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第五話 旅の打ち合わせ

 憂鬱そうに、肩にしがみつく少女がいる。

 声をかけて欲しいのだろうか。

 とんとんと肩を叩いてみたがそっぽを向かれた。

 面倒くさいので引き剥がそうとした。

 頭を鷲掴みにして押した。

 我の力を思い知れと内心思いながら押した。

 するとどうだろう、力の向きを曲げられ腕を取られるではないか。

 意思疎通が叶わないと知った瞬間の絶望といったらない。

 鼻をつつくと怒るし、なんなんだ。

 機嫌が悪いなら、そう言ってくれればいいのに。


 …もしかして俺が原因か?

 心当たりが無くはない。

 あの日、俺はカグヤの手を取った。

 命令口調で首を縦に振らせた。

 それ以来、関係に溝ができたままだ。

 出会った当初の子供らしさはなりを潜め、本性をさらけ出した振る舞いをするようになった。

 感情の起伏が激しくなった気さえする。

 クール? というのか、これは。

 絶対に違う。


 まあそれでも、ミコの行方について聞いた時は機嫌を戻していたし、そこから考察してみよう。

 まず前提として、カグヤの家はもうあそこでは無い。

 追っ手から逃れるため、廃村から離れた洞窟を住処にしていたそうだ。

 ミコと二人で細々と暮らしていたが、ある日突然、書き置きもせずにミコが姿を消した。

 前日まで容態は普通であり、特段おかしさは見受けられなかったという。

 攫われた可能性を視野に、カグヤは帰りを待つ。

 しかし何日待とうと帰らず時間だけが過ぎていき、途方に暮れていたところ俺に出会った。

 俺、救世主では? と思ったが違った。

 カグヤが言うに、当面の生活資金さえくれれば、何時でも出ていくつもりだったらしい。

 それなのに引き止めてきたからウンザリしたと、刃物で切りつけるようなお言葉を頂いた。

 そりゃあ止めるだろう。

 狂犬の放し飼いを看過するほど、俺はお人好しじゃない。

 なんてのは強がりか。

 本当は、なんとなく手放したく無かったんだ。


 そうそう、宛てた手紙はカグヤが代わりに書いて偽装し、俺に寄越したそうだ。

 どおりでお粗末な字だと思った。

 悩みの種が取れてスッキリした感じがする。

 夜通し尋問した甲斐があったな。

 あ、それが原因かも。

 

「すまんな」


「は? いきなり何さ」


 鋭い眼光で睨まれた。

 カグヤは怒っている。

 でも大人しい。

 

 彼女をそっと引き寄せ、ふと目につく黒刀。影穂ノ御方(かげほのみかた)

 所有者を選ぶというが、果たして本当なのだろうか。

 にわかには信じがたい。

 試しに手に取ってみる。


「熱ッ…!」


 咄嗟に刀を投げ捨ててしまった。

 鉄火を押し当てられたかのように熱かった。

 手の平に火傷を負い、握りの跡がべっとりと残り、ジンジンと鈍い痛みが続く。

 何なんだこれは。

 

「手、大丈夫?」


 お。

 心配してくれた。

 少し嬉しい。


「この程度なんでもない。不老不死だしな」


「ふぇ? どういうこと?」


「いや、だから不老不死」


 物凄く嫌そうな顔をするカグヤ。


「嘘つきじゃん…」


「嘘じゃない、事実だ。なんなら、それで俺を刺してみるか?」


「やだよ。アビルが言ったんじゃん、もう十分だって」


「それもそうだな」


 突拍子も無い話だし無理も無い。

 にしても彼女、嘘に対して過敏に反応する。

 嫌悪感出しまくりだ。


「なあ、何処か行きたい国はないか? 捜し物ついでだ、連れて行ってやる」


「…ない」


「まず地理がわからんよな」


「違うよ、本当にないんだって。はぁ…馬鹿にしないでよ。此処がどの辺かぐらいは知ってるし、外にも出たことがあった。それなのに…」


「わ…悪かった! 第一お前は他所から来たんだ。当然知っているよな。俺としたことが失念していたぞ…」


 俺の胸ぐらを掴むほど、頭に血が上り始めた。

 前までこんな事無かったのに。

 もういい、地図を出して話題を変えよう。

 俺はここ近辺の地図を引き出しから出し、テーブルの上に広げた。

 興味を持ってくれたのか、カグヤはまじまじと地図を見つめている。

 

