第十八話 報告と話し合い
マリンダさんの店を後にしてからは寄り道をせず、目的地であるルジェスさんの邸宅に着くとそのまま執務室に通された。
「三人ともよく無事だった。ところでカイト君、そのローブは今朝は身に着けてなかった筈だが、どうしたんだい?」
「あー、戦利品ってところだな」
普通に脱ぐのを忘れていたな。傷も無くなったことだし、後で脱いでおくか……あっ、ルジェスさん相手についため口で話してしまったが、大丈夫だろうか。
思わずそんな心配をしていたら、それは杞憂に終わった。
「戦利品?ふむ、それは追々聞かせてもらうとして本題に入ろう。マリンダ、ジャック、収穫はあったんだな?」
ため口だというのに、気にしている様子がない。もしや……ため口OKと受け取ってもいいのか?
もしそうだったら有り難いんだよね。口調を使い分けるの面倒だし。
「あったよ。でも、色々とありすぎてどう説明したらいいのやら……」
「でしたら私がお答えしましょう」
言いづらそうにしているマリンダさんに、助け舟を出す形で代わりにジャックさんが事の顛末を語ってくれた。もちろん、俺のことも含めてだ。
案の定と言うべきか、話を聞いている途中でルジェスさんは何かを言いたそうにしていた。だが、話の腰を折ってはいけないと己を自制したのか、聞くことに集中していたものの……それでも何度か俺の方に視線を向けていた。
うん、俺のことを聞かされたら普通は気になるよな。その気持ちはよく分かる。でもさ、信じられないものを見る視線を向けられるのは慣れてないからさ、少し控えてほしいぜ。
そしてジャックさんが一通り簡潔に語り終えると、ルジェスさんはこう切り出した。
「ふぅ……カイト君から聞き出したいことは山ほどあるが、まずは順番に聞くとしよう」
「それがいいと思うよ、叔父さん」
「ゴホン、では街道を進んだら喋るゴブリンに遭遇したのだな?」
「はい、カイト様が最初に接触をなされた後に、私とマリンダお嬢様もしっかりと確認しました」
「しかし、喋るゴブリンなど聞いたこともないな……」
ルジェスさんもそういう反応をするか。神様も知らないと言っていたし、あのゴブリンたちは普通じゃないのは確定か。
考えられるとしたらやはり、何らかの教育を受けたとしか考えられないな。で、教育をした人物は銀髪の魔人が最有力候補だ。ただ、そこまで気にする必要はあるまい。脅威的とは思えないし。
「それで、襲われるどころかゴブリンの討伐隊が全滅した証拠としてネームプレートを渡してくれたわけか……奴らは何がしたいんだ?」
「私も分かりそうにございません。彼らが言うには不要とのことでしたが、どこまで本当なのやら」
「……一応は聞いておくが、生き残りは?」
「確認はできませんでした。捕虜もいなかったので、仮に生き延びていたとしても森の中を彷徨っているのか、あるいは王都に向かって引き返したかと」
あー、言われてみれば確かに捕虜とかいなかったな。それに、あの銀髪の魔人は全員を殺せと命令されていたみたいだし、生き残りはいないものと考えた方がよさそうだ。
と考えていると、ルジェスさんは重々しく口を開いた。
「そうか……分かった。ちなみに、どんな最期だったか想像が付くか?」
「はい、恐らくは殆どが焼き殺されたと思われます。ネームプレートを見て分かるように、焼け焦げた跡があったり一部が融解していますので。対してゴブリンたちは討伐隊の埋葬していたところを見ると、大した被害は受けていないのでしょう。これは私の推測ですが、カイト様が仰っていた銀髪の魔人が一人で討伐隊を処理した可能性が高いです」
「まるで一方的な虐殺だな……だが、埋葬する余裕があるのにどうしてこの街に攻めてこないんだ?」
「それはカイト様が知っておられるかと。ゴブリンからは忌々しげに鎧の化け物と呼ばれていましたので」
「ほぉ……それも後で詳しく聞かせてもらう。いいかねカイト君?」
「話せる範囲でなら話す」
ま、銀髪の魔人と戦ったことなんてもはや秘密にする必要がないからな。ジャックさんには魔人の兄弟と戦っているところをガッツリ見られちゃってるし、その内容をルジェスさんに報告した今では、誤魔化せないのは十も承知している。
「兎に角、ゴブリンの討伐隊が全滅した証拠が手に入ったのは良しとして……問題が起きたのは帰りだな?」
「はい。帰りの道中でカイト様が自ら先頭を歩くと提案されたので、私たちはそれに従ったところ……何故か歩いていただけでカイト様が爆発しておりました」
「爆発……だが、当の本人はピンピンしているじゃないか」
「ええ、無傷でございましたから」
「正確には足の裏に穴が開いたけどな」
しっかしまぁ、あの地雷球とやらは厄介だったな。普通に俺の鎧の身体に傷を付けてくる威力があるうえに、地面に埋めたら地雷にもなる。
今にして思うと俺が単独で先頭を歩いて本当によかったぜ。
「……その鎧はかなり頑丈というわけだな。で、カイト君が爆発した後に二人の刺客が現れたのか」
