第二十五話 決着とその後
両腕を失ったおかげで痛みと虚無感に苛まれてはいるものの、我慢できないことはない。
それに戦いが終わったからか、あるいは時間経過によって『神格解放』の効果が切れたのか分からないが、今は全身からの激痛に苛まれることなくそこそこ快適である。
とはいえども、まだ油断していいわけではない。今まで戦ってきた相手の中で一番の強敵であるギルなのだから。
「さてはて……どんな抵抗をしてくるのやら」
両腕を失ってしまっているし、できればこれ以上は戦いたくない。それが俺の本音ではある。
だが、そんな祈りが珍しく通じるとは思わなかった。
「抵抗するつもりはない……さあ敗者にとどめを刺すがいい」
「ちょっと待て、潔すぎだろ」
あと一歩というところでギルはいきなり口を開いては負けを認め、あろうことか自分からとどめを刺すことを勧めてきやがった。そのうえ、敵意がほとんど感じられん。
何というか、拍子抜けだぜ。
「ふんっ、生憎だがカイトほど頑丈でしぶとくはないのでな。不意打ちをしようにも身体が言うことをきかん」
「最後の蹴りが致命的だったってことか……」
「そういうことだ。にしても、カイトがあんな奥の手を持っているとはな。以前を遥かに上回る怪力も驚きだったが、数回触れただけで我が一族で代々受け継がれている家宝が容易く粉々に砕かれるなんて予想だにしなかったぞ」
「か、家宝って……相当な代物ってことだよな?」
「当然だろう。カイトが砕いた魔剣と鎧は並の魔剣なんかとは比にならない逸品だぞ」
ますます理解ができない。『神格解放』の効果による怪力もそうだが、そんな代物を触れるだけであっさりと砕いてしまうなんて意味不明だ。しかも、触れたといっても俺の両腕を切り落とした時と最後に足に触れた時の三回だけだ。
ん?ということは……俺の右腕を切り落とした時点で、長剣にヒビが入っていたりしたのだろうか。ギルが積極的に長剣を使おうとしなかったのは不可解だったが、そういった背景があるのなら納得がいく。
なんにせよ、尋常ではないのは確かだ。まさか……『神格解放』とやらは触れた物を破壊するといった効果があるとでもいうのか?
と思考を深めていたら、ギルが改まった口調で話しかけてきて中断されてしまう。
「ところでカイト、残ったゴブリンたちのことで少し話がある」
「ん?別に構わないけど、何だ?」
「彼らを見逃してやってほしい。魔王軍の一部なのは間違いないが、彼らは脅されて強制的に戦わされているのだ。それに恐らく……今回の失敗のせいで処分されてしまうかもしれない」
「そいつはまた……穏やかじゃねぇな」
だから確実に街を占領する為にあんな手段に出たというのか。
しっかしまぁ、そんな事情を聞くと魔王軍ってのはとんでもないブラック企業だな。魔王軍がこの調子なら、社長的なポジションの魔王とやらも碌でもなさそうだぜ。
「とりあえず、あの街に手を出さないのなら見逃してやってもいいぞ。それぐらいの事なら約束してやる」
「そうか……だったら彼らのことを頼む。さぁ、とどめを刺すんだ」
「んー、どうしたものか……」
(まさかとは思いますが、殺すことを躊躇っているのですか?よもや情けをかけるおつもりで?)
俺の躊躇いを目ざとく感じ取った神様が間髪入れずに問いかけてくる。
やれやれ、本音で語るのが少し憚れるのだが……どうせ隠しても思考を読まれるから意味がないだろうし、ここは正直に答えてやるとするか。
(いや、まぁ……半分くらいはその通りなんだけど)
(ほう?ではもう半分はどのようなお考えで?)
