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第七十六話 見えてくるもの

 一報を受け、アビルがセレスティアに帰国。

 遠征から帰還したリコルドが意識の重体だと言うので、それはもう大慌てで。

 傷心のミゼルは自室に引き篭り、育児に手が回る状態では無い。らしい。

 よって、彼女の精神ケアも並行して行わなければならない関係上、一週間は戻れないそう。

 その間カグヤは、一人で領地内を見回っていた。

 時折ゼルマが手伝ってくれているが、それでも大変だ。

 スリンフォード家が保有する土地の敷地面積は、優に55ヘクタールを超える。

 そこそこ大きい街が、二つか三つ収まってしまう程の広さだ。

 そんな広大な土地を一人で見回る。


「あー……だる」

 

 帰り道。

 足が痺れて浮腫んでしまう。

 セルフマッサージはかかせない。


---


 帰ったら帰ったで、やることがある。

 アビルが不在の今、カグヤは使用人同然で、メルフィアにこき使われていた。

 掃除洗濯からお茶汲みまで、全部やらされた。

 肩もみまで強制される。

 たまったもんじゃない。


「ああぁぁあ…いいですわぁ…」


 メルフィアの肩はガッチガチに硬い。

 硬すぎて、指が折れてしまいそうだ。

 

「んなろっ…!」


 鬱憤が募る、募る。

 なんで私がこんな事をしなくちゃならないんだ。

 男にやらせろよ、執事にやらせろよ。

 的な心境が、カグヤの握力を強めた。


「はい、もう結構ですわ。お疲れさん」


 メルフィアがカグヤの手をべちっと払う。

 そこに感謝の気持ちは微塵も無く、やって当たり前の常識を打ち出す理不尽。


「本っ当、頭にくるよ…」

 

 カグヤが愚痴を零す。

 メルフィアは聞き逃さない。


「あら。いいご身分ですね」


 その言葉を皮切りに、カグヤの臓腑が捻れた。

 耐え難い激痛と、首が締まる感覚。

 呼吸器不全に、冷える頭。


「ぐふぇッ…!」


 喉仏が潰される。

 カグヤは必死に抵抗した。

 しかし、振った足の経穴を突かれて動きを止めた。


「わたくし常々思うんですの。何故お前なのか。何故お前みたいな二流剣士が、あの方のお傍に居るのかを。どうせあれでしょう、気まぐれでしょう? そろそろ引きなさいよ…貴方」


 多分な憎悪を向けるメルフィア。

 困惑するカグヤの首筋に爪がめり込んでいく。


「イギギッ……だァ!」


 カグヤがメルフィアの腕をへし折った。

 その瞬間、カグヤはまた新たな一撃を受けた。


「グハッ…!」


 顔面を撃ち抜かれた。

 痛いなんてもんじゃない。

 視界が歪む。


「ゴホッ…! ゲホッ!」


 床に這い蹲るカグヤを見下ろすメルフィア。

 腕は治っていた。

 

「……」


 メルフィアは、カグヤの頭を思い切り踏み付けた。


「あの人は常に考えている。世の理から外れたわたくしの所業を前にして、平然と理屈を並べ立てる度量を持つ。魔術は言わずもがな、世界最高。そんな彼に付きまとう羽虫は、蝶を気取って羽ばたいて見せた。堅忍質直を翼に、彼の心に毒を塗した。彼は蛾に魅了されたのです。才能など怠け者のまやかしに過ぎないというのに、彼は妙に固執していましたから、騙すのは簡単だったでしょう? わたくしより弱いくせに……次々と」