「確かに現れました。ですが、狙いはマリンダお嬢様や私ではなく、カイト様でございます」
「そこがいまいち分からないな。どうしてカイト君が狙いなんだ?」
「それも後程、カイト様にお聞きした方がよろしいかと。何かを知っている様子でしたので」
本当は知っているんじゃなく、前もって神様に教えられたんだよな。言えるわけないけど。
「カイト君は何者なんだね……まぁ、それも後で聞くとして。カイト君と二人の刺客が戦い、最終的には刺客に逃げられて終わったのだな」
「概ねその通りです。ただ、どういうわけかカイト様は手加減をしている節がございました」
「さすがに見過ごすわけにはいかないな。カイト君、どう釈明するんだい?」
…………どうしよう。別に正直に言っても問題はないけどさ、物凄く恥ずかしいんだよな。できたら言いたくない。でも、言わなければ怪しまれるのは避けられん。はぁ……それが分かるなら選択肢は最初から決まっている。もう諦めるしかない。
「先に言っておく、俺は真面目に答えるからな」
「ふむ、では答えたまえ」
「思わず見とれてしまったんだよ……」
「……まさか刺客の顔を見てですか?」
「そうだよ!馬鹿みたいな理由かもしれないけどさ、それだけ美形だったんだよ!」
そして、半ば自棄になる形で叫ぶと執務室には沈黙が訪れた。体感的にはそれが長く感じられたが、実際には数秒後にジャックさんが口を開いていた。
「お聞きしますが、事前にもう片方の刺客の顔をご覧になったと思われます。その時は何故見とれることがなかったのでしょうか?」
「あー、そこまで好みじゃなかったからな」
吹っ切れたのか迷うことなく即答できた。美形といえども、好みじゃなければ惹かれるようなことはないからな。だが、ラルは可愛らしくて割とストライクゾーンに近かったのだ。
だから眺めちまったんだよなぁ。男だけど。
「カイト……参考までに聞かせてちょうだい。あんたが見とれていた奴はどんな容姿だったんだい?」
「そうだなぁ。全体的に線が細くてさ、肌は若干の青味が掛かった白さで、強く抱きしめたら折れてしまいそうな華奢な印象だったな。もちろん顔は恐ろしく整っていたぜ。それこそ精巧な人形を思わせるような感じだ。極めつけには鮮やかな緑色である艶のある髪と、エメラルドのように煌めくような瞳が一番際立っていたな。しかも、そいつの雰囲気なんて……」
「もういいから。十分以上に分かったからもう言わなくていいよ」
「そうか……」
全てを語りきる前にマリンダによって中断されてしまった。あともう少しで終わりだったのにな。
と思っていたらルジェスさんは引いていた。
「ま、まぁ……カイト君がそこまで言うのなら見とれたのは本当なんだろう」
「そうなのでしょうね。…………私も近くで見てみたかったものですな」
「ジャック、本音が漏れてるよ。だけどまぁ、呆れた理由だね。そんなことをしなければ逃がすことはなかっただろうに」
「返す言葉もない……」
現にあそこで見とれていなければ、逃がすという結果にならなかったかもしれないのだ。いやぁ、実に惜しい真似をしてしまったな。
「しかし、ジャックもジャックだぞ。加勢していたら逃がす結果に終わらなかったんじゃないのか?」
「旦那様、お言葉ですが……下手に加勢をしていたら私は死んでいたかもしれません」
「どういう意味だ?」
「刺客の詳細は省いたのでそう思われるのは当然です。なので、改めて報告をさせていただきます」
そして、ジャックさんは改めて語り始めた。
「まず、二人の刺客はなかなかの魔法の使い手でございました。それこそ、気を抜けば私が殺されると思える程です」
「ジャックにそこまで言わしめさせるというのか……その刺客はどんな魔法を使ってきたんだ?」
「未知の黒い魔法を使っておりました。しかも、並の魔法より威力が高いかと」
「なんてことだ……そのような魔法を使う刺客は聞いたこともないぞ」
ふーん、魔族が使う魔法は知られていないんだな。確か、何らかの伝説でしか魔族を知る機会がないんだっけ。しかし、今の様子だと伝説には魔族の使う魔法に関する情報がなさそうだ。
「他にも、強烈な爆発を引き起こす魔道具を使ったり、奥の手である魔法に至っては射線上が更地と化す程の威力でした」
「聞けば聞くほど恐ろしい相手だな。だが、そんな相手にカイト君は生き残った……」
「はい、そうです。ただ……カイト様の動きは明らかに素人でございましたが、鎧の有り余る硬さで戦力差を補っておりました。実際に何度かは刺客を追い詰めています。故に、私としては将来的にカイト様の方が脅威的かと」
酷い言われようである、特に最後が。
でも、普通の人からしたらそれだけ俺が異常ということなんだろうよ。嫌でも理解しちまう。
だけど、そんな俺をマリンダさんは庇ってくれたんだよな。
「少し言い過ぎと言いたいところだが、ジャックの気持ちは分かる。カイト君の鎧の中身を知ってしまったからだろう?」
