第七十六話 見えてくるもの
一報を受け、アビルがセレスティアに帰国。
遠征から帰還したリコルドが意識の重体だと言うので、それはもう大慌てで。
傷心のミゼルは自室に引き篭り、育児に手が回る状態では無い。らしい。
よって、彼女の精神ケアも並行して行わなければならない関係上、一週間は戻れないそう。
その間カグヤは、一人で領地内を見回っていた。
時折ゼルマが手伝ってくれているが、それでも大変だ。
スリンフォード家が保有する土地の敷地面積は、優に55ヘクタールを超える。
そこそこ大きい街が、二つか三つ収まってしまう程の広さだ。
そんな広大な土地を一人で見回る。
「あー……だる」
帰り道。
足が痺れて浮腫んでしまう。
セルフマッサージはかかせない。
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帰ったら帰ったで、やることがある。
アビルが不在の今、カグヤは使用人同然で、メルフィアにこき使われていた。
掃除洗濯からお茶汲みまで、全部やらされた。
肩もみまで強制される。
たまったもんじゃない。
「ああぁぁあ…いいですわぁ…」
メルフィアの肩はガッチガチに硬い。
硬すぎて、指が折れてしまいそうだ。
「んなろっ…!」
鬱憤が募る、募る。
なんで私がこんな事をしなくちゃならないんだ。
男にやらせろよ、執事にやらせろよ。
的な心境が、カグヤの握力を強めた。
「はい、もう結構ですわ。お疲れさん」
メルフィアがカグヤの手をべちっと払う。
そこに感謝の気持ちは微塵も無く、やって当たり前の常識を打ち出す理不尽。
「本っ当、頭にくるよ…」
カグヤが愚痴を零す。
メルフィアは聞き逃さない。
「あら。いいご身分ですね」
その言葉を皮切りに、カグヤの臓腑が捻れた。
耐え難い激痛と、首が締まる感覚。
呼吸器不全に、冷える頭。
「ぐふぇッ…!」
喉仏が潰される。
カグヤは必死に抵抗した。
しかし、振った足の経穴を突かれて動きを止めた。
「わたくし常々思うんですの。何故お前なのか。何故お前みたいな二流剣士が、あの方のお傍に居るのかを。どうせあれでしょう、気まぐれでしょう? そろそろ引きなさいよ…貴方」
多分な憎悪を向けるメルフィア。
困惑するカグヤの首筋に爪がめり込んでいく。
「イギギッ……だァ!」
カグヤがメルフィアの腕をへし折った。
その瞬間、カグヤはまた新たな一撃を受けた。
「グハッ…!」
顔面を撃ち抜かれた。
痛いなんてもんじゃない。
視界が歪む。
「ゴホッ…! ゲホッ!」
床に這い蹲るカグヤを見下ろすメルフィア。
腕は治っていた。
「……」
メルフィアは、カグヤの頭を思い切り踏み付けた。
「あの人は常に考えている。世の理から外れたわたくしの所業を前にして、平然と理屈を並べ立てる度量を持つ。魔術は言わずもがな、世界最高。そんな彼に付きまとう羽虫は、蝶を気取って羽ばたいて見せた。堅忍質直を翼に、彼の心に毒を塗した。彼は蛾に魅了されたのです。才能など怠け者のまやかしに過ぎないというのに、彼は妙に固執していましたから、騙すのは簡単だったでしょう? わたくしより弱いくせに……次々と」
「一体なんの…」
カグヤは抵抗を止めて、口元を緩めた。
「ああ、なるほどね」
そう口を滑らせた。
瞬間、メルフィアがカグヤの顔面を蹴り飛ばそうとしたが、直前で制止された。
ゼルマが止めたのだ。
「離しなさい」
「なりませぬ。カグヤ様はアビル様を引き止めるのに大切な楔。害せば殺されますよ」
「彼にわたくしは殺せませんわ。だって、コウが居ますもの。みすみす、あの方が弟子を見捨てたりするでしょうか…?」
「その気になれば鏖を厭いませんよ、あのお方は」
ゼルマが私見を交えながら諭す。
依然として、メルフィアは落ち着きが無い。
苛立ちが募るまま、カグヤを睨む。
「ゼルマさんの言う通り、アビルは怒らせると怖いよ。なんたって、あんだけ騒がれてた魔導兵器を一発で破壊するんだから」