「一体なんの…」


 カグヤは抵抗を止めて、口元を緩めた。


「ああ、なるほどね」


 そう口を滑らせた。

 瞬間、メルフィアがカグヤの顔面を蹴り飛ばそうとしたが、直前で制止された。

 ゼルマが止めたのだ。


「離しなさい」


「なりませぬ。カグヤ様はアビル様を引き止めるのに大切な楔。害せば殺されますよ」


「彼にわたくしは殺せませんわ。だって、コウが居ますもの。みすみす、あの方が弟子を見捨てたりするでしょうか…?」


「その気になれば鏖を厭いませんよ、あのお方は」


 ゼルマが私見を交えながら諭す。

 依然として、メルフィアは落ち着きが無い。

 苛立ちが募るまま、カグヤを睨む。


「ゼルマさんの言う通り、アビルは怒らせると怖いよ。なんたって、あんだけ騒がれてた魔導兵器を一発で破壊するんだから」


「貴方、わたくしを馬鹿にしてます? そんなこと、招聘する以前に、存じておりますわ」


「そっか。ま、そうだよね、有名だもんね。アビルは凄いよね。天才だ」


 物寂しい笑顔で、アビルへの賞賛が綴られた。

 積み重なる信頼と安心。

 メルフィアは共感しなかった。


「面白いことを仰いますね」


「ん? あー…だって実際そうじゃない?」


「そんなわけないでしょうが。あのお方は、狂気練磨の頂。まやかしを否定する魔術師の父ですわ」


「はー、ひねくれてんね。でもアビルは、私にはこう言ったよ。俺は天才魔術師だって、出会った日にそう言ったんだ」


 カグヤは淡々と、彼との思い出を話す。

 それは、メルフィアの憎き師が王道を歩む話。

 過去を塗り替える力を手にした、アビルの虚言だ。


「結局さ、あんたは見たいようにしかものを見れないタチなんだよ。こう言われた、ああ言われたを盲信的に記憶に残して、実直に守ろうとしてる。あんたは良い耳を持っているのに、ちゃんと聞かない。側面に耳を傾けない。上っ面だけ知って、いい気になんなよな」


 カグヤは上着で血を拭い、ゼルマに渡した。

 ヨロヨロと、覚束無い足取りで扉に手をかける。


「……認めませんわ、そんなこと」


 メルフィアが力無く言う。

 拳を作り、俯いた。


「いつまでも、望んだ答えが返ってくると思うなよ」


 カグヤは叩きつけるように扉を閉めた。

 これ以上、彼女と話す事は無いから。


---


 翌日。

 カグヤは街に出た。

 気分転換に持ってこいの繁華街、スタットの街。

 周辺街と比べて歴史は浅いが、レイテルカルテで最も先進的な街づくりをしている。

 正方形上に広い敷地。

 見渡す限り、お店がズラリ。

 朝方に比べ、昼間は人通りが多い印象だ。


 だからこそ、人攫いも多い。

 カグヤも以前襲われた。

 あの時は正面から返り討ちにしたが、次はどうなるかわからない。

 単独ならまだしも、相方がいれば、それはハンデとなりうる。

 せめて、護身術は扱えないと話にならない。

 そういった面では、テトラはまだ優秀だった。


「かったるーい、るい」


 一人、小唄を口ずさむ。

 カグヤの声は透き通っており、場違い感を匂わせない。

 息抜きと多少の遊び心。

 リフレッシュついでに、テトラの内服薬も買える。

 一石二鳥だ。


「…ん?」


 景色が急に暗くなり、カグヤは足を止めた。

 唄に気を取られて、道を一本外れてしまったようだ。

 おまけに柄の悪い男達が、違法大麻を吸っていた。

 不幸にも、視線が合ってしまう。


「お楽しみのところ失礼しましたぁ…」


 カグヤは二ヘラ笑いで後退り。

 それを見逃す男達では無い。

 

