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第十九話 意外な裏切り

 あれからとんぼ返りするようにマリンダさんの店に戻ると、裏にある家に入って部屋に案内された。そこまでは別に問題は無い。

 しかし部屋に入った途端、何故か椅子に座らされて説得をしてきたのだ。どうしてそこまでするんだろうね?


「カイト、あたしの店で働くつもりはないのかい?」


「少しの間なら働こうとは思っていたけどさ、俺が騒ぎの原因になるのならさっさと出ていった方がいいだろ」


「あんたねぇ……マナポーションはいらないの?必要だから働こうと思ったんだよね?」


「それはそうだけどさ、時間さえかければ自己修復するんだし、絶対に必要って程じゃない。ついでに言えば、急いで修復する為の最終手段としてモンスターの血を代用することもできる」


「も、モンスターの血……よく飲もうと思えるね」


「俺だって飲みたくないけどな。ゴブリンの血なんて不味すぎて二度と口にしたくないと思ったし……」


 思い出すだけでも気分が悪くなりそうである。だが、緊急事態であれば不味くても飲まなくちゃいけないんだろうなぁ。

 それを考えると、やっぱりマナポーションは欲しいところだ。しかも、俺自身を強化させる為にも今すぐに欲しい……マリンダさんに頼み込めないかな。代金としてミスリル銀製と発覚した戦利品の武器を出してもいいし。

 と考えをまとめていざ交渉をしようと思いきや、タイミングが悪く外からマリンダさんを呼ぶ声が聞こえた。


「マリンダ~、今日はもう店じまいをしたのかい?」


「この声はファジーお婆さんじゃないか。いつもの薬を切らしたのかな」


「俺はここで大人しく待ってるから。対応に行ってあげたらどうだ」


「そうさせてもらうよ。ただ、時間がかかるかもしれないけど、あんたのことはまだ近所には紹介してないからさ、挨拶回りに連れて行くまでは家から出ないようにしておくれ」


「了解」


 了承し、マリンダさんが部屋から出ていくのを見送った。

 にしても、近所付き合いか……マンションで暮らしていたのに、俺には縁のない話だったな。元の世界での生活だと、近所付き合いどころか碌に顔を合わせることも少ないし、まともに挨拶をしたかも怪しいものだ。

 そうだなぁ、今にして思うとあれはどうかしてるぜ。よし、元の世界に戻ったら挨拶を心掛けるか。


「あ、あのう……カイトさんですよね?」


「うん?」


 元の世界に戻った後の事を考えていると、部屋の扉の隙間から俺を呼びかける声が聞こえた。しかも、今度は聞き覚えのある声だ。

 確か……マリンダさんの店で働いてるティノっていう名前の少女だったけ。何でここにいるんだろう?


「えーと、ティノだよな。何をしに来たのか分からんが、とりあえず部屋に入っていいぞ」


「は、はいっ、失礼します……」


 俺の予想通り、ティノがおずおずといった感じで部屋に入ってきた。

 そして、何らかの液体が入ったと思わしき瓶を腕に抱いている。うーん、飲み物の類だとは想像は付くが、瓶に入ってると言えば大抵は酒だよな。店じまいを早めてくれたお礼として持ってきたのだろうか。

 まぁ、それを受け取るのは俺ではなくマリンダさんだろう。


「マリンダさんに用があるのなら店の方にいるぜ。ファジーお婆さんって人が来たから対応しているんだ」


「いえ……用があるのはカイトさんです。ええと……カイトさんがわたしの為に早く帰れるよう取り計らってくれたので、そのお礼です」


 なんということだろうか、まさかのまさかで俺に対するお礼のようだ。だが悲しいかな……例外はあるが、今の俺には味覚がないんだよね。受け取ったところで持て余すし、ここは丁重に断ってマリンダさんに渡すよう促すとするか。


