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第八話 故郷での最終日

 王宮の大広間。

 俺が今いる場所だ。

 豪華絢爛な装飾が施された天井と壁。

 純白の床には赤いマットが玉座に向けて敷かれていた。

 謙虚な派手さを象徴する高官。

 重厚な鎧を身に纏う近衛騎士に、勲章を付けた王宮魔術師が多数。

 延べ150名余りがここに集う。

 

 黄金一色の玉座に腰を掛ける老人は、それに見向きもしていない。

 真正面に、地べたに座り込む珍妙な生物に夢中だからだ。

 珍妙な生物とはカグヤである。

 ここが何処で、どういった場所であるかは理解しているであろうに、与えられたクッキーを床に零しながら食べている。

 以前、俺が提供した茶菓子とは比較にならないほど高価なものをニコニコで貪り食う小動物。

 不敬にも程がある。


 かくいう俺も腕を組んで見上げているわけだが、どうも気分が優れない。

 何故だろうか。

 そうか、見下ろされているからだ。


「賢王。頭が高い、玉座から下りろ」

 

 そう言った瞬間、数多の接触音が轟く。

 近衛騎士達が一斉に俺の方を向いたのだ。

 恐ろしい形相で俺を睨らみつけ、ふと、床に座り込む少女を眺め始めた。

 ジーッと物珍しそうなものを見る目で。

 王は深くため息をついて玉座から立ち上がり、ゆっくりと歩を進めた。


「豪胆な娘よな」


 王が苦笑する。


「ああ、彼女なりのレジスタンスらしい」

 

「ワッハッハッハッ! やはりカミノの娘なだけある。この黒髪はミコか…懐かしいな」


 王は高らかと笑い、思い出に耽けるようにカグヤの頭を撫でた。

 カグヤは、もっと撫でろと言わんばかりに頭をずいずいと差し出す。

 俺様感が否めない。

 

