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第二十六話 運命の邂逅

 馬から降りる彼女を注意深く観察したものの、ヘルムをかぶっているせいで表情は分からず、鎧の下もどうなっているのか分かりそうにもない。ただし、身に纏う鎧は白銀で絢爛華麗な造りであり、腰に下げられている長剣の鞘は金色で、どちらとも相当な代物であるのは素人目から見ても分かる。

 今のところ装備品を見る限りでは、確かに気をつけるべきなのかもしれない。とはいえ、肝心の彼女からは一切の敵意を感じないし、むしろ友好的な雰囲気すら感じられる。正直、そこまでして警戒する必要がないのではなかろうか?

 だが、俺がそう思っていても神様は二度目の忠告をしてくるのであった。


(カイト、彼女を甘く見てはいけませんよ)


(さっきから何を……)


 と言いかけたところで、馬から降りた彼女に話しかけられる。


「あ、あの……あなたがカイトさんですか?」


「えーと、名前は合ってるけど……」


「わぁっ!でしたら、あなたが一人であの魔王軍を退けたのですね!」


「そうなるかな……」


 ヘルムで表情が見えなくても、声からして非常に嬉しそうにしているのが何となく想像がつく。まるで憧れの人に出会えて感激したかのような感じだ。

 しかし、どうして俺の名前を知っているのだろうか。いや、心当たりはあるんだけどね。


(神様に聞きたいことがある)


(はい、何でしょうか)


(俺のことを彼女に教えたのは神様なんだよな?)


(その通りですが、何か問題でも?)


 誤魔化しもせず、清々しいくらい堂々と開き直りやがったが重要な事ではない。この際は気にしなくてもいいだろう。


(別に問題はねぇよ。俺が知りたいのはどうして彼女に教えたかだよ。というか、彼女一体何者なんだ?)


(残念ですが、その質問に対してお答えする時間がございません。それよりもカイト、心の準備をしておきなさい)


 俺の質問に答えることはなく、神様は三度目の忠告をしてきた。

 雰囲気からしてふざけているとは思えないが……何のために心の準備をする必要があるのか理解できない。

 ただ、理解はできなくとも、何が起きても大丈夫なように俺は心の準備だけはしておいた。そして、その選択が正しかったと知ったのはその直後のことである。


「カイトさん、突然で申し訳ありませんが、早速試させてください」


「へ?」


「いきます!」


「っ!?」


 彼女がそう口にした瞬間に凄まじい重圧が俺に襲いかかり、身動きが取れなくなったのだ。恐らく、プレッシャーめいた何かを感じ取っているせいだろう。

 だとしたら、俄かに信じ難いが彼女はギルよりも強いことになるぞ。何せ、ギルから放たれていたプレッシャーと比べると桁違いに強烈だからな。ここは彼女に対する認識を改め、警戒を強めるべきか……。

 なのに、そんな俺とは対照的に彼女は両手を握って無邪気に喜ぶのであった。


「カイトさんって凄いですね!わたくしが“ちょっと”本気を出すと、腰を抜かして悲鳴を上げたり、気絶してしまったりする人ばかりなんですけど、カイトさんみたいに動じずに立っている人なんて滅多にいませんよ!」


「へ、へぇ……そうなんだ」


 はしゃぎながら嬉しそうに説明しているところ……悪いんだけどさ、俺はただ単に動けないだけであって、動じてない訳じゃないんだよなぁ。今も辛うじて冷静さを保っているのも、事前に心の準備をしていたのが功を奏しただけだ。

 いやぁ、これが生身だったらどんな醜態を晒していたことやら。奥歯を鳴らして、冷や汗を流す程度じゃ済まないだろう。ましてや、これで“ちょっと”だというのだから、本気を出すところを想像するだけで末恐ろしいぜ……。

 にしても、彼女が只者じゃないのは確かだけど、一体何者なんだ?どうも神様は彼女のことを知っているみたいだし、そろそろ教えてもらいたいものだ。

 でも悲しいかな。彼女のせいで神様から聞き出すどころではなくなってしまう。


「せっかくですし、わたくしと手合わせしてくれませんか?」


(カイト、彼女の戯れに付き合ってやりなさい。もちろん、断ればどうなるか理解していますよね?)


