第六十七話 お祝い
---アビル視点---
遅めの結婚祝いを渡そうと、ミゼルの家を訪れた。
ミゼルの家は王都東側にしっとりと佇む、生活感丸出しの簡素な木造二階建てだ。
洗濯物がバルコニーを彩るように吊るされており、下着類は上着類の間に干してある。
ミゼルとリコルド、二人の服だ。
ミゼルは、ぽっこりと大きくなったお腹を気にかけながら、それらを取り込んでいた。
リコルドは現在、長期の遠征任務にあたっている。
なので、今日ここにいるのは三人。
俺とミゼル、そしてカグヤだ。
カグヤが付いて来た理由は、俺の監視。
間もなく臨月を迎えるであろう時期に、夫であるリコルドが不在の今、ミゼルの精神は非常に不安定。
そこで間違いが起こらないように、カルネラから、誰でもいいので異性を一人同伴させろと命が下った。
たかだか結婚祝いを渡すだけなのに、大事になっていた気がする。
周りの、ひそひそ話が痛かったな。
「名前はもう決めたのか?」
「んーや、決めてねーよ。男の子か女の子か、わかんねーし」
「そうか。まあ、お前らの子だ。強い子が産まれてくるだろうな」
「あったりめーよ! あちきとルド爺は、二人で最強だかんなっ!」
ミゼルの精神面に異常は見られない。
あるいは、そう見せているのか。
気を使わせているなら、申し訳ないな。
「ねぇねぇ。お腹に耳当ててみてもいい?」
「おー、いいぞー」
「やったー」
カグヤが、ミゼルのお腹に耳を当てた。
瞳を輝かせて、胎児の動きを肌で感じている。
「おお…! 凄い……」
感動しているようだ。
「カグっちの声が聞こえたんだよ。だから、ボコッてあちきの腹を蹴ったんだ」
「痛くないの?」
「痛くない時もあれば、半端なく痛てぇ時もある。昨日なんか起きれなかった」
「え、そんなに…!? なんか大変だね、子育てって」
「まだ、そこまでは行ってねーんだけどな」
二人のやり取りは、見ていてほのぼのする。
母と子の会話みたい。
ミゼルは、すっかりお母さんだもんな。
「あ、そうそう。今日はミゼルに渡したい物があるの」
ナイス。よくぞ思い出してくれた。
とは言っても、渡すものは何の変哲もない枕。
見た目は、な。
仮にも王を名乗る以上、それ相応の物は用意したつもりだ。
「はいこれ。どシンプル枕」
カグヤに、お祝い品を奪われました。
誰に報告すればいい。
「おー、マジか! あんがと!」
喜んでくれたようで何より。
絶対に使ってくれよな。
これは、今や亡国となったメイルイ王国で一番の売れ行きを誇っていた、世界最高級安眠枕だ。
設計、制作には、人体の仕組みを知り尽くした時の名医が監修し、質量を感知すると自然と沈む超低反発仕様。
ある一定の重量からは内側の硬質クッションが型崩れ防止と、寝違え防止の役目を果たしてくれる。
作業工程が何段階にも分かれているため、一個作るのに一週間かかる。
金と時間と、職人の努力の結晶体。
長く使ってくれ、頼むから。
「うぉお、ふっかふか! それにこの枕、意外となげーな」
「セミダブルサイズ…だったか。たしかそう」
「覚えてねーんかい」
「悪いな。巷で流通している物が、これで最後だったもんで」
「あ……なんかすまねぇな」
「気にするな。それよりも、リコルドが帰ってきたら一緒に使うといい。その為のセミダブルサイズ…? だと思うから」
「おう! めっためたに襲ってやんよ!」
それは、やめた方がいいと思う。
お身体に触りますよ。
と、身振り手振りで伝えてみた。
発言権は、カグヤに握られているから。
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午後のティータイムに来客があった。
セアリーとラングステン。
珍しい組み合わせだ。
この二人が一緒に居るところを見たことがない。