「貴方、わたくしを馬鹿にしてます? そんなこと、招聘する以前に、存じておりますわ」
「そっか。ま、そうだよね、有名だもんね。アビルは凄いよね。天才だ」
物寂しい笑顔で、アビルへの賞賛が綴られた。
積み重なる信頼と安心。
メルフィアは共感しなかった。
「面白いことを仰いますね」
「ん? あー…だって実際そうじゃない?」
「そんなわけないでしょうが。あのお方は、狂気練磨の頂。まやかしを否定する魔術師の父ですわ」
「はー、ひねくれてんね。でもアビルは、私にはこう言ったよ。俺は天才魔術師だって、出会った日にそう言ったんだ」
カグヤは淡々と、彼との思い出を話す。
それは、メルフィアの憎き師が王道を歩む話。
過去を塗り替える力を手にした、アビルの虚言だ。
「結局さ、あんたは見たいようにしかものを見れないタチなんだよ。こう言われた、ああ言われたを盲信的に記憶に残して、実直に守ろうとしてる。あんたは良い耳を持っているのに、ちゃんと聞かない。側面に耳を傾けない。上っ面だけ知って、いい気になんなよな」
カグヤは上着で血を拭い、ゼルマに渡した。
ヨロヨロと、覚束無い足取りで扉に手をかける。
「……認めませんわ、そんなこと」
メルフィアが力無く言う。
拳を作り、俯いた。
「いつまでも、望んだ答えが返ってくると思うなよ」
カグヤは叩きつけるように扉を閉めた。
これ以上、彼女と話す事は無いから。
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翌日。
カグヤは街に出た。
気分転換に持ってこいの繁華街、スタットの街。
周辺街と比べて歴史は浅いが、レイテルカルテで最も先進的な街づくりをしている。
正方形上に広い敷地。
見渡す限り、お店がズラリ。
朝方に比べ、昼間は人通りが多い印象だ。
だからこそ、人攫いも多い。
カグヤも以前襲われた。
あの時は正面から返り討ちにしたが、次はどうなるかわからない。
単独ならまだしも、相方がいれば、それはハンデとなりうる。
せめて、護身術は扱えないと話にならない。
そういった面では、テトラはまだ優秀だった。
「かったるーい、るい」
一人、小唄を口ずさむ。
カグヤの声は透き通っており、場違い感を匂わせない。
息抜きと多少の遊び心。
リフレッシュついでに、テトラの内服薬も買える。
一石二鳥だ。
「…ん?」
景色が急に暗くなり、カグヤは足を止めた。
唄に気を取られて、道を一本外れてしまったようだ。
おまけに柄の悪い男達が、違法大麻を吸っていた。
不幸にも、視線が合ってしまう。
「お楽しみのところ失礼しましたぁ…」
カグヤは二ヘラ笑いで後退り。
それを見逃す男達では無い。
「折角来てくれたんだ、お嬢ちゃんも吸っていきなよ」
グループのリーダーが、カグヤにパイプを近付けた。
嗅がずともわかる中身。
それは、昏睡作用のある煙。
「結構です」
「まあまあ、そう言わずに。さぁ…!」
男は上着を投げ、袖から短刀を取り出した。
カグヤの視界に、まだ彼は映らない。
しかし、間合いからして振れば斬れる。
「…なっ!」
カグヤの腕にロープが巻かれた。
頑丈な鋼鉄製だ。
易々と千切れる代物では無い。
「取った…! やっちまえ!」
男達は皆、暗器を所持していた。
一斉に飛びかかってくる。
リーダーの男は体勢を低くして、短刀をカグヤの足に向けて振った。
だが、短刀は粉々に踏み砕かれた。
「舐めすぎでしょ。このド素人君」
苛烈を極める修練の果て、完成された重厚な蹴りが炸裂。
カグヤの矛は、リーダーの男を一撃で沈めた。
「この餓鬼ッ…よくも!」
取り巻きは10名ほど。
彼女の相手では無い。
「清々しいぐらい逆ギレするね」
カグヤは刀をカチンと鳴らした。
鳴らしたように見せた。
実際は、抜いて斬り刻んでいた。
彼らの武器と、その高そうな衣服を。
「ゴフェッ…!」
躍動美に全振りした峰打ちは、大層な威力があった。
「手合い違いだよ。私を相手にするなら、せめて魔術は使えないと、ね?」
律儀にも、カグヤは男達を道端に寄せて並べた。