「私も我が目を疑いましたが……先程も申したように、カイト様の鎧の中身は空っぽなのですよ。とても人間とは思えません」
「つまり、人ならざる者と言いたいわけだな。だから始末するべきと結論に至ったのか」
「その通りでございます。ですが、マリンダお嬢様が止めに入られたので大人しく諦めるしかありませんでした」
「なるほど……それならマリンダからも話を聞かせてもらうか。何故カイト君を庇った?」
俺も非常に気になるところだ。俺を良い人だからという理由で怖がらなかったと言ってはいたが、どのようにしてそう確信したのかをまだ聞いていなかった。今からそれが聞けるといいのだが、果たしてどう答えるのやら……
「んー、カイトが悪い奴には見えなかったんだよね」
「一応、聞いておこう。その理由は?」
「あたしの勘がカイトは大丈夫だと告げたからだよ。だからカイトを信じることにしたのさ、街を救ってくれるってね」
……まさかの勘ときたか。予想外ではあるが、マリンダさんらしいといえばらしいうえに、妙に説得力がある。だが、ルジェスさんはそれで納得するのかな。
「ふぅ、やはりな。お前の勘の鋭さは父親譲りだから納得だよ」
え、それで納得するの?てか、マリンダさんの父親って何者なんだ……
「あと、ジャックだって薄々感づいていたんじゃないのかい?本気で始末する感じじゃなかったし」
「さて、何のことやら……」
「しらばっくれるんじゃないよ。どうせ試してみたかっただけなんだろ?でなきゃすぐに引き下がるわけがないからね」
「やれやれ……お見通しでしたか」
な、何なんだ一体……俺だけが置いてきぼりにされている気がするんだが。少なくとも、ジャックさんは本気でなかったくらいしか分かりそうにないな。
「その辺の話は後にしなさい。では、カイト君からも話を聞かせてもらうが、その前に中身を見せてくれないか?」
「お安い御用だぜ。ほれ」
要望に応じて躊躇うことなくルジェスさんの前で口を大きく開いた。ただ、事前に口頭で説明されていたこともあり、そこまで驚くことはなかった。
「なるほど……確かに人間とは思えないな。スキルのせいだとしても、鎧そのものであれば人ならざる者と言われてもおかしくはない」
「それでルジェスさんは俺をどうする?始末するつもりか?」
「カイト、結論を急かすもんじゃないよ。まずはあんたの話を聞いてからだよ。そうだよね、叔父さん」
「元よりそのつもりだ。カイト君、話してくれ」
「了解した」
そして、俺は許容範囲の内容をルジェスさんたちに話し、最後に裏切り者の候補としてロブ家が怪しいと伝えて話し終えた。
するとルジェスさんは難しい表情を浮かべていた。
「とりあえず、街を救うことに間違いはないんだな?」
「もちろんだぜ。でなけりゃ俺はさっさとこの街からおさらばしてるよ」
実際のところは神様に命令されて仕方なくだったが、今ではこんな俺を信じてくれるマリンダさんの為という思いが強い。
ただし、街を救うにしても重大な課題が幾つもある。その一つとして、ルジェスさんが俺の話を受け入れがたいと思っているのだ。
とは言ってもマリンダさんは当たり前のように受けれてくれたし、何だかんだでジャックさんまでも受け入れてくれたのは幸いだぜ。
「カイト君の言葉を信じるにしても、魔王軍なんて伝説上の存在でしかないと思っていたのだが……。それでいて魔人は美形揃いとまで言われたら頭がこんがらがってしまいそうだぞ……」
「俺にそんなことを言われてもな……」
魔王軍に関しては弁明の為にゴブリンがうっかり漏らしたことであり、しかも嘘をついているようには見えない。そして、出会った魔人の連中は全員が美形揃いであるのは見間違いようもないし、本人たちは魔人であることを否定しなかったんだよな。
「そうだよ叔父さん、カイトはゴブリンから直に聞き出したわけだし、魔人とは二度も戦っているんだよ」
「マリンダお嬢様の仰る通りです。魔人が組織的に動いているのは明らかとしか言いようがありません。ましてや、遠目から刺客の魔人を観察しましたが、風貌は普通の人間とあまり違いがありませんでした。今は伝説などをあてにせず、建設的な話をするべきかと」
「う、うむ……お前たちがそこまで言うのならひとまずは信じるし、話し合いだってする。だが、もう少し説得材料はないのかね?今の説明だけでは他の連中はそう簡単には納得してくれないからな」
ルジェスさんの言っている内容はごもっともで、当然ながら重大な課題である。しかし、他に説得材料はあるかな……って、あれがあったのを忘れていたぜ。
「そういやジャックさん。俺が預けた戦利品を出してくれないか?」
「あぁ、ダガーとサーベルでございますね。はい、お受け取りくださいませ」
戦利品を受け取り、じっくりと眺めてみた。見た目は至って普通に見えるが、俺の鎧の身体を貫いたのだ。いくら魔法を付与されたとしても、あそこまで確実に損傷を与えるダガーとサーベルは普通ではないと思う。