(くだらないって思うかもしれないけどさ、個人的にこんなイケメンな男を殺すのは惜しいと思ったんだよな。それに、これまでの対話で感じたんだがそこまで悪い奴じゃなさそうだし、嫌いにもなれん)
(あなたは一つだけ勘違いをしていることがありますが、今は置いておきましょう。ふむ……確かにギルのような見た目が素晴らしい逸材を殺してしまうのは惜しいですね。あなたの言う通り心根は良い人そうですし、私も嫌いではありませんよ)
(お、神様もそう思ってくれるのか)
(ええ。ついでに……もしギルを攻略をするおつもりでしたら、ここは敢えて見逃してフラグを回収するのもありかと)
(なぁ……ゲームの攻略じゃないんだぞ)
ギルを攻略って、神様は何を言いたいのだろうか。それと勘違いをしているとか言っていたけど、俺は一体何を勘違いしているんだろう?
それはそうとして、これは見逃す流れになるんだよな?
(もちろん、見逃しても構いませんよ。時間もなくなりましたので)
(時間?)
神様の言葉に疑問を抱いた時である。ゴブリンたちと共に魔人の兄弟が俺の目の前に現れた。どうやら神様と話し込んでいるうちに近づていたらしい。
少しは周囲に注意を払うべきだったかな。
「鎧の化け物め、ギルから離れろ!さもなくば貴様を殺すぞ!」
「へっ、もう少し頭を働かせてから口を利くんだな。テメェらこそ変な動きをしてみろ。ギルの綺麗な顔がどうなっても知らねぇぞ。それでもいいのかっ!?」
ちなみに、悪役めいた台詞をスラスラとよく言えたものだと、内心で自画自賛したのはここだけの話だ。
「うぅ……兄者、本末転倒になる前に今は落ち着こうよ」
「ラル殿の言う通りです。将軍様の安全を第一に考えてくだされ、パーズ殿」
なるほど、道理で神様は時間がないと言ったわけだ。こいつらの目の前でギルを殺したりでもしたら、怒り狂って俺に襲い掛かってもおかしくはない。そうなってしまえば面倒なことになってしまう。
ただ、こいつらのおかげでギルを見逃す口実ができたのは都合がいいな。後は完全に撤退することを確約させることができたら上出来だろうよ。
「お前たち……何をしているんだ。それにパーズとラルまで……手を出すなと言ったじゃないか」
「決着がついた後には手を出すなとは言ってないだろ」
「ものは言いようだな……」
事情はよく理解できないが、魔人の兄弟には手出し無用と頼んでいたのだろうか。だとしてもどうしてだ?
パーズとラルがいればもっと有利に戦えて俺を倒せていたかもしれないのにな。
「魔王の手助けをすることになるが、それでもいいのか?例の眼鏡女が黙っていないぞ」
「構うもんか。あの眼鏡女から罰を受けるだけでギルを助けられるのなら、安いもんだよ」
「そ、そうだよ。僕たちは友達なんだからさ」
「ふっ……嬉しいことを言ってくれる」
眼鏡女?そいつは一体どんな存在なのだろうか。ギルは魔王にこの街を占領しろと命令されていたみたいだが、それとは別に魔人の兄弟は眼鏡女とやらに何かを命令をされていたと見ていいのか?