「折角来てくれたんだ、お嬢ちゃんも吸っていきなよ」


 グループのリーダーが、カグヤにパイプを近付けた。

 嗅がずともわかる中身。

 それは、昏睡作用のある煙。


「結構です」


「まあまあ、そう言わずに。さぁ…!」


 男は上着を投げ、袖から短刀を取り出した。

 カグヤの視界に、まだ彼は映らない。

 しかし、間合いからして振れば斬れる。


「…なっ!」


 カグヤの腕にロープが巻かれた。

 頑丈な鋼鉄製だ。

 易々と千切れる代物では無い。


「取った…! やっちまえ!」


 男達は皆、暗器を所持していた。

 一斉に飛びかかってくる。

 リーダーの男は体勢を低くして、短刀をカグヤの足に向けて振った。

 だが、短刀は粉々に踏み砕かれた。


「舐めすぎでしょ。このド素人君」


 苛烈を極める修練の果て、完成された重厚な蹴りが炸裂。

 カグヤの矛は、リーダーの男を一撃で沈めた。


「この餓鬼ッ…よくも!」


 取り巻きは10名ほど。

 彼女の相手では無い。


「清々しいぐらい逆ギレするね」


 カグヤは刀をカチンと鳴らした。

 鳴らしたように見せた。

 実際は、抜いて斬り刻んでいた。

 彼らの武器と、その高そうな衣服を。


「ゴフェッ…!」


 躍動美に全振りした峰打ちは、大層な威力があった。


「手合い違いだよ。私を相手にするなら、せめて魔術は使えないと、ね?」


 律儀にも、カグヤは男達を道端に寄せて並べた。

 大事にしたくないから、傷も付けなかった。

 しかし、計画は直前で破綻するもの。


「そこで何をしている!」


 衛兵に見つかった。

 まずい、やばい、終わった。カグヤの脳裏をよぎる、一抹の焦り。

 ここでは、自国民の言い分が優先される傾向にある。

 つまり、幾ら他国民が反論しようと聞き入れて貰えないわけだ。

 カグヤの言い分は通らない。

 

「あっちゃー、不味った」


 まるで図ったように、前方と後方から衛兵が迫る。

 逃げ道は無い。

 あるとすれば頭上だが――、


「えっ!?」


 カグヤが飛び退いた。

 頭上から、等身大の何かが降ってきたからだ。

 その何かは、剣だった。

 幾つもの歯車が収納された、透き通る青白の剣。

 アサガオに似る巨大な宝石が、鍔の部分に咲き誇っていた。


「綺麗…」


 思わず目を奪われる、彫刻の神秘。

 持ち主は誰だろうか。

 持ち主は、そこにいた。


「すみません! 大丈夫ですか?」


 少年が屋根の上から飛び降りてきた。

 持ち主は彼だった。

 衛兵の足が止まり、警戒が強まるこの状況で、呑気に砂埃をほろう少年。

 カグヤより頭一つ分背が高い少年だ。

 くせっ毛と触覚が目立つ青紫色の髪に、薄く光る深紅の瞳。

 片耳に付けたイヤリングは、魔石から出来ていた。

 誰もが羨むであろう甘い顔立ちは、どこかカッコイイ雰囲気を纏う声と相克し、少年を魅せられる魔導剣士へと昇華させた。


「…誰?」


 怪訝な表情を浮かべるカグヤに、少年はそっと笑いかける。


「取り敢えず逃げましょうか!」


 少年はカグヤの手を引いて、聳え立つ建造物を一気に駆け上がる。

 衛兵の怒号は次第に小さくなり、やがて聞こえなくなった。


---


 走り続けて5分程の場所。

 ここは何処か。

 知る由もない。


「ハァ…ハァ……。か、間一髪でしたね」


「ふぇあ…」


 カグヤはペタンと、地べたに座り込んでしまった。

 あまりに突然の事で、もう何が何だか。

 

「そういえば、僕の名前を教えていませんでしたね」


 少年は呼吸を整えて、カグヤの顔を覗き込んだ。


「そうじゃん。教えて教えて」


 カグヤが、よっこらせと起き上がる。


「僕は、レッドクリス・バーシャン・フレイム。気軽にレッドと呼んでください」


 彼は、瞳を熱く滾らせて自己紹介。

 カグヤの目をしっかりと捉えて、自滅するようにぽっと赤くなる。


「私はカグヤ。君と同じ魔導剣士だよ」


「あ、やっぱりそうでしたか。通りで、魔力が濃いと思いました」


 ここでカグヤは悪戯心を発動。

 レッドの手を取り、自身の胸に押し当てた。


「変…かな?」


「え!? いや全然変じゃないです!」


 茹でダコになるレッド。

 それをじっと見つめるカグヤ。


「ところで君は、どうして上から降ってきたの?」


「あ…それは…」


 クリスが言葉を詰まらせた、その時。

 

 バリバリバリッ!