大事にしたくないから、傷も付けなかった。
しかし、計画は直前で破綻するもの。
「そこで何をしている!」
衛兵に見つかった。
まずい、やばい、終わった。カグヤの脳裏をよぎる、一抹の焦り。
ここでは、自国民の言い分が優先される傾向にある。
つまり、幾ら他国民が反論しようと聞き入れて貰えないわけだ。
カグヤの言い分は通らない。
「あっちゃー、不味った」
まるで図ったように、前方と後方から衛兵が迫る。
逃げ道は無い。
あるとすれば頭上だが――、
「えっ!?」
カグヤが飛び退いた。
頭上から、等身大の何かが降ってきたからだ。
その何かは、剣だった。
幾つもの歯車が収納された、透き通る青白の剣。
アサガオに似る巨大な宝石が、鍔の部分に咲き誇っていた。
「綺麗…」
思わず目を奪われる、彫刻の神秘。
持ち主は誰だろうか。
持ち主は、そこにいた。
「すみません! 大丈夫ですか?」
少年が屋根の上から飛び降りてきた。
持ち主は彼だった。
衛兵の足が止まり、警戒が強まるこの状況で、呑気に砂埃をほろう少年。
カグヤより頭一つ分背が高い少年だ。
くせっ毛と触覚が目立つ青紫色の髪に、薄く光る深紅の瞳。
片耳に付けたイヤリングは、魔石から出来ていた。
誰もが羨むであろう甘い顔立ちは、どこかカッコイイ雰囲気を纏う声と相克し、少年を魅せられる魔導剣士へと昇華させた。
「…誰?」
怪訝な表情を浮かべるカグヤに、少年はそっと笑いかける。
「取り敢えず逃げましょうか!」
少年はカグヤの手を引いて、聳え立つ建造物を一気に駆け上がる。
衛兵の怒号は次第に小さくなり、やがて聞こえなくなった。
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走り続けて5分程の場所。
ここは何処か。
知る由もない。
「ハァ…ハァ……。か、間一髪でしたね」
「ふぇあ…」
カグヤはペタンと、地べたに座り込んでしまった。
あまりに突然の事で、もう何が何だか。
「そういえば、僕の名前を教えていませんでしたね」
少年は呼吸を整えて、カグヤの顔を覗き込んだ。
「そうじゃん。教えて教えて」
カグヤが、よっこらせと起き上がる。
「僕は、レッドクリス・バーシャン・フレイム。気軽にレッドと呼んでください」
彼は、瞳を熱く滾らせて自己紹介。
カグヤの目をしっかりと捉えて、自滅するようにぽっと赤くなる。
「私はカグヤ。君と同じ魔導剣士だよ」
「あ、やっぱりそうでしたか。通りで、魔力が濃いと思いました」
ここでカグヤは悪戯心を発動。
レッドの手を取り、自身の胸に押し当てた。
「変…かな?」
「え!? いや全然変じゃないです!」
茹でダコになるレッド。
それをじっと見つめるカグヤ。
「ところで君は、どうして上から降ってきたの?」
「あ…それは…」
クリスが言葉を詰まらせた、その時。
バリバリバリッ!
と、帯電する音が流れ、紫色の閃光が二人の間を通り抜けた。
閃光は地面を割いた。
周囲の建物は高電圧を受けて焼け落ち、燃え盛る火の海が、街の一角に完成した。
「ここに居たのだな。魔女の弟子」
声は太く、反響していた。
魔王よりもずっと恐ろしい声だ。
咄嗟にカグヤは身構えた。
しかし、腕に力が入らない。
足が震えて、歯がカチカチと噛み合わない。
声の主が見えた時、カグヤの喉は焼けるように乾燥した。
「ここまで追ってくるなんて…」
レッドが大剣を上段に構えた。
高速回転する歯車を前方に飛ばし、盾とした。
「ねぇレッド…こいつ何者?」
カグヤがぐっと歯を食い縛り、万力の握力で刀を握る。
「僕のお師匠様を付け狙う五大英雄神の一人、雷神です」
レッドは簡潔にそう説明し、逃亡の準備を始めた。
歯車を一つに束ね、雷神に向かって転がした。
「躾が足らんようだな…」
雷神が歯車に手を翳す。
またしても反響する声で、呪文を唱えた。
歯車は跡形もなく分解された。
「チッ…やっぱダメか」
レッドが剣を突き出し、歯車を吸い込んで回収。
