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第十五話 家に帰るまでが遠足 ②

男の娘っていいよね。

「がぁぁぁあ゛ぁぁぁっ!?」


 これが生身であれば、兄者と呼ばれる男の言う通り爆発によって木端微塵になって死んでいただろう。また、仮に身体が無事だったとしても、この激痛のせいでショック死をしてもおかしくはない。

 しかし、今の俺はそのどちらかで死ぬことはない。さすがというべきか本来なら忌々しく思えるこの鎧の身体だと、余程のことでは死ぬことはないみたいだ。爆発が終わると視界と音は正常に戻っていた。


「クソったれめ……ひでぇ初見殺しをしやがるぜ……」


「あ、兄者……あの鎧ってあり得ないくらい頑丈なんだけど。それに五体満足とかおかしくない?本当にどうなってるの?」


「あぁ、色々とおかしいな。それもかなり……真正面からぶつかり合っては分が悪いかもしれん」


 幾つもの地雷が一斉に爆発したせいか、足元の地面が抉れていた。もちろん、俺自身もただでは済まなかった。

 身体のあちこちにヒビが生じてしまい、特に酷い箇所だと穴まで空いている。銀髪の魔人の時もかなりの損傷を受けたものだが、被害の具合なら今回のが一番だ。それだけに、今もなおじわじわとした痛みが俺を苛ませてきやがる。


「手加減するつもりだったんだが……予定は変更だ。お前らは危険だから手加減するわけにはいかんな。最悪片方は死んでもいいけど、もう片方は両手両足をへし折って絶対に生け捕りにしてやるぜ」 


 ちなみに死んでもいいとは言ったが、ただの脅しである。あわよくば怖じ気づいて戦意が削げれば上等だと考えたからだ。

 だが、そのせいで思いもよらない事態を招いてしまう。


「生け捕りにされたら尋問されるのかな?」


「馬鹿野郎!尋問どころじゃなく拷問されて殺されるに決まってる!死にたくなかったら逃げるぞ!」


「ふざけんな!好き勝手して逃げんじゃねぇっ!!」


 慌てて森の中に逃げ込む二人の男の背中を追いかけた。そこでふと思ったのだが、逃げるということはまともな攻撃手段がないということか?

 思わずそんな発想に至るのは無理もない。あまりにも見事な逃走ぶりだったからだ。そのせいか俺は油断をしてしまい、この後には何度も痛い目を見るのである。


「あの鎧男おかしいよ!馬鹿みたいに頑丈だし、鎧を着込んでいるのにずっと走って付いて来るんだよっ!?」


「おかしいことは俺も分かっている!足止めをする必要が……うぁっ!?」


 何か言い合ってみたいだけど、よそ見していたのか兄者と呼ばれる男が目の前でつまずいて転んだ。さっそくの好機である。

 手始めに兄者とやらの両手両足をへし折ってやるとしよう。


「さっきは俺を始末するとか言ってたくせに、逃げ出すとか面倒なことをするんじゃねぇよ。一方的に罠やら魔法を使って俺を痛めつけたんだからさ、お前も覚悟しろよ」


「ち、近寄るなっ!」


 相変わらずフードのせいで表情を窺うことができない。でも、声色からして怯えているのが手に取るように分かる。そこまで怖がることないだろうに、さっきまでとは違って余裕の欠片すらもないな。

 ただ、これを言うのもアレだが……まるで俺が悪役みたいな感じがするのはどうしてだろうね?


「実際は殺すつもりはないんだがな。宣言通りに両手両足をへし折って動けなくするだけだ。その次は弟の方を追いかけて捕まえてやる。……抵抗が激しかったら殺すかもしれないけど」


 淡々と言い放ちつつ、四つん這いで逃げようとする兄者と呼ばれる男に詰め寄る。そして足を掴もうとしたら……


「兄者に触るなっ!『黒風弾』!」


「くぅっ!」


 足を掴む寸前に、逃げたと思った弟の方が援護射撃をしてきやがった。当然、不意打ちにも等しくて、無防備だった俺は防御する暇はない。そして俺の肩に黒い風の塊が被弾して破裂すると、数メートル以上は転ばされてしまった。


「痛ってぇな、おい。右肩の辺りがへこんでしまったかな……あれ?何だこれ?」


 肩の損傷を確認していると、何故か手には黒い布のような物が握られていたのだ。きっと吹き飛ばされる寸前、咄嗟に掴んでいたのだろう。で、黒い布と言えば心当たりは一つしかない。

