第二十一話 裏切り者の切り札
「ふぅ、未だに倒れないのは大したものですね。やはり急所を確実に狙って正解でした」
「お嬢……ナイフは突き刺したままでよろしいので?」
「問題ありません。使い捨ての魔剣ですので、一度使用すると時間経過で自壊します」
ちなみに魔剣とは、魔鋼という特殊な鋼から作られる剣のことである。性能はミスリル銀製より劣る物もあれば優れた物もあったりと振れ幅は激しいが、それは最後の工程で注がれる魔力の量によって変わるからだ。故に、ミスリル銀製と違って誰もが扱いやすい武器とも言えるし、さらにひと手間加えると魔法を付与したりもできるから強力な武器になる。とはいえども、手間がかかるおかげで恐ろしく価値が高いのがやや欠点だろうか。
ただ、フェリンの言うような使い捨てめいた魔剣は初耳だ。
「へー、魔剣なら俺の鎧を貫いたのも納得だぜ。しかも、抜く手間が省けて証拠隠滅もできるしで一石二鳥だな」
俺が言葉を発すると喉から突き刺さった感覚は無くなり、ナイフは砂のように形を崩して足元に落ちていった。
そしてフェリンは特に表情を変えることもなく、淡々と疑問を口にした。
「…………何故、カイトさんはさも当然のように生きているのですか?それに血を流してないようですが……」
「何故って言われても困るな。ま、俺には色々と訳があるんだよ」
「話になりませんし、もはや支離滅裂ですよ。もしやあの時……魔人がカイトさんのことを化け物と呼んでいたのは比喩表現ではなく、文字通りとでも言うのですか?」
「お下がりください、お嬢。俺が奴の化けの皮を剥がしてみせます」
ところで思ったのだが、この男って実はフェリンと主従関係なのか?庇っていたり、お嬢とか呼んじゃってるし。
そうなると、誘拐はフェリンによる自作自演ってことになるが……やけに手の込んだ真似をしてくれるぜ。にしてもこんな近くに裏切り者がいるとは思わなかったな。
「あなたこそ下がりなさい。あの化け物に素手で挑むのは無謀です」
「くっ……了解です」
苦々しい表情を浮かべながら男は了承していた。よっぽどフェリンに対して高い忠誠心を持っているのだろう。
とはいっても、忠誠心があろうがフェリンの言うことには俺も賛成できるぜ。
「さてはて、どうしたものか……」
「あら、遺言でも考えているのですか?」
「はっ、どうせ聞いてくれる奴ぁいねぇだろ。てか、お前さんから聞き出す内容を考えていたんだよ。マリンダさんの父親についてとかさ」
「強気ですね。でしたら、次は心臓を抉って差し上げますよ」
強気になるのは当然だし、心臓を抉ったところで意味はない。これからそのことを理解してもらうつもりだが……見たところフェリンも指輪を付けてやがる。
あのお方とやらに派遣されたのであれば、爆発してもおかしくはない。だが、そんな結末だけは絶対に避けるべきだ。ティノやマリンダさんの為……そして俺の為にも。
「では……覚悟してください」
いつの間にか両手にナイフが握られていた。残りの本数は幾つだろうか……と考えていたのが致命的だった。
「よそ見する余裕はありませんよ?」
「は?」
唐突に背後から冷ややかな声を浴びせられる。またしても俺の背後に移動したらしいが、認識した瞬間には二本のナイフが背中に突き刺し、俺が振り向くよりも速くとどめと言わんばかりの勢いで蹴りを入れ、ナイフをさらに奥まで深々と刺し込んできた。
殺意が高すぎる……
「さすがに効いたと思いますが、どうです?」
「残念だが、全然効いてないぜ」
ゆっくりと振り向きながらそう答えてやった。
実のところ凄く痛いんだけどね。でもまぁ、致命傷には程遠いだろうよ。俺を殺すとしたら……完全に破壊しないといけないのかね?
ただし、フェリンがそのことを知る由もあるまい。何と言ったって俺自身もよく知らないからな!
