表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/285

第六十話 破壊王の思惑

 流星王国。

 ペスセウス大宮殿北側、ケイオス劇場。

 ここは劇場と銘打たれた場所であるにもかかわらず、主に軍法会議で使用される政策会場。

 中央を見下ろすように観客席が立ち並ぶ、王国一の大広間と言って差し支えない。

 余すところなく白と金が散りばめられた上席に鎮座するのは国王、それに次ぐ王族。

 脇には上級貴族。末席は中、下級貴族である。

 此度集められた有力者述べ30名がそれに連なり、ある一人の男に尋問をかけた。

 右頭部と両腕を包帯で覆う、鋭い眼光をした若い男に。


 彼は憤怒の感情に苛まれていた。

 計り知れぬ怒りがそこにあった。

 彼を囲む環境もまた、熱気が込み上げている。


 一触即発。

 身を委ねるは魔力の鎧。

 地を割り、床を割り、彼はそこに、中央に立っていた。

 唾液一滴飲み込むことすらはばかられるような空気の中で一人、昂る感情を叩き付けていた。

 

 そんな彼を根底から支える若き女エルフは、ただただ不安そうで。

 見下ろし睨まれる度に脅えていた。

 足先を強ばらせ、彼を掴む手は次第に汗ばむ。

 しかし、逃げなかった。

 彼を置いて行けなかった。

 もし彼を置いて逃げれば、間違いなく彼はここに居る全員を皆殺しにすると、そう確信していた。

 理知的かつ合理的に物事を判断する彼は、時に、端的に結論を急ぐ激情家であると知っているからだ。

 誰よりも、ずっと近くに居たから。わかる。

 たとえ刃の如き中傷を浴びせられようと、歪な鈍器を投げつけられようと、彼を一人にできない。

 我慢の限界に近い彼を、野放しにはできない。


「うぉおいシャルルカントォ! なんだこのザマはぁあああ!」


 場を改める腰巾着がいた。

 退屈そうに座する国王の肩にしがみついて、子供みたいに叫ぶ挙動不審な青年。

 エレガントな美装を彩る装飾品の数々は、彼の地位を明確に表していた。

 王子。それも、酷く出来の悪い。

 滑舌の悪い残響が二人の耳に届く。


「あぁ? てめぇ誰に向かって口聞いてんだ?」


「ひぃッ…!」


 シャルルカントの威圧に腰を抜かす王子。

 周囲の表情は硬い。

 誰が一番かと問われれば、国王だろう。


「敗残の身で随分と偉そうな物言いよな。シャルルカント」


 ようやく取り戻した静寂を乱す重圧的な一瞥。

 恐れ慄くはシャルルカントの右手を掴む乙女のみ。

 王子は調子づいていた。


「そ…そうだそうだ! この負け犬が!」


「ッ……ったくうっせーなぁ。親父が居ねぇとなんも出来ねぇへっぴり腰の雑魚が、跳ねっ返んじゃねぇーよ」


「ぐぬぬぅ…!」


「それによォ、あの戦乙女(ワルキューレ)を生け捕りにしろなんて無理難題押し付けてきたのはテメェらだろーが。あんだけ期間を置きゃあ天撃だって身構える。結果、不意を突いて串刺しにせざるを得なかった。下手に参戦されっと泥沼化すっからな」


「黙れ! 言い訳など聞きたくない! 貴様が無知なせいで、計画が丸潰れだ! あの娘を手玉に取れれば……んぁああああ! クソがぁあああ――!」


「クッハハッ! そいつぁご愁傷様なこって」


 荒れ狂う王子を嘲り笑うシャルルカント。

 反響する二人の声は周囲に怒りの種を蒔いた。

 間抜けな王子は兎も角として、シャルルカントに非難が集中。

 副産物として、隣にいる女がオロオロと吐いてしまった。

 ストレスが限界に達したらしい。


「ま、どの道負け戦だった。穴掘りに時間も魔力もかけてたしな。隊の士気は下がる一方で、俺の魔力はメイルイ王国直下時点で約三割。到底全力なんて出せねぇ。まあ出したところで勝てたかは知んねぇな。負けもしねぇだろうーけど」


 シャルルカントは反省の色を全く見せない。

 どころか舌を出して挑発する。

 煩雑な罵詈雑言が犇めく中、彼は呑気に懐からハンカチを出して彼女の口を拭いていた。

 嘔吐きが止まるまで優しく背中を擦り、介抱。

 その甲斐あってか、彼女は幾分か体調を持ち直す。

 しかし、数十を超える白眼視にまたもや負けてしまい、吐いた。


「うっぷ…!」


 今度は袋の中に吐いた。

 シャルルカントが袋を持っている。


「王の面前でよくも……! おい! 誰かあいつをつまみ出せ!」


 王子がそう叫んだ瞬間。

 劇場全体に根を張る蒼炎が出現した。

 蒼炎は地面、壁に亀裂を生んだ。

 地震も起きた。

 術者は指をコキコキと鳴らし、恐ろしい形相で前進する。

 無意識に放たれた突風は座席を巻き上げ、殺傷性の高い竜巻を顕現させた。

 間抜けな王子は愚かにも、彼の逆鱗に触れたのだ。


 これには流石の国王も動揺を隠せない。

 国王は、真後ろに控えている老魔術師に防御障壁を張るよう指示を出す。

 これを受け、老魔術師は全方位を囲むダイヤ状の障壁を展開。

 5重の盾。絶対の自信がある。

 しかし、いとも容易く突破された。

 