 そう、兄者と呼ばれる男が羽織っていたローブである。


「……まるで脱皮みてぇだな」


「すまんな弟よ。助かった」


「助けるのは当然でしょ。僕にとって唯一血のつながった家族なんだからさ」


 弟と呼ばれる男の手を借りながら、兄者と呼ばれる男は立ち上がっていた。そして、フードによって隠されていた顔が遂に俺の目の前で晒されたのである。


「これはまた……上玉のイケメンだな」


 その顔立ちはおそろしく整っており、美男子に分類されることは誰が見ても明らかだ。それでいて瞳はトパーズのような煌めきを放ち、髪はくせっけが目立つものの艶のある金髪で、さらに肌は既視感のある白さであった。まさしくイケメンだ……俺好みではないけど。

 そして……その頭には二本の角が生えていた。これもまた既視感のある黒曜石めいた二本角だ。

 これだけの条件が揃ってしまえば何者なのかが確定したようなものだ。紛れもなく、魔人である。ついでに言うと、魔王軍に所属していて街にいる裏切り者と関わっている筈だ。


「なるほどねぇ……二人は魔人の兄弟か。魔人なら俺の見たことない魔法を使っておかしくはないな。次からは黒い魔法を使ってくる奴らは魔人って認定したらいいのかね?」


「…………あの煩いお坊ちゃんが排除しろと言った理由が分かった気がしたな」


「この鎧男……あっちの伝説を信じていないようだし、ここまでイレギュラーだとは思わなかったよ。危険視するのは当然かもね……」


 あっちの伝説?何のことだ。と疑問を口にしそうになって、ゴブリンに案内される道中の会話を思い出した。

 確か……マリンダさんの言うことによると、魔人はおぞましくて醜い姿をしているとか言っていたよな。まさか俺の知らない伝説とやらには、そんな風に魔人の容姿が説明されていたということか?

 でも、どうしてそんなことが……?伝説にも諸説あるかもしれんが、実際の魔人の容姿と比べてもあまりにも離れている。何があったらこんな美形の魔人がおぞましくて醜いと伝えられるのだろうか?

 まぁ、伝説とやらは後回しだ。目の前の魔人二人を片付けて、マリンダさんから伝説について詳しく聞かせてもらおうかね。……あっ、マリンダさんとジャックさんは大丈夫かな?ちゃんと逃げてるといいけど。


「兄者、無理してでもここで始末するしかないよね……自信はないけど」


「逃げるのは止めだ。俺の姿も見られてしまったし、口封じをしなければならん。だが……できそうになかったら逃げるぞ」


「はぁ?俺を始末するんだったら逃げなくてよかったじゃねぇか。てか、逃げる選択肢はまだ残ってるのな」


 ひとまずは逃げるのは止めたか。

 さて……見たところマリンダさんとジャックさんは周りにはいなさそうだ。追いかけてこなかったということは、先に街に帰ってるかもしれん。だとしたら好都合だな。

 流れ弾が当たる心配もないし、何よりも俺の姿を見られずに済むからだ。これで心置きなく戦える。


「そりゃ命が惜しいからな!先手必勝『黒雷弾』!」


「お願いだからこれで終わって!『黒風弾』!」


「俺だって命が惜しいんだけどなぁ!?こんなところで終わってたまるかぁっ!!」


 お互いに叫び合いながら第二ラウンドの幕が切って落とされた。

 魔人の兄弟が繰り出す攻撃魔法は銀髪の魔人が使った『黒炎弾』と同じく直進するだけで、威力はありそうだが狙いが分かりやすい。しかも、一回り小さいから躱すのは難しくもなかった。

 これでようやく反撃ができるぜ。それで優先して狙うべきは……弟と呼ばれる方だな。確か『黒風縛』だっけ?あれで拘束されるのは厄介だし、敗北に繋がる要因は早い段階で潰すに限る。


「まずはお前からだ、弟ぉ!」


「ひぃっ!?何であっさり避けるのっ!?」


「そりゃ初見じゃないからなぁ!」


 昨日だけで二回も似た攻撃魔法を間近で見たからな。と内心で付け加えておく。まぁ、事前に目視していたってのも大きいけど。

 なんにせよ、どちらか片方に近づいてしまえばこっちのものだ。いくら攻撃魔法が強力でも、こいつらはフレンドリーファイアを避ける筈だからもう片方は援護射撃を躊躇うだろう。

 俺はそこに勝機を見出している。躊躇っている間に片方を潰し、その後は人質に使えるかもしれないからだ。


「く、来るなっ!『黒風縛』!」


「簡単に当たってたまるか!」


 最も警戒していたのだ。手をかざして唱えた瞬間に横に飛び退くと、俺が元いた場所では黒い風が渦巻くだけで終わった。狙いが外れた結果だろう。この隙に手を伸ばして届く距離まで近づけるぜ。