だとしたら、魔人ならではの特殊な武器かもしれない。
「カイト君、その武器がどうしたんだい?」
「刺客から手に入れた戦利品なんだけど、相当な業物なのか俺の鎧の身体でも普通に切り傷を与えてきてんだ。だからさ、普通の武器じゃなさそうと思ってな」
「ほう……それは有り得そうですな。カイト様の指を切り落としたり、胸や首に突き刺す程の代物ですし」
「どれ、そういうことなら私にも見せてくれ。それとジャックも何か分かるかもしれないから、見せてやってくれ」
「あいよ」
了承してダガーとサーベルを渡し、暫く待っているとジャックさんが目を見開いて驚いていた。
何か分かったのだろうか、それにしては尋常ではない様子だが。
「こ、これは……いや、まさか……」
「どうしたんだ、ジャック?」
「信じ難いのですが……これはミスリルでございます。それも、最近作られた物かと」
「何だと!?」
よりにもよってミスリルか……驚きではあるものの、俺の鎧の身体でも防げなかったのも納得だぜ。
というのも、ミスリルの武器は持ち主の魔力量によって性能が変わってくるとゲーム内で説明されている。分かりやすく説明すると、魔力量が多ければ多い程に性能が格段に向上するのである。
その為、魔力量が多いと言われる魔人が使ったらまさに鬼に金棒とまで言われていた。
「魔人の連中はこんな代物をどうやって手に入れたというのだ……」
「私が記憶している限りでは、彼の聖国でしかミスリルは産出しない筈ですが……」
なんじゃそりゃ、ここにきて聖国とかいう知らない国が出てきやがったんだが。一体どうなってんだ?
さらに複雑になりそうな予感がするぞ……
「ジャックの言う通りだったらさ、聖国が魔王軍に武器を流しているってことなのかい?」
「落ち着けマリンダ、そう決めつけるのはまだ早い。聖国の他にもミスリルが手に入る場所があるかもしれないんだぞ」
「そ、それならいいんだけどさ……」
部屋の空気が一気に重くなったのは俺の気のせいではない筈だ。それだけ聖国という存在が関わるのがマズいのかね?
この王国の外交問題とか知りようもないけど、聖国とのいざこざを抱えている可能性がありそうだ。
ま、これ以上の面倒事に巻き込まれたくないし、俺には関係のない話として気にしないようにしておこう。
「と、兎に角だ、魔人が使っていたであろうミスリルの武器があればいい説得材料になるかもしれん。カイト君、悪いが私に預けさせてくれないかね?」
「好きにして構わないぜ」
しっかしまぁ、あのダガーとサーベルがゲーム内でもレア枠に分類されるミスリルだったとはな。魔人の兄弟の魔力量がどれだけ多いのか分からないけど、指を切り落としたり首を貫いたのだからそれなりの量であることは確実だろう。
ところでふと思ったが……この鎧の身体は魔法攻撃に対して異様に強力な耐性があるというのに、物理攻撃への耐性は比較的に低いのかな?
昨日と今日の戦闘を思い返すとそんな節があったし、特に今日の戦闘なんてそれが顕著だった。
てことは……物理攻撃に対してはより気をつけた方がいいかも知れん。
「カイト、考え事をしているのかい?」
「ん?あ、あぁ、そんなところだ。考え事をしてしまってすまんな」
おっといけない、つい考え込んでいたか。今は大事なことを話しているんだから、集中しておかないと。
で、そろそろ最後の重大な課題について話し合うのかな。
「そして、一番厄介なのはこの街にいるかもしれない裏切り者か……カイト君はロブ家が怪しいと睨んでるそうだね」
「現時点ではロブ家以外には思いつかなくてな。ルジェスさんは他に心当たりとかあるのか?」
ルジェスさんが他に怪しいと思える人物がいるのなら、俺としてはそっちの方を調べてみたい。ロブ家の場合は何というか、やることが露骨過ぎる。だから別に本命がいるのではないのかと、つい思ってしまったのだ。
「い、いや……私もロブ家が怪しいと睨んでいたんだ。実は昨日……」
そう切り出し、ロブ家の長男であるロイとの会話の内容を教えてくれた。
要約すると、ロイがただの自慢話をしに来たと思っていたが、王都にいる大物貴族との関係をこれでもかと主張し、強力な後ろ盾がいることを仄めかしていたそうだ。そんなことをする理由としては、手を出すなと警告しにきたのではないのかとルジェスさんは推測している。
「ロイの奴はここのところ怪しいことばかりしているんだ。素性の知れない連中を屋敷に招いたり、過剰に周囲の視線を気にしたりとか。しかも、信頼のできる辺境伯からはきな臭い動きをする貴族が増えてきたと忠告されてな」
十分に怪しいな。しかも素性の知れない連中か……魔人の兄弟のことかもしれんな。その予想が当たっていれば間違いなく裏切り者になるわけだが。一応、他に裏切り者の候補がいないのか聞いておこう。
「だとしたら、ロイの他に怪しい貴族はいないのか?」
