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第十六話 一難去ってまた一難

 過ぎちまったことは仕方ないと気持ちを切り替えて事後処理の作業をしたが、その作業はすぐに終わる内容であった。


「とりあえず魔人の兄弟が落とした物を集めたけど、どうしようかな。刺客に襲われた証拠品になるのか?」


 回収した物は黒いローブが二枚とダガーとサーベルがそれぞれ一本ずつだ。

 ローブは破損した鎧の身体を隠すのに活用するとして、武器の方はどう使うべきか悩ましい。何というか武器で切ったり刺すよりも、拳で殴る方が性に合う気がするんだよな。武器を扱うことと無縁な生活をしていたからかもしれないけど。

 とはいっても、持ち帰るのは確定している。使い道はルジェスさんたちのところに戻ってから決めよう。


「よし、他に目ぼしいものはなさそうだから街道に戻って街に帰るとするか」


 黒いローブを纏って身体を隠し、それからなんとか元の街道に戻ると……そこにはマリンダさんとジャックさんの姿がそこにあり、俺の姿を見ると嬉しそうに駆け寄ってきた。


「カイト!無事だったのかい!」


「お待ちしておりましたカイト様、よくぞご無事で……ところでそのローブは?」


「戦利品みたいな物だよ。それはいいとしてマリンダさん、どうして街に帰らなかった?」


 俺を心配してくれていたのは正直に嬉しい。ただ、ここで待っているのはリスクが高過ぎじゃないだろうか。俺のことなんて放置しておけばよかったのに。

 それ以前に、俺を置いて行って構わないと前もって言っていたんだけどな。


「水臭いことを言うんじゃないよ。カイトから事前に逃げろって言われていたんだけどさ、やっぱり心配になったんだよ。まぁ、追いかけて足を引っ張るわけにもいかないし、こうして待つことしかできなかったんだけどね」


 苦笑しながらそう言われると、強くは言い出せなかった。


「ホント、マリンダさんって普通にいい人だな……」


 神様もその優しさを見習ってほしいものだ。せめて半分だけでもいいからさ。そう内心で思った。

 そして、こういう時に限って神様は思考に割り込んできやがるのだ。


(あなたに優しくしても私にメリットはありませんので。ですから期待は無駄ですよ)


(マリンダさんがチョコだとしたら、神様はカカオ百パーセントのチョコみたいだな……甘さというものが一切ねぇ)


 といった感じで皮肉を込めたつもりで言ったのだが、神様は動じることなく予想の斜め上の切り返しをしてきた。


(おや、神である私をスイーツに例えますか。なかなか面白い発想をしますね。でしたら、あなたに優しくすると私もチョコになれるのでしょうか?)


(もういい……少し黙ってくれ)


 何故か分からんが、若干嬉しそうな声だった気がする。心のどこかでは気になるという思いはあるものの、パンドラの箱を開けてしまいそうな予感がするから止めておく。

 そもそもマリンダさんと会話している最中だ。神様との会話はここで切り上げとさせてもらおう。


「カイト、急にどうしたんだい。少しおかしいよ?」


「いや、何でもない。また考え事をしてしまってな」


 こうして怪しまれてしまうからな。人と会話している最中に割り込んでくるのは止めてほしいぜ。

 何回も同じことが続いたら本格的に疑われるに違いない。今度思考に割り込まれたとしても、場合によっては無視せざるを得ないな。

 そう内心で新たな注意事項を増やしていた。するとジャックさんが俺に近づき、改まった口調でこんなことを言い出した。


「ところでカイト様、いきなりで申し訳ございませんが……ご無礼をお許しください」


「ど……」


 どういう意味だ?と言い切る前に、ジャックさんは既に行動に移していた。


「失礼」


「ま、待てっ!」


 あまりにも突然過ぎるその行動に、俺は抵抗する暇すらも与えられず、制止の声をあげることしかできなかった。

 まさか……ローブを剥ぎ取られるとは。完全に修復しきれていない状態だから非常によろしくないぞ。抉れた部分から中身が完全に見られてバレてしまったのは確実である。どう切り抜けたらいいんだ。


