第二十九話 魔獣の森 ③
もう少しで魔獣の森は終わります
木の枝の隙間から差し込む僅かな月明かりを頼りに、俺は『魔獣の森』の中を慎重に歩いていた。
日が暮れるまでの間、フォレストタイガーやフォレストウルフの群れに幾度となく襲われ、戦意喪失した奴はそのまま見逃し、正気を失っていた奴はその場で殺して死体から血を飲ませてもらった。
ただ、心休まる暇がなければ、不味い血を我慢して口にするというダブルパンチのせいで、さすがに精神的に来るものがあって冗談抜きにキツい。
「はぁ……だとしてもアーマードロックに襲われなかっただけ御の字と言えるかもしれないけどな」
ランク『B-』のモンスターとはそう何度も戦いたくないものだ。まして、アーマードロックは物理的な防御や攻撃に特化していることもあり、容易に鎧の身体を貫いたりするから恐ろしく厄介で気が重くなる相手でもある。
もしも俺が魔法が使えたり、毒が使えたりしたらもう少しスマートに殺せるのだが……生憎どちらとも使えず近接戦闘しかこなすことができない。
「この先もずっと近接で戦わないといけないのかなぁ」
今のところはまだ何とかなっている。が、空を飛んだり遠距離で戦うようなモンスターが現れてしまったら対処に困るのは確実だ。素手ではこっちの攻撃は届かないからな。
いやぁ、そのことを考えるとこれから先が不安でしかたない。と、内心で考えていたら視界の端を影が横切り、それに気づいた時には既に遅かった。
「ぎゃぁっ!?」
唐突に頭部から激痛が走ったからだ。まるで硬い何かに抉られているような感覚がする。これは間違いなくモンスターによるものだろう。
そして、未だに俺の頭部を抉り続けるモンスターを掴み、地面に叩きつけて容赦なく足で踏み潰してやった。すると肉や内臓が潰れる感触がして動かなくなり、モンスターが暴れる前に一撃で仕留めることができたようだ。
「いってぇなぁ……何なんだこのモンスターは?」
昼間にはこんな奇襲は受けなかった。となると、夜に活動するタイプのモンスターだろうし、それなら心当たりがある。
暗闇の中、無音で頭部を狙ってくるモンスターといえば確か……。
「どれどれ……あぁ、やっぱりオブシディアンオウルか」
月明かりに照らされた死体の正体は梟に似たモンスターで全身が黒く、黒曜石めいた鋭くて硬い嘴と鉤爪が特徴的だ。このモンスターは暗闇の中を無音で飛行し、狙った獲物に奇襲を仕掛けて頭部を嘴や鉤爪で抉って殺す。といった狩りを行う。
ただし、肝心な戦闘能力は低い。暗闇の中でも対応できれば倒すのはそう難しくはなく、ランクはやや低めに『D-』と評価されている。
「にしても、空を飛ぶモンスターは今回が初めてか」
まさかこうもすぐに遭遇するとは……不安に思っていたせいでフラグが立ってしまったのだろうか?
