第十三話 遺品の回収
俺は待機していた二人の元に戻ってゴブリンとのやり取りの内容を語ると、予想通りジャックさんは疑問を口にした。
「喋るゴブリンですか……。しかも襲わないから付いて来いと申してきたのですか?どこまで信用していいのか判断しかねますな……」
「普通に考えたら警戒はするよな」
「あたしもそんなゴブリンは初耳だけどさ、問題は連中の言うことに従うかどうかだよね?」
というか、喋るゴブリンってやっぱり普通じゃないんだな。だが、そのことに関して今は重要ではない。
連中に付いて行くのか、付いて行かないかのどちらかを選ぶか考えるべきだ。
俺としてはまたしても二人には待機してもらって、俺一人だけが付いて行くのが無難だと思うけど、二人はどう考えているのかな?
「あたしは……付いて行くべきだと思う」
「マリンダお嬢様……本気で言っておられるのですか?ここは私一人だけで行くのが最善だと思われますが」
「それはどうしてだ。俺が代わりに行く方がいいんじゃないのか?」
「私がこの目で確かめて、旦那様に報告する義務がありますから。仮にカイト様が確かめられたとしても、報告の内容を完全に信用してもらえるか分かりませんので……」
「あー、俺って部外者だしな。すぐに信用してもらえるわけがないか」
だからこそ、最も信頼されているジャックさんが適役なのか、納得である。
しかしだ、問題が無いわけでもない。
「もしもの話だけどさ、ジャックさんが殺されてしまったら……その時はどうしたらいい?」
「私の代わりにマリンダお嬢様の護衛しつつ、街に逃げてください」
「ちょっと!不吉なことを言わないでよ!」
ありゃりゃ、マリンダさんが声を荒げてしまったか。その気持ちは分からんでもないが、安定性を重視するならジャックさんの意見が妥当だ。
ただ、俺もジャックさんを危険な目に遭わせるのは気が引ける。どうしたらいいものか……悩ましいな。
そんな時である。唐突にゴブリンが会話に割り込んできたのだ。
「おい、いつまで話しているつもりだ。早く終わらせないと置いて行くぞ」
「ご、ゴブリンっ……カイトの言った通り本当に喋るんだね……」
「いやはや、これは驚きですな」
痺れを切らしたであろうゴブリンが俺たちを急かしに来たのであった。
この行動には俺も予想外である。何をしてくるのか分からないし、しっかりと挙動を見ておく必要があるな。
と思っていたら、そんな意図は即座に看破されたようだ。
「鎧の化け物よ、そう身構える必要はない。我らの誇りにかけて約束を守ると誓おう。それで、貴殿らの返答は?」
「ふーん、あんたらがそこまで言うんだったら話に乗らせてもらうよ。さぁ、案内しておくれ」
「あい分かった。では付いて来るがいい」
ゴブリンがそう言って歩き出すと、マリンダさんもそれに続く。
それからジャックさんは馬を連れて慌ただしげに後を追いかけるのであった。
「ま、マリンダお嬢様っ、お待ちください。私もお供しますから!」
「即決即断かよ……とにかく俺も付いて行くとするか」
にしても、お嬢様とは思えないほど肝が据わっているな。いったいどんな生活をしてきたんだ?
まさかとは思うが、この異世界ではそういった女性が当たり前なのか?確証が得られてないからよく分からないけど。
そして、歩き始めて数分後のことである。
「ところでさ、カイトはゴブリンに鎧の化け物って言われていたけど、何をやらかしたんだい?」
「やらかしたって……殺されそうになったから逆に殺しただけだぜ」
嘘は言っていない。百以上は殺して、銀髪の魔人に致命傷を与えたかもしれないということを伏せた以外は。
そもそも、そのことを正直に話しても信じてもらえるか怪しいし、誇張していると思われかねないからな。わざわざ話す必要性は感じられない。
が、当事者であるゴブリンが余計なことを喋ったらややこしいことになる。故に、小声で釘を刺しておく。
「おい、俺のことをペラペラと勝手に喋るなよ。色々と面倒になるんだからよ」
「そちらが手を出さなければ、我らは何も話すまい」
ふぅ……素直なやつで助かった。
しかし、こいつらは頑なに戦闘を避けたがっているように感じる。そうしなくてはならない特別な理由があるというのだろうか?
