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第六十九話 悪夢の始まり

 仰々しい客間。

 入口を塞ぐようにメイドが二人。

 物音に反応して、身体をビクつかせる従者が八人。

 みすぼらしい格好でうたた寝を始めるメイドが一名と、その傍に屈強な見張りが。

 みな死んだ目をしている。


 俺はコート掛けにローブを掛けて、杖は屋敷へ入る直前に物質転移魔術で宝物庫に入れて置いた。

 メルフィアの屋敷の中では、魔術が使えないからだ。

 魔力を分散、反転させる鉱石が至る所に設置されており、下手に使用すれば自爆するという仕組み。

 全ての扉は外側から鍵を閉められ、内側からは決して開かない。

 無理矢理こじ開ければ、即死級の電撃が流れる。

 過去に俺も体験した。


 コウとカグヤは、俺の真横にちょこんと座り、緊張の面持ちで辺りをキョロキョロと見回す。

 全体的に室内は暗く、ロウソク一本では光が隅まで届かない。

 それに加えて、外壁はマットな黒塗りのレンガ。

 反射光が無い。

 主人と変わらず、悪趣味な家だ。


「遠路はるばる、ようこそおいでくださいました。わたくしはスリンフォード家当主を努めております、メルフィア・スリンフォードと申します。以後お見知りおきを」


 メルフィアが形ばかりの挨拶で、コウの手を取る。

 指先を滑らせるように摩り、重ねて、生爪を剥がそうと、自身の爪を入り込ませた。


「痛ッ! ちょ…え!?」


 コウは、たまらずソファの上に転がった。

 ティーカップが落ちそうに揺れている。


「可愛いですね。うちに来ませんか?」


 ターゲットが決まった。

 まずいな。

 主導権を握らせては、まずい。


「俺の弟子に気安く触るな」


「お弟子さんでしたか。実に残念」


 メルフィアはコウの瞳をじっと見つめて、席についた。

 彼と目線を合わせる時だけ、ほくそ笑む。

 異常者の思考はわからないが、企みはあるだろう。

 カグヤも薄々勘づいていたようで、俺の太ももを忙しなく指でつついている。

 耳を傾けると。


「やばいよアビル、この人はヤバい…」


 真っ青な顔と言葉が一致していた。


「お前より二つ上だぞ、これで」


「マジ? 見た目はまあ、なんとなくそんな感じするけど、得体が知れないよね。子供でも無いし、大人でも無い感じがする」


「同じ人種と思わない方がいい。こいつは……ん?」


 眼前からメルフィアが消えた。

 席に居ない。


「楽しそうですね。わたくしも混ぜてくださいませんか?」


 メルフィアは、俺の背後に立っていた。

 耳と耳が触れ合うように、真横に顔を寄せていた。


「オワッ、とああッ!」


 恐怖のあまり、カグヤが猫みたいに逃げた。

 うたた寝するメイドの足にしがみついて、情けない声を出している。


「変わらんな。その、薄気味悪い声」


「フフッ…お褒めに預かり光栄ですわ」


「褒めてない。近寄るな」


 メルフィアは軽快な足取りで席に戻った。

 そしてやはり、コウを見る。

 視線を戻す頃には、通常通りの悪人面。

 空っぽの笑顔に、空虚な死んだ瞳だ。

 

「さて。早速ですが、此度の依頼内容についてご説明させて頂きます。当家、スリンフォード家が現在保有する神滅因子を、一年後の受け渡しまで守って頂きたい」


 単刀直入な話だ。

 その他諸々の説明を省いた、唐突な話。


「おい。その前に、神滅因子について詳しく聞かせろ」


 そう言うと、メルフィアの目つきが変わった。


「無論そのつもりでしてよ。知識人の貴方はともかくとして、そこの御二方は神滅因子について何もご存知無い様子。詳細を混じえたご説明は、現物をご覧になってからと思っておりましたのに、なんですか? その言い草。気に入りませんわ」


