第六十八話 そして次の目的地へ
今から10年程前。
俺は、レイテルカルテの大部分を仕切るスリンフォード家のご令嬢、メルフィア・スリンフォードの家庭教師を勤めていた。
当時、領地を治めていた先代と一年契約を交わし、その娘を魔術師として育て上げた。
才能で言えば、禁獄を超えるかもしれない逸材だ。
頭も悪くなく、勉強熱心な小娘だと、初めはそう思った。
しかし、人格に問題があった。
彼女は侯爵家の令嬢だ。
それも、悪名高いレイテルカルテの元締め貴族だ。
まともな道徳など、ある筈がない。
先代自身もそんな人間で、裏取引はお察しの通り。
薬物、兵器、人に臓器。
解体専門の闇住人まで取り込んで、高値で売りさばいていた。
売上の数十パーセントは国に納められており、アルストロメリア政府はレイテルカルテを貴重な資金源と見なし、放任している。
あそこは、古くからズブズブの関係だ。
悪しき風潮が、端から端まで根付いている。
話は戻るが、彼女もその毒を一身に吸って育った悪人で、俺の知らないところで何人もの隷属を殺してきた。
覚えたての魔術の実験台として、何の罪もないワイルドエルフの従兄妹を焼き殺したこともあった。
傀儡魔術を用いて同族殺しをさせたり、力を持たない龍族の村を海の底に沈めたりと、暴虐の限りを尽くした。
人の皮をかぶった悪魔。
そう呼ぶ者も少なくない。
「レイテルカルテに向かうのでしたら、オレの転移魔術を使いましょう。正確な座標は、師匠の所有する地図から割り出します。一時間ほどお待ち頂けますか?」
「ああ、よろしく頼む。魔力が枯渇したら言うといい」
「了解しました」
コウは、本当に逞しく成長したと思う。
独り立ちにはまだ早いが、もう間もなくで魔術師として完成する。
俺が渡せる知識も、残りあと僅かだ。
人当たりも良くて、街のみんなからも慕われて順風満帆。
曲道を歩むことはあるまい。
「私、行きたくない」
カグヤがキッパリと言い切った。
「理由を問おう」
「手紙一つでアビルが動くなんて、余程の事情が無い限りありえないよ。誰さ、そこに書いてる女」
カグヤの目つきが鋭くなる。
「何を勘違いしているのかは知らんが、俺は目的があって行くんだ。この女はそのオマケ。オマケどころか、不要な腐者。快楽殺人者だ」
「クソ女じゃん。私と同類じゃん」
「それは違うぞ、根本から違う。お前は過酷な環境を生き抜くために殺めてきた。こいつは己の欲求を満たすために、数多くの隷属を手にかけている。そこに計画性は無く、目的も無く、暇潰し感覚で大量虐殺を行っている。お上が見て見ぬふりを一貫する以上、勿論、お咎めなし。な? 違うだろ?」
「……じゃあ私とその女、どっちが大事?」
「無論カグヤ。お前だ」
「そ。ならいいよ」
カグヤに抱擁をせがまれたので、軽く。
証明しろと言わんばかりに、接吻も少々。
セラの垂れ込み通りに、胸も少しだけ触った。
「うん…今日は悪くない」
これに対する返答は、熱い抱擁だ。
「よかった。安心した」
「むぎゅうぅぅ……」
あの女とカグヤは、人間性が正反対。
メルフィアは無自覚な異常者で、カグヤは贖罪の気持ちが行動に現れている、基本は光の住人だ。
「あれ…? 師匠。あれれ、姐さん。あれ? なに、して…あれ?」
コウが戻ってきた。
早いな。
「もう終わったのか?」
「いえ、あと50分はかかります。それよりも…あれ?」
全然まだまだじゃないか。
どうりで早いと思った。
「アビル…そろそろ苦しい」
「おっと、すまん」
どうやら俺は、カグヤをずっと抱き締めてたようだ。
服に付着した唾液の跡が、そう物語っている。
「何してたんですか…?」
コウから感じる疑念の目が痛い。
「ちょっとしたおまじないだ」
俺は、三人分の席を用意した。
二人が席についたので俺も座り、ざっくりと手紙の内容について説明する。
