第二十四話 VS銀髪の魔人
慎重に隠し通路から外に出たものの、辺りは草原が広がるばかりで人影が一つも見当たらず、ひとまずは安心することができた。
「よし、この付近に魔王軍はいないみたいだな」
やはり、銀髪の魔人は隠し通路については知らないのだろうか。あるいは……あの性格からして敢えて無視しているかも知れないな。まっ、理由はともかくとして隠し通路が使われないのであれば俺としては助かるぜ。
お陰様で秘密裏に侵入される心配をする必要がなくなるからな。
「さてと……向かうとするか」
ただし、多少は気が楽になったとしても不安が尽きることはない。
ゴブリンの数はどれくらいなのだろうか、北の跳ね橋は破壊されてあるのか、どれだけ時間を稼げばいいのか、などといった不安を押し殺しながら魔王軍がいるであろう方向に歩みを進めると、ついに視界に入ってきた。
距離はもうそこまで遠くはなく、僅かだが地響きまで俺のもとまで届いている。が、思わず立ち止まってしまった。というのも……
「いや、あの数は多過ぎるだろ」
地響きがこの場所に届いている時点で相当な数なのは分かり切ってはいた。しかしだ、予想を遥かに上回る数なのは勘弁願いたいものである。
あろうことか、辺り一面を埋め尽くすほどのゴブリンが隊列を組んで行進しているとは……ざっと見ただけでも千は超えているのではなかろうか。
いきなり出鼻をくじかれた気分だったが、必ずしも悪いことばかりでもなかった。
「せめて救いがあるとしたら、攻城兵器の類が見当たらないところだな」
しかし、そんな代物がなくとも銀髪の魔人なら単独で門を破壊するに違いない。いや、下手をしたら石で造られた城壁すらも破壊しそうだ。
そうなると、何が何でも銀髪の魔人の足止めをしないといけない。最悪、ゴブリンは無視しても構わないだろう。攻城兵器の類を持たないゴブリンなら街に被害が及ぶことはないだろうし、あの時よりも強化された今なら相手にもならないからな。
と考えていたら、ゴブリンたちは唐突に間をあけるように整列をして立ち止まり、その間から銀髪の魔人が歩み出てきた。しかも一人だけで俺に向かっている。
「おいおい、あんだけ数を揃えているのに一人で来るのかよ」
確かに、街道で遭遇したゴブリンは将軍である銀髪の魔人が俺と戦うことを楽しみにしていると口にしていたが、まさか一人で戦うつもりだったとはな。
まぁ、銀髪の魔人ならそうするだろうと心のどこかで期待していたんだけどね。だからこそ俺もこうして隠れず真っ正面から挑もうとしているわけだし、一対一の戦いなら大歓迎だぜ。
そして互いの声が届く距離まで近づき、銀髪の魔人は口を開く。
「やはり、貴様が立ち塞がるか」
「あの街の現状を知ってしまったからな。さすがに見捨てるわけにもいかねぇよ」
と言いながらも、銀髪の魔人から違和感を感じている。まるでやるせなさを感じさせる複雑な表情を浮かべていたからだ。
何かがあったのだろうか……
「ほう、あの街には侮れない猛者がいると聞いていたのだが……貴様が一人で出向かわなければならない程に戦力が無いとでも?」
「その通りなんだよなぁ……女と子供と老人ばかりでまともに戦える人は皆無に等しくてな。しかも街の中に魔人を招き入れるような裏切り者までいたぜ」
「そんな話は聞いてはいないが……それに裏切り者は本当にいたのか?」
「いたよ。まぁ、裏切り者はなんやかんやあって死んじまって、街の中にいた魔人はどうにか追い出すことはできたけどな。てか、その様子だと知らされてなかったのか」
にしても、強者がいると聞かされていたとは……魔王は銀髪の魔人にやる気を出させる為に敢えて嘘の情報を教えたのだろうか。
でも、実際のところ猛者と言えばスキルの使えるジャックさんがいる。他にも猛者と言えそうな人だったらロイの私兵をフライパンで倒したマリンダさんもいるし、気配を感じさせずに背後から現れたラーク爺さんはもしかすると実力を隠しているかもしれない。
ということは、強者がいるという情報はあながち間違っていないのだろうか?
