表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/285

第六話 準備

「到着! ようこそ我が家へ!」


 夢の国とは程遠い場所へ招待された。

 カグヤの住居は洞穴である。

 廃村から少し歩いたところにトゲトゲの針山があり、自然に出来た洞穴の最奥に、家財一式を持ち込んで生活していたそうだ。

 奥行はそんなに無い。ただ、夜目が利かないと暗くて前に進めない。

 大抵の人間は怖がりなので、下手に近付こうとはしないだろう。

 よって、隠れ屋に最適というわけだ。

 

 カグヤは数本のロウソクに火を付けて、部屋全体を明るく照らした。

 気になっていた情報が一気に流れ込んできた。

 木製のテーブルと椅子が二人分。隅に小綺麗なタンスがある。

 壁には目立つ切創が幾つかあるが、表面は非常に滑らか。おそらく刃物で削りだしたのだろう。

 天井から垂れている針金の輪には、女性物の服がかけられていた。

 簀子の上に布団が敷いてあり、シャツと下着が散乱している。

 生活感丸出しだ。


「おひとつどうぞ」


「結構だ」

 

 お土産気分で持って帰れるか、そんなもの。

 疲労と呆れで、ため息が出た。

 比較的埃の被っていない椅子を拝借し、事前に渡された中央大陸の地図をテーブルに広げてみる。

 元々所有していた地図も合わせて広げ、照らし合わせた。

 すると驚くべきことに気がついた。

 山岳地帯の地形が大きく変化していたのだ。

 メイルイ王国は周辺三カ国の西側に位置し、その内、セレスティア神聖国は北側にあるので、やや北東に進む必要があるのだが、そこを隔てるように山岳地帯があるので、どうしても越えなければならない。

 かねてより地形が変わることは何度かあった。

 魔族間抗争の主戦場に使われたりしてな。

 大地は削れて山は欠け、土属性魔術の使用が拍車をかけた。

 標高の上昇下降が雄弁に物語っている。


 これは参った。

 一ヶ月程で横断できると踏んでいたが、無理だ。

 迂回していくにしても、そこまで食料が持つかどうか。

 それにもしカグヤが体調を崩せば、長旅はより一層、難航を極めるだろう。

 厳しいな…。


「一応確認しておくが、お前は長旅に耐えられるか?」


「体力には自信があるよ。それに、生まれてこの方、風邪を引いたことがない」


「馬鹿は風邪を引かないからな」


「は? 何、喧嘩する?」


 ズイと詰め寄られたので謝罪。

 本人が自信あると言うんだから問題なさそうだ。

 怪我も数日かからず治っていたし。


「ほい、ほい、ほーい」


 カグヤは散乱していた服を畳んでタンスに戻した。

 客人を招いた後にお片付けとは。遅すぎる。

 傍観する俺に見向きもせず、彼女はフリフリの装飾がなされている大人びた下着を上段に入れていく。

 