 と、帯電する音が流れ、紫色の閃光が二人の間を通り抜けた。

 閃光は地面を割いた。

 周囲の建物は高電圧を受けて焼け落ち、燃え盛る火の海が、街の一角に完成した。

 

「ここに居たのだな。魔女の弟子」


 声は太く、反響していた。

 魔王よりもずっと恐ろしい声だ。

 咄嗟にカグヤは身構えた。

 しかし、腕に力が入らない。

 足が震えて、歯がカチカチと噛み合わない。

 声の主が見えた時、カグヤの喉は焼けるように乾燥した。


「ここまで追ってくるなんて…」


 レッドが大剣を上段に構えた。

 高速回転する歯車を前方に飛ばし、盾とした。


「ねぇレッド…こいつ何者?」


 カグヤがぐっと歯を食い縛り、万力の握力で刀を握る。


「僕のお師匠様を付け狙う五大英雄神の一人、雷神です」


 レッドは簡潔にそう説明し、逃亡の準備を始めた。

 歯車を一つに束ね、雷神に向かって転がした。


「躾が足らんようだな…」


 雷神が歯車に手を翳す。

 またしても反響する声で、呪文を唱えた。

 歯車は跡形もなく分解された。

 

「チッ…やっぱダメか」


 レッドが剣を突き出し、歯車を吸い込んで回収。


「ようやく反抗期に突入したか。存外遅かったな」


「……」


「さあ言え。叛逆の魔女は何処に隠した?」


「答えるもんか…」


「だろうな。だから我が来たのだ」


 雷神の身体を伝う紫電の刻印。

 足元に広がる混濁の紋章。

 雷神は蔑むような目で、カグヤの姿を観察した。


「貴様は、一体どっちだ?」


 雷神が歩を進めた。

 警戒するカグヤにゆっくりと接近して。


「レッド。貴様の父に会わせてみるか」


 その言葉は、レッドの心を焚き付けた。

 レッドは大剣を大振りに構え、雷神めがけて投げ飛ばした。

 続くように、カグヤが刀を抜いて突進。

 実力差は明白であり、居合は通じないと判断した。

 間合いが遠いようで近い。

 雷神は、微妙に嫌な間合いをキープしている。

 

「悪くない陣形だ。だがぬるい」


 雷神は両手を翳し、極大の稲妻を放つ。

 まともに喰らえば骨すら残らない威力だ。

 二人は、そう理解した上で次の一手を考える。

 なに、時間さえ稼げればいい。

 倒す必要は無い。

 だが、雷神がそれを許さない。


 どうすればいい…。


「そろそろ貴様の父上が到着する頃だ。無駄な抵抗は……」


 雷神が稲妻を引っ込めた。


「なんだあれは…?」


 雷神の視線は、歓楽街のすぐ側。

 灰色の煙が、空高く昇っている。

 ドン、ドン、ドガガガガッ! と、矢継ぎ早に家屋を掘り進む爆音も届いた。

 音は、次第に近付いてくる。

 物凄い速さで、接近してくる。


「くたばれぇえええ! このクソがぁあ!」

 

 声の主は、宙に浮いていた。

 何やら、カンカンに怒っている。

 彼は何かを蹴り飛ばして地面に叩き付けた。

 そして、自重を急速落下させて、大きなクレーターを作った。

 クレーターの中心には、全身余すことなく骨折したボロボロの男がいた。

 