詳しく知っているとしたら、たぶん神様だけだ。
「厄介にも程がありますよ。アンデッドの類なら胸の核を砕けば終わると思っていたのですが……核が無くて、そもそもアンデッド特有の瘴気を漂わせていないですし。かと言って、ゴーレムの類にしては人間臭い……カイトさん、あなたは本当に何者なんですか?」
「これでも人間だよ。訳ありでこんな姿になってるけど」
「あくまでも人間と主張するのですか。でしたら……その姿はスキルによるものなのでしょうか?わたくしとしてはそれ以外に答えが思いつきません」
「凄いな。あまりヒント出してないのによく答えに辿り着いたもんだ」
もしくは、似たようなスキルをどこかで聞いたり見たりしたことがあるのかね?そこも含めて話を聞かせてもらいたいものだな。
「半信半疑でしたが……本当にスキルによるものなのですね」
「そう言うフェリンだって、スキルで俺の背後に移動しているんだよな?」
相手の背後に瞬間移動するなんてゲーム内では存在する筈のないスキルだが、今は摩訶不思議な異世界にいるのだからどんなスキルがあってもおかしくはない。特に俺自身がいい例である。
「えぇ、スキルと言えばスキルでしょうね。わたくしは『背面狩り』と呼んでいます」
『背面狩り』か……どことなく暗殺専用っぽい響きだな。しかも、やはりというべきか俺の知らないスキルであるのは確かだ。
「えらくあっさり認めたな」
「あなたを殺せば無問題ですから。そうですね……次は首を切り落として差し上げましょうか?」
両手には新たなナイフが握られていた。関係ないとは思うけど、どこから取り出しているんだろう?
「やれるものならやってみろよ」
強気でそう言ったものの、首が切り落とされたらどうなるのか分からないんだよね。万が一ってこともあるし、警戒はしておこう。
「今度こそ死んでくださると嬉しいのですが……」
「そいつぁ御免被りたいぜ。こんなところで死んでたまるか」
「カイトさんの意見は聞いておりません」
冷淡に言い放ち、素早い動作でナイフを投擲きた。咄嗟に首を腕でガードしたが、今回は『背面狩り』を使わず正攻法で俺の首を狙うつもりか?
「おや、ガードしたということは……首が落とされることを恐れているのですね」
「そこは想像にお任せする」
新たなナイフを掴み、フェリンは駆け出した。俺を殺すための迷いのない動きは訓練された暗殺者を彷彿とさせる。しかも、高速で接近しながらナイフを投擲してくるから質が悪い。
念の為に首をガードしたが投擲は牽制だったらしく、瞬く間に距離を詰めてきた。それからがら空きの胸や胴体を切り裂き、俺が苦し紛れの蹴りを繰り出しても避けてはさらに切り裂いた。
さすがにこれ以上の好き勝手なことをさせない為、ナイフを腕で受け止めて本格的に反撃に出ようとしたのはいいが、フェリンはその瞬間を狙っていたようだ。
首から腕を離すと、視界からフェリンが消えたからだ。ちなみに俺にとってはチャンスでもあった。
「面倒でしたが、これで終わりです……えっ」
背後から聞こえるよりも先に俺は後頭部を後に突き出していた。すると何かが当たった感触がし、フェリンが小さく悲鳴を上げる。
「痛っ!」
「はい、お前さんの方が終わりだぜ」
振り向きざまにおでこを押さえるフェリンの腕を掴み、ナイフを奪い取った。
んー、魔剣を使ったとはいえ、少女らしい華奢な細腕なのによくもまぁ俺の鎧の身体を斬りつけたものだな。
「腕を放してください」
「放すわけねぇだろ。俺の予想だけど、こうやって捕まったら『背面狩り』は使えないんだよな」
「……よく分かりましたね」
やはりか。俺に捕まった時点で『背面狩り』を使おうとしないから何らかの欠点はあるとは思ったぜ。
「何故、わたくしの動きが読めたのですか?」
「いやぁ、読めたというか……『背面狩り』の対処法は考えていたからな。一回限りしか使えないけど、成功してよかったぜ」