「これはこれは……随分と変わったお身体で。ゴブリンが鎧の化け物と言うだけのことはありますな」


「か、カイト……それは一体……?」


「……いつからだ?いつから気づいたんだ?」


 昨日の段階でも怪しまれる点は幾らでもあったのは分かる。鎧を脱ぐことができないが為に、寝泊まりする部屋に入ってからは一歩も外に出なかったし、誰も入れなかった。他に入浴もしなければ、飲食の類も一切していない。

 だとしても、どうしてこのタイミングで?しかもローブを剥ぎ取るということは、どこかで確証を得たからに違いない。

 じゃあ、それはいつなんだ?戦っている姿を見たのならまだ納得がいくのだが……あっ。


「ジャックさん、あんたが逃げなかった本当の理由は……俺が戦っているところを見ていたからだろ?」


「その通りでございます。それに旦那様からも指示を受けていましたので」


「なるほど……」


「とはいっても遠目から拝見した程度です。しかし……間近で見るとなんとも奇妙な。人生経験は豊富だと自負しておりましたが、ここまで変わった方は初めてでございます」


 その声には負の感情というものは感じられなかった。少なくとも、俺を恐れている感じではないのは確かだ。

 むしろ……好奇心に満ち溢れるように感じる。それに、どことなくワクワクしている様子だ。何というか、新鮮な反応をしてくれたな。


「ちなみにマリンダさんは?」


「危険でしたので、この場所で待機してもらいました」


「そうか」


「どうなっているんだい。その身体?は人間じゃなさそうだね……」


 ジャックさんはひとまずよしとして、問題はマリンダさんだ。ショックが大きかったらしく、どうも顔色が良くない。

 こんなところで暴かれるとは露程にも思っていなかったからなぁ。言い訳なんて当然用意していないし、参ったぜ。

 はぁ……本当にどうしたらいいのかね……正直に全てを話すしかないのか?


(念を押させていただきますが、私とあなたに関することを打ち明けることはなりません)


(じゃあどうしたらいいんだ?ここまできたら黙秘するしか手立ては思いつかんぞ)


(構いません。最終的に知られなければいいので)