……なんてくだらないことを考えている場合じゃないな。さっさと血を飲んで抉られた頭部を修復して先を急ぐとしよう。
「やはりというべきか、夜は昼間以上に危険だな……」
まぁ、そんなことは既に分かりきっていたことだ。今さら引き返すわけにはいかないし、とりあえずはオブシディアンオウルのようなモンスターの奇襲に気をつけつつ、奥に進むしかない。
「次はどんなモンスターが出てくるのやら……」
それから修復を終えて、奥に進むこと数分後。視界の先で光る何かが宙に浮かんでいた。それはまるで人魂のようにも見え、不規則に揺らめいている。
もしも元の世界でこの光景を見たら、幽霊の仕業だと驚いて騒ぐかもしれない。しかし、ここは何が起きても不思議じゃない異世界だ。故に、驚くことはなかった。ついでに言えば、こんな芸当ができるモンスターには心当たりがある。
「えーと、あのモンスターは……狐みたいな見た目をしていたよな。だけと、名前は……うん?」
思い出そうとしていると、人魂めいた何かが不意に俺の方へと近寄ってきた。改めて近くで見ると、人魂というよりか狐の尻尾のようにも見えて、ここでようやくとあるモンスターの名前が頭に浮かんだ。
「そういえば、ボマーテイルだったかな。んでもって、あの宙に浮かぶ尻尾めいたやつは確か……あっ」
どうも完全に思い出すのが少し遅かったらしい。目の前にまで来ると急激に膨張し、身構える暇もなく爆発したからだ。
ただ、別に慌てる程ではない。
「ふんっ、本命はこっちだろうが!」
振り向きざまに飛び掛かってきた何かの首を掴み、そのままへし折ってやった。当然ながら即死で、二度と動くことはないだろう。
そして動かなくなった死体を月明かりに照らしてみると、それは俺が予想していた通りの姿をしていた。
「お、やっぱりボマーテイルか」
狐に似たモンスターで、色は黄色味のかかった灰色をしており、大きさは大型犬と同等くらいだろうか。
このモンスターの特筆すべき点は、魔力で生成された爆発する尻尾を操ることだ。基本的な初動としては、宙に浮かぶ尻尾を爆発させて獲物を怯ませ、奇襲を仕掛けてくる。とはいっても、怯ませる為だけあってか爆発の威力は低くて大したことはない。実際に鎧の身体はほぼ無傷だ。
ともあれ、咄嗟にそのことを思い出したおかげで、爆発を無視して本命の奇襲に対応することができたのだから、結果としては上出来である。
「それにしても、サクッと仕留めることができてよかったぜ」
というのも、ボマーテイルは初動の奇襲に失敗したと判断するや否や、行動を切り替えるのだ。具体的には大量の爆発する尻尾を妖怪の九尾のように生やし、より攻撃的となる。しかも、爆発の威力と範囲が桁違いに跳ね上がるというオマケ付きだ。
その時の戦い方としては、ひたすら相手めがけて爆発する尻尾を飛ばすという単純なものである。だが、単純であっても爆発が強力なせいで迂闊には近づけず、なかなかに面倒だった。さらに、ある程度時間が経つとすぐさま逃げるという習性があり、倒しにくさに拍車がかかっている。
よって一応は強くて厄介なモンスターではあるものの、一定時間で逃げるという習性を考慮され、ランクは『C+』と評価された。他にもこのランクに落ち着いた理由はあるが、その説明はまたの機会にするとしよう。
「でも、フォレストストーカーに比べるとなぁ……」
厄介といえばフォレストストーカーの方が一枚上手と言えるだろう。それに、ボマーテイルが逃げる理由として二つの説が唱えられていて、その内容を知ったときは「それなら逃げても仕方ないな」と納得したものだ。
まず一つ目は、魔力が尽きて継戦能力を失った説が挙げられている。確かに、得意な爆撃ができなくなれば有利に戦えないだろうし、撤退するのが合理的である。
次に二つ目は、格上のモンスターが爆発音に反応して現れてしまうことを恐れた説が挙げられている。派手に爆発しているわけだし、実際にゲーム内でも他のモンスターが乱入してくることも多々あった。
ちなみに前者が最も有力視されているのだが、今の状況なら俺は後者を推すに違いない。何故なら……。
「おいおいおいおい……ちょっとヤバそうな奴が来ちまったか?」