「そういうことならマリンダさんに渡した方がいいと思うんだがな。俺はあくまでも口を挟んだだけだし、そこまで大したことはしてないよ」


「そっ、そんなことはありません!是非とも飲んで下さい!あっ、コップをお持ちしますので少しお待ちください!」


「お、おいっ……もう行っちまったか……」


 ゴリ押しが過ぎやしないかね。というか、あの慌てようは一体どうしたんだ。俺の意見なんて完全に無視している。

 内心で軽く呆れていると、大急ぎでコップを持ってティノが部屋に戻ってきた。最初のおずおずとしていた様子とは真反対である。


「はぁはぁ……どうぞ受け取ってください。わたしが注ぎますので」


「俺はそこまで酒が好みじゃないんだが……」


 実際に元の世界での生活では酒の類はあまり飲まなかった。別に嫌いでもなければ、好きでもない。せいぜい、飲む機会があるとしたら気分が乗った時ぐらいだろうか。

 で、今は気分云々どころではない。こんな身体だから肝心の味覚が無いうえに、たぶん酔うこともないだろう。故に飲んだところで意味がないから、飲みたいとは思えん。だというのに、ティノは俺の心境を知らず必死に酒を勧めてくる。


「だ、大丈夫です!このお酒は上等な代物ですし、苦手な人でも飲みやすいと人気があるんですよ!」


「随分と熱心に押し付けてくるもんだな。あっ、怒ったわけじゃないからな?」


 ウンザリしているのが声に漏れてしまったみたいで、それに反応したティノが涙目となった。

 さすがに泣かせるのは気まずい。仕方ない……ここは飲むとしよう。


「じゃあ、注いでくれ」


「あ、ありがとうございます……」


 渋々コップを受け取り、酒が注がれるのを眺めた。しかし、何故かティノは手を震わせ、緊張したような面持ちで注いでいるのだ。もはや訳が分からんな。


「グイっと飲んじゃってください」


「はいはい……」


 ワインめいた液体がなみなみと注がれていざ飲もうとすると、今度は一挙一動を見逃さないとばかりに俺のことを見つめてくる。口に合うか気になるのだろうか?

 ところで……瞳に不安と焦りの色が強く見える気がするのだが、おかげで飲みづらい。何かあるのかなと思っていると、ティノは口を開いた。


「……兜は脱がないのですか?」


「あー、それが気になったのか。いちいち脱ぐのが面倒だからな。行儀悪いかも知れんが、このまま飲ませてもらうぜ」


 というよりも、実際は脱げないのである。それを悟られぬよう、天を仰ぐようにして酒を口に流し込んだが……言うまでもなく味などはしなかった。

 まさしく無味乾燥としか言いようがない。なんてことを思いつつ、ティノに向き直ると……まだ俺のことを見つめていた。


「どうでしょうか?」


「そ、そうだな……まぁまぁ美味しかったと思うぞ」


「でしたらもう一杯どうぞ!」


「……せっかくだし頂こうか」


 額に汗を浮かべているのが気になるが、気温が高いのかな?この身体だと気温が高いのか低いのかよく分からないんだよね。炎みたいに極端な温度になると、さすがに分かるけどさ。

 しっかしまぁ、またしてもなみなみと注ぐもんだな。マリンダさんの分も残しておきたいんだけど。


「マリンダさんの分も無くなるし、これで最後にさせてもらうぜ」


「お、お気になさらず!別に用意してありますから!」


「そこまで言うのなら……」


 そうして最終的には瓶が空になるまで飲まされ続けた。

 ふむ、今さら感があるけどこの鎧の身体はどうなっているんだろうな?液体の類を口から飲んでも不思議なことに漏れることはないし、そもそも飲んだ液体はどこに消えていくんだ?

 マナが含まれていたら俺に吸収されるのは分かるんだが……


「あの……眠くないのですか?」


「うん?まだいたのか」


 妹のこともあってすぐに帰るだろうと思ってたけど。

 相変わらず俺のことを見つめているな。見たところで面白いとは思えないし、何故か不安げな様子に見えるのはどうしてだ?

 

「……………………」


「……ティノ?」


 ティノは変わらず無言で俺のことを見つめていた。

 何がしたいのか分からんが、改めて観察するとティノってなかなか可愛い方だな。と現実逃避気味に感想を抱いていたら、突然ティノが今にも泣きだしそうな声をあげた。


「カイトさん……どうして眠くならないのですか?」


「さっきから何を言っているのかよく分からんのだが。そんなに俺に寝てほしいのか?残念だけど、眠気なんて一切感じないぞ」


「う、嘘……そうするとフェリンが……フェリンがぁっ!?」


「待て、頼むから泣くな。落ち着いて詳しく事情を説明してくれ」


 面倒だとは思ったが、だからといって泣かせるわけにもいかない。

 しかし、ここで妹の名前が出てくるとはな。余程の事情があるとしか思えないし、これまでの不可解な行動にも訳があるのだろう。


「分かり……ました……」


 そして、懺悔するかのようにぽつりぽつりと語ってくれた。

 まず、昨日から妹が帰ってこなく、代わりに妹を誘拐したという旨の手紙が届いたそうだ。次に、その手紙の続きには指示を出すまでいつも通りにしろと書いてあり、ひとまずフェリンは体調不良ということにし、大人しく指示を待つことにした。

