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第九話 苦い思い

「あー、なるほどね」


 驚きはなかった。完全にテリトリーから抜け出してないとしたら、ここにいても不思議ではない。

 少しタイミングがよすぎる気がしなくもないが、俺の背後にはゴブリンがいるらしい。神さまの言う通り、早速試すことができそうだ。

 ただ、銀髪の魔人に対する苦手意識が植え付けられたのか、怒りを買うような真似はしたくないと思い、どうも殺すという考えに至るのは躊躇ってしまう。

 それでも、ここは背に腹は代えられないと思って割り切るべきか?

 悩ましいところである。


「グギャギャッ!ギャッ!」


「はいはい。気づいてるからそう騒ぐな」


 殺気だっているのか、背後から自己主張の激しい鳴き声が聞こえてきて煩わしくなってきた。振り向けとか、もしくは殺すぞとか言っているのだろうか?

 実際に何を言っているのかは分かりもしないが、このゴブリンが銀髪の魔人の部下だとしたら普通に会話はできる筈だ。

 だから敢えて質問を投げかけてみることにした。


「先に聞いておくけど、お前は将軍様って呼ばれている銀髪の魔人の部下なのか?」


「……っ!」


 返事はなく、代わりに背後からは息を呑む音が聞こえた。この反応だと動揺しているようだし、あの銀髪の魔人とは無関係ではなさそうだ。

 そうなると、ますます殺すのは躊躇ってしまう。どうにか交渉をしたいところだけど……ほぼほぼ脅す形になるのは避けられないだろうな。穏便とは言えなくて気が進まないが、そこは仕方ない。

 さて、そろそろ落ち着く頃合いだろうし、ゴブリンはどう出るのかな?


「……ここで将軍様のことを口にするということは、この森にいることを知っているな。それをどこで知ったのか白状してもらうか!」


「ははっ、知ったも何も俺は偶然この森の奥で会ったんだぜ。それだけじゃなくて戦いもしたし……まぁ、結果は俺が負けて逃げたけど」


「な、何っ!?」


「そういうわけだから、どこで知ったとか聞かれたも答えようがないんだよな」


「でっ、でたらめを言うな!お前ごときが将軍様から生きて逃げれるなんてあり得る筈がない!」

 

 ふむ、この口ぶりからするとやっぱりあの場にいなかったということか。たぶん、ここにいるゴブリンは森に入ろうとする者に対する見張り役なのだろう。それならこんな森の端にいるのも説明がつくし、俺のことを知らないもの当然だ。

 それはともかくとしていい加減に振り返ってやるか。背を向けたままでは様にならないしな。


「待て!妙な真似をするな!」


 当然のごとく、振り向こうとする俺を警戒してゴブリンは怒鳴ってくるが、聞き流して無視する。

 これからゴブリンを脅さないといけないから、ここで下手に出て侮られるわけにはいかない。あくまでも、俺は強者としての立場に徹する必要がある。

 ……本音としてはまともに交渉するのが面倒ってのがあるし、血を要求するとかいう猟奇的な真似をしなきゃならないってのは大きいけど。


「おいおい、せっかく面と向かって話し合おうとしているんだぜ。それとも俺が怖いのか?」


「ぬかせ!お前ごときに怯える我らではないわ!」


「ん?我らってことはまだ他にいるのか」


 振り返ると、短槍を突きつけてくるゴブリンを筆頭に数体の仲間が後に控えていた。

 各々が短剣や弓を構えていて、槍持ちを含めると全体で六体である。他に声が聞こえなかったからてっきり一体だけだと思っていたが、よくよく考えたらたった一体で見張りをするわけがないか。