姿は見えず、気配は感じ取れない。周囲からは何かが動く音すらも聞こえない。しかし、強烈な視線……いや、殺気のようなものだけはひしひしと感じ取れている。
きっと、俺を狙うモンスターがいるのだろう。
「どこにいる……?」
近くに潜んでいるとは思うが、殺気だけでは場所を把握することができそうにない。というか、元一般人にそんなことができてたまるか。
ともあれ、どこから襲い掛かられても対応できるように身構えておくとするか。ただ、潜んでいる場所が分かればもう少し対応もしやすくなるのだが……。
「はぁ、できないもんはしょうがないってのは分かってはいるんだけどねぇ」
いつか殺気とか気配で敵の居場所が分かればいいんだが……ってそれはそれで常人離れしているような。
「ん?だけど、今の俺って普通に常人離れしているよな?」
なんてくだらないことを口にしていると、ついにソイツは襲いかかってきた。
そして案の定というべきか、俺の死角からの奇襲だ。
「くぅっ!?」
右肩が斬り裂かれ、痛みが走る。右から襲ってきたのか背後から襲ってきたのか分からない程に静かで、それでいてその姿を視認することが叶わなかった。
この時点で間違いなく強敵だ。しかも隠密に長けていながらも、俺の鎧の身体に傷を付けたのだから、最低でもランクは『B-』か『B』相当に値するかもしれない。
「こいつぁ、厄介な奴に目を付けられたな……」
せめてどんなモンスターなのかが分かればいいのだが、情報が足りなさすぎる。おかげでどう対処すればいいのか分からん。
そう内心で頭を抱えていると、次は容赦なく背中を斬り裂かれてしまった。
「ちっ!これじゃジリ貧じゃねぇか!」
自己修復機能があっても、このままだと一方的に嬲り殺されるのがオチだ。そんな結末は洒落にならないし、何が何でも今の状況を打破しなければ……。
あぁ……これがゲーム内だったら、画面の設定を弄って暗闇に対応できるのにな。だけど、現実ではそんな都合のいいことができる筈もない。実際にできるとすれば、せいぜい明りを灯すことぐらいだ。
「つっても、明りを灯す道具なんて持ってないんだよな……うぐっ!」
今度は左の太ももを斬り裂かれた。受けた傷はどれも致命傷には程遠いものの、相変わらず姿が見えなくて反撃のしようがない為に、楽観視はできない。
ひとまずは攻撃を避ける為に走りつつ、打開策を考えるとするか。
「そうだな……明かりといえば今は月があるが……」
襲ってくるモンスターは暗闇という圧倒的なアドバンテージを持っている。つまり、それさえ奪ってしまえば、多少はまともに戦える状況になれる筈だ。
しかし、鬱蒼と生い茂る木の枝によって月明かりは遮られている。となると邪魔な木を倒すか、あるいは開けた場所を見つけるしかない。
「んー、だとしても……どちらともあまり現実的じゃないな」
前者は自力でやるにしては時間がかかり過ぎるし、後者は余程運がよくないと見つけることはできまい。
いっそのこと、日が昇るまで走り続けるか?と現実逃避気味な考えが頭に浮かんだが、次の瞬間には即座にその考えを改めることとなった。
「ちぃっ!またか!」
走っているにもかかわらず、左腕が斬り裂かれたからだ。走り続けても何も解決しないし、打開策を考えるとしてもあまり時間はかけられないだろう。
兎にも角にも、襲い掛かってくるモンスターを月明かりで照らす手段を早く考えつかなければならない。
「どうしたものか……お?」
思い悩みながら走っていると、前方から尻尾めいた何かが唐突に現れた。それも二つだ。きっと、ボマーテイルが近くに潜んでいるに違いない。
「こんな時にかよ……」
しかも、二つも宙に浮いているということは、二匹いる可能性がある。
姿が見えないモンスターに襲われているっていうのに、別のモンスターが乱入するのは勘弁してほしいぜ。
ボマーテイルのことだから、辺り一面を爆撃してくるから面倒なうえに、二匹いるのなら余計に厄介だ。
ただし、何も悪いことばかりではなかった。
「待てよ……爆撃してくれるのなら、逆に利用するのはありかもしれんな」
ふと打開策を思いついた。それはいいものの、上手くいく保証などはない。一か八かの賭けと言ってもいいだろう。