 やれやれ、どうして神様はそこまで徹底するのだろうか。何らかの事情があることは嫌でも想像がつくが、そろそろ事情を詳しく聞かせてほしいものだ。

 だが、残念なことに今は聞き出せる状況ではない。


「カイト様、差し支えないのでしたら色々をお聞かせいただきたいのですが……よろしいでしょうか?」


「内容にもよる」


 ぬぅ……ジャックさんは根掘り葉掘り聞き出すつもりか。

 しかしながら、神様のオーダーは絶対である。頑なまでに念を押されていたし、口を滑らせたらどうなるか分かったものではない。

 ただし、下手に白を切るわけにもいかないだろう。良くも悪くも正直に答えるしかないな。


「では、カイト様はどういった生き物なので?」


「こんな様だけど人間だよ。……別に好き好んでこの姿になったわけじゃないからな」


「ふむふむ、あくまでも人間と申されますか。でしたら、どのようにしてそのお姿になられたのですか?」


「う、うーん……スキルのせいだな。俺にとっては半ば呪いじみてるけど」


 この事を打ち明けるかは悩んだが、神様が割り込んでこないということはセーフなのだろう。ま、スキルと言っても納得するか怪しいからな。


「スキルでございますか。ちなみに元の姿に戻られないので?」


「戻りたくても戻れねぇんだよ。だから俺にとっては呪いなんだ」


「左様ですか……それが本当でしたらさぞかし不便でございましょうね」


 そう言うジャックさんからは同情が一切感じられず、事務的な淡々としたものであった。

 やはり納得されなかったか?もしくは興味がなかったとか?でも、表情が微動だにしないせいか窺い知ることはできそうにないな。


「そろそろ本題に入りましょうか」


「さっきの質問は前座かよ」


 次の質問は痛いところを突いてきそうだが……答えられない場合は答えなくてもいいだろう。問題なのはその後の展開だ。


「カイト様はどこから来られたのでしょうか?私の推測では、辺境の田舎の村ではないとだけしか分かりそうにありませんでしたので」


 そう来たか、となるとこれは答えられないな。


「やっぱり見破られていたんだ。まぁ残念だけど、答えることはできないとしか言えんな」


「おや、お答えすることができない事情がおありみたいですな」


 あるんだよなぁ。神様に口止めされているっていう理由がな。当然ながらそのことも答えられない。

 ただ、ジャックさんは特に執着することなく、次の質問を投げかけてきた。


「質問を変えさせてもらいましょう。単刀直入に聞かせてもらいますが、カイト様はどのような目的があるのでございますか?」


「目的は街を救うことだぜ」


「それだけですか?真の目的があってもおかしくないと思うのですが」


 真の目的かぁ。敢えて言えば、最終的に元の姿で元の世界へと無事に帰ることだ。そのために俺は神様にやれと命令されたからやっているわけだし……これも絶対に口に出せないけどな。

 ただ、俺も街を救う具体な理由がよく分かっていないんだよな。後で神様から聞いてみようかな?


「この期に及んでだんまりのおつもりで?」


「いや、どう説明したらいいのか考えていただけだ。まぁ……最終的な目的はあるけどさ、大それたじゃないぜ」


「と言いますと?」


「元の姿に戻って故郷に帰りたい。これが俺の目的だ」


 紛れもない本音である。嘘はこれっぽちもついてない。


「そうですか、確かに嘘をついているようには思えませんね。でしたら街を救った報酬として富や名声を求めているわけではないと?」


「そんなもんに興味はねえよ」


 この異世界で暮らすわけじゃないし、手に入っても、俺からしてみれば無価値に等しい。しかも、こんな身体じゃ持て余すのに決まっている。


「あくまでも無欲でございますね。それと最後にお聞きしたいのですが……カイト様の目的と私たちの街を救うことに、どのような関係があるのございますか?」


「あっ……あー、特に無いな……」


 これは完全にミスを犯してしまっている。

 神様に命令されたからという至極単純な回答を持ち合わせているが、それを教えるのは完全にアウトだ。

 マズいぜ。とにかくそれっぽい言い訳を……


「ま、まぁ……ついでみたいなもんだよ。たまたま通りかかったけど、どうも見捨てる気になれなくてな」


 これが俺の精一杯だった。我ながら苦しい言い訳だと思う。


「ほぉー、報酬を要求することなくですか。良心的な考えの持ち主ですね。今時、珍しいと言えましょう」


「何が言いたい?」


 雲行きが怪しくなってきたというか……徐々に空気が張りつめているように感じる。ジャックさんは何をするつもりだ?


「カイト様、あなたはあまりにも都合がよすぎるんです。私たちの街が窮地に陥りかけている時に、颯爽と現れて助けると申し出をしてきたのですから。私としては……自演自作の線を考えているのですよ。先程の襲撃も込みで」