「いない……より厳密に言えば、今のこの街には貴族がほぼいない。元から少ないのもあるが、ゴブリンの討伐隊が全滅したという話を聞いて殆どの貴族は自分の領地に逃げ込んでしまったんだ」
「臆病な貴族連中は街を見捨てたわけか。それで、未だにこの街にいるのはロイって奴だけだな?」
「うむ、ロイしかおらん。ロブ家の当主も領地に帰るように伝えているようだが、本人は帰るつもりがないらしい」
これだけ条件が揃えばロイが裏切り者としか考えられないな。しかし、ロブ家ではなくロイが単独で裏切っているということなるのか。
まぁ、貴族の長男でも利用価値はあるだろうし、世間知らずの馬鹿だとしたら寝返らせるのも容易いのかも知れんな。
「それとだが、今日は街の有力者たちを集めてある会議をしていてだな。マリンダ、故障した北側にある水堀の跳ね橋のことは知っているな?」
「あっ、上げることができなくなった橋のことだね。それがどうしたんだい」
「実は、ゴブリンたちが街に攻め込んだ時に備えて壊しておくべきか話し合っていたのだ。ところが、どこからそれを嗅ぎつけたのかロイの奴が乗り込んできて壊すのを反対してきてな……」
「マジかよ……」
そこまでしたら完全に裏切り者の行為じゃねぇか。色々と露骨なことをしていたが、あからさま過ぎて驚きだぜ。
「叔父さん、その後はどうなったんだい?」
「あぁ、奴の主張が通ってしまったんだ」
「そういえば、北の跳ね橋を改修する際にロブ家が多大な援助をしてくれましたな。よもやそれを理由に?」
「ジャックの言う通りだ。しかも、ロブ家に逆らえない連中までいてお手上げだったよ」
……あまりにも用意周到だな。となると、かなり前から仕込んでいたことになりそうだが、最近のやることは露骨過ぎるぞ。いや、それは俺のせいかもしれんな。
神様が言うには、俺は相当にイレギュラー存在らしい。確かに思い返してみても、俺がいなければ魔人が率いるゴブリンたちに攻め込まれるといった重大な情報は手に入らなかった筈だ。そのおかげで跳ね橋を壊すという案が出てきたのだから。
故に俺を排除したかったのか。これ以上計画の邪魔にならないようにと。だが、神様からしてみれば愚策らしい。実際に放った刺客を逆に捕まえられる可能性があったもんな。
「こうなったらさ、ロイの所に乗り込んだ方がいいんじゃないのかい?」
「待て、相手は腐っても貴族なんだ。裏切ったという確かな証拠がなければ捕まえることはできないし、例え乗り込んでみるにしても向こうには私兵がいるんだぞ」
さすがは特権階級……恐ろしく面倒だな。それだけに、手掛かりになりそうな刺客を逃してしまったのはやはりマズかったか……
「はぁ……俺が刺客を捕まえていればな……」
「ところでさ、あの刺客はどこへ逃げ隠れたんだろうね?」
「私にも分かりかねますな。今のところ北と南の城門で怪しい人物が通過したという報告はありませんので、刺客は森の中を潜伏場所にしているのではないのでしょうか」
森の中か……かなり広大な森みたいだし、探し出すにはかなり骨が折れるだろうな。ただ、裏切り者が秘密裏に隠し通路を用意しているかもしれないと、神様は言っていた。それがもし本当にあるとしたら、魔人の兄弟はそこを通ってロブ家の屋敷に逃げ込んでいるかもしれない。
「なぁ、裏切り者が用意した隠し通路を使って街の中に入ったという線は考えられないのか?」
「ふむ、先程もカイト君はその可能性があると言っていたな。うーむ、調べてみないと何とも言えないのが実情だが……連中の用意周到さは侮れん。念の為、貴族街に近い水堀周辺で隠し通路の入口を探してみよう。もし見つかれば、確実に裏切り者の正体が判明するわけだからな」
「でしたら、そのように手配しておきましょう」
「そうしてくれ。ついでに王都に向かわせる早馬も至急頼む」
「かしこまりました。では、準備に取り掛かってまいります」
そう言って、ジャックさんは執務室から退室した。ひとまず、話し合いは終わったという認識でいいのだろう。
さて、俺はこれからどうしようかな。後顧の憂いを断つ為にも裏切り者に備えたいところだが、本命である銀髪の魔人に対する備えも考えないといけない。俺が思いつく限りで、一番手っ取り早いのはマナを吸収して俺自身の強化を図ることだ。
ここはマリンダさんに頼み込んで、マナポーションを提供してもらいたいところだな。幸いにも、希少価値の高いミスリルの武器がある。それを代金として払えば問題は無いだろう。
内心で方針を考えていると、ルジェスさんが俺に話しかけてきた。
「カイト君、ひとまずは君の言い分を信じさせてもらうとするよ。ただし、君は秘密にしていることが多過ぎる。昨日の偽ったことに関しては目を瞑るにしても、やはり君の目的と正体が知りたい。どうだね、他言無用にするから私とマリンダに明かしてはくれないか?」
「目的は元の姿に戻って故郷に帰るだけだ。ただ、俺の正体に関しては悪いが、それは出来ない相談だぜ」