で、今の会話を聞くと魔王と眼鏡女は不仲なのかな。実は魔王軍は一枚岩ではなく、何らかの派閥争いをしているのかもしれないし、内情が複雑そうに思える。
あーあ、こっちの世界でも組織内では足の引っ張り合いをやってるのかね。まっ、事情はどうであれ俺には関係のないことだ。そろそろ話もお終いにしてもらうとするか。
「はいはい、お前らの馴れ合いはそこまでにしてくれ。まず、ギルを見逃してやってもいいが条件がある」
「……どんな条件だ?」
「さっきも言った通り、あの街には手を出すな。一人残らずここから立ち去ってくれ。以上だ」
「たったそれだけでいいのか……?」
もっときつい条件を飲まされると思っていたのか、ギルは拍子抜けしたような表情を浮かべていた。それは他の連中にも言えることで、パーズに至っては深読みをしてしまっている。
気持ちは分からんでもないが、勘弁してほしいぜ。
「貴様、何か裏があるんじゃないんだろうな?」
「あ?不満があるのならギルをこの場で殺して、テメェらの相手をしてやろうか?」
「はっ!両腕を失っている貴様なんぞ恐れるに足らん!」
「喧嘩腰にならないでくれパーズ。今は大人しくカイトの要求に従うんだ」
険悪な雰囲気なりそうなのを察したギルがすかさず仲裁に入ってきた。
つっても、有言実行するわけじゃないんだけどね。あくまでも、弱腰と思われたくないからわざとらしく強気で言っているだけだ。そもそもギルを殺すつもりはない。
だが、ギルの前では隠し通すことはできなかったようだ。
「ところでカイト、さっきはどうして殺すのを躊躇ったのだ?それに……もはや殺気が感じられない。ということは殺す気なんてないのだろう?良ければその理由を聞かせてほしい」
「バレちまってたか……」
はぁ、俺って嘘ついたり誤魔化すのが致命的に下手なのかな。分かりやすいミスをしたフェリンの時と違って、今回のは普通に演技力が足りなかったみたいだし、次からは気をつけないと。
ともあれ、バレてしまったからには正直に教えてやるのが筋だと俺は思うが、理由が理由なだけに気が進まない。しかし、ギルがどうしても聞きたいというのならここは教えるべきだろう。
そう考え、ギルの意思を確認することにした。
「あー、ギルからしてみればくだらない理由なんだけど、それでも聞きたいか?」
「どんな理由でも構わない。是非とも聞かせてくれ」
「えーとな……半分くらいは情けをかけているってのもあるんだけど……」
「けど?」
「ぶっちゃけた話、ギルみたいなイケメンを殺すのが惜しいと思ってな。俺が女だったら一目惚れしそうな容姿をしてるし……」
うん、自分で言っておいてあれだが……我ながら気持ち悪いことを口走ったものだな。そもそも見た目がストライクってだけで殺さないという発想は、普通ならあり得まい。ここにいる全員にどうかしていると思われてもおかしくはないな。
当然ながら、理由を聞いたギル以外の全員は酷く呆れていた様子だったものの、俺が想像していたのとは少し違う反応であった。
「ギルに対してよくそんなことを言えたものだな……」
「でもまぁ、実際にギルはカッコいいから仕方ないかもね……」
「将軍様……気落ちしないでくだされ……」
「んん?お前らどうしたっていうんだ?」
ギルに憐れみの視線を向けているようにも見えるのだが、俺はそこまで酷いことを口にしてしまったというのか?
あっ、あれか。ギルは情けをかけられるのを嫌っているのかな。理由はともかくとして、情けをかけたことには変わりないわけだし。それで他の連中はギルに同情的になっているのだろう。
しかし、不思議なことにギルは怒ることもなければ呆れることもなく、心あらずといった感じで少し悲しそうに呟いていた。
「ふっ、ふふふ……そうか……女だったら一目惚れしていたのか……はははは……」
「おーい?」
何が何だかよく分からんが、一応は理由を教えたからこの話も終わりだ。速くこの場から立ち去ってもらわないとな。
「お前らにこれ以上構ってやる程、俺は暇じゃないんだ。ギルの治療は後回しにしてさっさと連れて行きな」
「あ、あぁ……そうさせてもらう」
「ギル、後で回復ポーションを飲ませるからそれまで辛抱しててね」
俺はギルから離れて、立ち去るのを見届けることにした。
それからパーズとラルに支えられながら立ち上がり、いざ歩き出そうとしたところでギルは気を取り直し、俺に声を掛けてきた。