「そう……でしたか。てっきり、わたくしの焦りを見抜いていたのかと思いました」
「焦り?あー、残りのナイフが少なかったんだな」
道理ですぐに『背面狩り』を使ったわけだ。それだけフェリンはジリ貧で余裕がなかったのだろう。
「ふふふ……実戦経験が少なかったのもありますけど、カイトさんのような鎧の化け物が相手では、暗殺に特化したわたくと相性が悪すぎましたね」
「運が悪かったと思うんだな」
まぁ、『背面狩り』を安易に使ったのも悪手だと思うけどね。初見殺しに使えるスキルではあるが、二度も殺し損ねたのなら初見殺しとして使えないし、使うにしても牽制や俺の油断を誘うのに使えば効果的だったかもしれない。
って、そんなことを考えるよりも先に指輪を外さないと、爆発されたら洒落にならん。
「カイトさん、何をしているのですか?」
「あん?見りゃ分かるだろ。指輪を外そうとしてんだよ」
必死に外そうとしてはいるのだが、どういう原理が働いているのか一向に外れないのである。
いくら何でもこれはマズすぎる。
「無駄ですよ。その指輪を外すのでしたら指を切り落とすしかありませんし、わたくしの身体から離れた瞬間に爆発します」
「ふざけたクソ仕様だな。あのお方とやらどんな鬼畜外道なんだ?」
こんな少女でさえ無慈悲に爆殺するってのか。徹底的に秘密を守り通すにしては度が過ぎてやがる。
「ついでに言いますと、勝手に外そうとすると起動しますよ」
フェリンがその事実を告げた途端、指輪は危険な輝きを放ち始めた。もはや猶予は残されていないようだ。
「おい、マジかよ……」
「これは仕方のないことです。カイトさんは知らなかったのですから、責任を感じる必要はありません」
「はいそうですか、なんて割り切れる訳がねえんだよなぁ……せめて最後に四つ聞かせてくれ。マリンダさんの父親を殺したのはフェリンなのか?」
「結界ではなくそちらを聞いてきますか。結論から申し上げますと、わたくしではないのは確かです。どのような人物なのかは知りませんが、恐らくは前任者が実行したと思います」
前任者だと?しかもフェリンでさえ知らないとはな……仲間内でも正体を隠すような連中なのか?
情報が少なすぎるが……次の質問だ。
「ティノのことはどう思っている?」
「どうしてそのことを……」
「いいから答えろ」
「そ、そうですね……ティノ姉さまはわたくしにとってかけがえのない家族ですし、誰にも渡したくないほど愛しています。願わくば、一生離れずにいたかったのですが……それは叶いそうにありませんね」
家族愛にしては行き過ぎるような気もしなくはないけど、悲し気な表情を浮かべているところを見る限り、ティノのことを大切な家族だと思っているのは間違いない。だとしても、どうして裏切ろうとしたんだ?
「じゃあ、聞くけどよ……最終的にはこの街や、マリンダさんとティノをどうするつもりだった?」
「残念ですが、わたくしに与えられた役目はロイの監視とカイトさんのような不穏分子の処理です。だから魔人やゴブリンに関することは聞かされていないので、具体的にお答えすることはできません。ただ……穏便に済むのでしたら、それに越したことはないと心の底から思っています」
「そうか……」
つまるところ、裏切りには加担していても所詮は歯車の一つに過ぎないのか。でも、強制的に自爆させるってことは替えの効く歯車扱いなんだろうな。黒幕の連中は本当にえげつないもんだ。
それなら最後の質問といくか。
「じゃあ、痛い目に遭って命が助かるのとこのまま爆発するのだったらどっちを選ぶ?」
「い、意味が分かりませんが……選べるのでしたら前者ですね」
「よし、話は決まった。ちょっと我慢してくれよ」
「急に何を……」
輝きが最高潮に達しそうになっているから説明する暇はなく、フェリンには申し訳ないと思いつつも俺は行動に移した。