「ふむ、君からは邪な感情ではなく誠意を感じるのが救いではあるが、だからといって味方とは言い切れないな」
「だったらカイトをどうするって言うんだい?」
「私自身がどうこうするつもりはない。しかしだ、この街の有力者や住民はカイト君のことをどう思うかな?」
なるほど……そう来たか。この街そのものが俺という存在を受け入れてくれないかもしれないと言いたいのだな。
だが、俺を受けれてくれないのならそれで一向に構わん。というより、長居するつもりは全く無いから問題でもない。
「じゃあ俺からも言わせてもらうぜ。街を魔王軍から救ったらすぐに出ていく。それまでの間なら滞在してもいいだろ?」
「う、うむ……カイト君が構わないと言うのなら……」
俺の切り返しが想定外だったのか、ルジェスさんの歯切れが悪い。ところが、マリンダさんは違った。
「ちょっとカイト!売り言葉に買い言葉なんてしなくてもいいんだよ!街の皆にはあたしから言い聞かせるし、面倒な爺さんたちは叔父さんがどうにかしてくれるからさ」
「マリンダさん、落ち着いてくれ。別にルジェスさんは間違ったことは言ってないし、俺だっていつかはこの街から去るつもりだったんだ。ただ単に、去るタイミングが早くなっただけのことだぞ」
「だ、だけどさ……街から出たあとはどうするんだい?」
「まだ決めていないな。その時が来たら考えておくよ」
ただまぁ、決めるも何も、俺ではなく神様次第なんだよな。街を救ったら使命を授けるとか言ってたし、本番が始まるのだろう。
しかし、マリンダさんと出会ったおかげでそれなりに事は進んだけど、街を救うだけでここまで苦労するとはなぁ。本番の使命とやらはもっと過酷かもしれん……それを考えると気が重くなるぜ。
「カイト君、私も悪気があって言ったわけではないと言っておこう。そこでお詫びと言ってはなんだが、今日も家で泊まっていくかい?」
「はっ!カイトはあたしの家に泊めることにしたからね。余計なお世話はいらないよ!」
「ま、マリンダ……?」
「そういうことだから付いてきな、カイト。じゃあね、叔父さん」
「俺の意見は聞かないのかよ……別にいいけどさ。それじゃルジェスさん、お世話になりました」
むしろマナポーションが貰える機会だから断る理由はないけど、少し強引過ぎるな。と思いながら俺はマリンダさんに付いて行くことにした。
そして、執務室にルジェスさんを残すのであった。
オマケという名の蛇足
「はぁ……マリンダに嫌われたかもな……」
開け放たれた執務室の扉を眺めがら、ルジェスは落ち込んだように呟く。そこへジャックがちょうど戻ってきた。
「旦那様、手配が完了しました。おや、マリンダお嬢様とカイト様はどうなされたので?」
「マリンダはカイトを連れて自分の家に帰ったよ。今は俺とお前しかない……好きに話せ」
「では、そうさせていただきましょう」
そう言ってジャックは執務室の扉を閉める。すると次の瞬間には雰囲気と口調が様変わりしていた。
「それで、旦那はどうするんですかい?」
「ふん、分かってるくせに……マリンダがあそこまで断言するんだ。こっちから手を出すつもりはない」
「暫く泳がせるってわけか」
「一応はそんなところだ」
カイトが完全に味方と確信できる材料がなくとも、愛娘のように接してきたマリンダが庇っていることもあり、下手な真似はできないようだ。
もちろん理由はそれだけではない。
「それとだが、マリンダの勘が外れたことがないってのもある。あの勘の良さは俺の兄貴譲りだからな。少なくとも、カイトが俺たちを襲うことはないだろう」
「俺も同感ですぜ。姪御さんの親父の勘が良かったおかげで俺は何度も救われましたから」
つまるところ、二人ともカイトが敵ではないと思っているのだ。
しかし、それが通じるのはあくまでも身内だけである。いくらマリンダの勘が良くても、そのことを知らない第三者から見れば、カイトを信用するのは無理があるだろう。
故に、二人は敢えて懐疑的な姿勢を貫いていたのだ。己の立場を理解しているが為に。
「俺としてもマリンダの言うことを全面的に信用してやりたいんだが……街の住民になんて説明したらいいんだ?まさかカイトが最初に偽った通り説明をしたとしても、今度は中身を見せて火傷を確認させろと言われるのがオチだ。それで中身を見せてみろ、街の住民がパニック状態になるぞ」
「ホントそれですよ。しかも、タイミングが良すぎるのがねぇ。下手に勘繰る連中も絶対に出てきますぜ。例えば自演自作の説とか」
「陰謀論か……今はマリンダが近くにいるから変な噂は流れないと思うが、ロイみたいな馬鹿が騒ぎ立てたらどうなるか分からないぞ……」
「姪御さんの人望が厚くても、一度でも変な噂が流れたら尾鰭が付いてしまうのは避けられないですからね……」
「そこで俺たちが庇い立てなんてしてみろ。それこそ、市長である俺と街の住民との対立構造が出来上がってしまうかもしれん。俺はそれを避けたいんだ。今は少しでも団結しなければならない時であって、身内同士で争う場合じゃない」
