第二十三話 牢屋での会話
またしても牢屋に入ることになったが、そこまで焦ることはなかった。というのも、その気になれば抜け出すは容易だからである。
幸いなことに拘束されなかったというのもあるけど。
(でしたら、今すぐにでも抜け出したらどうです?)
(神様さぁ……そんなことをしたら騒動になっちゃうだろ。もう少しその辺を考慮してくれよ)
(人間という生き物は面倒ですね。それなら気が済むまで牢屋の中に入っておきなさい)
やれやれ……抜け出せと命令してくるんじゃないかと思ってひやひやしたぜ。もしここで牢屋から抜け出そうものなら、マリンダさんたちに迷惑を掛けるところだったからな。
ただ、理由はそれだけではない。こうして神様とじっくり話せる機会が訪れたのだ。この機を逃したくないっていう気持ちも強い。
その為に俺はこの牢屋で大人しくしている。
(あなたもしつこいものですね……。まぁ、今回は特別に話せる範囲で話してあげましょう。何が聞きたいのです?)
(神様にしては随分と譲歩してくれた方だな。うーん、聞きたいことは山ほどあるけど……一番疑問に思っていることがある。俺が遊んでいたゲームと、この異世界は類似点が幾つかあるのはどうしてだ?)
(おや、意外な質問ではありますが、答えられないことはありませんね。端的に説明しますと、以前にもあなたの世界からこの異世界に訪れた人間が二人いるのですよ。一人はあなたも知っている黒男で、そしてもう一人は……私と交渉して元の世界に帰してあげました)
(俺の他にもこの異世界に来た人がいたのか……。てか、あの黒男もそうだったのかよ。まぁ、あの野郎も神様に命令されて俺のところに来たんだろうけど、それは別にいいとして………そのもう一人が『異世界サバイバル』っていうゲームを作ったのか?)
ちなみに『異世界サバイバル』というゲームは、文字通り異世界の大陸でサバイバルをするゲームである。ただし、文明が発達していないという設定なのか国が存在していなくて、人間のNPCすらもいなかったのはある意味特徴的とも言えるだろう。
(私もそこまでは分かりませんが、関わっているのは確かでしょう)
ふむ……どんな意図があって、この異世界を参考にしたゲームが作られたのか気になるけど、今はそれを知ることはほぼ不可能か。
でも理由は何であれ『異世界サバイバル』というゲームのおかげでモンスター、他種族、武器、アイテムに関する知識がこれからも役に立ちそうなのは助かるぜ。つっても、逆に言えばそれ以外の知識が皆無に等しいんだよなぁ。
どうにかして、この異世界に関する情報を集めたいところだ。特に国や法律にかんすることはこれから先で重要になるだろうし、歴史や地理に関しては知っておいても損はないだろう。
それとスキルに関することも知っておきたいな。ゲーム内だと『火耐性』やら『体力強化』、『筋力強化』といったステータスを弄るだけの単純なスキルばかりだったからな。
まぁ、俺の『鎧化』といいフェリンの『背面転移』、ジャックさんの『鉄烈斬』を再現するのは難しいだろうし、この異世界のスキルは独特で色々と種類があるに違いない。
(では満足していただいたようですし、これから大切な用事がありますので、今日はこれで終わりです)
(は?おい、ちょっと待ってくれよ。他にも聞きたいことがあるんだけどっ!?)
