間話 不屈の少年
---???視点---
僕はいつも、お師匠様の後ろを歩いてた。
何処へ行くにもテクテクと、煙たがられても後をつけた。
嗅覚を頼りに、仔犬のようにお師匠様を探した。
好きな匂いなんだ。
柑橘系の果物に、痺れるような薬品の匂い。
鼻腔を刺激する残り香は、脳を溶かして勇気を奪う。
ドロドロに溶けだした身体の自由は、お師匠様の手で復元される。
僕は、いつも通りお師匠様に付いてきた。
僕にとってお師匠様は神様だ。
何度も窮地を救ってくれた、命の恩人だ。
最近では、雷神様に話をつけて、僕を見逃してくれるように頼んだのを覚えてる。
僕は命を狙われている、父に。
父は、どうしようも無いクズ野郎だ。
顔を合わせる度、何度も何度も殴られる。
お前は糞から産まれた糞だ、死ね死ね死ね、と。
空っぽな暴言を吐いて、気絶するまで頭を踏みつけてくる。
抵抗しようものなら、万の軍勢が地上に降りてきて、僕を磔にして殺すだろう。
抵抗する気も起きない。
「―――・! ――ッああ…!」
扉の奥で、お師匠様が苦しんでる。
でも、助けられない。
僕は今、床に抑え込まれてる。
長い廊下に、何十人も兵がいる。
雷神様が僕を見張ってる。
あのクズが、僕の父が扉の奥にいるのに。
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気づけば。
声が死んで、物音一つ聞こえなくなっていた。
兵隊がいなくなっている。
「お師匠…様…?」
長時間、無理な体勢で押さえつけられていたせいか、身体の節々が痛い。
扉に手をかけたら、ドンと蹴られるような衝撃が走った。
つき指をした。
人差し指が反対方向に曲がっている。
折れた。痛い。
出てきたのは、僕の大嫌いなクズ野郎だった。
「あ? なんだその目は!」
僕は、父に顔面を踏まれた。
思い切り蹴られた。
「ぶベッ…!」
「ったく、汚ぇな。おい!」
追加で、もう二発。
横っ腹と、股下。
「ぺっ。やっぱ、あのゴミと変わんないな。ゴミといる奴はやっぱりゴミだな」
と、そう吐き捨てられ、唾をかけられた。
本当に空っぽだ。
頭が弱くて、品が無くて。
親の七光りを権威のように振りかざす、いつまで経っても無知無能な子供みたいな奴。
「なんだその目……生意気だぞ!」
乱暴に髪を掴まれて。
僕はまた、殴られた。
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父は満足したのか、僕を扉の中に放り込んで笑いながら出ていった。
お師匠様は無事かな。
無事だといいな。
僕は、お師匠様が眠るベットに移動した。
掛け布団は、くるまっていた。
お師匠様の顔だけが見える。
震えてる。
「大丈夫ですか…? お師匠様…」
「ひっ…! あ……ああっ…!」
お師匠様は、頭を抱えて蹲ってしまった。
暫くは、まともな会話が出来ないかもしれない。
いつもそうなんだ。
こうなると、お師匠様は三日三晩怯えて眠る。
全身痣だらけで、飽き果てるまで汚されているのに。
四日目は、痛みを紛らわすように、笑顔でパンを食べるんだ。
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翌朝。
僕は雷神様の元に向かった。
これ以上、お師匠様を泣かせたくないから。
「ここか…」
城塞都市レイテルカルテに唯一存在する聖域。
サンフォート大聖堂。
入った瞬間、とんでもない圧を感じた。
全身が焼き切られるような痛みに襲われた。
「むっ! なんだ……貴様か」
雷神様は、聖堂内中央にある女神の像に手を合わせて、全身に刻まれた紋章を金色に光らせていた。
これが痛みの正体。
信仰深い人には見えないのに、聖書に似た厚い本を持っていた。
「雷神様。一体いつになったら、僕達を解放してくれるんですか? このままじゃ、お師匠様、きっと壊れちゃいます」
そう訴えかけたが、雷神様の表情は一切変わらない。
真剣なのか、冷徹なのか。
「先の質問の答え、解放は未来永劫しない。それで貴様の師が壊れるというのなら、壊れてもらう。好都合だ」
「……ふざけるな。僕達は、あんたら神族の奴隷じゃない!」
僕は、雷神様に斬りかかった。
この剣なら、この速度なら、神を斬れる。
雷神を殺せる。
そう思っていたのに。
剣は、雷神に届く、すんでのところで消滅した。
腕を除く、持ち手から剣先までが蒸発した。
「ぐわぁああ…ッ!」
剣を握っていた手が黒く焼け焦げて、炭になっていた。
もはや、手先の感覚は無く、痛みは無い。
手首から後ろが激痛だ。
「非力な貴様も、有効活用せねばならん。死ぬ時は今ではない」
雷神の手が視界を覆う。
僕は超電撃に襲われて、仰向けに倒れた。
「けほっ…!」
灰混じりの咳が出た。
死んだのかな…僕。
「右手の感覚はあるか?」
そう言って雷神が、僕を見下ろしている。
「…え?」
思えば、確かに感覚がある。
失った右手の感覚が。
再生している。
「あ…あります」
「そうか。ならいい」
雷神は大聖堂の奥に消えた。
一方僕は床に寝転んで、動けなくなっていた。
回復までに、もう少し時間がかかる。
「ちくしょう…」
あれだけ修行したのに、何も出来なかった。
一矢報いることさえ出来なかった。
これでは、お師匠様を救えない。
日常的な笑顔を取り戻せない。
愛弟子と会って数日は、あんなにも楽しそうに笑っていたのに…。
力だ。
力が欲しい。
神をも殺せる、絶対的かつ圧倒的な力が。
僕には魔導剣士の才能があると、お師匠様は言っていた。
なら、魔導剣士になろう。
今日から僕は魔導剣士だ。
お師匠様だけの、魔導剣士になってやる。