「それは、お前の母のか?」


「違うよ。これは全部私の。ママのは持ってかれたんじゃないかな」


「そうか…て、ちょっと待て。そのフリフリが付いたやつも、お前のなのか? だとしたら派手過ぎだろ…」


「ふっふっふ…これは道具だよ。お間抜けさん達を罠に嵌めるための、ね」


 カグヤは赤い瞳を光らせ、狂気の笑みを浮かべた。

 悪意しか感じないのに無邪気に見える。

 その顔、嫌いじゃない。


「策士め。化けの皮は何枚ある」


「沢山あるよ! ほら!」


 タンスから、お花畑を引きずり出したカグヤは、それを俺めがけて放り投げた。


「違う! そうじゃない!」


 気づけば叫んでいた。

 宙を舞う無数の花束。

 俺は右手を引いて構えを取り、深く息を吐いた。

 そして、全て拳の連打で打ち返した。

 地面に落下しそうな物は、手刀で払い飛ばした。

 凡人では見逃す23連撃。

 身につけた体術が、このような形で役に立つとはな。


「……」


 ポカーンとするカグヤの体には、四季折々の花がぺたぺたと貼り付けられていた。

 丁重にお返ししたつもりである。


「余興は済んだ。さあ、早くそれらを仕舞え」


「お…お見事ぉ…」


「世辞はいい。仕舞え」


「これなんか可愛いと思うんだけど」


「仕舞え」


「はい」


 せっせと下着を仕舞うカグヤ。

 悪戯が過ぎるぞ、まったく。

 最後の最後に、微妙な抵抗を見せるな。


 頃合いを見て席に戻り、本題へと移る。

 旅の注意点についてだ。

 地図に印をつけ、カグヤにも分かるようにした。


「ここ、山岳地帯には肉や魚を取れる場所が無い。生物はおろか、植物すら怪しい所だ」


「ふむふむ。つまり岩を食えと」


「そういうことだ。腹を壊すなよ」


「え…嘘でしょ」


 初めて見る真っ青な顔。

 ダメだ、正視に耐えん。

 口角が釣り上がってしまう。


「冗談だ。と言っても食糧難になるのは確実で、事前に用意しておく必要がある」


「ちょっと前に沢山買ったよね。あれじゃ足りないの?」


「全くもって足りん。魔術で水は幾らでも精製できるが、血肉になり得る物は不可能だ。現地調達にも限界があるから少しでも多い方がいい」


 備蓄庫に保管してあるのは干し肉と米。

 離れにある、気温が氷点下に達する洞窟には強固な鉄箱を配置し、野菜と長期保存の利く乾燥パンを中にいれている。

 これらは物質転移を使用し、必要に応じて取り出す形となる。

 目的地まで転移魔術で行ければ楽なのだろうが、媒介する石版を設置した国が何処にもない為、どの道歩く。

 覚えたきり使用して無いのも理由だ。

 それはいいとして、カグヤは狩りが出来るのか。

 対人では無類の強さを誇る彼女だが、魔物相手にはどう立ち回るのか。

 絶体絶命に陥る事はないとは思う。

 しかし、不安の芽は積んでおかなければ。


「参考までに聞くが、魔物と対峙した経験はあるか?」


「魔物…ないかも」


「いい機会だ。少し教えといてやる」


「いいよ別に、どうせ首を落とせば死ぬんでしょ?」


 早々に話を切り上げようとするな。

 

「残念ながらそう甘くは無い。生首になろうと絶命せず、敏捷性を維持したまま襲いかかってくる魔物も存在する」


「うえ…めんどくさいなあ」


「というわけで」


 俺は剣を抜いて、壁に文字を刻んだ。

[中央大陸での心得]

 と、達筆に。

 カグヤの目の色が変わった。


「ダルいダルいダルい!」


 お勉強の時間だと感ずかれた。

 逃げようとするカグヤの首根っこを掴んだ。

 こそばゆい抵抗をすべて躱し、大人しくなるまで待つ。


「心得その一。こんな感じで盗賊に捕まるぞ」


「盗賊!? そんな奴殺せ! 殺してやる!」


 口が悪いな…。

 歯をギリと噛み締めて、必死の抵抗を見せてくる。

 露骨に嫌がるじゃないか。


「あまり強い言葉を遣うな。刺激するにしても相手を選べ。あと、お前が言うな」


「ムギィー! イライラするー!」


「はぁ…次に移ろうか」


 カグヤを椅子に座らせた。

 すると何故か、急に大人しくなった。

 ちょこんとしてて可愛らしい。

 お人形さんみたいだ。


「心得その二。魔物の弱点は心臓部に位置する核だ。種によっては額にあったり、常に移動させ続ける物もいるが…まあなんだ、とりあえずそこを探し当てて破壊する」

 

「はしょったねー!」


「過不足無い説明だと思うがな」


 事細かに話したところで一度に理解できるとは思えない。

 逃亡を図るような奴だし。


「ねぇねぇ、核はお金になるの?」


 カグヤが瞳を輝かせながら聞いてきた。

 

「大なり小なり金になる。売却するなら宝石商がいいだろう。あそこは高く買い取ってくれる」


「やったー!」


「宝石商が見つかれば…の、話だが」


 余計な荷物を増やしたくない。

 カグヤが取得した核は、俺が言い値で買い取ろう。

 道中、人里があれば寄付しようではないか。

 

「ふぁ…」


 欠伸をして、目を擦るカグヤ。

 眠そう。

 だが、気にせず続ける。


 中央大陸は気候の変化が激しく、生態系に影響を及ぼす天災が頻繁に起こりうる。

 砂嵐や雷雨、季節外れの猛吹雪なんてこともあるな。

 一見普通の平原だと思えばその実、毒草が生い茂る死地であったりと様々。

 徐々に体を蝕まれていくことだろう。

 擦り傷一つが命取りだ。


「心得その三。怪我をしたらすぐに言え」


「なんで? アビルがぺろぺろ舐めてくれるの?」


 真面目に聞けこの。


「それは絶対にない。解毒も兼ねた治癒魔術を使用する」


「便利屋だ!」


「魔術師だ」


 旅の心得は概ねこんなところか。

 後は寝床について考えなければならない。

 長旅をするにあたり重要なのは適度な睡眠。

 これは非常に大切な事で、体力消耗の緩慢化や精神面の保養に繋がるため、戦闘を一時中断してでも摂りたい。

 翌日の体調がまるで違うし、頭も体も冴え渡る。

 いい事づくめだ。

 

「う…んあ…」


 カグヤが寝てしまった。

 疲れさせたか。

 何か掛けれるものは…。

 …俺のローブでいいか。


「にゃりがにょ…」


 気持ち良さそうに寝ている。

 サラサラの髪の毛。指がスーッと通った。

 赤い瞳に良く似合う漆黒だ。

 柔らかくてヒンヤリした肢体に、無防備な服のはだけ様。

 未だ成長途中なのが見て取れる。


 しかしあれだな、幼い見た目に反して中身は結構オヤジだな。

 言動が快活だ。

 何が彼女をそうさせ――ああそうか、俺を喜ばせようとしてるのか。

 骨抜きにして、金品を強奪してやろうと。

 油断も隙もないな、この娘。


 そう思っていたら、手を握られた。

 寝言を言いながらキュッと優しく、摘むように。

 一体どんな夢を見ているのだろう。

 

