第六十六話 弟子の実力
---アビル視点---
カグヤに変身魔術を伝授してから数日。
魔女の霊峰より、北西15里を余す先に新国家が樹立していたことを明かされた。
これにより、黄閃堂の門下生達が王族護衛として派遣されていたそう。
彼らは、黄閃天魔の異名を持つリンファに、直々に鍛えられた愛弟子達であり、実力は折り紙付き。
約半年の遠征から戻ってきた。
オルテシアが残された理由は、黄閃堂の管理。
そして、リンファの話し相手。
リンファは寂しがり屋で、誰よりも孤独を嫌う淑女なのだ。
コウが単独お忍びで黄閃堂に押しかけてもお構い無しで、話を止めない。
いい子いい子で、可愛がってくれている。
そんな最中、コウから一つ要望が。
「オレを、誰か強い人と戦わせて欲しい」というのだ。
コウの鍛錬相手は週に一回、俺がしている。
しかし、それでは足りないらしい。
俺が無意識に手加減しているのもあるだろうが、最たる理由は、カグヤに対する劣等感。
彼だけ伸び悩んでいる。
よって、今回の鍛錬相手はリンファによって決められた。
相手はケイン。
今や黄閃堂随一の剣豪にして、遠征部隊の部隊長。
大器晩成型とでも言うのだろうか。
彼は、二年半前とは比較にならないほど強くなっていた。
「僕が相手なんだけど、いいかな?」
ケインが、リンファの膝に座るコウに尋ねた。
爽やかフェイスに、凄まじい闘気だ。
左目に映る魔力の流れは、血流の向きと同じ。
丹念に、練り上げられている。
「はい。よろしくお願いします」
コウは迷わずに許諾。
かくして、模擬戦が始まった。
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リンファの一声で、門下生達が鍛錬場に集められた。
二人の戦いから新しい技術を取り入れようと、数十の門下生達は志しを同じくして、固唾を飲んで見守る。
オルテシアとカグヤは少し離れた場所から見守った。
長い木製の椅子に座り、女の子同士で手を繋いで、目線を逸らしながら恥ずかしそうに赤面していた。
不純。
そう思うのは俺だけで、門下生達は気にしていない。
寧ろ、眼福と言わんばかりに金切り声をあげた。
「これでは集中出来んだろう。黙らすか?」
「いえ、このままで構いません。寧ろ元気が出ます。百合とか最高かよ」
「恐らく違うけどな…」
コウが五法陣を展開。
準備完了。
「さてと。僕はどうしようかな」
ケインは武器を選択していた。
同じ形状の剣が、風呂敷の上に三本ある。
一本は自前。もう一本はリンファから贈られたもの。
そして一際異彩を放つ三本目は、黒光りする両刃の直剣。
レグリクス公国で鍛造された業物らしい。
「ヌシの好きにすればよか」
「では、これにします」
ケインが手に取ったのは黒剣。
名を、霊剣・黒蓮緋蜂。
波紋の代わりに刻まれた刻印に魔力を流し込むことで、斬れ味を損なわずに振り続けられる刀剣。
やや青みがかった漆黒は、闇夜に紛れる暗殺者の色だ。
「初めて使うけど問題ないかな、うん。じゃあ、始めよっか」
「はい。全力で行きます」
向かい合う二人。
ケインは構えずに自然体。
コウは拳法混じりの構えで、両手に魔力球を浮かべた。
魔力球は超微細な魔力を紡ぎ合わせて出来ており、高速回転している。
「始めっ!」
リンファから模擬戦開始の合図がなされた。
と同時に、ドォンと凄まじい爆撃音が鳴り響き、ケインの立っていた地点に砂煙が舞う。
コウが立っていた場所には、ケインが立っていた。
本身を抜いて、鞘にしまった。
右横の森がなぎ倒されている。
吹き飛ばされたんだ。
「んなろッ…!」
不意を付いて、コウがケインの背後に転移。
魔力球を分裂させ、不規則な弾道で魔弾を飛ばした。
しかし魔弾は粒子状に散って、跡形もなく消えた。
異常な剣速から生じる衝撃波が、コウを襲う。
なんとか踏み留まろうと転移魔術を繰り返してはいるが、追いつかれてしまう。
ケインの足の速さは俺の狂速に匹敵するか、それ以上。
後手に回れば、覆せない。
「いい動きだね。君、本当に魔術師かい?」
ケインが五法陣を砕いた。
魔力球は斬り刻まれ、霧散し、コウは防御魔術の発動に踏み切った。
「ト…! 投影・精霊三枚翼!」
コウは光を蓄え、一気に解き放った。
献花のように花々と広がる三枚の葉身を、己が身を守るための盾として具現化し、ケインの鋭い太刀を防いだ。
しかし、二枚割られた。
三枚目にも、ヒビが入っている。
「クッ…!」
「これを防ぐのか。凄いね」
強過ぎる。
技や戦法に派手さは見受けられないのに、コウを追い詰めている。
