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第十七話 街への帰還

 帰りの道中はひどく穏やかかつ、マリンダさんとじっくり雑談をしていたが為に街に帰り着くのがあっという間に感じた。


「何も起きなかったね」


「はい、怪しげな気配は感じられませんでした」


「ふーん、刺客はあの二人だけってことかな」


 そんな会話をしながら城門をくぐると、目の前を走って通り過ぎる男の姿があった。しかも、どこか焦っているようにも見える。ついでに言うと見た目は若い。普通だったら何の変哲もない光景の一つなんだろうけど、何故か不自然に思ってしまう。どうしてだ?

 と疑問に思っていたら、ジャックさんはその男に心当たりがあるらしくて口を開いた。


「おや、あの男はどこかで見たことありますね。確か……ロブ家の使用人でしたかな。ですが、このような所にいるのはどうしてでしょうか?」


「ふんっ、どうせ仕事でもサボってるに決まってるよ。まったく、他の男たちは王都に連れて行かれて訓練を強制されているってのに、いい御身分だね」


「思い出した。この街に住んでいる男たちはほぼいないんだったか。じゃあ、さっきの男はどうして連れて行かれなかったんだ?」


「腐っていようがロブ家は由緒ある貴族の家なんだよ。だからお得意の特権を振りかざしたのさ。おかげで自分の家で働いている男たちは免除ってわけ。本当に気に食わないね」


 その理屈だと、他の貴族も同じことをやっていると思うのだが……ロブ家は以前に何かをやらかしたというのだろうか?

 思わずそんな邪推をしてしまう程、ロブ家に対する忌々しいと思う気持ちがひしひしと伝わってくる。

 しかし、それは置いておくとして……貴族の使用人が城門付近をうろついていたのが解せんな。それにあの焦りようはどこかおかしい。少なくともサボっていたとは思えん。

 これは勘だが、あの不可解な行動には意味がある筈だ。仮にあり得るとしたら……俺たちの帰還を確認したから、という説はどうだろうか?

 そうなってくるとロブ家が裏切り者になるわけだが、俺の説が正しければあの焦りっぷりにも納得がいく。何せ刺客を放ったにもかかわらず、こうして無事に帰還しているのだからな。

 でもまぁ、所詮は憶測の領域にすぎん。明確な証拠や証言が今揃っているわけでもなく、ましてやロブ家については何も知らないんだ。結論を出すのはまだ早いかな。


「ふむ……」


「カイト、さっきの使用人がそんなに気になるのかい?」


「まぁな。でも理由はルジェスさんのところで話させてくれ。心配しているだろうし……ぶっちゃけると他の人に聞かれたくない内容なんだよね」


「旦那様の元へ戻るまでおあずけでございますか。私としては一刻も早く戻りたいところですが、その前にカイト様のために街の案内をさせてもらえないでしょうか。さきほどのお詫びも兼ねておりますので」


「どんな風の吹き回しだよ……」


 あからさまな悪意は感じられない。とはいっても、一触即発になりかけたことを思い返したせいか、素直にその好意を受け取りづらいというのが俺の心境だ。

 しかし、同時に初めての異世界の街には好奇心がそそられる。

 というのも、昨日は夕暮れ時で急いでいたからじっくり街の風景を眺められなかったうえに、今朝は初めて馬に乗ったから慣れるまでは眺める余裕はなかったからだ。改めて観光できるならジャックさんの申し出を受けるのも悪くはない。


「せっかくだから案内してもらいなよ。叔父さんには、ディル爺さんに頼んで街に戻っていることは伝えてもらうからさ」


「そこまでしてくれるか……なら言葉に甘えようかな」


 マリンダさんが勧めてくれるのならもはや断る理由など皆無に等しい。それなら異世界の街を観光させてもらうとするか。

 一時的とはいえ、純粋に楽しめそうだ。


「では城門から真っ直ぐに道を進んで中央に行きましょうか。まずはそこでご覧にいただきたい建物がございますので」


 今のところ、周りには異世界らしい石造りの住宅しか建っていない。それでも俺にとっては十分新鮮に感じられる。ただ、この二人は俺が別の世界から来たことを知らないから、さっさと通り過ぎているのが少し残念だ。

 ……もう少し色んな角度から眺めてみたい気持ちはあったが、贅沢は言えまい。その代わりに中央の建物に期待しようじゃないか。


「なぁ、中央には何があるんだ?」


「それは着いてからのお楽しみでございますが、もう目の前ですよ」


 ジャックさん言われて視線を前に向けると、周囲の住宅よりも遥かに大きな石造りの建築物が視界に入ってきた。


「あれのことか……」


 見る見るうちに目的の建物に近づき、数分足らずで到着した。石造りで外見は素朴だが、間近で見上げるとそこはかとなく神秘的に感じる。どんな建物だろうか?