「ようやく反抗期に突入したか。存外遅かったな」
「……」
「さあ言え。叛逆の魔女は何処に隠した?」
「答えるもんか…」
「だろうな。だから我が来たのだ」
雷神の身体を伝う紫電の刻印。
足元に広がる混濁の紋章。
雷神は蔑むような目で、カグヤの姿を観察した。
「貴様は、一体どっちだ?」
雷神が歩を進めた。
警戒するカグヤにゆっくりと接近して。
「レッド。貴様の父に会わせてみるか」
その言葉は、レッドの心を焚き付けた。
レッドは大剣を大振りに構え、雷神めがけて投げ飛ばした。
続くように、カグヤが刀を抜いて突進。
実力差は明白であり、居合は通じないと判断した。
間合いが遠いようで近い。
雷神は、微妙に嫌な間合いをキープしている。
「悪くない陣形だ。だがぬるい」
雷神は両手を翳し、極大の稲妻を放つ。
まともに喰らえば骨すら残らない威力だ。
二人は、そう理解した上で次の一手を考える。
なに、時間さえ稼げればいい。
倒す必要は無い。
だが、雷神がそれを許さない。
どうすればいい…。
「そろそろ貴様の父上が到着する頃だ。無駄な抵抗は……」
雷神が稲妻を引っ込めた。
「なんだあれは…?」
雷神の視線は、歓楽街のすぐ側。
灰色の煙が、空高く昇っている。
ドン、ドン、ドガガガガッ! と、矢継ぎ早に家屋を掘り進む爆音も届いた。
音は、次第に近付いてくる。
物凄い速さで、接近してくる。
「くたばれぇえええ! このクソがぁあ!」
声の主は、宙に浮いていた。
何やら、カンカンに怒っている。
彼は何かを蹴り飛ばして地面に叩き付けた。
そして、自重を急速落下させて、大きなクレーターを作った。
クレーターの中心には、全身余すことなく骨折したボロボロの男がいた。
「テメェ、誰に説教くれてんだ! ああ!?」
中折れハットを被った若い男が逆鱗をかます。
彼は、軍服に似た派手なタキシードを着ていた。
それでいて、貴族然とした中年男を絶え間無く殴り続けていた。
さながら、絶対破壊の権化。
シャルルカントの猛攻。
「ブベッ…! ぼ…ぼうゆるじでぐだざ…い!」
「うっせぇ! 折角の休暇を台無しにしやがって! クソが! 死ねェ!」
中年男の顔面は、シャルルカントのかかと落としで破壊された。
もはや、原型を留めていない。
辛うじて息をしている状態。
「そこまでだ。何者だ、きさ……お前は!」
雷神が指をコキりと鳴らす。
先程とは比較にならない魔力(?)が、レイテルカルテ全域に広がっていく。
これに、レッドとカグヤは戦慄。
前進も後退も出来ない。
死の予感に、動くことが出来ない。
「あぁん? 誰だテメェ」
シャルルカントは動じず、ハットの砂埃をほろう。
恐怖も何も無いみたいだ。
雷神が紫電を束ねて剣を作り、周囲の家屋を両断する。
シャルルカントは、軽く首を傾けて躱した。
「ああ…神族って奴か。んで、なんだ? 俺とやんのか?」
シャルルカントの背後には、レッドとカグヤがいた。
カグヤは「んんん?」と何かを考えていて、レッドはスッキリした様子で笑みを零していた。
憎き父がボロ雑巾にされたのだ。
いい気味だ。
「ゼウスト様…! ご無事ですか!」
雷神の元に援軍が駆けつけた。
その数、実に100は超える。
全員、同じ紋章を刻んだ武器を所持していた。
「なっ…! バーシャン様!」
兵は驚嘆する。
自分達の主が、徹底的に破壊された跡を目撃する。
当然、シャルルカントに殺意の目が向く。
カグヤとレッドにも向いた。
「私、何もしてないんだけど」
カグヤが不満を漏らす。
そして何故か、シャルルカントの横顔をじーっと眺める。
「んだよ。俺の顔になんかついてっか?」
と言いつつも、シャルルカントはそっぽを向いた。
顔を見られないように、カグヤの動きに合わせて首を動かす。
「なーんか、見たことある気がする」
「……気のせいだ」
シャルルカントが地面に手を付き、土壁を召喚。
土壁は、高密度の砂鉄から出来ていた。
黒く頑丈な、天然の砦。
「おら来いよ。八つ裂きにしてやるよ」
シャルルカントが魔術製のタロットを展開。