「………まぁいい、裏切り者が消えて貴様という強者がいるのだから問題はあるまい」
「あっ、そういう発想もありなのか……」
色々と強引だとは思うが、本人がそれで納得しているのであれば俺から言うことはない。
で、いつになったら始めるつもりなんだろうか?まさかずっと立ち話を続けるなんてことはないだろうし……
だが、俺がそう思っていても銀髪の魔人は口を閉じることはなかった。
「ところで、貴様の名をまだ聞いていなかったな。せっかくだから教えてはくれまいか?」
「別に構わないぜ」
教える分には全然問題はなく、しかも少しくらいは時間稼ぎの足しにはなるから俺にとっても悪くない話だ。
「カイトって名前だ。好きに呼んでくれ」
「ふむ、カイトか……ではこちらも名乗るとしよう。ギル・ザーク、ギルと呼ぶがいい」
「ギルねぇ、じゃ遠慮なくそう呼ばせてもらうか」
どこかで聞き覚えのある名前だな。確か……何時ぞやの魔人の兄弟が口にしていた筈だ。やっぱり知り合いなのだろう。
それはそうとして、とりあえずはこれで互いの自己紹介が終わったわけだが、銀髪の魔人はそろそろ仕掛けてくるのかな。
まぁどう足掻いても戦うことは避けられないんだから、今のうちに腹を括っておくとするか。
「さて、貴様……ではなくカイトからは色々と聞き出したいことがあるのだが、それは全てが終わってからにしよう」
「つまり、やっと始めるってことだな」
「あぁ……覚悟はしているのだろう?」
「もちろん」
実は今さっきしたばかりなんだけど、雰囲気を壊しかねないから口に出すことはしない。
そうして銀髪の魔人……もといギルは黒炎を纏う長剣を静かに抜き放ち、切っ先を俺に向けるのであった。しかし、心なしか苦々しい表情を浮かべていたようにも見えたのだが、それは俺の気のせいなのだろうか?
「合図は必要あるまい。先手必勝でいかせてもらうぞ!『黒炎弾』!」
「いきなり派手だねぇ」
他人事のように言いながら、放たれた『黒炎弾』に対して防御や回避行動をすることはなかった。これは別に慢心しているのではなくて、あることを確認してみたかったからだ。
そして『黒炎弾』は俺に炸裂し、その衝撃でよろめいてバランスを崩しそうになったものの……鎧には目立つ損傷はなく、痛みも以前に受けた時よりも酷くはない。
案の定というべきか、俺自身が強化されたことによって魔法への耐性が格段に向上しているようだ。
「少し見ない内にまた頑丈になったみたいだな。道理で回避をしなかったわけか……ちなみに聞いておくが、街の住民の血でも啜ったのか?」
「俺を何だと思っているんだ。吸血鬼か何かと勘違いしてるみたいだけどさ、俺は大量のマナポーションを飲んだおかげで強化されたんだよ」
「そういうことか。血を飲んだのもマナを吸収する為……しかし、マナを吸収して強化するなんてカイトは化け物じみてるな」
「それを言うのは止めてくれ。こう見えても俺は人間なんだからさ」
人外と言われているように感じて地味に辛い。
ただ、化け物じみていると評される原因となった『鎧化』というスキルのおかげで、今もこうして生き延びることができているんだよなぁ。
何だか複雑な気分である。
「なら……これならどうだ?『黒炎砲』!」
次はブレスめいた黒炎の奔流が俺に殺到した。この魔法は以前に真正面から受け止めてかなり痛い目を見たが……今回はどうなるのやら。
と思いつつ、回避することなく両腕をかざして防御に徹し『黒炎砲』を受け止めることにした。
「たぶん、大丈夫だとは思うけど……念には念をだな」
全力で受け止めた『黒滅螺旋風雷砲』を思い出しながらそう呟く。
それから狙いを外すことなく『黒炎砲』が俺に直撃した。だが、俺自身が強化されたせいなのか押し出されることはなく、爆発を引き起こしても吹き飛ばされることはなかった。
しかし、防御に使った腕の表面は若干溶けていて、それなりの痛み感じている。強化されたとはいえ、まだ油断できそうにはないな。そう内心で気を引き締めていたら、ギルは呆れたような口調で語りかけてきた。
「まさか無傷とは……どこまで頑丈なんだ?」
「いやいや、こう見えても無傷じゃねぇよ」
「ふんっ、余計な慰めはいらん」
癪に触ってしまったらしくギルは不機嫌になったが、それは一瞬のことだった。
何故か脈絡もなく悲痛な表情を浮かべたのである。最初に口を開いた時といい、どうしたというのだろうか。
「カイト、貴様が強敵であることを認める。だからこそ……先に謝らせてもらいたい。すまないっ!」
「お、おい……急に謝ってどうした?」
わけが分からん。ギルは何を謝りたいというんだ?