 メイルイ王国は襲名制であり、前国王の名をそのまま受け継ぐ。

 その為、現国王の名は当然メイルイ。

 元の名はエルドラドだったらしい。

 悪名高い前国王は病に侵され、この世を絶った為、カグヤとは直接面識が無い。

 この男も同様、初見である。

 事後、コレクトが責任追及された際にカグヤの名を出したところ是非会いたいと要望があった。

 耳寄りな情報だったらしく、コレクトと愉快な仲間達は不問となり今に至る。

 この男はカミノの友人で、ある騎士団の参謀から一国の王に君臨した。

 長らく空席だった玉座を我が物とし、類稀なる頭脳を国の財政状況や治安維持に充て、立て直した、まさに賢王。

 民の幸福を信条として日々改善立案を立てる。

 時に現場に赴くことすらあるという。

 この国の未来は良い方向へ進んで進んでいると言えよう。

 カミノが引き起こした抵抗運動は、思わぬ形で実を結んだのだ。


「カグヤへの謁見はもう済んだろう」


「いや…それワシが言うべき言葉なのだが…」


「俺がこの地に存在する内は俺が王だ。手短に済ませてやるから、早く座らせろ」


「噂に違わぬ傲慢さよのう…」


 王は「やれやれ」と言いつつ、控えの者に指示を出した。

 高官の一人が椅子を二つ用意してくれた。

 二つ。

 カグヤの分が無い。


「おい。彼女の椅子が足りんぞ」


「お言葉ですがアビル殿。膝元をご覧下さい」


「ん?」


 高官に諭され視線を落とすと、コツンと何かに当たった。

 カグヤが俺の膝上に鎮座していた。


「何をしている。さっさと降りろ」


「やッ!」


「はぁ…なら少し大人しくしててくれ」


 ああもう、クッキーがポロポロ…。

 本当に酷い。


「お主は、この娘とどういった関係なのだ?」


「平たく言えば保護者だ。此奴の母、ミコの捜索を全面的に支援している」


「ああ…だから子連れ」


「一つ聞かせろ。誰がそれを広めた」


 王は口角を釣り上げて、プルプルと肩をふるわせた。


「アルフォルドから…ちょいとばかしな…」


「伝播させたのは貴様か」


「然り。だが国中には広めとらん。どうだ、お主が求める答えに少しは近付いたか?」


 たぬきが。

 俺の狙いを見抜いた上で招聘したのか。

 とするならば、散在する取り巻き達は皆コイツの直属だ。

 業腹だが、この男からも情報を聞き出さねばならん。


「概ね正解だ。して、情報開示を頼む」


「そうしたいのは山々なんだが、信用出来る側近が今、居ないのでなぁ」


「それは宰相の事を指すか?」


「さあ、誰であろうな」


 全て知ってるかのようなニヤケ面に虫唾が走る。

 信用出来るだと?バカを言え。

 信用していないから呼ばなかったんだろ。


 などと、顔に出ていたかもしれない。

 王の表情に影ができた。


「お主に一つ助言をしよう。詮索するのであれば、まず初めに緩衝を入れるべきだ。結論を急げば敵は手を早めるぞ」


 王は真剣に、諭すように言った。

 俺としたことが、まんまと弱みを見せてしまった。


「貴様の言う通りだな…」


「無理もあるまいて。そこの娘を…おや?」


 王が不思議そうに首を傾げた。

 理由は俺の膝にあった。

 カグヤが俺を抱き締めるように、大変宜しくない体勢で寝始めたのだ。


「えへへっ…あったかーい」


 厚顔無恥とは、まさにこの事。

 蠱惑的な声で俺を誘い、椅子を揺らし始めるカグヤ。

 騎士達の視線が痛い。

 置いてくればよかった。


「話を戻そう」


「その体勢のままでか!?」


 清々しいくらいのツッコミに少しだけ笑ってしまった。

 突如、バタンと扉の開く音が聞こえた。

 誰か入ってきたようだ。

 見覚えのある髭。茶色い髪を持つ老人。

 アルフォルドが普段着で登場した。

 

「火急と言われ来てみれば、アビル殿が来ていたとは。わたくしを呼ぶ必要性が見当たりませんな」


 アルフォルドは安堵の表情を浮かべる。


「すまぬな。生憎、お主より信頼出来る者は居らんゆえ」


「王命とあらば致し方ありません。この老骨、何処へなりとも駆けつけましょう」


「老骨と言われると罪悪感があるな…ま、確認したい事もあったのでな。ちこう寄れ」


 俺とカグヤを差し置いて、二人は話し始めた。

 どういう事だ。


「ではまず、プランAにあたる人員の数から聞こうか」


「はい。近衛騎士団より20名、西方騎士団より衛生兵を5名、凰鳴(おうめい)師団から指揮官を2名、わたくしを含め計28名にございます」


「物資の調達は進んでいるか?」


「滞りなく進んでおります」


「うむ。ならば問題あるまい」


 何かを確認しているようだ。

 プランA?物資?

 ますます訳が分からん。


「ねー、アビルー。ひーまー」


 カグヤが頬を膨らませていた。

 俺以上に退屈らしい。

 少し離れててもらおう。

 

「ほら、あそこに突っ立ってる騎士達にでも遊んでもらえ」


 そして、しばらく戻ってくるな。


「うんわかった! トウッ!」


「ぐふっ」


 腹を思い切り蹴られた。

 即断即決は褒めてやる。

 が、王宮から出たら説教だ。

 

 などと考えていたら、コツンと甲高い音が耳に入ってきた。

 カグヤが若手の騎士の鎧を突いたのだ。

 騎士達はカグヤの突撃に戸惑いを見せた。

 だが、すぐに緊張を解いて取り囲んだ。

 質問する若手の騎士にカグヤは身振り手振りで何かを語った。

 そしたら、どっと笑い声が上がる。

 和気藹々としていて楽しそうだ。


 二人の会話が終わるまで、しばらく目をそっちにやっていた。

 どうやら、ここに居る直属兵達はカグヤに対して抵抗感が無いらしい。

 寧ろ好ましく思っているようだ。

 何処の馬の骨とも知らぬ彼女に剣を抜いて渡し、握り方を教えていた。

 闇雲に振り回していても怒らず、優しく静止した。

 王の面前で肩車や追い掛けっこ。しまいには、床に座り込んでボードゲームまで始める始末。

 警戒心が皆無だ。

 良く言えば寛容、悪く言えば平和ボケ。

 個人的には前者だと思いたい。

 

