる拳をステップでさらに回避。
「へへっ、少しはまともに戦えるようになったかな」
とは言ったものの、油断は禁物だ。もし修復していない腹部に一撃が入れば、ある程度の損壊は免れないからな。だからこそ、攻撃よりも回避を最優先にするべきだろう。攻撃に関しては、確実にできるタイミングでしていけばいい。
「よっと!隙きあり!」
踏みつけを躱し、お返しに左足のふくらはぎを貫き、即座に引き抜いて背後に回った。
「この調子なら……って思ったけど、まだ先は長そうだな……」
足の甲とふくらはぎを立て続けに貫かれ、それなりの量の血を流しているにもかかわらず、何事もなかったかのように鼻無しは振り向く。
「けっ、痩せ我慢でもしてんのかよ」
思わずそう呟く。
それでも、痩せ我慢していようが左足を徹底的に集中攻撃すればいずれは限界は訪れる筈だ。致命傷を与えるチャンスはその時だろう。
そのチャンスが訪れるまでは、焦らずじっくりと攻撃を続けるとするか。
「ま、それはそれで骨が折れるだろうけど……確実に殺すのなら手間は惜しんでいられないからな。おっと、その攻撃は甘いぜ!」
右腕による薙ぎ払いをしゃがんで躱し、お返しとばかりに今度は左の太股に針を突き刺してやった。
だが、今回は何故か貫通せず、それどころか引き抜くことも叶わなかった。
「んんっ!?」
瞬時に針を諦めて手放せばよかっただろう。しかし、動揺したせいかその判断に至ることができず、右肩に拳を喰らって殴り飛ばされてしまった。
「ぐはっ!?一体どうなってるんだ!」
右肩から走る激痛をあまり意識しないように急いで起き上がり、鼻無しへと視線を向けた。
すると、ある不自然なことに気づく。
「おいおい、血がほぼ流れてないのはどういうことだよ」
確かに太股を貫いたし、その感触は今も手に残っている。そして針は今も太股を貫いたままだ。
なのに、僅かな量しか血を流していない。
「ま、まぁ……あり得るとしたら」
自前の筋肉で強引に止血した。としか考えられん。で、針に関しては筋肉を固めた結果として抜けなくなったってところだろうか。
「初見殺しもいいところだぜ……」
ゲーム内で見たことがなければ聞いたこともない。
それはそうとして、針を失ってしまったのは面倒だな。早いところ次の針を確保しないと。
だが、鼻無しはおもむろに太股の針を引き抜き、投擲の構えを取っていた。
「ヤッベ!」
気づいたときには既に遅く、恐ろしい勢いで放たれた針は顔面直撃コースだった。このままでは、頭部が貫かれるどころか粉砕されてしまうだろう。
「いってぇっ!!」
もちろん甘んじて顔面で受け止めることはなく、左手を前に突き出したことでどうにか顔面直撃は免れることができた。
ただ、その代償として左手が粉々に砕け散ってしまい、使い物にならなくなったのである。
「ちぃっ!なんだよあの命中精度は!」
思わず悪態をついてしまうくらいに、状況はかなりよろしくない。ちょうどモンスターの死体が近くにはなく、代わりに複数の針が突き刺さっている。
針があるのは助かるが、今すぐ修復できないのはもどかしいものだ。
「勘弁してほしいぜ……」
「グオオオォッ!!」
弱音を吐くと、鼻無しは雄叫びを上げながら突撃してきた。俺の左手が使えなくなったから、それを見て好機と判断したのだろうか?