「待ってくれ。まだ話したいことがある」
「他に聞きたい事でもあるのか?」
「違う。カイトに言っておきたい事があるんだ」
「ほう?」
この時のギルはとても真剣な様子だった。そのせいか、俺もつられて真面目に話を聞くことにした。
「カイト、貴様は常人から見ても化け物めいた強さをしているが……だからといって己惚れてはいけないぞ。上には上がいるのだから」
「言いたい事って忠告かよ。ギルはお節介なんだな」
内心ではやや呆れていたのだが、どうやらただの忠告ではなさそうだ。というのも、気を抜いた俺とは対照的にギルがまだ真剣な表情を浮かべていたからだ。
そして、ギルはとんでもないことを口にしやがった。
「心して聞いてくれ。この世には化け物という言葉ですら生温く、想像を絶する力を持つ絶対的強者たちがいる。まさしく生ける伝説とも言える存在だ。そして、おそらく……いや、確実にカイトは絶対的強者と戦うことになるだろう。貴様がそのようなことを望んでいなかろうと、避けることはできまい」
「いやいやいや、どうしてそうなるんだ?訳が分かんねぇよ」
「理由は自ずと理解できるだろう。とだけ最後に言っておく。……少し長話になってすまないな。カイトが提示した条件に従い、我々はこの場から立ち去るとしよう」
そう締めくくり、パーズとラルに支えられながらギルは背を向けて歩き出した。
ただ、恐ろしく不穏なことを言い残したから思わず呼び止めようとするも……神様によってそれは遮られる。
(このまま行かせてあげなさい。ギルたちが留まり続けると、よくないことが起きますので)
(何らかの理由があるみたいだから大人しく引き下がるけどさ……神様が絶対的強者とやらのことをギルの代わりに教えてくれるんだよな?ついでに『神格解放』の詳しいことも教えてくれよ)
(ええ、今回は特別に教えてあげます。ですが、その前に褒美としてあなたの身体を修復して差し上げましょう)
神様が言い終えた次の瞬間、俺の身体は光に包まれてあっという間に修復された。だが、手放しに喜ぶことができなかった。
(……神様にしては随分と親切にしてくれるな。何か裏でもあるのか?)
(可愛げがありませんね。何も言わず、私の褒美を素直に受け入れたらいいじゃないですか)
そんなことを言われてもなぁ。神様がこれまでにしでかしたことを考慮したら、反射的に警戒してしまうのはしょうがないだろ。
とはいえ、修復してくれるのは普通に助かる。さすがにお礼の一つくらいはくらいは言っておくべきだろう。
(でもまぁ、神様の褒美は感謝するぜ。ありがとう。だけど、どうして修復してくれる気になったんだ?)
感謝はするが、やはり気になるものは気になってしまう。
(それはあなたが単独で魔王軍を退けてくれたからですよ。街に被害を出してはいますが、せいぜい城門と跳ね橋が焼け落ちた程度で済んで、住民は誰一人として犠牲になっていません。過程はともかくとして、結果だけを見ると上出来です。故に、多少は労ってあげようかと思いました)
(へー、思いのほか評価が高かったのか)
(一応あなたは街の救世主ですよ。あるいは、今回の実績によって英雄と呼ばれるかもしれませんね)
(救世主に英雄ねぇ……あまり興味はないし、そう褒め称えられたところであまり嬉しくねぇな)
淡泊だと思われるかもしれないが、色々と助けてくれたマリンダさんに恩返しをするために頑張ったわけで、地位や名声が欲しいから頑張っているわけではない。
そして最終的には、元の姿で元の世界に帰ることが俺の目的だ。ホント、こんな異世界とはさっさとおさらばしたいもんだぜ。と常々思っている。
(残念ですが、あなたはまだ私の使命を授かってすらいませんので、元の世界に帰還するのは当分先の話ですよ)
(はぁ……人が落ち込むようなことを言わないでくれよ。って、そんなことよりも『神格解放』と絶対的強者について教えてくれよ)
(そうですねぇ……では、歩きながら話しましょうか。カイト、この街から南に向かって歩きなさい)
(了解した)
神様の指示に従って街の南の跳ね橋が見えるところまで歩き、そこからさらに南へと歩みを進めようとした。しかし何故かマリンダさんのことが気になって、足を止めて振り向いてしまう。
(おや、マリンダという娘に未練があるのですか?)