 傍観すること幾許か。

 二人の話が終わったようなので、体勢を戻した。


「話は済んだか?」


「うむ、たった今な。して算段はついた。ミコの捜索に必要な手札は十二分に揃っているようだ」


「ミコの捜索…貴様らがか?」


 思いもよらぬ回答に頭がこんがらがった。

 王は顎に手を当てて、ふんぞり返る。


「お主は中央大陸へ向かうのであろう。ここより西に進むのであれば、目的地は間違いなく隣国セレスティア。転移魔術を禁じる以上、行くのにも戻るのにも時間が掛かる。二度手間は許されない。であれば、人手は多い方がいい。よって、アルフォルドが編成した捜索隊を東へ向かわせる。北と南は…追々考えよう」


「ちょっと待て! 何故貴様が、俺が中央大陸へ向かうと知っているのだ。そして何故、俺が転移魔術を禁じたと知っている」


「至極単純な話よ。隔絶されたメイルイ王国にて誰かが攫われ、売られたとなれば、そう遠くへは移送出来まい。ここから一番近い国は北西にあり、そこへは中央大陸を横断する必要があるからな。それに転移魔術は悪用されれば事だ。これに関しては、お主自身の問題かもわからんがな」


 どうだ? とでも言いたげな表情で王は語った。

 底知れぬ直感力と頭脳。

 この男もまた、突出した人間か…。

 

 なんにせよ、助力は有り難い。

 快く引き受けてもらうことにしよう。


「情報提供もとい捜索幇助に感謝する。捜索隊への報酬は俺が支払おう。この国は今、財政難なのだろう?」

 

「昔に比べ、だいぶ良くはなったが…そうして貰えると助かる」


「わかった。では帰国次第早急に」


 王が手を差し出してきた。

 硬い握手を交わし、王が耳打ちしてきた。


「宰相はもうすぐ戻る。言っておくが、この国はあの男無くして立ち行かない。しかし…此度の暴挙は看過出来ん」


「認めるのだな。奴が黒幕だと」


 王は眉をひそめて、周囲を見渡してから頷いた。

 詳細を話す気が無い…と言うよりかは話せないのだろう。

 宰相が誰なのかは知らない。

 ただ、王ですら頭の上がらない人物なのは火を見るより明らか。

 相当な切れ者か、或いは他国との繋がりが強い売国奴か。

 今考えたところで、予想の範疇を出ない。

 それに直談判すれば済む話だ。

 俺はカグヤを連れ戻し、大広間を出た。


---


 外光が差し込む、明るく長い廊下を二人で歩く。

 等間隔に置かれた大きな花瓶には、色とりどりの花束が添えられている。

 白い床と相まって綺麗だ。


「あの人達は悪い人達じゃなかった」


 カグヤが、ぽつりと呟いた。


「だろうな。お前の無鉄砲さに心打たれたのだろう」


「ねえそれ褒めてる?」


「褒めてるとも。短い時間ではあったが、少しでも遊んでもらえて良かったな」


 そう言うと。

 カグヤは俺の真正面に立って、嬉しそうに飛び跳ねた。


「それはもうほんと楽しかった! ボードゲームなんて初めてやったよ! 一面真っ白にされて訳わかんなかった!」


 完敗したようだ。

 それでも笑顔は崩れない。

 遊戯の魅力とは。負けて悔しい思いをしても、つい思い返してしまい、またやりたくなる依存性にこそある。

 老若男女に親しまれるボードゲームは、それの最たるモノ。

 賭け事無しなら誰でも楽しいと思える。

 いい趣味を見つけたのではないだろうか。

 

 なんて思いつつ、カグヤと手を繋いで長い廊下を更に進む。


 扉を開け、広めの部屋に着いた。

 あと少しで王宮を出れる。

 そこでカグヤが後退りした。

 俺の背中にしがみついて、小刻みに震えだした。

 混ざる吐息に違和感を感じ、正面に視界をやった。

 

 背の高い男が見えた。

 コツン、コツンと。

 黒い棒を杖のようについて歩く男が向かってくる。

 シワひとつ無い派手な黒服に、深い紫色の髪を靡かせた男が。

 