 ところが、早くもその次の日には指示の手紙と一緒に酒瓶が今日届いたのである。その手紙によると、妹をかえしてほしくばマリンダさんの自宅にいるカイトという男に、睡眠薬入りの酒を飲ませろと書かれていたそうな。


「だけど、わたしよりも賢くて冷静なフェリンが誘拐されるなんて……」


「はぁ……厄介なことになったな」


「ごめんなさいっ……ごめんなさいっ……」


 俺がため息をついたせいか、ティノは泣きながら謝罪を繰り返してしまい、さすがに見かねて宥めた。


「気にすんな。悪いのはティノじゃない。本当に悪いのは妹のフェリンを誘拐した奴だろ」


 まったく、ティノの妹を誘拐するなんてとんでもない奴だぜ。ただ、俺を狙うということは十中八九で裏切り者が関わっているに違いない。だけど、まさか刺客が失敗してすぐに次の手を打ってくるとは……油断ならないな。


「ところでさ、この話は俺以外の誰かにした?」


「し、してません。だって……フェリンに何かあったらいけないから……」


「なるほど、お利口さんだな」


 どういった選択が正解なのか分からないにしても、ティノが選んだ選択は比較的に無難だろう。

 だが、その選択は誘拐した奴にとっては思う壺でしかない。もしくは、迷わずフェリンのことを優先すると見越していたかもしれんな。フェリンを優先したからこそ、こうして俺に睡眠薬入りの酒を実際に飲ませてきたわけだし。

 そういや、俺を眠らせた後はどうするつもりなんだろう。


「俺に酒を飲ませた後については何て書いてある?」


「えーと、眠ったら裏手口を開けろと書いてありました」


「裏手口から俺を回収する奴が来るのか……」


 となると、開けるのが遅ければ失敗したと思われそうだな……あれ?ひょっとしてそうなったらマズいのでは?

 妹のフェリンの身に危険が迫るんじゃ……?


「カイトさん、わたし……どうしたらいいんですか?」


「うーん……」


 涙目で訴えかけてくるティノを放っておくわけにもいかず、最適解を考えてはいるものの、思いつく限りでは俺が眠ったふりしてわざと回収される案しか出てこない。

 当たり前だが成功する保証はない……しかし、今は時間がないのだ。一か八かの賭けに出るしかなさそうだな。


「ティノ、俺の言うことを聞いてくれ」


「は、はい……」


「俺は眠ったふりをするからさ、裏手口を開けてくれ。その後は隠れて店の方に逃げるんだ。いいな?」


「待って!それじゃフェリンはっ!?フェリンはどうなるのっ!?」


 さすがは姉妹愛といったところか……妹の身を案じ、泣きじゃくりながら俺の肩を掴んで揺さぶってきたぞ。鎧の身体じゃなかったら頭の中がシェイクされていたかもしれんな。女の子らしい細腕なのに、一体どこからそんな力が出てくるのやら。

 ただ、いたずらに時間を浪費させるわけにもいかない。まずは落ち着かせるか。


「いいから俺の言う通りにするんだ。誘拐した奴が必ずしも約束を守るとは限らないし、ドの付く外道だったら目撃者であるティノを殺すかも知れないんだぜ?」


「そんな……っ!」


 やはりな。妹のことで頭がいっぱいでそういった最悪のケースを想定してなかったか。小説やドラマだと、この手の連中は約束を守らずに殺す場合が多いからな。しかも、秘密を守るという点で見れば合理的である。

 まぁ、必ずそうなるとは限らないけど……念の為ティノには安全な場所にいてもらおう。


「兎に角、分かったら俺の言った通りに行動するんだぞ。妹の方は俺が何とか助け出すからさ」


「お、お願いします!」


 やっと俺のことを信頼してくれたのか、ティノは俺から離れて頭を下げるとすぐに部屋から出ていった。手筈通りに裏手口を開けに行ったのだろう。その後は大人しくマリンダさんのいる店に行ってくれたら安心なのだが……


