第五十八話 作り笑いも出来なくて
メイルイ王国北区画にある城塞跡地に簡易的な転移魔法陣を組んだ。
往復したら自然消滅する安全な代物である。
これを使い、いざセレスティア神聖国へ。
転移は早く、すぐに着いた。
セレスティア神殿内部に。
ここは入り組んでいるようで、実は単純な構造をしている。
吹き抜けの部屋は全て繋がっており、迷宮めいた通路は磁場が安定していて方位磁針を頼りにできる。
出口は南、王宮と同じだ。
脱出までに所要した時間はおよそ15分。
意外と広かったな。
そしてこのままカルネラの座する王宮へ向かう訳だが、ここで一つ問題点がある。
俺は今、神殿から突如出てきた謎の魔術師。
功績が周知されているとはいえ、あれから三年半も経っているのだ。
誰も覚えてない。
よって衛兵に刃を突きつけられている。
「何者だ貴様!」
当然の反応に欠伸が出た。
退路を断たれ、囲まれた。
何やら大事になったな。
「アビル・スターマイン。何処にでもいる普通の魔術師だ」
「なにぃ…? アビル……て、え?」
衛兵達が青ざめている。
ころころと表情が変わって鬱陶しい。
手短に要件を話すか。
「此度、俺はカルネラ王女に助力を願いたく馳せ参じた。敵意は無い」
「…あ、はいぃー」
衛兵はぺこりと頭を下げて苦笑い。
それから時を待たずして衛兵達がはけた。
道を開けてくれた。
隊列のような一糸乱れぬ動きで、わざわざ見送ってくれた。
ただし、数名後をつけている。
俺が王都に入るまで、ずっと。
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歩き続けること一時間弱。
色々と厄介事に見舞われたが、無事王宮前に辿り着いた。
肝心の王宮に入るには、城門を通過しなければならない。
城門の入口には門番がいた。
俺はまず初めに門番に名を告げた。
入口の門番は顔見知り。
強面で、屈強な男二人だ。
「はい、お伺いしました。いやはや、随分とお疲れのようで」
「カルネラ様は執務室におります。今宵は第一王子が不在ですので、二人きりの時間をお楽しみ頂けるかと」
二人はそう言い、力強く鉄門を押し開けた。
すんなりと通してくれた。
しかし、俺がかつてカルネラにした誤解を招く言動が何処まで脚色されているのか気になる結果となった。
あいつ、口軽すぎだろ。
と思いつつも、下手に悪態をつけない今日この頃。
彼女の力を借りなければ、真の意味でメイルイ王国は崩壊する。
せめて、残った人達だけでもセレスティアに迎え入れてはくれないだろうか。
金なら幾らでも詰む。
なんなら俺の肩書きを使って好き勝手してもいい。
よし、それでいこう。
俺は執務室の扉を二回ノックした。
「はーい。どちら様ですかー?」
カルネラの声がした。
片手間に返事をしているな。
「俺だ。アビルだ」
ぶっきらぼうに答えた。
なのに、ドタドタと荒々しい足音が聞こえた。
足音は正面で止まり、微かな息遣いが聞こえた。
水っぽい吐息をわざと吹きかけるような、品の無い音がした。
「お久しぶりですアビル様」
妙に色艶がある声だ。
「おお、久しぶり。開けていいか?」
「ちょっとお待ち下さい…」
と、そうカルネラに言われたので、俺は扉に腰をかけて待つことにした。
ふと気がついたのだが、この水っぽい音は吐息じゃない。
摩擦係数が極めて低い状態で物理的に何かを擦り付けているような音だ。
「あの、このままでもいいですか…?」
扉越しにそう言われた。
「構わん。好きにするといい」
「ありがとうございます」
すると、肩の辺りに軽い衝撃を感じた。
カルネラが背中合わせで座ったようだ。
「それでは、ご用件をお伺いしても?」
「ああ、では簡潔に話そう。メイルイ王国が滅んだ」
「えっ!? ど…どういうことですか!?」
耳を疑うかのような焦り具合。
お決まりの反応だ。
それなりに親交がある周辺諸国の崩壊は珍しい話では無いが、戦争の一端で壊乱する例は多くない。
まして温室育ちのお姫様には縁の無い話だ。
「流星王国より進軍してきた流星騎士団及び境界大聖と大規模な戦争が起こった。結果は惨憺たる敗北。メイルイ国王とそれを支えてきた数少ない王族が死に、上級貴族を含む全国民が死傷した。残されたのは極々少数の市民と一部の近衛騎士のみ」
「そんな…」
カルネラは言葉を失った。
なんと返せばいいのかわからないのだろう。
「ついては難民の受け入れをお願いしたい。贅沢は言わんから、何処か安心できる居住区を設けて欲しい」
「承知しました。すぐに手配させます」
「ああ、よろしく頼む」
カルネラは物分りが良くて本当に扱いやすい。
野心家の一面が隠れてしまうほど良い奴だ。