「これはこれは。可愛らしいお嬢さんが居たものですね」


 男は薄気味悪い笑顔で言った。

 微かに零れ出る邪気に視界を覆い尽くされ、肺が握り潰されるような感覚を植え付けられた。

 あからさまにカグヤを凝視している。

 棒を持つ手に異常な力が入っている。

 こいつは…仕掛けている。


「可愛いだろう。俺の最愛(カグヤ)だ」


 カグヤの頭をそっと抱き寄せ、手を握った。

 挑発には挑発で返す。

 俺の流儀だ。

 男は薄らとした上目遣いで、不敵な笑みを浮かべた。


「そうでしたか、なら大切にして下さいね。気づいたら居なくなっていた…なんて事が無いように」


「ご忠告心から感謝しよう、宰相とやら」


「ふふっ…礼には及びませんよ。天撃の魔術王」


 コツンコツンと音を立てながら、男は通り過ぎて行った。

 すれ違いざま。

 俺は、よろめくカグヤの肩を支えた。

 呼吸が乱れ、酸欠を起こす彼女をゆっくりと歩かせ、王宮を出た。


---


 先程の男は魔族だ。

 とりわけ強い魔力が何よりの証拠。

 外見に特徴は見られず、正確な種族を割り出すには至らなかったが、少なくとも数百年は生きている。

 ある程度絞り出せそうだ。


 そんな事より、今はカグヤの精神を正すことに専念しなければ。

 吸って吐いて、吸って吐いて。

 深呼吸を繰り返し行わせ、鼓動を抑える。

 血液循環を確認する為、カグヤの胸に手を当てた。


「ん…」


 血流は正常。

 体温は普通人より、やや低いが正常。

 脈拍に異常あり。

 依然として体の防衛反応が作動しているようだ。

 それでも幾分か楽になったようで、もういいからと手を払われた。


「大丈夫か? もし体調がすぐれないのなら言ってくれ。出発を遅らせてもいい」


「心配し過ぎだよ。ちょっとビックリしただけだってば」

 

「魔族と相対するのは初めてだったか」


「うん、初めてだよ。初めて見て…怖いと思った」


「誰だって初めはそう思う。それに、あの男は俺から見ても異質な存在。下手に刺激しなかっただけエラいぞ」

 

 よしよしと頭を撫でたら、心做しかカグヤの怖ばりが解けた感じがした。

 力を抜いて、気持ち良さそうに瞳を閉じていた。

 ずっとこうしていたいが、そうもいかない。

 そろそろ行こう。


---


 王宮から少し歩き、アルロの街へ来た。

 予めテティスに頼んでおいた魔道具があるからだ。

 カグヤは魔導剣士。それ故に上位魔術師相手でも遅れをとることは無い。

 事実、それは俺との戦闘で証明され、襲撃を返り討ちにして裏付けされた。

 

 だが足りん。

 俺の三割は上級魔術師に毛が生えた程度。

 四割になると、一気に聖級上位へと跳ね上がる。

 緻密な魔力操作は出来ても、魔力量の調整は大雑把にしか出来ないからだ。

 生涯つきまとう凡人を縛る呪い。

 これにより俺は絶対的な手加減を義務付けられている。

 