「どうしてそうなるんだよ……」


 というか、“せっかく”って何だよ。しかも神様が彼女にがっつり肩入れしているみたいだし、断ろうにも断れないのが辛いんだけど。

 ぶっちゃけると彼女から逃げろと本能が叫んでいるし、今すぐにでも背を向けて逃げ出したいという衝動に駆られている。だが、神様があんなことを言ったからには、ここで逃げ出すわけにはいかない。

 そして畳み掛けるように、彼女は不安げな声で問いかけてきた。


「ダメ……ですか?」


「うぅっ……べ、別に構わないぞ」


 体格や声、雰囲気からして、俺よりも年下の女の子ではなかろうか。いくら恐ろしいとはいえ、そんな彼女の頼みを無下に断るのはさすがに良心が痛む。それに神様からも念を押されたのだから、断るという選択肢は最初から存在していない。

 だというのに……彼女が腰の長剣を抜いた途端に、俺は断らなかったことを軽く後悔しかけた。


「ありがとうございます!ふふっ、人を相手に使うのは久し振りですね」


「なっ、それは……っ!」


 彼女が手に持つ長剣の刀身は黄金に輝き、目が離せなくなるほどの異様な存在感を放っていた。

 そして、似たような物ならゲーム内でも見たことがあり、あまりにも印象的過ぎるが為に忘れる筈もなかった。しかも異世界で黄金色の武器といえば、もはやアレ以外に思いつかない。


「まさか……オリハルコン?」


「一目見て言い当てるなんて、カイトさんは物知りなんですね!」


「本物のオリハルコンかよ……やべぇな」


 否定もせず、肯定したということはまず本物で間違いないということになる。

 オリハルコン……神に祝福されし黄金、とゲーム内で説明されていた。実際にそれは誇張表現ではなく、オリハルコンの武器の性能は神がかっていて、それを手にしたプレイヤーの強さもずば抜けていた。

 ただし、当然ながら手に入れるのは並大抵の努力では不可能だ。まず、オリハルコンそのものを入手する時点から苦行であり、さらには作成の過程も困難を極める。そのうえ、完成したとしても相当な重量の為に、使いこなすのにはとんでもない筋力と技量が必要となるそうだ。

 これらの情報は、あくまでもネットから収集したのだが……もし事実だとしたら彼女はとんでもない人物ということになるだろう。オリハルコンの武器を作り上げる財力と労力に加え、それを軽々しく扱うだけの筋力と技量の全てを兼ね備えているのだから。

 つまり……彼女は想像を絶するほどの実力の持ち主になるのではなかろうか?んでもって、これから手合わせをするわけだが、ひょっとしなくともこれは所謂……絶体絶命のピンチなのでは?


「カイトさん!準備はいいですか!」


「救いはねぇのかよ……」


 ゲームでいうところの負けイベントみたいに、勝負にならないのは既に分かり切っている。なのに、非情にも彼女はやる気満々で長剣を構えるのであった。

 はぁ……どこまで理不尽なんだよ。ホントさ、この状況で俺は何をすれば助かるんだろうな?


(でしたら、お教えましょう。最初の一撃さえ凌げば、この状況を切り抜けることができるかと)


(その言葉、信じさせてもらうぜ……)


 最初の一撃さえ凌げば展望がある。そう教えられたおかげで何とか心が折れずに済んだ。とはいえ、正直なところその一撃を凌げる自信が皆無である。彼女なら俺の鎧の身体を一撃で粉砕しそう……じゃなくて、オリハルコンの武器を使っているんだからやってのけるに決まっている。

 うーん、ハードルは低くなった筈なのに……未だに理不尽なくらい高く感じるなぁ。やはり無理ゲーではなかろうか?