「何をボケっとしてる。お前は自分の立場を分かっていなのか!?」


「立場か……そう言うお前の方こそ分かってないんじゃないの?」


「くぅぅっ!こ、コケにしよって……この槍でそのご自慢の鎧ごと心臓を貫いてやってもいいんだぞ!」


 俺の挑発に乗ってくれて怒り心頭のようだ。

 しかし、これで襲ってくるかと思ったら襲ってこようとはせず、未だに短槍を突きつけたままなのは予想外だった。

 まだ理性が働いているのだろうか、もうひと押しが必要みたいだな。


「別に遠慮しなくてもいいんだぜ?ほらやってみなよ」


「ふざけているのかお前は!……ならば望み通り、この槍で貫いてやろうか!」


「ちょ、それはマズいっすよ!落ち着いてくださいリーダー。この鎧男からは色々と聞くことあるんすから」


 他の仲間は思いのほか冷静らしく、弓持ちのゴブリンがリーダーと呼ばれた短槍持ちのゴブリンを落ち着かせようとしている。でも、リーダーのゴブリンはプライドが高いのか、仲間からの声を無視して今にも槍を突き出しそうだ。

 よしよし、そう来てくれると助かるな。後は俺の望み通りに話を進めることができるぜ。


「大口をたたきよって……あの世で後悔するがいい!」


 仲間が制止していたにもかかわらず、リーダーのゴブリンは手元に短槍を引き寄せながら力を溜めこみ、それから躊躇なく俺に向けて突き出したのである。

 もちろん回避をしてやる必要はない。だから俺は何もせずにその攻撃を受け入れることにした。

 そして次の瞬間……金属と金属がぶつかり合うような甲高い音が響き、リーダーのゴブリンは驚きの表情を浮かべていた。


「つ、通じていない……まともに受けていながら、傷一つ付いてないだと?」


「満足したか?それなら次は俺の番だ」


「リーダー!今すぐ逃げるんだ!」


 槍の攻撃に自身があったのか分からないけど、通用していないのを目の当たりにしてかなりショックを受けたらしい。そのせいか軽く放心状態になっているみたいで、俺や仲間のゴブリンが声をかけても返事をするどころか、俺が近づいてもろくな反応を示さなかった。

 だからといって俺は容赦するつもりはない。リーダーのゴブリンの足を払い、バランスを崩させて倒すと、すかさず逃がさぬよう胸を踏みつける。一応だが、加減はしている。

 とりあえず、これで終わりだ。


「相手が悪かったな。ま、別に殺すつもりはないからそこは安心していいぞ」


「ば、馬鹿な……将軍様にも褒めていただいたというのに……まるで歯が立たないだなんて!」


「はいはい。負けたんだから大人しく黙っておきな。それと言っておくけどさ、少し自信過剰になって慢心しているんじゃないのか?今回みたいに痛い目みたくないのなら、そこは改善した方がいいぞ」


 なんて助言めいたことを言っているが、敗因は単純に俺が頑丈過ぎただけだ。普通の人なら背中に槍を突きつけられた時点で詰んでいる。

 故に、相手が悪かったというのが結論だ。


「さぁて、それじゃ交渉をしようじゃないか」


「こ、交渉だと?」


「人質は黙っとけ。で、お仲間さんは交渉に応じるのか?」


 俺がそう言うと、返事の代わりに別の物が返ってきた。それは殺意の籠った凶器であり、俺を殺す為に放たれた矢であった。

 ただ、さっきも言った通り相手が悪い。急所である頭部に命中はしても、頑丈すぎるが為に矢は簡単に弾かれて終わった。


「……それがお前らの返事でいいんだな?」


「い、いやー、手が滑っただけっすよ」


 ヘラヘラとしている様子が苛立たしい。この様子から見ても嘘をついているのは確実だ。でなければ手が滑っただけで矢が頭に命中するなんて偶然にも程があるし、しかも殺気とか隠しきれてなかったぞ。

 今回は通用しなかったにしても、また同じようなことをされては面倒だからこれは見過ごすわけにはいかんな。

 立場というものを解らせてやろう。


「へぇ、手が滑ったのなら仕方ないな。じゃあ……俺は足が滑ったってことにしようか」


「がっ、あ゛ぁぁぁっ!?」


「り、リーダーっ!」


 適度に加減しながら踏みつける足に力を加えると、その効果は劇的だった。

 リーダーのゴブリンは表情を歪ませながら苦痛で呻き声を上げて、その様子を見た弓持ちのゴブリンは血相を変えて焦っている。

 よほど慕っているのだろうか、だとしたら好都合だな。

  