(マリンダさんに未練かぁ……そうなのかもしれんな)
下手をするとマリンダさんが無茶をして、二度と会えないかもしれないのだ。だから多少は未練がましくなっているのだろう。だが、そんな俺の気持ちを察したのか神様は説得をしてくるのであった。
(先に言っておきますが、今から会うのは止めておきなさい。きっと引き止められてしまって、私の使命を授かるのが先延ばしになってしまうでしょうから)
(あぁ、確かに俺の望むところではないな)
己に言い聞かせるように返事をして街に背を向けて歩き出す。ただ、心のどこかでは無事にまた会えるといいなと思っていた。
それからしばらく歩いていると、ようやく神様が本題に入ってくれた。
(頃合いですかね。『神格解放』について教えてあげましょう)
(やっとか……本当は使う前に教えてもらいたかったんだけどな)
(私としては、使用せずとも時間さえ稼げばどうにかなると思っていたのですけど)
(はいはい、油断していた俺が悪かったよ……)
旗色が一気に悪くなり、戦略的撤退を余儀なくされる。
現にゴブリン相手にあっけなく拘束されて動けなくなったせいで、使わざるを得ない状況に追い込まれてしまったもんなぁ。言い返す余地がない。
(分かればよろしいのです。では、『神格解放』についてですが……厳密にはスキルなどという生易しいものではありません)
(どういうことだよ?スキルじゃないっていうのなら、何だって言うんだ?)
(スキルのようなもの、としか言いようがありませんね。それだけ特別な力なのです)
詳しいことを教えてもらうつもりだったのに、理解できそうにないのだが……とりあえずスキルではないという認識でいいんだよな。
確かに、実際に使ってみた感想としては……スキルという範疇を超えているように思える。何せ俺自身の力が恐ろしく増していただけじゃなく、触れるだけで物を破壊してしまったからな。もちろんデメリットがあって俺の身体が脆くなった挙句、全身から異常な激痛が襲い掛かってきやがった。
特に最後に関しては、まるで全身が砕けていくような感覚だったのだが……
(ふむ、その表現の仕方は間違っていませんよ。比喩表現ではなく、文字通りあなたの身体は徐々に砕け散っていたのですから)
(待ってくれ、どうしてそうなるんだよ。ちなみに聞くが、身体が脆くなったのも……)
(はい。あなたの身体が砕けていたのが原因でしょうね)
(はぁ……それで、俺の身体が砕けていた理由は?)
(『神格解放』を使用して、あなたの身体が強大な力に耐えきれなかったが為に、砕け散りかけていたのです。分かりやすく言うなれば、反動と言ったところでしょうか)
神様の説明により、激痛の理由はだいたい理解できた。
付け加えると、生身で使ってはいけないことも嫌というほど理解できた。頑丈な鎧の身体でも徐々に砕けてしまうというのなら、生身だったら即死してしまうに違いないからな。いやぁ、生身で使っていたらと思うとゾッとするぜ。
(だから『鎧化』と組み合わせ使うことが前提だったんだな……)
(ようやく理解してくれましたか。『神格解放』は強力ではありますが、反動が難点なのですよ)
使ってみたからこそ分かるが、アレはヤバかった。
にしても、強力だけど反動があるのか……デメリットとしては分かりやすいけど、そうなってくると使う相手を選ぶ必要があるな。雑魚相手にいちいち使っていたら、俺の身体が持たないだろうし。
(私としても、そうすることをお勧めします。あの力は無暗に使用するものではありませんから)
(あいよ。じゃあ、デメリットは教えてもらったからさ、次はメリットの方を教えてくれよ。強大な力とか言ってたけど、具体的にはどんな力なんだ?)