「ひでぇ言いがかりだな。嫌な予感がしたから俺が先頭を歩いただけだし、あの襲撃が自演自作ならもう少し手加減を頼んでたぜ」


「私たちの信頼を得る為なら手加減なしでするのは当然かと。むしろ、カイト様が分かりやすい手加減をしていたようにお見受けしましたが」


「手加減じゃない。あれは俺の不注意だ」


 くっ、ラルを眺めていたのがこんなところにまで響いてくるとは……とうか、よりによって自演自作の疑惑ときたか。ホント、勘弁してくれ。

 でもまぁ、ジャックさんが警戒する理由は分からなくもない。俺なんて見た目が完全に人ならざるものだろうし、怪しさも満載だ。

 にしても、一つ気になることがある。


「ジャックさん、どうしてこんなところで問いただすんだ?もっとマシな場所があるだろうに」


「話を逸らさないでもらいたいですが、特別にお答えしましょう。これは独断ですが、カイト様が危険な存在であると私が判断した場合のことを考えたからでございます」


「……要はここで俺を始末するってわけだ」


「察しがよろしいですな」


 ……どうしてこうなった。

 黙秘をしろと命令してくる神様と根掘り葉掘り聞き出そうとするジャックさんに挟まれて辛い。しかも、マリンダさんはずっと黙り込んでいるしで頼りになる味方がいないんだが。いや、ホントにどうしたらいいんだよ俺は。

 兎に角、ジャックさんと戦うことだけは避けたい。


「マリンダさんが近くにいるってのに、俺と戦うのか?」


「甘く見ないでもらいたいですな。マリンダお嬢様は私の弟子ですので、腕は保証しますよ」


「おい、その言い方だと二人掛でやるようにしか聞こえるが」


 弟子という言葉が気になったが、今はそれどころじゃない。

 マリンダさんと敵対しようものなら俺は逃げる以外の選択肢は選べないぞ。さすがに怪我をさせたくはない。逃げた方が遥かにマシだ。


「それと付け加えておきますが、カイト様は酷く損傷を受けている様子なので、倒すなら今しかないと思ったのですよ」


「卑劣……とまでは言わんが、容赦のない発想だな。というか、今は俺たちで争っている場合じゃないと思うが」


 本当の敵は魔王軍なのになぁ。しかも、街には裏切り者がいるからどうにかして探さないといけない。ま、それを言ったところですぐに信じてはくれまい。

 というのも、ジャックさんは既に片手剣を握っているからだ。僅かに殺気を放ってるし、剣吞な雰囲気だ。いつでも戦いができるということなのだろう。

 あーあ……俺は悪いことをした覚えはないんだけどね。


「何もかも洗いざらい白状するのでしたら争うつもりはございませんし、カイト様の命も助けましょう。それなりに譲歩しましたが、どうです?」


「生憎だが俺にはそれが許されていないんだよ」


 即答した。

 命が助かる?それがどうしたと言いたい。神様の命令に逆らったら願い事の話が無くなるかもしれないんだぜ。そんな結果になれば全てが終わりだ。助かったところで元の姿に戻れず、元の世界に帰れなければ意味がないからな。


「おや、残念でございますね。では……覚悟してもらいましょう」


 さて、どうしたものか。走って逃げるにしても向こうは馬があるし、街道は無理だな。かと言って、森の中に入って逃げようものならゴブリンか、最悪の場合だと銀髪の魔人と戦う羽目になるかもしれん。

 うーん……俺だって命が惜しい。いっそのことジャックさんを倒すしか……

 そんな物騒な発想に至ったその時である。さっきからずっと黙り込んでいたマリンダさんが俺とジャックさんの間に割り込んできたのだ。


「ジャック、ふざけるのは止めにしな。カイトの言う通り、あたしたちが争っても場合じゃないよ」


「しかし、何をしでかすか分からないのですよ?」


「そん時はあたしが責任を取る。それで文句はないだろ」


「マリンダお嬢様がそこまでおっしゃられるのでしたら……」


 いやはや、まさかマリンダさんが仲裁に入るとはな。どういった心境なんだろうね?