 それに比べ、カグヤは好い線を行っていた。

 魔力消費を必要最低限に抑え、俺の放つ熱線を掻きわけ、腕を落とした。

 あの時は対峙した事を後悔してしまう程、戦慄したものだ。

 底知れぬ狂気はありつつも、感情の起伏は安定している。

 剣士の素養は十分にあると言えよう。


 だが、彼女がもし本物と出会った時。

 能力を過信し、踏み砕かれた時。

 死に抗い、立ち上がる事ができるのか。

 俺を追い詰めた実績が何の役にも立たない世界が、いつか必ずやって来る。

 踏み入れてからでは遅いのだ。

 だから俺はカグヤに与える。

 対魔の宝玉を嵌め込んだ隠し刀を。


「アビル…おんぶして」


 カグヤに裾を掴まれた。

 下を向いて、カクンと首を落とす。

 睡魔に襲われているようだ。


「いいぞ。ほら」


「あんがと…んしょ」


 俺はカグヤを背負った。

 木の葉のように軽い体だ。

 トクン…トクン…と、背中に伝わり来る緩慢な心臓の脈打ちが、彼女の精神状態を表していた。

 首筋にかかる吐息は、自然由来の甘い匂いを漂わせる。

 なんでか、無性に愛おしく感じた。


 眠気が移りかけた辺りで、鍛冶屋に到着。

 テティスが汗をかきながら出迎えてくれた。


「おー! やっと来た。待ってたよ」


「遅れてすまん。少々道草を食ってしまったものでな」


 と、言ったが。

 テティスの視線は俺に無かった。

 俺の背中にしがみつくカグヤを見ていたから。


「…可愛い。えいえい」


 カグヤの頬を突つくテティス。

 いつにも増して楽しそうだ。


「このまま寝ててくれると助かるのだが」


「何かするの?」


「何かするってなんだ。やめろ」


「ふふっ」と悪戯に笑うテティスに案内され、鍛冶屋の中に入った。

 今日は誰も居ない。

 そのせいか少しだけ涼しく感じた。

 奥にテティスの自室がある。

 自宅兼作業場という環境で心休まるのかは不明だ。

 本人が望んで決めた事だし、異を唱えるつもりは無い。

 カグヤを畳の上に寝かせ、枕替わりにして少し仮眠。

 自室に駆け込んだテティスを待つ。

 すると。

 