「では紹介しましょう。こちらは祝福の神殿でございます」


「しゅ、祝福……?」


 名前からしてご利益がありそうなのに、不思議と周りが寂れているのはどうしてだ?それに街の中央ならもっと賑やかだと思ったんだけどな。

 そんな俺の疑問を感じ取ったのか、マリンダさんが付け足すように説明してくれた。


「昔はこの周りに冒険者ギルドの受付や酒場、倉庫、訓練所といった冒険者の為に作られた施設があったんだけどね。今じゃ冒険者ギルドも解散しているし、その名残としてこの神殿だけが残っているのさ」


 街の中央でありながらポツンと神殿だけがあるのは違和感があった。しかし、マリンダさんから説明を受けて違和感は解消された。

 道理で周りに建物が存在しないわけだ。でも、同時に別の疑問が湧き上がる。どうしてこの祝福の神殿だけは残っているんだろうか?


「お見せしたい物は中にありますので、入りましょうか」


「あ、あぁ……」


 中に何がある?物によっては建物が取り壊されない理由になるだろうが、果たして理由はそれだけなのだろうか?


「おやおや、ジャック殿に市長の姪御さんではありませんか。お久しゅうございますな」


 馬から降りて神殿の扉の前に立った瞬間、聞き覚えのない穏やかな声が背後から発せられた。


「その声は……管理人ですね。お久しぶりでございます」


 懐かしみの籠った声で返答してジャックさんは振り向き、俺もそれに続く。

 そして振り向くと、そこには初老の男性が静かに佇んでいたが……いつの間に立っていたんだ?


「ラーク爺さんじゃないか。本当に久しぶりだねぇ」


「市長の姪御さんもお元気で何よりです。ところで、そこの鎧を着込んだ男は……どちら様です?」


「あぁ……俺のことか、カイトって名前だ。一応は駆け出しの傭兵ってところかな」


 だが、自己紹介している間にもかかわらずラーク爺さんと呼ばれる初老の男性は、興味深げに俺のことを観察している。鎧を着込んでいる人は珍しいのかね?


「ふむふむ、カイト殿ですか。なら儂も自己紹介をしましょう。儂はラークと申す者でな。今はこの神殿の管理人をやっておる。ではお互いに自己紹介が終わったことですし、どうぞ中に入ってくだされ。久しぶりの客人ですから歓迎しますぞ」


 そのままラークさんは家に帰るよな気軽さで扉を開けて神殿の中へ入って行った。住み込みで管理しているのかもしれないな。


「我々も中に入りましょうか」


 ジャックさんに促されて俺たちも神殿の中へと入ると、最奥には人型の石像が鎮座していた。


「あれは一体?」


「後で教えるから、今はラーク爺さんに付いて行くよ」


「わ、分かった」


 そう言われて大人しくラークさんの後を歩いていると、俺を除く三人は懐かしげに口を開いていた。


「にしても、ここに訪れたのは何時ぶりだろうね」


「そうですねぇ……かれこれ数年は訪れていないでしょうな」


「あの頃が懐かしいものです。今となって管理するのはしがない元従業員の儂だけでしてな」


「じゃあ、今はラーク爺さん一人だけで?」


「はい、おかげで引退した冒険者たちの寄付金で維持するのが精一杯で……それだけに今日は三人が訪れてくれて嬉しいですぞ。日々の苦労が少しは報われますからな」


「なぁ、気になったんだが……どうしてそこまでして残すんだ?」


 昔を懐かしんでいたから申し訳ないと思いつつも、聞かずにはいられなかった。そんな俺の問いに対して答えてくれたのはラークさんであった。


「それはですね。祝福の神殿は他の街や王都にもありましたが、色々とあってここが最後の一つなのですよ」


「最後か……そりゃ残したくなるな」


「ですが、理由はそれだけではありません。この祝福の神殿では、その名の通り祝福を受けることができるのですよ」


「それは本当なのか?」


「昔はそれが当たり前で、多くの冒険者がこの神殿で祝福を受けていました。ただ、何故か今は祝福をもたらしてくれなくなりましてな。これは冒険者がほぼいなくなったのが一因かもしれません。ですから、儂はいつの日か冒険者になることを志す者たちが現れることを信じて、この祝福の神殿を残しているのですよ。その者たちにも祝福が受けられるようにと」