 メイルイ王国は中央大陸のやや東に位置する国で、最も近い隣国との距離が200里もある。

 西南北に存在する国々は皆固まっており、貿易が盛んに行われているので、メイルイ王国のみ親交が浅いと言わざるを得ない。

 もはや隔絶と言っていいだろう。

 国間に存在する土地には何も無く、あったとして小さな村が幾つか程度。

 食料を買える、分けてもらえるなんて考えてはいけない。

 旅をする際、事前準備は必須だ。

 

 そのため殆ど横断に近い形で向かう訳だが、一つ問題が浮上する。

 魔物が無限に湧き出すデッドスポットがあるのだ。

 夜行性の魔物から昼行性の魔物など様々おり、根城にする場所は魔石の取れる魔力濃度の高い地域、または山。

 言葉の通じない獣がわんさかいる。

 雄叫びが聞こえたら即逃げろ、そこに立ち入った者は骨すら残らないと、命からがら逃げてきた冒険者が語ったらしい。

 元々、周辺国はもっと多かった。

 取るに足らない小国も含むのであれば20はあったはず。

 大きく数を減らしたのはこれが原因。

 近年は活発な動きを見せているそうだが、俺とカグヤなら大丈夫だろう。

 かなり歩くけどな。


「隣国セレスティアなんてどうだろうか」


 とりあえず案を出してみる。


 セレスティア神聖国。

 ここは俺も訪ねたことがない。

 魔族の立ち入りを禁じ、人族と獣族、一部の亜種族のみが入国を許される管理体制の厳しい宗教国家だとは風の噂で聞いた。

 ある一説にはこう書かれていた。

 かつてセレスティアという剣士が台頭していた時代、世界は混沌の渦と呼ぶべき夜を迎えていた。

 強き者のみが実権を握り、続く未熟者は媚びを売り、弱者は虐げられる。劣悪極まりない情勢が当然のようにまかり通り、公の舞台に姿を現した主導者が力こそ全てと国民に説くなどといった暴挙も目に付いたという。

 

 国土を巡る戦争は絶えず、全ての戦犯は旧アイビース王国。現在のセレスティア神聖国だ。

 無辜の民を生殺の領域へ誘い、傀儡となったところで戦争へ起用。

 つい最近まで、平和に暮らしていた者達が捨て身の特攻を強要された。

 数にものを言わせた戦法は何物にも勝る決定力がある。

 立て続けに勝利し、浮かれに浮かれた王国上層部。

 とうとう、彼らは娯楽の一つとして次々と火種を撒く。

 逆らうものは力で捩じ伏せる。それが出来る力を持つものが主導者であり、玉座を空にした魔族である。

 城から眺める景色はさぞ壮観だっただろう。

 涙すら、彼らにとってはご馳走でしか無いのだから。


 時は流れ、最盛期に差しかかる。

 世界崩壊へのカウントダウン。

 限界を超えた人々の悲鳴は、ある一人の女剣士へと辿り着いた。

 その女剣士とは、最も過酷とされる三大陸を踏破した豪傑であり、後に神と崇められる真性聖女。

[曙光(しょこう)戦乙女(ワルキューレ)セレスティア]である。

 

 彼女は世界の法則を変えた。


 彼女が持つ、世界最強の剣から放たれる金色の雷霆(らいてい)は、邪心を持つ者の全てを消し飛ばす力がある。

 触れただけで抹消される。

 生きていた記録、成した事象全てを消し去る。

 故に最強の一撃である、と。


 聖女は人を(あや)めてはならない。

 だから消したのだ。何もかも。

 そうすれば人々は救われると、信じて疑わなかった。

 事実、救われた。

 皆、地獄の釜から解放されたのだ。


 …などという、逸話があった。

 彼女の信じた道に、心から敬服する。

 