「ふぉっふぉっふぉっ。無理ですな」


 老魔術師が杖を引っ込めた。

 シャルルカントが目前に迫る。

 国王は苦虫を噛み潰したようにシャルルカントを睨みつけた。

 彼の横暴は今に始まった話では無いが、怒れる時は必ず動機があった。

 それは階級の垣根を越え、常に、真上に牙を向いていた。

 家族を害されるのであれば、国家転覆すら辞さない覚悟で。


「相応の処分は覚悟しておけよ…シャルルカント」


 国王の憎しみ孕んだ言葉に反応する王子。


「そうだぞ! この逆――グヘッ!」


 シャルルカントが王子の顔面を蹴り抜いた。

 王子は為す術なく床に転がり、気絶。

 辛うじて息はしている。


「いいぜ、望むところだ。テメェらのくっだらねぇ計画の柱になるぐらいなら、いっそ滅茶苦茶に暴れ回って悪名を轟かせた方が早ェし楽だ」


「…貴様に話したつもりは無いが、どこまで知ってる」


「さあな、その内わかんじゃねーの。毒壺から這い出た溝鼠を、秘密裏に、莫大な報酬で雇うような傀儡国王様なら、俺の隠密にも薄々勘づいてんだろ」


 シャルルカントの推測に裏付けは無い。

 しかし、国王は必死に笑いを抑え込もうとしていた。

 その顔を見た時、シャルルカントは確信した。

 こいつは、近い内に何かを仕掛ける、と。

 床に突っ伏したまま動かない彼女を拾い上げて立ち去ろうとするシャルルカントの目には、恩讐の火炎が宿っていた。


「あ、そうだ。ついでだ。テメェの未来、占ってやるよ」


 シャルルカントはそう言い、国王と視線を合わせて、両眼から赤、青の等身大タロットを顕現させた。

 タロットは触れても透ける特殊な魔力で出来ており、放った瞬間、その余波で対象を硬直させる。

 彼は、それをまるで懐からハンカチを取り出すように、ぱっと簡単に出したように見せたが、常人をして恐ろしい魔力量である。

 これは、彼だけ扱える占星術。

 彼を、常勝無敗へ導いていた魔術。


「結果を聞こうか」


 国王は、物腰に余裕がある。

 誰とも比較できない、飽くなき戦争への渇望を匂わせた邪悪な笑みを浮かべていた。


「近い将来、破滅するぜ」


「面白い。やってみるといい」


「クッハハ! いいねぇ、その虚勢。ぶち殺したくなる」


 シャルルカントは、最初こそ快活なテンションで応えたが、最後は冷ややかな口調で忠告した。

 国王に対して、終始、粗暴な態度を一貫する彼に言葉を失う貴族達は、半ば投げやりな糾弾をした。

 当然聞く耳を持つわけが無い。

 彼は、誰にも縛られない自由人。

 止められる者は、この劇場にはいなかった。


 いるとすれば、外にいた。

 外に出た彼を待つ一人の少女。

 彼女は、まだ幼い。

 彼と一緒にいた女の方が、ずっと歳上。

 かなり離れてる。顔が似ている。


「あ、お父さん!」


 少女がシャルルカントの懐に飛び込んだ。

 お…お父さん?

 と、誰しも疑問を持つだろう。

 シャルルカントは抱えていた荷物を降ろし、少女の頭を撫でて持ち上げた。

 荷物は目が回っていた。

 これもまたストレスで。


「お母さんの目、魚みたい」


 単純な悪口である。

 悪気は無いと思うが。


「母さんはダラしねぇからな。家事、炊事、洗濯は神がかってんだが…」


「お父さんは変な目」


「ひでぇな…」


 暴言は父親譲りかもしれない。

 と、父親であるシャルルカントは思った。

 

「ねぇシャル…貴方のせいで本っ当に疲れたんだけど…」


 シャルルカントの右肩に圧がのしかかる。

 力を入れて手を置く、奥様がいるせいだ。


「お…おう。悪ぃ」


 彼女の威圧には弱いらしい。


「あまり無茶しないでね」


「わーってるよ。極力そうすっから」


「もし、また彼処に行った時、あの子のお墓があったら、ちゃんとお花を供えてきてよね」


「あー、その心配はねーだろ。多分」


「え…? いやいや、心配しかないよ。だってもう…」


 シャルが串刺しにしたはず。

 女は、喉まで出かかっている言葉を飲み込む。


「あの程度でくたばんなら、あれは端から戦乙女じゃねぇ。仮にも、あのクソッタレが見初めてんだ。否が応でも蘇生すんだろ。いや…或いは魔女かもな」


「一応聞くけど、クソッタレって魔術王の事?」


「んだよ。わーってんじゃねーか」


「うわぁ…私、次会ったら殺されちゃうよ」


 大切な人を奪いかけた、または奪ってしまったかもしれない罪悪感が彼女を襲う。

 少女の頭には“?”が浮かんでいた。

 