「開けてきました!後はよろしくお願いします!」


「おう、任されたぜ」


 そうやり取りした後、ティノは店に向かってくれた。よしよし、これでティノに危害が加わることはない筈だ。安心して眠ったふりができるぜ。

 と安心していたら、扉の向こうから聞きなれない男の声が聞こえた。


「ティノっていうガキがいないが、間違いないんだろうな?」


「俺も詳しくは知らん。裏手口が開いたら回収する合図って聞かされただけだ」


 ふむ、声からして男二人か、予想通り回収する奴が来たわけだな。とりあえずは、机に突っ伏して眠ったふりでもしておこう。

 すると、今度はティノの声が少し遠くから聞こえた。


「あっ、マリンダさん。えーと……お、お礼をしに来たんですよ」


 マリンダさんの名前に反応したのか、片方の男の声は焦った。


「クソっ、ファジー婆さんの長話はもう終わったのかよ」


「いちいち文句を口にするな……おい、この部屋の扉がちょっと開いているぞ。きっと中で鎧男が眠っている筈だ。人が来る前にさっさと回収してずらかるぞ」


「へいへい」


 荒々しく扉が開かれ、ガラの悪そうな男二人が入ってきた。しかもそれなりの装備をしており、腰には剣を納めた鞘を下げているから明らかに物騒だ。

 ふぅ、これならティノには逃げるよう言っておいて正解だったぜ。にしても、装備を整えているってことはロイの私兵かも知れないな。


「酒瓶が空になってやがる……一杯でも飲めば一日中眠ってしまう即効性の代物だったんだが、恐ろしい奴だな」


「だから合図を出すのが遅かったてことか。おい、俺は右肩を持つから左を頼むぜ」


 それから俺を無造作に運び、裏手口に泊めてある馬車に乗せると、片方の男は俺の監視の為か座席に座ってもう片方は御者台に座り、馬を走らせた。

 今のところは俺の狸寝入りはバレていないらしい。さて、どこに連れて行かれるのやら……とは言っても、貴族街にあるロブ家の屋敷だと予想はしている。現状だと、ロイの他に裏切っていそうな候補が他にいないからな。


「睡眠薬入りの酒瓶を飲み干したから起きる心配はないけどよ……最終的に殺すなら普通に毒で殺しておいた方が手っ取り早いよな。連れて行く手間も省けるってのに」


「無駄口を叩くんじゃねえ。お前はしっかり前を向いて馬の手綱を握っておけ」


「そうカッカするなよ……ったく」


 座席に座っている男が真面目なのか、すぐさま会話は終わった。

 ただ、御者台に座っている男の言葉が引っかかる。確かに、効率を考えるなら毒殺という手段もあった筈だ。まぁ……実際のところ俺は毒殺とは無縁だけど。

 それでも、眠らせるという手間のかかる手段を選ぶってことは、誰かが俺に用があるのだろう。その誰かとは裏切り者だと思うが、魔人の刺客を放って殺そうとした奴にしては穏便だな。

 まさか心変わりでもしたのか?といった疑問を抱いていると、馬車の揺れが止まった。目的地に着いたのだろう。


「よし、降ろすのを手伝ってくれ」


「へい」


 俺を監視していた男が先に馬車から降り、近くにいた他の男たちに指示を出し、数人がかりで俺を馬車から降ろすのであった。すると、目の前には立派な屋敷が建っており、いかにも貴族が暮らしていそうな雰囲気である。

 ここがロブ家の屋敷なのかな?


「俺は坊ちゃんに報告してくる。お前たちはこの鎧男を地下牢に運んでくれ」


 そして、男との言っていた坊ちゃんとやらは姿を現すこともなく、俺は屋敷の地下牢に運ばれた。ついでに鎧を脱がそうとしてはいたが、どうやら脱がせることのできる仕組みではないようだ。

 たぶん、神様がそういう細工を施しているのだろう。おかげで今回は助けられた。


「鎧を脱がして縛らなくてよかったのか?」


「あー、鎧に関してはどうも脱がせなかったんだよな。まぁ、心配すんな。どうせ明日までは目が覚めねーよ。そういうことだから監視はしなくていいみたいだぜ」


「おおっ!そいつぁいいな!じゃっ、一階に行って酒でも飲もうぜ」


 呆れた……マジで一階に行きやがったぞ。あまりにもお気楽過ぎると突っ込みたいところだが、狸寝入りする必要が無くなったのは好都合である。

 さて、まずはどうしようか……ん?