だが、悠長にはできないのが今の現状だ。腹を括るとしよう。
「上手くいってくれよ!」
半ば祈るように叫び、尻尾めいた何かに突撃した。すると触れた途端に爆発し、左右からモンスターが襲い掛かってきた。
そのモンスターは案の定ボマーテイルだったが、殺しはせずに軽く手で振り払う程度に留める。ここで殺してしまうと、お目当ての爆撃をしてくれないからな。
「さぁ、盛大にやっちまいな」
そんな言葉に反応したのか分からないが、二匹のボマーテイルは奇襲に失敗したと判断するや否や、素早く俺から離れたのちに爆発する尻尾を大量に展開し、俺の思惑通り一斉に放つのであった。
もちろん、狙いはこの俺である。
「ははっ……まさかこんな馬鹿げた真似をする羽目になるとはな……」
自虐気味にそう口にして、爆撃に備えるべく駆け出す。ただ、駆け出すといってもこの場から逃げ出す為ではない。本命の下準備の為だ。
「どーした!そんなんじゃ俺に当たらねぇぞ!」
煽るように大声を出し、爆撃を避けるように木々の間を駆け回る。
姿が見えないモンスターも俺の巻き添えにはなりたくないらしく、襲い掛かってくることはなかった。
あわよくば、このまま諦めてほしい。と、避け切れなかった爆撃に巻き込まれながら内心で祈るが、この後にそんな淡い願望はもの見事に打ち砕かれることとなる。
「ん?爆撃が止むには早すぎるような……?」
吹き飛ばされたが、立ち上がる頃には爆撃は止んでいた。確かに、ボマーテイルは一定時間で逃げるという習性はある。だが、俺が記憶している限りではもっと執拗に狙ってくる筈だ。
それでいて強烈な殺気は未だに健在である。となると、思いつく限りでは原因は一つしかない。
「ボマーテイルを殺したってところか。へっ、モンスター同士でも容赦しないんだな」
ただまぁ、モンスター同士といえども格上が格下を殺すことなんて、ゲーム内では日常茶飯事のことだったりする。
故に、この異世界においてモンスターがモンスターを殺す事に対してはあまり驚くことではない。
「あーあ、爆撃に巻き込まれたらよかったんだけどね」
きっと爆撃をかいくぐり、暗闇から奇襲を仕掛けたに違いない。しかも、ボマーテイルは爆撃攻撃をしている間は余程集中しているのか、死角からの攻撃には対応できなかったりする。つまり、死角にさえ潜り込めば殺すのはそう難しくはない。ついでに付け加えると、遠くからの魔法や弓矢で狙撃するのも効果的だ。そんな理由もあってか、ボマーテイルはランク『C+』に落ち着いたのである。
まぁ、それはそうとして……姿が見えないモンスターが爆撃に巻き込まれることは最初から期待していない。何ならすぐに殺されても問題はなかった。何故なら本命は別にあって、それはもう既に果たされている。
「ふぅ、だいぶスッキリしたもんだな」
爆撃による土煙が晴れ、辺りを月明かりが照らしていた。そう、月明かりを遮る邪魔な木々を爆撃で倒してもらうことこそが本命だったのだ。
向こうの暗闇というアドバンテージを奪えたのだから、こっちと同じ土俵に引きずり落とすことができた。手段は少し強引だったが、暗闇の中で一方的に嬲り殺されるという展開を避けることができたわけだし、成果としては悪くない。
「さぁて、どんな姿なのか拝見させてもらうじゃないか」
これでようやくまともに戦える。しかし、まだ油断できないのが今の現状だ。切り裂かれた痕は未だに修復されておらず、ボマーテイルの爆撃により鎧の身体にはヒビが生じていて、万全な状態とは言えない。それに対し、相手はほぼ無傷の筈。
俺の方がやや不利ではあるが……なんにせよ、どう戦うかは相手の正体次第だな。
「せめてランク『B+』相当のモンスターじゃないといいけど……おっ?」
不安を抱きながら待ち構えていると、不意に木々の間から何かが姿を現した。その何かは全身に闇を身に纏い、特に黒くて禍々しい大きな鉤爪が特徴的で、四足歩行で歩く姿は大型の猫科の動物を彷彿させる。ただし、その大きさはフォレストタイガーよりも一回り大きく、口には殺したであろうボマーテイルが咥えられていた。
さすがにその姿を見れば、嫌でも正体が分かるというものだ。