 だが、兄の方も指をくわえて見るだけではない。 

 

「逃げろ、弟よ!『黒雷刃』!」


「効かんっ!」


 援護射撃が俺に向かって放たれるが、大した威力ではないから妨害にすらならない。防御としてかざした腕にせいぜい軽い傷と痛みを与えるだけだ。

 そうして、やっと弟の方にかなり近づくことができた。これで援護射撃はできまい。


「逃がさねぇからな」


「ぼ、僕が簡単に捕まると思わないでよ!」


 若干の怯えた声が混じっていた気がするが、それでも弟の方は腹を括ったらしく、隠し持っていたであろうダガーを手に持っていた。

 何をするつもりだろうか……だが、分からなくても俺のすることは変わらん。


「はっ、今さらそんな物で俺を殺せると思っているのか?甘すぎるぜ」


「甘いのは……そっちだっ!『黒風付与』!」


 今日だけでも何度目か分からない未知の魔法を唱えると、捕まえるべく伸ばした右手の指先にダガーを振り下ろした。

 ただの悪足搔きだと思っていた。しかしそれは甘い見通しであった。あろうことか指を半ばから切り落とされたのだ。


「痛てぇっ!んでもって、気持ち悪いなおい!」


 切り落とされた指の部分は光の粒子となり、俺に激痛と喪失感を残しながら消えた。この喪失感が慣れそうになくて気分が悪くなったり、または焦燥感に駆られそうになってしまう。困ったものだ。

 にしても、こんな奥の手を残していたとはな。そう思って警戒を強めたのに……


「えっ、通じたの!?」


「待てや。通じると思っていなかったんかい」


 思わず突っ込んだ。いや、俺も通じないと思ってたんだけさ、当事者が驚くとかどういうことだよ。

 それはそうとして、ダガーで指が切り落とされるのは完全に想定外だったな。見たところダガーには魔法が付与されているのか、黒い風を纏っている。それでも、『黒風刃』や『黒風弾』と比べても明らかに見劣りしていると思うのだが、これはどういうことなんだ?


「こんな時に何を考え事してるの?これでも喰らいなよ!」


 ダガーによる攻撃が通じると知ってか、だいぶ余裕そうな声である。舐められたもんだな。

 と思っていると、弟の方は今までに見せなかった異様に素早い動きで俺の懐にまで入り込み、胸へとダガーを勢いよく突き立てようとする。あまりの素早さに防御する暇はなかったが、そもそもする必要がなかった。

 というのも……


「これで!終わりだぁっ!!」


「あっそ」


 興味無さげに呟き、ダガーが俺の胸に突き刺さるのを眺めた。そしてあっさりと言うほどでもないが、ダガーは半ばまで突き刺さる。うん、結構痛い。でも、それ以上の感想は出てこない。

 そんな俺の心境を知らず、弟の方は無邪気に喜んでいた。


「やった……これなら……さすがに死んだよねっ?」


 喜ぶ姿を横目に、俺はおもむろにダガーを突き刺している方の腕を掴んだ。すると弟の方からは一瞬で余裕は消え失せ、分かりやすく狼狽えていた。


「う、嘘……でしょ?だ、だって……心臓に突き刺さっているんだよ?どうして死なないの?どうして動けるのさ?」


「これで死んでたら俺は昨日のうちに死んでいたぜ。生憎だが、俺はこんなことで死なねぇし、ついでにお前は終わりだ」


「やだっ……お願いだから離してっ……痛いのは嫌だっ!」


 必死そのものである。その姿を見て一瞬だけ胸が痛むような気がしたが、情けをかけるわけにはいかん。


「馬鹿か、懇願されても俺がお前を解放する理由はねぇよ……まずはこの腕からだ」


 そう言って、俺は掴んでいる手に力を込めると、肉が潰れるような感触や骨が軋む音がした。このままさらに力を込めたら腕を握り潰せそうだな。当然、そんなことをされた側はたまったものではないだろう。