「足が滑ったとか嘘じゃないっすか!思いっきり踏みしめているっすよ!」


「俺が足を滑らしたと言ったら滑らしたんだよ。それにお前らも似たようなことをしただろ。文句あるか?」


「くっ……さっきは悪かったっす。だからリーダーを痛めつけるのはどうか止めてくださいっす……」


「よぉし、それでいい。物分かりがいいな」


 やれやれ、ひと手間増えたがこれで不意打ちしてくることはないだろう。と思っていたのに、リーダーのゴブリンは別の意味でも厄介であった。


「お、お前たち!こんな奴なんかに屈するな!俺のことはいいから、ここから逃げて将軍様にこのことを知らせるんだ!」


「リーダー……」


 傍から見たらお涙ちょうだいといった展開かもしれない。しかし、当事者である俺としてはたまったものではない。せっかく一体ずつから少しずつ血を要求しようかと考えていた矢先のことだからなおさらだ。

 もしも逃げられてしまえば、残ったリーダーのゴブリンだけにしか血を要求できないし、どれだけ量が必要になるか分からないから、量によってはそのまま死なしてしまう可能性もある。

 とにかく黙らせておくか……


「だから人質は大人しくしておけって言っただろ」


「ムガッ!ムガガッ!」


 痛まない程度に顔面を踏みつけておく。土や泥が口に入るかもしれないが、そこは我慢してもらうしかない。

 ジタバタ暴れているけど、無視だ無視。


「で、交渉に応じるのか?」


「そ、それは……」


 おいおい、明らかに本気で迷ってるじゃん。どうにかしたいところだ。でも、どうしたらいい?

 そう内心で焦っていると、向こうからある質問を投げかけてきた。


「念のために聞くっすけど、そっちの交渉に応じたら……リーダーと俺らの命は保証してくれるんっすよね?」


「ん?俺はそのつもりでいたんだが。それがどうした?」


「じゃ、じゃぁ……仮に俺らが逃げたらリーダーはどうなるっすか?」


 なるほど、そういう確認か。

 俺の返答が当てになるか分からないにせよ。参考程度にどうなるのかは聞いておきたいのだな。

 まっ、俺は嘘をつくつもりはないし、ここは正直に答えるだけだ。


「別に殺すつもりはないけど、場合によっては死ぬかもな」


「やっぱり……そうっすか……」


 浮かない顔をしている。しかし、そうなるのも当然と言えば当然だろう。選択によっては自分たちのリーダーを見殺すかもしれないし、最悪の場合として俺が約束を守らず全員皆殺しにする可能性も捨てきれない筈だ。