内心で困惑しつつも、嫌な予感がして胸騒ぎがする。少なくとも、俺にとってとてもよくないことが起きるような。そんな気がしてならないし、ギルの表情はこれから何かをしでかすという予兆だったに違いない。
しかし、その何かの見当を付ける前に突如として黒い塊が眼前に出現し、爆発を引き起こして視界は煙によって遮られてしまう。
「無詠唱で『黒爆』を使いやがったか……」
ギルらしくもない。もはや『黒爆』ごときでは俺に傷を与えることはできないのは承知している筈だろうし、ましてや無詠唱だと威力が落ちるから煙で視界を遮ることしかできないだろうに。
ん?もしやそれが狙いなのか?だとしても……何をしたいのだろうか?
「今だ!かかれっ!」
「「「はっ!」」」
「ゴブリンを俺にけしかける……?」
無駄死にさせるつもりか?ゴブリンが束になったところで、どう足掻いても俺を倒すことはできはしまい。
うーん、ギルがそれを理解してないとは思えん。仮にゴブリンたちが俺に対してできることと言えば、精々俺の足止めが関の山だ。
そして煙が晴れた頃になって、ようやく本当の狙いが分かるのであった。
「いいな!訓練通りにやるんだ!」
視界が晴れたと同時にギルの指示の声が聞こえて反射的に身構えていると……四方八方から投げ縄が俺に投げられた。
しかも身構えていたせいで躱すのが遅れ、これでもかというくらいに身体が縄で巻きつけられてしまう。
「おいっ、何をしやがる!」
「悪いが……こちらにも深い事情があって時間もないのだ。約束を破ることを許してくれ」
「まさか俺と戦わないってことか!?」
だからあんな表情を浮かべていたということか。だからゴブリンたちは攻城兵器を持っていなかったのか。だからギルは『黒爆』を目隠しに使ったのか。
だとしても、よりにもよってこんな形で俺を封じ込めるとは……
「けっ、ゴブリンで俺の足止めをしてる間にギルは一人で街を制圧する気か?」
「あぁ、そのつもりだ。本来ならこんな不本意な作戦を却下して、強くなったカイトとじっくり戦ってみたかったのだが……やむを得ない事情ができてしまってな」
「やむを得ない事情だと?ふざけんな!正々堂々と戦うじゃねぇのかよ!」
「隠し通路を使わないだけまだマシだと思ってくれ。それに全てが終わった後にはカイトとじっくり戦うつもりだ」
「やっぱり知っていたのか。だけどな、使わないからと言ってもさすがにこれはないだろ。戦うのなら今すぐに戦いやがれ!」
「もう何も話すことはない……縄を追加しておけ」
「はっ!」
さらに投げ縄を追加されて完全に身動きが取れなくなってしまい、そんな俺を横目にギルは街へと歩みを進めるのであった。ただ、その足取りは重たそうに見える。
ぬぅ……まさかのまさかでゴブリンたちに拘束されてしまうとはな。俺に敵うわけがないと甘く見過ぎていた代償とでもいうのか。それにしても俺を倒すのではなく、無力化して本命である街を先に攻め落とすつもりとは、敵ながらよく考えたものだ。