「カイト、改めて聞くけどあんたは本当に人間なんだろうね?」


「人間だよ。ある人からもしっかり保証されている」


 ちなみに、ある人ってのは元凶である神様のことだ。そんな元凶に保証されるのは複雑だが、今のところ俺を人間と認めてくれる唯一の存在なんだよなぁ。

 ただ、安心したせいか少し口を滑らせたようだ。


「それは誰なんだい?」


「悪いな。それは他言無用で頼まれているんだ」


 含みのある発言をしてしまったか……

 俺の背後に誰かがいると捉えられても仕方ないし、実際に神様がいる。とは言っても、推測したとしても神様に辿り着くことはないだろう。俺だって直に会ったわけでもなく、心の中で会話しているだけだからな。

 だから俺が神様のことを言わなければいいだけだ。それでも疑惑が増えてしまったことには変わりないか。


「まさかとは思うけどさ、カイトの言うある人に……元の姿に戻りたかったら街を救えって言われたんじゃ……」


「そこは想像にお任せする。俺からは何も言えん」


 おいおい、いきなり言い当ててくるとは……何気にマリンダさんが一番答えに近いんだが。

 しかもあからさま否定しようものなら、逆に肯定するようなものだ。故に曖昧答えることしかできない。厄介だな。


「マリンダお嬢様、どうしてそのように思われたのでございましょうか?」


「昨日、初めてカイトに会った時にさ、聞いてみたんだよ。どうして街を救うのかって。それでその時の答え方が……行き場のない怒りというか、嘆きというか、やるせなさみたいなのを感じたんだよ」


 そこまで感情を言葉に滲ませていたっけ……マリンダさんはそう聞こえたかもしれないけど。

 

「ということは、カイト様は元の姿に戻してもらう為にある人の命令に従って仕方なく街を救うとも考えられますが、私の推測は合っておられますか?」


 まったくもってその通りと、拍手をしながら言ってやりたい。でも、そう思っただけで実行に移すつもりはない。


「ノーコメントで頼む。俺を殺そうとした相手の答え合わせに付き合う義理はないからな」


「これはこれは、手厳しいですな」


「カイト……気持ちは分かるけどさ、もう少し言い方があるだろ」


 ちょっと突き放すような言い方だけど、これ以上この話を続けてボロを出したくないのが本音だ。

 とはいっても、当の本人は涼しい顔で受け流している……人生経験が豊富だと自称しているだけのことはあるな。あるいは俺の意図を察しているかもしないか。


「それではカイト様、もう一つ気になることがあるのですが……その鎧は直るのでございますか?」


「あぁ、ここまでバレたんだから秘密にする必要はないか。どうも自己修復するみたいだな。原理は知らんとだけ先に言っておく」


 俺がどれだけ脅威なのかを知るために聞いてきたのかね?どの道知られるから普通に答えたけど。


「それはまた驚きですな。もはや並の人間では太刀打ちできないでしょう」


「……一応、速く修復させる方法はある」


「ほう、どのような方法なので?」


 伏せておけば万が一の時に意表が突けると考えてはいたが、本格的に協力し合うのだったら先に明かした方がいいだろう。


「マナを吸収して損傷した箇所に意識を集中したら速く修復できる」


「なるほど、では目の前で試してくれませんか?」


「いいぜ。むしろ願ったり叶ったりだ」


 皮肉ではなく、俺にとって都合のいい話である。


「でしたらこちらをどうぞ」


 ジャックさんから青い液体の入った小瓶を渡された。これがマナポーションなのだろう。ただ、色に関してはゲームで見たときとほぼ同じなのだが、何故か量が半分くらいなのだ。やけに少なく感じる。

 どうしてだろうね?ま、とりあえずは飲むとしよう。


「それじゃ、ありがたくもらう」


 そう言って、小瓶の蓋を開けて一気に呷った。

 初めて飲むから内心ではマズいのではと警戒していたが、実際はマズくなかったものの……異常なまでに甘かった。マズくはないといって美味しいとは言いづらい。

 そうだな、生身で食べたら胸焼けしそうな感じかな。だからそこまで飲みたいとは思えない。それでも、マナポーションとゴブリンの血のどちらがマシか聞かれたら前者に軍配を上げるのは確実である。