 現に、今の段階でも喉が張り裂けそうな悲鳴を上げているのだ。


「あ゛ぁぁぁぁぁっ!?痛いっ!痛いよぉっ!!パーズ兄さん助けてぇっ!!」


「ラルを離せぇっ!」


 さすがにラルという名の弟の悲鳴を聞いて冷静でいられなくなったのか、名前を叫びながらパーズと呼ばれた兄の方が俺に向かって駆け出していた。

 しかし、無謀な突撃というわけでもなさそうだ。何故ならその手にはサーベルが握られて、さらには魔法を唱えたのである。


「『黒雷付与』!その腕を切り落としてやるっ!」


「ちっ……受け止めるのはマズいか?」


 サーベルには黒い電気が纏っている。それを見てダガーで指が切り落とされる場面が脳裏によぎった。同じように腕が切り落とされるのは避けたいところだ。

 仕方ない。気が進まないがここは順番を変更するとしよう。


「お前はそこで大人しくしてろ!」


 弟の方に前蹴りを放ち、木に叩きつけた。多少は加減をしているとはいえ、これで少しの間は動けまい。

 それからサーベルを振り下ろそうとするパーズの方に対しては回避行動はせず、逆に突進をして振り下ろす前に組みついた。これでサーベルを使うことはできないし、圧倒的に俺が有利だ。

 後はじっくりと捩じ伏せて片付けてやる。


「は、離せっ!」


「離すわけがねぇだろ。ふむ……銀髪の魔人みたく力は強くないな」


 俺から逃げている時点で可能性は低かったが、万が一のこともあるからな。しかし、その心配は杞憂に終わる。

 これでやっと倒せると安堵した。だというのに……兄弟愛というのは俺の想像を越えてきやがるのだ。


「パーズ兄さんを離せぇっ!!」


 背後からラルの声が聞こえると同時に、俺の右肩にダガーと思わしき物が突き刺さる衝撃と痛みが走った。


「あれで動けるのかよ!?」


 ぬぅ……根性で身体を動かしているのだろうか。特に利き手は使えないと思っていたんだが 、意地で左手を使っているのかね。

 兎に角、後回しにしたツケが回ったせいであまり良くない状況だ。万が一にも右肩を切り落とされるわけにもいかないし、これ以上は好き勝手させるわけにはいかんな。


「そこで寝てろ!」


 足払いしてパーズを転ばせ、死なない程度に蹴り飛ばした。

 

「ぐはぁっ!お、おのれ……」


「パーズ兄さんっ!」


 地面に横たわり、苦悶するパーズの様子を見てラルは悲痛な声を上げた。

 そして、俺に意識が向いていない今がチャンスと考え、後に手を伸ばして掴もうと試みる。それから手に触れたものを掴み、ラルを引き剥がそうとしたが……掴んだ物は黒いローブだけであった。

 今もダガーが突き刺さっていて痛みが走っているというのに、これはどういうことだ?

 待てよ……ダガーとローブが囮だとしたら……くっ、まんまと出し抜かれたか。


「これを飲んで」


「す、すまんな……助かった」


「せっかく各個撃破できると思ったのによぉ。台無しだぜ……」


 パーズの方に向き直ると、いつの間にかラルが緑色の入った瓶を渡していた。

 なるほど、あれは回復ポーションか。あれを飲んだからラルがすぐに動けたわけだ。……また使われると厄介だな。次は気を付けよう。

 ところで……弟のラルもかなりの美形だな。顔立ちは基本的にパーズと似ているけど髪と瞳の色は違い、エメラルドめいた色でとても綺麗である。

 他に違うところがあるとすれば、顔やパーツが若干丸いせいなのか、線が細いせいなのか、本人の醸し出す雰囲気のせいなのか分からないけど、愛嬌のある小動物めいた印象がした。

 いや、はっきり言おう。実は普通に可愛らしいと思ってしまっていた。事前に弟と聞かなかったら、華奢な美少女と思い込んでた自信があるぞ。


「どうしてラルをじろじろと見ている?」


「ふっ、ハンデだよ。お前がそれを飲み終えるのを待ってただけだ」


 さすがに正直に言うのは憚れた。ラルが美少女めいた可愛さだから眺めてたとか、口に出してしまえば色んな意味でマズい。あらぬ方向で誤解を生みかねん。

 ……おふざけはここまでにするとして、じっくりと眺めてしまったのは完全に俺のミスだな。二人はもう立て直しているうえに、与えたダメージまで回復している。振り出しに戻ったと言ってもいい。

 どうしたらいいものか……と悩んでいると。


「じゃあ、逃げるぞ」


「うん」


 さも当然のように、二人は背を向けて逃げ出したのだ。悩んでいた俺が馬鹿らしく思えるぜ。

 まぁいい、やることは決まった。


「逃げんじゃねぇっ!」


 捕まえるために追いかけた。二人を捕まえなければ俺の目的である裏切り者に繋がる手がかりが手に入らないのだ。ここで逃がすのは痛手である。

 両方が理想だが、最低でも片方は確保したい。


「パーズ兄さん、どうやって逃げるの?相手は心臓を突き刺しても死なないし、生半可な足止めじゃ逃げきれないよ」


「分かってる。だからアレをやるしかないぞ。まずは奴の隙を作る。やってくれるな?」


「や、やってみる」


 うん?アレとは何だ?