「えっ………何故、目覚めているの?」


 身体を起こした瞬間、向かいの牢屋から声が聞こえたかと思えばそこには白髪の少女がいたのである。牢屋に入っているということは、誘拐されたティノの妹だよな。


「おー、まさかこんなところに人がいるとは思わなかったぜ。お前……じゃなくて、君はフェリンって名前かい?」


「あ、あなたは……わたくしの名前をどうして……?」


「そりゃあ君の姉から前もって事情を聞いたし、牢屋に女の子がいるとしたらフェリン以外に思いつかなかったからな」


「そう、ティノ姉さまが……ところで、あなたは睡眠薬を盛られたのではないのですか?」


「睡眠薬ねぇ、ここだけの話だけどよ……実は俺には効かないんだ。そこで眠ったふりをしてさ、敢えて誘拐されたってわけだ」


 しかし、このフェリンという名の少女……誘拐されたわりには随分と落ち着き払っている。普通だったら不安そうにするか、助けを求めると思っていたから意外に感じた。

 ま、俺としては落ち着かせる手間が省けるから助かるけど。


「えーと……変わった体質?なのでしょうか。それとも……スキルによるもの?」


「何とも言えんな。たぶん、スキルのせいだと思うけどさ」


 さっきからよく質問をしてくるな。そこまで気になるのかね?


「スキル、ですか……」


「質問は終わりか?ティノが心配していたからさっさと出るぞ」


 とそこで足音が響いた。

 誰か来たみたいだ。見張り番は一階で酒を飲むと言っていたが、他に来るとしたら例の坊ちゃんだろうか。

 だが、次に聞こえた声で違うと悟った。


「ねぇ、本当にあの鎧男を捕まえたのかな?どう考えてもあの程度の連中じゃ敵わない筈だよ。しかも睡眠薬で眠らせたとか言っていたけどさ、どうやって飲ませたんだろうね。そもそもの話、あんな化け物に睡眠薬が効くのか怪しいけど……」


「飲ませた手段なんてどうでもいいが、鎧男があっさり捕まったことに俺は半信半疑だ。だからこそ気をつけておくんだぞ、ラル。奴なら眠ったふりをしてもおかしくはない」


 これでこの屋敷にいる連中が裏切り者であることが確定したな。ついでに、街の外に繋がる隠し通路が存在する可能性も非常に高いぞ。

 いやぁ、こんなすぐに魔人の兄弟とまた再会できるのが嬉しいぜ。逆に向こうは嫌がりそうだけど。


「おい、本当に見張り番がいないじゃないか。まったく……ここにいる連中の頭の中はどうなっているんだ」


「どうせ眠らせたから安心しきっていると思うよ。連中はあの鎧男の正体を知らないんだろうし」


 徐々に声が近づいてくる。さて、どうしたものか……さすがに牢屋の中にいたままじゃ何もできないし、とりあえずは脱出を試みるか。


「あの……何をなさっているのですか?」


「何って、脱出だけど……お、この鉄格子は曲げることができそうだな。これから面倒な奴らと対面するから静かにしてくれよ」


 力ずくで鉄格子を盛大に曲げ、牢屋から脱出することができた。そして魔人の兄弟と再び対面し、知人に会うような気軽さで声を掛けやった。


「よう、また会ったな」


「くっ……この化け物め!」


「やっぱり、人間じゃないから睡眠薬なんて効かないよね……」


 相変わらず酷い言われようだ。これでも一応は人間なんだけどね。

 まぁ、いつもの事だから諦めるとして……今度こそ色々と話を聞かせてもらうとしよう。こんな狭い場所で魔法なんて使えないだろうしな。


「このままぶちのめしてやってもいいが、まずは質問に答えてもらうぜ」


「何が聞きたい」


「単刀直入に聞く、隠し通路を使ってこの屋敷に来たんだよな?」


「やけに詳しいじゃないか……その通りだ」


「パーズ兄さん!」


 ラルが非難がましく声を上げるが、パーズは動じなかった。


「もう潮時なんだ。ここの連中を売って俺たちの安全を確保した方がいい」


「そんな……」


 俺から見てもパーズの判断は賢明だと思う。だが、正直に吐いたとしても俺は安全を保証するとは一言も口にしてないんだよな。

 それはそうとして、隠し通路の存在が確定したのは大きいぞ。このまま裏切り者の名前も教えてもらうとするか。


「次の質問だ。ここの連中に命令を下しているのは、ロイっていう奴か?」


「はぁ……あの煩い坊ちゃんは何をしているんだ……。その名前で合ってるよ」


「ふーん、何というか……順当すぎて逆に驚かないな。もっと意外な奴が裏切り者である可能性を考えてたからさ、肩透かしもんだぜ」


「お前は一体何を期待しているんだ……」


 よし、聞くことは聞いた……ん?何か忘れているような気がする?