指輪を嵌めた指を食い千切り、口の中で指輪を爆発させたのである。
「カイトさんっ!?」
「ふぅ、痛い程度で済んでよかったぜ……」
結果としては成功したけど、ひびが入ったかもしれないな。本当は酒を飲んだ時みたくどこかに消えてくれたらベストだったが、内側からの爆発に耐えてくれたし、それで良しとしよう。
ただ、フェリンを無傷で帰すのは駄目になったのは残念である。ティノやマリンダさんに何と言われるやら……どうにか穏便に済ませる言い訳を考えておきたいところだ。
「一応聞いておくけど、痛みとか大丈夫か?」
「痛みは訓練で慣れていますので大丈夫ですが……そんなことよりも、カイトさんのお身体は一体どのような仕組みになっているのでしょうか……?」
「あぁ、この際だから教えてやるよ。俺はスキルのせいで鎧そのものになっていてな。だから睡眠薬は効かないし、急所は存在しない。ついでに中身を見せてやる、ほれ」
口を大きく開いて中身を晒してやると、フェリンは僅かに驚きながらも納得してくれたようだった。
「鎧そのものですか……しかもただの鎧ではなく、相当に頑丈な代物ときましたか。俄かに信じられませんが、見たところ中身が空っぽのようですし、今までのことを思い返すと納得するしかありませんね……。はぁ、そうと分かっていたら襲うことなんてしなかったのですけど」
途中から非難がましく感じたのは気のせいかね?視線もどことなく恨みがましいような……俺のせいじゃないからな?
「ところでお聞きしますが……何故、無茶をしてまでわたくしを助けたのです?」
「ティノと約束したからな。それに足洗ういい機会だろ?これからはティノと一緒に暮らせばいいじゃん」
「そんな建前はいりません。正直に答えてください」
「棒読み口調じゃない筈だが……」
おっかしいなー。こんな身体だから表情に出るなんてことはないのに、声にも気を遣っていたのにな。よく分かったもんだ。
「視線です」
「へ?」
「カイトさんは誤魔化す時は僅かに顔を逸らして、視線を合わせようとしませんから」
「そ、そうか……これから気をつける」
なんてこったい。てことは、その仕草に気づいた人は俺が誤魔化していることなんてお見通しだったのかよ。表情が見られることがないからって、油断し過ぎたか……いい勉強になったぜ。
「では、本音を聞かせてください」
「本音かぁ……有り体に言えば俺の為だな」
「意味が分かりませんね。わたくしを助けたところで、カイトさんがどう関わってくるのですか」
「はぁ……俺はな、人が死ぬのは慣れていないんだよ。特に親しい人はな。おっと、今回のロイに関してはまぁ、報酬に釣られて街を売った屑だからそこまで心が痛まない。でも、フェリンは違う。根っこからの悪党じゃなさそうだし、何だかんだで色々と会話した。それと俺の勝手だが、少しばかり親しみすら感じてる。だから助けた」
付け加えると、フェリンが可愛らしい少女ってのもあるけど、これは言わない方がいいだろう。
変な意味で解釈されかねん。
「そのような下らない理由でわたくしを助けたと?甘いお人ですね」
「けっ、甘くて何が悪い。目の前でフェリンが死んで胸糞悪い思いをして精神的に穏やかな生活が送れないなら、無茶してでもフェリンを助けるに決まってるだろ。そんなわけで、俺の平穏な人生の為に生きてくれ」
「……だからカイトさん自身の為になるのですね」
「そーゆーこと。納得してくれたか?」
さて、これで和解できたといいのだが……思いもよらないことが起きてしまう。それは破壊音から始まった。
「ん?」
「えっ?」
二人して同時に気づき、尋常ではないと思っていると……あろうことか何者かが壁を破壊して登場したのだ。砂埃が舞い上がってその姿はよく分からないが、かなり大柄な人に見える。一体誰だ?