 他はよく聞き取れなかったが、何かをするつもりらしい。まだ奥の手があるかもしれないし、心して掛からないと……


「いくぞ!『黒雷弾』!」


「今さら当たるかよ!」


 振り向きざまに『黒雷弾』が放たれた。もちろん、警戒していたから難なく躱すことができた。

 しかし、その動きは読まれていた。


「そうくると思ったよ。『黒風縛』!」


「くそっ、行動が安直すぎたか……」


 俺の回避行動を予想し、さらには俺の死角から本命の『黒風縛』を使いやがった。おかげで躱すこともできず拘束されてしまう。と言っても、動きを封じた程度では何も解決しないと思うのだが……いや、地雷球を放り込まれた時と状況が似ているな。

 俺の推測が正しければ、これはまだ下準備かもしれんな。つまり、奥の手とも言える強力な攻撃を仕掛ける可能性がある。


「よし、これで少しは距離が稼げた。もう解放していいぞ」


「う、うん。僕はいつでもいけるからね」


 パーズがラルの隣に並ぶと、何故か俺は解放された。

 意図が読めんな……これも相手の作戦なのだろうか?このまま突っ込んだら手痛い反撃がくるかもしれない。

 だとしてもこれは好都合だ。情報を手に入れるためなら敢えて相手の思惑通りに動いてやる。その上で二人を叩き潰す。


「やってやらぁぁぁっ!!」


「来たぞ!一回しかチャンスはないからな!」


「大丈夫、僕たちならきっとできるよ!」


 相変わらずどんな作戦なのかが分かりそうにねぇな。ただ、向こうからは微塵も余裕が感じられず、お互いに手を力強く握っているところを見ると、決死の覚悟をしているように思える。いや、本当に何をするつもりだよ。そこまで危険なのか?

 そんな疑問を抱きながら俺は駆け出していた。


「いくぞ!」


「せーのっ!」


「???」


 息を合わせている?何のために?魔法を放つつもりか?二人一緒に?そんな疑問が次々と浮かび上がるが、次の瞬間にはその疑問は解消されることとなった。

 この身をもってな。


「「『黒滅螺旋風雷砲』!!」」


「はぁぁぁぁっ!?」


 その恐るべき攻撃魔法は、強烈な黒い風と黒い雷が荒れ狂いながらも螺旋状に絡み合って俺に殺到している。しかもそれは地面を深々と抉り、射線上付近の木をも薙ぎ倒すといった凄まじい破壊の爪痕を残しながらだ。


「マジかよ……」


 あーあ……こんな奥の手があるとはな。予想外にも程があるぜ。

 冗談じゃねぇ!こんなもんを受け止められるか!と叫んで回避に専念したいところだが、破壊の規模を見るに躱そうとしても巻き込まれるのがオチだろうよ。もはや受け止めるしかない。

 そう考えて腕をクロスし、足を開き、腰を落として重心を安定させ、防御の姿勢を取った。そして、周囲に破壊を振り撒くソレは目と鼻の先まで迫っていた。


「「いっけぇぇぇぇっ!!」」


「ヌオォォォォォォォォっ!!!!!」


 今度という今度は俺も死を覚悟した。歯があれば、歯が砕けるほど全力でくしばっていたことだろう。

 触れた瞬間に腕が弾き飛ばされそうになったのだ。一瞬でも気を抜けば防御姿勢が崩されて胴体に直撃してしまう。それに比喩ではなく、腕がバラバラになるんじゃないかと思える激痛が走っている。

 今でこそ足元の地面を抉りながらも何とか耐えているが、既に腕が軋んで悲鳴を上げているし、防御姿勢を維持するのも厳しくなってきた。このままでは間違いなく防御が崩されるに違いない。


「くっそがぁぁぁあ゛ぁぁぁぁぁっ!!」


 しかも、それは時間の問題でもあった。無慈悲にも姿勢は崩れていき、クロスした腕も上へと弾かれつつある。

 そして遂には……


「ぬ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 必死な努力も虚しく、姿勢は完全に崩されてしまい、『黒滅螺旋風雷砲』は無慈悲にも胴体に直撃したのだ。螺旋状に絡み合った黒い風と黒い雷は俺を貫かんとばかりに衰えることはなく、その勢いのまま盛大に後ろへと吹き飛ばされた。