もしかしたら、付いて行った先で理由が分かるかもしれないな。
「カイト様、少しお聞きしたいことがあるのですが」
「何をだ?」
「ゴブリンが喋ることに対してあまり驚かれておりませんでしたが、既に知っておられたのでしょうか?」
「あぁ……昨日はそれを話すのを忘れていたな」
「左様でございましたか……では、他に話してないことはありますか?」
ふむ、他に話してないことか……心当たりが多過ぎて困ったな。ま、俺自身のことと神様のことが大半だけど、さすがに話すのはマズい。
しかし、このまま下手に黙っても怪しまれそうだし、何を話せばいいのだろうか。他に詳しく話してなくて、話しても特に問題無さそうなことは……銀髪の魔人についてかな。特に見た目とか。
「そうだなぁ、ゴブリンたちが将軍様って呼んでる銀髪の魔人についてどうだ?」
「差し支えなければお願いいたします」
「銀髪以外の特徴は言ってなかったけどさ、実際は物凄くイケメンなんだぜ」
「は、はぁ……そ、それは確かに気になりますね……」
あれ?反応が変だな。
敢えてどうでもよさそうなことを話してみたのだが、どうやら思いっきり戸惑っているみたいだな。戸惑うのは別にいいけど……まるで信じられないといった感じだ。どうしてだろう?
そして、そんな会話を聞いていたマリンダさんが口を挟んできた。
「カイト……それ本気で言っているのかい?あたしが聞いた話だと、魔人はおぞましくて醜い姿をしているって聞いたんだけど」
「えっ」
「はい、マリンダお嬢様の仰る通りです。カイト様は精神魔法を掛けられたのではございませんか?」
「えっ?」
なんてこった。まさかここまで言われるなんて……この二人はいったい何を根拠にしているんだ?
俺はこの目で実際に見たし、目に狂いはない筈だけどな。ただ、精神魔法という言葉を聞いて少し不安になってきた。
つまり、魔法のせいで銀髪の魔人が絶世の美男子に見えた可能性もあるわけだから……念のためにゴブリンから真相を聞き出してみよう。
「正直に答えてくれよ。お前らの言う将軍様ってさ、イケメンだよな?変な精神魔法とか使わないよな?」
「鎧の化け物よ……返答に困ることを聞かないでくれ……」
「えっ」
おいおい、ゴブリンも困惑してるじゃないか。というか、どうして返答に困るんだ?まさかイケメンの姿は偽りとか言い出すんじゃないよな?
俺が女だったら間違いなく一目惚れしそうな見た目だっていうのに、実は醜い姿でしたとか嫌だぞ。
「す、少なくとも、将軍様は精神魔法を得意としていない筈だ。将軍様自身も苦手と仰られていたのでな」
「そっか、じゃあ俺は間違っていないんだな?」
「うむ。だが、これだけは言っておく。将軍様の前でイケメンだとか言うではないぞ。これはお互いの為でもあるからな」
「どういう意味だ?」
「無駄話はこれで終わりだ。ここからは静かにしておけ、戦った者たちの魂が眠っているのだからな」
もっと聞きたいことがあったんだが、これ以上は話すつもりがないようだ。気になっていただけあって残念である。
しかし、戦った者たちの魂も気になるな……ゴブリンたちが殺した討伐隊のことかな。
銀髪の魔人も死んだふりをした俺に言っていたっけな。丁重に埋葬するとか、戦った者として敬意を払うとか。
てことは、今は兵士たちを埋葬している最中かな。
「到着するぞ。作業の邪魔をしないようにしてくれ」
俺たちを案内する先頭のゴブリンがそう言うと、かなり開けた場所に出た。何かの広場みたいで、いくつかの建物がある。
そして、視界の端では大量の穴を掘っているゴブリンたちの姿があった。こいつらが埋葬しているのはこれで確定したな。ただ、遺体があまり見当たらないのが不思議だ。代わりに、ところどころが溶けたり焦げ目の目立つ装備品の山があるんだけどな。肝心な遺体はどこに置いてあるのだろうか。