俺は最初、二人の実力は拮抗しているものと思っていた。
お互い似たような性格をしているし、何より、あらゆる局面を多彩な技で乗り切ってきたからだ。
言うなれば、究極の万能型である。
カグヤと違い、一撃必殺を持たないケインに勝ち目は無いと踏んでいたが、どうやら逆みたいだ。
「どわっ…! ッ!」
コウが地面に叩き付けられた。
ケインの動きを捕捉できていない。
「――糸線番」
放たれた、細く黒い刃。
黒刃は、コウの右耳、左頬を掠めた。
「とっ、とっとっ」
コウはバク転して、追撃を回避。
体勢を持ち直した。
「ふぅ……危なかった」
戦いはこれからだ。
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大気中の水が急激に低下していく。
コウが溜めに入った。
もしこのタイミングで強襲されたら、圧縮した魔力を爆発させて引き分けに持っていける。
規模は黄閃堂一帯。
結界を張ったほうがいいかもしれない。
だが、まだ確定ではない。
コウの作戦は、俺の想像とは違うだろう。
狙いを定めて、ケインの次の行動を予測している。
「真正面から受けたら粉微塵だ。みんな、ちょっと離れてて」
ケインが門下生達を誘導する。
手話みたいなものだな。
「あのサイン好き」
「私も」
オルテシアとカグヤのウケはいい。
リンファは不服そう。
「軍人気取りめ。あーしが叩き直してやるわ」
半年も遠征に出ていれば、新しい技術も身に付くというもの。
褒めてしかるべきだろうに。
「良いでは無いか。結果的に空間把握能力が飛躍的に向上した。二年前では有り得ないことだ」
「まあの。じゃが、認めん。彼奴はあーしの技だけ使っ取ればいいんじゃ。黙ってここに居ればよいのじゃ。ボケ」
「なるほど。後継者問題か」
「そうじゃ。このままだと、あーしが隠居出来んではないか。早う、日がな一日布団の上でゴロゴロしたいわい」
老人は早寝早起きが普通なんだけどな。
若々しい見た目を維持し続ける弊害で、周りからの要求が若者と変わらないのかもしれない。
これやれ、あれやれ、こっち来てくれ。
体良く、引っ張りだこか。
外見少女、中身おばあちゃんのリンファ師匠。
お疲れ様です。
「逝水惑星。形状変化パロミデス」
コウが巨大な水玉を散開させた。
これは、俺が一番最初に教えた偽属性魔術だ。
出現した水の惑星は形を変えて剣となり、剣は束ねられてランスとなる。
光眩き、黄金のランスだ。
「これは……なんとまあ、凄い密度だ。僕の剣で斬れるかなぁ」
ケインは霞の構えを取り、白い息を吐いた。
湿度が低下したことで、気温も下がったのだ。
本来は順序が逆だが、水玉の残滓が空気中に残ってドーム状の結界に形を変え、太陽光を遮断している。
乱反射するように反転魔術も付与されており、コウの周りにだけ温暖な空気が漂う。
これらの要因が重なり、ケインの剣先に霜が出始めた。
かなり寒い。
「冷えてきたわね…」
オルテシアが口を覆うようにして手を暖めた。
それぐらい寒いんだ。
「こっち来なよ。温めてあげる」
カグヤがぐいっと抱き寄せて、オルテシアの首にマフラーを巻いた。
二人仲良く、くるまっている。
渡したのは門下生の一人だ。
普段から身につけている物らしい。
「僕にとっては丁度いい気候だ。獣族だからね」
ケインが両腕に力を込め、髪を逆立たせる。
雪風が舞うように、銀色の粒子が渦を巻く。
剣と五体、全てから発せられている。
地面から波のように伝わる衝撃波は、踏み止まれない猛吹雪。
俺とリンファ以外は、簡単に吹き飛ばされた。
「照準固定。ファイア!」
「傑醒流極伝。銀狼終閃」
刹那。
ケインが姿を消し、黄金を両断。
砕けたランスは弾け飛び、結界を破壊した。
コウ諸共、後方に薙ぎ飛ばされてしまった。
「ぐぉああぁああッ――! チィッ!」
コウは転移魔術を行使し、ケインの背後を取った。
しかし、彼の目を欺くことは適わず、掌底を受けてしまった。
「がはっ!」
「勝負あり。かな?」
血に伏し、吐血したコウを持って決着。
咳き込むコウに、ケインは肩を貸した。
「大丈夫かい?」
「はい。ゴホッ…次こそは、必ず…」
傷一つ与えられなかったのは想定外。
実力差は明白だった。
もとより、一対一の近距離戦で勝てるわけもなかった。
しかし、それを差し引いてもケインは強い。
この俺とて、楽には勝てんだろう。
「あの技、アビルが教えたんだよね?」
カグヤがそう言って、俺の袖を掴んできた。
「ああ。三年くらい前に」
「ふーん……私、あれ嫌い。二度と使わせないで」
顔が近い。
怒っているのか?