だとしたらその判断は早計だし、こんな左手でも使い道はあるんだぜ。
「これでも喰らっとけっ!」
手近の針を引き抜き、迫りくる鼻無しへと投擲した。
しかも、今度こそ直撃コースである。が、鼻無しは走っていながらも、器用に針を叩き落としやがった。
「でもなぁ、まだ次があるんだよ!」
そう言い放ち、さらに針を投擲した。今回は叩き落されないように下半身を狙う。
すると、俺の思惑通り叩き落されることなく右足の太股に突き刺さってくれた。ただ、太股に突き刺さろうがお構いなしに迫ってきている。
多少の被弾は無視して、本格的に俺を殺すつもりなのだろう。
「つっても、俺はまだまだ十分に戦えるんだけどな」
ともあれ、向こうから来てくれるのはむしろ好都合だ。また針を投擲してきたらたまったものじゃないからな。
「つまり、自分からアドバンテージを捨てたってことになるんだぜ?」
すぐ目の前にまで鼻無しが迫り、その勢いのまま右足で俺を踏みつけようとする。当然、分かりやすいから回避は余裕だ。
そこでお返しに、回避すると同時に針を確保して右足の甲に突き刺してやった。
「おいおい、少し焦り過ぎじゃないのか?」
と、挑発するように言い放ち、俺を掴もうと伸ばしてきた腕を躱しながら左足の近くに移動し、砕けた左手で殴りつけた。
「いくら筋肉が硬くてもよ、傷口を抉っちまえばどうしようもないんだよなぁ!」
殴りつけた箇所は針で貫いたふくらはぎで、しかも砕けた左手はいい具合に尖っていて、ふくらはぎの傷口を抉るには十分である。
その結果、ふくらはぎの一部が抉れて大量の血が流れ出た。
「ははは、これで筋肉を固めようが出血は止まらねぇぜ」
あわよくば、このまま血を飲んで鎧の身体の修復をしようと目論んだが、さすがにそこまでは甘くはなかった。
「おっと」
拳で俺を叩き潰そうとしてきたからだ。躱すのは難しくなかったが、この次には思わぬ反撃を受けてしまった。
まさかのまさかで、右太股に突き刺さっていた針を引き抜いて振り回したのである。
「ぐっ!」
両腕を構えて防いだのはいいものの、両腕が若干ひしゃげたうえに盛大に吹き飛ばされた。
「って、また投擲するつもりか!?」
受け身を取って即座に立ち上がると、予想通り鼻無しは投擲の構えを取っていた。ただ、このパターンは三度目ということもあり、俺は焦ることなく前傾姿勢で駆け出した。それが功を奏したらしく、放たれた針は頭上を通り過ぎていった。
だが、鼻無しには右足の甲に突き刺さっている針がまだ残っている。まだ油断はできない。と、警戒していたら案の定すぐさま針を投擲してきた。
「まっ、ワンパターン過ぎるからどうってことはないけどよ」
相変わらずの正確な頭部狙いではあるものの、頭を横に傾けることによって回避した。これで投擲を警戒する必要はなくなり、心置きなく距離を詰めることができる。
「後は……徹底的に左足を狙ってやるか」
繰り出される攻撃を避けつつ、それなりのダメージを与えた左足に追い撃ちをかけ、転倒させてとどめを刺す。
それが理想的な展開ではあるが、果たしてどこまで上手くやれるやら。兎にも角にも、今は全力を尽くすのみだ。
「さぁて、決着をつけるぞ」
振り下ろされる拳をステップで躱し、本命の左足へと距離を詰める。しかし、そんな俺の行動を嫌ったのか左足を庇うように後退した。
「はっ!瘦せ我慢も限界ってか?」
もしそれが事実だとしたら、俺がかなり有利ということになるだろう。畳み掛けるとしたら、今かもしれないな。
そう思い、逃がすまいと再度距離を詰める。当然ながら、鼻無しは両腕で掴みかかろうとして阻んできた。
そこで一歩後に下がって掴んでくるのをやり過ごし、腕を伸ばしきって無防備になった瞬間を逃さず、無事に左足へと距離を詰めることができた。
「じゃ、ちょいと頂くぜ」
そう言って、ふくらはぎの抉れた箇所に喰らい付き、そのまま肉を喰い千切って距離を取った。そして、ヒビが生じていた腹部に意識を集中して修復させた。ちなみに、味に関しては少し不味い程度だったりする。
ともあれ、これでさらに余裕ができたうえに、鼻無しの左足のふくらはぎからは骨が露出していた。
「でも、まだ転倒しないのか……さすがとしか言いようがないな」
それでも、不自由そうに左足を動かしている。これならあともうひと押しで、転倒させることができるかもしれない。
「よしよし、この調子でどんどん攻めてやるぜ!」
限界を迎えそうな左足にとどめを刺すべく、砕けた左手で殴りかかる。
しかし、鼻無しもやられっぱなしというわけではなかった。庇おうとしていた左足で蹴飛ばそうとしてきたからだ。
「悪足掻のつもりか?だったら無駄だ!」
殴りかかるのを中断し、左足による蹴りを躱して改めて殴りかかった。