(カイト、弱気になっている場合ではありませんよ。あなたの為すべきことに全力を尽くしなさい)


「言われなくても分かってるよ。はぁ……できるできないの問題じゃねぇ。やるしかないってか……覚悟を決めるとするか」


 たとえ、手合わせという名の一方的な瞬殺劇になるとしても、俺には彼女に立ち向かう以外の選択はない。ならば少しでも最善を尽くすべく、今は一撃を凌ぐことに集中するべきだろう。

 そう己に言い聞かせて、俺は目の前の彼女に意識を向けた。


「では、参りますね!」


「いいぜ、かかってきな!」


 意気揚々と返事をしたが……またしても後悔しかけた。

 というのも、俺が返事をした途端に彼女から気迫のようなものを感じ、心底恐ろしくなったからだ。下手をしなくとも殺されてしまう、と思ってしまうくらいにその気迫は凄まじく、無意識に死を覚悟した。


「ひひっ……人なのかすら怪しいな……」


 そして恐怖したせいか、思わず変な笑い声を出して小さく呟いたその刹那に、彼女は何の脈絡もなく俺の視界から姿を消したのだった。


「ぐっ!!」


 彼女の姿が消えた瞬間に、反射的に後退しながら両腕を構えたのは英断と言えるだろう。おかげで両腕が宙を舞い、胸元が深く切り裂かれた程度で済んだのだから。


「あっ、す、すみません!手加減したのですけど、つい力んじゃいました……」


 気がつくと、彼女は申し訳なさそうに謝罪の言葉を口走っていた。しかも、目の前で長剣を振り下ろした状態でだ。

 それら視認し、何が起きたのかを理解した頃には激痛に苛まれていた。だが、そんな俺に神様は追加の注文をしてくるのである。


(彼女を失望させない為にも、今は痛みで喚くのを我慢しなさい。ついでに、彼女を喜ばせたいので反撃をしてくれませんか?)


(ぬぅ……余計な注文をしやがって……)


(おや、反撃ができないのですか?女の子が相手だというのに、やられっぱなしで情けないとは思わないのですか?)


(わざとらしく煽るんじゃねぇよ。はぁ……仕方ねぇなぁ)


 思うところは色々とあるが、これ以上の小言は言われたくない。ひとまずは神様の追加注文に応えてやるとするか……超気が進まないけど。


「謝罪は手合わせが終わってからにしなっ!」


 半ば自棄になりながら威勢よく言い放ち、全力で回し蹴りを放つ。だが、不意打ちに近い攻撃であっても彼女は動揺せず、冷静に蹴りを躱して後退した。その機敏な動きは熟練の戦士を彷彿とさせ、格の違いを見せつけられる。

 ただ、彼女にとって俺の反撃がよほど嬉しかったのか、やや興奮気味に俺のことを褒めるのであった。


「凄いです!凄いです!両腕が無いのに反撃をしてくるなんて、カイトさんは本当に凄いです!!」


「はっ、両腕が無くても戦えるんだよ!」


(上出来ですよ。これなら彼女もある程度は満足したと思います)


(……茶番はこれで終わりでいいんだよな?)


 こんな命懸けの茶番にはもう付き合いたくない。満足したって言うのなら、さっさと逃げ出したいぜ。

 と思っていても、彼女は嬉しそうに長剣を構えていた。まだ続けるつもりなのだろうか……?

 言うまでもないが、次の一撃が放たれたら俺は確実に真っ二つになるだろう。


「えへへー、カイトさんってお強いんですね」


「い、いやぁ……君ほどじゃないと思うよ」


 俺も今まで化け物呼ばわりされてきたが、彼女に比べればまだ可愛いものだ。

 脆くなっていない両腕を瞬く間に斬り飛ばした時点で、既に彼女との間には圧倒的な実力差がある。そのうえ、これでまだ片鱗を見せただけに過ぎないのだからな。俺が化け物だというのなら、彼女の場合だと化け物を超えた存在になるのが妥当だろう。それこそまさしく、ギルが言っていた絶対的強者と呼ぶのが相応しいに違いない。

 ん?まさかとは思うが……ここまで並外れた強さの持ち主なら……彼女は絶対的強者だったりするのか……?


(ええ、彼女の強さは絶対的強者に匹敵しますよ。この私が保証します)


(何で……そういう大事なことを早く言ってくれないんだよ……)


(先に言ったところで、彼女の戯れに付き合うことには変わりありませんからね)


(なるほど……)


 彼女と出会ってしまったのが運の尽き。といったところだろうか……いや、待てよ。そもそもの原因はあからさまに神様だよな。神様が俺のことを彼女に教えて、俺のいる場所に彼女を誘導したに決まってる。

 でなけりゃ、彼女のような人物が俺と手合わせをするわけがないし、それ以前にこんなところに来るわけがない。


(実際のところはどうなんだ?)