「お嬢!ご無事ですか!」
「そういや、あの男を忘れていたな。でも……あんなに大きかったか?」
「まさかあれを……」
『あれ』って何?とは言えなかった。
大柄な人物が細長い何かを繰り出してきたからだ。そこで咄嗟にフェリンが巻き込まれないように突き飛ばし、俺は右腕でガードしたが……鈍い金属音を響かせながら貫かれてしまい、腕からは容赦なく激痛が走った。
「いってぇっ!?何だコイツっ!?」
それから先端の尖った細長い何かは引き抜かれたと思いきや、今度は別の方向から繰り出してきやがった。
「二本も武器を扱ってるのかっ!?」
防げないと判断して後に退くと、やっと視界が晴れて俺を襲った人物の正体が判明した。
いや、正確には人物ではなく……それは鋼鉄の人形であった。所謂、異世界のゴーレムと言ったところだろうか?
しかし、俺の知るゴーレムと比べると形状は異なっている。目の前にいるゴーレムの両腕はランスのような形状になっていて独特だ。さっきの攻撃も腕を使ったに違いない。
「こんな隠し玉があったのかよ。フェリンの言っていた『あれ』って、このゴーレムのことだろ。そんでもって、ここにあるゴーレムと言えば……手記にも出てきた魔鋼ゴーレムしかないよな?」
ゴーレムの隣に立つフェリンにそう問いかけた。
「ご名答です。カイトさんを殺すのでしたら、最初から魔鋼ゴーレムを起動しておくのが正解でしたね」
「普通はあそこで和解する流れだったろ。まだ続ける気かよ」
「わたくしとしても、このような事態は想定しておりませんでしたが……あのような負け方は納得いきませんので、再戦させていただきます」
「おいおい、勘弁してくれ」
往生際が悪いというか、負けず嫌いなのかね?
まぁ、フェリンも年齢的に一応は子供だし、そういった側面があってもおかしくはないが……命のやり取り以外で再戦してほしかったぜ。
「すみません。指導してくれた方には孤児だったわたくしを育ててくれた恩や、ティノ姉さまに出会えたという恩がある手前、その恩を仇で返すような真似はしたくないのです」
「……義理堅いんだな」
「はい。とても優しいお方でしたから」
優しい人だったら、普通は子供に人殺しをさせないと思うんだけど。つっても、この異世界なら子供による人殺しなんて日常茶飯事かも知れんが……もしそうだとしたら、かなり殺伐としていやがるぜ。
ただ、話を聞く限りだとロイの言っていたあのお方とやらではなさそうだな。優しいだけじゃ分からないし、どんな人物なんだ?
「ですので、わたくしの最後の足掻きとして切り札である魔鋼ゴーレムと戦ってください。その代わりと言っては何ですが、カイトさんが魔鋼ゴーレムを倒した暁には潔く負けを認め、知っている情報は全てお話しましょう」
「言質は取ったぞ」
やれやれ、これで最後なら別にいいけど……こいつは骨が折れそうだぜ。ま、俺には折れる骨は無いけどね。
いや、ふざけたことを考えるのは止めよう。この戦いは今までのようにいかない筈だ。気を引き締めていかないと……
「お、お嬢……その指はどうなされたのですか?」
「後で話します。今はあの鎧男に集中しなさい」
「はっ、了解しました。魔鋼ゴーレムよ、その鎧男を殺せ!」
男は水晶球を掲げ、命令を下した。
ところで……その様子を見て思ったんだけどさ、あの水晶球を奪い取ったら終わりじゃね?
魔鋼ゴーレムの攻撃をやり過ごして、後で操作してるあの男を狙ったら絶対に速く終わるよな?
「そうと決まったら実行するだけだな」
腕による突き攻撃は低くしゃがみ込むように避けて、床に突き刺すよう誘導した。すると魔鋼ゴーレムは俺の狙い通り床を盛大に貫き、抜こうと動きが止まったところを狙い、横からタックルをかまして転倒させた。
これで少しは時間が稼げるだろう。
「くっ、あの馬鹿力は本当に人間なのか……?」
「気をつけなさい。こっちに来ますよ」
「えっ……あっ!?」
男が接近する俺に気づいたが既に遅い。というかさ、魔鋼ゴーレムほ操作に集中し過ぎだろ。
まぁ、そのおかげですぐに終わりそうで助かるけど。
「ふぅ……何とも言えない終わり方ですね」
「真っ向勝負しろ、なんて言われてないからな。悪いがそいつを頂くぜ」
「渡すものかっ!ぐはっ!?」
威勢はいいが、脳天に軽くチョップ降ろしただけで男は気絶してしまった。だが、同時に男が持っていた水晶球が床に落ちてしまい、その衝撃で粉々に砕け散ったのである。
「あーあ、壊れちゃったな」
「他人事みたいに言わないでください。しかし、締まらない終わり方ですね……」
フェリンが不満気にそう口にした瞬間、背後で何かの足音が聞こえた次にはガラスが砕けるような音が部屋に木霊した。
振り向かなくても分かる。魔鋼ゴーレムが結界の制御装置を粉砕した以外に考えられん。でも、操作に使われてた水晶球は粉々になったし、どうしてそんなことをしたんだ?まさか勝手に動いたとでも?