だとしたら何故。
何を使おうが本人の自由だ。
「作製者である俺は使うぞ」
「うん、それはいいよ。はい決定。これからは、アビルだけが使ってね」
カグヤに、そう強く言い聞かされて、模擬戦は終わった。
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日が落ちて夜になった。
夕食を済ませた俺とカグヤは、コウの居る部屋に向かった。
扉を二回ノックして、入る。
「師匠! と、姐さん! お見舞いに来てくれたんですか!?」
コウは、やり過ぎなぐらい包帯ぐるぐる巻き。
動きづらそうだ。
大怪我ではなかった気がするが。
「ねぇコウ。何、あの体たらく」
カグヤが、鋭い切れ口で言い放つ。
「え…?」
「剣士相手に受けに回ったらダメだって、あれ程言ったじゃん。なのに、なんで様子見したの? 急戦で攻め立てれば勝てたでしょ」
「いや…それは」
カグヤの言うことも一理ある。
ケインはまだ、新しい武器の扱いに慣れていなかった。
基本的な体形は崩さないものの、どれも間合いに入ってから技を繰り出していた。
コウ相手に本気は出せないと、必ず懐に入れていた。
その後、隙だらけで大技の準備に移るコウを追撃せず、真正面から受けてたった。
試したのだ。
既に悪手を重ねた彼が、どのように逆転するのか。
それだけを見るために。
「ま、どうでもいいけどさ。興味無いし。ただ、小細工ばかり使って負けるとか一番ダサいからね」
「はい…」
「馬鹿なくせして一丁前に戦略とか、いい気になるなし」
口調が八つ当たりっぽいな。
それに言い過ぎだ。
これ以上はよくない。
「正攻法での攻略は不可能と、序盤で感じ取ったのだろう。だからわざと時間をかけて、ケインが乗ってくれるまで待った。違うか?」
「さ…さすが師匠! その通りです!」
コウが感激を受けたように縋り付き、瞼を湿らせた。
あくまで俺がそう思っただけで、正解は知らん。
知るのはコウだけだ。
「この嘘つき…」
カグヤが、ぼそっと呟いた。
俺の脇腹は抑えられ、抉らんばかりに爪が食い込んでいる。
もう行くぞと、強く引っぱられて。
「お前は、もう少しここに残るか?」
「はい! ケインさんに師事を仰ごうかと!」
「それもいいだろう。魔術と剣術は、専門に尋ねる方が早い。対策法を知りたいのなら、尚更だ」
見て盗む分においては、誰も何も言うまい。
ケインなら教えてくれそうだな。
「行くよアビル」
そう言われ、俺はコウの部屋を出た。
誰もいない廊下を歩いて、自室へ。
以前と同じく、カグヤと同室だ。
「冷たい奴だな。泣くかもしんぞ」
「……うっさい」
いつ蓄積する場面があったのか謎だが、爆発寸前。
布団を敷き終えるまで、静寂。
「蝋燭消すぞ。おやすみ」
「寒い…」
「え?」
「寒いっつってんの…! こっち来い!」
俺は、カグヤに両肘を押さえつけられて、布団に引きずり込まれた。
あまりにいきなりのことで、目を閉じてしまった。
目を開けたら、視線が合う。
向かい合ってる。
「おやすみ、アビル」
カグヤが意地悪な笑みを浮かべた。
寒いなんて嘘だ。
こんなに汗をかいて、寝巻きのボタンを外してて。
「おやすみ」
ウトウトしてて眠そうだから、寝かせよう。
俺も、もう眠い。
せめて風邪を引かないように、温め合って眠るとしよう。