「そ、そうか……」


 動機はだいたい分かったが、祝福に関しては俄かに信じ難い。祝福してくれる存在といえば、大抵は神といった超常的な存在だと相場が決まっている。だとしたら、俺の知る限りではあの神様がそれに当てはまる筈。

 だが、あんなろくでもない神様がわざわざ祝福なんてするのか?とても想像がつきそうにもない。それなら他の神様がいるのではないのかと推測する方が建設的ですらある。

 しかし、神様云々よりも祝福について具体的に何が起きるのか気になるところだな。


「おや、話している内に最奥に着きましたな」


「これは……女神像か?」


 最初に見たときは遠目で判別は付かなかったが、今ならそう断言できる。まさかとは思うが、この女神像が俺に語りかけてくる神様だったりしないよな?

 なんて内心で考えていると、マリンダさんは懐かしそうにしていた。


「あたしも小さい頃は何度も足を運んだことがあるねぇ。冒険者みたいに祝福を受けたくてさ」


「ちなみに聞くけどさ、どうして冒険者はここで祝福を受けようとするんだ?」


「それに関しては、私から説明しましょう」


「なら頼む」


「かつての冒険者たちはこの女神像の前で祈りを捧げることによって祝福を受け……スキルを会得したのですよ」


 あっさりと、ジャックさんはそう説明してくれた。


「つまり、祝福を受ける=スキルの会得ってわけか。しっかしまぁ、昔の冒険者は女神像に祈りを捧げるだけでスキルが手に入るのか。簡単過ぎるな」


「いえ、全員が必ず会得できるわけではございませんでした。人によりますが、何かしらの条件があったようです」


 俺は条件とか関係なく、神様によって無理矢理押し付けられたけど。と口から出そうになった愚痴を飲み込む。聞かれていい内容ではないからな。


「それでカイト様にお聞きしたいのですが……祝福を受けた経験はおありですか?」


「そういう魂胆かよ……」


 ただの観光かと思いきや、俺のスキルの出どころを知る為にここへ連れてきたようだ。ここまで来たら嫌でも分かる。

 そういう目的だったのかぁ……気が重くなるぜ。


「はぁ……俺のスキルはこういった祝福の神殿で貰った覚えは無い。これで満足か?」


「なんと!カイト殿はどのようなスキルをお持ちなので?」


 くっ、初対面のラークさんの前だというのにうっかり漏らしてしまった。今から誤魔化すには遅すぎる。いくら気を落としたとしても、速攻でこんなミスをしてしまうとは……踏んだり蹴ったりだ。

 とりあえず切り替えるしかない。具体的にスキルのことを言わなければまだどうにかなる筈だ。

 と思っていたが現実は非情だった。


「鎧そのものに変身するスキルらしいんだけどさ、ラーク爺さんは似たようなスキルを聞いたことあるのかい?出来れば解除方法も知りたいんだよ」


「マリンダさんっ!?」


 うっそだろ。何で俺のスキルについてサラッと明かしたんだ……いくら信用できる人といってもいきなりは勘弁してくれ。

 ラークさんにどう説明したらいいんだよ。文字通り頭を抱えたくなるぜ……


「よ、鎧そのもの……そのような奇抜なスキルは聞いたことがありませんし、儂の方が聞きたいくらいですな。解除方法も分かりそうにございません。いやはや、力及ばずで申し訳ない」