 もちろん、一番美味しく感じたのは銀髪の魔人の血だな。次に飲む機会はほぼなさそうだけどね。


「いかがなされましたか?」


「甘ったるいと思ってな」


「へー、そんな身体でも味覚があるんだね。てっきり無いかと思ってたよ」


「マナに関しては例外だ。普通の食べ物では味覚は感じないみたいでな。よし、試しに切り落とされた指を修復してみようか」


 ラルに切り落とされた指に意識を集中させた。すると目に分かる速さで断面から新たに指が生えてきた。それから数十秒後には修復が終わり、指は元通りになっていた。


「カイト……あんたって凄いね……」


「全くですな。マナさえあれば幾らでも戦い続けることが可能でございましょう」


「で、質問は一旦終わりにしないか?そろそろ街に戻った方がいいと思うし」


 行きはトラブルが起きずに順調だったから全体的に時間は掛かっていないだろうけど、ルジェスさんはマリンダさんのことを心配している筈。それで速めに帰った方がいいと思ったのだ。

 ただし……帰ったら帰ったでひと悶着起きるのは避けられないだろうな。ルジェスさんは俺のことをどう受け止めてくれるのか、今から心配である。


「それもそうですね。ではこちらをお返ししましょう」


 ジャックさんは俺の提案に同意してくれて、剥ぎ取ったローブを返してくれた。

 これで街に入っても安心だ。だが、街の中で剥ぎ取られたらひと悶着どころの騒ぎでは済まされない。細心の注意を払うよう心がけよう。

 と思っていると、出発の準備を終えて馬に乗ったマリンダさんが手を差し出してきた。


「後に乗りなカイト」


「あ、あぁ……」


 さり気なく言われて反射的に手を取り後に乗ったものの……大丈夫なのだろうかと思ってしまった。

 俺のことをどう思っているのかまだ分からないのだ。仲裁に入ってくれた時点で悪い感情は持っていないとは思うが……それでも気になって思わず問いかけた。


「マリンダさんは俺のことが怖くないのか?」


「ふっ、逆に聞くけど何でカイトのことを怖く思わなくちゃいけないんだい?」


「何でって……そりゃあ、俺の身体は鎧そのものみたいなもんだし、人間とはかけ離れているからさ……」


 今までに敵対したゴブリンや魔人からは化け物呼ばわりされる始末だからな。まぁ……血を飲むとか異常な行動をしたのも大きいけど。

 しかも、ジャックさんからは脅威的な存在と思われているみたいだし。

 ただ、マリンダさんは違うようだ。


「それがどうしたって言うんだい。あんたは街を救うって言っただろう?なら良い人じゃないか。そんな人を怖いと思いたくないね」


「ま、マリンダさん……」


 最初は面倒で街に関わりたくもないと思っていたし、神様に言われて嫌々やらされていたんだが……マリンダさんに良い人と言われた今では、そのことを後ろめたく感じる。ましてや色々と偽っていたにもかかわらず、街を救うと言った俺のことを未だに信じてくれている。

 そのことがこの上なく嬉しい。だからこそ、信頼してくれるマリンダさんの期待には絶対に応えてやるのが筋だ。ならば先に後顧の憂いを絶つ必要がある。街に戻ったら裏切り者を探さなくては……


「なぁ、凄く大事な話があるんだけど、それは街に戻ってからでいいかな。今の段階だと何とも言えないし、ルジェスさんにも伝えておきたいことなんだ」


「あたしは構わないよ。でも、帰りは暇そうだからさ、答えられる範囲で質問に答えてくれないかい?」


「それならお安い御用だぜ」


 答えられない質問がきたら丁重に断らないといけないけど……さてはて、どんな質問がくるのやら。

 そう思っていると、いい意味で意外な質問を投げかけてきた。


「じゃあ……年齢を聞かせてもらおうか」


「年齢?別に構わないけど……」


 あまりにも無難すぎて質問の意図が分からず、少し困惑しながらも幾つもの質問に答えつつ、俺たちは穏やかな帰路につくのであった。

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