(概ねあなたの推測は当たっていますよ)


(だったら、どうして使命を授ける前にこんな真似を?下手すりゃ、俺は真っ二つになってたんだぜ?)


(私としても、そのようなことは望んでいません。ですが、一昨日の夜に彼女と会話して、話題を提供する為にあなたのことを話したら、どうしても会いたいと懇願してきましたので)


(おい、一昨日は大事な用事があるとか言ってたけど……まさか彼女と会話することだったりするのか?)


(その通りですけど、何か問題でも?)


 もうやだこの神様。彼女に対して肩入れしているどころか、信じられないくらい贔屓にしてやがる。

 大事な用事が彼女と会話をすることだなんて……どれだけ彼女の優先順位が高いんだよ。それだけじゃなく、よりにもよって俺のことを話すとは……。

 それはそうとして、本当に彼女は一体何者なのだろうか。冗談抜きに神様の寵愛を受けているようにも見受けられるし、装備品や強さに至っては俺からしてみれば完全に規格外だ。そして、そんな彼女が俺なんかと手合わせしたがるのも理解できない。

 だが、気になるとはいえ相手が女の子であることを考慮すべきだった。


「あ、あの……そう見つめられるとちょっと恥ずかしいです……」


「えっ……す、すまん!悪気はないんだ」


 視線の先で彼女は少し恥ずかしげに身をよじらせていたからだ。さすがにジロジロと眺めるのはマズかったと内心で反省しつつ、俺は顔を逸らして謝罪の言葉を口にした。

 にしても、その反応だけを見れば……年相応の女の子と思えないこともないんだけどなぁ。


(カイト、いくら彼女が美少女でも限度というものがありますよ)


(ヘルムのせいで美少女なのか分からないし、別にやましい目で見ていたわけじゃないからな?)


 中身が美少女なのかどうかはともかくとして、いい加減に彼女のことを教えてもらいたいのだが。

 しかし、唐突に誰かを呼ぶ声が聞こえてきたことによって、神様から聞き出すのは叶わなかった。


「ひーめーさーまーっ!!」


「姫様?」


 遠くとはいえ、はっきりと耳に届いたのだから聞き間違える筈もない。紛れもなく、『姫様』と呼ぶ声が聞こえた。

 当然だが、この場において姫様に該当するであろう人物はただ一人しかいない。


「これまでのようですね……残念です」


 そう、俺の目の前であからさまに落胆した様子で呟く彼女である。その背後からは、手を振りながら馬に乗ってこちらに駆けつけてくる人物を筆頭に、統率された動きで統一された装備品を身に纏う兵士が大軍で行進していた。


「何で……このタイミングで来るんだよ……」


 目の前の彼女が姫様だというのなら、その背後から迫りくる連中は姫様につき従う兵士たちなのだろう。

 もちろん、ここに来たのはあの街への救援の為に国から派遣されたのだと、容易に想像はつく。しかし、一足先に俺が魔王軍を退けたとはいえ、あまりにも来るのが速すぎる。ましてや、援軍の要請などはしていなかった筈。

 考えられるとすれば……。


「まさか、神様が?」


「はい、カイトさんの想像通りですよ。お告げに従い、わたくしたちは『南の街』へと救援に駆けつけた……のはいいんですけど、結果的には間に合いませんでした」


「なるほど、だから時間を稼げばよかったのか」


 そういうことなら事前に教えてくれても良かっただろうに。あらかじめその事を知っていたら、俺としても凄く気が楽だったのになぁ。どうして神様は俺に教えてくれなかったのかな。

 いや……神様のことだから彼女との会話を最優先にして、教える時間すらも惜しいなんてことを考えていてもおかしくはないか……。


(おや、よく分かりましたね。その通りですよ)


(神様さぁ……それはさすがにダメでしょ……)


 もはや怒る気力すらも湧かず、呆れながら突っ込むことしかできなかった。

 ところで思ったのだが……ギルは時間がないとか言っていたよな。もしかして、彼女たちが来ることを事前に察知していたのだろうか。それなら時間がないのにも納得がいくし、切羽詰まってあんな手段を用いた動機としては十分になり得る。

 だけど、どうやって事前に察知したのかが疑問に残るんだよなぁ。


(確かに、それは気掛かりです。ふむ……ギルに情報を提供した内通者がいるかもしれませんね)


(内通者かぁ……いてもおかしくはないな。現に、あの街にはロイという裏切り者がいたわけだし、黒幕的な存在である『あのお方』とやらもどこかにいる筈だ)


 つまるところ、魔王軍を撃退したところで根本的な問題は未解決のままということになる。他にも、ミスリルの提供元として聖国が関わっている可能性も完全に捨てきれていなかった。

 って、おいおい……放っておいたら洒落にならないことばかりじゃねぇか。この国は大丈夫なのか?