「あ? 貴様、ふざけてるのか?」


「あら、そんな顔をしないでくださいまし。わたくしの機嫌を損ねて困るのは、貴方ですよ?」

 

 その言葉を聞いてすぐ、カチャッと音がした。

 音は左横から。

 コウの首に嵌められた、黒くて細い首輪が目についた。


「え…何これ」


 コウが首輪をグイグイと引っ張る。

 柔軟性はあるようだが、硬い。

 刃物も弾かれた。


「フフフッ……ばーか。ですわ」


 メルフィアがコウの髪を掴んで持ち上げた。


「貴様ッ…!」


「首輪は、この屋敷から出た瞬間に爆発します。そして、わたくしの機嫌を損ねても爆発します。効果持続時間は一年間。よろしくお願いしますね」


 メルフィアの策に、まんまと嵌ってしまった。

 コウを人質に取られた。

 魔術を使えないイコール破壊できない。

 屋敷から出れない以上、コウの自由は無い。

 クソッ…してやられた。


「あ、そうそう。そこの無乳娘。貴方もわたくしに絶対服従ですわ」


「無乳……て、はぁ!? 私、結構大っきいから! コウが、Eカップはあるって言ってたもん!」


「あら、そうなんですの? てっきりAかBかと」


「自分にぶら下がってんのがメロンだからそう思うんだよ! この、デカ乳女!」


「褒めてます? それ」


「褒めてるよ!」


 先刻の脅しのせいで、カグヤもやりずらいな。

 心の中でフォローを入れておく。

 カグヤは大きいぞ、魅力的なぐらい。

 て、そんな事はどうでもいい。


「神滅因子とやら、見せてもらおう」


 俺は立ち上がり、コウに肩を貸した。

 メルフィアはニタリと笑い、従者に扉を開けさせて俺達を案内。

 従者とメイド、そして執事。

 途中まで全員ついてきた。

 ある一定の場所に到達した時、後をつけるのは一部の従者とメルフィア、側近の執事のみとなり、地下二階に足を踏み入れる頃には、五人だけとなった。


 地下二階の最奥。

 そこに神滅因子が収められているらしい。


「メルフィア様。どうぞお先に」


「ええ」


 執事が、厳重に閉ざされた扉を開けた。

 青と紫が交差する光が零れ、次第に膨らんでいく。


「これは…」


 円形の部屋。

 不気味な光を乱反射する、壁と床。

 魔力では無い何かを通す、魔法陣のようなもの。

 部屋の中心で力を発する、眩く四角い、透明な箱があった。

 箱の中には、神々しいまでの熱量を誇る、青紫色の光彩が渦巻いていた。


「これが神滅因子、ソウルディストラクションですわ」


 魔導兵器とは、かくも美しいものだったか。

 しかし、手に取ること叶わず。

 眺めるに留まった。


「断続的に回っているこの光、魔力とは違うようですが、一体…」


 コウも、俺と同じ疑問を持っていたらしい。

 そうなんだ。

 この箱から感じるおぞましき力は、魔力じゃないんだ。


「下界ではまずお目にかかれない絶対的な力。即ち、神力ですわ」


 神力。

 それは、神族が扱う魔力のようなものだ。


「神力ってさ、魔力の上位互換的なやつ?」


「ええ、完全なる上位互換ですわ。これがある限り、人間は絶対に、神には勝てない」


 事実そうだ。

 俺自身、身をもって体験している。

 神力は、術理を無視した絶大な破壊力を持つ。

 魔術を侵蝕して上書きする、不可思議な能力を持つ。

 そしてもう一つ。

 神力を扱うものは、自身の得意技になぞらえた権能を持つのだ。

 その力は強大で、人族が神族を超えられない絶対の壁と言っていい。

 