 ちなみに言うまでもないが、前者はともかくとして後者のような真似はするつもりはないからな。

 ただし、それを口にしたところで信用してくれるかはまた別の話だ。むしろ余計に怪しまれるかもしれん。

 いっそのこと……全員殴り殺した方がいいような気がしてきたな。逃げられたら面倒だし、籠手を修復させるためにも、血は多いに越したことはない。

 それに銀髪の魔人とは高確率で戦うことになりそうだから、俺に対して怒ろうが怒っていまいが関係のないことだ。

 なんて物騒な思考に至りかけていると、ゴブリンたちの相談している声が聞こえてきた。


「な、なぁ……交渉に応じた方がいいんじゃないか?」


「俺もそう思う」


「皆もそう思うっすか?」


「だって、リーダーを見殺しにすることはできないし」


 おぉ、これはいい流れではなかろうか。交渉に応じてくれるのなら色々と手間が省けるし、リーダーのゴブリンを死なせる可能性も無くなる筈だ。

 ただ、人質となっているリーダーのゴブリンはそれをよしとしないのか、必死に藻掻いて暴れている……。口を塞いで正解だったな。

 そして話がまとまったらしく、弓持ちのゴブリンが俺に近づいてきた。


「皆と話し合ったんっすけど、俺らは交渉に応じるっす」


「その返事を待っていたぜ。やっぱり嫌ですとか言うなよ?」


「将軍様を裏切る以外だったら大丈夫っす……」


「裏切る?あー、そういう発想もあったか」


 籠手を修復させる為しか頭に考えてなかったな。言われてみれば、裏切らせるという発想もありかもしれない。

 だが、俺からしてみれば確実性がないから却下だ。こんなやり方なら途中で俺の方が裏切られるかもしれないし、何よりリスクが高過ぎる。

 それならなら確実に成果が得られる方を選ぶのが懸命だろうよ。


「安心しな。別にややこしいことを頼むわけじゃない。至極簡単なことだ」


「と、言いますと?」


「血だ。お前らの血を少しずつでいいから寄越せ。それで十分だからよ」


「……へっ?」


 案の定というべきか、素っ頓狂な声をあげた。やはり予想外だったのだろう。

 その気持ちは分からないこともない。俺だっていきなり血を要求されたら「何言っているんだコイツ」と思うに違いないし、吸血鬼なのかと聞き返したくもなる。

 そういや……この世界には吸血鬼とかいるのかな?ゲームの方でもレア枠だったからいつか本物に会ってみたいな。……会ったら襲われそうだけど。


「すみません。血って、あの赤い液体の血ですよね。聞き違いじゃなければ」


「それで合ってる。ついでに瓶とかに入れてくれると助かる」


「わ、分かりましたっす……」


 まだ納得してなさそうな顔だったが、一応は俺の要求に従うらしい。従ってもらわないと俺が困るけどな。その時はリーダーのゴブリンを痛めつけないといけないし。

 あ、忘れてたけど口を塞いだままだったか。せめて口だけでも自由にしてやろう。


「ペッペッ!この野郎……さっさと頭から足をどかせ!」


「人質が何を言っているのやら。解放するのはまだだぜ」


 自分の立場を理解しているのだろうか。気持ちは分からんでもないが、もう少し静かにしてほしいものだ。

 しかし目的の達成のためとはいえ、まさか人質を取るという卑怯な手段に出るとは思わなかったな。しかも初めてなのに上手くいっているしで、ある意味では驚きだ。

 ……いや、冷静に考えてみよう。いきなり異世界に飛ばされることに比べたら些細なことだよな。

 それに、俺はゴブリンを大量に殴り殺した実績があるから、生かしてることを考えるとまだ慈悲がある筈だ。

 

「持ってきたっす」


「お、早かったな」

 

 ともあれ、ようやく終わりそうだ。後はリーダーのゴブリンを解放して、瓶に入った血を飲めば終わりだ。

 少し時間を掛け過ぎたが、銀髪の魔族から必要以上に恨まれたくないからな。これで良しとしよう。


「えっと……こ、これでいいんっすよね?」


「あ、あぁ、それでいいぞ」


 差し出された瓶の中には赤い血で満たされていて、淵やその周りには上手く入らなかった血が垂れているせいか、生々しくて少し気持ち悪いとさえ思ってしまった。

 だが、そんな代物を俺はこれから飲まなくてはならない。

 はぁ……トマトジュースだと言い聞かせて飲むか。今の俺は匂いを感じないのが救いだな。


「よし、人質を解放してやってもいいが、まずはそれを先に渡してもらうぞ」


「それはもちろん分かっているっすよ。でも……気になったんすけど、この血は何に使うんすか?」


「あ?俺が飲むんだけど」


 そう言った瞬間、弓持ちのゴブリンの表情が凍りつき、恐る恐る口を開いた。

 

「……頭は大丈夫っすよね?正気なんすよね?」


「…………」


 なんだこの言われようは、まるで俺が狂人みたいな扱いじゃないか。確かに俺のいた世界で血を飲むと言えば、間違いなく異常者扱いされるだろう。

 しかしだ、ここは異世界であって俺のいた世界ではない。それに一部のマナポーションにはモンスターの血を材料にすることもあるのだ。だから飲んでもある程度は大丈夫だと思うのだが。

 まぁ、ゲーム内ではモンスターの血とか飲んだことはないけど、そこまで言われるようなことなのかね?