「殺される? どうして?」


「わた…お母さんは、悪い人だから」


「意味わかんなーい。噛み砕いてぇー」


「わかってそうだなぁ…」


 実を言うと、二人だけの秘密があったりする。

 シャルルカントに知られてはいけない、子と母の秘密が。


「悪ぃのは全部アイツらだ」


 シャルルカントは、ついさっきまでいた大宮殿を見た。

 目を細めながらも、懐かしそうに。

 あれは元々、エルネスタ王家の物だった。

 現国王率いる帝国分団に攻め落とされるまでは、シャルルカントもよく出入りしていた。

 仲のいい友人がいたからだ。

 今となっては、流星王国で最も長居したくない場所となったが、それでもたまに来ている。

 しかし、呼ばれないと来ない。

 殺意が湧いて来たくないが本心。


「お父さんの一番嫌いな人は誰?」


「あのクソジジイ」


 少女はポカンと口を開けた。

 要領を得ないから。


「国王様のことだよ」


「あー! なるほどー!」


「うん。わかっちゃダメなんだよ?」


 母親の助言で少女は理解した。


「あんまし大声で騒ぐと聞かれっから、小さく喋れよ」

 

 シャルルカントが少女の右手を掴んだ。

 そして、左手を母が掴む。

 3人仲良く歩いていた。


「ねーねー。魔術王って強かった?」


 少女が今一番気になることである。

 己の父と、魔術の父。

 どちらが強いのか。

 気になって気になって、夜も眠れなかった。

 いつか見た本に書かれていた、天撃の魔術王に関する史実。

 悪いことは一切書いていなかった。

 切り抜かれていた。

 彼の上っ面だけが、彼女の記憶。


「強かった。バケモンだ」


 シャルルカントが気乗りしない様子で言った。


「どんな感じで?」


「まず攻撃範囲がおかしい。アイツは、ほぼ360°、全方位に高質量魔術を放てる。それに加えて不老不死。魔力は無尽蔵ときた。んなもん勝てっかつーの…」


「じゃあ、お父さんより強いんだ。凄いなあ」


「いや、俺の方が強ぇ。今回は負けたが、次は勝つ。勝って、殺――」


 シャルルカントの口が塞がれた。

 妻に塞がれた。


「シャルは、私の言ったことわかってないね」


 彼女は憤慨している。

 これを受けて、シャルルカントは低姿勢になり、少女を肩車して帰ることに。


「すまねぇ。つい癖で…」


「長所と短所、シャルは一緒。あー、困る困る」


「…なぁセリス」


「ん? 何?」


「……あ、いや、なんでもねぇ。気の迷いだ。それに、俺は恨まれてっからよ。どの面下げて…つー話なんだわ」


「はいー? シャルって頭良いのに、語彙力皆無。本当によく分かんない」


「それ、よく言われる」


 シャルルカントの思惑は、一重に娘を思ってのこと。

 ちょっとした思い付きでもある。

 だが、言葉にしたら負けな気がする。

 意地とプライドがあるのだ。

 自分を下した魔術師を、娘の先生にしたいなど。

 本当に、どの面下げて。


「アイツは俺が殺す。これは確定事項だ」


 シャルルカントは、あくまでも強気。

 ムカつくから屈服させようと、曲りなりに覚悟を決めた。

 

「次負けたら、私達はおしまいだよ」


「あんなぁセリス。俺を誰だと思ってる。負けねぇよ。負けねぇ為に、牙を研ぐんだ。アイツらの思い通りには、絶対にさせねぇ」


「結局さ、国王様の目的ってなんだったの?」


「国王…つーか、王子だな。あいつは戦乙女にやたらご執心でよ。手篭めにして傍に置きてぇんだ。ま、どうせすぐ、使い捨てんだろうよ。んで、副次的な目標は、魔術王を御すること。戦乙女を人質に、戦争に利用するつもりだ」


「酷い話だね…」


「昔っからだろ」


 シャルルカントは興味無さげに視線を逸らしたが、思うところはあった。

 でも、言い表すことは出来ない。

 己の感情に身を任せて戦う人間でなければ、大悪は討てない。

 悪は、壊乱の遥か先にいる。

 それは夥しい屍の上を練り歩き、人々の安寧を奪い、空の玉座にふんぞり返っている。

 取り巻きは右に倣え。誰も逆らわない。


 彼は破壊王。

 その全てを破壊する者なり。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