「なぁ、どうやったら動き止まるんだ?」
「逆にわたくしも知りたいのですが……あっ、こちらに近づいてますよ」
「もしや……暴走して見境なく破壊するパターンか?」
仮にそうだとしたら、凄く危険だよな。あれ?今すぐにここから逃げた方がよいのでは?
しかも気絶した男もいるし、ひとまず安全なところに移動しよう。
「フェリン、俺がこの男を担ぐから先に逃げろ。いいな?」
「は、はい。カイトさんもお気を付けてください」
「そういうフェリンこそ、階段でコケるなよ」
「…………あれはわざとです。お先に失礼しますね」
やけに冷めた声だった。
てか、俺を殺すために狙っていたというのか。何て恐ろしい娘なんだ……って感心している場合じゃねぇ。今は逃げないと。
そう思いつつ男を担ごうとしたら、近くに手記が落ちていた。
「お、拾っておくか」
男を担ぎ、手記を回収して部屋を後にした。
だけど、どうも俺を標的にしているみたいだな。背後から壁を破壊する音が聞こえてきては重みのある足音が響いている。マズい……
このままでは地上で暴れるかもしれないし、かと言って気絶している男を巻き込むわけにはいかない。となると、地上で迎え撃つ為の時間稼ぎをするしかあるまい。
そう考えつつ、必死に階段を駆け上がってフェリンと合流した。
「まずは追いつかれる前に地上に上がれたか。ちょっと悪いけど、一旦地面に寝かせるぜ。フェリンはそこで待っていてくれ」
「何をなさるつもりですか?」
「時間稼ぎだよ」
階段のある小屋から少し離れた場所に男を寝かせ、扉が開け放たれた小屋に向き直る。それから間もなくして重みのある足音が近づき、階段から魔鋼ゴーレムの頭部が見えたところで俺は駆け出した。
「これでも喰らいやがれっ!」
助走で勢いをつけてドロップキックを決めてやると、バランスを崩して激しい音を立てながら階段を転げ落ちていった。
「カイトさん、あれで止まるのでしょうか?」
「いや、それはねぇな」
階段から転げ落ちたから少しは時間を稼げるとは思うが、あの程度で止まることはないだろう。蹴った感触からして相当に頑丈だと実感したからだ。
うーん……今回は別の意味で質が悪い。真正面からぶつかり合ったら、俺に勝ち目があるか怪しい。
しかも巡り合わせが悪いのか、さらに複雑な状況になっていくのである。
「フェリン!カイト!どこにいるんだい!返事をしておくれ!!」
「助けに来ましたよ!フェリン、カイトさん!どこにいるんですかっ!」
聞き間違えようもない。マリンダさんとティノが俺たちを助けるべくロブ家の屋敷に乗り込んできたようだ。声を聞く限りだと、二人だけだろうか……
兎にも角にも、状況が悪化していることには変わりない。
「助けに来てくれたのは嬉しいけど、参ったなこりゃ」
「来てしまったのは仕方ありませんよ。ひとまずはわたくしたちが無事であることを二人に伝えましょう」
その提案に従い、屋敷の表に向かうと……そこには驚きの光景が広がっていた。
「派手にやったな……」
「これは……意外でしたね」
乗り込んで来たとマリンダさんの足元には、ロイの私兵と思われる男たちが転がっていたのである。しかもフライパンで殴り倒したらしく、その激しさを物語るかのように形が歪んでいた。
ルジェスさんやジャックさんが認めているだけあって、さすがの強さだな……
「カイトじゃないか、無事だったかい?」
「フェリンっ!!」
