プロローグ
俺こと、神谷カイトはひたすら走りながら思う。どうしてこうなったのかと。
本来ならご飯を食べて、バイトをして、家に帰ったらダラダラゲームをして、眠くなったら寝る。俺にとって何の変哲もない日常を送るはずだった。
年も十九歳で、もう少しで二十歳だ。そんな生活でも大丈夫なのかと不安に思われるかもしれないが、死んだ両親の残してくれた遺産やら保険金がある。後は散財さえしなければ一生の生活費に困ることはないし、足りない分はバイトで補っている。
ここでサラッと両親が死んだと言ってはいるけど、生憎と物心が付く前だったもんで、悲しむことはなかった。
まぁ、正確には周囲が酷すぎて悲しむどころではなかった。というのが正しくて、今になって思うと胸糞悪いとしか言いようがないけど、今回は時間がないため説明を割愛させてもらう。
なんで時間がないかだって?
そりゃあ、現実逃避する余裕が無くなったからさ。
そして次の瞬間には耳元で風切り音が聞こえ、現実逃避は強制的に中断される。
「チッ」
顔のすぐ横を殺傷能力がある物が通り過ぎたのだ。それが運悪く当たれば死んでしまうかもしれないという、死への恐怖を誤魔化すために舌打ちをしてしまう。だがそんなことをする暇があるなら、奴らから逃げ切れる手段を考える方が建設的だろう。
現に奴らとの距離は相変わらず変わっていない。
「グギャッ!」
背後からは耳障りで威嚇めいた鳴き声が聞こえてくる。小心者が聞けば足が竦むかもしれないが、生憎と俺はゲームで聞きなれているから問題ない。
ここで『ゲームで聞き慣れている』という言葉が出た時点で、ある程度は察しただろう。
俺は今まさに、ゲームに出てくるようなモンスターにより、現在進行中で追いかけられている。
まぁ、ゲームで慣れているということは、十分にアドバンテージがある筈だ。
故に、内心のどこかでは『きっとどうにかなる』と高を括っていたみたいだが、現実はそうも甘くはなかった。
「グギャギャーッ!」
「グギャッギャッ!」
突如として、目の前に左右の草むらから二体のゴブリンが躍り出る。それも二体とも得物を掲げながらだ。
まさしく初見殺しめいた登場の仕方で、ここで判断を誤れば詰んでしまうのは必至である。現実はゲームと違って厳しいのだと急に実感させられ、慣れているという慢心は既に消え失せた。
今の頭の中を占めるのは焦燥感だけだ。
「くそっ!ふざけやがって!」
悪態をつきながらも、背後から迫ってくる二体のゴブリンの距離も縮まっている。このままでは挟み撃ちにされてしまう。何としてこの状況を打破しないといけない。
本当にどうしてこうなったのかと、天に向かって嘆きたくなる。
そして、この状況に陥った経緯を説明するために、今から幾分か時間を巻き戻す必要がある。