その前に。
「まずは二人に謝っておこう。巻き込んで本当にすまない。レイテルカルテになんぞ死ぬほど行きたくないのだが、そうも言っていられない事情ができた」
前置きは以上。
続けた。
「数ある魔導兵器の中でも、とりわけ凶悪な対神用兵器、通称、神滅因子“ソウルディストラクション”が、差出人の家に渡った。これの意味するところは、アルストロメリアの転覆と言っても過言では無い」
神滅因子とは、天界より流れ出た呪いの秘宝。
現物は見たことがないが、世界に二つだけ存在する究極の破壊兵器だと伝え聞いてはいた。
正直言うと謎だらけだが、とにかく危険。
封印するのが得策だ。
しかし、メルフィアの手紙には一年間の預かりと記載されている。
使用するつもりは無いとも。
信用出来んがな。
「何となく、おっかない感じがしますね」
「確かに。これだけわかりやすい名称もあるまい」
せめて見張りくらいはしてやろう。
報酬の額は美味しい。
「ねぇアビル。もし、もし仮にだよ? コレを使われたら、私達どうなるの?」
「俺以外は皆死ぬ。もしかしたら、俺も無事ではすまんかもしれん。具体的な構造や、性能が未知数な以上、最悪を想定しておいた方がいい」
「この女に、絶対に使わせないでよ。どんな子か知らないけど」
「重々承知している」
話し合いは終わり、転移魔法陣の準備が完了した。
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部屋を移動し、何も無い物置部屋へ。
魔力供給を断ち、転移魔法陣の起動。
コウが地図を開く。
「レイテルカルテ北側、シスタート領の入口で構いませんね?」
「構わん。どの道向こうに着いたら、俺がスリンフォードの屋敷まで空間転移魔術を行使する。正確な座標は頭に入っている。腸が煮えくり返りそうだ…」
「急にキレてんの謎ですね」
コウが転移魔術を発動。
景色が真白に覆われた。
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レイテルカルテ北側、正門付近。
シスタート領に着いた。
ここからは歩けば長い。
しかし、俺は、あんなクソ女のために無駄な時間を費やしたくない。
俺は空間転移魔術を使用して、位置情報の入れ替えを行った。
空間転移魔術とは? ――簡単に説明しよう。
こちら側Aと向こう側Bの場所を入れ替える魔術だ。
指定するものは、目視できる有機物なら何でもいい。
今回俺が指定した物は、スリンフォード家の鉄門。
泣く子も黙る超視力で、俺はスリンフォードの屋敷までの道のりを透視した。
あとはご推察の通り、鉄門は俺達が降り立ったレイテルカルテ北側に転がっている。
正門付近は人通りが多いし、誰かが拾ってくれるだろう。
知ったことじゃない。
「うわぁ……大っきいなぁ」
コウが口をあんぐり開けて、驚いていた。
まあ確かに、スリンフォードの屋敷は、とてつもなくでかい部類に入る。
地下二階、地上三階建ての家。
周囲に建つ家も、全てスリンフォード家の所有物。
使用人の数も、世界規模で見なければ比較できない。
「あ、なんか出てきた。ん…?」
カグヤが、じっと目を細くして、
「おっぱいデカァッ…!」
と叫ぶまでの数秒。
大層な漆黒の扉から現れた従者数名は、俺達三人の姿をしっかりと捉えていた。
扉の奥から、遅れて歩みを進める二人。
メルフィアの傍に、執事が一人。
いつ見ても腹の立つ顔、癖の強い紫黒色の巻き髪。
中途半端なセンスを光らせる藍色のドレス。
どれもこれもが、大嫌い。
「オーッホッホッホッホッホ! 随分とお疲れのようですわね! 待ちくたびれましたわよ! この白濁髪王子!」
酷く耳障りな、下品な笑い方だ。
嫌いだ。
お前なんか、死んだ方が世のためだ。