「テメェ、誰に説教くれてんだ! ああ!?」


 中折れハットを被った若い男が逆鱗をかます。

 彼は、軍服に似た派手なタキシードを着ていた。

 それでいて、貴族然とした中年男を絶え間無く殴り続けていた。

 さながら、絶対破壊の権化。

 シャルルカントの猛攻。


「ブベッ…! ぼ…ぼうゆるじでぐだざ…い!」


「うっせぇ! 折角の休暇を台無しにしやがって! クソが! 死ねェ!」

 

 中年男の顔面は、シャルルカントのかかと落としで破壊された。

 もはや、原型を留めていない。

 辛うじて息をしている状態。


「そこまでだ。何者だ、きさ……お前は!」


 雷神が指をコキりと鳴らす。

 先程とは比較にならない魔力(?)が、レイテルカルテ全域に広がっていく。

 これに、レッドとカグヤは戦慄。

 前進も後退も出来ない。

 死の予感に、動くことが出来ない。


「あぁん? 誰だテメェ」


 シャルルカントは動じず、ハットの砂埃をほろう。

 恐怖も何も無いみたいだ。

 雷神が紫電を束ねて剣を作り、周囲の家屋を両断する。

 シャルルカントは、軽く首を傾けて躱した。


「ああ…神族って奴か。んで、なんだ? 俺とやんのか?」


 シャルルカントの背後には、レッドとカグヤがいた。

 カグヤは「んんん?」と何かを考えていて、レッドはスッキリした様子で笑みを零していた。

 憎き父がボロ雑巾にされたのだ。

 いい気味だ。


「ゼウスト様…! ご無事ですか!」

 

 雷神の元に援軍が駆けつけた。

 その数、実に100は超える。

 全員、同じ紋章を刻んだ武器を所持していた。


「なっ…! バーシャン様!」


 兵は驚嘆する。

 自分達の主が、徹底的に破壊された跡を目撃する。

 当然、シャルルカントに殺意の目が向く。

 カグヤとレッドにも向いた。

 

「私、何もしてないんだけど」


 カグヤが不満を漏らす。

 そして何故か、シャルルカントの横顔をじーっと眺める。


「んだよ。俺の顔になんかついてっか?」


 と言いつつも、シャルルカントはそっぽを向いた。

 顔を見られないように、カグヤの動きに合わせて首を動かす。

 

「なーんか、見たことある気がする」


「……気のせいだ」


 シャルルカントが地面に手を付き、土壁を召喚。

 土壁は、高密度の砂鉄から出来ていた。

 黒く頑丈な、天然の砦。

 

「おら来いよ。八つ裂きにしてやるよ」


 シャルルカントが魔術製のタロットを展開。

 異変に気づいた雷神が、兵士の動きを止めた。

 

「分が悪い。引くぞ」


 相手は三人。

 だが、どれも小粒では無い。

 雷神がバーシャンを担ぎあげた。


「魔女の居所は追って聞くとしよう。まだ時間はあるからな」


 雷神は、兵士達を連れて街の奥に消えた。

 おそらく、ここでは無い何処かへと帰還したのだ。


「ふう…」


 レッドが、そっと胸を撫で下ろした。


「あんの野郎…最後の最後に、やりやがったな」


 そう言ってシャルルカントが懐から取り出したのは、砕けた石。

 伝令石だ。

 これで、嫁と娘と連絡を取り合っていたのだが、使えなくなってしまった。


「あー、どんまい。私を串刺しにした人」


 カグヤがシャルルカントの手を握り、無表情で言い放つ。


「気づいてたのか…」


「いやいや、今さっき思い出したんだよ。嗅いだことのある匂いだったから」


「で? お前ぇもやるのか?」


「そっちが仕掛けてくるならね」


「……んなこと、もうしねーよ」


 シャルルカントは、やりにくそうな顔をしていた。

 一度は彼女の命を狙ったのだ。

 当然と言えば当然である。


「取り敢えず飯でも食うか? 奢んぞ」


 二人は、シャルルカントに付いていくことにした。


---


 着いた先はレイテルカルテ最南端に位置する、コンスタントの街。

 そこの、こじんまりとした喫茶店に三人は入った。


「邪魔すんぜー」

 

