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第五十九話 結末と別れ

 長い眠りから覚めた気がした。

 ちょっとした仮眠のつもりだった。

 2、3時間程寝て、もう一度身体を起こそうと。


 実際はできっこない話だ。

 人間の身体は賢く作られていて、一度就寝の体勢に入れば二度と起き上がらない。

 大袈裟に言うがあながち間違いじゃない。

 どころか真理だと自負している。

 

 さて、与太話はこれくらいにして、そろそろ起き上がらなければ。

 半日は寝たし。


 俺は今、セレスティア神聖国南部、水の街に来ている。

 水の街とは文字通りこの国の水源地を意味しており、生きとし生ける全ての限生物達の生命線がここに集約している。

 主な水源は泉であり他にも幾つかあるようだ。


「アビルも手伝ってよ…」


「お…おう、悪い」


 ゴミを見るような目でカグヤに睨まれた。

 怖い怖い。

 と、呑気なことを口ずさみそうになったが、なんとか飲み込んだ。

 懸命に資材を運ぶカグヤに失礼だから。


「ふぅ…」


「水、飲むか?」


「……要らない」


「そうか」


 難民の大移動はカグヤが行った。

 説得こそアバドンが口添えしたが、決定打を打ち込んだのは彼女。

 

〝このままだと、みんな死ぬよ〟


 と、バッサリ斬り捨てるように言い放ったのだ。

 良くも悪くも住民の意思は固まったが、カグヤに向けられる視線はより一層厳しくなった。

 とうとう内通者疑惑まで持ち上がり、一触即発。

 俺が介入すると住民は不安げな顔を浮かべ、カグヤにはボロクソに罵られた。

 住民の不安は俺の機嫌。

 いくら我らの故郷たる亡国の味方とはいえ、機嫌次第で簡単に殺されると思っていたらしい。


 そして、それと似たような形でカグヤは俺を邪険に思う。

 居ないものとして扱う。

 転移魔法陣の起動、座標指定はコウに手を借りた。

 俺が前に出ると押し返されるんだ。

 

「な…なあ。ちょっと休憩しないか…?」


「は? じゃあずっと休んでなよ」


「いや…もう少し頑張ります」


 へりくだった態度でご機嫌取りとは、俺も焼きが回ったか。

 回ったな。


 とか考えている内に、次々と家が建てられていく。

 それはもう立体パズルのように。

 簡易的な造りだが、一時しのぎにはなるだろう。


「見てください師匠! コレ凄くないですか!?」


 コウが己の魔力操作技術に酔いしれている。


「天性の才能と努力が結実したな」


「…! ありがとうございます!」


 このまま順調に作業が進めば、風土特有の拘りをもつ水の街に相応しい閑静な住宅街が形成されることだろう。

 水の街は低水路しかないからな。

 湧き出た泉水は舗装された美しき街道をなぞるように流れていき、職人技が光る水車を回しながら国全体に届けられる。

 河口付近はハニカム構造を採用しており、そこが分岐点となって均等に分配されていくのだ。


「…?」


 俺は手を止めた。

 背中に妙な違和感を感じたからだ。

 背骨辺りがゾワゾワする。


「ありがとね…」

 

 泣きいるようなテティスの声が聞こえた。

 摘んで握る俺のシャツは、彼女のハンカチになったに違いない。


「礼を言われるようなことはしていない。寧ろ反省すべき点が多過ぎる。友は死に、故郷は消え、約束は埋もれた。お前の工房も、弟子も何も守れなかった。頭に無かった。お前の存在も、あの時は脳裏から消していた。絶対に負けたくなくて、それで…」


「もう気に病むなよ…誰だって我が身が一番可愛いんだ。見なよ。あたしなんて、もう明日の事を考えてる。あんたがくれた軍資金でどう生きるか考えてる。きっと皆そうだよ。あんたが悪いんじゃない」