手土産ぐらい用意すべきだったか。
「まあなんだ……しんみりとした話はこれくらいにして、お前達の近状でも聞こうじゃないか」
俺は話題を変えた。
折角の再会に肩透かしを食らうカルネラに配慮して。
「そうですねぇ……あ、そうそう」
自然な流れで話は変わった。
カルネラがぱっと思い出したことを色々と話してくれた。
始まりの話は一年前からで、ラングステンがセラの剣術指南に復帰したところから。
どうやら俺がリラにお灸を据えた事件はかなり大事に扱われたようで、あの日以来リラが大人しくなったとセラが嬉しそうに報告してきたらしい。
それに加え、リラは周囲の目が光る修道院に転属となったらしく、セラに会える日が月一になったそう。
姉妹揃う日は決まってお出かけ。絶対家には帰らない。
帰れば襲われるからだ。
この話はラングステンも耳にしているそうだが、彼は興味無いと言ってこの問題から逃げている節があるらしい。
これに関して、カルネラは意気地無しだの腰抜けだのと愚痴を零した。
あくまでも楽しそうに。
そして次に、側近のレイドとセアリーについて話してくれた。
二人は剣士と魔術師。
相性がいいのか悪いのか共に行動することが多いらしく、お互いにライバル関係にあるそう。
その上、両者揃って頭がキレるので、ひとたび口論になれば頭打ちになるから仲裁が面倒くさいとのこと。
因みに作戦参謀はレイド、重撃担当がセアリーだそうだ。
どうも二人は色恋が無くてつまんないとはカルネラの弁。
あ、そうそう、色恋と言えばこれだ。
この二人だ。
次はリコルドとミゼルの話。
なんと、二人は結婚したらしい。
ついこの間挙式をしたそうで、会場には神聖国軍を始めとする大勢の人が集まり、大賑わいだったそう。
そして、花嫁が未婚の女性に花束を投げるブーケトスでは、真っ先にカルネラが飛び込んで奪い去ったらしい。
「勝ちに行きました」
「だろうな」
そして最後。
最後はカルネラの近状だ。
どうやらカルネラは近々玉座を降りるらしい。
当初は歯牙にもかけていなかった少数派閥の第一王子派が予想以上に膨れ上がっているのが大きな理由だそうで、追い打ちをかけるように穏健派を丸ごと抱き込まれたことで決定した。
奴らめ。
散々カルネラを支持する発言を仄めかしていたのに、同調圧力に負けやがって。
真の意味で腰抜けはコイツらだろ。
「お前以外に務まるやつがいるのか?」
「いますよきっと。わたくしなんかよりもずっと優秀で、羨望を集められる人間が」
「…俺はそうは思わんがな」
「ふふっ…なんとも有り難いお言葉頂戴してしまいました。何かお返しをしないといけませんね」
「戯けたことを。お返しすべきは俺だろうが」
「それならわたくしと契って下さいまし。今なら準備万端ですから、すんなりと…」
「いや、その話は勘弁してくれ…!」
だろうと思ったから口にしなかったんだ。
ああもう、頭がぐっちゃぐちゃだ。
カグヤといい、カルネラといい、俺の周囲は本当にどうかしてる。
……カグヤ。
「ここで一つ野暮な質問でも致しましょう」
カルネラが、とすっと軽く扉に肩を当てた。
そんな音がした。
「アビル様は今、笑えていますか?」
唐突に飛んできた優しい言葉。
カルネラの言葉。
「笑えてない…な。いや、お前の話がつまらなかったんじゃない。面白かった。それは断言出来るのだが…どうも今は笑える気分じゃなくて…」
本当は違うんだ。
お前が幸せでいてくれるだけで、楽しそうに話してくれるだけで、目頭が熱くなるんだ。
こっちまで嬉しくて。
恥ずかしくて言えないけど、俺はちゃんとお前に励まされているんだよ。
だからさ、お前が俺の知らない、見えないところで笑顔をふりまく度。
心が甘く痺れて痛いんだ。
「煮え切らないお方ですね、ほんと」
「ああ。俺はお前と違って物分りが悪いからな。これが最善なのかも、今となってはよく分からん」
「はあ…まったくもう、何を弱気なことを。いいですか? その決断は英断です、最善です。もうこの際、思い切って第二の故郷をここにすればいいのです。そうすれば、会いたい時に何時でも会える口実が作れるじゃないですか」
「ははっ…随分とお高くとまっているな」
「あら? あの日、わたくしに高嶺の花でいろと仰ったのはアビル様ではありませんこと?」
「言ったな。間違いなく」
「王には姫が必要でしょう? だから…ほら…」
「気持ちだけ貰っとく。ありがとな」
その後も。
一枚の壁を隔てて、二人だけの話をした。
怖いくらい誰もいない王宮の中で、ひっそりと。
扉越しに笑う声が聞こえて、感情が伝導して。
俺まで笑ってしまって。
楽しくて。
零れ落ちる雫が、頬を痒くした。