そうしてさらに左足のふくらはぎを抉ると、とうとう鼻無しがバランスを崩し始めたのである。転倒するのは時間の問題だろう。
「まぁ、待つつもりはないんだけどな」
最後のひと押しに、右足へと距離を詰めて足首に全力の蹴りを放つ。そして、元からバランスを崩していたということもあってか、鼻無しは膝をついて倒れ込んだのであった。
「やっと終わりが見えてきたか……」
残りは目の前にある鼻無しの顔面に致命傷を与えるだけだ。
ただし、『腐っても鯛』ということわざがあるように、膝をついていようが相手はランク『B+』のモンスターだ。最後の最後まで気を抜くことができないし、実際に攻撃は激しかった。
「これはこれで厄介だな……くっ!」
四つん這いになりながらも、今度は執拗に噛みつき攻撃をしてきたからだ。あの凄まじい膂力の持ち主なら、当然のように咬合力もそれ相応に凄まじいに違いない。万が一噛みつかれたその時は、噛み砕かれるのは覚悟しておくべきだろう。
「そんなのは御免だけどな!」
ひたすら後退して躱しつつ、攻撃を与える隙を探っていた。
ただ、鼻無しも単調な噛みつき攻撃を繰りかえすだけではなく、不意に両腕を伸ばして掴みかかってきたのである。
「やばっ」
掴まったら噛み砕かれる。そんな危機感を感じたせいか、伸ばされる腕を掻い潜ることだけで精一杯になった。
そして、あろうことか鼻無しの顔面の目の前に出でるという致命的なミスを犯してしまう。
「マズいっ!」
叫びながら必死に後退するも、至近距離だったが為に完全に躱しきれることができず、右手が歯に挟まれてしまった。
そのまま鼻無しは首を振り回すと、俺を地面に何度も何度も叩きつけた。俺の鎧の身体は頑丈で、地面に叩きつけられようが特に問題はなかったが、噛みつかれた右手からは激痛が走ると共に軋んだ音がして、今にも限界を迎えようとしていた。
「せっかく転倒させたかと思ったのに……何て奴だ!」
そう言い終えた次の瞬間、右手は噛み砕かれてしまい、鼻無しの噛みつき攻撃から開放され、宙を舞って背中から地面に叩きつけられた。
「右手がやられたか……ってマジかよ!?」
目の前には大きく開かれた口が迫っていた。
反射的に歯を蹴り、僅かながらも距離を取れたおかげで、歯と歯がぶつかり合う音が響いただけで済んだ。
「危なかったけど……これはチャンスだ!」
両手を失い、ややバランスを崩しながらも素早く立ち上がり、鼻無しの顔面へと距離を詰める。
そして……。
「これでっ!どうだっ!」
鼻無しの両眼に両腕を突っ込んだ。すると気持ち悪い感触がして、おびただしい量の血が溢れ出した。
「はっはっはっ、どんなに肉体が頑丈だとしても、さすがに眼はそうもいかないよなぁ!」
返り血を浴びながら眼の中の最奥へと腕を押し込み、掻き回すように抉る。この感触は気持ち悪いが、鼻無しへのとどめとなると思えばそこまで気にならなかった。
致命傷であることは明らかで、もはや決着がついたと言っても過言ではないだろう。だが、鼻無しはタタで死ぬ気はないらしい。
「ぐえっ」
両眼を深々と抉られながらも、両手で俺の身体を掴んできやがった。掴まれた箇所からは痛みが走り、悲鳴をあげるかのごとく軋む音を発した。
それから俺を顔面から引き剥がし、握りつぶそうとさらに力を込めたのであった。
「ぐぅぅぅっ……やっとの思いでここまで追い詰めたっていうのに……こんなところで、こんなところでっ!!」
あと一歩のところだったが、その一歩が絶望的なまでに遠く感じる。もはやこれまでだというのだろうか?
と、内心で半ば諦めかけていたら、唐突に掴む力が弱まり、拘束が僅かに緩んだ。
「えっ?どゆこと?」
軽く混乱しながらも、拘束が緩んだ隙に鼻無しの手から逃れて距離を取った。そこで、あることに気づく。
「う、動いていない?てことは、死んだ……のか?」
両眼からは血が流れ続け、今や血溜まりを作り上げていた。それに動く気配が感じられず、死んだようにしか見えない。
「本当に死んだんだよな?」
不意打ちを警戒しながら呟く。しかし、数分待っても動かないままだった。
きっと、俺の身体を掴んで握りつぶそうとした時に、最後の力を使い果たしたのだろう。そうに違いない。
と、内心で結論づけた。が、次の瞬間には気を緩めるべきではなかったと反省するのであった。何故なら、背中から僅かな痛みと衝撃が走ったからだ。
「嫌な予感しかしねぇ……」
ゆっくり振り向くと、そこには見覚えのあるモンスターが鳴き声をあげ、針を手に持って構えていた。
「キーッ!」
「フォレストストーカー……今頃になって出てきやがったか」
鼻無しとの戦いのせいで、すっかり存在を忘れていた。
で、そんなフォレストストーカーたちが巨大な針を手に持って俺を取り囲もうとしている。
「おいおいおいおい、コイツらまさか……」
手負いの状態である俺を殺す気なのか?