(教えなくとも、あなた自身が既に体験していると思うのですが)
(言われてみれば……えーと、力が倍増することと、触れた物を破壊することくらいかな)
(その通りです。シンプルではありますが非常に強力ですし、相手の装備を破壊することができますので、奥の手としては十分に相応しいと思います。一応、反動の他に注意すべき点としては時間の経過によって解除されてしまうことですかね。所詮は一時的なものでしかありませんから)
(てことは、今回のはギリギリだったのか……)
ゴブリンたちを蹴散らして、ギルを倒すまでにかかった時間は数分くらいだろうか。で、その後すぐに解除されたわけだから……つまり、数分程度で限界ということになる。
うーん、使うタイミングを見極めるのが重要になりそうだな。
(臨機応変に対応してください、とだけ言っておきましょう。それでは、『神格開放』に関してはこのくらいでよろしいですか?)
この話はこれで切り上げるのか?時間的にはまだ余裕があってもおかしくはないし、もっと肝心なことを教えてもらっていないような気がするのだが。
でも、神様の事だからなぁ……俺が何を言ったとしても切り上げるんだろうよ。
(ご不満のようですね。でしたら、最後に一つだけ質問に答えてあげてもいいですよ)
(質問ねぇ。いきなり言われても具体的な質問なんてすぐに思いつかないんだが……。あっ、ところで思ったんだけどさ、触れた物を破壊するといっても、人とか生き物に対しては効果を発揮することはないんだよな?)
(ええ、その認識で正しいです。基本的には創られた物に対して発揮すると思ってください)
やはりか。ゴブリンに触れた時は特に何も起きなかったから、そうだろうとは思っていたけど……改めて聞かされて納得することができた。
ということは、モンスターに対する奥の手としてはあまり期待できないと考えるべきか。武具を装備してるモンスターなんて稀だからな。
(いずれはその評価を改めることになるとは思いますが、その機会が訪れるのは当分先のことでしょうね)
(……念の為に聞くが、その口調からすると他に教えていないことがあるんだよな?)
(否定はしません。ただ、残念なことに今は時間が迫っていますので……申し訳ありませんが、仕方ないと割り切ってください)
時間が迫っているとは一体?
もしや、これからすぐに何かが起きるとでも?魔王軍を退けたばかりだというのに、まともに落ち着く暇さえ無いのかよ。
ん?まさかとは思うけど、俺の身体を修復したのもその為じゃ……
(時間がないので、次はギルが口にしていた絶対的強者について教えてあげますね)
(俺の疑問はスルーかよ。つっても、この異世界の絶対的強者とやらも気になるな……)
(是非とも知っておいてください。あなたが将来的に戦うことになるかもしれない相手ですから)
(???????)
神様が言ったことを理解できないというよりも、理解したくなかった。
だというのにこの神様はどこまでも容赦がなく、追い打ちのごとく理不尽なことを言い出したのだ。
(あなたが理解しようがしまいが関係ありません。何故なら私があなたに授ける使命には、その絶対的強者たちに会ってもらうことが含まれているからです)
はっきりと神様そう言った。そしてついに使命の内容の一部が明かされたわけだが、俺の想像を遥かに超える無理難題だから絶望的だ。
無論、即座に抗議をした。
(ちょっと待ってくれ!何で俺がそんなヤバそうなのと会わないといけないんだよ!しかも『たち』ってことは複数形だよな?命が幾つあっても足りないような気がするんだが!?冗談にしては質が悪すぎるぜ!)
(私は冗談を口にした覚えはありませんし、あなたも私が軽々しく冗談を口にしないことはご存知でしょうに)
(そ、それはそうだけどさ……)
だとしても、絶対的強者に会いに行くのは死にに行けと言っているにも等しく、質の悪い冗談にしか聞こえない。いや、いっそのこと冗談で終わってくれとさえ願いたくなる。
(いつになく往生際が悪いですね。では、仮にあなたが願望を叶えなくても構わないと言うのでしたら、この話は冗談で終わりますが……それでよろしいのですか?)