ルジェスとジャックが懸念していることは、有事に対する時の団結力が損なわれることである。ましてカイトの言う通りなら、近いうち魔王軍が街を襲撃するのだ。それに加えて、厄介な裏切り者の件もある。
街の住民同士で衝突するような事態になってしまえば、街を救うことは困難を極めることだろう。
「ただまぁ……カイトは街を救ったらすぐに出ていくと言ってくれたからな。それまでの間ならカイトはマリンダが雇った護衛ということにしておけばいいし、俺から街の住民に向けて説明する必要はなくなる。事が終わった後は密やかに街から出て行ってもらったら、問題は無いと思うが……」
「ははー、だから姪御さんはカイトを自分の家に連れて行ったわけですかい。この街に居てもらうよう説得する為に」
「やれやれ……カイトをこの街に受け入れてもらうのは相当に困難だろうに。もしも中身を見られてしまえば、それこそ一巻の終わりだぞ」
「化け物扱いは必至ですかね。カイトの言う銀髪の魔人を退けたとしても、今度はカイト自身が新たな脅威と認定されかねませんな」
「市長としてはそんな争いの火種は勘弁願いたいところだ。将来のことを考えると、やっぱりカイトには街から出て行ってもらうのが正解だろう」
今後のことを考えたからこそ、ルジェスは街がカイトを受けれないと暗に仄めかしたのだろう。
しかし、ルジェスだって好き好んでそんなことをしたわけではないようだ。
「せめて……カイトが秘密にしていることを洗いざらい話してくれたら事情は変わるんだがな。あそこまで秘密が多くて謎めいていると、どこまで信用していいのか分からん。少しでも話してくれたら、俺だってある程度は受け入れることができるというのに……」
とは言うものの、ジャックがその可能性を即座に否定する。
「それは無理だと思いますぜ、旦那。カイトは頑なに口を割ろうとしませんから。背後に誰かがいて、脅されている可能性が高いってのもありますし」
「どういうことだ?」
「姪御さんから聞いた話なんですけどね。カイトがこの街に来た時に目的を聞いたんですよ。そしたら、仕方なく来たという感じだったみたいで」
「仕方なく……ちなみにどんなことで脅されているのか分かりそうか?」
「そりゃあ、一目瞭然だと思いますぜ。たぶん、カイトの背後にいるであろうソイツが鎧そのものにしちまうスキルを与えたんじゃないかと。それで、スキルを解除してもらう為に仕方なく街を救いに来た。っていう説が俺の中で濃厚だな」
「眉唾物だと言いたいところだが、現にカイトは鎧そのものだからな……」
信じられないといった感じであるものの、ルジェスは否定しづらいのか難しい表情を浮かべている。
背後にいるであろう誰かがカイトを脅しているというのなら、頑なに秘密を喋らない理由としては十分だ。つまり、話したくても話せない状態なのではないのかと、ルジェスは想像したのである。
「仮にジャックの推測が正しければ……カイトはあまりにも不憫過ぎないか?」
「旦那……同情する気持ちは分かりますが、抑えといてくださいよ。まだ確定したわけじゃないですし、住民に話したところで信じてもらえないですから」
「分かっている。俺だって市長だ。感情に流されていけないのは十分に承知しているに決まってるだろ。だが、マリンダは……」
「優しいですからねぇ、姪御さんは。それだけに深入りしなけりゃいいんですけど」
「それはそうと、カイトの背後にいる人物が気になるところだな。ジャックはどんな人物なのか想像がつきそうか?」
空気が重くなりそうだと感じたのか、ルジェスはあからさまに話題を変えた。
「俺にも分かりそうにないというか……触れない方がいいと思いますぜ。裏組織の筋の人物かもしれませんから」
「う、裏組織か……その連中の一部は冒険者でもないのにスキルを持っている。という噂なら王都で聞いたことがあるな」
「はい、旦那の仰る通りで。ですから、カイトは無理矢理その裏組織の仲間にさせられているんじゃないかと俺は思いましてね……」
「ふむ……だとしても、どうしてこの街を救おうとするんだ?」
「さぁ?裏組織にもそれなりの事情があるんじゃないんでしょうかね」
謎が更なる謎を呼び、二人の頭の中は疑問で埋め尽くされていた。
ちなみに、カイト本人がこの会話を聞けば苦笑いすることだろう。何せ、裏組織以外に関しては概ね合っているからだ。
「とりあえず、カイトに動きがあるまで今は様子見するしかない。だが、大きな問題が他にもあるわけだが……」
「ミスリルの件ですかい。確かにかなり厄介な代物でしょうな」
カイトが魔人の刺客から手に入れた戦利品である、ミスリルのダガーとサーベルの存在がとんでもない悩みの種なのだ。
理由としては、希少価値の高いミスリルは聖国の領内でしか産出しないという事実が大きい。