必死にそう呼びかけるも、神様からの返事はこなかった。どうやら本当に話はここで終わりらしい。
なんてこった……この街に張られていた結界に関しても聞かせてもらいたかったのに……。まぁ『今日は』って言っていたし、明日になったら改めて話を聞かせてもらえるだろう……たぶん。
「どうしたもんかねぇ……」
日が差し込まない牢屋内だと時間は分からないが、さっき鐘の音が聞こえた。つまり、今は夕方かもしくは夜なのだろう。てことは、明日になるのは十時間近くは掛かるってことだよな。
うん、明日までが滅茶苦茶長すぎる。
「はぁ……無心になって待ち続けるしかないのか……」
「何を待つんだい?」
「ん?そりゃ……マリンダさん?」
「へー、あたしを待ってくれていたんだね。嬉しいことを言ってくれるじゃないか」
実は神様を待っていた。という出そうになった言葉を飲み込んで声がした方向へと視線を向けると、鉄格子の向こう側にマリンダさんが立っていたのである。
しかも、ティノとフェリンも一緒だ。
「こ、こんばんわ……」
「突然お邪魔してすみません。お礼を言いに来ました」
「おいおい、三人とも今日は疲れただろ?無理して来なくてよかったんだぜ」
精神的にも肉体的にも消耗はしている筈。なのに、よくもまぁ俺に対してお礼を言おうと思ったものだな。
まっ、それだけ心優しいのだろう、どこかの神様と違って。と思っていたら、ティノは悲壮感を漂わせてとんでもないことを言い出した。
「だって……色んな人たちが元凶であるカイトさんを処刑にしろって言うから……。だからそうなる前にお礼だけはしたかったんです」
「えぇ……」
確かに切実な理由ではあるが、まさかそんなことになっているとはな……。よりにもよっていきなり俺を処刑かよ。しかも俺が元凶とか冗談にしてはきつすぎるし、中々に酷い仕打ちだ。
いっそのこと、予定変更してさっさとこの牢屋から脱出しようかな……。
「カイトも真に受けるんじゃないよ。ロイが遺していた手記によると、あんたのことを元凶とか言ってる連中は裏切りに加担していたみたいでね。それで罪をなすりつけようとしているのさ」
「はっ、裏切りに加担した連中も必死だな」
ロイが遺した手記という証拠が存在する時点で、どう足掻いても逃れることは出来ないだろうに。これぞまさしく、無駄な悪足搔きってやつか。
まぁ、そんな悪足搔きのせいで俺はとばっちりを受けているわけだが……勘弁してほしいぜ。
「ですが、カイトさんが気にすることではないと思います。今はルジェス様が自ら指揮を執って加担した連中を捕縛なさっていますので、しばらくすれば落ち着くかと」
「そういうことだからカイトは安心していいんだよ。でも、今すぐには牢屋から出せないんだよね。みんなを説得し終えるまでは不便な思いをさせて悪いと思うけどさ、それまではこの牢屋で待ってくれないかい?」
なるほど……マリンダさんは俺のことを街の住民に説明して受け入れてもらおうと考えているのか。
そんなマリンダさんの気遣い有り難いと言えば有り難い。でも、難航する未来しか見えないんだよね。少なくとも一朝一夕にはいかないだろう。
「で、今からが本命なんだけどさ……あたしもお礼を言いたくてね。あんたには随分と助けられたし、父親の仇を討ってくれたことに関しては心の底から感謝するよ。本当にありがとう」
「あー、水を差すようで悪いけど、本当の意味では父親の仇を取ることはできていないと思うぞ」
ロイの手記には、あのお方とやらに派遣された奴がマリンダさんの父親を殺したと記されていたのだ。とは言っても、ロイが口にしていたあのお方と派遣されたアイツってのは誰なのか分かりそうにない。それに途中から遠隔で魔鋼ゴーレムを操っていた奴も気になる。
色々と謎は多いが今の段階で把握できていることは、本当の意味で仇を取ることができてないことだろう。
ただ、どうやらそのことを承知の上で言っていたらしい。
「あたしだってそんなことは理解しているよ。だけどね、あの魔綱ゴーレムはあたしの父親を殺したんだから、仇討ちって意味では間違ってないと思うよ」
「そうか……。一応聞くけど、本当の仇討ちはするつもりなのか?」
「愚問だね。もちろんするに決まってるよ」
「だと思った。まぁ、無理はしないようにな」
しかし、口にするのが憚れたから内心に留めておいたが、恐ろしく厳しいか……あるいは達成できないだろう。
何せ謎が多くて、強力な魔綱ゴーレムを操っているのだ。そのうえ……フェリンがいい例のように、どこに連中の手先が潜んでいるのか分からないからな。
下手をしなくとも、敵を討てずに殺される可能性は十分にあり得る。ただし、俺が協力すれば話は変わってくるかも知れないが……。
「ねぇ、カイトさえよければいいんだけど……仇を取るのを手伝ってくれないかい?お礼なら何でもするからさ……」
「悪いが、俺には使命とやらがあってな。寄り道はできそうにない」
「そうかい……残念だね」
俺だって手伝ってやり気持ちはあるものの、間違いなく神様は許してくれまい。
断るのは心苦しいが、あの神様がどんな使命を授けてくるのか分からないし、マリンダさんといえども安請け合いは止めておくのが賢明だろう。