……なんて関心してる場合じゃないんだよなぁ。マジでどうしよう。ガチで詰みかけてそうなんだが。
内心でそう焦っていると、唐突にドヤ顔で短槍を担いだゴブリンが俺の目の前に歩み出てきた。
「ふふん、格下である我々の秘策によって、してやられた気分はどうだ?悔しいか?」
「あん?」
こんな時によく気楽に話しかけてくるなと思っていたら、そいつはどこかで見たことがあるゴブリンだった。
えーと、確かこのゴブリンは……と思い出そうとしていると、思考に割り込んでくる存在がいた。
(おやおや、随分と面白いことになってますね。さすがの私もこれは予想外ですよ)
(神様か……)
その声には嘲りが含まれているのは俺の気のせいではない筈だ。きっと、今の有り様を見たのが原因だろう。
(ゴブリンごときならどうとでもなると高を括っていたようですが、物見事にしてやられましたね。今はどんな気持ちですか?)
(なぁ、いちいち煽るのは止めてくれないか。今こそ二つ目のスキルの使い方を教えるべきだよな)
(言われてみれば、そんな約束をしていた気がしますねぇ。ですが、教えを乞うのならそれ相応の態度をとるべきではありませんか?)
(くっ……本気で言ってんのかよ)
(ええ、本気ですとも)
切羽詰まっているというのに、神様は悠長なことを言いやがって……。
しかし、今の俺にはこの状況を打破する手段を持ち合わせてなく、癪だが素直に神様の要求に従う以外の選択肢は無い。
(そのことを理解しているのでしたら、あなたが次に言うべきことは決まっているも同然ですよね。あっ、できれば多少へりくだってくれると嬉しいので、そこのところもよろしく頼みますね)
余計な注文を追加しやがって、存在しない筈の頭が痛くなりそうだ。はぁ、色んな意味で腹を括るしかないな。
(か、寛大で慈悲深き神様にお願いがあります。どうか……どうか、惨めで浅ましく取るに足らない存在である私めに慈悲をくださいませ。な、何卒、よ、宜しくお願い致します……)
(ふむ……慣れていないということを考慮しますと、ギリギリ及第点といったところでしょうか。次からはもっと誠意を込めてくださいね)
それっぽい言葉を必死に並べたおかげで何とか合格したらしい。酷い茶番だったが、これでやっと二つ目のスキルの使い方を教えてくれるようだ。
でも……何故だか精神的に疲れたような気がするのはどうしてだろう。
(とりあえず神様の要求には応えたわけだし、早速教えてくれないか。もう時間がないんだからさ)
(まったく、終わった途端にそのような態度を取るのですか。……心の中で『神格解放』と唱えなさい)
(『神格解放』?やたらと大層な名前のスキルだな)
(おや、あなたに御託を述べる暇があるのですか?)