 だとしても、これから先のことを見据えたらここで飲む以外の選択肢はない。


「俺は至って正常で正気だぜ。だからそれを渡してくれないか。お前らもリーダーを解放してほしいだろ?」


「だ、だけど……」


「あぁん?ガタガタ抜かすんじゃねぇよ。お前らの大事なリーダーの頭が潰れたトマトみたいになってもいいのか?」


 ちなみにだが、勢いで潰れたトマトとか口走ったのはいいけど、この世界にトマトはあるのか?と思ったのはここだけの話である。


「分かりました!だから、もう余計なことは言わないっす……」


 ふぅ、やっと素直に渡してくれるか。

 何かを危惧しているようにも感じたが、どうせ大したことではないだろうよ……。たぶんな。


「じゃ、渡してくれ」


「ど、どうぞ……って、なんすかそれは?」


 今度は何だよと口にしそうになったが、俺が瓶を受け取るために突き出した手に視線が行っていた。

 あぁ、指の部分がまだ修復されてないからな。確かに誰もが見ても違和感を感じるだろうよ。

 だが、説明するのは面倒だし時間が惜しい。


「気にすんな。あ、でも落とすのは嫌だから落とさないように頼むぞ」


「はい……では、どうぞっす」


 俺の意図を察してくれたらしく、今度は余計な口を挟むことなく瓶を渡してくれて、両手で慎重に受け取った。

 では、俺も約束を守ってやるとしよう。


「おい、解放してやる。さっさと仲間のところに行きな」


「ふんっ……覚えておけよ。いつか目にものを見せてやるからな!」


 俺を睨みつけていかにもな捨て台詞を吐きながらも、素早い身のこなしで立ち上がると逃げるように仲間の元に行った。

 ……あっさりと俺に負けたくせに、よくもそこまで強気でいられるな。大した度胸だと言いたいところだが、どうせ怒るから言わなくてもいいか。


「そうすると、後はこれを飲むだけか……」

 

 瓶を眺めながらそう呟く。

 神様が言うには、飲んで修復したい箇所に意識を向けたらいいと言っていた。それが本当かどうかはこれから試すわけだが、想像していた以上に瓶に入った血のビジュアルがキツいな。トマトジュースと見立てるのは無理があるぞ。

 こんな代物を飲むとか、ある種の嫌がらせ……いや拷問が妥当か?


(何を馬鹿なことを考えているんです。時間が惜しいのではないのですか?)


(くっ、こんな時に神様が出てくるのかよ)


 どうせ神様のことだから心の準備をさせてはくれまい。なら、お小言を貰う前にさっさと飲むか……

 あぁ、気が進まないんだけどなぁ。


「せめて、銀髪の魔人と同じまでいかなくても、少しくらい美味しかったらいいんだが……」


 祈るように言いながら、俺は一気に呷った。

 しかし、無情にもその祈りは届くことはなかった。


「お゛ぉぉぉげえ゛ぇぇぇっ!?」


 マズい。あまりにも味がマズすぎる。

 甘い、辛い、酸っぱい、苦いとかは一切感じない。ただただ、ひたすらにマズいとしか言いようがない味である。これなら真っ黒に焦げた焼き肉を食べた方が何十倍もマシだ。

 こんな味がこの世に存在してもいいのかと、そう叫びたくなる。

 それから悲しいことに、この鎧の身体は口にしたものを吐き出すという機能がないのだ。あればさっさと吐き出して気を落ち着かせたいところだが、無いおかげで余すことなくしっかりと味わう羽目に陥っている。

 さすがにこれは酷すぎやしないか……


「お゛うぇ゛っ、げほっげほっ……はぁはぁ」


(神様よぉ……こんなにマズいとか聞いてねぇぞ……)


(ええ、私も知りませんでしたから当然ですね。そうですね……理由としては、やはりマナが劣悪だからでしょうか?)


(いっそのこと、完全に味覚を感じないようにしてくれよ……)


(それはできません。余計な手間を増やしたくないので)


 詫びれることもなく、淡々としている辺りが憎たらしいと思ってしまう。

 徹底的に抗議してやりたいところだが、これまでの経験上、絶対に無駄に終わるのが目に見えている。

 はぁ……抗議は諦めるか。


「ほ、本当に飲みやがった……」


「実は自殺志願者なんすかね?」


「お前ら……まだいたのか」


 逃げ出すだろうと思っていたゴブリンたちは未だに残っていたようだ。

 こいつらは何がしたい?