二人がこちらに気づき、真っ先にティノはフェリンの元に駆け寄ると、離さないとばかりに抱きしめては泣きじゃくっていた。
ただ、欠損した指を見たせいで歓喜の声から悲鳴の声へと変わってしまう。
「よかった……よかったよぉ……きゃぁっ!?その指どうしたのっ!?」
「連中に拷問でもされたのかいっ!?」
「お、落ち着いてください。指一本だけで済んだのですし、指以外は無傷ですよ」
当然ながら、そんな説明で二人が落ち着く筈がない。むしろ悲しんだり怒ったりでヒートアップしつつある。
「ごめんね、わたしがもっとしっかりしていたら……フェリンが傷つくことはなかったのに……本当にごめんね……」
「あの腐れ外道共めっ!こんな幼気な女の子の指を切り落とすなんて……絶対に許さないからね!!」
落ち着かせるのは大変そうだなと思いながらも、それだけフェリンを大切にする気持ちが強いのだと伝わってきた。
家族ってのはこんな感じなのかね?
「これは参りましたね……」
困ったような表情を浮かべて呟くが、どこかまんざらでもなさそうにも見える。ところで、ティノが力を込めすぎているせいなのか、フェリンから軋むような嫌な音がするのは気のせいじゃないよな?
でも、抱きしめられている当の本人は嫌がる素振りを一切見せていない。しかも、頬を微かに赤く染めているような……?
だが残念なことに、空気を読めない奴がいた。いや、正確には読めないのが正しいだろう。
屋敷から破壊音が聞こえてきたのである。魔鋼ゴーレムの仕業に違いない。
「ちっ、もう上がってきたのかよ」
「カイト、何が起きているんだい?」
「すまんが、説明する時間が無い。フェリンと気絶しているこいつを安全な場所に連れて行ってやってくれ」
「まさか一人で立ち向かうつもりですか?」
「そのまさかだよ。あんな奴とまともに戦えるのは俺しかいないだろ」
こうして話している間にも、屋敷は揺れて破壊音は次第に大きくなっていった。もうすぐで外に出てきそう……だというのに、マリンダさんは事情を一切知らないからとんでもないことを言い出してしまう。
「ロイの奴が何かをしでかしたんだね。だったらあたしも付き合うよ」
「ち、違わなくはないけど……相手が悪すぎるからさ、ここは逃げてほしいんだ。フェリンの指の治療もしないといけないだろ?」
「治療ならすぐに終わるよ。フェリン、切られたところを見せな」
「は、はい」
すると、マリンダさんはポーチから回復ポーションらしきアイテムを取り出し、指が無くなった部分へと無造作に振りかけた。
そして……ゆっくりと指が再生し、しまいには何事もなかったかのように元通りになったのだ。
「わぁっ!ありがとうございます、マリンダさんっ!ほら、フェリンもお礼して」
「わたくしの為に……非常に貴重な最上級の回復ポーションを使ってくださるとは……本当にありがとうございます。この恩は必ず忘れません」
「別に気にしなくて大丈夫だって。確かにこれは死んだ父親が残してくれた貴重なアイテムだけどさ、まだ他にも幾つか残っているし、こういう時にこそ使わないと持っている意味がないじゃん」
最上級の回復ポーションを使ったのか……。ゲーム内だと体力の八割くらいを回復する効果だったが、実際では欠損した部位でも再生させることができるとはな。とんでもなく効果が凄まじいぜ。
ん?そんなことよりも聞き逃せない言葉が聞こえたのだが。聞き間違いじゃなければ、死んだ父親って言っていた筈だ。ということは、あの手記の内容は出鱈目ではなく真実が書かれている?