(りょ、了解)
『神格解放』
神様に急かされて心の中で唱えた次の瞬間……何の覚悟もせずに唱えたことを、俺は後悔するのであった。
「ぐ……っ!?あっ、あ゛っばばばばばばばばっ!?あ゛ぁぁぁぁあ゛ぁぁぁぁっ!?」
突如として、全身という全身から言葉で形容することのできない激痛が走ったからだ。さらにこの激痛は一時的なものではなく、今もなお現在進行形で続いているから恐ろしく質が悪い。
言うまでもなく、唐突に叫びだした俺の姿を見た短槍を担いだゴブリンは目を白黒させて驚いていた。
「ど、どうしたというのだ!?叫びだして……白く光っている?」
「んなもん俺が知りてぇよ!!ぎっ、い゛ぃぃぃい゛ぃぃぃっ!?」
思わず逆切れ気味に叫び返し、激痛から逃れろうとして身体を必死に捩らせていると、何故か俺を縛っている縄があっさりと引き千切れたのである。
もはや訳が分からんし、短槍を担いだゴブリンなんて驚いたせいなのか俺に攻撃をしていた。
「何ぃっ!?このっ、化け物め!!」
ゴブリンが繰り出す短槍が胸に突き立てられた瞬間……弾かれて終わるかと思いきや、どんな原理が作用したのか分からないが粉々に砕け散った。
しかも、さらに不思議なことに突き立てられた箇所は凹んだ跡ができてしまっている。だが、本来なら気にするところなのに全身から走る激痛のせいでそれどころではない。
「くっ、何て奴だ!!おい、お前ら!何としてでもこの鎧の化け物を将軍様の元に行かせてはならんぞ」
「があ゛ぁぁぁあ゛ぁぁぁっ!!ギ、ギルを倒さねぇと……っ!」
短槍を担いでいたゴブリンのおかげで、激痛に苛まれている最中でも本来の目的を見失ずに済んだぜ。
急いで……急いで後を追いかけないと……
「ギルゥゥゥゥッ!!!」
「いかん!捨て身の覚悟でこの鎧の化け物を取り押さえるんだ!将軍様の為にも、ここは絶対に食い止めろ!いいな!」
「「「了解です。隊長っ!」」」
隊長と呼ばれたゴブリンの指示に従い、数え切れない大量のゴブリンが俺に殺到して取り付いてきやがった。
またしても数で押さえ込まれてしまう。そう思っていたのだが……結果は違った。
「何だとっ!?」
「ぐわぁっ!?」
「がはっ!?」
「ぬぅぅぅっ!おのれぇ!!」
腕を薙ぎ払うだけでいとも簡単に跳ね除けられて、押さえ込むことが叶わなかったからだ。これも『神格解放』よるものだろうけど、ここまでくると完全に俺の理解の範疇を超えている。
だとしても、今はそのことを考えている場合ではない。激痛に耐えながらそう己に言い聞かせ、絶えず襲い掛かってくるゴブリンたちを蹴散らしながらギルの元へと駆け出した。
それからすぐにギルの後ろ姿がみえたが、その手には黒炎を纏う長剣が握られているうえに、跳ね橋は未だに壊されていなくて健在である。
「マズい……っ!」
焦ったあまりにそう口に出しても、無情にもギルは長剣から黒炎を迸らせて魔法を放つ。それから黒炎の塊は容赦なく城門に着弾し、瞬く間に黒炎が燃え広がっては城門を焼き尽くそうとしている。
ただ、幸いなことに完全に焼き尽くされる前には何とか追いつきそうだ。これならまだ街の中に入られることはないだろう。
ギルを倒すとしたら今しかない。
「待ちやがれぇぇっ!!」
「カイト……っ!?」
俺の声に反応したギルはゆっくりと振り返ると、驚いたかのように息を飲んだ。しかしそれは束の間のことで、即座に長剣を構えて嬉しそうに口を開く。
「ふふふっ、いい意味で期待を裏切ってくれたな!カイトっ!」
「知るかそんなことぉぉぉっ!」
相変わらず激痛が全身を駆け巡っているせいで、思わずそう叫び返してしまう。だが、気にしていないのかギルは嬉しそうなままである。
そして、高笑いながら切り札を使うのであった。
「ははははっ!こちらも本気でいかせてもらおうか……『黒炎の加護』!」