 えーと、神様が何かを最優先にしろとか言ってたような…………あ、やべっ!一番重要なことを聞いてないじゃねえか。神様に怒られちまう。


「おっと、追加で質問させてもらうぜ。どうやらこの街には結界が張られてるらしいからさ、それを解除したいんだ。たぶん、この屋敷の地下のどこかに制御装置があると思うけど、心当たりはあるか?」


「結界?この街にそんな代物が張ってあったのか」


「パーズ兄さん、アレのことじゃない?ほら、あの地下室で僕らに大量の魔力を注ぐよう頼んできたでしょ」


 地下室に大量の魔力……神様の言ってた条件と一致している。間違いない、そこに結界の制御装置が確実にある筈だ。


「あぁ、アレのことか。お前が求めている物かは分からないが、一応場所は教えてやる。屋敷の裏に小屋がある。その中には地下に続く階段があって後は降りていけばすぐに分かるだろう」


「ありがとさん、おかげで助かったぜ」


「じゃあ、見逃してくれるのか?」


「んなわけあるか。ルジェスさんたちに突き出すに決まってるだろ」


 発想が甘すぎる。この期に及んで逃がしてもらえると思っていたのかよ。せめて、協力的だったと伝えて待遇の改善を頼むぐらいならしてやってもいいが……


「だと思ったよ。それなら、代わりに俺の質問に答えてくれ」


「……内容にもよる」


 今度はパーズが質問ねぇ……本当に内容にもよるけど、答えてやらないこともない。でも、どんな質問をするつもりだ?


「俺の記憶違いじゃなければ、盛大に抉れたような痕があったと記憶している。なのに……短時間で傷一つ無くなっているのはどういうことだ?」


「んー、そこが気になったのか。時間さえかければ自己修復するとだけ言っておくけど、短時間で修復した方法は教えられないな」


「いや、それでも十分だ。おかげで次に生かすことができる」


「はぁ?どうやって次に生かすんだよ」


 しかも不敵な笑みを浮かべているのが解せない。何かを企んでいるようだが……そのことに気づくのは遅すぎたようだ。


「おーい、色男のあんちゃん、遅いから言われた通り見に来てやったぞー」


 そんな声が響いたと同時に複数人の足音が響いた。『色男のあんちゃん』という呼び方が引っかかるが、今はそれどころではない。


「ふっ、念の為に保険はかけておいて正解だったよ。ラル、後は連中に任せて逃げるぞ」


「う、うん」


「最後の質問は時間稼ぎかよ……」


 また油断し過ぎたか、いい加減に詰めが甘いところを直したいぜ。

 禍根を残す可能性は潰しておきたいが、捕まっているフェリンをそのままにして追いかけるわけにもいかない。今回ばかしは見逃すしかなさそうだ。


「けっ、さっさと消えな」


「そうさせてもらう。行くぞ、ラル」


「じゃ、じゃあね……」


 最後に見せたラルの表情はどことなく申し訳なさそうに見える。その表情は俺に対してではなく、きっとここに来る連中に向けてだろう。だが、それを分かっていながらも何故か可愛いなぁと思ってしまう俺であった。