「神滅因子は対神用に錬成された、言わば叛逆の秘宝。人間も扱えます」


「なに? どういう意味だ」


「どうもこうも、そのままの意味ですよ。第一これは人間用。神族用は別にあります。興味ありませんけど」


 そして、その内の一つが、この家に渡ったのか。

 流した奴も馬鹿だな。


「これだけ強大な兵器、行き場に苦慮するのは必然。メルフィア様が快くお受けして下さるまでは、暗雲を彷徨っておりました」


 執事が主人の顔を立てる、ありきたりな展開。

 

「なら壊せばよかっただろ」


「それはなりません。これは主君にお返しせねばならぬ盟約の代物。もし何かあれば、国ごと消されるでしょう」


「今、主君と言ったな。誰だ」


「その質問には、お答えしかねます。なに、心配はいりませんよ。あの方は迷える子羊に進んで手を差し伸べる、心優しき人格者ですから」


 執事はクスリと、咳き込むように笑った。

 この執事、相当使うぞ。

 老骨とは思えない屈強な肉体から、溢れんばかりに魔力が込み上げている。

 肌がピリつくような、切れるような。

 不快な静電気を帯びている。


「帰りたい…」


 カグヤが、俺の裾を摘んで言う。


「同感だ。しかし、コウを見捨てるわけにはいかない」


「いつかきっと助けに来ようね!」


「見捨てる気満々の回答をやめろ」


 報酬もそうだが、今帰るのは得策じゃない。

 メルフィアを刺激すれば、これを使用されるかもしれない。

 神滅因子を。


 彼女は、ひとたび怒らせると手に負えない。

 死以上の苦痛が周囲に撒き散らされる。

 これまで何人もの側近を手にかけてきた。

 俺の目の前で、従者を惨殺したこともあった。

 メイドも執事も、これで何十人目だ。


「貴方の監視は彼、ゼルマに。無入娘はあのポンコツに。この子は、わたくしが面倒を見て差し上げます」


 メルフィアが嬉しそうに、コウを胸元に沈めた。

 不思議と、コウは無抵抗だった。

 俺の監視は、今ここにいるメルフィアの執事。

 カグヤの監視は不明だ。

 主人にポンコツと評価されていたが、一体どんな奴だ?

 もしかして、さっきカグヤがしがみついていたメイドだろうか。

 決めつけは良くないが、如何にもそうっぽい。

 ポンコツっぽい。


「貴方の部屋は残しておりますからご自由に。無入娘は、あのポンコツと一緒で、この子はわたくしの部屋ぁ……」


 メルフィアが吐いた霧に、悪寒がした。

 もしコウに危害を加えたら、八つ裂きにしてやろう。

 そう決意を固めつつ、解散した。


---


 部屋は残されていると言った。

 つまり、地下一階の右奥の部屋。

 以前、俺が使用していた部屋は、一人には勿体なくらいの大部屋。

 今回も同様か。


「はあ…」


 今になって、本当に帰りたい。

 舌を噛みちぎってでも、帰りたい。

 陰気臭い屋敷の中で一年間過ごさなければならないコウの心境は、俺への恨みつらみで塗り潰されているだろう。

 後で謝るか。


「さてと」


 旧自室の前に来た。

 鍵は掛かっていない。

 俺は扉に手をかけてゆっくりと開けた。


「……ッ」


 そして、変わり果てたベッドを目撃した。

 無数の蝿も舞っていた。

 夥しい血と、腐乱臭。

 解体された人間の山と、吊るされたエルフの娘。

 キィ、キィと、隙間風に揺れる比較的新しい遺体。

 その足元には、父とおぼしき男のエルフがいた。

 いや、違うな。

“いた”では無く“あった”の方が正しい。


「下衆が…」

 

 胴体だけが残こされたそれは、娘の前に正座させられていた。

 見せしめに殺されたんだ。


 あの屑は人間でありながら、人の血が通っていない。

 だからこんなことが出来る。

 度が過ぎる嫌がらせを、当然のようにできる。

 ベッドに書かれた血文字は、俺への憎しみ。


“死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね”


 で、埋め尽くされていた。

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