 というのは置いといて。

 正直興味があるんだ。神を崇拝する国が一体どのように発展しているのか。

 過去は所詮過去。今はどんな感じなのか。

 そこが重要だ。


「どうだ? ダメか?」


 俺の提案にカグヤは悩んでいる。


「そこってさ、私が行っても平気なの?」


「何を言っている。指名手配なんてこの国にしか適用されていない。言ってしまえば亡命だ」


「ふーん…」


 乗り気じゃないようだ。

 髪を指でクリクリと弄っている。

 興味も無さそうだ。


 何か興味を引けるもの…引けるもの…あった。

 神聖国名物、太刀魚の塩焼きがあるじゃないか。

 一度食べてみたいものだ。


「太刀魚の塩焼きがあるぞ。多分うまい」


「あんまり惹かれないなぁ」


 塩焼きだしな。うん。

 困った。


「ねえ、もっと華やかな感じのやつ無いの?」


 カグヤは毛布を体に巻き始めた。

 簀巻きだ。

 俺はそれを枕にして考える。


「うーむ…」


「……なーんも言わないの何なの」


 先程からカグヤの語気が強い。

 八つ当たりみたいだ。

 こんなちんちくりんに媚びを売るのは癪だが、話を進めるには必要なことだし、売っておくか。


「お前可愛いよな」


「え!? 今なんてー!?」


 あからさまに機嫌が戻った。

 まさかコイツ、可愛いと言われたいが為にしがみついていたのか。

 で、俺が全く言う素振りを見せなかったから機嫌を悪くしたと。

 ダルい。頭痛くなってきた。


「はぁ…可愛い可愛い」


「うんうん! それでそれで!?」


「一緒にセレスティアに行きませんか」


「うんうん! 行こう行こう!」


 カグヤに手を引かれ、家の外に出た。

 日差しが眩しく、木の葉に乗る雨露が光を反射する。

 手の届かない距離にあるのに、何故、太陽はこんなにも明るいのか。

 照らされる彼女は、何故こんなにも輝いているのか。

 またしても目を奪われてしまう。


「買い出しに行くんでしょ? 早く行こーよー!」


「ああ、てかお前転ぶなよ」


「大丈夫だって。もし怪我したらアビルが治してよ。私が斬った腕、簡単にくっ付けてたじゃん」


「フッ…いいだろう。四肢がもがれても治してやる」


「一本だけ持って帰るとか無しね」


「異常者の思考やめろ」


 二人だけの平和を楽しみながら、王国南西に位置する繁華街へと向かった。

 歩き慣れた道なのですぐに着いた。

 多くの人で賑わうサウロの街。

 ここは酒場を中心とした冒険者向けの街づくりを念頭に置いており、出店やレストラン、大衆食堂などがひしめく超過密集合繁華街。

 夜のお店もあるが、治安はそれほど悪くない。

 夜分は見回りが強化されるからだ。

 武装兵士達が各所に配備されていて、有事の際は迅速に対応する。

 窃盗や誘拐などといった犯罪を未然に防いできた実績があり、近年は親子連れがちらほら。

 彼らがいる限り、街の安全は保証されていると言えよう。

 

 カグヤは「おおお」と感動を漏らしながら走り回る。

 一目見ては飽き、手に取っては戻し。

 人混みをかき分けて節操なく突き進む。


「おい! 少しは落ち着け!」


「らんららーん!」


 手を掴もうとしたが、弾かれて逃げられた。

 なんという足の速さ。

 やむを得ん。

 俺は人混みを飛びのけ、空中からカグヤを捜索。

 捕捉した。


人業転移(リストア)


 目視した人間を転移させる瞳術。

 対象の足元に魔法陣を出現させ、転移させる。

 技の性質上、物質は転移できない。それはそれで、きちんと別の技が存在する。

 どちらにしても乱級上位の魔術。なんびとたりとも逃れられはしない。


「チッ…やられたか」


 だが、カグヤには届かなかった。体表から黒い手が複数現れ、魔法陣を切り刻んだのだ。

 意にも介さない様子からして、無意識に発動したものであるとわかる。

 こうも簡単に打ち破られると少し凹むな。

 刀の時といい、非凡な才能をひけらかす彼女。

 頭にくる。


 こうなったら多少手荒にいく。

 空を蹴り、音速を超えた速度で彼女の手を引い…たら不味いか流石に。

 腕がもげる。下手したらショック死だ。

 生い先長い少女に何をしようとしてる。

 馬鹿が。恥を知れ。

 ここは冷静に、慎重にいくべきだ。


「まったく…世話がやけるな」


 手をかざして、五指に魔力を込める。

 彼女の足を魔力の紐で絡め取り――、

 

「やめた。加速(ブースト)