(くっ……それはそれでよくないな)
鎧の身体のままで、異世界を一生彷徨い続けるという絶望的な未来なんて御免だ。何としてでも避けたい。
なら、上手くいく可能性が低くても神様の使命を果たすしかないというのか……
(あなたが自分の置かれている理解したようですし、話を進めますね)
(あ、あぁ、頼む)
例え気が進まなくても、どんな無理難題でもあっても、俺には受け入れるしかない。その事実を再び突きつけられ、今は大人しく話を聞くことしかできなかった。
はぁ……俺は何度やるせない思いをすればいいんだろうな。
(まず、あなたが会うべき絶対的強者とは『大陸の四大覇者』と称される四体です。ちなみに、伝説的な存在として認知されていますよ)
(伝説……参考までに聞かせてもらうけど、どれくらい強い?)
(ふむ、『大陸の四大覇者』の強さは絶対的強者たちの中でも群を抜いていますからね。私でも真っ向から戦うと危ういでしょう)
(マジかよ……)
大陸で最強クラスといったレベルじゃなく、神様に匹敵しかねない強さってどうなっているんだよ。
ただ、実際の神様の強さとか知らないからまだ何とも言えん。もう少し具体的に教えてもらうと分かりやすいんだけど……そうだ。
(神様の言う『大陸の四大覇者』とやらはその気になればどれくらいの事をやってのける?)
(そうですねぇ。一体だけでも数日でこの大陸を滅ぼすのは造作でもないかと。ま、そのような真似はしないと思いますよ。それでは、強さに関してはこれで納得していただけましたか?)
ヤベェ……分かりやすく教えてもらったはいいものの、強さの度が過ぎていて現実味がないな。てか一体だけで大陸を滅ぼすって、もはや神の所業に近いのではなかろうか?
で、俺はそんな存在に会わなきゃいけないのかよ。どう足掻いても殺される未来しか思いつかねぇ……。
なのに、内心で途方に暮れているにもかかわらず、淡々と神様が語りかけてきた。
(そこは安心してください。あなたなら殺されることはありませんから)
(安心とはいったい……何を根拠に俺が殺されないんだ?)
(でしたら言い換えましょう。『命』だけは奪われることはありませんよ。あなたという存在は貴重ですから)
(???????)
今度こそは神様の言っていることが理解できなかった。
やたらと含みのある言い方だったが、何を言いたのか分からん。『命』だけは奪われないってことは、逆に言えば『命』以外の何かが奪われるってことになる。だとしても、俺は奪われるような物は持っていないと思うのだが。
そして、俺という存在が貴重とは一体……異世界の人間だからだろうか?
(何が奪われるかは、その時が訪れた際に理解できるかと。ですが、そのような事態は可能な限り避けることをお勧めします)
(と、とりあえず……殺される心配はしなくていいってことなんだよな?)
(……今はその認識で問題はないでしょう)
意味深げな間があったような気がしたが、気にしなくても大丈夫だろう……たぶん。
(それはそうとして、俺は『大陸の四大覇者』に会って何をすればいいんだ?)
しかし、そう質問をした直後に背後から馬蹄が聞こえてきた。そして反射的に立ち止まって振り向くと、誰かが白い馬に乗ってこちらに向かっていた。ついでに鎧を着ていることも視認できたが、それ以外のことは今の段階では不明だ。情報が少なすぎる。
せめて分かっていることがあるとしたら、俺の知り合いではないということだ。
(なぁ神様……ありゃ誰なんだ?)
(少々時間が足りなかったようですね。仕方ありません……カイト、逃げるような真似はせず彼女の相手をしてやってください)
(彼女?それに逃げないで相手をしろと言われても……)
何が何だかサッパリだ。
ただ、何やら神様は馬に乗っている人物を知っているようだ。にしても誰なんだろう?俺に何かの用があるのかな?
等と疑問を抱いている間にも距離は縮まり、ついには俺の目の前で止まったのである。
(カイト、気を引き締めなさい)
と神様に忠告されると同時に、彼女は馬から降りろうとしていた。
基本的なチュートリアルはこれで終わりです。