明日は雨になりそう。
「魔術王。貴様今、失礼なことを考えたな?」
「いや、全然」
えらく察しがいいな。
似合ってないぞ、その手提げ鞄。
「あら、やっぱり見張り付きなのね。カルネラちゃんも、無粋な真似をしてくれるわ」
セアリーの発言からは、何も得るものがなかった。
ただし、カルネラをひっぱたく動機はできた。
背後からピチッと、頬を叩いてやる。
「いつも悪ぃな。助かるわ」
「いいのよー、ワタシとミゼルちゅんの仲なんだから」
セアリーはそう言い、ミゼルの背中を摩る。
「私も何か手伝う?」
「そうねぇ。じゃあ、洗濯物を取り込んでくれるかしら。ワタシは夕飯の支度をするわ」
「おっけー! 任せて」
友人のセアリーと一緒にテキパキと働くカグヤの姿をミゼルは微笑ましそうに見守っていた。
「二人共、あんがとな」
カグヤとセアリーが、ミゼルの身の回りの世話をしている。
賑やかになってきた。
俺は邪魔にならないように、ミゼルの寝室から出た。
午前中の間にゴミは出してきたから、部屋は広くなったはず。
…にしても、薬瓶が多かったな。
「ミゼルはな。過去に故郷で、臓器を幾つか売られてる。生存に必要最低限な臓器だけ残されて、競売にかけられたんだ」
気がかりだった謎を、ラングステンが明かしてくれた。
「レイテルカルテで、だろ」
「なんだ、知っていたのか。教える必要無かったな」
「いやでも、そこまでは知らなかった。なんというか……残虐極まりない」
無情にも虚弱体質にされた彼女の心痛は、察するに余りある。
毎晩のように強い酒を煽っていながら、明るく振舞っていたなんて。
もっと自分を大切にすべきだ。
なんて、とっくの昔にリコルドが言っているだろう。
「それがあの城塞都市。アルストロメリア最大の都市にして、最悪の暗部。から、貴様宛てに手紙が届いたぞ」
そう言ってラングステンが鞄を開けた。
中から出てきたのは、一通の真っ黒な手紙。
赤と金が混在するペンで、差出人の名前が書いてある。
「は…? 何故に今。唐突すぎるだろ」
「俺だってタイミングを見計らったさ。なにせ、差出人が女だからな」
レイテルカルテに女の知り合いなんていない。
そもそも俺は、アルストロメリアに指名手配されているんだ。
近寄らなければ、できるはずもない。
……いや、一人だけいた。
嘘だろ。
もしそうなら、俺が本当に本当に、世界一嫌いな女からだ。
俺は慌てて、手紙を裏返した。
〖差出人|メルフィア・スリンフォード〗
予感的中。
俺が大嫌いな女だ。
「さっさと行け。そして、二度と帰ってくるな」
俺は俺で、毛嫌いされているのか。
年長者に優しくない世界。
「長いようで短い滞在だったな。また来る」
「来るな。願わくば地の果てまで行って、最低200年は戻ってこないでくれ」
ラングステンが妙に噛み付いてくる。
鞄から、はみ出た透明袋があるな。
取ってみるか。
「ッ…馬鹿! よせ!」
俺はラングステンの顔を押さえつけ、袋を観察。
中身はビスケット。
貼られたハートの手紙に、何か書いてある。
“マスターの大好きなワインを隠し味に入れてみました。絶対に美味しいので、絶対食べてください。あと、もう一つ隠し味を入れました。当ててみてください…ね”
これ程わかりやすい手紙は無い。
マスター呼びはセラだ。
セラが、俺のためにビスケットを焼いてくれたんだ。
嬉しいけど、ワインは合わないだろ。
「返せ。それは俺の物だ」
ラングステンが意地汚く右手を差し出してきた。
「ありがたく頂こう」
「頂くな。返せ」
俺は袋を開封して、一枚のビスケットを手に取った。
一枚、また一枚と。
ラングステンの目の前で完食してやった。
少しだけ、しょっぱかったな。
塩と砂糖を間違えたのかもしれない。
この、おっちょこちょいめ。