「ここは……街道の途中にある休憩場ですね。ゴブリンたちの拠点になっているのでしょうか?」
「そんなことはどうでもいいよ。それで、あたしたちに何を見せるって言うんだい。まさか穴だけとか言うんじゃないだろうね?」
「マリンダお嬢様……ここは敵地ですからもう少しお控えになられた方が……」
「ジャック殿よ、我々はこの程度では癇に障ることはない。……騒ぎ立てるようでは話は別だがな」
なんだろうなこの徹底ぶりは。戦うつもりはないという気持ちがヒシヒシと伝わってくるぞ。
まぁ、埋葬している最中に新たな血を流すを避けたい気持ちは分からんでもない。となると、今は休戦状態ってことなのか。それでも、警戒はしておくに越したことはないな。万が一ってこともあり得る。
特に銀髪の魔人が出てきたら要注意だ。姑息な手を使ってくるとは思えんが、何が起こるか分からん。
「しばし待たれよ。貴殿らに見せたい物を用意するのでな……例の物を早く持ってくるんだ」
「例の物?」
「我々にとっては無用の長物である。しかし、貴殿らにとっては無視できぬ代物だ」
「いや、俺にはサッパリ分からんのだが」
「見れば分かる……来たか」
そう言うゴブリンの視線の先には、随分と重そうに運ばれてくる木箱があった。あの中に見せたい物があるというのか。にしても中身は何だろうな?
そして、木箱は目の前に置かれた。
「では確認するがよい。後はそれを持って、この場から去ることをお勧めする。貴殿らがいると作業の邪魔になるのでな」
「ふーん、てっきり銀髪の魔人がここに来ていると思ったんだな。いないのか」
「よくもぬけぬけと言ってくれるな。貴様という鎧の化け物のせいで……我らの将軍様は多くの血を流したのだ。故に今は療養中でここにはいない……これで満足か?」
一気に機嫌が悪くなったな。その代わりに、わりと有力な情報が手に入ったのは大きいぞ。やはり銀髪の魔人はやせ我慢をしていたのか。だとしたら、昨日は少し惜しい真似をしてしまったのかな。
あのまま強引に突撃していたらあるいは……ま、過ぎたことだから考えても仕方ないけどね。
「カイト、本当に何をしたんだい?他に隠し事をしているんじゃないだろうね?」
「今はカイト様を問い詰める場合ではないですよ、マリンダお嬢様。先に中身を確認しましょう。……開けてもよろしいですな?」
少し危なかったかもな。ゴブリンの恨み言のせいで俺が敢えて伏せていたことがバレるところだった。ジャックさんが中身の確認を優先してくれて助かったぜ。
「構わん。後は好きにしろ」
「分かりました。開けさせてもらいましょう」
ゴブリンの了承を得て、ジャックさんが宣言してから木箱のふたを開けると、中には文字の彫られた鉄のプレートが大量に敷き詰められていた。
それは見たことがある筈もない文字なのだが、何故か知らないけど読めたのである。えーと……内容は名前、年齢、階級が彫られているな。所謂、ドッグタグみたいな代物か。
なるほど、これならゴブリンたちにとっては大した価値はない。逆に、残された人にとってこの遺品は重要である。
ただ、そんなことよりもこの異世界の文字が当たり前のように読めることが気になるな。もしかしなくても、神様が俺に何かを施したのかな。
(ええ、その通りですよ。言葉や文字が理解できなくては、この世界で生活することはままならないですから)
(いきなりだな……俺が街の外にいるからか)
(はい、ちょうど離れているようでしたので)
(なるほど。それで俺に何の用だ?)
わざわざ話しかけてくるということはそれなりの事情があるに違いない。できたら街で俺に話しかけられない理由も教えてほしいものだ。……神様のことだから期待はできそうにないけど。
(余計なことを考えないで私の話を聞きなさい。おそらく、あの街には結界が張られています。その結界をどうにかしないと私はあなたに干渉することができません)
(妨害装置みたいなものか?)