「ママ……それメロンじゃないキャベツ…」


 デザートの話か。

 終わってるな、お前の家庭。

 

 この様子ではもう起きないだろう。

 少なくとも今日は。

 なら一人で準備するしかあるまい。

 寝袋と着替え。薬に魔道具。

 俺のは揃っている。

 問題はカグヤの物だ。


 無作法で悪いが、勝手に衣装タンスを拝見させてもらう。

 俺は上段から順に引き出しを開けた。

 中には使い古しの白シャツに、似たようなショートパンツが数枚。

 下着だけ異常な枚数があった。

 厚手の物は一切無く、どれも常夏仕様。

 よくこれで戦ってこれたな。


「これとこれと…これは要らんだろう」


 いる物と要らない物を仕分けた。

 本人がすべき仕事を赤の他人がする謎。

 折角だし、部屋の掃除もしてあげようか。

 箒と、ちりとりが立てかけてあるし、雑巾もある。

 掃除用具は揃っている。

 よし、やろう。


---


 俺は手始めに床を掃いた。

 自然に出来たとは思えない滑らかで平面な床を、ぱっぱと素早く丁寧に掃いた。

 結構汚れていた。

 それもそのはず。

 洞窟の構造上どうしても隙間風があるので、落ち葉や石砂が侵入してくるのだ。

 辺境付近が豪雨に見舞われれば、入口を塞いでいる巨岩は無意味となり、濁流が流れ込んでくる。

 それを証明するかの如く、雨水が引いた形跡があるので、過去に数度襲われたはず。

 それでも此処に住んでいたのだから大したもんだ。

 

「ケホッ…」


 宙を舞う埃に、喉をやられた。

 こういう環境に慣れていないせいもあるだろう。

 室内と屋外では体感が違うからな。

 対策として雑巾を濡らしてタンスを拭き、布団を畳んでおく。

 潔癖では無いのだが、中途半端に綺麗は許せない性分なので床もピカピカに磨いた。


 こんなところか。

 後は荷物をまとめて、カグヤを持って…と。

 薬と魔道具は共用すればいい。

 ついでに入口の機能を改善してから帰ろう。

 

 岩を退かして外に出た。

 要は水が入らないようにすればいいので、立地を高くしてしまえば済む話。

 俺は地面に手を付き、地属性魔術を行使した。

 山の標高を少し上げて段差を作る。

 ゴゴゴと地響きが鳴り、木に止まっていた鳥達が一斉に飛び立っていった。

 結界を張り巡らせ、俺にしか感知出来ないようにした。

 

「よし。これでいいだろう」


 良い仕事をした気分だ。

 旅路の説明と事前準備は済んだし、残りの辺境生活はのんびり過ごすとしよう。

 

「!?」


 帰り道、カグヤが目を覚ました。

 大きな目をパチリと開けて、驚いた顔のまま硬直している。


「どうした、そんな間抜け面して」


「変な夢見た」


「メロンがキャベツだった夢か?」


「それもなんだけど、もう一つある。アビルが悪い人と手を繋いでる夢を見たんだ」


「…それは悪夢だな」


「アビルは利用されてただけなんだけどね」


 最後だけ、カグヤの表情は真剣だった。

 善悪の判断に迷っているのか、うなだれて長考する素振りを見せる。

 嫌な夢を見たんだ。気持ちの整理も必要だろう。


「心配要らん。もし仮に俺が道を踏み外しそうになれば、お前が手網を引くだろう?」


「めっちゃ距離詰めてくるじゃん! もう離して! 怖い怖い怖い!」


 カグヤが暴れ始めた。

 そんなに嫌か…。

 少しショックだ。


---


 心の傷が癒えぬまま、我が家に到着。

 と、思いきや。

 俺の家が丸焦げになっていた。

 

 どういう事だ。

 帰り道、立ち昇る煙は確認していない。

 つまり俺達が外出したのを見計らい、何者が火をつけたのだ。

 貴重品を置いていなかったのが不幸中の幸いである。


「わあ…あったかーい」


 カグヤが、のほほんと火の前で寝転び始めた。

 

「服、汚れるぞ」


「じゃあまた洗って」


「…いいだろう。次は川に落としてやる」


 さて、誰がやったのか。

 必ず見つけ出して、追い詰めて、懲らしめてやる。

 面倒事は立て続けに起こるものだ。

 だから俺達は今、囲まれている。


 索敵。

 90、100は超える兵士。


 一人だけ、よく練られた魔力を持つ者がいる。

 魔導騎士だ。


「ようやく見つけたぞ弟の仇」


 俺では無い誰かに向けられた言葉。

 白銀の鎧を身に纏う青年が姿を現した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