「聖国以外にミスリルが手に入るのなら、この話は簡単に終わるのだが……ジャックはそんな場所に心当たりないよな?」
「あったら苦労はしませんぜ。しかも厄介なことに最近作られたわけですから、元から持っていたということはないでしょうな。他にあり得るなら、聖国を襲って強奪した可能性もありますが、そんな一大事が起きればすぐに噂が流れてくるわけで……」
「もしくは、メンツを守る為に隠蔽したかもしれんが、最悪のパターンがあるとしたら聖国によるミスリルの横流しだな。王国と聖国の仲が険悪だからこそあり得る話だ。とは言ったものの、どうしたらいいんだこれは……」
「街の有力者たちには、聖国は関わっていないと伝えた方がいいですぜ」
「当たり前だ。そもそも確定したわけでもないし、俺たちの思い過ごしである可能性は残っている。だが、念の為にも信頼のできる辺境伯様には伝えておく。何か知見が得られるかもしれないからな」
ルジェスが信頼を寄せる辺境伯とは、王国の最南端に領地を持つ貴族である。王都から最も離れているものの、国王に対する忠誠は本物であり、質実剛健を地で行く人物ということもあってか領民からも慕われている。
故に、ルジェスは辺境伯のことを尊敬していたりもする。
「あぁ、例の辺境伯様ですかい。つっても、今は領内でごたごたがあるからそれどころではなんじゃ?」
「どうして悪いことはこうも立て続けに起こるのだろうな……おかげで辺境伯様に助けを乞うこともできやしない」
辺境伯もまた、災難に見舞われている最中のようだ。その為にルジェスの口調は苦々しいものであった。
「で、結局は頼りになりそうなのがカイトだけか。俺たちにも策はあるが、できたらその策に頼りたくないのが実情だ……」
「でも旦那、カイトは冗談抜きで化け物じみた強さですぜ。上手くやってくれたら俺たちは何もしなくて済むかも知れません」
「お前がそこまで言う程に強いのか?」
「強いも何も、俺たちが束になっても勝てるか怪しいんじゃないですかね。何せ、カイトの頑丈さは尋常じゃないですし、これは俺の推測ですが特に魔法攻撃への耐性が恐ろしいかと。唯一欠点があるとしたら物理攻撃しか思いつきませんが、生半可な物理攻撃でも厳しいでしょうね。ついでに言うと、かなりの怪力の持ち主でもあります。ですから、銀髪の魔人に致命傷を与えた話も本当じゃないんすかね」
「おい、その気になればこの場で俺たちを殺すこともできたんじゃ……」
カイトの恐ろしさを今さら認識したようである。ただ、そうなるのも無理はない。実際に戦っている様子を見たことがないからだ。そのうえカイトからは一切敵意を感じず、マリンダからは完全に信頼されているというのも大きい。
「お前が排除しようと思った理由がよく分かったが、どうして無謀にも戦おうとしたんだ?」
「それはまぁ……つい試してみようと思ってしまったもんで……とは言っても、今はそんな気は起きませんぜ。頑丈だけはなく、自己修復機能までありますからね。さらにさらに、マナポーションを飲んじまえばあっという間に修復も出来ちまうオマケつきですぜ」
「敵に回したくないもんだな……」
「まったくですな」
二人ともカイトが敵ではなくて良かったと心底思うのであった。
ただ、そんな安堵するような空気が漂う中、ジャックは表情を改めると真剣な口調で別の話を切り出した。
「ところで話は変わりますが、俺だけでもいいから抜け道の探索をしてもいいですかい?」
「唐突だな……心当たりでもあるのか?」
「心当たりというか…………マリンダの親父さんが死んだことと何か繋がっていそうに思えるんですよね」
「あぁ、言われてみれば……死体が見つかった場所が貴族街方面の水堀付近だったな……」
ジャックの話を聞き、ルジェスも真剣な面持ちとなった。それだけ重要な話題なのだろう。
「もし、街の外に繋がる隠し通路があるとしたら……そこを通って死体を外に運び出すことは可能性ですぜ」
「じゃあ、街の中で兄貴が殺されたとでも言うのか?」
「街の門から出る姿を見たという証言がありませんでしたからね。それに、当時は密かに街の中を探ってる様子でしたから」
「むぅ……裏切り者の存在に気づいていたかも知れないのだな。そして、裏切り者に近づいたことで殺されてしまった……」
「まだ可能性の段階ですけどね」
あくまでもジャックはそう主張するが、誰が見ても確信を抱いているようにしか見えない。
そしてルジェスも同じように確信を抱いたらしく、重苦しい口調で探索の許可を出したのであった。
「ジャック……探索するにしても程々にするんだぞ。お前が兄貴のように、胴体に風穴の開いた死体になっているのは見たくないからな」
「引き際を見誤らなければ大丈夫ですよ。まぁ……隠し通路を見つけてしまったら話は変わるかも知れませんが」
「おい、頼むから無謀な真似はしないでくれよ」
「分かってますって……では、探索しに行ってきます」
そう言い残し、ジャックは執務室から出ていった。




