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第九十話 刻紫剣

 ホルスターに拳銃を装備。

 ローブは青ジャケットに変更。

 伸縮性の高い戦闘服を纏った。


 刻紫剣(こくしけん)を相手に、おいそれとは間合いに入れない。

 一先ずはヒットアンドアウェイ。

 遠距離砲撃で様子見し、その後中距離に移行。

 手から剣が離れれば俺の勝ちだ。


 決着の定義は三つ。

 一つは降参。

 一つは得物の喪失。

 それから場外。

 アイーダコロシアムは円形状の闘技台を採用している。

 円の縁からはみ出たら敗北だ。


 このルールにより、ルーセントは敗北を喫した。

 一薙ぎで終わったそうだ。

 折角の怪力を活かせずに負けるとは、あいつもツイてないな。

 

---


 会場入りして、能力制限を外して。

 湧き上がる会場の声を聞いた。

 開戦前にも関わらず、凄まじい熱気だ。

 周囲のザワつきが、コロシアム全体に立ち込めている。


「うん。じゃあまたね…」


 カグヤが伝令石を通じて、誰かと話していた。

 随分と楽しそうだったが、一体。

 誰? ほんとに誰?

 気になる。


伝令石(ランナーストーン)を使いこなせるようになったか」


「あ、うん。これ便利だよね」


「誰と話していたのだ?」


「…秘密」


「それは困る」


「なんで?」


「なんでって……何となく」


 胸がチクチクするような痛み。

 コウには、逆流性食道炎の疑いがあると言われた。

 結構前に診断された記憶が。


「私は、アビルが一番だよ?」


 なんて言われると、すっかり良くなってしまう。

 無性に抱き締めたくなる。


「俺だってそうだよ。論点はそこじゃない」


「ありゃ。じゃあ、もしかして嫉妬?」


「かもしれない」


 素直に思ったことを口走ったら、頬にキスされた。


「正直者にはご褒美だ」


 艶かしい悪戯な顔は、俺の身体を高揚感で満たした。

 力が漲る。


---


 一人長い通路を進む。

 この先に、闘技場がある。

 光が大きくなってきた。


「さぁて……やるか」


 外に出た。

 瞬間、どっと湧く歓声。

 人種様々、爵位不問。

 フォルワードは、一番高いところにあるVIP席だ。

 やはり、彼は大公としての風格がある。

 仰々しい護衛を背に、偉そうにふんぞり返っていた。


 ではマリオルはどうか。

 彼女は、カグヤと一緒に最前列で観戦するようだ。

 俺以上に緊張の面持ちで、手に持つ杖をぎゅっと握り締めている。


 視線をずらしてみた。

 カグヤが手を振ってくれた。

 気づいてくれた。


 広い闘技台。

 真正面に映る豪気な凶龍。

 あれが…。


「待ちくたびれたぞ魔術王」


 中央に立つ剣士は煌剣を輝かせ、ニッと笑う。

 俺と同等か、僅かに下の背丈。

 俺と対極の、漆黒の戦闘服。

 一際目を引く翡翠色の髪は、天を衝く二本の角を神々しく魅せた。


「先だって、我が旅人の妖魔から言伝を預かっている。殺す気でやれ、とのことだ」


 刻紫剣が闘技台を踏み抜いた。

 縫い目にそい、バッと舞い上がる石畳。

 なるほど。

 ここじゃ狭い、と。


「整備ご苦労。で? もう始まっているのか?」


「無論だ。来い」


 俺は銃口を構えた。

 予め溜め込んでいた魔力を、分割の弾にした。

 すると、視界が逆さまになった。

 

 世界がゆっくりと進んでいる。

 空が見える。

 赤い水滴が見える。

 カグヤの叫び声が聞こえた。


「…っと。危ない危ない」


 俺は後方に飛んだ己の頭を掴んで、首に戻した。

 再生魔術。最大出力。

 会場から悲鳴が込み上げる。

 この男を相手に、不老不死の力は使わない。

 時間が勿体無い。

 

 開幕早々、視認不可能な領域から斬り込んでくるんだ。

 リンファの、何倍もの早さで。


「やはり、首を撥ねた程度では死なんか」


「まあな。小手調べでくたばったらつまらんだろう? だから興に乗ってやった」


「……いいぞ、それだ。それでこそ、我が頭上に相応しい」


 ドンッと爆発音が鳴り響く。

 刻紫剣が両目を大きく見開き、琥珀色の瞳に紋章を浮かべた。

 能力は戦闘時にわかるだろう。


「第二魔装・正子終熄尖兵(ユングヴィ・メテオ)


 纏うは青白の炎。

 タレット型の魔法陣。

 彼は、神界大戦を終わらせた貴公子である。

 腰まで届く程の長いストレートなその髪は、世の男達から羨望を集めると同時に、数多くの女性を惹き付けた。

 清く、正しく、美しく。

 誰もが一度は夢見た理想に、彼は到達した。

 魅せられた。

 その力と、その速さに。

 

狂速(きょうそく)を超えた亜光速(あこうそく)の世界。お前に見せてやる」

 

 居合以外なら、何でも来い。

 全て捌ききってやる。


「魔装…まだその段階か」


 刻紫剣が瞳を闇に落とし、浅くため息をついた。

 ぞわりと、背筋が凍った。

 威圧だけで、死を予感した。


覇装(はそう)王覇龍神(おうはりゅうじん)


 闘技台は疎か、コロシアム全体に亀裂が走った。

 伏兵の革命魔術師が結界を貼るも、魔術式諸共消し飛ばされ、意識を失った。

 会場は騒然とする。

 しかし、誰一人としてコロシアムを出るものはいなかった。

 見届けたくなったのだ。

 謎の剣士たる彼の全身武装が、どれ程のものなのか。


 手先が震えた。

 奴の、その覇装とやらに。

 覇装は鎧だ。

 しかし、鎧と言うにはあまりに禍々しく、悪魔的に煌めいている。

 軽装だが、密度が段違いだ。

 俺の魔装を遥かに凌駕する、才と練の合技。

 剣。

 ただそれだけを見つめ続けた男が至る、神殺しの御業。


「この戦いは、王が姫を救い出すまでの物語だ」


 これが刻紫剣。

 世界最強の天撃級(こう)剣士。

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