 それからは木にぶつかってはへし折るのを繰り返し、数本ほどへし折った頃にやっと勢いが衰えて、最終的には木の幹に叩きつけられて止まった。


「ぐぅっ……死んでは……いないか……」


 どうやらまだ生きているみたいだが、損傷の具合は記録更新だぜ。両腕はひしゃげたり、亀裂が生じていた。しかも、腹から胸にかけては巨大な爪で抉られたような傷痕が残り、両腕よりもさらに酷くて、思いっきり中身を晒した状態だ。

 それだけに、凄まじい激痛とおぞましい喪失感によって俺は苛まれている。ホント、こんな苦痛は味わいたくないもんだぜ。

 まぁ……今は何とか我慢するとして問題は動けるかどうかだけど、確認する前に声が聞こえてきた。


「パーズ兄さん、あの鎧男って……し、死んだよね?」


「死んでる……といいな。正直、生きていても驚きはせん。ラル、気を抜くなよ」


 ほぉ、魔人の兄弟は逃げなかったか。大方、俺の生死を確認しに来たのだろうな。

 危機的な状況である。だが、ここで焦ってはいけないと己に言い聞かせた。それに、幸いなことに昨日の神様のアドバイスがまた役に立ちそうだ。故にまだ終わったわけではない。じっくりとチャンスを待とう。


「嘘でしょ……僕らが編み出した最高の切り札が直撃したのに……普通に原型を留めているなんて……」


「ギルがこの鎧男を逃がしてしまった理由もこれでよく分かった。しかし妙だ。胸の部分が大きく抉れて中身は見えるが……空っぽなのか中身が黒いとしか分からんな」


「えぇっ、じゃ、じゃあ……僕らがここに来る前に、密かに脱いでいたってこと?」


「もしかしたらあり得そうだ。どこかに潜んでいるかもしれん。探すぞ」


 ふむ……鎧を脱いだと勘違いしたのか。それは有り難いな。ただ、わざわざ俺を探すってことは逃がすつもりはないらしい。

 さてさて、いつまで待っていたらいいのやら。鎧の自己修復が始まったら怪しまれるだろうし、木の幹にもたれ掛かったままではやり過ごせない。せめて、兄弟のどちらか片方が俺に近づいてくれたら、この状況を打破することができるのだが……

 と考えていると、俺を眺めていたラルが何かに気づいたようだ。


「ね、ねぇ、こんなに鎧が抉れているんだからさ、普通は血を流しているんじゃない?だけどさ、この鎧には血痕が残っていないよ」


「む……言われてみれば確かに、その鎧が偽物である可能性があるな。どれ、俺がよく確認してみよう」


 おぉ、ラルは細かいことによく気づくな。そのおかげで早くもチャンスが訪れたわけだから、本当に助かるぜ。

 後はタイミングを見誤らないようにしないと。


「うーん、見たところ幻の類ではなさそうだし、即席の偽物にしては出来が良すぎるような……直に触ってみるか」


 よしよしよし、そのまま俺に近づいてくれ。そして俺に触ってくれ。その瞬間、腕を掴んで確保してやるからな。上手くいけば、パーズを人質にしてラルも確保できるかもしれんぞ。

 といった感じで捕らぬ狸の皮算用めいたことを考えていると、今度はパーズがあることに気づいた。


「ん?この肩に刺さっているのは……ラルのダガーか?」


「どうしたのパーズ兄さん……あっ、そんなところに僕のダガーあったんだね。よかったぁ」


 よほどダガーが大事なのか、ラルが嬉しそうに俺の近くに駆け寄る。地味に可愛いな。

 むぅ、にしてもラルの方が先に近づいてきたか。サーベルを持っているパーズの方から先に処理したかったのだが、贅沢は言ってられん。ダガーを抜き取る瞬間を狙おう。


「血痕を偽装しない奴がダガーだけは忘れず残しておくだと?どこかちぐはぐだな。血痕を残しておけば、鎧を脱ぎ捨てたと思わせることができただろうに。何かおかしい……この違和感は一体……」


「持っていかれなくて運がよかったよ。でも、どうしてわざわざもう一度刺したんだろう?引き抜いたのなら武器としても使えただろうし、偽装するにしては手間だと思うんだけどね」


 勘弁してくれ。この流れはどこか既視感を感じるのだが。

 別にラルはいいとして、パーズは用心深いのか訝しんでいるようだな。ダガーを抜き忘れていたのが裏目に出てしまったか。

 これはあまり良くない兆候だ。面倒な事態は避けたい。できるだけラルにはもっと早く近づいてもらわないと。


「何かを見落としている筈だ。それさえ分かれば……」


「わぁ、よくこんなにも深々と刺したもんだね。にしても、血で汚れていないはどうしてだろう?拭き取る暇があるとは思えないし……ま、綺麗な状態なら嬉しいけどさ」


 相変わらず訝しむパーズとは対照的に、ラルは能天気であった。俺の横でしゃがみ込んでおり、後はダガーを抜き取るだけである。もう少しでチャンスの到来だ。


「血か……思い返してみると、ほとんど血を流していなかったな。心臓や肩を突き刺された時もそうだった。待てよ……考えにくいが……仮にそうだとしたら……ラル!今すぐ離れろっ!」