「いやー、俺らゴブリンの血は人間たちにとっては毒っすからね。だから飲んだら死ぬんじゃないかなと……」


「けっ、俺が毒で死ぬわけないだろ」


(で、実際のところどうなんだ?人間の身体じゃないから死なないとは予想しているけど)


(あなたのその予想は当たってますよ。毒死というくだらない死因で手駒を失いたくないですし)


(そんな理由で毒無効なのか……)


 ありがたいが、理由が俺の為じゃないと知って少し複雑である。結局は神様本位ということか……俺は神様の道具なのかね?


(当然じゃないですか。私の為にあなたをこちらの世界に召喚したのですから。それで、あなたにはやるべきことがあるのでは?)


(あまりのマズさに修復のことを忘れていたな……)


「おいお前ら、いいものを見せてやるぞ」


「ふん、いいものとはお前の死に様のことか?」


 あの槍持ちはどこまで強気でいやがる。まぁ、そこはスルーするとして、せっかく血を提供してもらったんだから修復の実験に立ち会ってもらうとしよう……。もし完全に修復できなかった場合は、追加で血を提供してもらおうかな。

 二度とあんなマズいものを口にしたくないから、そうならないことを祈っておくけど。


「弓持ちのやつは見たと思うが、今の俺の手には指がない。だけどな、前らの血を飲んで手に意識を集中させると……」


「何のつもりだ?」


「さ、さぁ……でも指が無いのはこの目で確認したっすから……もしかすると指が生えてくるんじゃないっすか?」


「はっ、馬鹿馬鹿しい。あり得る訳がない」


 こいつら好き勝手言ってやがるな。ただ、弓持ちの言っている通りになるとは思うぜ。

 現に、意識を集中させているおかげで形容しがたい何かが手に集中しているのを感じている。

 そして少しずつ喪失感が薄れてくると、次第に目で見ても分かる早さで指が修復されていった。


「え、リーダーちょっと見てくださいよ。鎧の指が生えているんすけど、俺の見間違いじゃないっすよね……?」


「指が……生えている……?それも鎧の?」


「鎧って……あ、お前らは俺のことを知らないんだっけか」


「ど、どういうことなんだ……?」


「見れば分るよ。ほれ」


 俺はそう言って、ゴブリンたちの目の前で鎧の口を開けて見せてやると、ゴブリンたちは目を見開いて絶句していた。

 ここまで分かりやすく反応してくれるとはね。見せた甲斐があるもんだ。


「か、顔が見えない……いや、それ以前に存在しないというのか……?」


「何すかこれ……訳が分かんないっすよ……」


 しっかし、驚きを通り越しているのは俺の気のせいかね?

 ま、最初は敵同士だったけど、このゴブリンたちのおかげで修復ができたし、とりあえず礼ぐらいは言っておこう。


「それじゃ、礼を言わせてもらうぜ。銀髪の魔人に両手が砕かれたんだけどさ、お前らのおかげで元通りだ。ありがとうよ」


「なんてことだ……我らはこんな鎧の化け物に手を貸してしまったというのか……」

 

「そ、そんな……」


 思いつきで何となく見せてみたのはいいが、酷い言われようだ。よりにもよってモンスターであるゴブリンたちに化け物呼ばわりされるとは思わなんだ。

 それだけ俺は人間離れしているのかねぇ……って十分しているよな。常識的に考えてもありえない事ばかりである。ただ、その事実を改めて突きつけられると辛いものだ。

 つっても、好きでこんな姿になったんじゃないんだよなぁ。


「こんな化け物と戦ってられるか!に、逃げるぞ!このことを将軍様に報告だ!」


「あ、待ってくださいよリーダーっ!」


 俺が内心で嘆いている間にゴブリンたちは逃げていった。殺すつもりはないから別にいいけど、そこまで恐ろしいのかと感想を聞いてみたかったから残念である。

 何はともあれ、完全に修復したのだから俺も街に行くとしよう。

 ただし、これから先では注意するべきことがある。


「ゴブリンでさえああ言うんだし、街に着いたらバレないようにしないとなぁ」


(化け物呼ばわりされたくないのなら、それが賢明でしょう)


 珍しく、神様は俺の言うことに肯定してくれた。


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