 カランコロンと、鐘が鳴る。

 広いわりに、人は少ない。

 それでも5、6組は居た。


「あ! お父さん!」


 カウンター付近の席から、少女の声がした。

 隣には、軍服を着た綺麗な女性が。

 長い耳に、金色の髪をしている女性だ。


「あれ? もうお買い物終わり?」


「ああ。神族の糞虫を一発ぶん殴ってきた」


「何やってんの…!?」


 嫁さんは大激怒。

 長々と説教が始まった。


「あの、すみません」


 カグヤが二人の間に割って入る。

 少しだけ、シャルルカントの心に余裕ができる。


「あ、ごめんね。何かな?」

 

「一発じゃなくて、百発ぐらい殴ってました」


 シャルルカントが店を飛び出そうとしたが、レッドが足をかけた。


「待て! シャル!」


「やめっ…そいつの言ってることは嘘だ!」


 シャルルカントは取り押さえられ、店の中に戻された。


「シャルさんは、僕らを助けてくれたんです」


 レッドの助け舟が無ければ、状況は悪化していただろう。


「お父さんの友達?」


 少女が尋ねてきた。


「いやぁ…友達では無いです。ついさっき会ったばかりなので」


「ふーん」


 つぶらな瞳が特徴的な少女だ。

 艶やかな金色の髪は、肩にかかるぐらい長い。

 背丈は、The女の子って感じに可愛らしい。


「はぁ…奢ってやっから、さっさと注文して、さっさと食って、さっさと帰れ」


 嫁と娘を置き去りに、シャルルカントはカグヤとレッドの席で注文した。

 三人はそれぞれ、個別で注文した。

 料理が来るまでの間、暫しの沈黙。


「シャルだっけ? あんた何しに来たん?」


 できるはずもなかった。

 だってアビルが居ないんだ。

 カグヤが大人しくするわけが無い。


「シャルルカントだ。まあいいや…シャルで」


 半ば呆れたように言うシャルルカント。

 手袋を外し、水の入ったコップを手に取る。


「先程休暇と仰っていましたが、よく休日をレイテルカルテで過ごそうと思いましたね」


「昔馴染みがここにいんだよ。だから、ちっとばかし会いに来た」


「無事に会えましたか?」


「あー…まあな。久しく来てなかったし、さくっと飲み交わした。それを聞くってことは、この国の実態を底まで知ってんのか…」


「レイテルカルテは僕の出身地なので」


「それでか。通りで、聖人くせぇ魔力持ってると思った」


 シャルルカントの呟きに、カグヤが首を傾げた。


「聖人臭いって何?」


「陽系魔力しか持たねぇ人種のことだ。ごく稀にいんだよ、陰系魔力に拒否反応を起こして生まれてくる奴が。コイツみてぇに親が神族だと100%陽系に偏る。所謂、神子(みこ)って奴だ」


「みこ?」


「そう、神子だ。豆知識として覚えとけ」


「ふぇえええい」


 カグヤは命令口調が大嫌い。

 でも、アビル別。

 初めは嫌だったけど、なんか慣れた。

 シャルルカントは、半ば呆れたようにため息をつく。


「あれが僕の父と、いつ頃気づきました?」


「初見で速攻、透かしてみた。外見はまるで違ぇが中身は一緒だ。やや右寄りに傾いた骨盤の歪みと、身長と体重が比例する超人体質は遺伝性のもの。これ程如実に受け継ぐ例は、そうねぇわな」


「なるほど…」


「幸い、お前ぇはあの子供じみた精神を受け継がなかった。多少なりとも、お前ぇはまだマシに見える。それに比べてあいつは糞だ。つーわけで、お前ぇの父さんは俺がボコした。悪かったな」