 なんてくだらないことを考えつつ魔人の兄弟が去っていくのを眺めていると、入れ違いに俺を屋敷に運んだ片方の男を先頭に、ロイの私兵たちが現れた。


「おうおうおう、手に負えないから任せるってテメェのことかよ。だいたい睡眠薬で眠ってた筈だろ。それにどうやって牢屋から抜け出しやがった」


「答えてやる義理はねぇな。というか、お前らはあの二人が魔人であることを知ってんのか?」


「あん?何わけの分からんことを言ってんだ。舐めた口を叩きやがって……テメェはたった一人なんだぞ。立場を分かってんのか?ええっ!?」


 殺気を放ちながらドスの効いた声で俺を脅しかけるが、銀髪の魔人の殺気に比べるとまだ生易しい。おかげで余裕をもって受け答えれた。


「その様子だと知らなさそうだな。ついでに立場を分かってねぇのはお前らの方だぜ。数人程度で俺を倒せるわけないだろ」


「こ、この野郎……もういいやっちまうぞ野郎ども!!」


 酒に酔っているせいなのか、俺の挑発にあっさりと乗って男たちは雄叫びを上げながら迫ってきた。まともな理性すら酒のせいでないようだ。

 少しは警戒するべきだと思うんだが、残念なことに警戒しても俺と敵対した時点で結果は変わらないだろう。

 それだけこの男たちは弱かったのだ。いや、これまでに戦ってきた魔人たちと比べたから弱く感じたのかもしれない。

 兎にも角にも、一方的ではあるが勝利で終わった。


「おいおい、息はしてるけど酷い有様だな」


「それをやった張本人が他人事みたいによく言えますね……」


 半ば引いた声で俺に突っ込みを入れる声が聞こえた気がするが、スルーして牢屋から出してあげるとしよう。


「ちょっと待っててくれ。鍵はどこかな……こいつらは持ってないのかよ。仕方ない、力ずくで鉄格子を曲げるか……よしっ、これなら出られるだろう」


「ありがとう……ございます……」


 しかし改めてフェリンを近くで眺めてみると、髪型以外は姉のティノと全然違うな。白髪だし、雰囲気や顔立ちはどことなく大人っぽいとでも言うべきか。反対にティノはどちらかと言うと少し幼さが残っていた。


「あの、わたくしの顔がどうかしたのですか?」


「おっと、初対面なのにジロジロと眺めてすまんな。何て言うか、ティノと比べると全然似てないと思ってさ。白髪で雰囲気も違うし」


「なるほど……そう思われるのは当然でしょうね。わたくしたちは本当の姉妹ではありませんので」


「血がつながってないのなら合点がいくな。あ、踏み入り過ぎたか?」


 この手の話は人によっては敏感だったりする。が、フェリンは気にしていない様子だった。


「いえ、どうかお気になさらず」


「そう言ってもらえると有り難い。それはそうとして、これからどうしたものか……」


 ひとまずはフェリンを牢屋から脱出させたのはいいけど、次は結界の解除をしたいな。神様から最優先にするように言われていたし。でも、ティノが心配しているだろうから早く帰してあげたい気持ちもある。

 実に悩ましい。


「考えているところ悪いですが、先程会話していたお二人について何を知っているのですか?」


「ん?あの二人はああ見えても魔人なんだぜ。つっても、そこに転がってる連中は知らなかったみたいだけどな」


「魔人……ですか。わたくしが聞いた限りではおぞましくて醜い姿をしているとのことでしたが……」


「例の伝説だとそうなってるらしいな。ただ、俺の知る限りだと伝説は出鱈目だぜ。実際にあの二人は魔人であることを否定しなかったし」


「ふむ、そのようなことが……ところであなたは魔人について詳しいみたいですが、どこで知ったのでしょうか?」


 元いた世界で知りました。なんてことを言えるわけないんだよなぁ。


「悪いがそれは秘密だ。とりあえず、話はこれで終わりにしてここから出るとしよう」


「それもそうですね」


 あっさりと了承してくれて屋敷の一階に来たのはいいが、少しややこしいことになってしまった。

 というのも、フェリンが想定外なことを言い出したからである。


「これから優先してすべきことことがあるのですよね。それにわたくしも付いて行きたいのですが、ダメですか?足手まといになるような真似はしませんので」


「うーん、本当はティノのところに帰ってもらいけど……」


「それは難しいと思います。貴族街にはロイの私兵がいますのでわたくし一人ではとても……」


「だよねー」


 フェリンの申し出は悪くないが、一人で気楽に行動したいってのが俺の本音だ。

 しかしロイの私兵がうろついているを考えると、女の子であるフェリンを一人で帰すのは論外である。あまりにも危険すぎるし、何かあった場合は間違いなく俺の責任になる。


「てことは俺と一緒にいる方がまだ安全か、いざという時は守ってあげれるし」


「あの、聞きそびれていましたが……お名前は?」


「カイトって名前だ。好きに呼んでくれ」


「分かりました。ではカイトさん、よろしくお願いしますね」


 そうしてフェリンと一緒に屋敷の裏に向かうのであった。

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