(今のあなたが心配することではありません。それよりも早く南へと向かいなさい)


(ちょっと引っかかる言い方だな、おい)


 “今の”ということは……後々になって関わるかもしれないんだよな。はぁ、勘弁してほしいぜ。俺としてはそんな複雑そうなことに関わりたくないのだが。


(御託を並べる暇はありませんよ。前を見なさい)


「ん?……げぇっ、あいつら何のつもりだっ!?」


 神様に言われて視線を向けると、何故か兵士たちは剣を抜いた状態でこちらに向かって走っている。どう見ても物騒にしか見えず、嫌でも身の危険を感じてしまう。

 あっ、冷静に考えれば……大切な姫様の目の前には俺という正体不明の人物がいるのだから、物々しくなるのも当然か。とりあえず、手合わせができるような状況じゃなくなったし、ここはあの連中が辿り着く前に逃げるとしよう。


「じゃあ、俺はやらないといけないことがあるからさ、ここは行かせてもらうぜ」


「構いませんよ。カイトさんには果たすべき使命がありますから」


「話が早くて助かる」


「ですが、その……また……あ、会えますよね?」


 ヘルムで中身は分からないが、どことなく期待の眼差しを向けているような気がした。

 にしても、随分と返答しづらいことを聞いてくるな……。まぁ、本音を言えばもう会いたくはない。だって、次に会えば手合わせの続きを要求してきそうだもん。

 ただ、さすがの俺でも本音で返事することがマズいのは理解している。


「悪いけど、それは確約はできないな。これから先で何が起きるのか分からないし、運が悪ければ死ぬかもしれん。でも……生き延びることができたら会えるかもな」


「でしたら頑張ってください!次に会える時を楽しみにしていますから!」


「お、おう……」


 曖昧な返事をしたつもりだが、まるで次に会うことを約束したかのような雰囲気になったような気がするのは、どうしてだろうか……?


(あなたにしては良い心がけですね。称賛に値しますよ)


 彼女を悲しませたくないだけであって、神様の為ではないんだけどね。しかし、それを伝える時間はもう残されていない。

 兵士たちが近くまで迫ってきたからだ。


「やべっ、今度こそ行かせてもらうぜ!」


「はい、ご武運を祈っています!」


「ありがとう、じゃあな!」


 そう言い残し、俺は彼女に背を向けて駆け出した。背後からは無数の足音が響き、呼び止めるような声が聞こえるも全力で無視。何せ構っている暇はないからな。


(それで神様、俺はこれからどうすりゃいい?)


(まずはひたすら南に進みなさい。そして大陸の南端の支配者であり、『大陸の四大覇者』の一角である『始原の竜』に会ってもらいます)


(『始原の竜』……ということは、名前からしてそいつは竜なんだよな)


(ええ、その通りですよ)


 竜か……ゲーム内では戦うどころか見たことのないモンスターで、詳細な情報も少なかったと記憶している。

 おかげでレイドボスとして登場してくる方を連想しそうになったが、アイツら正確には竜じゃないんだよな。

 まぁ、そのことは置いておくとして……。


(で、俺はその『始原の竜』に会って何をするんだ?)


(それは会ってから分かることです。では、これから先はあなたの望み通り、私は基本的に干渉はしません)


(やっと解放されるのか……)


 神様から余計な小言をもらうことはなく、不意に思考を読まれたり、記憶を覗き見されることはなくなるわけだな。


(そうなりますね。ただし、一つだけ言っておくことがあります)


(何だ?)