今はそう割り切るしかない。
「本当にすまんな……」
「カイトにも事情があるみたいだからさ、どうってことはないよ……。それじゃ、時間も遅くなってきたから今日のところはこれで帰るけど、次に来たときは朗報を期待してちょうだい。それと二人とも、最後にちゃんとお礼を言っておきな」
「きょ、今日はフェリンを助けてくださって本当にありがとうございましたっ。いつか必ず恩返しをしますから……それまで待っていてください!」
「わたくしを身を挺して守ってくださり、ありがとうございました。今は感謝の言葉しか送れませんが、ティノ姉さまと同じく恩返しを考えていますので、機会が訪れるまではお待ちください」
「気持ちだけで十分なんだけどね。まっ、無理のない範囲で頼むぜ」
にしても恩返しか……。正直に言うと大量のマナポーションさえ貰えたら俺としてはかなり助かるのだが、それをこの場で要求するのは何か違う気がする。それに俺を強化させるのに必要なマナポーションは相当な量が必要だろうし、二人に無理をさせてしまうかも知れん。
とりあえず、恩返しについては好きにさせるか。
「またね、カイト。何かあったらすぐに知らせに行くから」
「お邪魔しました」
そう言い残してマリンダさんとティノは去って行こうとするが、フェリンだけはその場に留まって口を開いた。
「すみませんが……約束を果たすのはまだ先になりそうです。一応、マリンダさんにもお話するつもりですけど、今はちょっと……」
「俺は気長に待つからいいよ。マリンダさんはまぁ……状況が落ち着いてからがいいと思うぜ。それよりも、あの時は俺の代わりに助けてくれてありがとうな」
「当然のことをしただけなので、お気になさらず。では、ティノ姉さまを待たせるわけにはいけませんからそろそろ失礼します」
「おう、またな」
そうして三人は去り、牢屋内には静寂が戻るのであった。そして俺一人になった途端、神様が唐突に話しかけてきた。
(お話は終わったようですね)
(大切な用事とやらはもう終わったのかよ)
(いえ、まだ終わっておりませんが……あなたに伝えておかなければならないことがありまして。おそらく銀髪の魔人は急いで準備を整えていると思いますので、そのことを頭に入れておいてください)
(はぁ……俺はこんな状況で本命を待たなきゃならんのか……)
この街に来た目的は銀髪の魔人が率いる魔王軍から守ることなのだが、状況があまりにもよろしくないからつい思考の片隅に追いやってしまっていた。ただでさえこの街は碌に備えが出来ていないだろうし、今や裏切りに加担した連中を探し出している最中だ。
しかも俺のことなんて化け物呼ばわりしている有様で、とてもじゃないが街の住民との協力は望めそうにもない。
控えめに言っても絶望的ではなかろうか?
(そこを何とかするのがあなたの役目です。ですがまぁ、必ずしも全滅や撃退する必要はありませんので、最低でも時間を稼いでください。それでは伝えることは伝えましたし、銀髪の魔人に動きがあったときにまた声を掛けますね)
(それだけっ!?てか、他に色々と聞きたいことがあるんだけどっ!?ねぇ神様!?)
心の中で必死に呼びかけるも、返事はなく虚しくなるばかりであった。
はぁ……神様の横暴はいつものことだがせめて助言くらいはしてもいいだろうに、と思ってしまう。
それだけ俺は不安なのだ。敵側の戦力は未知数であるし、こちら側の戦力なんてほぼ皆無に等しいからな。
せめて危険を伝えるにしても牢屋内でそれが叶うわけもなく、だからといって牢屋から出て伝えに行くのも現実的ではない。この八方塞がりの状況で俺はどうしたらいいのやら……
「何だよこの無理ゲーは……」
神様は最低でも時間を稼いでくれ的なことを言っていた。しかし、それさえもできるのか怪しいところだ。
というのも、ロイの奴が北の跳ね橋に仕掛けを施していたせいなのか、上げることができない状態だからだ。確実に時間を稼ぐなら北の跳ね橋をどうにかする必要があるのだが、今の俺にはルジェスさんたちが対処してくれることを祈るしかできない。
「まぁ北の跳ね橋を取り壊したとしても、あの銀髪の魔人なら余裕で街に侵入してきそうだよなぁ……」
つまり、時間を稼ぐには銀髪の魔人を抑えるという難易度の高い条件も必須になる。
「てことは、俺一人だけ街の外に出て銀髪の魔人と一対一の状況に持ち込まなきゃならんが……相打ち覚悟でやるしかないのかねぇ?」
初めて戦った時に比べて俺自身はさらに強化はされてはいるものの、勝てるのかと聞かれたら厳しいとしか答えられん。
確かに魔法による攻撃は耐えられるだろうし、純粋な力比べだと俺の方が勝っていると思う。でも、黒炎を纏った長剣だけは話が別だ。おそらく、今の俺でも斬りつけられたらひとたまりもあるまい。
そして、銀髪の魔人は容赦なく斬りつけてくる筈だ。
「今度は不意打ちが通じないのは確実で、さらに大量のゴブリンたちも一緒か……。どう考えても不利だな。仮に銀髪の魔人と一対一で戦っている間に、ゴブリンが攻城兵器とかを持ち出して街に攻め込んだらシャレにならないし」
考えれば考える程に気が重くなる。せめて俺にも何らかの奥の手があればやりようはあるのになぁ……あっ、そう言えば!