「えっ?うわっ!?」


 俺が掴みかかるよりも速く、パーズがラルを突き飛ばす。それから流れるような動作でサーベルの切っ先を躊躇うことなく俺の首に突き刺し、俺が動けないように木の幹に縫い付けた。

 不意打ちは完全に失敗だ。ほんの僅かな差でチャンスを逃してしまうとは……


「惜しいなぁ。あともう一歩だったのによ」


「この化け物めっ!『黒雷付与』!」


 さらに容赦なく魔法を唱えてサーベルに黒い電気を纏わせやがった。とはいっても、激しく弾ける感触がするばかりで、首を貫かれた以外の痛みは感じない。

 よく分からんが、俺には電気があまり通じないのかね?


「ギルから逃げ切れた真の理由がこれでよく分かった。お前は鎧そのものなんだな……?」


「ご名答、とだけ言っておこう。ついでに言うと、気づいたのならその程度では意味がないことは分かっているよな?」


 そう言いながらサーベルを掴み、強引に引き抜く。しかし、バランスを崩すのを避けるためか、パーズは即座に手放して俺から距離を取った。

 これで最後に訪れたチャンスは泡に帰したか……ため息をつきたいもんだ。せめてもの救いとして、サーベルを奪えただけでもよしとするか。


「まったく、勘がいい奴は困るぜ……」


「えっ、ど、どうなっているの?何で鎧だけが動いているの?というか鎧が喋ってる?」


「ラル、気をつけろ。あれは人間ではない。モンスターの類かもしれん」


「一応は人間なんだがな……」


 突き飛ばされて難を逃れたラルがちゃっかりとパーズの隣に並んでいた。ただ、俺を恐ろしいと感じたのかその顔色は青くなっている。

 しっかしまぁ、今度はモンスター呼ばわりか。化け物と意味はほぼ同じなんだけどさ、敵のモブキャラめいた扱いと思ってしまうのはどうしてだろうね?


「ぱ、パーズ兄さん!僕ら魔力がほぼ残っていないんだよ。もう逃げようよ!」


「ここで余計なことを言うな!」


「ほほう……確かに聞かせてもらったぜ。魔力が残っていないんだろ?ならまともに戦うことはできねぇよなぁ?」


 これで魔人の兄弟は詰んだにも等しい。俺の鎧の身体も今までにないくらいボロボロになっているが、こんなんでも普通に動かせるみたいなのだ。俺ですら心底呆れてしまうほどに頑丈だな。

 それにしてもよぉ、かなり苦労したぜ。銀髪の魔人ほどではないにしても、同時に二人の魔人を相手にするのは相当厄介だった。それにマリンダさんとジャックさんが巻き込まれなくて本当によかったぜ。

 ……さぁて、締めにするか。


「もう俺たちにはどうすることもできん。逃げるぞ!」


「分かった!」


「魔法が使えねぇお前らが逃げ切れる訳がないだろ」


 てか、絶対に逃がさねぇ。

 ここまでやって逃げられたとか洒落にならんし、裏切り者に関する情報が手に入らなかったら何のために俺は身体を張ったんだよ。


「ふっ、誰が魔法を使えないと言った?やってくれラル!」


「『黒風壁』!」


「何?ぬおぉぉぉっ!?」


 突如として目の前に黒い風で構成されたと思わしき壁が出現し、激しい風が俺を押し返したのだ。しかもそのおかげで尻餅までついてしまった。


「魔力がないのはブラフだったのかよ!」


「別に全部と言った覚えはないけどな。ほれ、置き土産だ」


「はぁ?」


 尻餅をついた俺に、パーズが例の罠を投げ込んできやがった。


「くっ、これが本当のブラフだったか……!」


「ご名答。じゃ、これでさらばだ。『黒雷』!」


 立ち上がって追いかけるよりも速く黒い雷撃が俺に降り注ぎ、足元に転がる地雷球が起爆してしまう。

 そして、虚しくも俺は爆発に巻き込まれるのであった。


「あーあぁ……なんて様だ……」


 仰向けになって俺は嘆いていた。

 爆発による痛みなど気にもならない。それよりも転倒してしまい、しかも煙のせいで視界が最悪なのが致命的だ。これではどの方向に逃げたのか見当もつかない。つまるところ、完全に見失ってしまったことになる。


(あなたという人は、どれだけ私の前で醜態を晒せば気が済むのでしょうか?)