「あぁ……ダークネスパンサーか。暗闇の中で戦うのを避けるのは正解だったな」
このモンスターは初めて遭遇するランク『B』だったりするものの、元々はランク『B+』と評価されていた。何故、ランクが降格したかというと……画面の設定を弄ることで容易に暗闇の中でも対応できたからだ。
つまるところ、姿が見えない暗闇の中なら戦闘能力はランク『B+』に匹敵するのに、姿が見えてしまえばランク『B』相当でしかないということになる。
ただし、油断していい相手ではない。俊敏さに加え、魔力で生成された禍々しい闇の鉤爪は、魔法への耐性のある盾や鎧でなければあっさりと切り刻み、身に纏う闇に至っては威力の低い魔法や弓矢を防ぐ性能まであるのだから。その為に、しっかり準備しなければ返り討ちに遭うということも多々あったそうな。
「いやはや、初見で殺されたあの頃が懐かしいぜ」
初めたての頃、何も知らないで不運にも遭遇したことがある。言うまでもなく、戦いどころか抵抗や逃走すらも許されず、無慈悲にも瞬殺されてしまった。
それは俺だけではなかったようで、俺の他にも似たケースがかなり多発していたらしく、いつしか『初心者狩り』と呼ばれるようになり、初心者には夜の森を避けるように推奨されていた。
「まっ、今の俺は初心者じゃないんだけどね。っと、懐かしむのはここまでか」
ボマーテイルの死体を横に放り、禍々しい闇の鉤爪を伸ばして俺に斬り掛かってきた。
俊敏性や攻撃のリーチはフォレストタイガーと比べものにならないほど脅威だろう。が、アーマードロックの攻撃と比べると遙かに生ぬるい。
「そのぐらいの攻撃なら別に喰らっても問題はないんだよ!」
左腕で防御して斬撃を防ぐが、敢え無く切り裂かれてしまう。ただ、考え方次第ではその程度で済んだとも言える。
だって腕が斬り飛ばされたわけでもないし、致命傷を受けたわけでもないからな。反撃するには全く問題がない。
「お返しだ!これでも喰らいな!」
左足で地面を踏みしめて、渾身の力を込めた右足で蹴り上げた。
そんな俺の反撃が意外だったのかダークネスパンサーが一瞬だけ動きを止め、その隙を逃さず狙いを顎に定めた。そうして右足は顎に炸裂し、骨が砕ける感触が伝わってきた。
「へっ、いい気味だぜ」
しかし、少しは憂さ晴らしができたのはいいものの、顎が砕かれたダークネスパンサーは痛みに悶え苦しみながらも、素早くその場から飛び退いた。きっと俺の追撃を警戒したのだろうし、実際にそのつもりだった。
「むぅ……思いのほかタフなんだな」
ランク『B』は伊達ではないようだ。だが、ここでとどめを刺せなかったのは後々に響きそうだな。
何せ、殺気がより濃く感じられるようになったのだから。
「『獲物』から『敵』に変わったってところか?」
俺が散々逃げ回っていたから単なる獲物としか見ていなかったが、手痛い反撃を受けて認識を変えたに違いない。
そう推測していると、鋭くて黒い何かが複数飛来して俺の胸に突き刺さった。
「ぬぅっ!?」
突き刺さった黒い何かは深くは刺さらず、即座に霧消した。それでも、鎧の身体に損傷を与えたという事実は変わりない。
そして、飛来した黒い何かは闇の鉤爪のようで、目の前で新たに生成されていた。
「その気になれば飛ばすことができるのも忘れていたな……」
近接戦は危険と判断し、離れた場所から着実に削る戦法に切り替えたのだろう。実に合理的な戦法ではあるが、される側はたまったものではない。
「やれやれ、こういった手合いは本当に嫌になるぜ」
少なくとも、俺から近づこうとしても距離を取られるのがオチだ。なら、甘んじて闇の爪による攻撃を受け入れるしかないというのだろうか。
だが、それでは解決にはならない。
「何かいい方法があればいいんだけどなぁ……くっ!」
打開方法を考えている間にも、ダークネスパンサーは周囲を縦横無尽に駆け回りながら次々と闇の爪を飛ばしては攻撃していた。
幾つかは何とか避けられたものの、大半は容赦なく突き刺さって痛みが走る。
「いてぇな。一方的に攻撃しやがって、これだから遠距離に徹した奴が嫌なんだよ」
とは言ったものの、これまでにそういった相手を俺はどうやって攻略したのだろうか?