いや、あり得ない話ではないか。コイツらの陰湿さは相当だからな。とにかく、今の状況はかなりマズいと思っていいだろう。
「絶体絶命ってほどじゃないが……芳しくないな」
幸いなことといえば、フォレストストーカーが針を使って攻撃してきても、貫くまでには至らず、せいぜいへこませる程度だ。
ただし、鎧の身体にヒビが生じてしまっている今の状態では、楽観視はできない。そのヒビが重点的に狙われて、鎧の身体が砕ける原因になりかねないからな。油断は禁物だ。
「この下衆共が……っ!」
危機的な状況であることを理解し、吐き捨てるように言い放つ。
やっとの思いで鼻無しを殺したというのに、コイツらは水を差してきやがったのだ。怒りを通り越して殺気さえ覚える。
そう思っている間にも、フォレストストーカーたちは俺を取り囲んで徐々に距離を詰めてきた。もはや絶体絶命かもしれない。
「だけどな……俺にはテメェらが知らない奥の手がまだ残ってるんだぜ!『神格解放』!!」
切り札の名を叫び、相応の代償を伴う力の行使に踏み切る。
コイツら相手ではオーバーキルになるのは承知だが、下手に長引くと俺が不利になるかもしれない。だからこそ、短期決戦で終わらせる為に『神格解放』を使うことにしたのだ。
「ぐあぁぁぁっ!まずはいきなり背後から攻撃してきたお前!死ねぇっ!!」
全身から迸る反動の激痛に耐えながら、針が突き出されるよりも先に懐に潜り込み、胸元へと右腕を突き出す。すると大した抵抗も感じず、まるで障子を破るかのようにあっさりと背中まで貫通した。
確認するまでもなく即死で、そのまま死体の首筋に喰らい付き、喰い千切った。味は恐ろしく不味いものの、これで多少は鎧の身体の修復ができた。ただし、『神格解放』の反動ですぐさま帳消しになるだろう。
「ぐうぅぅっ、本当に反動が凄まじいな。さっさと片付けねぇと……次っ!」
何が起きたのか理解できていないのか、フォレストストーカーたちは呆気にとられていた。
その隙に近くにいた一匹に回し蹴りを放つ。ついでに背後にいたもう一匹も巻き込まれ、二匹まとめて気に幹に叩きつけられる。
血反吐を撒き散らした量からして、今回も即死だろう。
「キッ、キーッ!!」
「キキッー!!」
ここにきて仲間が殺されたことをようやく理解し、フォレストストーカーたちは激怒して一斉に襲い掛かってくるのであった。
ただ、まとめて片付けられるチャンスでもあるし、この展開は願ったり叶ったりである。
「全員あの世に送ってやるぜ!」
そうして、反動でやや脆くなった鎧の身体が針に貫かれながらも、フォレストストーカーの血肉を口にしながら修復させて、腕を振るい、蹴りを放ち、フォレストストーカーたちの数を順調に減らしていった。
フォレストストーカーたちも、負けじと数にものを言わせて一斉に掴みかかり、押さえ込もうとする。が、今の俺は『神格解放』によって力が倍増されている。その為に、逆にまとめて吹き飛ばされるという結果に終わった。
ただ、激怒したということもあってか、フォレストストーカーたちは数を減らされても果敢に俺に襲い掛かり、最後の一体になるまで攻防は続いた。
「ウ、ウキッ!?」
数分後、とうとう最後の一体となったところでそのフォレストストーカーは我に返ったらしく、周りに散らばる仲間の死体を目の当たりにしてあからさまに狼狽えていた。
そして、恐ろしくなったのか背中を見せて逃走を図ろうとする。
「逃がすわけねぇだろう」
冷たく言い放ち、容赦なく無防備な背中に蹴りをお見舞いしてやった。
背骨が砕ける鈍い音が響き、木の幹に叩きつけられて最後のフォレストストーカーは絶命した。
「はぁ……これで終わりだよな?」
鎧の身体には至るところが針で貫かれたうえに、『神格解放』による反動で大量のヒビが生じていて、満身創痍と言える状態だった。
今の状態で、ランク『B』帯のモンスターに襲われてしまえばひとたまりもないどころか、間違いなく鎧の身体は完全に砕かれてしまうだろう。
そんな不安を抱いて周囲を警戒するが、他のモンスターの気配は感じられなかった。
「……ひとまず、今の内に修復をしておくか」
こうして、危険が去ったと確信できた俺はようやく一息つくことができ、鎧の身体の修復に専念した。
これで魔獣の森は終わりです。