 この方が手っ取り早い。

 俺はカグヤめがけて一直線に飛んだ。

 空気抵抗を極限まで抑え、弓士が放つ矢と変わらない速さで彼女の元へ。


 接触まであと寸秒のところで、カグヤが振り向いた。


「地図あったよ!」


「そう…」


 正面衝突し、ドゴンと馬鹿でかい音が鳴り響いた。

 力加減を誤ったせいで、家屋を二、三件巻き込み、廃材置き場のようにしてしまった。

 幸い中には誰もおらず巻き込まれた人はいない。

 ただ、カグヤの安否が心配だ。


「すまん! 大丈夫か!?」


 揺するのは良くないので、頭と腰を支えるに留めた。

 外傷は無い気もするが、内傷はわからない。


「くわんくわん…」


 と、俺の目をしっかり見て言うカグヤ。

 大丈夫そうだ。

 轟音を聞きつけ、民衆が集まってきた。

 あれやこれやと状況を代わりに説明してくれる人もいれば、怪我の心配してくれる親切な人もいる。

 メモを取り、記事にしている者もいる。

 これだけの被害を出したのだ、騒ぎにはなるだろうな。

 ここの主人だろうか、真っ青な顔をしている男がいる。

 

「お…おれの家が…」


 男は膝を付いて泣き始めた。

 子供みたいにギャーギャー泣く。


「すまんな。賠償金については追って支払おう。それよりカグヤ、立てるか?」


 カグヤは首を横に振った。

 そして、俺の背中に乗った。

 おんぶをご希望のようだ。もうしてるが。


「次ふざけたことしたら斬るから…」


 ドスの効いた声で囁かれた。

 

「す…すまない…」


 つい萎縮してしまった。

 締め付ける力が強過ぎて怖い。

 どうやら、俺に次は無いらしい。


---


 さて、カグヤとも無事(?)合流できたことだし、打ち合わせも兼ねて食事を取ろう。

 日もくれてきたし、酒も飲みたい。

 長居はしないと思うが、話をするなら落ち着きのある場所が好ましい。

 安酒を売る店は騒々しくてあまり好かない。

 一概に悪いとは言えないが、民度を考えるとどうしても忌避してしまう面がある。

 旅先ではよく利用していたが。

 二人で、まして生娘と一緒となると、やっぱり高級店がいいだろう。

 極力、安心安全を求めたい。

 サウロの街で一番高い酒を取り扱う高級酒場に移動した。


「いらっしゃいませ。お二人様ですね、こちらへ」


 入店してすぐ、老執事にも似た貫禄のあるウェイターに案内された。

 礼節を尽くした接客と、丁寧かつ素早い手さばきを披露してくれた。

 相当な年数をこの仕事に捧げているようだ。


 店内は煌びやかでありながら落ち着きのある配色で、紫を基調とした壁とソファ、藍色のテーブルクロス、濃い緑色のカーペットにはランタンの光が薄らと反射している。

 一見すると不気味だが、その怪しげな雰囲気を隠すように、心落ち着く花の香りがした。

 静かで、居るだけで眠くなる。

 例えるなら魔女の家といったところ。

 師匠の宅邸とはまるで違うのに懐かしく感じた。


「お決まりでしょうか」


「ああ。俺はこれ、彼女にはこれを頼む」


「かしこまりました」


 俺はこの店で一番高いワインを注文し、カグヤには最高級のオレンジジュースを出すようにお願いした。


「実は私、オレンジジュース飲んだことないんだ」


 退屈そうにカグヤが言った。


「そうなのか?」


「うちはリンゴジュース派だったからね。パパもママもオレンジは邪道だからって飲ませてくれなかった」


 どんな家庭だ。

 ツッコミたいが、怒られそうなのでやめとく。


「セレスティアに行けば、もっと美味いものがあるかもしれないな」


「そのために行くんでしょ?」


「ああ、その通りだ。これから、お前には最高級品しか食わせんし飲ません」


「うわ…そうやって私を懐柔するんだ」


「少し違うな。正確には道を示すんだ。世界を知るには、まず空から地上を見下ろす必要がある。その手段は一重に贅沢しかない」


「私に知る権利なんてあるのかな…」


 カグヤは辛そうな表情を浮かべて俯いた。

 自身が起こした惨劇を悔いているかのように。

 何も心配はいらない。

 お前は間違ってないから。


「過去の過ちなど時間が解決する」


「どうしてそんなに私にこだわるの? どうして付いてくるの?」


「これからお前が歩む道は、俺が歩みたかった道でもあるだからだ」


 本音を言えば期待しているんだ。

 若くしてここまでの強さを持つ彼女なら、何かをなせるのではないかと。

 弱者の一撃では無く、強者の復讐を果たせるのではないかと。

 誇りを胸に、気高く戦う乙女になれるのではないかと。そう思った。


 俺の予感は当たるんだ。

 だから決して、荒唐無稽な話じゃない。

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