(妨害ではないですが、それ以上に厄介な代物ですね。そこで、あなたには結界を解除してもらいたいのです。あの街の地下にあると思うのですが、結界の制御装置を設置するにはある程度の空間を必要としますし、維持する為に多くの魔力を注がなくてはなりません)
(地下にある程度の空間に、多くの魔力が条件か……それだけじゃ探すのは骨が折れるってレベルじゃないぞ)
にしても結界が原因か。どんな結界か分からないが、とりあえず探し出して解除したらいいんだな。
うーん、街に関してならルジェスさんが一番詳しそうだから、戻ったら聞いてみるか。それでも探すのは困難を極めそうではあるが……
(そうですね、敢えて条件と付け足すと内通者といった不穏分子……分かりやすく言えば裏切り者が関わっている可能性が高いですね)
(おいおい、ここで裏切り者かよ。あまりにも唐突過ぎるぜ)
(ですが、あの街を陥れようとする輩はいるに違いありません。その輩は魔王軍とも通じていると考えた方がいいですよ)
(マジかよ。それは洒落にならんな)
裏切り者ねぇ……街に入ってから一日しか経ってないし、俺には判別のしようがないぞ。なんなら、俺が裏切り者と思われることだってあり得る。ルジェスさんに相談するにしても、痛くない腹を探られないよう慎重に気をつけないとな。
ただでさえこっちは神様のことも含めて秘密にしていることがたくさんあるわけだし。
(目安と言ってはなんですが、怪しくて権力のある人物を探してみるといいですよ。たかが一般庶民ごときでは、周りから見つからずに結界を用意することはまず無理ですから)
(あーね、だったら怪しそうな貴族とか探してみるか。それなら候補が絞られるし、でもなぁ……)
快諾はしたものの、今度は別の問題が生じてくる。相手が特権階級である貴族となると、そう簡単に話が進むわけがないからだ。間違いなく持ち前の権力を振りかざしてくるに決まっている。
いくら俺が強くても、権力に逆らうのはマズい。後のことを考えると、荒波を立たせるのは避けたいところだ。しかし、ゴブリンたちが攻め込む前に裏切り者を見つけ出して捕まえないといけないから悠長なこともできない。
だったら、怪しいと思った貴族の家に強引に押し入るか?怪しまれるかもしれないが、俺がやったという証拠さえなければどうにでもなる……多分。
(どのような手段を選ぶかはあなたにお任せします。ただし、私という神から命令されたのですから人間ごときの権力に屈する必要はありません。いいですね?)
(はぁ……とにかく結界を解除するなら好き勝手していいってことなんだな。了解した)
相変わらず、とんでもないことを言ってくれるものだ。まぁ、今回に関しては気兼ねなくやれとのお達しだから気が楽だけど。
ただし、お尋ね者になる覚悟はしておいた方がいいかもしれん。
(それと言い忘れていましたが、あくまでも最優先は結界の解除なので、裏切り者や関りのある者の処遇は後回しで構いません)
(あいよ。結界優先だな)
やれやれ、大方の内容は理解できたけど、唐突な追加オーダーだよな。街を救う前に裏切り者を見つけて結界の解除か……だいぶきな臭いことになってきたぞ。これ以上は複雑にならないといいのだが。
ま、どんな内容でもやれと言われたらやるしかないんだけどね。いやぁ、本当に理不尽だ。
(そんな嘆くあなたにいいことを教えてあげましょう)
(いいことだぁ?)