「いえいえそんな! 謝ることはありません。むしろ感謝してます。あいつの横暴には、僕も腹を据えかねていたので」


 レッドの言葉に偽りは無い。

 あるはずが無い。

 己の父は外道だと、身をもって知っている。

 大事な、お師匠様を傷つけた怨敵だ。

 

「それはそうと、おめぇん所のバケモンは今何してんだ?」


「あー…アビルなら今、お友達の家にいるよ。何してるかってなると…ちょっとした人助けかな」


「相も変わらず、無駄なことしてんのか」


「失礼な。大体、私はまだ、あんたに気を許したわけじゃないから。故郷を奪った怨敵だし。今日あったことも全部アビルに話してやる」


「好きにしろよ。どーせ、いずれ殺り合う仲なんだ。甘っちょろい友情ごっこなんか求めてねぇ」


「あっそう。でもアビル、お友達募集中らしいよ」


「なんでこのタイミングで捩じ込んできた…」


 とは言うものの、結構耳寄りな情報だった。

 娘の家庭教師に、彼以上の適者はいない。

 いっそ、娘と友達になってもらえば…。

 なんて魂胆が見え隠れする。


「アビル…って。もしかして、アビル・スターマインのことですか?」


「そうだけど…それがどうかした?」


「あ…いえ。なんでもありません」


 レッドは口を噤んだ。

 何かを抑え込むように、一頻りに唾を飲んだ。

 その姿は、カグヤには不自然に写った。

 問いただしたいところだが、レッドがやけに苦しそうだったのでやめた。


「またさ、この面子で集まらない?」


 咄嗟に出たカグヤの提案。

 気まぐれの延長線上。


「いいですね! また会いましょうよ! 今日限りなんて、寂しいですもん!」


「俺も別に構わねぇよ。ただ、どーやって連絡を取り合うか…」


 それを聞いて、カグヤが伝令石を取り出す。


「これ」


「ああ、それ」


「スペア出して。家族第一主義っぽいし、持ってるでしょ」


「うぜぇくらいに目ざといな…」


 結局、シャルルカントが折れる形となった。

 スペアをレッドに渡し、お互いの魔力を共有。


「ありがとうございます!」


「おう。大事にしとけ」


 もっとも、雷神がいるうちは破壊される。

 見つかり次第、砕かれる。

 そう、予想はつく。


「お待たせしましたー」


 料理が運ばれて来た。

 ミートソースパスタ三人前、大皿。

 小皿が三枚。


「おめぇら、俺のパクってんじゃねーよ!」


 食事会はシャルルカントの怒号から始まった。

 賑わう声は、店内で一番うるさかった。


---


 夜になり。

 カグヤは二人と別れた。

 夜は怖いので、足早に屋敷へと戻った。

 屋敷の中は暗く、蝋燭の火が小さい。

 カチカチと、時計の針が進む音だけ聞こえる。


「ただいまぁ…」


 自宅でも無いのに、癖で言ってしまう。

 誰もいない…?

 かもしれないぐらい、声が聞こえない。

 カグヤは一人、奥へと進む。


「・ル・・ア様の仰る通り。あの・は・・様に・をしています」


 ようやく声が聞こえた。

 唯一明かりの灯る部屋からだ。

 カグヤはビクンと身体を強ばらせ、ビビりまくりで壁に耳を傾ける。

 防音でも、多少は聞き取れるはずだから。


「頃合いですね」


 聞き覚えのある声。

 おしとやかで冷淡な声。

 でも、微かに別な声もした。

 荒らげた若い声もした。


「奪いなさい」


 冷酷無比な断罪の言葉。

 何かの片手間に、メルフィアが命令を下した。

 その内容は、おおよそ人間的なものでは無い。

 人権を無視したものであると容易に想像出来た。

 その序章が、これから始まるのだ。

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