「別に謝ることじゃないよ。気にしないでおくれ」


 解除方法か……そういや俺も知らないな。ラークさんにそれを聞いたということはスキル関連の知識が豊富な人なのだろうか。

 ただし、俺のスキルはあの神様が授けた曰く付きの代物だ。簡単に解除できないのは容易に想像がつく。


「個人的なお願いだが、カイト殿がよければ詳しく見せてもらえんか?」


「他の人に言いふらさなかったらいいけど、信用していいのかよ……」


「ご安心ください。ラーク殿は私とマリンダお嬢様にとって旧友も同然ですので、決してみだりに言いふらすことはないと私が保証致します」


「分かったよ……見せて減るもんじゃないし」


 変に勘繰られるのも嫌だしな。俺は渋々承諾し、ラークさんの目の前でローブを剥ぎ取って大きく抉れた痕を見せてやった。

 するとラークさんは感嘆の声を上げたのだ。


「なんと……何も無いというよりも、もの見事に中が真っ暗ですな。人間なのかすら怪しいと思ってしまいますが……スキルによってこのような姿に変り果てたのですな?」


「あぁ、そうだ」


「それでカイト殿の意思で解除はできないので?この抉れた痕は直るのですかな?どういった経緯でスキルの会得を?何故、解除できないスキルを使いました?」


 矢継ぎ早に質問をするのは止めてほしいものだ。と思いながら一つずつ質問に答えた。


「俺の意思で解除できたら苦労はせん。この鎧の身体には自己修復機能が備わっているから時間が経てば直る。どうやって手に入れたのかは教えられん。最後に、好きで使ったわけじゃねぇとだけ言っておく」


「仕方なく使ったわけですか」


「だいたいはそんなところだ」


 実は自動的に発動したのが真相である。ただ、話がややこしくなりそうだからこれは言わないでおく。

 にしても……気味悪がられるどころか、興味津々ってところだな。そのせいかラークさんは熱心に俺の身体のあちこち触っているぞ。


「ごめんね、カイト。騙すつもりはなかったんだけどさ。そのスキルの解除方法とカイトが冒険者かどうかを知りたかったんだよ」


「冒険者ねぇ……今はほとんどいないって話だったな」


 スキル持ち=冒険者という認識だからこそ、俺を祝福の神殿に連れてきて冒険者なのかを確認したかったのだろう。

 だが、俺はこんな部屋ではなく森の中で強制的にスキルを押し付けられたし、そもそも祈りを捧げた覚えもない。よって、俺が冒険者ではないのは明白だ。……神様も俺のことを道具程度にしか思っていないしな。

 つっても、昔の冒険者たちはどの神に祈りを捧げていたんだろうね?あの神様だとは考えにくいけど……


「では用が済んだことですし、次の場所に行きましょうか」


「おや、鐘は見ていかれないので?」


「すみません、少し時間が押していまして。また機会があれば見学させてください」


「そうですか……ではまたの訪問をお待ちしております」


 鐘?この街に来てから何回か鳴っているのを聞いたことがあるが、もしかしてここで鳴らしているのかな。

 でも、他に連れて行きたい場所が他にあるみたいだし、鐘はまた今度でいいか。


「ラーク殿、今日はお世話になりました」


「お邪魔したな」


「じゃあね、ラーク爺さん。また会おうね」


「はい、またいつの日か会いましょう」


「それと、今回のことは他言無用で頼むぜ」


 口約束では不安だが、一応は念を押すように言っておく。何も言わないよりかはマシだろう。


「勿論ですとも。儂は口の堅さに自信がありますぞ」


 ラークさんは力強く返事をしてくれた。とはいっても、初対面の相手を信用するのは憚れるが……もはやどうすることもできん。

 まぁ、いざという時は必要最低限の作業が終えて街から逃げ出せばいい。そう考えて割り切るとするか。後はなるようになるしかない。

 内心でそう締めくくり、ラークさんに見送られながら祝福の神殿を後にするのであった。


「先程は申し訳ございませんでした」


「今度はまともに観光させてくれよ。まぁ……気持ちは分かるんだけどさ」


 馬に揺られながらジャックさんの謝罪を受けていた。

 どうやら、訳ありの冒険者なのではないのかと推測していたみたいなのだ。だからこそ俺のスキルの出どころを知りたかったらしい。結局は無駄足で終わったけど。


「あたしも悪いことしてしまったね。だけどさ、ラーク爺さんなら絶対に口を滑らせることはないから安心しておくれ。訳があって話せないけど、そういう人なんだ」


「訳ありねぇ……俺のことを知っても動じることはなかったし、只者ではなさそうだな」


 特に初めて対面した時が印象的だった。

 どうして足音を立てずに後に立ち、どうして気配を感じさせなかったのだろうか。それと何となくだが、敵に回したくないと思ったものだ。

 本当にラークさんは何者なんだろうね?