(ええ、どうやらあなたたちを狙っている者がいるようです。さしずめ、裏切り者が放ったと思わしき刺客といったところでしょうか。帰る道中で襲ってくると思いますよ)
(何がいいことだよ……面倒事が増えただけじゃねぇか。それにマリンダさんとジャックも危ないぜ)
(おや、チャンスとは思わないのですか?裏切り者に繋がる手がかりになるかもしれませんし)
む……言われてみればそうだな。もし裏切り者が関わっているとしたら捕まえて尋問して有力な情報が手に入るかもしれない。それに神様のおかげで事前に襲撃されると分かっているし、対処はできる筈だ。
ただ、このことを知っているのは俺だけだから、刺客が出てきた際は真っ先に俺が矢面に立たないといけないな。問答無用で攻撃してくるかも知れないし。
「カイト、さっきからやけに静かだけど、どうしたんだい?」
「あー、考え事だ」
「ひとまず中身を確認しましたが、どうやら討伐隊が身に着けていたネームプレートのようですね。これを持ち帰れば、旦那様も納得してくださることでしょう」
「ネームプレートか、にしてもやたらと焦げた跡があるのが多くて、中には若干溶けている物もあるな」
「我らの将軍様が黒炎で大半の兵士を焼いたのでな。遺体は残らず、焼け焦げた装備品やネームプレートしか残らなかったというのが多かったのだ」
マジか。ということは銀髪の魔人が一方的に兵士を焼き殺したってわけかよ。じゃあ、置いてあった装備品の山は、燃えて無くなった遺体の代わりに埋葬するってことなんだよな。でも、あの有り様はあまりにも無惨すぎるぜ。
絶対にまともな戦いにすらなっていないぞこれは。あんな黒炎で燃やしまくるなんて、もはや虐殺の領域ではなかろうか。
「けっ、森林火災になるかもしれないっていうのに、よくもまぁバンバンと黒炎をぶっ放すもんだな」
「森林火災など起きる筈がなかろう。なにせ我らの将軍様が操る黒炎ならば、ある程度のコントロールもできるのだ。故に、兵士に当たればその兵士だけを燃やすこともできる」
「そ、そうか……」
俺としてはそんな返事を聞きたかったわけじゃなかったんだけどなぁ。あ、思い出してみたら昨日も当たった木だけしか燃えてなくて、他の木には燃え移ることはなかったな。
なるほど、ある程度なら燃やし方もコントロールできるってことか。あの黒炎は思いのほか使い勝手いいんだな。
……なんて納得している場合じゃないや。とりあえず用が済んだからさっさと帰るか。
「それじゃあ、そろそろ帰るんだよな?」
「いえ、少しお待ちください。最後にお一つだけお聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「ジャック殿よ、何が聞きたい」
「この街道をこのまま進むことは可能でございましょうか?」
「それはならん。我々とてこれでも十分に譲歩している方なのだ。進みたくば我々と相まみえることになるぞ」
即答だった。だが、当然と言えば当然である。戦略的にも街道を使わせるわけにもいかないだろうし、無傷で返してくれるのだから俺としては文句はない。
ジャックさんもそれが分かっていてもおかしくないのに、どうしてそんなことを聞いたんだろうな。
「やはりそうですか……マリンダお嬢様だけでも安全な場所に避難してもらいたかったのですが」
「何を急に言い出すんだい。まさか叔父さんにそう命令されたんじゃないだろうね?」
「旦那様は関係ございません。私の独断でございます」
ふむ、ゴブリンたちと合って普通に話が通じたから、あわよくばとか考えたのかな。でも、連中は命令に忠実だからなぁ。無理な話だろうよ。
それと仮にだが、ゴブリンたちがジャックさんの申し出を許したとしても、マリンダさんは反対しそうだけどな。
「ほら、もう用が無いんだから街に帰るよ」
「かしこまりました。これにて失礼させていただきます」
「気をつけて帰るがよい。……鎧の化け物よ、貴様だけ少しだけ残れ」
「ほほう、俺が一人になったところを袋叩きにしようってか?」
それはそれで大歓迎ではあるが、雰囲気からしてそれはなさそうだ。
一体俺に何の用があるんだ?
「我々が束になっても勝てない相手を襲うものか。……将軍様より、鎧の化け物が訪れた際の伝言を預かっている」
「へぇ、俺に伝言か」
「では聞くがよい。まず、我々の軍門に下れとのことだ」
「単刀直入だなぁおい。てか、馬鹿なことを言うんじゃねぇよ。断固として拒否するぜ」
まったく、俺に対してそんなに執心なのかね。敵だというのに呆れてしまいそうだ。
「で、それだけじゃないよな?」
「もちろんだ。貴様ではなく街に対してだが、降伏すれば無駄な犠牲を出すことはないとのことだ」
「はぁ……それならあの二人がいる時に言ってくれよ。あれでも街の代表者の姪御さんと執事なんだぜ?」
「む、そうであったか。てっきり風変わりな傭兵とばかり」
……冷静に思い返したら名前以外は明かしていなかったしな。勘違いするのは無理もないのかな?