 テティスにそう強く言い聞かされた。

 脇腹を叩く鉄拳の意味は、うじうじすんなって事。

 彼女らしい説教だ。


「あ、もう終わったみたいだ。凄いなコウ君……」


 テティスは思わず苦笑い。

 コウが得意げに高笑いをして、新たに運ばれてきた資材を建材に加工していたからだ。

 荒業と早業が極まる一つの芸術に、謎の人集りができるほど。

 その技は洗練されていた。


「魔力切れまで後五分だな」


 しかし見立ては外れ、三分で倒れた。

 途中でペースを上げ、調子に乗ったのが良くなかった。

 彼を起こすのはフードを被った女。

 カグヤを助けた謎の魔術師。

 彼女は一体、何者なんだ?


 あの後聞いた話によると彼女は薬学に精通する知識人だそうだが、どうも人物像が見えない。

 絶対に素顔を見せない。

 腹に空いた風穴を調合薬で完治させる摩訶不思議な力を備えた小柄な女性。

 としか言いようがない。


「ある程度感情をコントロールできるようになれ。若気の至りは先が暗いぞ」

 

「はははっ……面目ないです」


 コウに反省の色が見えたところで、女はコウのお尻を叩いて起こした。

 その僅かな隙に、一瞬ふわっと魔力の線が見えた。

 分け与えたのか。


「よっしゃー! モリモリ働いてきます!」


「おう。頑張れ」


 コウが人混みに混ざっていった。

 そして、またしても大技を連発。

 先程より若干抑え気味だが…どうだろうな。

 彼女も心配そうに見ている気がする。

 口元は笑っているが。


「あー…なんだ。コウの面倒を見てくれて助かった。礼を言う」


「なんノなんノ。あれはわたしが個人的に連れ回したに過ぎン。お礼を言うのはわたしの方ダ」


「何を言うか。カグヤの治療まで請け負ってくれたのに」


「あれは成り行きダ。たまたまダ」


 彼女は変に流暢で片言だ。

 なんとも言い難い不思議な話し方をする。

 違和感を禁じ得ない。

 せめて顔だけでもと思いフードに手を伸ばすと、彼女はグッとフードを抑えた。

 それから無言の圧力をかけられ、俺が手を引くと彼女も手を離した。

 見られたくないようだ。


 俺は彼女の意思を汲むことして、静かに横に座っていた。

 しかし好奇心が抑えきれず、また彼女のフードに手を伸ばした。

 嫌がるかな? と思いつつも、そろーっと。

 そしたら陽射しを遮る影に気がついた。

 

「おい魔術王。貴様も手伝え」


 コレクトが大量の工具を渡してきた。

 なんで俺が、と投げ返したいところだが彼はフル装備で作業していた。

 あと数年で脂の乗った年齢に入るせいか、彼が一番機敏に動く。

 ここら一帯の管理は任せてもいいかもしれない。

 

「この俺に大工職人の真似事をしろと?」

 

「そうだ。やれ」


 コレクトは命令口調。

 偉そうに腕を組みやがって。


「仕方ない…やるか」


「よし! じゃあお前はあっちだ!」


 と、担当範囲が勝手に決められた。

 コウが荒ぶっている場所の近くに。

 かなり広いな。


「さテ。わたしもそろそろ行こウ。世話になったナ」


 彼女は俺のローブを手すりに立ち上がった。

 ぱっぱと砂埃をほろい、俺に抱きついてきた。

 え、なんで?


「お…おい! 急にどうした!?」


 わけが分からない。

 なんの脈絡もない。

 勢いに任せた行動でしかないのに、懐かしい匂いがした。

 薬草混じりの、甘い柑橘系の匂いが。


「またの。アビル」


 そう言って彼女はゆっくりと歩き出した。

 ただただ真っ直ぐに、手を翳した先に現れた光の門に吸い込まれていった。

 最後に見えた深紅の瞳には薄らと光が宿っていて、右眼に付けた眼帯を隠すように、物寂しげに微笑んでいた。

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