異変に気づいた雷神が、兵士の動きを止めた。
「分が悪い。引くぞ」
相手は三人。
だが、どれも小粒では無い。
雷神がバーシャンを担ぎあげた。
「魔女の居所は追って聞くとしよう。まだ時間はあるからな」
雷神は、兵士達を連れて街の奥に消えた。
おそらく、ここでは無い何処かへと帰還したのだ。
「ふう…」
レッドが、そっと胸を撫で下ろした。
「あんの野郎…最後の最後に、やりやがったな」
そう言ってシャルルカントが懐から取り出したのは、砕けた石。
伝令石だ。
これで、嫁と娘と連絡を取り合っていたのだが、使えなくなってしまった。
「あー、どんまい。私を串刺しにした人」
カグヤがシャルルカントの手を握り、無表情で言い放つ。
「気づいてたのか…」
「いやいや、今さっき思い出したんだよ。嗅いだことのある匂いだったから」
「で? お前ぇもやるのか?」
「そっちが仕掛けてくるならね」
「……んなこと、もうしねーよ」
シャルルカントは、やりにくそうな顔をしていた。
一度は彼女の命を狙ったのだ。
当然と言えば当然である。
「取り敢えず飯でも食うか? 奢んぞ」
二人は、シャルルカントに付いていくことにした。
---
着いた先はレイテルカルテ最南端に位置する、コンスタントの街。
そこの、こじんまりとした喫茶店に三人は入った。
「邪魔すんぜー」
カランコロンと、鐘が鳴る。
広いわりに、人は少ない。
それでも5、6組は居た。
「あ! お父さん!」
カウンター付近の席から、少女の声がした。
隣には、軍服を着た綺麗な女性が。
長い耳に、金色の髪をしている女性だ。
「あれ? もうお買い物終わり?」
「ああ。神族の糞虫を一発ぶん殴ってきた」
「何やってんの…!?」
嫁さんは大激怒。
長々と説教が始まった。
「あの、すみません」
カグヤが二人の間に割って入る。
少しだけ、シャルルカントの心に余裕ができる。
「あ、ごめんね。何かな?」
「一発じゃなくて、百発ぐらい殴ってました」
シャルルカントが店を飛び出そうとしたが、レッドが足をかけた。
「待て! シャル!」
「やめっ…そいつの言ってることは嘘だ!」
シャルルカントは取り押さえられ、店の中に戻された。
「シャルさんは、僕らを助けてくれたんです」
レッドの助け舟が無ければ、状況は悪化していただろう。
「お父さんの友達?」
少女が尋ねてきた。
「いやぁ…友達では無いです。ついさっき会ったばかりなので」
「ふーん」
つぶらな瞳が特徴的な少女だ。
艶やかな金色の髪は、肩にかかるぐらい長い。
背丈は、The女の子って感じに可愛らしい。
「はぁ…奢ってやっから、さっさと注文して、さっさと食って、さっさと帰れ」
嫁と娘を置き去りに、シャルルカントはカグヤとレッドの席で注文した。
三人はそれぞれ、個別で注文した。
料理が来るまでの間、暫しの沈黙。
「シャルだっけ? あんた何しに来たん?」
できるはずもなかった。
だってアビルが居ないんだ。
カグヤが大人しくするわけが無い。
「シャルルカントだ。まあいいや…シャルで」
半ば呆れたように言うシャルルカント。
手袋を外し、水の入ったコップを手に取る。
「先程休暇と仰っていましたが、よく休日をレイテルカルテで過ごそうと思いましたね」
「昔馴染みがここにいんだよ。だから、ちっとばかし会いに来た」
「無事に会えましたか?」
「あー…まあな。久しく来てなかったし、さくっと飲み交わした。それを聞くってことは、この国の実態を底まで知ってんのか…」
「レイテルカルテは僕の出身地なので」
「それでか。通りで、聖人くせぇ魔力持ってると思った」
シャルルカントの呟きに、カグヤが首を傾げた。
「聖人臭いって何?」
「陽系魔力しか持たねぇ人種のことだ。ごく稀にいんだよ、陰系魔力に拒否反応を起こして生まれてくる奴が。コイツみてぇに親が神族だと100%陽系に偏る。所謂、神子って奴だ」
「みこ?」
「そう、神子だ。豆知識として覚えとけ」
「ふぇえええい」
カグヤは命令口調が大嫌い。