「にしても、カイトの謎が深まるばかりだねぇ」


「過去にも祈りを捧げずにスキルを会得した方がいるようですが、カイト様もその方たちと同じく例外なのかもしれませんね」


「詳しくは言えないけど、たぶん例外だと思うぞ……」


 そもそも別の世界から連れてこられたからな!しかも神様が直々に話しかけてスキルを渡してきやがったし例外の塊だぜ。だからいくら考察しても正解にはたどり着けまい。

 当然、口が裂けても言えないんだよなぁ。とりあえず話題を変えておくか……このまま考察され続けるといたたまれない気持ちになってしまう。


「ところでさ、次はどこに行くんだ?」


「次は露店街ですね。そこならマナポーションが売ってありますので」


「おおっ、それは有り難いな」


 今でこそローブで何とか隠しているが、大きく抉れた痕は未だに直っていないのはやはり不安である。何かの拍子でローブが剥ぎ取られるかもしれないからな。そんなリスクとおさらばできるのなら助かるぜ。

 と思っていたら、目を引くような建物が視界に入った。


「随分と派手な屋敷だな。道も他と比べて綺麗にされているし……って奥にも屋敷が沢山あるな」


「あー、残念だけどそっちの方は行けないよ。貴族街は煩い連中が多いからね」


「貴族……だいたい察した」


 恐ろしく面倒な連中なのだろう。マリンダさんの表情が思いっきりそれを物語っていたからな。

 しかし、できることなら貴族街は調べてみたいものだ。神様の推測が正しければ裏切り者がどこかにいるかもしれん。とはいっても、白昼堂々と調べようとしたら捕まるかもしれないうえに、鎧の身体も完全に修復していない。さすがに今は自重すべきか。


「最近はロイの奴が神経質になっているのか知らないけど、私兵を使って貴族街に入る人を取り調べているんだよね。あたしたちからしてみれば本当にいい迷惑だよ」


「へぇ、それは気になるな」


 ここにきて有力な情報が手に入ったぜ。やはりロブ家が怪しいんじゃないのか?貴族の特権が使えるとしても度が過ぎる。何かを警戒しているのは誰が見ても明らかだ。もしかしなくとも、後ろめたいことを隠しているかもしれん。

 しかも最近のことみたいだからな。タイミング的に考えても裏切り者である可能性は十分に高い。

 だが、それが決定的な証拠になるわけでもない。せめて有力候補の一つ程度に留めておこう。


「ふむ……やはり人が少ないですね」


「あー、行商人が来れなくなって品薄になったからね。それに男たちは連れて行かれちゃったし」


「うん?もう着いたのか?」


 二人の会話を聞いて露店街に着いたと思って観察してみると、肝心の露店が少なくて閑散としている。

 とても露店街だとは思えないな。


「昨日はまだ活気があったんだけどね。仕方ない、通り抜けてあたしの店に向かうよ」


「え、マリンダさんって店を持っていたのか?」


「正確には母親の店だよ。今は王都の支店にいるからさ、あたしがこの街の本店の運営を任されているんだ」


「なるほどな」


 つまるところ、元の世界で言う店長代理といった感じかな。


「あたしの店にマナポーションの在庫はまだある筈だよ。ジャック、代金は叔父さんに出してもらっていいよね?」


「建前上カイト様への報酬の一部にしておきますか。これなら旦那様も納得されるかと」


 会話の流れ的に、俺は金を出さずにマナポーションが貰えるらしい。それでも一応は確認をしておく。


「えーと……ルジェスさんにお金を出してもらう形になるんだな?」


「カイトは遠慮はしなくていいからね。そうだろジャック?」


「はい、さしたる額ではございませんので」


「じゃあ、お言葉に甘えて……」


 一文無しだったから助かるぜ。

 ただ、次回も同じように貰えるとは限らないし、それまでにどうにかして金を工面したいところだが、問題は山ほどあるんだよなぁ。鎧の姿のままで働ける職場とかあるかな?


「考え事かい?」


「そんなところだ。……ちなみに聞くけど、何故そう思った?」


「んー、雰囲気かな。それで何を考えているんだい?」


 何となく聞いてみたが、まさか雰囲気だけで察したとは思わなかった。マリンダさんの察しの良さはある意味侮れんな。

 ん?ちょっと待てよ。そこまで察しがいいのなら、下手な誤魔化しも通用しないのではなかろうか。だとしたら、昨日の時点で俺の誤魔化しなんて気づいていてもおかしくないんじゃ……


「また何か考えているね?悩み事なら相談に乗るよ」


「あぁ……実はどうやってお金を稼ごうか悩んでいてな」


「何だ、そんなことで悩んでいたのかい。だったらあたしが雇ってあげようか。荷物持ちとか護衛ならカイトは役に立つからさ。ついでに寝床も用意できるよ」


 ひとまずは上手く誤魔化せたように見えるが、実はマリンダさんを警戒したことが悟られているかもしれんな。

 って、俺を雇ってくれると言うのか?