「ねえアビル」


 カグヤがそのままの体勢で口を開いた。


「どうした。腹が苦しいか」


「いやそれは全然。じゃなくて、さっきの人だよ。悪い人だったじゃん。何で見逃したの?」


 腹筋に力が入るカグヤ。


「その後のリスクを考えたからだ。奴は闇に生きる者であり、もし仕損じれば二度と邂逅することは叶わない。それに今、有力者と事を構えるべきでは無い」


「なんで? お金持ちだから?」


「取れる手段が多いからだ。人質を取るもよし、地を焼き払うもよし、選り取りみどりだ」


「でも二人がかりなら何とかなった筈だよ」


「それは王道だが、美徳を欠いたやり方だ」


「そんなの感情論じゃん。結局は自分の手を汚したくないだけでしょ」


「お前は血に染った手で母を抱きしめられるのか」


 そう諭した瞬間、俺は地面に叩き付けられた。

 癇に障ってしまったのだろうか。

 俺は頭を掴まれ、冷酷な目で見下ろされた。

 でも、その手は震えていた。


「もういい…全部私が片付けてやる。腰抜けのアビルには頼らないよ」


「ククッ…腰抜けときたか。お前にはそう映るのだな」


「何がおかしいのさ」


「…もう少し人生を楽しんだらどうだ? つまらんだろう、その生きた方は」


 俺は起き上がり、胡座をかいた。

 どうも彼女は、深淵に囚われているらしい。

 悪を滅するまでは幸福は訪れないとでも思っていそうだな。

 馬鹿馬鹿しい。

 どの時代にも、どの世界にも悪は存在し、根は星の裏側に到達する。

 根絶など不可能だ。

 そんな事、疾うに分かっているだろうに。

 分かっているから、コレクトから手を引いたんだろ。


「さて…そろそろかな」


 奥の部屋から物音がした。

 ゴトンと棚か何かが倒れる音がしたと思えば、ガシャンと金属音が鳴り響いた。

 工具でも落としたのだろうか。

 その予感は的中した。

 テティスが咳き込みながら一本の短刀を持って来たから。


「お待たせー! て、何この辛気臭い雰囲気」


「ん? 貴様は何を言っているのだ?」


「うわっ…とぼけたよ、この人」


 話も程々に。

 テティスはカグヤに短刀を手渡した。

 誰もが認めるであろう、美麗な特注品である。

 カグヤの手の大きさに合わせた藍色の柄。鎺の中心には虹色の宝玉が埋め込まれており、透き通る波紋は魔力を感じ取る度に薄く光る。

 世界で唯一「杖を兼ねる刀」だ。


「綺麗…」


 カグヤは瞳を輝かせて、刀身と宝玉を交互に眺めていた。


「どうだ? お前にピッタリだと思うんだが」


「私が振るには眩しすぎるよ…」


 カグヤは寂しげにそう言って。


「これを…握りたくないよ…」


 吹き零れる涙を見せた。

 釣られたテティスが胸元に引き寄せて慰める。

 髪をとかすように、優しく頭を撫でながら慰めていた。


「それは何故だ?」


「これを見てると、憎しみがまるで湧いてこないんだ。力が抜けていくんだ」


「お前の力の源は、狂気的な復讐心から来る物。最も苛烈で最も脆弱な諸刃だ。引き返すなら今だぞ」


「そうだね。でも鈍らを雑に扱う方が、ずっと気は楽なんだよ。悪を裁くだけ裁いて、刃と共に砕けて散ってさようなら。それが私の理想。夢を見るのはもう辞めたの」


 幼く、あどけない笑顔。

 カグヤは本気でそう思っているんだ。

 自分が手を汚すことで、愛する人が住みやすい世の中になる。

 そこに自分は要らない、存在してはいけないんだと、暗に示している。

 最早、少女の思考では無い。

 何処までも規格外な娘だ。益々興味が湧いてきた。


「夢なら俺が叶えてやるぞ」


「皆殺しって言ったらどうする? それでもアビルは、私の傍に居てくれる?」


「悪人を、だろ? 構わんぞ。これまで何千何万と始末して来たからな」


「ハハッ…やっぱ凄いね、アビルは」


「だからこそ知る。その理想は間違いであると」


 俺はカグヤの腰に刀を結び付けた。


「復讐を生き甲斐にするのは愚者のやること。曲がりくねった道を、地図を捨て、おぼつかない足取りで斜めに進む。愚者は己の過ちに気付けず、指摘されようと認められず散っていく。でもお前は違うだろ。自分で気付けたんだろ。もう真っ直ぐ歩けるだろ。なら、復讐を片手間で果たせるようになれ。いつだって、聖者は覇道を踏み荒らすものだからな」


 そして、俺はカグヤの肩を軽く叩いた。

 おいとまの時間だから。


「ビックリするぐらい蚊帳の外なんですけども」


 あ、テティス居たんだ。


「あ、テティス居たんだ。とでも思っていそうな顔だね。あんたは全部顔に出るから分かる」


 耳が痛いな。

 昔から感情を抑えるのが、あまり得意で無いのだ。

 お陰様で怒られた。


「悪かったな。これでも感謝してるつもりなんだぞ? ま、取り敢えず勘定は済ませたし、おいとまさせてもらう」


「次はいつ会える? 今度はお茶でもしようよ」


 珍しい事もあったものだ。

 鉄を打つ事しか頭に無いテティスから誘われるとは。

 テティスは表情を強ばらせて、手を握ってきた。

 妙に熱い。

 

「数ヶ月…或いは一年、二年後ぐらいか?」


「絶対だかんね!」


「お…おう。じゃあ待たな」


 長寿として名高いエルフにとって、一年は一ヶ月ぐらいだ。

 記憶が残っているかどうかは別として、体感はそんな感じ。

 

 鍛冶屋を出てすぐ、鈍重な荷物を背負う男が立っていた。

 白銀の鎧を身に纏う男、コレクトだ。


「お待ちしておりました。カグヤ様」


 礼節を尽くした挨拶。

 カグヤの手を取り、曇り無い笑みを浮かべたコレクト。

 見てると変な気分になるな。

 指を鳴らしたくなると言うか、殴りたくなると言うか。


「おい。なぜ貴様がここに居る」

 

「遠征の前に、カグヤ様の麗しきお姿を一目見ようと思ってな」


「様付けをやめろ。して、さっさと行け」


「分かった分かった! だからそう怒るな!」


 コレクトは足早に去っていった。

 頬を赤らめるカグヤを置いて。


「カグヤ様って響き…いいなぁ」


「絶対に似合わん!」


「なんかアビルの眉、ピクピクしてて面白い」


「もういい…! 行くぞ!」


 目指すは中央大陸。

 そして、何ヶ月か掛けて隣国セレスティアへ。

 カグヤを一人前にするのに十分な日数だ。

 魔術、剣術、体術、を時間を掛けて学んでもらい、心身共に成長してもらう。

 無理の無い範囲で効率良くやろう。

 それでも、ミコの救出が最優先である事を忘れてはならない。

 無事でいる事を切に願おう。

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