今さら思い出したけど、神様は俺に二つのスキルを授けたとか言っていたような。で、二つ目のスキルは強力な代物らしいけど、残念なことに詳しいことは未だに教えてもらっていない。
せめて分かっているとしたら、生身で使えば死ぬことぐらいだ。
「かなり物騒なスキルみたいだが、それでも神様に教えてもらわないとな……。今すぐに教えてもらえないのがもどかしいぜ」
仮に教えてくれるとしたら、銀髪の魔人が攻め込んでくるのを知らせてくれるタイミングしかあるまい。
そうなると……いきなり実戦で使うしかないな。
「ホント……勘弁してくれよ……」
嘆いても現実は変わらない。それを理解していても、嘆かずにはいられなかった。
しかし、心許なくても希望はあるかも知れない。二つ目のスキルに賭けて、今は待っておくとしよう。銀髪の魔人が攻め込んで来るのをな……。
それから待つこと丸一日が経ち、ようやく神様の声が聞こえた。
(どうやら魔王軍が動きだしたようです。明朝にはこの街に到着するかと思われます)
(あまり時間が無いな……碌に準備とかしてないだろうし、街の連中には厳しいだろうな)
もしくは厳しいどころではなく、既に詰んでいる可能性も否めないか。ただし、俺が持つ二つ目のスキルの性能次第ではこんな状況でも好転する可能性がある。
(そんな訳だからさ、どんなスキルなのか教えてくれないか?)
(ふむ……私としてはそのスキルを使ってほしくないのですよね。良くも悪くも強力過ぎですし、周りの目もありますから)
(おい、だったら何の為に俺に授けたって言うんだ?奥の手として使うべきじゃないのか?)
(あなたの言う通り奥の手として使うのは正しいでしょう。ですが、先を見据えるなら使わないで済むに越したことはないのです。あなた自身の為にも)
(俺の為ねぇ……)
神様がそんなことを言ってくるのは意外だな。心変わりでもしたのかと思えるくらいに珍しい。
だが、それでも俺は主張を変えるつもりはない。だいたいな……。
(じゃあ聞くけど、二つ目のスキルを使わないことがどうして俺の為になるんだ?)
(分かりやすく説明しますと、面倒な連中に目を付けられてしまいます。おそらくあなたを排除する為に動くか、あるいは捕獲する為に動くかと)
(どうしてそうなる……)
実に分かりやすい説明をしてくれて有り難いけどさ、普通に無視できないデメリットが発生するなんて意味不明だ。
そこまで強力だというのか?
(ただ……あなたは詰めの甘いところがありますから……窮地に陥った際は二つ目のスキルの使い方を教えてあげましょう。これで文句はありませんよね?)
(あ、あぁ……それで頼む)
本来なら面倒な連中とやらが気になるところではあるが、今は明日のことで頭がいっぱいである。
いや、冗談抜きでどうしたらいいんだろうね?ほぼ俺一人で切り抜けることができるのか?
(それでは、後は頑張ってください)
(善処は尽くす……)
神様の声は聞こえなくなり、それから待つこと数時間後……外が騒がしくなってきた。魔王軍が街に接近したのだろう。
よし、見つからずに脱出するなら今だな。混乱している状態なら見つかって騒がれることはあるまい。
「さーて、この鉄格子は……うん、普通に曲げれそうだ」
そして建物から外に出ると、騒ぎがより大きく聞こえてきた。ただ、遠くから聞こえてくるばかりで近くには人影が見当たらない。
北の門に集まっているのかな?