「い、いいのか?何から何まで甘えてしまっている気が……」


「気にしなくていいんだよ。ただし、この街を救ってからの話だけどね」


「そういうことか。なら頑張らないとな」


「マリンダお嬢様、勧誘するのもいいですが、もう目の前ですよ」


 いつの間にか露店街を通り抜けていたらしく、目的地のすぐそばにいるようだ。場所もちょうどいいということで、馬から降りた。

 とそこで目の前の建物から茶髪のショートボブが特徴的な少女が出てくると、こちらに気づいて声をかけてきた。


「あっ!お帰りですマリンダさん!」


「ただいま、ティノ。店の方はどうだった?」


「特に問題はありませんでしたが、在庫がちょっと……」


「やれやれ、あたしのところも品薄は避けられないか。店じまいの後に在庫表を出してちょうだい。それとこれから叔父さんの家に行くからさ、悪いけど今日一日は店番を頼んだよ」


「わ、分かりましたっ。えーと、ところで隣のジャックさんは分かりますが……そちらの鎧のお方は?」


 ティノと呼ばれた少女は、マリンダさんの後にいる俺に視線を向けていた。だが、その瞳は何かを恐れているのか不安げに揺れている。

 俺の見た目はそんなに恐ろしいのかね?

 そう思っていたら、マリンダさんがすかさずフォローを入れてくれた。


「この鎧の人はカイトって名前だよ。こう見えても優しい人だからね。ちゃんと挨拶しておきな」


「初めまして、カイトさん。わ、わたしのことはティノとお呼びください」


「おう、よろしくな」


 普通に話してくれてよかったぜ。見た目が原因で避けられたら本気で神様を恨むところだったぜ。

 ただ、このティノって女の子……どこか落ち着いていないように見えるな。何というか、不安げに周りを気にしている?どうしてだ?


「さっ、中に入るよ。ティノ、馬を店の裏に連れて餌と水をあげてちょうだい」


「はい、分かりました」


 疑問に思いつつ、馬をティノに任せて残して店に入ると、意外なことに商品は置いてなくて代わりに商品のリストが張り出されていた。

 どうも万引き対策らしく、お客さんがリストの中から指定した商品をカウンターの奥にある鍵付きの戸棚の中から取り出し、そこで現物を直に見てもらって買うか決めてもらうみたいだ。

 そんな説明をマリンダさんから受けつつ、奥の部屋に案内されてマナポーションを二つ受け取ったが、あることを懸念してしまった。


「二つか……足りるか怪しいな」


 奢ってもらっている立場だから文句を言うつもりではない。しかし、不慮の事故で大きく抉れた痕を晒してしまう可能性を考慮すると、どうしても不安になるのだ。

 故につい不安を口に漏らしてしまったものの……


「べ、別に三つや四つ出してもいいけどさ、その……飲み過ぎはあまりよくないというか……」


「カイト様のお身体でしたら……たぶん、大丈夫だと思うのですが……まずはその二つで試してくださいませ。た、足りなければ追加をお出ししますから」


「うん?よく分からないけど、足りなかったらもう追加を出してくれるんだな?」


 にしても急に歯切れが悪くなったな。しかも、どことなく気まずい雰囲気にもなっているし、俺は知らずに変なことを口にしたのか?