まぁ、後で俺の方からルジェスさんに伝えておくか。
「では最後だ。戦場で貴様と正々堂々と戦うことを楽しみにしているとのことだ」
「ふーん、討伐隊を一方的に焼き殺してたみたいだが、随分と派手にやったもんだよな」
「何が言いたい……?」
「いや、まるで虐殺しているように感じてな。そんな奴に正々堂々と戦えるのが楽しみって言われてもなぁ。俺的には複雑な気持ちだぜ。というか、俺が負けたら今度は街の住民を黒炎で虐殺するんじゃないのか?そう思うと楽しみどころじゃないな」
「待て、あれは仕方のないことだったのだ。将軍様によると、奇襲して一人残らず殺せと魔王に命令されたそうなのだ。現に将軍様は苦い思いをされていた。本意ではないことだけは分かってくれ。それに非戦闘員には手を出すつもりはない」
ほほう、仕方なくやったのか。あの銀髪の魔人にも嫌な命令を押し付けてくる上司がいるんだな。てか、上司というか魔王かよ。
「まぁ理由は分かった。上からの命令で仕方なくやったわけだな。だが、魔王という言葉は聞き捨てられん。やっぱりお前らは魔王軍なんだよな?」
でも、魔王軍にしてはゴブリンたちで構成しているのは違和感がある。もっとこう、強そうなモンスターとか屈強な魔族の兵士がゴロゴロいそうなイメージがあったんだが。俺が期待し過ぎただけかな?
「実は明かすつもりがなかったのだがな。ただし、魔王軍といえども我らはその末端に過ぎん」
「簡単そうな辺境の街だから魔王軍の末端が差し向けられたのか?」
「それ以上は何も言えん。街を占領しろ以外のことは、将軍様も含めて我々は詳しくは知らされておらんのでな」
ふむ、ただ単に攻め込んで占領しろとしか言われていないのか。具体的な攻め込む理由が気になるところだが、本当に知らなさそうだから聞きようがないな。ん?つまりは街にいる裏切り者も知らないということになるのか?
とりあえず魔王軍であることもルジェスさんに伝えておこう。それと裏切り者に関してはこいつらが知っていなさそうだし、聞くだけ無駄だろうな。
「故にだ。次の戦場では正々堂々と真正面から戦うことができると、将軍様は楽しみにしておられるのだ」
「そうかい……これで伝言は終わりだな?」
「うむ、時間を取らせて悪かったな。だが、心しておくがいい。我々がゴブリンだからといって甘く見ていると次の戦いでは痛い目を見るぞ」
「はいはい。胸の内に留めておいてやるよ。じゃあな」
最後は半ば聞き流していたが、ゴブリンたちだけで俺への対抗手段でも考えているのかね。でもなぁ、最終的には銀髪の魔人と一対一のサシで勝負するんだろうな。何というか、そうなるという確信めいたものを感じている。
だが、その前にあの街にはろくに戦える人がいないんだぜ。しかも魔王軍と通じている裏切り者までいるらしい。正々堂々と真正面から殴りこんでも、特に苦労はしそうになさそうだし、果たしてそれが楽しいと言えるのだろうか。あの銀髪の魔人なら萎えてもおかしくはないが。
もしかして……魔王とやらそういった情報を敢えて与えていないとか?萎えるのを防ぐため?でも、ちょっと現実的ではないな。他にあり得るとしたら……魔王軍は一枚岩ではないのかもしれんな。
いや、もう深く考えるのは止めておこう。あまりにもややこしくて気が滅入ってしまう。
そもそも敵である俺には関係の無い話だ。それと、新たな脅威が差し迫っているからな。帰りの道中で襲ってくるであろう刺客に備えなくては……。