マリンダさんに事情を聞いて手記を見せたいところだが……今はそんな悠長なことができる場合ではなかった。
魔鋼ゴーレムが破壊音と共に壁をぶち破り、屋敷を半壊させながらその姿を遂に現したのである。
「ヤバいな……ティノ、この手記はお前さんが持っていてくれ。それと逃げるように説得を頼んだぞ」
「ちょっと待ちな。カイト、あれはどういうことだい?」
「簡潔に説明すると、ロイの切り札である魔鋼ゴーレムだよ」
「魔鋼って、魔剣の素材に使われているあの魔鋼のこと?」
「確証はないけどな。でも、ランスみたいになっている腕は危険だぞ。俺が腕でガードしたら貫通されてしまったし」
そう言って穴の開いた右腕を掲げると、マリンダさんもようやく魔鋼ゴーレムの恐ろしさを理解してくれた。
「冗談じゃないよ……あんなのが暴れたら街が滅茶苦茶になるじゃないか……」
「さらに悪い知らせがあってな……元凶であるロイは死んだ。そのせいで今は暴走しているかもしれないんだ」
全部ロイのせいにしてやろうとサラッと嘘をついたけど、フェリンに指摘されていた仕草をすることはなかった。これならバレないだろう高を括っていたが、どうやら俺はマリンダさんを甘く見過ぎていたようだ。
「後で本当のことを話してもらうからね」
「……あれを片付けたらな」
暴走した原因は俺にもある。だから怒られないといいなと思いつつ、魔鋼ゴーレムと対峙した。
にしても改めて見るとデカいな。優に二メートルは超えているだろう。そして胸元には俺がドロップキックを決めた跡が残っているが、見る見るうちに跡が綺麗に無くなってしまった。
魔鋼ゴーレムにも自己修復機能が備わっているってことか……
「はぁ……こんな奴をどうやって倒したらいいのやら……」
(面倒なことになっているようですね)
唐突に神様の声が聞こえた。結界が解除されたから声を掛けてきたのは分かるが、少し驚いてしまった。
(い、いきなりだな……ちょうど今から集中したいから説教は後にしてもらえないか)
(情報源であるロイを死なせたことに関しては、特別に目を瞑ってあげるとしましょう。ただ、その魔鋼ゴーレムと戦うのならもう一段階は強化なされたらどうですか?)
(この状況でできるのかよ……ぬおっ!?)
こちらが会話しているにも構わず、魔鋼ゴーレムは攻撃を仕掛けてきた。まぁ、暴走しているから当然の行動だけど。
でも、動きが荒っぽくて分かりやすいのが救いだ。おかげで躱すのはそう難しくはない。
(マリンダという娘に大量のマナポーションを提供してもらえばいいじゃないですか。それにちょうど彼女の父親の仇が相手ですし、手記を見せて協力を頼めばよいのでは?)
(簡単に言ってくれるけどさ、マリンダさんの気が動転したら協力どころじゃないと思うんだが)
(おや、あなたの予想通りみたいですね)
(えっ?)
神様の言葉に疑問を抱いた次の瞬間、背後からフェリンの焦った声が響いた。
「マリンダさんっ!行っては駄目です!」
「父親の仇なんだよ!?じっとするなんて、あたしにはできないよ!!」
「あの手記を読んでしまったか……!」
思わず頭を抱えたくなった。怒りに任せて魔鋼ゴーレムに突撃なんてされたら、目も当てられない結果になるのは明らかだ。今は何とかフェリンが説得を試みているようだが、あの怒りようではあまり期待はできないだろう。
感情的になった人を落ち着かせるのは容易いなことではなく、現にマリンダさんは俺の横から飛び出してしまったのだ。
「ふんっ!!」
渾身の力でフライパンを胴体に叩きつけるも魔鋼ゴーレムの硬さには敵わず、フライパンが完全に折れて使い物にならなくなった。
しかも俺の嫌な予想は当たったみたいである。俺からマリンダさんに狙いを変えたらしく、ランスめいた腕を構えていた。
「やっぱりこうなるのかよっ!」
マリンダさんを庇い、突き出された腕を両手で掴んで身体が貫かれるのを防いだが……即座にもう片方の腕を突き出してきやがった。
そして防ぐ手立てある筈もなく、俺の胴体は盛大に貫かれたのである。
「カイトっ!?」