 ま、分からないことを気にしても仕方ないし、今は鎧の修復が優先だからマナポーションを飲むとしよう。


「じゃ、有り難く飲ませてもらうぜ」


 そう言って二つとも一気に呷り、甘ったるさが俺を襲った。それから大きく抉れた痕に意識を集中させたが、修復は速まらなかった。どうやら追加が必要のようだ。

 ただ、今更だけどマナポーションって副作用があるとか言うんじゃないよな?ゲームだとそんな話は聞いたことないけど……二人の反応を見ると有り得そうに思える。


「ねぇ、カイト。何ともないよね?」


「特に何ともないぜ。でも、修復が速くならないからまだ足りないみたいだ。追加を頼めるか?」


「問題無さそうですし、よろしいかと」


 俺が何ともなかったからか、二人は一安心している様子だった。

 それから追加のマナポーションを受け取って飲み干し、甘ったるさを感じつつ大きく抉れた痕に意識を集中させると、見る見るうちに鎧は元通りになった。

 これで俺も安心できるというものだ。しかし、やはりというか聞かずにはいられなかった。


「なぁ、マナポーションって飲み過ぎたら副作用があるのか?」


「……あると言えばあるよ。ちょっと口に出しづらいけど」


「カイト様は冒険者ではないと仰られてましたので、知らなくて当然かと。ですが、敢えて知る必要はございませんよ。私も口に出すのは憚れますので……」


 そこまで言われると余計に気になるのだが。

 いや、まさかとは思うがマナポーションの副作用はタブー視されているのか?だから俺に教えまいと?

 それにしてはマナポーションの在庫が随分と多い気がするのだが……この部屋だけでも相当な数だぜ。


「あたしから言えることはただ一つ。今は知るべきじゃないよ」


「その通りでございます。カイト様に限ってないと思いますが、悪用される可能性があります。仮に教えるとしても、条件を満たした方でないと教えられないのです」


「条件ねぇ……他にも気にはなることはあるけど………俺には副作用とやらは関係ないみたいだし、知らなくてもいいか」


 本音を言えば滅茶苦茶気になるんだけどね。でも、二人から発せられる圧力の前には好奇心を押し殺さなくてはならないようだ。

 ま、いつか知る機会がくるかもしれないしな。それまで大人しく待っておくとしよう。


「それではカイト様の修復が済んだことですし、旦那様の元に行きましょうか」


「そうだね……あれ?ところであの子はどこにいるんだい?」


「あの子って、ティノのことか?」


「違うよ。もう一人雇っている筈なんだけどね。その子はティノの妹なんだよ」


 ふむ、無断欠勤でもしたのかな。後でティノに聞けばすぐに分かるとは思うけど、ならどうしてティノはマリンダさんに欠勤したことを報告しなかったんだ?そのことが少し気になってしまう。

 黙ったところですぐに気づかれる筈だ。それが分からないとは思えないが……


「マリンダさんっ!馬に餌と水を与えてきました」


 と、ちょうどいいところにティノが報告しに来てくれた。


「ありがとう、ティノ。報告のついでにちょっと話があるんだけど」


「お話ですか?」


「話と言ってもあんたの妹のことだよ。今日はどうして来てないんだい?」


「すみません……その……フェリンは体調が悪くて……」


「それは心配だね。だけど、そういうことはちゃんとあたしに言っておくんだよ。正当な理由があれば怒らないし、従業員の体調管理もあたしの仕事なんだからさ。これからは遠慮なく言ってちょうだい」


「は、はいっ」


 元気よくティノは返事をしたが、どうも空元気に見える。やはり、今も妹が心配なのだろう。

 マリンダさんも俺と同じことを思ったのか、ある提案をした。


「ティノ、今日はもう店じまいにするよ。今日はフェリンの傍にいてやりな」


「お店はいいんですか?」


「大丈夫だって。どうせ今日は客が少ないからさ、遠慮することはないよ」


「じゃあ……そうさせてもらいます。きょ、今日はありがとうございました」


 うーん、申し訳なさそうにしてはいるな。それはいいんだけど、顔色が優れないのはどうしてだ?嬉しい表情になるのならまさ分かるが。

 まさかティノも体調が悪かったのかな。だとしたら早く帰らせた方がよさそうだ。


「マリンダさん、ルジェスさんのところに行くのは店じまいした後にしないか?」


「あー、そういうことなら分かったよ。ティノ、店じまいはあたしがやるからあんたはもう帰りな」


「わ、わたしなんかの為にわざわざ……本当にありがとうございます。では、先に上がりますね。お疲れ様でした」


「お疲れ。じゃ、また明日ね」


 最後の最後までティノは申し訳なさそうにしていた。

 妹さんの体調が悪いんだからさ、そこまで気にしなくていいと思うんだけどね。もしくはそれだけ責任感が強いのかもしれないな。

 いやぁ、なかなか良い子だね。


「ジャックとカイトは馬を連れて表で待っていてくれるかい。あたしは売り上げと在庫の確認して施錠するからさ」


「かしこまりました」


「了解した」


 そして、マリンダさんが店じまいの作業が終えるのを待ち、数分後にはルジェスさんの邸宅に向かうのであった。


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