(泣きっ面に蜂みたいなことをしないでくれ。あれでも健闘はした方だと思うんだが)


 神様にダメ出しされてもっと凹んでしまいそうだ。そう思っているのに、神様による追い打ちはまだ終わらなかった。


(健闘したとあなたは言いますが、明らかに加減していませんでしたか?)


(い、いや、下手したら死なせるかもしれないだろ)


(それは言い訳になりません。ラルの腕を掴んだ際、一瞬だけ躊躇いましたよね)


 ぐっ……さすがに見抜かれていたか。というか、俺が戦っているところを眺めていたんだよな?


(ええ、それがどうかしたのですか?)


(別に俺が言うことでもないんだけどさ、ラルを眺めていたせいで向こうに猶予を与えたんだぜ。そのことを真っ先に指摘するべきじゃないのか?)


 あれほどに分かりやすい失態は早々にない筈だ。

 俺自身も取り返しのつかないことをしてしまったと痛感している。あそこでしっかりしていたら逃がすという結末を迎えることはなかったかもしれないのだから。

 だが、神様は俺の予想の斜め上のことを言い出すのであった。


(あぁ……ラルの素顔を眺めていた時のことですか。あなた気持ちは理解できますからね。仕方ないと思いますよ)


(理解できるのかよ……)


(はい、可愛らしい男の娘ですからお持ち帰りしたくなるのは当然かと。そうですねぇ、メイド服を着せてみるのも良いとは思いませんか?)


(神様ぁっ!?)


 空気をぶち壊したうえに、いきなりとんでもないことを言わないでほしいんだが!?俺はそんなことは一ミリも思っていないんだけど!?というかそれは神様の感想じゃないのかなっ!?俺に同意を求めてくるのは止めてくれ!!

 てか、何でお持ち帰りになる?そもそも何で男の娘って言葉を知ってる?それと何で男にメイド服を着せようと思ったの?あれか、俺の記憶をかなり覗きまくったな?そうなんだろ?


(それがどうかしたのです。覗こうと思えばいくらでも覗けますからね。それと覗かれても減るものではないのでは?)


(否定もせずに開き直りやがった……)


 俺の記憶なんて障子戸の紙を破るよりも簡単に暴かれるというのか……


(人間の造語はくだらないと思っておりましたが、男の娘とはなかなかいい響きと思いますので、少し評価が上がりましたよ。ついでに、お持ち帰りという言葉も使い勝手がよさそうですし、いつか使ってみたいものです)


(頼むから空気をぶち壊さないでくれ……。一応言っておくが、俺は至ってノーマルだからな。たまたまそういう作品を知ったり、軽く見てしまっただけだからな。あと、確かに街に連れて行くつもりだったけどさ、神様の言うお持ち帰りの意味じゃないってことだけは理解してくれよ……)


 ホント、なんでくだらんことで弁解をしなきゃいけないんだ。


(安心してください。あなたにお持ち帰りするほどの度胸がないのは知っていますから。それに……どちらかと言えばなたがお持ち帰りされる側だと思いますし)


(安心とはいったい……てか、俺がされる側なのか……)


 かなり複雑な心境である。頭が痛くなりそうだけど、痛くなる頭は存在しないんだよね。

 兎にも角にも、まずは話を戻そう。これ以上は不毛な会話を続けたくない。


(はぁ……ところで説教は終わったのか?)


(いえ、まだ終わっていません。昨日は銀髪の魔人を殺そうと必死でしたのに、どうして今日は躊躇ったのです?)


 さっきと変わって話の内容が真面目で雲泥の差である。でも、何故か今はそれで安心してしまう。


(あの時は無我夢中だったからな……冗談抜きで死ぬかと思ったし)


 魔人の兄弟も奥の手が凄まじいけど、総合的に見れば銀髪の魔人が圧倒的に脅威度が高い。だからこそ精神的に余裕はなく、躊躇う気にもなれなかった。

 ただ、今日に関しては精神的に余裕があったせいで躊躇ったのだと思う……たぶん。


(そうですか、では最後に言わせてもらいましょう。次も躊躇うものならあなたは殺されるかもしれません。ですから相手があなたと同じ人間だとしても容赦はせず、全力で掛かりなさい。いいですね?)


(…………あいよ)


 神様の言う通りだ。今回はまだ運が良かったとしか言いようがない。次に機会が訪れたらその時は躊躇わず心を鬼にするとしようと、俺は決意した。


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