「まっ、それはそれで好都合だ。このまま貴族街に向かうとするか」
最短距離で魔王軍に近づくとしたら北の門から出ればいいのは承知しているが、そんな真似をすればさらなる混乱を呼び起こすのは目に見えている。
という訳で、ロブ家の地下にある隠し通路を通ることにした。あそこを知る人は少ないだろうし、誰にも迷惑をかけることはあるまい。
「えーと、確かこの道を通って……おっ、あそこだな」
連れて行かれた時に道を覚えていたおかげで迷わず辿り着き、半壊したロブ家の屋敷を後目に地下へと向かう。
今のところは順調である。でも、真っ暗なせいで階段を降りるのが慎重になり、ランタンを拝借してくればよかったと思ってしまう。それでも何とか無事に階段を降りきって、左右にある扉を無視して目の前の通路を進んでいると、奥から僅かな光が差し込んできた。
きっと、出入口の隙間から外の光が漏れているのだろう。
「これで外に出られるわけだけど、この街からもお別れになるな」
どんな結末を迎えるにしても、街にいられないのは確実だ。それと、これでマリンダさんとも別れることになるが、最後に会っておきたかったな。
「つっても、そんなことで引き返すのはさすがにマズいか」
間に合わないという結末を迎えたら目も当てられない。と考えてさらに歩みを進めようとしたら、背後から走ってくるような足音が響いてきた。
しかも振り返ると、人魂めいた灯りがこちらに近づいている。誰かがこの通路を走っているのだろうか……にしても、誰なんだ?
ただ、その疑問はすぐに晴れることとなった。というのも……
「カイトぉっ!!そこにいるのかいっ!?」
「どうしてここにマリンダさんが……?」
今のところ、この隠し通路を知っているのは俺とフェリンしかないと思っていたのだが……まさかフェリンが教えたというのか?
有り得そうとは思うけど、厄介なことになったものだな。まさかこのタイミングでマリンダさんと対面するとは思わなかった。
「はぁはぁ……カイト、どこに行くつもりだい?」
「おいおい、分かり切っていることを聞かなくてもいいだろ。にしても、よく俺がこの隠し通路を通っていることが分かったな」
「そりゃあ、ジャックに教えてもらったからね」
「ジャックさんか……てことは、あの時は隠し通路を通っていたのか」
どこから出てきたのかと思っていたけど、どうやら隠し通路を見つけたらしい。そのおかげであの時は助けられたということになる。
だとしても、よく見つけたものだな。
「まぁ、本人が言うには魔人の兄弟が出てきたところをたまたま見つけたらしいけど」
「アイツらか……」
逃がしてしまったが、結果的にはそのおかげで助かったみたいだ。いやはや、どう転ぶか分からないものだな。
「そんなことよりもさ、何も言わずに出ていこうとするのはどういった了見だい?」
「時間が無かったから……ってのは駄目?」
「薄情なことを言うもんだね」
「やっぱりそう思うかぁ」
さてはて、どうしたものか。
まぁ、こうして街を出る前にマリンダさんに会えたのだから、別れの挨拶くらいはしておこうかね?
それにこれが最後になるかも知れないし、少しくらいは話をしてもいいだろう。
「まず、何も言わなかったことに関しては謝る。すまなかったな」
「別に……カイトからの謝罪を望んでいたわけじゃないんだけど」
「じゃあ、何が望みだ?」
「約束をしてほしいんだよ」
「約束?」
マリンダさんはどんな約束をしたいんだろうか。せめて無理難題でなければいいのだが、可能であれば約束を果たしてやりたいとは思う。
と思っていると、マリンダさんは少し恥ずかしげに口を開いた。
「また会えた時は……カイトが秘密にしていることとか、まだ話してくれてないことを全部聞かせてくれないかい。あんたのことをもっと知りたくて……」
「ふーん、また会えた時にねぇ……」
無理ではない。が、必ず会えるわけでもないし、もしかすると俺は元の世界に戻って二度と会えない可能性も無きにしも非ず。
だとしても、このくらいのことなら約束はしてやっても問題はないだろう。俺だって、会えるのならまた会いたいからな。
てなわけで……
「約束しよう。また会えた時には俺の全てを話してやる」
「ふふっ、そう言ってくれて嬉しいよ」
「それは良かった……俺も気が済んだし、そろそろ行くとするか」
「また会おうね」
「おう、またな」
マリンダさんに背中を向けながら軽い口調で返事をし、光が差し込む通路の奥へと歩みを進めると突き当りには階段があり、迷いのない足取りで登った。
そして、登り切った先にあった扉を押し上げるのであった。