確か遠距離に徹した相手といえばギルのことを思い出すが、最終的には魔力が尽きたからやむを得ず近接戦を仕掛けてきたんだよな。
だったら、今回もそれを狙うしかないのか……。
「ジリ貧で痛いのはいつものことだとは言え、耐える以外に方法がないのは辛いな……」
まぁ、ダークネスパンサーといえども無限に闇の爪を生成することはできはしまい。魔力が尽きるまでどうにか耐え切れば、勝機が見えてくる筈だ。
と、己を鼓舞するようにそう言い聞かせ、放たれる闇の爪を可能な限り回避するべく集中した。
それから必死になって耐え凌ぐこと数分後、唐突にダークネスパンサーの動きが止まった。
「ふふっ……俺はもうボロボロなんだぜ?なぁ、さっさととどめを刺しちまいなよ」
挑発じみたことを口にしてみるが、それでもダークネスパンサーは動くことはなかった。まるで何か考えを巡らせているようにも見える。
ともあれ、この期に及んで攻撃をしてこないということは、魔力が尽きかけていると考えていいだろう。対する俺は身体中の至る所に突き刺さった痕があるものの、戦いに支障が出る程ではない。
つまり、有利不利が逆転してダークネスパンサーの勝ち目がほぼ無くなったことになる。
「さてはて、これからどうするつもりなんだろうね」
俺を諦めて尻尾を撒いて逃げるか、不利を承知の上で近接戦を仕掛けてくるかのどちらかだろうけど……どうやら後者を選んだらしい。
不意を突くかのように飛び掛かり、前足から闇の爪を生成して伸ばしたからだ。
「そっか、なら悪く思うなよ」
延々と目の前で素早い動きを見せつけられた甲斐もあって、落ち着いて一歩後ろに下がって闇の爪による斬撃をやり過ごすことができた。そして、さらに斬撃を繰り出そうとするよりも先に前蹴りを放った。
すると鼻に当たって骨が砕ける感触が伝わり、ダークネスパンサーは激痛に悶えた。そこでたまらず距離を取ろうとするが、二の舞を踏むつもりはない。ここで仕留める。
「逃がすわけねぇだろ」
距離を取られるよりも先に右前足を踏みつけてやると、怯ませることに成功した。
その隙に、確実に殺すべく俺は首に腕を回して全力で絞めた。もちろん、ダークネスパンサーは必死に逃れようと暴れるが、その抵抗は無意味であった。暴れている間にも首が絞まり、首の骨が折れる最後まで緩むことがなかったからだ。
「何て言うか……最後は意外と呆気なかったな。まぁ、俺にとって相性が良かったってのも大きいだろうけど」
首の骨が折れるとダークネスパンサーは動かなくなり、禍々しい闇の爪や身に纏う闇が霧散した。もちろん、二度と動くことはなかった。
殺すのに随分と手間が掛かったが、これで心置きなく先に進むことができる。と、内心で安心しながら思っていたのに……そうは問屋が卸さないようだ。
「妙に騒がしいな……」
周囲に意識を向けると、木々の間から様々な鳴き声や足音が聞こえてきた。おそらく、モンスターたちに囲まれてしまっているのだろう。
「ボマーテイルの爆撃で寝ていた奴らが起きてここに近づいたのか?」
どうも時間を掛け過ぎたらしい。しかも、姿はまだ見えないが相当な数がいるみたいで、強引に突破するのは難しそうだ。
まぁ、仮に突破することができてもそのまま逃げ切れるとは限らないだろうし、敢えて逃げずに立ち向かう方がまだマシか。
ひとまず方針は決まった。決まったのはいいのだが、消耗した状態で連戦ということもあって、思わず嘆いてしまった。
「あーあ、勝利の余韻に浸る暇すらないのかよ……」
だが、そんな俺の嘆きは無情にもモンスターたちの鳴き声によってかき消された。
そして……周囲の木々の間から大量のモンスターたちが一斉にその姿を現して俺に群がり、真夜中の最終ラウンドが始まったのである。
自分で考えたモンスターなのに、倒し方がなかなか思いつかなかったですね……




