第七十三話 痛くても暖かい
従者の入れ替わりが激しい。
また今日も知らない顔がある。
一ヶ月そこいらで、もう五人は変わった。
メルフィアが雇用する人間は競売落ちの他に、一部、貴族も含まれている。
ただでさえ高い税金に延滞金をかさ増しされ、支払い能力を失った一族の子供を言い値で買うのだ。
大抵は子爵、男爵家の子息か令嬢。
中流階級から巻き上げることもある。
「随分と身なりのいい子供だな」
「あれはミノス伯爵家のご子息様です。メルフィア様の温情で、命だけはお繋ぎしました」
ゼルマはスリンフォード家の総括。
知らぬ事などない。
もとより、汚れ仕事は彼の役目だ。
虎視眈々と策を練り、次の獲物を見定めた主人の意向で刑を執行する。
たとえ、それがどんな理不尽でも。
「可哀想に。ああなっては、死ぬまでここを出られないだろう」
「お家の解体が目的ですからな。生きて帰す道理が御座いません」
「はっきりと言うのだな」
「ええ。全ては我が主君の、ご意向のままに」
ゼルマの声には圧があった。
強い忠誠を誓っているようだった。
誰に対して…だろうな。
「時にアビル殿。ここ最近テトラがやけに明るいのですが、何か知りませんか?」
唐突に勘ぐりを入れてきたな。
しかもこれは、興味から来るものでは無い。
主人の命だ。
「知らん。悪い物でも食ったんじゃないか?」
「だといいのですがね」
ゼルマが扉に手をかけて、何かをあっと思い出したように止まる。
「ああそうでした。暫くの間、アビル様の監視はテトラに任せます。至らぬ点もありましょうが、どうかよろしくお願いします」
ゼルマは軽く頭を下げて、書斎から出ていった。
気づかぬうちに、担当が引き継がれていたらしい。
大人しいテトラなら大歓迎だ。
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地下二階。
暗闇を照らす、歪な光の集合体。
神滅因子のある階。
「アビル様と一緒にお散歩。嬉しいです」
テトラが俺にくっ付いて歩く。
見慣れた景色だろうに、やけに楽しそうだ。
「そこ、段差あるから気を付けろよ」
俺は、定期的に見回りをしている。
その日は屋敷中を彷徨く。
特に地下二階は重点的に見回り、時間にして約二時間はここに留まる。
「う…」
テトラが急に苦しみだした。
頭を抑えて、泣きっ面で屈んだ。
「どうした…? 頭が痛いのか?」
「はい…あの、この辺です」
テトラが髪をかきわけて教えてくれた。
しかし、そこには何も無かった。
痣も傷も無い。
念の為、軽く押してみた。
「いっ…!」
やはりここか。
テトラの身体に間違いは無い。
「すまなかったな。ちょっとだけ確認したいことがあったのだ」
痛かっただろうから、よしよししておいた。
「はむっ…」
テトラは必要以上にくっ付いてくる。
つい、いつもより多く撫でてしまう。
妙だな。
これは痛くないのか。
「この傷、メルフィアにやられたのか?」
「はい。毎日、ぽかぽか叩かれてます。ばかばか言われて、ぺちぺち頬を叩かれます。治癒魔術は偶にかけてくれます。それ以外の日は、塗り薬で何とか」
テトラがいつも眠い理由。
それは、度重なる仕置きが原因。
テトラは、脳に深刻なダメージを受けている。
あの女…。
つくづく、俺をイラつかせるな。
「明日にでも、綺麗に塞いでやる」
「……すぴっ」
テトラが寝てしまった。
移動するか。
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俺はテトラを背負い、自室に戻った。
彼女をベッドに寝かせて、本を読んで時間潰し。
見回りなんて形式上だ。
盗人が来たら捕らえればいい。
「ふぁ…! わたしったら、また寝てましたか…!?」
テトラが自分に驚いていた。
瞼は閉じている。
「もういいから休んどけ。眠いのだろう」
「でも…アビル様の布団ですし…」
「気にするな。俺は雑魚寝でいい」
俺はベッドに腰をかけて、本の頁を捲った。
この本には、俺の大好きな昔話が載ってある。
転撃と敵対していた、ある女性の話が書いてあるんだ。
その女性は、転撃が大嫌いだったそう。
叶うはずの無い理想論を掲げて杖を握り、悉く実現させてきた彼が大嫌いだったそう。
彼女は、そんな彼と何度も相見え、何度も殺し合いをして、何度も負けてきた。
転撃も彼女が嫌いで、喧嘩を売られたら基本買っていたそうだ。
さながら、魔術対神剣術の放ち合い。
その度に地図が変わり、帝国が支配する国への被害は尋常ではなかった。
やがて、二人の戦いを目障りに感じる種族が現れる。
そう、神族である。
神族は二人を抹殺せんがため、名のある戦神と神兵を差し向けた。
戦神達は大陸を焦土に変えながら横断し、道中目にした国を滅ぼした。
人間を食料として箱に詰め、魔族は捕らえて壊して遊び、亜種族と混血は実験台。
エルフは天上に拉致した。
己の地位に胡座をかき、横暴の限りを尽くす戦神。
この時、神族は勝利を確信していた。
奴なら殺れる、あの二人を取れる、と。
実に浅はかな考えである。
二人は、戦神が降りてきた時点で結託していた。
利害が一致したからだ。
彼女は神兵を一匹残らず殲滅した。
転撃は戦神を瞬殺した。
そして、彼女が言う。
『いつまで見下ろしてんのかね、あの女』
これに対して、転撃が言う。
『いっそ赴き、陥落させるか』
二人が初めて、まともに空を見上げた日。
二人が地上を救った日の話だ。
「強い女性が好みなんですか…?」
テトラが、俺の頭に覆い被さってきた。
ふわふわしてて、柔らかいものが当たる。
寝てろ。
「まあな。でも、強過ぎても困る」
「か弱い女性はダメですか?」
「ダメではないが、まあ、人による」
「そうですかぁ…すぅ…」
テトラは性根尽きたように眠りについた。
何時でも何処でも寝れるのか。
羨ましい体質だ。
俺も心を落ち着かせて、ゆっくり寝たいよ。
でも、この屋敷に囚われている限り、それは叶わないだろうな。
見張りは居るし、メルフィアは聞いてるし。
どうも胸騒ぎがするんだよ。
魔じゃない何かが、近くを彷徨いているようで。