でも、アビル別。
初めは嫌だったけど、なんか慣れた。
シャルルカントは、半ば呆れたようにため息をつく。
「あれが僕の父と、いつ頃気づきました?」
「初見で速攻、透かしてみた。外見はまるで違ぇが中身は一緒だ。やや右寄りに傾いた骨盤の歪みと、身長と体重が比例する超人体質は遺伝性のもの。これ程如実に受け継ぐ例は、そうねぇわな」
「なるほど…」
「幸い、お前ぇはあの子供じみた精神を受け継がなかった。多少なりとも、お前ぇはまだマシに見える。それに比べてあいつは糞だ。つーわけで、お前ぇの父さんは俺がボコした。悪かったな」
「いえいえそんな! 謝ることはありません。むしろ感謝してます。あいつの横暴には、僕も腹を据えかねていたので」
レッドの言葉に偽りは無い。
あるはずが無い。
己の父は外道だと、身をもって知っている。
大事な、お師匠様を傷つけた怨敵だ。
「それはそうと、おめぇん所のバケモンは今何してんだ?」
「あー…アビルなら今、お友達の家にいるよ。何してるかってなると…ちょっとした人助けかな」
「相も変わらず、無駄なことしてんのか」
「失礼な。大体、私はまだ、あんたに気を許したわけじゃないから。故郷を奪った怨敵だし。今日あったことも全部アビルに話してやる」
「好きにしろよ。どーせ、いずれ殺り合う仲なんだ。甘っちょろい友情ごっこなんか求めてねぇ」
「あっそう。でもアビル、お友達募集中らしいよ」
「なんでこのタイミングで捩じ込んできた…」
とは言うものの、結構耳寄りな情報だった。
娘の家庭教師に、彼以上の適者はいない。
いっそ、娘と友達になってもらえば…。
なんて魂胆が見え隠れする。
「アビル…って。もしかして、アビル・スターマインのことですか?」
「そうだけど…それがどうかした?」
「あ…いえ。なんでもありません」
レッドは口を噤んだ。
何かを抑え込むように、一頻りに唾を飲んだ。
その姿は、カグヤには不自然に写った。
問いただしたいところだが、レッドがやけに苦しそうだったのでやめた。
「またさ、この面子で集まらない?」
咄嗟に出たカグヤの提案。
気まぐれの延長線上。
「いいですね! また会いましょうよ! 今日限りなんて、寂しいですもん!」
「俺も別に構わねぇよ。ただ、どーやって連絡を取り合うか…」
それを聞いて、カグヤが伝令石を取り出す。
「これ」
「ああ、それ」
「スペア出して。家族第一主義っぽいし、持ってるでしょ」
「うぜぇくらいに目ざといな…」
結局、シャルルカントが折れる形となった。
スペアをレッドに渡し、お互いの魔力を共有。
「ありがとうございます!」
「おう。大事にしとけ」
もっとも、雷神がいるうちは破壊される。
見つかり次第、砕かれる。
そう、予想はつく。
「お待たせしましたー」
料理が運ばれて来た。
ミートソースパスタ三人前、大皿。
小皿が三枚。
「おめぇら、俺のパクってんじゃねーよ!」
食事会はシャルルカントの怒号から始まった。
賑わう声は、店内で一番うるさかった。
---
夜になり。
カグヤは二人と別れた。
夜は怖いので、足早に屋敷へと戻った。
屋敷の中は暗く、蝋燭の火が小さい。
カチカチと、時計の針が進む音だけ聞こえる。
「ただいまぁ…」
自宅でも無いのに、癖で言ってしまう。
誰もいない…?
かもしれないぐらい、声が聞こえない。
カグヤは一人、奥へと進む。
「・ル・・ア様の仰る通り。あの・は・・様に・をしています」
ようやく声が聞こえた。
唯一明かりの灯る部屋からだ。
カグヤはビクンと身体を強ばらせ、ビビりまくりで壁に耳を傾ける。
防音でも、多少は聞き取れるはずだから。
「頃合いですね」
聞き覚えのある声。
おしとやかで冷淡な声。
でも、微かに別な声もした。
荒らげた若い声もした。
「奪いなさい」
冷酷無比な断罪の言葉。
何かの片手間に、メルフィアが命令を下した。
その内容は、おおよそ人間的なものでは無い。
人権を無視したものであると容易に想像出来た。
その序章が、これから始まるのだ。