間違いなく、この戦いが街を守る為の最後の戦いになるだろう。俺はそう確信して、相打ちを覚悟で黒炎に包まれていくギルを殴ろうとする。
しかし激痛に耐えながらということもあってか、大振りで荒々しくなってしまう。当然ギルはそんな甘い攻撃を見逃すはずもなく……
「ふっ、勢い任せ過ぎだぞ」
余裕のある口調でそう言った後に長剣を一閃させると、拳が届く前に右腕はバターのように溶断され、切り落とされた右腕は光の粒子となって消えていく。
一瞬の出来事で何が起きたのか理解が遅れるが、理解する前にさらなる激痛と虚無感に容赦なく襲われ、その感覚を誤魔化すかのように俺は吠えた。
「クッソがぁぁぁぁぁっ!!!」
「ん……思ったより手応えが軽いな。白く光るだけでなく、脆くなっているとでもいうのか?」
「うるせぇ!」
叫び返して本能的に左腕を振るって殴りつけようとするも、ギルは後ろに飛び退いて難なく躱す。
だが次に長剣を構えると、何故か険しい表情を浮かべたのである。
「これは一体……どういうことだ?」
「あ?」
戦っている最中だというのに、ギルが長剣を凝視しているのが気になるが……まぁいい。せっかく向こうから隙を晒してくれたわけだ。この機会を逃す手はない。
そう判断して、駆け出して左腕で殴り付けようとした。けれども……右腕を失ったせいかバランスを崩し、勢い余ってギルの足元の地面を殴りつけてしまう。しかし、俺が殴りつけた地面は不思議なことに深々と抉られていたのである。
渾身の力を込めたとはいえ、普通ならここまでなるとは思えん。少なくとも地面はそこまで柔らかくなかった筈だ。
あまりにも不可解すぎたおかげか、多少は冷静さを取り戻すことができた。
「おいおいおい……ど、どうなってんだこりゃ?」
「カイト……貴様は正真正銘の化け物にでもなったのか?」
「はっ……そんなこと……俺が知りてぇよ」
俺だって意味不明過ぎて神様に頼み込んで教えてもらいたいところだ。ただ、さすがに今は聞けるような状況ではない。
即座にギルが後退し、魔法を放ってきたからだ。
「喰らえ『黒炎砲』!」
「そんなんで俺を倒せるかよ!」
迫りくる黒炎の奔流を迎え撃つべく、左の拳で殴りつけることで爆発させて何とか相殺することはできた。だが、それなりの代償を支払うこととなった。
「チッ!拳が溶けちまったか。俺の身体……脆くなってるとしか言いようがないな」
またしても新たな激痛と虚無感に襲われてしまい、脳裏に敗北という文字がよぎった。しかし俺が圧倒的に不利な状況だというのに、ギルは浮かない顔をしていたのである。それでいて何故か追撃の魔法を放つこともなく、その場で佇んでいた。
「むぅ……脆くなっていようが、『黒炎の加護』で強化された魔法ですら倒すのは厳しいか。魔力も心許ない……やはりこの魔剣でとどめを刺すしか……」
「何をベラベラ喋ってんだ!こっちからも行かせてもらうぜ!」
そう叫び俺は駆け出す。遠距離から一方的に攻撃されるという状況が気に食わなかったからだ。
にしても、ギルは何を喋っていたのやら。よく聞こえなかったからそこが少し気掛かりだな。
「カイトの方から来てくれるか。ふふ、願ったり叶ったりだぞ!」
「だから何が言いてぇんだよっ!」
「気にするな!はあぁぁぁっ!」
残った左腕をがむしゃらに叩きつける俺に対し、ギルは長剣を一閃させることによって対処した。そして右腕と同様に切り落とされて光の粒子となって消えていく。だが、そんなことは織り込み済みで俺はさらに踏み込んで頭突きを敢行した。
「まだまだぁ!」
「くっ、首を切り落とすべきだったか……ぐはっ!」
ようやくまともな一撃が入り、よろめいたギルは苦痛の声を上げて表情を歪ませていた。それに身に纏っていた漆黒の鎧の胸部を中心に酷くひしゃげていて、次の一撃が入れば砕けてしまいそうである。
そしてギルは胸元を押さえながら逃げるように飛び退き、恨めしそうに口を開く。
「化け物め……っ!」