(あなたの願いを完璧に叶えることができるのは、私しかいないということを記憶にとどめておいてください。それでは、後は一人で頑張りなさい)


 こうして、今のやり取りを最後に神様の声が聞こえることはなくなった。聞こえるのは、俺の走る音と背後からの喧騒のみである。

 なのに清々するわけでもなく、神様の言葉を思い返してしまう。


「結局は何が言いたかったんだ……?」


 最後に忠告めいたことを言い残していたのがよく分からない。あれは……願いを叶えてあげると言って俺を騙そうとする輩に気をつけろという意味なのかな。

 とはいっても、俺の願いを叶えるとしてもそれは容易ではない筈だ。容易に叶えてくれるとすれば、それこそ神様のような超常的な存在ぐらいだろう。

 だが……“完璧”という言葉が引っかかる。


「まさかとは思うが……完璧ではなくても、俺の願いを叶えてくれそうな存在がいるのか?」


 ここは俺の常識が通じない異世界なのだ。何が起きてもおかしくはない。そして神様に匹敵しかねない超常的な存在なら、既に心当たりがある。


「『始原の竜』か……」


 絶対的強者であり、『大陸の四大覇者』の一角である『始原の竜』なら俺の願いを叶えることは可能ではなかろうか?

 ただ、今のところは机上の空論に過ぎない。俺の展望通りになるとは限らないし、気休め程度に考えるのがいいだろう。

 それに……まずは目の前の課題を処理すべきだ。


「くっ、馬で追って来てやがるな」


 背後から無数の足音は聞こえなくなったものの、今度は複数の馬蹄の音が背後から迫ってきている。追いつかれるのは時間の問題。

 まぁ、両腕が無いというハンデはあるが、追いつかれたとしても数人程度ならどうにかなるだろう。さっきの姫様と同じくらい強いなんてあり得る訳がないからな。

 等と考えている内に、ついに馬に乗った兵士たちが俺を追い越し、馬から降りて俺の眼前に立ちはだかった。


「そこの者!止まれっ!」


「両腕が無いというのにどこに行くつもりだ!」


「テメェらの言うことなんて聞けるか!俺は南に行かなきゃいけないんだよ!」


「ならば力ずくで止めるまで!」


「やれるもんならやってみやがれぇっ!」


 吠えるように雄叫び、少しも走る速さを緩めずに突き進んだ。そして俺を力ずくで止めようとする兵士たちと衝突し……あっさりと蹴散らし、そのまま突破してやった。


「ぐわっ!?なんて馬鹿力だ!」


「奴は人間なのか!?」


「そもそも両腕が無い状態で走っている時点でおかしいんだ!」


 といった兵士たちの声を聞き流し、俺は次の目的地である南を目指して走り続けた。




オマケという名の蛇足


「行ってしまいましたね……」


 遠ざかっていくカイトの背中を眺めながら、姫様と呼ばれている少女は少し寂しげにそう呟く。そんな少女を慰めるように、神は優しげに語りかける。


(今は我慢してください。彼には大事な使命があるのですから)


「それは分かっていますけど……次はいつになったら会えるのでしょうか……?」


(すみません、私でもいつになるのか見当もつきません。何せ、カイトが相手するのは『大陸の四大覇者』ですから……)


「め、“女神様”が謝ることじゃありませんよ!悪いのは我が儘ばかりを言うわたくしです!」


 この時の少女は確実に“女神様”と口にしていた。ということは、カイトが性別不明だと思っていた“神様”の性別は女性ということになる。

 だが、カイトがその事実を知るのはまだ先のことだ。


(ふふっ、あなたのそういうところが好ましいですね。ふむ、代わりといっては何ですが、いいことを教えてあげましょう)


「いいことって何ですか?」


(彼……カイトのことですが、次に会うは今よりさらに強くなっていますよ)


「わぁっ!でしたら、次の手合わせは本気を出しても大丈夫ですよね?」


(ええ、それは保証しますよ。次に会う時を楽しみにしておいてください。ふむ……わたしもここまでのようですね)


 カイトが全力で嫌がるであろう手合わせがほぼ確定したところで、少女の背後から馬に跨る男が現れて馬から降りていた。先程、少女に向かって『姫様』と大声で呼びかけていた人物だろう。

 その男はたくましい体格をしており、精悍な顔つきをしているのだが、どうも酷く疲れているせいなのか、少し頼りなさげに見える。


「ぜぇ……ぜぇ……ひ、姫様……護衛を置いてきぼりにして、単独で行動するのは勘弁してください……」


「あっ、ラルドさん……ごめんなさい」


 ラルドと呼ばれる男の様子を見てさすがに申し訳なくなったらしく、少女は咄嗟に謝罪した。

 ただ、ラルドは走り去っていこうとするカイトが気になるようだ。


「ところで……あの走っている鎧の人物は?見たところ……両腕が無いように見受けられますが……姫様とはどのような関係で?」


「うーん、彼とは初めて会ったばかりなので、まだ知り合いといったところでしょうか。ちなみに、カイトという名前ですよ」


「え?じゃあ……初対面のカイトっていう人物と何をなさっていたのですか?」


「ちょっと本気を出して手合わせさせていただきました」


「なっ……」


 少女が嬉しそうに質問に答えるのに対し、ラルドは絶句していた。それもその筈だ。近くで護衛をしているということは、否応なしにその強さを直に見る機会があるのだから。故に、ラルドは何が起きたのかを即座に察するのである。


「ということは……両腕が無いのも姫様が?」


「はい、ちょっと力んじゃって斬り飛ばしてしまいまして……。だけど、カイトさんは両腕が無くても反撃してくれたんですよ」


「姫様に立ち向かうだけでも十分に凄いというのに……カイトという人物は人間なのか……?」


 信じられないといった様子でラルドはそう呟いた。

 しかし、そんな二人のもとにとある男が現れ、会話は中断されてしまう。


「ラルド将軍!立ち話をしている場合じゃありませんよ!即刻、あの怪しげな奴を捕らえるべきです」


 そう語る男は眼鏡をかけていて、やる気が漲っているのか仕事熱心な印象が強い。


「シドか……捕らえるって言ったって、彼は姫様の知り合いなんだぞ。そこまでする必要はないと思うんだが」


「甘すぎるんですよ。そう言うと思って、既に私の部下が馬で追っています。間もなく捕らえてくれるでしょう」


「お前なぁ……」


 得気に語るシドという男に対し、ラルドはやや呆れ気味だった。

 ただ、一応はラルドもシドの主張が正しいことは理解している。たとえカイトが姫様である少女の知り合いだとしても、詳しく事情を聞き出したり、どのような人物なのかを調べておく必要がある。

 もちろん、捕らえることができればの話だ。


「どうなっても知らんぞ」


「おや、姫様の不興を買うことを心配しているので?」


「違う違う。まぁ、見れば分かるさ」


「?」


 シドはラルドが何を言いたいのかを理解できず首をかしげていたが、それから間もなくして驚愕すると同時に理解するのであった。

 カイトが立ち塞がっていた兵士たちと衝突したと思いきや、瞬く間に蹴散らして走り去ったからだ。


「んなっ!?」


「あぁ、やっぱりそうなるか」


 信じられないといった様子のシドとは対照的に、ラルドは予想通りといわんばかりの様子だった。


「奴は人間なのですかっ!?」


「さぁな。そんなの俺が知りたいよ。とはいえ……姫様に立ち向かって生き延びたんだから、只者じゃないのは確かだろう」


 と会話している間にも、カイトの姿は見る見るうちに遠ざかっていく。もはや追加の追手を放ったとしても、生半可な戦力では足止めすらできないのは明白で、そのうえまともな戦力で追いかけるには遠すぎる。

 だというのに、相変わらず少女は嬉しそうにしていた。


「ふふっ、さすがカイトさんですね。次の手合わせが本当に楽しみです」


「ちなみに姫様……カイトって人は両腕が無くなっている筈なんですが、次に会ったとしても勝負になるんですかね?」


「たぶん大丈夫だと思います。次に会う時はきっと元通りですから」


「まさか……腕を生やすとでも?」


 だが、少女がラルドの疑問に答えることはなかった。というのも、あることを思い出したからだ。


「あっ!わたくしったら、自己紹介をしていませんでした」


「は、はぁ……次に会った時にでもしたらいいんじゃないんですかね……」


「それもそうですね!」


 そして姫様と呼ばれる少女は、次に会える時を待ち遠しく思いながら、カイトの姿が見えなくなるまでずっと眺めるのであった。

 ちなみに、この少女との出会いがカイトの運命に影響を与えることとなるのは言うまでもない。

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