「ギルも俺のことを化け物呼ばわりかよ。勘弁してほしいぜ……」
化け物と呼ばれたせいか複雑な気分になりかけるが、今はそんな場合ではないと即座に意識を切り替えて次の一撃を加えるべくギルに近づこうとする。
しかし、それを容易に許す程にギルは甘くなかった。
「不本意だが……我が魔力が尽きるまで貴様を削らせてもらうぞ!『黒炎砲』!」
「はっ!俺が恐ろしくなったのかよ!!」
「あながち間違ってない!」
俺は両腕を失っているというのに、ギルはどうして俺を恐れるのだろうか。しかも長剣を使おうとしないのもおかしい。と思いつつ、迫りくる黒炎の奔流を全身で受け止めるように前進し、襲い掛かる熱と爆発に耐えながら俺は叫んだ。
「相変わらず熱くていてぇなぁっ!!」
「その程度の感想で済ませるからカイトは化け物呼ばわりされるんだぞ!『黒炎砲』!」
「確かにそうかもしれんな!」
「まだ止まらないというのか!『黒炎砲』っ!!」
互いに叫び合いながらも着実に距離は縮まっている。その間にもギルは必死に『黒炎砲』を放つが俺を完全に粉砕するにはまだ程遠く、僅かに動きを阻害することしかできていない。
ただ、『神格解放』による影響なのか俺の身体は脆くなっているらしく、致命的な亀裂が徐々に生じつつある。仮にこのままギルの元にたどり着いたとしても、黒炎を纏う長剣であっさり切り捨てられるかもしれない。
だが、どの道近づかなければこの勝負に勝つことはできない。故に割り切るしかなく、前進することを止めなかった。
それからあともう少しというところまで近づくと不意に『黒炎砲』による攻撃が止み、ギルは意を決したかのような表情を浮かべる。
「魔力もここまでか……ならば!カイト、次の一撃で貴様を倒してみせる!」
「へっ、ついにギルの方から来てくれるのか。いいぜ!受けて立ってやるよ!」
長剣を握りしめているところを見ると、ついにそれを使ってとどめを刺す気になったのだろう。
しかし、何度も『黒炎砲』を受け止めてボロボロになったこの身体では、あっさりと切り裂かれてしまうのはまず間違いない。けれども、この土壇場で背を向けて逃げ出すという選択肢はあり得ない。
例え勝算が低かろうが、意地でも立ち向かってやる。と決心したからだ。この時の俺は、絶え間なく全身から襲い掛かってくる激痛のせいで、思考が少しおかしくなっていたかもしれない。
だけど悲しいかな。そんな決心をしていても、勝負というものはあっけなく終わることもあるのだな。という感想をこの直後に抱いくこととなるのだから。
「はあぁぁぁぁぁっ!!」
「今度こそ俺の蹴りを喰らいやがれぇぇぇっ!!」
気迫を込めて長剣を振り下ろすギルに対し、俺は勢いに任せて前蹴りを放つ。圧倒的に不利かつ無謀であるのは承知だが、比較的に無事な部位が足しかなかったからだ。
そして長剣と俺の足が触れると……。
「え゛っ!?」
「やはり、耐えきれなかったか……っ!」
黒炎を纏う長剣は音を立ててガラスのように粉々に砕けて、無数の破片と化した。
長剣に訪れた唐突の末路に困惑してしまうも、勢いが衰えなかった俺の足はその破片をまき散らしながらギルの胸部に容赦なく命中し、無慈悲にも盛大に蹴り飛ばしてしまうのである。
「がはっ!」
優に数メートル以上は空中を飛び、身に纏っている漆黒の鎧までも粉々に砕け散って、ギルは地面に叩きつけられて転がる。
仰向けのままですぐさま起き上がらず、苦しそうに呼吸を繰り返しているところを見ると相当なダメージを受けたのはまず間違いないだろう。
ただ、こんな結末を迎えたことに俺は困惑していた。
「何が起きたのか理解できそうにねぇな……」
(『終わりよければ全てよし』という言葉もありますし、今は気にせずとどめを刺せばよろしいのでは?)
(神様……それもそうだけどさ、後で『神格解放』についてじっくり聞かせてくれよ)
そう返事して、俺はギルに歩み寄った。